■《狩られる側の気分はどうだ?》 ‐レラジエ‐■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオEX クリエーター名 小沢田コミアキ
オープニング
 ゲブラーの守りの要ベリトに次ぎ、最大の敵であったラザフォードをアラストルは討った。彼らの任務、それが達成される日は近い。だが地下街で隊員から初めての犠牲を出し、アラストルには動揺が走っている。一部の者を除き、彼らの大半は覚醒前には普通の生活を送っていた者たち。それも無理はない。
『他に妙手は無しですね‥‥。ご迷惑をお掛けします』
 ある隊員の胸には、あの日を境に繰り返し死んだ仲間の声が聞こえるようになった。ラザフォード戦の前、傷ついた仲間に彼は自ら受けた真魂吸邪で己が命を分け与えた。一人の魔皇が死に、彼はまた自分の片割れを失った。その身を削るような戦い方を彼が取る理由を、仲間の誰もが知らない。まだ幼い逢魔はその彼を心配そうに見詰めている。
 アラストルの設立に立ち会ったある魔皇は、最後の戦いに備えもう一度資料に目を通している。
「精が出ますね」
 資料の山を抱えて会議室へやって来た黒木に声を掛けられ、彼女が顔を上げた。 
「黒木さん、ちゃんと休んでます? いえ、何となくずっと働き詰めのような気がしましたので‥‥気のせいならいいんですけどね。たまには休んだ方が良いですよ。…って、わざわざ私が言うことでもないですかね」
 それに黒木は苦笑しながら頬を掻いた。
「ははは。適度には休んでおきますよ。でもいよいよ最後の決戦ですからね。そう言えば我らが切り込み隊長ももうじき立てるようになるはずですよ。いやあ、内のキャロルもあれくらい出来れば‥‥いやはや」
 黒木に釣られて彼女もまた笑う。だがそれはどこか寂しげだ。最後の決戦、ゲブラーを狩るという任務を達成すれば、それの意味する所はまた、仲間との別れでもあるのだ。

 そして、決戦の日はやって来る。

 セフィロト事件以降、九州における主戦派最後の指導者であったラジエルを失い、各テンプルムは連携を絶たれた。天神に移動した久留米テンプルムにはゲブラーら主戦派の残党が集まり徹底抗戦を唱えているが、各県のテンプルムの多くは鳴りを潜め様子を窺っていた。その中で最も早く動きを見せたのが長崎の勢力だ。主戦論を唱えていた大天使ザドキエルをセフィロトで失った結果、テンプルム内の穏健派が実権を握り、長崎・ハウステンボス両テンプルムは久留米中心の神帝軍勢力から離反した。
「これは、極めて微妙な関係なのです」
 黒木は語る。セフィロト以後、盲目的な神帝軍支持は影を潜めた。感情収集の事実も徐々に明るみになって来ている。その中で、長崎はこれまで慈善事業から感情収集を推し進め比較的支持を得ていたことと、隣県佐賀が中立地帯であるという地の利、それを背景に停戦と共存を申し出てきたのだ。
 停戦はまだ翡翠として合意した訳ではない。連絡を受けた密が鼎へこれから進言する所だと言う。そして。今はまさに最終決戦を控えた紫の夜前夜。テンプルムを守る絶対不可侵領域は敵味方の別なく掻き消える。これはまだ大きな勢力を持つ鹿児島の神帝軍を討つためにも外せない。その点を巡っても色々と問題があるようだ。
「停戦工作に関しては、我々アラストルは関わりません。それにはもっと適した魔皇様がおられるでしょうし。背景はどうあれ、我々は久留米に残る残党を狩ります」
 紫の夜の混乱に乗じて久留米テンプルムに侵入し、内部にいるレラジエ隊を隠密裏に始末する。そう黒木は語った。
「普通であれば難しい所でしょう。ですが、今回はあるルートからテンプルム内部の構造と、レラジエの位置を入手することが出来ます」
 それは久留米テンプルムの上層部しか知らぬ筈の情報だ。大天使らトップを除けば、他に知り得るのはゲブラーくらいのものだろう。
「みなさん、私は、冷静に、判断を下して頂きたいと思います。この情報をリークしたのは、ゲブラーの幹部なのです」
 これまで沖縄やその他の比較的活動の緩やかだったテンプルムで一般の聖鍵戦士を指導しながら活動していたゲブラー隊。近代戦術の父として知られるカール・フォン・クラウゼヴィッツを生んだドイツの血を仮面の女グレゴール。彼女の率いるは戦闘能力でなく組織構築・戦術立案に特化した部隊。彼女こそが対魔皇戦術の発想から佐世保のリズ・マーティンに接触し、今のゲブラーを作り上げた人物である。その名を、マギー・オーデンヴァルトと言う。
 いずれ現れる強力な魔皇とDFを見通した戦術がどれだけ魔皇達を苦しめたかをアラストルは身を持って知っている。その慧眼が見通した未来は、和平から生き残りの道だったのだ。
「長崎の離反にも彼女が関わっているという噂も流れています。とにかく言えることは、彼女の安全を保障するのであれば、レラジエを討つために情報を引き渡すと彼女が約束しているという、そのことです」
 いずれにせよ、15日に行われる紫の夜に乗じて翡翠は久留米へ攻撃を仕掛ける。彼女の条件を受け入れるのであれば最短でレラジエに到達、恐らくは殲騎で出撃する前の生身の彼らを狩ることが出来るだろう。呑まないのであれば、正攻法で戦うまでだ。
「さあ、いよいよゲブラーの残党狩りです。最後まで機を抜かず、頑張りましょうか」
シナリオ傾向 レラジエ
参加PC 篠原・和樹
柊・梢
五条・レナ
レーグ・ケセド
風羽・シン
鈴科・有為
ディアルト・クライス
橘・沙槻
竜崎・海
獅瞳・雪嶺
《狩られる側の気分はどうだ?》 ‐レラジエ‐

