■《狩られる側の気分はどうだ?》 ‐ラザフォード‐■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオEX |
クリエーター名 |
小沢田コミアキ |
オープニング |
九州における神帝軍の最重要拠点の一つ、セフィロトの木。そこへ僅か12名の手勢で襲撃しベリトを討つという強襲劇を演じたアラストル。その名は瞬く間に九州全土に轟いた。
「今こそ一気呵成に攻勢へと出るときですね」
天神の黒木の執務室。アラストルは次の作戦を前にミーティングを行っている。
「守りの要であるベリトを討ったことで城門は開かれました。この勢いに乗って本丸――宿敵ラザフォードを討ちます」
ストラス、キノ、ベリトと三人を失い、残りのゲブラーもアラストルの名を大きく意識したことだろう。そこを、かねてからの腹案だった罠に掛けて一人を狩る。
「相応しい舞台は用意しましたよ。隊員の皆さんの何人かには、因縁深い場所です」
黒木が地図を広げる。
「奴等との決戦にはもってこいの舞台でしょう。天神地下街、再びこの死地で彼らと雌雄を決しましょう」
そこはかつて、天神・密がゲブラーを罠に掛けようと試みて逆に策にはまり、多くの犠牲を出した場所だ。アラストルのメンバーの何人かもそこで死線をくぐって今に至る。
「我々の対ゲブラー戦術、それが有効なのは皆さんが身をもって証明してくれました」
強者揃いのゲブラー、生身の戦いで勝てぬと見れば魔皇達に残された策は比較的実力差に関わらず効果を望めるDFでの反撃。ゲブラー戦術とはそこまでを読んだ詰みの一手なのだ。あわよくば、ゲブラーはその淡い希望を食ってこれまで数多の同胞を血に沈めてきた。
アラストルはあえて反撃の可能性を秘めたDFを捨てた。勝機を捨て、敢えて苦しい生身の技だけを頼って己より数段上の実力者を渡り合う。
そこには精鋭部隊などという華やかな名などない、無論そこからくる油断などあろうはずもない。
「この戦い、勝ちますよ?」
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シナリオ傾向 |
ゲブラー、ラザフォード |
参加PC |
篠原・和樹
柊・梢
五条・レナ
レーグ・ケセド
風羽・シン
長月・明
鈴科・有為
ディアルト・クライス
橘・沙槻
竜崎・海
ゼシュト・ユラファス
獅瞳・雪嶺
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《狩られる側の気分はどうだ?》 ‐ラザフォード‐ |
聖鍵戦士ラザフォード、神魔の戦いの早くから頭角を現し最短距離でゲブラーの隊長クラスまで上り詰めた男。最短、それは無敗を意味する。グレゴールとしての潜在能力は他を遥かに凌駕していた。その実力はゲブラーの中にあってなお一際の輝きを放っている。
その豪剣に屠られた魔の者がどれだけの数に上るかは想像すらつかない。彼の後には常に屍が道を作り、無数の怨嗟をその背に浴びながらラザフォードは戦い続けてきた。彼の存在は今やゲブラーの、そして九州の神帝軍の象徴ですらある。その彼を、討つ。ストラス、キノに続いてベリト、カマエルが斃れ、残すところゲブラーの頭はラザフォードを含むレラジエら4人。だがこの戦いは単なる通過点という以上の意味を持つ。激戦と死線をくぐりぬけ、アラストルは遂にこの旅の一つの終点を迎える。
(「‥‥九州に咲き誇ったゲブラーと言う名の徒花、その象徴の一つ、ラザフォード‥‥今日この場で、荒ぶアラストルの風に散れ!」)
地下街の中央広場から最南端の広場へと通じる二つの通路、その西側の道に面する店舗に身を隠し、ディアルト・クライス(w3d349)は刻を待つ。
(「さてと今回は西側通路に潜伏して大きな獲物を狙うわけだ」)
お守りのキーホルダーに手を掛けレーグ・ケセド(w3b612)は呼吸を整える。それが呼び寄せているのが悪運でしかないことは何度も血反吐を吐く内に薄々気づいている。だがそうやって死の危険に吸い寄せられるようにして行き着いた先には戦友と呼べる仲間たちがいた。
