■Forth Force■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 葉月十一
オープニング
「ど、どうして‥‥薫君‥‥」
「ゴメンね、コウジ君。少しだけ我慢して欲しいんだ」
 目の前に迫る薫――大天使・タブリスの駆るネフェリム・バーチャーの手に捕まえられ、湊コウジ(みなと・−)はただ呻くだけだった。
 いつもの古びた教会。
 逢魔や伝の目を盗んで久々にやってきた彼を待ち受けていたのは、巨大なネフェリム群。その中の一つに彼は捕らえられ、ただただ驚愕に目を見開くばかり。
「さて。彼らはどうでるかな?」
 ニコリと微笑みつつ振り返ったタブリスの視線は、ただ無表情に機体を駆る神威凌真に向けられていた。


「あのやろー、やっぱりそうだ!」
 密達の隠れ家。
 連絡を受けたナラカ・ノワールは悔しそうに拳を壁に叩き付けた。
「だから言ったんだ。ほいほい出歩くんじゃねえって!」
 普段、コウジの事を馬鹿にしていても、心の底では心配していたようだ。主のそんな様子に、ナージャはおろおろするばかり。
 騒然となるその場で、ただ一人コウジの逢魔であるレプリカントの少女・ルイは、静かに佇むばかり。果たして何を考えているのか、パッと見だけでは検討もつかない。
「あーもう! 静かにしなさい! とにかく向こうは七体のネフェリムを出してきたわ。助けに来たけりゃそいつらを倒せって事よね」
 伝であるキョウカの声に、その場が一旦静まる。
「だいたい最初っから気にくわなかったのねぇ、案の定この騒ぎよ。いいこと、みんな! あんなヤツ、ケチョンケチョンにしちゃってよね!」
 響く彼女の声には、幾分私怨も混じってそうだが、何はともあれ仲間を救出すべく、魔皇達は立ち上がった。

「‥‥どうして彼はこんな事をしたのかしら‥‥」
「え? なんか言った?」
「ううん、なんにも」
 ルイの呟きに反応したのはナージャだけ。
 それもまた、喧騒の中に消えていった。
シナリオ傾向 殲騎シナリオ ネフェリム撃破
参加PC レイ・オオギリ
ヒシウ・ツィクス
プラチナ・ハック
加藤・信人
織田・慈愛庵
水無月・清二
琥龍・蒼羅
Forth Force
●その、問い掛け
 遠く、関東の地で行われたであろう儀式は、蒼嵐の最西に当たる三重の空を紫に染め上げていく。ネフィリムを駆る彼らグレゴールも、その目撃に緊張を高めた。
 紫に染まる空。
 それはすなわち、テンプルムの絶対不可侵領域が打ち消される事を意味し、連中が出てくるという事だ――あの悪魔の如き機体を駆りて。
「‥‥来たか」
 七体のネフィリム、その中央に構えた機体のコクピットで、神威凌真はぼそりと呟いた。
『ハッ。連中、わんさか来やがったぜ』
『あいつら、このままぶっ潰してやる!』
 通信から聞こえる仲間の声をどこか遠くで聞きながら、彼は大天使の――タブリスの言葉を思い返していた。

 ‥‥僕は何も言わないし、何も強制しないよ。君ら自身の手で、決着を付ける事だね。

 集められたグレゴールは、誰もが魔皇に対して浅からぬ怨嗟を持つ者ばかり。
 何故自分達だけを集めたのか。何を自分達に課すというのか。
 疑問は膨らむばかりで答えが見つからない。ならば。
「この手で、全てに、ケリを付けてやる!」
 ――迷いは轟く砲撃の中に掻き消された。

