■Fifth Children■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 葉月十一
オープニング
 カツン、カツン‥‥。
 三重テンプルムの回廊を、足音だけが響く。
 タブリスの腕の中には、意識を失ったコウジが横たわっている。その様子を彼は微笑みながら見守っていた。「ゴメンね。こんなマネをして」
 聞こえる訳がないのだが、思わず謝罪の言葉が口をつく。
「ただ、僕は知りたいんだよ。はたして彼らは信じるに値するのかどうか‥‥」
 彼らの為にもね。
 その眼差しは、ただただ憂いに揺れていた。


「あのやろー、やっぱりそうだ!」
 密達の隠れ家。
 連絡を受けたナラカ・ノワールは悔しそうに拳を壁に叩き付けた。
「だから言ったんだ。ほいほい出歩くんじゃねえって!」
 普段、コウジの事を馬鹿にしていても、心の底では心配していたようだ。主のそんな様子に、ナージャはおろおろするばかり。
 騒然となるその場で、ただ一人コウジの逢魔であるレプリカントの少女・ルイは、静かに佇むばかり。果たして何を考えているのか、パッと見だけでは検討もつかない。
「あーもう! 静かにしなさい! とにかく向こうは七体のネフェリムを出してきたわ。助けに来たけりゃそいつらを倒せって事よね」
 伝であるキョウカの声に、その場が一旦静まる。
「だいたい最初っから気にくわなかったのねぇ、案の定この騒ぎよ。いいこと、みんな! あんなヤツ、ケチョンケチョンにしちゃってよね!」
 響く彼女の声には、幾分私怨も混じってそうだが、何はともあれ仲間を救出すべく、魔皇達は立ち上がった。

「‥‥どうして彼はこんな事をしたのかしら‥‥」
「え? なんか言った?」
「ううん、なんにも」
 ルイの呟きに反応したのはナージャだけ。
 それもまた、喧騒の中に消えていった。
シナリオ傾向 救出シナリオ 三重テンプルム潜入
参加PC ヒシウ・ツィクス
セリザワ・ナツメ
織田・慈愛庵
ウィリアム・酒井
グレイ・キール
琥龍・蒼羅
Fifth Children
●End of the WORLD
 三重テンプルム。
 その地上唯一の入り口であるエレベーター付近に、グレゴールの姿は見当たらなかった。
「‥‥見張りがいない‥‥どういうことだ‥‥?」
 琥龍・蒼羅(w3h554)が不審気に呟き、なおも注意深く周辺を探る。
 だが、どれほど見回したところで、人影一つなかった。
「罠か‥‥それとも‥‥」
「どちらにせよ、進むしかない」
 躊躇する時間はあまりない。そう促すグレイ・キール(w3h080)の言葉に、彼らはエレベーターの中へ一歩踏み出した。
「後から来る仲間を待っているのは、時間的にも厳しいアルよ‥‥」
 仲間を信じていないワケではない。
 だが、ネフィリムが帰ってくる可能性が僅かにでもある以上、ウィリアム・酒井(w3f749)の言葉通り先を急いだ方が得策だ。仲間の救出も含めて、これから赴く先が敵地である以上、出来るだけ危険を回避した方がいいのは確かだった。
 エレベーターが進む間、逢魔・ヘルウエア(w3h080)による『祖霊招来』が行われた。迫る危険に関しては特に進言がなく、示されたのはグレゴール達の位置に関してのみ。
「あとはテンプルムに入ってからだね」
「そうだな。なるべく事を荒立てるつもりはないが‥‥」
 あくまでも穏便に。
 グレイの言葉に、他の魔皇達も静かに頷く。
「おい、偵察の方はどうするんだ?」
 逢魔・柳蘭(w3f749)が主であるウィルに向かって尋ねると、彼はただ肩を竦めるだけ。今のところは必要ない、という事だろう。
 もっとも偵察をするにも、『獣化』した際の服の管理をどうするかが問題だったが。
「心配ないアル。脱いだ服、ちゃんとワタシが管理するネ。まあ、ナージャ君がこれ見たらすごいことになるアルなあ」
「うるせ」
 ウィルのからかう口調に、柳蘭の裏拳が顔面に炸裂した。
「そろそろ着くぜ」
 主を護るように逢魔・ゼフィリス(w3h554)がゆっくりと構える。
 やがて、静かにエレベーターは停止し、光の扉がゆるやかに開いた。