(「かって仲間を捨てたこの私が‥‥。フッ、私もまだまだ‥‥甘い」)
ゼシュト・ユラファス(w3f877)が傍らの五条・レナ(w3b572)と仲間達を見回した。手に取ったロザリオを見詰めて出てくるのは苦笑ばかりだ。
(「だがそれも‥‥長くは続くまい。今回で‥‥ケジメをつける」)
(「ゲブラー最大の強敵が相手だけど、そう気負う事も無いわ。セフィロトを生き残った私たちに、ここを生き残れない理由は無い」)
レナはただ前を向いている。迷いと劣等感を振り切り、今その胸にあるのは、自負。
(「さあ、狩りの時間よ、ラザフォード。あなたは日の光差さぬこの地で、あなたが狩って来た数多の魔皇の怨嗟の声を抱いて永遠に眠る事になる‥‥!」)
夜の地下街は暗く、非常用の作業灯が所々を照らすだけだ。かつてこの場所でゲブラーの罠によって多くの同胞が命を落とした。ここへ現れる者の名を知ってか、闇の中には死者の無念と怨嗟の気配がざわめき出す。その空気を肌で感じ、南広場の喫茶店『不知火』に身を潜めた鈴科・有為(w3d105)は少しだけ目を細めた。彼は天神地下街を生き延びた一人。あの戦いで殿を務めた彼は退路を絶たれ無数のグレゴールに囲まれた。戦いの中に生を求めそして死ぬ、彼の密に抱き続けていた思いは叶うかに見えた。だが。天井に穿たれた穴から脱出を果たし、酷く際どいところで有為は命を拾った。
(「しかし‥‥あのとき差し込んだ光はキレイだった‥‥ナゼだろうな‥‥?」)
あれから更に数度の死線をくぐった。より危険な死地へと彼は踏み込み続けている。敗北は近い。相反する二つの望み、決着をつけるに残された時間は幾許もないだろう。
(「決着か。俺達を仲間として迎え入れ、今この場に立たせてくれたことを皆に感謝する。ラザフォードとは直接の因縁はないが、奴との決着に俺たちの力が役立てられるのなら‥‥」)
ベリト戦から隊に名を連ねた橘・沙槻(w3f501)の背には逢魔・サウスウィンド(w3f501)が寄り添う。獅瞳・雪嶺(w3g113)もまた共にその時を待つ。
(「策は打ったっさ。後は敵が罠に掛かるのを待つだけ」)
セフィロトが崩れたことで生まれた好機。敵の情報網の崩壊と、植えつけたアラストルの脅威。数度の挑発とばら撒いた偽の情報。頭を失い迷走する奴等に見抜けようはずがない。そして、ラザフォードへ向けた誘いのメッセージ。それは全て、今夜この天神地下街へと彼を誘き出す布石。狩りの準備は整った。
(「‥‥ラザフォード、虫ケラ以下だと思ってた奴に手前ェが『狩られる』気分はどうだ?」)
胸に疼き出した感情を自分でも驚くほど冷静に抑えながら風羽・シン(w3c350)も時を待つ。かつて決定的な敗北を喫し辛うじて生を拾ったのは奇しくもこの地下街だった。あの日抱いた憎悪を闘志へと昇華し、更なる研鑽の果てに遂に彼はラザフォードに最後の戦いを挑む。
石畳を踏む靴音が地下道に反響する。偽情報に食いついたラザフォードは配下の数名の隊員だけを連れてこの地下街へと足を踏み入れた。彼らの目指すは地下街最南端、南広場に面する『不知火』だ。
(「現れましたね‥‥」)
ラザフォードは、東側の通路を通って不知火へと向かう。そこへ面する空き店舗で柊・梢(w3a229)は息を殺しそれをやり過ごす。
(「‥‥ついにラザフォードですか‥‥。まあ‥‥相手が誰であろうとも‥‥何時も通りやるつもりですが‥‥さて」)
初めて戦ったキャナルシティでは惜敗を喫した。シルバーエッジで無造作に切り落とした髪は今ではだいぶ伸びて来たようだ。だがあの時感じた感情と手に伝わる髪の切れるあの感触はまざまざと思い出せる。
薄明かりに照らされて目の前をラザフォードを通り過ぎて行く。
(「いつかの廃ビルでラザフォードに遭遇してから‥‥。途方もなく長い時間を戦ってきた気がしますね」)
長月・明(w3c809)は彼を追ってアラストルに加わった12人目の仲間だ。彼がラザフォードと始めて相対したのは覚醒して間もない頃。表にこそ出しはしないがその心中は些か複雑ではある。
(「キャロル、帰ったら、今度こそ二人で飲みに行こう」)