 悪魔アラストル、その名は復讐。余りに強大過ぎる力を持ったが故に封じられた悲運の才能――。


●選択、葛藤のアンビヴァレンツ
 前夜――。
「‥‥ったく、死んでまでも苦労させてくれるなぁ‥‥えぇ、ラザフォードよ?」
 残された大剣は酷く重。それを受け継いだ風羽・シン(w3c350)は普通の方法では馴染むのに時間が掛かりすぎると見て、竜崎・海(w3f521)と実戦形式の特訓を積んでいた。
 シンの斬撃を槍でいなして間合いを開け、海が穂先を向ける。
「風羽、ラザフォードは取られたが、レラジエは渡さんよ」
「やれやれ。俺も随分と鍛えたつもりだったんだが」
 二人の特訓は続く。

(「マギ、やっと逢えた」)
 不知火にてマギー・オーデンヴァルトとアラストルは極秘に会談を持った。黒木らと共にその席に並び獅瞳・雪嶺(w3g113)は内心の複雑な気持ちを抑えている。
(「初めて沖縄で会ったあの日以来、僕は再戦を誓い戦ってきた。そして正直多少は強くなったつもりだったのにラザフォードに教えられたっさ、まだまだだね僕も」)
 隊に集う者の大半はその強さと引き換えに多くを背負ってきた者。シンや海はラザフォードを追い、またそれ故に隊を離れた者もいる。雪嶺にとってのそれが、マギだった。
「始める前に一つ了解をとっておきたいことがあるわ」
 五条・レナ(w3b572)の指示で逢魔・ウェヌスタ(w3b572)が能力を解放する。
「インプの前で嘘はつけないわよ? これは譲れない。拒否するなら取引はなかったことにさせて貰うわ」
「アラストルの今までを考えれば、正攻法でも攻略出来るって事はわかるでしょ?」
 レナが大胆に踏み込む。テーブルに肘をついて手を組み、黒木が告げる。
「如何でしょうか、マギーさん。以前と違い、今の翡翠は相当に手強いですよ」
 仮面に隠れてマギの表情は窺えないが、雰囲気が僅かな動揺を帯びた。
「ではこちらも条件を一つ追加だ。私の九州での経歴と活動内容に関しては一切を問わない。これは裏切り者である私の亡命先での地位を保証する唯一の手立てだ。譲れないな。いずれにせよ正攻法で攻略できるならば問題ないだろう?」
「安全を保障するのは約束だよ。僕らとの約束を裏切らない限りはね」
「大筋は皆の通りだ。それに加えて、素顔を見せるように要求する」
 篠原・和樹(w3a061)が雪嶺の言葉を継ぐ。
「顔が分からないでは、我々も安全を保障など出来ないというのが建前だが――」
 ふと、その眼光が鋭さを増した。言わんとすることを察して笑ったのか、マギの仮面が小さく揺れた。
「今は逃がすが‥‥貴様は薄汚い裏切り者。私は、例え敵であっても裏切り者は許容できないのだ」
 ここに集うのは多くを背負ってきた者。和樹とて例外ではない。
「なるほど。決戦が終わればいずれ決着をつける気か。構わんよ。その時は今のゲブラー以上の組織で迎え撃つまで」
 そう言ってマギは仮面を取った。現れたのは女性の顔。目立った傷もなく、さして是と言って取り立てて言うべきことはない顔だ。
「もういいだろう? 取引は成立だな。後は好きにしてくれ」
「所でマギさん。裏切った後、どうするつもりっさ?」
 その問いにテーブルを立ちながらマギは答えた。
「海外に逃げ延びる、とだけ言っておこうか」
「今すぐか? もし時間があるなら、僕と模擬戦して欲しいっさ」
 マギとの取引は成立し雪嶺にはいつかの台詞を実現させることはできなくなった。だが今の自分がどれだけマギに近づけたのかを確かめたいと、彼は思う。
「俺からもだ」
 会議室の扉の前にシンが立ち塞がる。
「‥‥あんたは覚えてないだろうが、俺の知り合いにあんたをずっと追い続けた男がいる。そいつにとってあんたは憎く、愛しく、そして越えたい相手だったそうだ。故あってここには居ないが、あんたさえ良ければその仮面、あいつに渡して構わないか?」
「その剣‥‥そなたがあの男を倒したのか」
 シンの大剣を目にしてマギが苦々しげに笑う。
「‥‥ラザフォードを追い続けた俺には、あいつの気持ちが分かるんでな」
「フン。気が向いたらな。では、失礼する」
 テーブルの仮面を手に取り、シンを払いのけるとマギは不知火を後にした。