●奇跡の価値は
「敵は七機か‥‥少し後ろに下がって援護を‥‥」
「清二様!」
 仲間の援護をし易いように、とやや後方へと下がりかけた水無月・清二(w3e841)は、背後から逢魔・セドナ(w3e841)の声にハッと気付く。
 と、同時に殲騎『天英星』のすぐ真横を一閃の銃撃が掠めた。
 それが合図となり、戦塵の火蓋が切って落とされた。
 各々に仲間の援護をしようと構えるところへ、同じような位置取りで銃を構えるネフィリムと対峙する。
「くっ、援護はさせないつもりか。あの機体、遠距離用だな」
「いかがいたしますか?」
 セドナの問いに、清二は視線をネフィリムに向けたまま。向こうは明らかに挑発している。
 逡巡は一瞬。
 常に冷静な清二の顔に、僅かな笑みが浮かぶ。
「‥‥一騎打ちを希望か、乗ってやるよ」
 視線だけの合図に、セドナがこくりと頷く。制御された魔力が機体に充満すると同時に、それは高速でネフィリムの元へ肉薄した。
 円を描く要領で背後を獲ろうと動く『天英星』。
 だが、敵も馬鹿じゃない。
 ただ宙に浮いているワケでなく、両手に構えたライフルが容赦なく火が噴いた。弾道から避ける事を計算に入れ、一気に間合いを詰めてくる。清二は、素早く召喚した真クロムブレイドで迎え討ったが、その刃を二丁の砲身が十字に交わる形で受け止めた。
「‥‥さすが、だな。だが!」
 咄嗟に放った蹴りがネフィリムの腹部を打つ。
 再び間合いを保ち、真テンタクラードリルから出る触手で絡め取ろうとしたが、その意図を素早く察した機体がサッと飛び上がった。
「逃がさん」
 後を追おうと上昇しかけた途端、ネフィリムの動きが一気に反転した。
「なっ!?」
 思わずブレーキをかけた『天英星』の機体を、降下する事で追い抜き、その背後へと付こうとする。咄嗟に清二は真撃破弾<ブレイクシュート>を放ち、向かう敵の勢いを削ごうとした。
 だが、敵は構うことなく突っ込んでくる。
 そして――振り向きざま。
「清二様ッ!」
 叫ぶセドナの声が銃声に消える。
 清二の放った真怨讐の弓と、ネフィリムが銃身から放った銃撃は、ほぼ同時だった。
 怨念を纏いし魔矢が正確に機体の胸部を貫く。が、そこまでの正確さは避ける余裕すらなくなるのが常だ。
 神輝力に特化した一撃は、『天英星』の右肩の部分を見事に貫いた。その衝撃は機体を激しく傾かせた。幸いコクピットには当たらなかったのだが‥‥。
「‥‥清二様、『天英星』右肩損傷により右腕を動かす事が出来なくなりましたわ」
「そうか。だが、ヤツの方は‥‥」
 ダメージの度合いで言えば、明らかに向こうの方が大きい。先程までの高速機動は出来ず、もはや動くこともままならないようだ。
 これを逃す手はない。
「これで‥‥終わりだ」
 言葉を同時に放つ真撃破弾。動けないことで、その機体は二倍のダメージを被る結果となる。
 宙に舞う爆煙を背に、清二はゆっくりと『天英星』を地上へ降下させていった。

