■【Kou】マジメなお話いたしましょう■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオ |
クリエーター名 |
龍河流 |
オープニング |
グレゴールの葉山正治の仕事は公務員だ。勤め先は市役所で、勤務時間は朝の八時四十五分から夕方の五時十五分まで。
同じく早川航太郎の勤務時間は、他のグレゴールも良く分からない。おおむね朝九時から夕方五時までは県警本部にいるらしいが、時々突拍子もない時間にいろんなところに現れる。
公務員ではないが須藤豊も自動車整備工場勤務で、たぶん拘束時間は公務員より長い。親の経営している工場だが、サボるわけにもいかないからだ。
そうして、呑気な学生の身分の安村幸人は、そんな社会人達の都合に合わせて、朝の八時から関内駅前に出てきていた。本日の彼の授業は、十時半から始まるのだけれど。
なんにしても、グレゴールが四人も集まれば、ファンタズマのせいで目立つことに変わりはなかった。
「あれ、早川さん。今から朝ごはんですか」
「親御さんやらお連れ合いや恋人が、準備してくれる方々とは違いますから」
「俺、自立してるけど」
「我が家は朝食は私の担当なんですよ。妻は洗濯に忙しいので」
母親に頼っているヤスは、言い返す言葉もなく沈黙している。代わりにファンタズマのタマが、本日の朝食メニューを報告してくれた。ちなみに彼はパン食だ。ついでに言うなら、目玉焼きをやはりグレゴールの犬塚瑠璃亜が自分のが小さいと不満を述べるので取り替えてやっている。
ま、それはそれとして。
彼らが朝っぱらから集まるのは、もちろん理由があるからだ。ヤスとしては、自分がこのメンバーに加えられているのが、非常に不思議なのだが。なにしろ葉山と早川は、いつのまにやら神奈川県内グレゴールの中で多大な発言力を持っているし、須藤はこっそりしっかりそのフォローを勤めているのだ。自分はお呼びじゃないだろうと、彼は思っている。
他の三人は、彼のことを自覚のない幹事体質と考えていた。とうぜんそのまま成長させて、幹事を幹部に取り替えたいところだ。
「時間も押しているので本題だけお話ししますと、湘南テンプルムの女性グレゴールが一人、妊娠しました。既婚者で、配偶者は一般人です」
「‥‥教授に教えてあげないんですか? あの人、喜ぶでしょう」
そうしたら特定カップルばかり突付きまわさなくなるしと、ヤスは口にした。やはり姉がいつ妊娠するかなんぞと、身内でもない人に騒がれるのは彼とて嫌だ。身内だって嫌かもしれない。これが学術研究目的でなかったら、たとえ相手が目上でも延々と苦情申し立てに行くところである。そもそも子供が生まれるかどうかなんてことは、非常にプライベートな部分だろう。
しかしながら、須藤さえも『それだけは駄目』と言い切るので、ヤスはたいそう驚いた。
「あの方の勢いで騒がれたら、たいていの人は嫌がりますよ。お姉さんは上手に受け流せるし、須藤君にも了解いただいたので、わざわざ相手をしてもらっているんです」
「ただで人間ドックが受けられると思えば悪くないし。俺はああいう人、結構楽しいから苦にならないよ」
でも妊娠中の女性にはプレッシャーになりかねないから、しばらく秘密にすること。本日の用件は、基本的にそれだけだ。
ただし、須藤は葉山に念押ししている。
「約束ですからねー。一年たったら、教授が手を引くように意見してくださいよ」
そんなことまで取り決めて、わざわざ『あの』教授の相手をしていたのかと、ヤスは感心しかけて‥‥額にしわを寄せた。
「それって、うちの姉は」
「ご存知ですよ。こちらの意向をすぐ理解していただける一般の方は貴重なので、パートナーを探すのは止めようかと葉山さんと話していたところです」
「そりゃ、絶対的少数派なんですけどさー」
そうまで色々考えながら、グレゴール増員に燃えるのはどうなんだろうと、素朴な疑問をヤスは提示したつもりだったのだが、須藤は一言ではねつけた。
「俺、命が惜しいから」
更に葉山は穏やかな笑顔で、嫌なことを言ってくれる。