通り過ぎるラザフォードの足元を目で追いながら篠原・和樹(w3a061)は帰りを待つ者のことを想う。約束は想いを強くする。果たさねばならぬことがあるからこそ死ねない、その心地よい責が死地にあってどれだけ支えになることか。それはセフィロトを生き抜き身に染みて感じた事実でもある。約束は、想いを強くする。
(「‥‥私の力になって欲しい。いいだろう?」)
彼はまだ、その想いが何であるかを知らない。だが、帰ったら必ず伝えよう、そう和樹は思う。彼の表情は心なしか口許を緩ませている。
これまで数度の作戦と執拗なマークで遂にゲブラーへ想いは通じ、今夜のパーティーの招きに応じてくれた。――さあ、ドレス(武装)の準備は済んだか? 飾付け(罠)は万全か? では、催しを楽しませてやろう。
(「ラザフォード、お前という敵がいたことで俺達はここまで強くなれた。その礼として俺達は今日お前を超えてやる」)
遠ざかる背中を追いながら竜崎・海(w3f521)の胸で膨らむのは純粋な闘志。それは強者だけに許される、敵味方の別を超えた高みへの畏敬。無敗無敵を誇り高みであり続けたラザフォードの頂へ、遂にアラストルがその手を掛ける――。
●逆襲、アラストル
「‥‥さて、レーグ、レナ君‥‥戦いの始まりを告げる鐘の音を、盛大に鳴らしてくれよ‥‥」
仲間からの連絡を受け西通路に陣取ったディアルト達は行動に移った。
「戦闘開始‥‥用意」
ゼシュトが右手を上げて合図し囁き叫ぶ。
「‥‥撃てッ!!」
その号令に合わせレナが南広場に入った敵中央へ砲撃を行い戦端を開く。と同時に西からも逢魔・ヒナ(w3f521)が閃光弾を放った。閃光と炸裂弾の爆音とが交錯し逆襲の狼煙が上がる。レーグがマシンガンで弾幕を張り、同時に店内からも沙槻が火力を叩き込み敵の怯んだ所へサウスが妖精のつむじ風を放つ。それにタイミングを合わせて雪嶺とシンも不知火から飛び出した。
「これで幾らかでも敵の頭数が減らせれば。お願い、効いて!」
だがサウスのそれは無情にも何の効果を及ぼすこともなかった。仮にも正規のゲブラー隊員、雑魚ならまだしも彼らに児戯は通用しない。突出した雪嶺達は攻撃のリズムを狂わせ動きを淀ませた。
「馬鹿が、もう一度思い知らせる必要があるみたいだな」
グレゴールの一人がそれを容赦なく突き剣撃を繰り出す。そのグレゴールの頭部を銃弾が直撃した。篠原は純血の狙撃手、獲物の注意が逸れた隙を捉えるのは造作ない。
「さあ皆、始めよう‥‥狩りの時間だ」
「アラストル参上」
通路を飛んだ海が名乗りを上げ、和樹と明が通路へ展開し後背から火力を注ぎ、ゲブラーを広場の前後から弾幕が包み込む。店内からも沙槻のミサイルが敵を広場に押し出し逃げ場を与えない。
「フハハハハッ!!!! 沈めッ!!魔凶星の名の下にッ!!!!」
ゼシュトがディアルトと共に弾着を追って敵へ迫る。反対側からの味方の流れ弾を意にも介さずゼシュトが散弾を放ちディアルトが太刀を振るって敵へ斬り込んだ。
「‥‥この戦い、ただ勝つだけでは済まされん‥‥必ず、全員で生きて戻るぞ‥‥」
レーグの援護射撃を頼りに敵の鼻先を薄く掠めるように横様に駆け抜け、同じく刃を手にしたゼシュトと共に狂乱の血華を咲かせる。
「注意がお留守ですよ‥‥」
和樹達と上空のヒナの援護をそこへ挟撃を図る様に受けて梢が接近し、別の配下へ向けて剣の重みを乗せた斬撃を繰り出す。狙うは、和樹の狙撃を受けたグレゴール。神輝の護りか致命傷には至らなかったようだが、そこを強引に手数でねじ込む。敵の剣撃をランスシューターで受け流すと、梢は一息に畳み掛けた。
(「この不意をついた時点で、一人位配下を倒すくらいのつもりで‥‥」)
(「瞬殺っさ。四本手の妙技、しっかりとその目に焼き付けて行くっさ!」)
雪嶺もまた別のは以下を相手取り、加速を活かし一瞬の隙を逃さぬ攻勢に転じる。両端からの翻弄するような攻め手に敵の注意が揺れた所へと身を低くして飛び込み、すかさず敵の下半身へ四肢を使った四連撃を放つ。敵もすぐに反応し逆手に持ち替えた剣を振り下ろすが、雪嶺の意図する展開に気がついた時にはもう遅かった。
「今っさ、鈴科さん!」