●男の戦い
 しんとした静寂。
 張り詰めた大気が、呼吸をする事さえ邪魔に感じさせる。次第に高ぶる感情を、プラチナ・ハック(w3b857)はどこか楽しんでさえいる。
 対峙する重装甲のネフィリムは、明らかにパワーファイタータイプだ。その腕に持つハルバード――槍のように長い柄の先に、斧の形状をした刃がついた武器――が、搭乗するグレゴールをどこか荘厳な感じの人物であると予想する。
 特に面識のない相手だが、その実力が高いであろう予想は、こうして対面しているだけでビンビン伝わってくる。プラチナが乗る殲騎『ヴァルフォード』には、二刀の真・クロムブレイドを握らせ、その気迫に充分応えていた。
「もう! どーしてハク様は、直感の白なのにいつも剣持って敵に突っ込むかなぁ?」
 長い沈黙――とはいえ、まだ数分程度だが――に耐えられなくなったのか、後部座席に座っていた逢魔・白夜(w3b857)がいきなり大声を上げる。
「ハク様って意外と熱血系? そりゃあ、男なんだし、多少は熱くならなきゃダメだけど」
 ゴチャゴチャと喚くのだが、どうやら主はいっこうにこっちを向こうとしない。むしろ、聞こえていない風だ。
「ちょっとぉ、ハク様! 聞いてます? 一応、ハク様は――キャッ!」
 身を乗り出しかけた途端、その機体が大きく動いた。
「ちょ、ちょっとぉ、ハク様、後ろに私が乗っていること忘れないでよ!?」
 逢魔の文句などお構いなしに、『ヴァルフォード』と重装甲ネフィリムの間合いが急激に近付く。先に仕掛けたのはネフィリム側。ハルバートの穂先が勢いよく突いてきたのを、左手の真クロムブレイドでその切っ先をずらす。
 間一髪の見切りの後、もう一刀が素早く振り下ろされた。真音速剣<ソニックブレイズ>を付加された刃は、敵にかわされても真空の刃を作り出し、なおダメージを与える。
 そのまま間合いを詰めようとするが、遠心力の要領で回転したハルバードの柄の部分が、『ヴァルフォード』の頭上から落とされた。強い衝撃に体勢が思わず傾く。
「きゃーっ!?」
「くっ‥‥さすがだな」
 すっかり無視された後ろの少女は、コクピットの中でひっくり返っていた。
 それでもプラチナは、仁王立ちする敵にだけ意識が向く。
「ならば、これでどうだ!」
 再び二刀を構え、一気に懐へ入る『ヴァルフォード』。それを油断もなく迎え撃つネフィリム。
 次の瞬間。
 彼は、真シューティングクローを敵に向かって放った。
「!」
 明らかな動揺が機体の動きからも解る。
 その一瞬の隙。
 二刀の刃が音速を超えて剣戟を響かせた――交錯する二つの機体。
 パキン!
 ‥‥甲高い音を立てて、真クロムブレイドの刃が折れる。
 が、ほぼ同時に、ネフィリムの構えるハルバートもまた、真っ二つに断たれていた。やがて、ズンと重たげな音を響かせて、重装甲の機体が地面へと崩れていった。
「‥‥なんとか、なったか‥‥?」
 思わず呟いたプラチナの一言に、白夜が後ろからギュッと抱きついてきた。
「びゃ、白夜?!」
「もう‥‥無茶しないでよ‥‥」
 その時、彼は初めて逢魔の存在を認識したそうな‥‥。