「今のうちに発言力を増しておかないと、魔皇事件の責任を全部背負わされる羽目になりかねません。それに、今後事件が起きた際に、魔皇の家族を二次被害から擁護するには、我々の人数は足りなすぎます」
悲惨な事件が起きたら、魔皇当人が捕まらなければその家族が魔女狩りの被害にあう可能性は高いから。グレゴールの間で取りざたされていたこととはいえ、朝のすがすがしい空気の中で言われると、非常にくるものがあった。もちろんそれは裏を返せば、守れなかったグレゴールとその関係者に向けられる悪意に転じるのだ。
ヤスが渋々納得して頷くと、早川はにこやかにこう言い切った。
「めざせ、世界征服ですよ」
それだけは絶対に違うと、ヤスは言いたい。人目があるから叫ばなかったけれど。
「あーたがたは、一体何を思って、グレゴールになったんですか」
しれっと答えたのが二人。
「暴走族やその仲間の殲滅? 皆殺しとは言わないけど」
「児童の健康で健全な育成が阻害されない環境」
そうして、やはりにこやかなのが一人。
「世界征服」
「マジですか」
「犯罪被害者の人権が擁護されない世界などぶち壊そうと思ったら、自分で支配して作り変えるのが楽な気がしまして」
朝の心地よい空気は、そろそろ出勤してくる人々のざわめきで駆逐されようとしていた。
そうして、その日の深夜に安村幸恵は。
「おめでた? それは本当にめでたいわ。教授に知られたら、監視されかねないから内緒なのね?」
一般人とグレゴールなら妊娠可能だと、店のお客に教えてあげようと思っている。
ついでに、魔皇と逢魔の間の子供と騒がしい面々に、『自分で調べやがれ』と活を入れる気も満々だ。
レストランバーKouにおける、緊急発表。
コウノトリに来てもらう方法に関する情報提供をするぞなんて、そんな話があるとこっそり評判である。
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シナリオ傾向 |
レストランバーKouで、コウノトリ談義? |
参加PC |
流石・猛
彩門・和意
美森・あやか
緋井路・朔夜
大代・悠架
志波・龍人
小鳥遊・美陽
神宮寺・隆司
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【Kou】マジメなお話いたしましょう |
バイトに勤しむ大学生とはいえ、親の脛かじりである自覚たっぷりの流石猛(b246)は、ただいま非常に脱力中だ。大学生活を半分過ぎて、なのに学部変更したいと言うには度胸がいったのだ。
ところが彼の親ときたら、医学部に行きたいと言い出した息子に二つ返事でOKを出したのみならず、『将来金蔓になるから、先行投資』と言い切った。自分の人生を見詰め直そうと思う、流石である。
見詰め直したところで、結論が同じになる可能性は限りなく高かったけれど。
関東地方を遠く離れて、小鳥遊美陽(i665)は自分の逢魔のことを思い出していた。なにやら忙しく、横浜に出掛けていったはずだ。
「たまにはあいつに付き合ってやらないと」
枕元にでも飾ってと渡された写真を眺めていた彼は、寮の同室者に覗かれて、慌てて写真を隠している。その同室者が女の子で、小鳥遊の通う学校の生徒は全員が彼女と同じ性別であることは‥‥彼の怒濤の人生の一幕だ。
ある日のレストランバーKouで、店主の安村幸恵(z077)は握り拳を固めていた。
「少ないっ」
カウンターには流石と逢魔アンモ、それに常連の美森あやか(b899)と逢魔乱夜、魔皇は置いてきた逢魔久世、それから一気に平均年齢を引き下げる緋井路朔夜(b973)が座っている。後はカップルが三組ほど。時間が早いので、これからお客が来る可能性はあった。
だが幸恵が悔しがっているのは、せっかく『すんごい情報』と意味ありげに広めた話に食い付いた客が少なかったことだ。
「すみません。お役に立てなくて」
「大丈夫です。これからいっぱい来てくれますよ!」