 遅れること、数刻後。
 テンプルム入り口に静かに降り立つ殲騎二体。コクピットから人影が出ると同時に、その機体は瞬時に掻き消える。
「歓迎、されてるのかもしれないけどね‥‥」
 誰もいないことに織田・慈愛庵(w3d811)はそう呟き、だけど警戒を緩める気はない。「入るな」という意志はなくとも、「入った後の保証はしない」という意志は感じられていたから。
「どっちにしても中の保証はないよね。せめて彼が来てくれていれば‥‥」
 振り向くヒシウ・ツィクス(w3b715)の視線は、遠く海上の方。
 彼――神威凌真が何処へ行ったのか、その事をヒシウは理解していた。本当ならこの場に彼がいてくれれば、他のグレゴール達を押さえておいてもらえたかもしれないが‥‥。
「仕方ないですね。あまり時間もないですし」
「じゃあ行くか」
「ええ」
 二人の魔皇は、仲間の後を追うべく、光のエレベーターの中へ姿を消した。

●Air
 そこは、まるで人気がないようにシンと静まり返っていた。
 潜んでいるだろうグレゴール達、それらを注意しながら魔皇達は進んでいく。その中で一人佇んだままのセリザワ・ナツメ(w3b912)。
 元々、内部を彷徨くことなくじっとしているつもりで、廊下に座り込んでゲームをするつもりだった。そんな体勢ならば、さすがに連中も襲う前に問い質す筈だ、と。
「良い案だと思ったんだよね」
「いくらそうでも、敵が来なくちゃしょうがないだろ?」
 そう逢魔・トワ(w3b912)に諭された形で、彼はとぼとぼと最後尾を歩き出していた。
「それにしても‥‥タブリスは何を考えているんだろう」
「さあな。わざわざ魔皇を攫い、それを食い止めるネフィリムと戦わせ、さらにはテンプルム内へ誘い込む‥‥」
「目的がなんであれ、オレ達を試しているのは間違いなさそうだな」
 先頭を歩くグレイと蒼羅は、辺りを警戒しながら今回の目的について会話する。和平へと向かう三重の地で、今更に争わせる理由を彼らは知りたかった。
「どちらにせよ、会ってみれば判ることアルね」
 ウィルが些か脳天気に答えてはいるが、そこにある表情は真剣そのもの。普段のおちゃらけた雰囲気しか知らない柳蘭が、少なからず感心してしまうぐらいに。
 ヘルウエアの『祖霊』による指針。
 そして、トワの小さな胸に感じる『相克の痛み』により、なんとかテンプルムも半ばまで進んでいた。
 だが、大天使がいるであろう奥の間は、まだまだ先だ。これからもグレゴールに出会わない保証はない。
 その時。
 ナツメが思わず足を止める。
「待って」
 ニードルアンテナで鋭さを増した感覚が警告を告げる。
「こっちはダメだ、こっちに!」
 彼が指差す方へ一同は一斉に動く。
 が、その回避も万能ではなく――元々会わずに行ける事自体が不可能なのだ――程なくして、彼らの目の間に数人のグレゴールが立ちふさがった。
「お前ら、ここでなにをしている?!」
 敵意という程強くないが、不審者に対する問い質しがある。
 なるべく戦闘を避けようと、魔皇達は手にあった武器を床に放る。
「こちらのタブリスさんがさらっていったコウジさんを迎えに来ました」
「‥‥なに?」