●命の選択を
『俺はアンタを許さない‥‥絶対に!!』
 激しい憎悪と同時に飛び込んできた思考。
 その時点で、目の前のネフィリムに乗り込んでいるグレゴールが、レイ・オオギリ(w3a594)のよく知る人物である事を知る。
「‥‥まさか、雅文君か?」
『黙れ! 気安く名前を呼ぶんじゃない!』
 信じられないとでも言うように目を見張るレイ。思わず自らの手を見返し、その血塗られた過去を思い出す。神と魔、二つの道に分かたれた親友を、決闘の末殺してしまった事を。
 目の前にいるのは、その親友の弟。自分を恨むのは自明の理だ。
「雅文君、僕は‥‥」
『うるさい。アンタが兄さんを殺したんだ。尊敬し、憧れてた兄さんを‥‥魔皇になった親友のアンタが!』
「ま、待ってくれ。確かに僕は君の兄さんを‥‥正樹を殺した。だけど、僕は」
『黙れ黙れ黙れ! アンタが殺した、それだけで復讐するには充分だ!!』
 聞く耳を持たない相手に、レイは懸命に説得を続けた。振り回される刃は、徐々に自らの殲騎『ディースクリーパー』に傷を負っていく。
「レイ様、機体の損傷率が20%を越えたよ!」
 後ろに乗る逢魔・シャロが叫ぶ。さすがにこのまま防戦一方では、ダメージは増える一方だ。それはレイ自身もよく解っている。
 だが。
「雅文君! あいつは、あいつは‥‥こんな戦い、望んでないはずだ!!」
「だまれぇっ!!」
 何度叫ぼうと、その声は相手に届かない。
 彼の復讐を支えるのは、慕った兄への愛情。そしておそらく、同じように慕っていた自分への愛情の裏返しだろう。
 それが解っているからこそ、レイも反撃に出れなかった。
 何度か機体同士の鍔迫り合いが交わされ、その度にネフィリムを捕まえようとしたが、寸前のところで逃げられる。白兵には不利だという事を、グレゴールである雅文自身気付いているのだろう。それこそ、お互いよく知っていた間柄だったのだから。
 そうして――その損傷が50%を越えた時。
 ようやく『ディースクリーパー』が相手のネフィリムを捕まえる事が出来た。逃げだそうと藻掻くが、それを易々と放すはずもなく。
「もう‥‥いいだろう? これで、終わりにしよう」
『な、何をする! 離せ!?』
 突如、地上へと勢いを付けて落下を始めた『ディースクリーパー』。抱えたネフィリム諸共、そのまま地面と衝突した。
 爆音とも、衝撃音とも似た音が周囲に轟く。幸い落ちた場所は海岸線で、家屋への被害は全くなかった。
 二つの機体はほぼ無傷ながら、中に伝わった衝撃はさすがに半端ではない。なんとかコクピットから抜け出したレイは、ふらつく身体を引きずってネフィリムの元へ。そして、コクピットのハッチを強引に開けた。
 そこには、思わぬ衝撃に気を失った雅文がいた。まだ命がある事を知り、彼は安堵の息をついた。もうこれ以上、親しかった人を殺めるのは懲り懲りだ。
「もう‥‥誰も殺したくないんだ‥‥」
 ポツリ、呟いて。
 横たわる雅文――親友の弟――の身体をきつく抱き締めていた。

●死に至る病、そして
 その男を見るなり、琥龍・蒼羅(w3h554)は呆れたような溜息を吐いた。
「またお前か。懲りないヤツだな」
『だ、黙れ! あの時はよくも俺様をはめやがったな! てめえだけは、絶対に許さねぇからな』
 殲騎とネフィリムというコクピット越しですら、相手の陰険で傲慢な性格は手に取るように判る。
 以前、相手の男――確かガリルと言った――と対峙した時、その卑怯な策略に反吐が出そうな程だった。だからこちらも、策士としての明晰な頭脳を使い、ことごとく罠を看破してやった。
「下らん策略が好きなようだが‥‥それだけで勝てると思うな。あの時もそう言ったな」
『うるさい!』
「所詮、お前はその程度だ」
 あっさりと切り捨てる言葉に逆上したガリル。一気に下降したかと思うと、そのまま直角に曲がって突き上げる形で蒼羅の方へと向かう。
「無駄な事を‥‥ん?」
 スラスターライフルを構えようとして、あるモノが目に入った彼はすぐさま銃身を下げて反転した。まるで逃げるような行動に、ガリルはニヤリと嗤う。そのまま敵の機体は、常に蒼羅の駆る殲騎『アブソリュート』の下の位置しながら追った。
 その意図に、蒼羅は軽く舌打ちした。
 攻撃を躊躇った理由は、眼下に広がる津の街並み。高度的にそのまま撃ち、仮に外せば市街地に被害が及ぶ。スラスターライフルは命中率が低い。ましてや敵は動くのだ。
「卑劣な。‥‥蒼羅、どうする?」
 コクピットの後ろからの逢魔・ゼフィリス(w3h554)の問い。静かに憤りを感じているのを隠さない。
 もっとも蒼羅自身は別段焦る事もなく、ただ逃亡するだけ。そんな主の姿勢にも、彼女は多少腹が立った。
「別に。どうもしないさ。所詮、相手はその程度って事だ」
「‥‥了解」
 振り返り、視線を交わしただけ。
 それだけでゼフィリスは、主の意図を読み取った。
「ウイング展開、照準固定」
 『アブソリュート』に備え付けられた真ショットオブイリミネートが、ゆっくりと気付かれないよう正確に狙いを定める。
 逃げの一手の自分達に対して、ガリルはただ調子に乗るばかり。撃てないと思い込み、不用意に間合いに近付く。
『いつまでも逃げてばかりかよ!』
 傲慢な科白が、次の瞬間無惨な悲鳴に変わった。
 近接した敵に対し、彼らは容赦なく魔弾を放つ。四方に別れた軌道が、正確にネフィリムの機体を撃ち抜く。轟く爆音とともに方向性を見失った機体を、『アブソリュート』の足の鉤爪で簡単に捕らえた。
『ひ、ひぃぃぃ!?』
「策に溺れたな」
 無情に告げた蒼羅が、真バスターライフルの砲身をゆっくりとコクピット部分へ突き刺す。
『ま、待て!』
「‥‥ゼフィ、これで決めるぞ」
「はい。‥‥射撃方向、特に障害物無し」
 グイッと持ち上げられたネフィリムに対し、彼はあっさりと引き金を引いた。
「‥‥チェックメイトだ」
 最後の呟きは、爆発の音に紛れて消えた。