どうして君が謝罪するんだと周囲に見られた緋井路と、やはり握り拳のアンモが口を開く。他の四人は、敢えて黙っているといった感じだ。なまじ常連なだけに、不機嫌な時の幸恵の理不尽さは身に染みている‥‥かも。
ちなみに彼らは『魔皇と逢魔の間に子供は生まれるか』という古くて新しい悩みの話し合いに集まっていた。先程『グレゴールと一般人のカップルで、グレゴールが妊娠した』と聞いて、久世が一覧表を作っている。
その前に『両親の性別』という分かり切ったこと尋ねて、皆に怪訝な顔をされていたが。妊娠したグレゴールは女性、そのパートナーは男性に決まっているからだ。
そんなわけで、一覧表だが。
『可能‥‥逢魔同士。魔皇同士(子供は一般人が多い)。グレゴールと一般人(グレゴール適性は調査待ち)。
不可‥‥逢魔と一般人。魔皇と逢魔。
不明‥‥魔皇と人間。グレゴール同士。グレゴールと魔皇。ファンタズマと全部』
とりあえず書き出してみてから、『魔皇と一般人のカップルって、ほとんど聞いたことがないなぁ』などと話題にしていると、テーブル席にいたカップルの二組が何事かといった表情でカウンターを振り返っていた。
片方は二十代前半の男女でいかにも仲が良さそうなカップル。もう一組は一回りちょっと歳の差がありそうな、カップルと言うよりは明らかに魔皇と逢魔。しかも年上が逢魔だと態度でばれる二人連れだ。
ある意味、こんな店で話すには不釣合いな内容なので、流石と久世と乱夜がどうやって説明したものかなぁともの問いたげな視線への答え方を思案していた時のこと。
「緊急発表と聞いたんですけど、なにかあったんですか? 今日も盛況ですねぇ」
逢魔鈴と連れだって来店した彩門和意(b332)が、カウンターの中の幸恵に手を振った。
「グレゴールと一般人のカップルに赤ちゃんが出来たってめでたい話を肴に、魔皇と逢魔でコウノトリを呼ぶ話してるの」
そして彩門の質問に答える形で、幸恵は男性陣の気遣いを無にしていた。彩門は面食らったようで、空笑いを漏らしている。
緋井路やあやかは不思議そうにそれを眺めているが、久世と乱夜が見るところ、彩門は完璧に鈴を意識している。いちいち推理などしなくても、なにしろ顔が真っ赤っかだ。
「コウノトリといえば、今は希少な鳥だそうで。来てもらうよりも、野生に復帰させる事が今後の課題だそうですよ」
はいはい。ちょっと素面じゃ恥ずかしいかも知れませんよねと、流石も思ったが。
「本物の鳥じゃなくて、魔皇様と逢魔で赤ちゃんが生まれるかの話し合いなのです!」
彼の逢魔が、あからさまに大きな声で、場違いなことを叫んでしまっていた。でも。
「へー、色々やってるお店だって聞いてたけど、ほんとなんだねー」
カップルのうちの全然甘くないほうの女性、大代悠架(c879)がこれまた思ったままを口にして、一人で頷いている。場の空気を読まない女性陣に、そのパートナー達は恐縮することしきりだった。特に悠架の逢魔ミルは、悠架に小言を言いつつも無視される状態で、見ている者の哀れを誘う。ただし、ごく普通の神経の持ち主からだけ。
この状況を、まだ部外者的に眺めている志波龍人(d535)と逢魔シェールも、決して話題に関心がないわけではなかった。彼らは実子ではない子供を二人育てているが、更に子供の数が増えればその分愛情も増すと思わなくもない。もっと切実に『弟か妹』と要求されたことも‥‥あったのだろうか。
「グレゴールは俺達で言えば、覚醒状態か」
たまには二人で外食のつもりだったんだがと口にしつつも、話題に加わる様子を見せている。
ところで、店内にはもう一組カップルがいる。こちらも皆の話は聞こえているが、率先して話に乗っては来なかった。十代後半男女、話題に興味がないかと言えばそうでもなく、照れているのでもない。
神宮寺隆司(j575)と逢魔ユキは、魚介類のたっぷりのったサラダを攻略中だった。魔皇と逢魔でも、心置きなくのんびり食事が出来る店は限られているから、雰囲気にどっぷり浸っての会食を楽しんでいた。
「隆司、零さない。手で拾わない。こらっ」
「相変わらず口うるさいな、ユキは」
楽しんでいるのは、神宮寺だけかも知れない。またはこの状況が、二人の幸せなのか。