 ナツメの言葉に相手は僅かに眉根を寄せる。その後ろに控えるトワは、静かに力を全身へ溜めていく。戦闘になってしまった場合を予測して。
 同じように主を護る為に身構えるゼフィリス。
 下手に刺激する事はないと、事前に蒼羅が説明していたのだが、譲れない一線というのが彼女には存在するらしい。
「目的はある人に会いに行くだけアルから。無駄に戦うつもりなないネ。ワタシ、英国紳士アルから、平和的解決をいつだって望んでいるネ。そこを大人しく通してくれれば無問題ネ」
 いかにも怪しい言葉を連ねながらも、ウィルはなんとか説得を続ける。
 とはいえ、彼らグレゴールもおいそれとは納得出来ないだろう。仮にも自分達の基地であるテンプルムへの侵入者を前にしては。
「‥‥もし、オレ達が此処へ襲撃に来たならとっくにお前らを攻撃してる」
「そうよ、破壊や殺戮が目的なら端っからやってるアルヨ」
「そうだよ。僕達は戦いに来たんじゃないんだ」
 グレイ、ナツメ、ウィルの言葉に、多少心が揺れているのが判る。
 だが、決め手がない為に根本のところで自分達を信用できずにいるようだ。
(「‥‥駄目か」)
 後方で見ていた蒼羅が、触発される雰囲気のまま銃を構えようとした、その時。
「ちょっと待ったぁ〜!!」
「待って下さい、皆さん!」
 固まった一団目がけて、勢いよく飛んできた人影――真狼風旋<ハウンドヘイスト>を施した魔皇殻の翼を背にした慈愛庵。
 そして、コアヴィーグルで勢いよく駆けて来たヒシウ。
 二人ともスピード重視で先行組に追いつこうとここまでやってきたのだ。当然、途中でグレゴールにも遭遇したのだが、辛うじてそのスピードで逃げ出せたのは不幸中の幸いか。
「ふぅ‥‥なんとか間に合いましたね」
 コアヴィーグルから降りた逢魔・ステア(w3b715)がホッと息を吐く。
 いきなり増えた魔皇達に、対するグレゴール達は緊張を新たにする。
 が。
「――神威どの!」
 一人のグレゴールが声を上げる。
 つられて魔皇達も後ろを振り向く。
 ヒシウの背後、コアヴィーグルに跨るその姿は、三重テンプルムのグレゴールのリーダー的存在の神威凌真だった。
「僕達がここに上ってくるのと、彼が帰ってくるのが一緒になりましてね。それなら、という事で一緒に来てもらったのですよ」
 ヒシウの言葉に応える事なく、凌真はさっさとコアヴィーグルが降りる。
 そして、驚きに身を固くする仲間の元へ赴き、静かにこう告げた。
「‥‥ひとまず、剣を引いてくれ。後は俺に任せて欲しい」
 さすがに彼の言葉には、グレゴール達も渋々ながら従うようだ。そのまま魔皇達の方に彼は振り向くと、
「ここから先は、俺が案内する。他の連中に手を出させるつもりはない」
 そう宣言し、そのまま前を向いて歩き始めた。
「‥‥やれやれせっかちアルね。ま、彼がそう言うなら付いていくアル。他の方たちも手出ししないと約束出来るなら付いてくるヨロシ」
「お、おい。グレゴール連れてっていいのかよ」
「無問題アルよ〜」
 最初に動いたのはウィル。反論する柳蘭を羽交い締めにしつつ、さっさと進んでいく。
 他の者達も次々とその後に続き、殿を務めたのは慈愛庵。まだ来ない自らの逢魔を案じて一度だけ振り向くと、そのまま仲間を追い掛けた。