●嘘と沈黙
「なるほど‥‥僕の相手はアンタか‥‥」
 加藤・信人(w3d191)の眼前に立ち塞がるのは、自らの殲騎『アールマーティー』と同じ額に黒い十字架のエンブレムを付けたネフィリム。過去、何度となく遭遇し、その度に戦いを繰り広げてきたのだが、結局決着は着かぬまま。
 その相手が、今目の前にいる。
 グレゴールの顔も、名前も、声も知らない。
 だが、どことなく因縁めいたものを感じるのは気のせいだろうか。
「黒十字のネフィリム! 君との腐れ縁、いい加減断ち切らせていただくぞ‥‥!」
 言葉より早く、両者が動く。
 発射された真ショルダーキャノンの砲撃を交わして肉薄する機体を、同じよう突っ込んだ『アールマーティー』の腕がガッシリと受け止める。
 次の瞬間。
 咄嗟の気配を感じて後退すれば、ネフィリムの繰り出した蹴りが宙を切る。素早く真狼風旋<ハウンドヘイスト>を発動させ、動きを極限まで高めようとしたが、ほぼ瞬間的に常衝閃<アンチフォース>がその力を中和した。
 攻防にして僅か数秒。
 その間、互いに決定的なダメージは与えられずにいる。
「‥‥認めよう、アンタは強い。だが」
 素早く右手に召喚したのは、真グレートザンバーの鋭い刃。躊躇うことなくコクピットを狙うように振り下ろす。
「俺も強いぞ、少なくとも昨日の俺よりはな!!」
 その、刹那。
 何故か信人には、彼(彼女?)が笑った気がした。
 構わず振り下ろした刃。確かな手応えを確信した、次の瞬間――不可視の壁が、長大な刀身を音もなく弾いた。
 そして。
『‥‥その壁、壊せるかな?』
 それは敵からの初めての語らい。見えない壁――聖抗障壁<メガホーリーフィールド>は、敵対する者全てを拒む。ある意味で、神と魔の決して越えられない壁のよう。
 或いは、ここではないどこかでならば、二人は友人になれたかもしれない。
(「無意味な仮定だね」)
「そろそろ、終わりにしないか? 少なくとも、アンタと出会うべき場所は‥‥ここでも、今でもなかったんだよ」
 所詮は壁、それ以上の力をぶつければ必ず壊れる。
 真音速剣<ソニックブレイズ>を付加した高速の斬撃。輝く光を纏った高速の刃。互いの力が何度も交錯し、剣戟に火花が飛び散る。
 やがて壁は‥‥耐えきれずに破壊され、ほぼ同時に黒十字のネフィリムの持つ剣も空高く弾き飛ばされた。
 肉薄する間合い――零距離。
「‥‥悪即斬‥‥」
 真ランスシューターの鋭い一突きが、全てのトドメを刺す。
『‥‥‥‥』
「サヨナラ」
 僅かな黙祷。穂先を一気に引き抜いた瞬間、重なるようにしてネフィリムの頭部が無惨にも胴体から離れ‥‥ゆっくりと海の中に落ちていく。
 それに見向きもせず、彼は遠くのテンプルムを見据える。
「‥‥待っていろ、タブリス」