するりと絡みつくように4本の腕が敵の両膝裏へ回って敵のウェイトをコントロールし、僅かな動作で剣撃を逸らした。切っ先が床石を突き崩し引き戻しの動作が遅れる。敵が顔を上げた時にはもう有為の短刀が鼻先に迫っていた。
雷光が煌き、顔面への直撃を受けたグレゴールの動きが止まった。
「トドメ、だ。雪嶺」
合図を受け雪嶺が四本手を地に付き、全身のバネを使って真下から鳩尾を蹴り上げた。死に体になったところを駄目押しに有為が短刀でメッタ刺しにする。
「こちらも、まずは一人!」
さすがに梢一人の手には余る相手だったが、沙槻と明がマシンガンで援護し、和樹もマシンガンをライフルに持ち替えて狙撃で攻撃の基点を作り、奇襲の勢いに任せて一人を屠る。
「残るは4人、このまま囲んで動きを止める」
沙槻が合図を飛ばし、アラストルは包囲陣を取った。囲みが固まる前に抜け出ようとする相手には逢魔・刹那(w3c350)が対戦車ライフルで強引に敵陣へ押し戻す。通常兵器ゆえに傷こそ負わせられぬものの敵を一所へ固めて追い遣った。
「単純計算で3人掛かり、悪くない。後は隊全体の連携行動を断つ形での援護射撃だな」
レーグがデヴァステイターの三連射で素早く敵の足元に魔弾を叩き込んで敵をその場へ釘付けにする。これまでの経験上、アラストルは前衛が厚く狙撃で止めるより相手の押さえ込みを狙って仲間へ繋いだ方が確実に消耗を狙える。
(「そしてあたしは、今回は射撃屋ね。基本的に」)
ウィングで天井近へ上昇したレナは戦場全体を広く見渡すような位置と高さを取り射撃ポイントを確保する。得意のウィングを使ったヒットアウェーは敵を選ぶ戦法でもある。ラザフォードのように速さを兼ね備えたタイプには致命的な隙を与えることにも繋がりかねない。彼女が辿り付いたのは固定砲台という発想。魔皇殻の組み合わせは多くの可能性を秘めている。
(「ベリトさん、ご忠告感謝するわ」)
まだ若い彼女の背中に刻まれた傷跡、ベリト隊に負わされたそれは彼女のリスタートの切っ掛けにもなった。それは仲間と共に戦列に並んだ証であり、アラストルの一員として背負う責務を遣り遂げるというその証だ。
窮した敵は連携を諦めそれぞれに攻勢に転じた。内の一人が回復手段を絶つ為真っ先にサウスを狙う。
「そこ!」
有利な上からの射撃で敵の脚を止めると、そこへディアルトが切り込み行く手を阻む。上方からの斜線なら味方を巻き込むことも少ない、紫でないレナでも十分に後方援護のアドバンテージを活かせる。
「‥‥さぁ、我等が刃の前に、其の命の華を散らせ!」
踏み込みの勢いに任せディアルトが大振りに薙ぐ。それを見切りでかわし敵は即座に反撃を叩き込む。
「魔皇。何だお前は、アア? どこの力自慢か知らんが、素振りするんなら向こうでやってな」
「‥‥フン」
それをクローで受け流しながら肩口から押し上げるように体当たりを入れ、思い切り腰を回転させ野球打者よろしく再びの大振りで。乱雑な剣捌き、だがそれは見せ技。敵がまたも身をかわそうとした所を突いてゼシュトのシャドウオーブが視界を遮るように飛んだ。
「小細工を‥‥!」
それを片手で跳ね退けるとグレゴールは身を捩ってディアルトの剣をかわす。これで、二人の連携は完成する。太刀を振り回すディアルトの脇を掻い潜るようにゼシュトが飛び込んで突きを繰り出した。大振りを機軸にゼシュトがその隙を埋める一体となった攻撃。アラストルとして数度の実戦を経て培われた呼吸によってこそ成せる技だ。
飛び退き様の突きを食らいながらグレゴールは剣撃でゼシュトと無理やり間合いを測った。だがそれを意にも止めずゼシュトが妖しく笑い、刀身を抉るように更に押し込んだ。グレゴールの剣は深々とゼシュトの腹に入っている。逢魔・イスファル(w3f877)がその傷を塞ぎ、ゼシュトが敵の得物に手を掛け、恍惚を浮かべ彼は残酷に笑んだ。
「‥‥素振りだとか言ったな‥‥また空を切るかどうか‥一つ試してみるか?」
敵が脚を止めたのに合わせ再びディアルトが剣を振りかぶる。咄嗟に飛び退こうとした敵のつま先を、軸足をステップさせてディアルトが踏みつける。直後イスファルが幻影の篭手を放つ。それにほとんど刀身ごと叩き込まれる様にして敵の腹にディアルトの刃がめり込んだ。柄に掛かる衝撃をディアルトが力任せに御し、更に膂力で押し込み胴を半ばまで断ち切った。