●三重の中心でアイを語る天使
 大天使――その言葉の意味を、彼らは部屋に入った途端に改めて知る。
 自らの正体を露わにしたタブリス。部屋中に満ちる光の気配を前に、魔皇達はただただ言葉を失くす。
 何故コウジを攫ったのか。何が目的なのか。
 試し、試された事への憤慨。見下された事による試練。
 その全てに対する問いが、尋ねるべき事柄が、無意味な事のように感じられる。
 だが、それでも自分達は目の前の天使に、問い質す為にここまで来たのだ。今更何も聞けずに帰るワケにはいかない。
「いったい‥‥どういうつもりだったんだ?」
「‥‥タブリス、何が目的だ? お前はオレ達を試したのか?」
 蒼羅、そしてグレイの強い言葉。
 それに被さるように、ヒシウの声が部屋に響く。そこにはどこか、悔しさの色が混じっているようでもあった。
「タブリス‥‥なんで貴方まで、こんな魔の者を試すような真似をする。信じるに値するかどうか? ‥‥そういった神帝軍の傲慢さが、魔の者が神帝軍を信じるのを躊躇わせていると思った事は無いのか?」
 和平を‥‥共存を唱えながら、魔を試す。その意図を聞かなければ、きっとこれから先も疑惑が残るのは目に見えてる。
 伏せていた目を、タブリスはゆっくりと持ち上げ、そして。
「試したのは、なにも君達だけじゃないさ。彼らにも、本当は答えを出して欲しかったんだけどね‥‥」
 視線の先に、凌真を見る。
 彼は特に何も言わず、そっと視線を逸らすだけ。
「神と魔、相容れない存在故にどちらかの殲滅を、僕らは掲げた。けれど‥‥お互い同じ考えを持ち得たよね。人を害しない、と」
「そう、だな」
 小さく頷く慈愛庵。他の魔皇も、その気持ちは一緒だ。
「だから君達、魔の者も‥‥そして洗礼を受けた者達も、『自分自身』で『考えて』結論を出して欲しかったんだよ。それぞれが、お互いに信じれる存在である、と答えを導くようにね」
 ただ単に僕が道を示すだけなら変わらないだろ?
 そう告げたタブリスの笑みは、どこか寂しげで。
「向こうに信じてもらうにはこちらも信用するネ。これ、非情に重要なことアルヨ」
 沈みがちだった空気を明るくしようと、ウィルが軽い口調で告げてみる。加えてウインクまでするのを、思わず後頭部に柳蘭の拳が炸裂した。
「‥‥そ、それじゃあ、コウジさんを返してもらってもいいんですね!」
 二人のドツキ漫才を横目にしつつ、ステアがタブリスに尋ねる。更に付け加えたナツメの言葉と含めて、大天使はうっすらとだが笑みを浮かべた。
「友達を招きたかったら、今度は手荒くない方法がいいですよ」

●まごころを、君に
 特に手荒なことをされたワケでもなく、コウジの身はあっさりと解放された。
 元々気を失っていたところへ、丁重に寝かせられていたので、彼自身タブリスに対しての信頼を壊すこともなかった。
 ただ、テンプルムの出入り口で、逢魔・拗祢王(w3d811)に連れられていたルイを見た時は多少狼狽えた様子を見せていた。
「‥‥この気持ちがなんなのか‥‥拗祢王さんに、教えてもらいました」
「あ、あの‥‥ルイ?」
「心配‥‥させないで、下さい‥‥」
 その胸に飛び込んだ彼女を、コウジはただ慌てるばかり。
「僕ら、逢魔にだって感情はあるんです。もう二度と、心配させないで下さい」
 拗祢王の言葉に、コウジはただ黙って頷いた。

 帰路の途中。
 ハタと柳蘭はウィルを振り返る。
「は? 今なんて言った?」
「だから柳蘭、ナージャ君といっそのこと付き合ってしま‥‥」
「アホ! 幾つ歳が離れてると思ってんだ! それに付き合うとかそんな感情ねえよ」
 必死になって否定する割には、その顔は見事に赤面している。
 それを見てニヤニヤと笑う主。
「じゃあワタシ、ナージャ君の気持ち聞いてくるアルヨ」
「人の話を聞け。つか、よけいな事すんじゃねえ!」
 鉄拳一発。
 モノの見事に顔面へとクリーンヒットだ。キュ〜と唸り声を上げて倒れる姿を後目に、彼女は真っ赤になった顔を宙に向け‥‥何故か浮かぶナージャの笑顔に思わず身悶えてしまった。

「――それじゃあ、僕はこれで」
「ああ。また、いずれ」
 ヒシウと凌真。
 対面する二人は、決して握手を交わすことなく。
 彼らは互いに背を向け、そのまま歩き始めた。
 それは訣別を意味している訳ではなく――それぞれの道を進む事を意味するだけで。

 ――未来は、今だ模索の中に。
 それを決める意志さえ、己の中に見失わずにいれば。