●心のかたち、人のかたち
 殲騎『ダンシングレボリューション』を駆りながら、織田・慈愛庵(w3d811)は後ろにいる逢魔・拗祢王(w3d811)と今回の依頼について話していた。
「なあ、何故タブリスはコウジを‥‥しかもこのタイミングで誘拐したんだ? おまけにさも分かり易いように迎撃に七体のネフィリムを配置する、なんてさ」
「その疑問、僕も持っていたよ。だから彼の逢魔であるルイにそれとなく聞いてみたんだ」
「あの子に?」
「ああ。主が攫われたというあの状況で、まるで慌てた様子もない。それってなにかおかしいだろう?」
「そう、なんだよなぁ。なんとなく、俺達試されてるような気がするんだよ」
「確かに」
「まあ尤も、だからといって手をこまねいているワケにもいかないだろ!」
 会話の途中、突如割り込んできたネフィリムの拳を、慈愛庵は殲騎の腕でガッシリと受け止める。
 既に他の仲間達は、四方に散らばって各々ネフィリムの相手をしている。本当なら神威凌真の元へ駆け付けたいのだが、既に仲間の一人が先駆けて行ったのが目に映る。
 別に拘る必要はない。
 関心なく、彼は胸中で嘯く。
「なんにしても正面からぶつかってみるだけさ!」
「‥‥相変わらずですね」
 心配げに見守る拗祢王の視線に気付かぬ振りをして、彼は殲騎を駆ってネフィリムに突っ込んだ。
「いくぜ!」
 真テラーウイングが大きく翼を広げる。重ねる形で真狼風旋を付加すれば、紅の機体とはいえかなりの高機動を生む。その素早さを利用して、何度も拳をその機体へ叩き付けた。翻弄されるがままに、各部のあちこちで悲鳴が上がるネフィリム。
 だが、向こうも負けてはいない。光輝く拳を構え、何度かのカウンターでこちらにもダメージが蓄積していく。
「損傷率30%突破、さすがにこのままでは‥‥」
 拗祢王の警告する声に耳を傾けている中で、ふと彼らの意図を思いつく。それは慈愛庵にとって何故か納得いくものであり、成る程と彼自身は大いに頷ける。
 倒すための戦いじゃない。
 これは、拳で語り合うという『タイマン』というヤツだ。
「へっ、そうなれば手加減なしだ!」
 更にスピードを上げる『ダンシングレボリューション』。相手のネフィリムはもはやカウンターを狙うぐらいしかない。
 だが、もはや相手に翻弄され、狙いを定めるどころではない。
「今だ!」
 真獣牙突<ビーストビート>をその身に纏い、一気に間合いを詰める。
 直後、狙い通りこの一撃はカウンターを狙っていたネフィリムの腕を跳ねとばした。もがれた腕が宙を飛び、音を立てて地面へと落下した。
「もう一つ!」
 続けざま、同じ真獣牙突で反対の腕も貫く。これで両腕は完全に封じた形となる。
「さあ、どうする? これ以上まだやるかい?」
 慈愛庵にとって徹底的に戦う必要性は、もうない。『タイマン』だと信じているからだ。そんな彼の言葉に、ネフィリムは腕のない両肩をがっくりと落とす仕種をした。