前線に立つ梢を援護していた明も抜けて来た一人を迎え撃つ。ハルバードを逸早く仕掛け敵の防御の上へ振りの勢いを利用して廻し蹴りを叩き込む。その蹴り脚へ敵は刃で返した。
「私も受け持とう‥‥」
危ない所を和樹のライフルが救い、明はバックステップで回避する。敵もすぐに追い討つが、入れ替わりに和樹が短刀を抜きながら前に立ち突進するグレゴールを迎え撃つ。
「おおおぉぉオォオおォ!」
「‥‥フッ」
すれ違い様に膝で一閃、腹に思い蹴りを叩き込みそのまま和樹は短剣で延髄を貫いた。そうするとすぐに敵を押し退けて間合いを開け、そこへ明がマシンガンを叩き込むと敵は蜂の巣になって床へ転がった。
残す一人は梢が相手をする。
「私の役目は配下の相手。ラザフォードは、縁のある方にお任せいたしますよ」
彼と対峙する仲間が他に気を取られず死力を尽くせればそれでいい。梢と残りのゲブラーとで剣撃の火花が散った。
そんな激しい戦闘の中にあって、ラザフォードはだが悠然と事の成り行きを見守っている。
「招待状は届いたみたいだな。詰まらなそうにしいるみたいだが、お前の為のパーティーだ。存分に楽しんでいけ」
そのラザフォードの前に立ち海が槍の穂先を突きつけた。
「アラストルリーダー、青き騎士竜崎・海、参る」
「この間の小僧か。この短期にアレからまた腕を上げれたとは到底思えんがな」
「試してから物を言えばいいさ」
ラザフォードが剣を抜き、同時に海は舞い上がって間合いを取る。先手を打ったのはラザフォード。上段に構えた大剣で足首を狙って飛び掛る。海も高度を取って避けようとするが思ったより天井が邪魔で上手く出来ない。無理に高度を取って避けようとした海の槍が天井に支えてバランスを失い、彼の足先を神輝を纏った切っ先が掠め血が舞った。
返す刀ごとラザフォードが身を沈めた。海が動きを止めた所へ跳躍の勢いに乗せた下からの斬り上げで止めを見舞う。
「早かったな。そこらの雑魚よりは、まあ、楽しめたとだけ最期に行っておこうか」
視界に映る犠牲者には、ラザフォードは僅かの容赦もしない。ただ手にした刃で切り伏せ次の相手をまた探すだけだ。今彼の目に映るは無防備な姿を晒す海。ふと脳裏を記憶が蘇る。
(「なるほど、いつかの不知火で‥‥」)
だがそれも取るに足らぬこと。とぐろを巻いて彼に絡みつく無数の怨嗟を視界にも入れず彼はこれまで戦ってきた。今視界に映る者、それもすぐ後には彼の背を追う怨嗟の一つとなる。ラザフォードはその目に映る哀れな犠牲者に輝く切っ先で終わりを告げる。その彼の視界を、突如何かが横切った。それはシューティングクローのワイヤー。操るはシン。
「嬉しいねェ‥‥!」
跳躍の勢いをそのまま押し返されてラザフォードは床に叩き付けられた。そこへ、天井に撃ち付けたワイヤーを引いて跳躍したシンが同じく鋼索を緩めて急降下し変則的な突きを繰り出す。咄嗟に身を転がしてラザフォードはかわした。
「手前ェがこの一年、無敵でいてくれたことに感謝するよ。約束は覚えてっか?」
その言葉にラザフォードは唇を僅かに歪めて笑みを作った。
「この俺の為にお前が死神を連れて来てくれるんだったな。だが連れて来たはいいが、命を刈り取られるのは俺の方じゃなさそうだ」
一瞬の踏み込みで間合いを消し去りラザフォードが切り込んだ。飛び退ってかわしたシンが着地と同時に膝を突く。その脚に赤く傷口が覗いていた。
「悪いな。貴様に預けたあの剣程は、こっちの新しいのは馴染んでいないようだ」
キャナルシティでシンに奪われた大剣の代わりに彼が用意したのはぼ同じサイズの剣。傍目にはその能力が衰えているようには見えない。
「貴方と最後に出会ったのは相当前ですからね‥‥、私の顔など覚えているはずもないでしょうが‥‥。ここで倒させてもらいます」
後背を突いて明がハルバードを振るう。更にシンが前から、そして海も突風とランスで上から連携を組み立て応戦する。
「手数で押し切るつもりか、ええい!捌くのが面倒だ!!」