他人には伺い知れない心境だが、彼らは現在食事に夢中だったのだ。そういうわけで、しばらくは二人だけの会話が続くだろう。
二人の世界はほったらかしに、カウンター席を中心とした『コウノトリ談義』はほんのちょっぴり白熱していた。
なぜにほんのちょっぴりかと言えば、やはり話題が話題だからだ。彩門程ではなくても、男性陣は言葉選びに気を使っている。志波とて初対面の女性がいる手前、まずあけすけな物言いはしなかった。
そういう真似をするのは、まず幸恵で、次に意味が分かっているのか怪しいアンモと悠架だ。流石とミルがどんどんうなだれていくのを、他の者は見て取っていた。どちらもパートナーとラブラブではないが、異性なのでなおさら恥ずかしい。
もちろん彼らのパートナーは、そんな気持ちを汲んでおとなしくはしてくれなかった。
「こう‥‥直感の白の女性魔皇様の逢魔は、苦労性になるような気がします」
途中、ミルがふと呟いた言葉に、最初に幸恵が『あたしも白〜』とでも言えば、皆の感想は違っただろう。でも、首を傾げたのはあやかだった。
「俺は苦労性になった覚えはない」
彼女が困惑した理由は、乱夜が答えてくれた。苦労していないとは言わないが、それを嘆いたことはないのだから苦労性ではないと、憮然とした表情で主張している。
すると自分もと尻馬に乗っかったのが、久世だ。彼のパートナーも直感の白と呼ばれる魔皇だそうだが‥‥たまたま居合わせていないばかりに、誰もが突っ込むことを忘れた。
久世のパートナーは、少年である。
ところで、この間にあやかまで含めた女性陣はどうしていたかと言うと‥‥
「検査の協力くらいはできますけど‥‥」
「あたし、別にラブラブじゃないからなぁ」
「そういう人は別として、私も検査くらいなら、まあ考えても‥‥」
「あ、あの、やっぱりそういうのって、協力しないと駄目ですかしら」
「もちろんですっ。カップルの数が多ければ多いほど、いいに決まっています! ちなみに魔皇様とセイレーンのカップルは確保されているのでご安心くださいっ!」
直感の白二人、インプ、凶骨、セイレーンで現実的な会話に勤しんでいた。彩門は言葉もなく椅子の上で固まっており、志波は緋井路に『検査ってなんですか』と尋ねられて、どう答えたものか考えている。
幸恵は、流石の『なんとかしてほしい』視線を無視して、注文された料理の盛り付けに熱中した振りをしていた。
「いっそ、魔皇も逢魔もどちらも人化したままならどうだろう?」
「逢魔は種族毎に別種の生物だと考えれば、逢魔同士で不可なのも納得がいくか。人化したままでいいなら、もとは同じ人間同士のグレゴールとも望みがありそうだが?」
いつのまやら、志波と流石が困っているのに、久世と乱夜も二人で話し込んでいた。彩門は、まだ衝撃覚めやらぬ様子だ。
「ぼく、全然役に立たないから、何かお手伝いしてますね。幸恵さんにはクリスマスにお世話になりましたし」
年上女性にプレゼントを贈っていた緋井路は、自分が非常に場違いなことを感じたのか、お礼とばかりに皿洗いなど始めてしまった。おかげで幸恵の仕事が早くなり、アラカルトメニューを摘みながらの女性陣の会話は男を置き去りして進んでいく。
「なんだかんだで、古の隠れ家を探索していって、文献でも探し当てるしか、高確率な解明方法はないかもな」
「そ、その前に、逢魔さん種族毎の遺伝子など調べてみてはどうでしょう。ところで、我々は本日はこれで」
ちょっと予定があるんですと、なんにも食べないうちから、彩門は鈴の手を引いて帰ってしまった。鈴も話に乗り切れずにいたようで帰るのに否はないが‥‥
「検査の行くときは、みんな一緒ですよぉ!」
誰はばかることない台詞に、流石がカウンターに突っ伏している。
なんだか楽しそうだと神宮寺が言い出したとき、ユキは嫌な予感がした。良い感じに酔っ払ってきた神宮寺が、他人様に迷惑をかけないはずがない。なにしろ生活能力皆無で、覚醒前から幼馴染みの彼女の手を煩わせること数知れない男なのだ。