●涙
 戦闘は終盤を迎え、それぞれの戦いはほぼ決着を迎えている。残すは、三重の海上――その中空に佇む二体の機体。
 ヒシウ・ツィクス(w3b715)は、殲騎『ヒシウ専用ガンスリンガー改』の中からもう一度だけ問い掛けた。「‥‥今回の件、どうしても腑に落ちないな。魔皇の一人を捕らえ、解放して欲しければ君らと戦え、と?」
 ネフィリム――その機体を駆る神威凌真からの返答はない。
「ま、これでも自分は勘の良い方だと思ってるし、各地の情勢、発生した依頼とその結果‥‥それなりに頭に入れてある。三重も‥‥タブリスも、魔の者を今回の事で試そうというのか?」
 どこか苦悩に満ちた声色。
 問い掛けも何もかも、全ては素通りするのだと判っている。
『‥‥所詮、どう言い繕うとお前らは悪魔なんだよ』
 返ってきたのは、冷たい科白とそぐわない震える声。
 だからヒシウも理解する。まるであの日の繰り返しのように言葉を綴る。
「戦うしか‥‥ないのか。理解はしてても納得が出来ないんだろう。形はどうあれ、魔の者がいなければ、彼は死ななかった‥‥だけどな、それはこっちも同じなんだよ。神帝軍がいなければ、あいつだって死ななかったんだ!」
 真クロムブレイドが放つ真空の刃が、夜の闇を音もなく切り裂く。それを無効化する光の環がネフィリムの頭上から発せられた。
 やはり、という思いが脳裏を過ぎる。迂闊に近付けば、おそらくカウンターを喰らっていただろう。
『ならば‥‥お前が死ねばよかったんだ!』
 振り下ろされた剣は、最大級の光が纏う。間一髪で避けたのだが、息つく間もなく光が空間を覆う――烈光破弾<スパーキングショット>だと理解すると同時に、真ショットオブイリミネートが火を噴いた。
 ほぼ互角の衝撃が、二つの機体に損傷を与える。
「まぁた、ヒシウは突っ走ってくみたいなんだから」
 呆れた声の逢魔・ステア(w3b715)に耳を貸す事なく、ヒシウは真テラーウイングの翼を広げた。
「僕達はヒーローなんかじゃない! それと錯覚するような力を手に入れても、結局一番守りたい人すら満足に守れやしない。凌真、君だってそうだったんだろう!」
『黙れ!』
 激昂が耳を打つ。
 それでもヒシウは言葉を続けた。
「手加減なんて出来ないんだ、そんな力量の差なんてない! 自分が下手を打てば後ろに乗ってる奴まで危険に晒される。そんな状態で‥‥そんな器用で無茶な真似なんて‥‥ッ!!」
 エゴだと判ってる。
 結局戦うしかないことも。
 だけど‥‥。

 ガキ――ン!!

 刃と刃が交わり、互いに鍔迫り合いの格好で睨み合う。
 が、次の瞬間。
 ネフィリム側の力が急に抜け、ゆっくりと殲騎から離れた。思わず何かの罠か、とハッと身構えたが、相手はいっこうに何かする様子もない。
 固唾を呑んで見守るヒシウとステアの視界で‥‥ガタン、と音を立ててハッチが開いた。武器も持たず、無抵抗のような姿勢で凌真と、彼のファンタズマであるバードが姿を見せる。
 思わずヒシウの方もコックピットのハッチを開けていた。
「凌真‥‥」
「言っておくが、納得したワケじゃない。だが‥‥」
 改めて対峙してヒシウは思う。
 禍根を水に流すことは出来ない。だけど、そればかりに囚われていても、前に進む事は出来ない。
(「ひょっとして‥‥タブリスはその事を試したかった? 僕ら魔皇だけじゃなく、グレゴールである彼らをも?」)
 全ては憶測。
 彼の――大天使の真意を、今度こそ確かめる。
「僕達はこのまま三重テンプルムに向かう。一緒に来るなら‥‥」
「いや、俺は後から行く。少し‥‥遠回りして、な」
 その視線が向かう先にあるものを、ヒシウはすぐに悟って納得した。
「じゃあ‥‥後で」
 瞬間。
 この戦いが始まってようやく垣間見せた笑みに、背後に控えていたステアは小さく胸を撫で下ろした。