手練の魔皇3人を相手取って尚、ラザフォードは互角に渡り合った。小競り合いに痺れを切らしたラザフォードが反撃に出る。それを明は待っていた。剣撃に合わせてハルバードごと左手を潰す覚悟で肩口から密着、腕を裂かれながらも残った右でマシンガンを敵の腹に押し当てる。狙うは零距離射撃! その眼鏡の奥に僅かな感情の色を覗かせ明がトリガーを引いた。
「肉も骨も捨てて、全力の一撃を叩き込む‥‥。この一年で身に付けた、私の唯一つの技です」
「――己の全てを賭けて挑んでくるか魔皇。そうして血肉を注いでの一撃だからこそ、それを刈り取る快感は他にはない」
銃声の後、血まみれになって倒れたのは明だった。捨て身の一撃はたった一度のSF《冠頭衝》によって防がれた。
「さあ、次は誰だ?」
●増員、新たなる絆
(「長かった‥‥長い、戦いでした‥‥」)
最初の数秒間、明には自分の身に何が起こったのかを理解できなかった。もはや全身に力が入らず、起き上がろうと余力を振り絞った拍子に腹部を鋭い痛みが襲った。捨て身の一撃は防がれ、そのリスクに背負い込んだのは腹を貫く大剣だった。反撃を受けるのに使った左腕の感覚はもう残っていない。神経でも切れたのかピクリとも動かない。誰かの話す声が遠くに聞こえる。それが自分へ呼びかける仲間の声だと気づいた時、初めて、ふっと明の内に暖かいものが広がった。
(「途方もなく、長い時間を戦ってきた気がしますね‥‥」)
だがその過酷な道程は一人で歩んだ道ではなかった。それが分かった時、長月明は、心から安堵した。
「長月さん‥‥!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥明ぁァア!」
転がる明の出血は夥しい。戦況を見守っていた沙槻が盾に任せて飛び込み、明を抱えて走った。レナもそれを援護する。
「サウス!」
彼に応えてサウスがそれに従い、主の盾に身を隠すように走りながら戦場から距離を取る。
(「まずい、もう息をしていない‥‥!」)
その主の思いを察してサウスが悲壮な表情で頷く。仲間の命を護るため二人はここに居た。
「生きてこその勝利‥‥ならばどんなに苦しくとも生きてもらう、仲間にはな‥」
フェアリーテイルを逢魔に持った者として、死地を共にする強い絆で結ばれた仲間として。沙槻の手を鮮血が染めている。その凄惨な光景を前にし、サウスはそれでも歌を口ずさむ。こんな光景を見せ付けられながらも仲間を救うため歌うことを求められる。サウスは声音が震えるのを必死で堪えながら歌い続けた。
「これ以上は時間を掛けられないか」
残る配下に狙撃で体力を削る作戦を取っていた和樹は事態の急変を受けてライフルを捨てた。体術と短剣で手早く確実に始末をつける。
(「基本は、相手の押さえ込みですね」)
白兵で相手をしていた梢がそれに合わせて戦い方を変える。和樹とのペアはキメラ戦で実戦済みだ、呼吸を合わせるのはそう難しくない。敵の剣撃に合わせて刀身で押し返し鍔迫り合いに持ち込むと、その隙に和樹が敵の背後に回る。背後に忍び寄るナイフ使い、その姿を見た時にはもう遅い。
「私の戦法を幾ら研究しても無駄だ‥‥軍隊格闘技は、単なる殺しの業。故に穴が少ないのだ」
超接近戦でのナイフは防御不能。振り返り様の敵の懐に潜り込み、舐めるような切っ先で手首の腱と頚動脈を切り裂く。そして止めに心臓を貫く一撃。
「おっと‥‥冠頭衝は無駄ですよ」
その瞬間に即座に胸を切り裂く深い剣撃で梢がゲブラーを沈めた。
「‥‥貴様の戦いの終焉だ、続きは地獄の悪魔と踊るが良い‥」
強い怒気を孕みディアルトが吼える。遂に一人になったラザフォードを魔皇達が囲んだ。切り結んでいたシン達の間隙を縫ってシューティングクローを打ち込み、その膂力で引き寄せながらの斬撃に繋ぐ。
「魔皇、力比べでこの俺に勝てるとでも?」
逆にワイヤーを引いて強引にディアルトを寄せ、体重の乗らぬ斬撃ごとラザフォードはその剛剣で一刀に切り伏せた。
「隙ありっさ!」
飛び込んだのは雪嶺。急加速で懐に飛び全体重を乗せた拳を打ち込む。更に防御系SFを見越して、それに合わせて召喚したピアッシングキャノンで至近からの砲撃。