でも、『最後まで面倒見てあげるから』なんぞと心中密かに決心しているユキが、実害もないうちから彼の行動を止めるはずもない。
何かのときに、きっつーい一言を忘れないとしても、だ。
ところが、女性陣の話題転換はとても早い。
「自分に実感がないから、真剣な人には悪いんだけど‥‥わたし、ミルにいいお相手がいないことのほうが心配で」
だから皆さんの馴れ初めを参考に教えてと、悠架の言葉は逢魔思いに聞こえなくもない。どこまで彼女の野次馬根性が入っているかは、ちょっと不明だ。しかし。
「運命の出会いなのです!」
「‥‥あ、そういうことにしましょう」
断言したアンモと、自分も自分もとこれまた尻馬に乗った女性陣に、悠架はぷーっと膨れてみせた。しかしながら逢魔と魔皇の関係で結ばれた面々に、馴れ初めを聞くのも無駄なことだ。まずは両者の絆ありきなのである。説明しにくいから、『運命の出会い』で済ませたいわけだし。
「ミルったら地味すぎて、種族を限定したら縁なんか出来ないって心配してるのにぃ」
だから『魔皇と逢魔の間で子供を作る秘術』は逢魔同士にも応用が利くといいんだけど‥‥と、悠架は案外真剣だ。この場には逢魔同士のカップルはいなかったが、それぞれ心当たりの一組くらいはいるようで、揃って同意を示していた。
「ユキトさんにも、協力してもらわねば」
アンモが呟いたのに、あやかがそういえば姿が見えないと首を巡らせる。ついでに緋井路が重ねた皿を抱えてよろめいたのを見て、当然のようにカウンターの中に入っている。先程自分達で空にした皿を洗うためだ。
「乱夜達は、何かいい案があったかしら?」
あやかが男性陣に目をやったので、皆が自分の連れを眺めやる。手の空いた緋井路が様子を覗きに行って‥‥
「レトルトカレーで美味しいのはだな」
「なんでカレーの話なんですか?」
正しくは『古の隠れ家探索』相談なのだが、神宮寺が自分の登山体験が活かせると語り始めたのがレトルトカレーだったのだ。すかさずユキが盛大な溜め息で黙らせて、人の輪から引き摺り出している。店の隅で説教モードらしいが、それは見ない振りをしてあげるのが親切だ。
それで結局。
「検査云々は実行できる医療機関を確保するまで先延ばしだから、噂の出所捜しを先にな」
「ああ、弁当はここに頼まないと駄目なんだろ? 了解してるよ」
乱夜が女性陣に話し合いの内容を説明し、久世が幸恵の機嫌を取り結んでいる。後日改めて探索希望者を募って、遺跡巡りなどすることになるだろう。
検査や研究は、いずれ秘密裏に実行できる場所が確保されてからだ。医者の魔皇か逢魔を複数見付ける必要もある。流石が医者になって、大病院の養子に入るからとアンモは言うが、実現しても先の話だ。
「あたしも病院でアルバイトしてるけど、女医さんっていいかもぉ」
悠架もにぱっと笑って医学部進学を目指そうかと言い、将来的には人材確保も難しくないようだ。後は被験者も増やしたほうがいいに決まっているが。
「色々と頑張らなくてはいけませんね」
「頑張って、ごはんも食べてちょうだい」
シェールがあれこれ指折り数えている前に、幸恵が料理の皿を差し出した。これを機に、皆それぞれの食事や会話に戻っていく。
「その前に調査機関設立を宣言するです〜!」
この間から口癖になっている台詞をアンモが半ば叫び、流石は完全にグロッキーだ。神宮寺とユキは、またお説教モードから脱していない。
そうして、志波とシェールは二人で余人の介入を許さないような雰囲気だ。反対に新作デザートの味見をさせられている緋井路と、それに加わった悠架、久世はのんびりした様子で味について語っている。ミルだけが、胃を押さえていた。
「アルバイトって、あたしでもいいですか?」
「帰りに迎えが来るならね」
乱夜は幸恵の台詞に苦笑しながら頷いている。
そんな店内から大分離れて、彩門と鈴は横断歩道の端と端に離れて歩きながら、ゆるゆると家路を辿っていた。
いずれまた、皆で古の隠れ家探索のために集まる日が来るだろう。きっと、近いうちに。
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