「児戯だな、威力が軽すぎる」
初手の拳をラザフォードは生身で受けた。フェイントには乗っていない。的確に砲撃を神輝で打ち消し真下へ沈めるような思い剣撃を叩き込む。咄嗟に4本手で捌こうとする雪嶺だったが、その魔皇殻ごとラザフォードは叩き潰した。
「なかなか趣向が凝らしてあって楽しめるな」
二人の攻撃も彼の身を覆う神輝の守りの前では掠り傷程度しか負わすことが出来ない。
「さあ、次は誰だ?」
●天神地下街、光差さぬ死地の決戦
「ココは〜、前のトキはおいていかれっちゃったのよねぇ」
逢魔・リーンティア(w3d105)は逢魔・ウェヌスタ(w3b572)と共に増援が来ないか傍のビルからコッソリ見張っている。彼女らが白衣の一団を見つけたのは戦いも佳境に入ってからだった。即座にンリーンティアがインカムで味方へ連絡する。その間にもグレゴール達は周囲を窺い、そしてこちらのビルを指し互いに何事かを話しているようだ。
「逃げるわよ!」
おそらく魔看破、それも上級の。戦っても勝ち目はない。ウェヌスタ達は駆け出した
「私が死ねば、レナは理性を失う‥‥そんなの、まっぴらだもの」
それに続きながら逢魔・フィア(w3c809)は嫌な予感めいたモノを感じていた。それは初めての感覚。ずっと繋いでいた手がふと掻き消えるような‥‥。
「明さん‥‥」
「マズイ、な」
「たぶん一般のグレゴール、正規隊員じゃないネ」
『相克の痛み』で逢魔・羽鈴(w3g113)が報告する。
「だが、ここで増援を呼ばれるとつらい。食い止めるぞ」
見張りの報告では数はこちらの倍ほど。携帯電話の3コール、中央広場から逢魔・ルビーナ(w3b612)の合図を受けてレーグが逸早く駆け出した。レナと梢が続き、彼女を守るようにイスファルと、そして和樹も後を追う。サウスのつむじ風なら一発だろうが、明に加え負傷したディアルト、雪嶺の回復ため身動きが取れない。
ラザフォードと対峙するシンと海は既に疲労の色が濃い。二人の代わりに正面に立ったのは有為だった。
(「力及ばず切られるならそれまでの事。だが、今は素直に信頼できる仲間がいる」)
横目で二人を追い、彼は太刀を構える。
「――ならば俺の業(ワザ)、布石となるも良い」
「次はお前か、何で俺を楽しませてくれる?」
言うなりラザフォードが踏み込み様に薙いだ。それに対して後の先を取って踏み込んで彼の右手を押さえ有為は剣撃の軌道を変える。それでも僅かにラザフォードの膂力と速度が上回り切っ先が有為の首元まで掠めるが右の短刀で直撃を防ぐ。
「ほう。今度はこれまた器用のものだな」
パワーの差は明らかだ、まして短刀で受け切れよう筈もない。その差を左手から射出したガントレッドで補い、そのまま3本目の腕として機能させ敵の肘を掴むと、関節の性質を利用しながら敵の腕を畳み、空いた所へ手早く短刀を突き差す。更に抉りながら電撃。苦痛を浮かべながらもラザフォードは蹴りで間合いを開け、その傷を神輝で塞いだ。
沙槻とゼシュトが射撃による牽制で有為を援護する。ラザフォードが二人に向けて眩い閃光を放つが、羽鈴の氷の壁がそれを止めた。
「無敵を誇ったラザフォード隊も、残るはお前一人。もう援護はないし、冠頭衝もこの手数の前では苦し紛れにしかならない」
御返しにと沙槻がミサイルを叩き込んだ。それを大剣で受け、ラザフォードは有為へ向けて跳躍した。全体重を乗せた重い上段。咄嗟に有為は盾をかざす。
(「だがこれだけでは受け切れまい‥‥」)
受ける瞬間、横合いから剣の腹に手甲を当てて軌道を変えウォールで上手くいなす。有為の手が刃を繰り出す。それは最早防御不能の一撃。
そして。
「戦いに死ぬか。それもまた、イイ」
有為の短刀はラザフォードの胸を突いた。そして、逆襲の強烈なカウンターだった。有為が沈んだ。
「やれやれ、SFも打ち止めか。来い、ねじ伏せてやる」
その傷を再度塞ぎ、ラザフォードが嘆息する。その機を逃さず海とシンは攻勢に出ていた。この間にサウスによって回復した二人が切り込み、刹那が体内からガントレッドを射出する。ラザフォードの注意がシンに向く。だがそれは海の魔皇殻。
「な‥‥!」
海の意に従い手甲がラザフォードの腕に飛びついた。海がウィングで舞い上がる。タイミングを合わせての、必殺の上下からの多段撃。ラザフォードの反応が遅れ、津波の、そして旋風の連撃が彼を襲った。
初めてラザフォードが膝を突く。が、それも僅かに一瞬。
「俺としたことが、見くびっていたとはな。既に食べ頃という訳か」
彼の目の色が変わった。跳躍したラザフォードが壁を蹴り海へ鋭角の斬撃を放つ。海が穂先を繰り出した。その彼の背を手甲が押し、両者の軌道が僅かにずれた。ラザフォードの剣が空を斬り、鮮血が舞わせ彼は床に転がる。そこへ太刀を突きの型に構えシンが飛び込む。敵の間合いに入る寸前、体勢はそのままに手首を返し、シンがクローを放つ。ラザフォードがバランスを崩す。決定的な隙がそこに生まれた。
「いつか必ず越えてやると思ってたぜ」
「残念、だったな」
それはラザフォードのフェイントだった。刺突の構えを取るシンへ、カウンターに首根を狙う斬撃。それはある種のラザフォードの癖、シンはそこまでを読み切っていた。狼風旋で加速し、ファングで受け止める。
だが。
「な‥‥」
想像以上に男の剣は重かった。しかし次の瞬間、その負荷は消滅する。男の剣に細かなヒビが走り、それは粉々に砕け散った。
(「布石となるも、だ」)
有為の放った手甲が刀身を打ち、酷使されていた刀は折れた。或いは使い慣れた愛刀なら力で押し切っていたかもしれない。だがラザフォードは頼みとする所を失った。
腰に忍ばせた小太刀「破邪斗」をシンが抜いた。
「待たせて悪かったな、約束、果たさせてもらうぜ?」
●獲物、それはゲブラー
「来たか‥‥」
中央広場には十数名からのグレゴールが現れた。逢魔・ルビーナ(w3b612)が先手を打つ。逢魔の能力で体内から取り出したのは、大量200キロにも及ぶ水。たちまち足場は水浸しとなった。レーグが敵の足元へ凍浸弾を打ち込み、足元の覚束ないところへマシンガンを掃射した。
「慣れない足場でダンスを踊ってもらう、転べば急所を撃ち抜かれる死のダンスを‥‥、な」
執拗に足元だけを狙い、バランスを崩した一人には的確に急所を撃ち抜く射撃が待っている。ルビーナも通常兵器名ながら突撃銃で敵の転倒を狙う。更に上から位置取りしたレナが敵中央へ向けて砲撃し一気に集団を薙ぎ倒した。和樹がそこを各個撃破する。
「汝の死を以って罪を抗わん‥‥お覚悟を」
魔槍を手にしたイスファルと、それに梢が並んで切り込み、梢もそれに並び増援を蹴散らした。
「まずいな、これだけ騒げば周辺から更に増援が来る。早々に撤退しよう」
最後の一人をレーグが仕留め、魔皇達は仲間の元へ走った。
頂は崩れた。ラザフォードは胸に致命傷を負った。横たわる彼に、シンが刹那へ預けておいた彼の大剣を掲げる。
「あの世で歯噛みしながら眺めてな。‥手前ェの剣が、ゲブラーを全滅させるその様をな!」
「自惚れるなよ‥‥お前じゃ役不足だ」
荒い息でシンを見上げ唇を捲る。
「‥‥せいぜい振り回されずに使いこなせよ?」
そうしてラザフォードは絶命した。シンが振り返ると、刹那が笑顔で彼を労い祝福する。その彼に、ゼシュトが何かを指で弾いて寄越した。
「長かったな。あとは頼む。命があったら‥また会おう」
それはアラストルの部隊章のバッジ。予感があったのか、シンはさして驚いた様子は見せなかった。
「死ぬなとは言わん。足掻けよ、戦友?」
「さらばだ‥‥我が戦友たちよ」
周囲を霧が覆い、イスファルと共に二人の背がその中へ‥消え去った。
「急ぐぞ、俺たちも脱出だ」
沈んでいる暇はない。海が皆に号令する。
「大丈夫だ、深手だがまだ息はある。死なせんさ、仲間はな」
サウスと共に沙槻が有為達を抱え起しCVに乗せる。
「ただ‥‥」
その手が動かぬ明を抱え悔しげに震えた。横たわる明の目にもうかつての光は宿っていない。その瞼を下ろし沙槻は目を伏せた。海が先陣を切り、アラストルは地下街を後にした。ラザフォードとの決着は遂にこの地下街で幕を下ろした。残すゲブラーは、レラジエら3人。
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