 鈴科・有為(w3d105)はラザフォードとの死闘を演じた天神地下街の南広場で壁に背を預け、紫煙を燻らせながら佇んでいる。
「奇妙なものだな‥‥俺が今、ココにこうしているというのも」
 戦える場をのみ求めてきた。必要なのは強い敵であり、仲間ではなかった。より強い敵、より大きな危険を求めて一年を転戦し数多くの魔皇と戦列を並べはした。多くとは馴合う気にすらなれなかった。人との関わり合いから有為は最も遠きにいた。
(「だが、アラストルでは俺にとって最上の戦いを愉しむことが出来た。場と敵と仲間とに恵まれたからだろう、な」)
 地下街での戦いを終えた時、戦いに全てを求める心は抑えずとも鎮まっていた。
「まぁ、何れまた首をもたげる感情だろうが」
 神魔の根底にある互いの存在するのを否定する感情。それがある限り戦いは終わらないだろうと有為は朧げながら思う。彼自身戦いに倦んでもいなければ、物事の明るい部分だけを見るには殺生に浸りすぎている。魔皇となる以前からそんな生を彼は送ってきた。
「‥‥だが、今は生きてみるもイイと、そうしておこうか」
「ん〜、答えが出たなら行きましょう、有為サン?」
 不知火から逢魔・リーンティア(w3d105)がタイミング良く顔を出した。どれくらいこうして考え込んでいたのだろう、気づけば煙草から落ちた灰が床石を汚している。
「人はすぐ答えに辿り着くでしょうに、理屈っぽく考えすぎるから遠回りしすぎるのよねぇ」
 だが今はこうして単純に笑い飛ばしてくれる彼女が居てくれることが心地いい。
「鈴科、お前にもこれを」
 リーンティアと共にやって来たシンがお守りを寄越す。それはここで命を落とした長月・明の遺髪を入れた物。
「‥‥この戦い、明も一緒だ‥‥そうだろ?」
「仲間、か。そうだな」
 それを手に有為は不知火へ戻る。いよいよ明日はアラストル最後の戦い。有為は再び死線を潜る。だが彼には迷いも恐れもない。
(「生死を分かつ線‥‥踏み込んだ上で、その先にあるモノ全てを突き破ってくれよう」
 この仲間となら成せる。共に生きてみるのも、イイ。
(「生死を結果とだけ言い捨てるでなく、な」)

 天神の地下駐車場――。
「何か御用でしょうか篠原様」
 そこへ待つ和樹の下へキャロルがやって来た。
「悪いな、こんな所に呼び出してしまって」
 僅かながらに固い彼の表情を察し、キャロルは思案げに眉を寄せる。
(「斯様な時間、斯様な場所‥‥となれば答えは一つ」)
「――察しはついております。‥‥‥‥‥さては和樹様‥‥‥‥‥‥‥‥極秘の任務ですね?」
 そんなキャロルのカンチガイには普段なら笑って済ます所だが、今夜の和樹は表情を固くしたままだった。キャロルを正面から見詰めて、和樹が口を開く。
「突然で驚くかもしれないが‥‥好きだ、キャロル。私は、君を愛している。叶う事なら‥‥ずっと私の傍にいて欲しい」
 言葉は思ったより淀みなく流れる。和樹がいつしか育てていたその気持ちを全て伝えると、キャロルは耳まで赤くしていた。
「‥あ、え‥う‥‥そ、その‥‥‥‥」
「返事は私が帰還してからで構わないよ。答えを聞くまでは死ねないからな」
 何かを口に仕掛けたキャロルを和樹が遮って言った。
「‥‥返事、楽しみにしているよ」
 ふと微笑を浮かばせながらもキャロルに背を向け、和樹はその場を立ち去った。


●それでも狩人は狩りを続ける
「さあ、いよいよ最後の狩りの時間」
 そして久留米攻略戦が始まる。
「これで最後ですか‥‥戦いが終わるのは良いことですけども、皆さんと別れると思うと寂しくはありますね‥‥」
 これまでの戦いを振り返り柊・梢(w3a229)は寂しげな顔を覗かせた。圧倒的な不利から一縷の光明を見出し、更にゼロから今の戦術を作り上げて来た仲間達。8人からスタートし、4名の増員を経て、内二名を失った。
「出来れば、全員揃ってこの時を迎えたかったけど‥‥と、湿っぽいのは戦いの後にしないとね。今はこの戦いに勝つ事、そして何より、皆で生き残る事、それだけを考える。それが、生き残った者の義務だから‥‥」
「‥‥我等の戦い、その最後の舞台か‥此処まで来て誰かを喪うのは御免だぞ? ‥‥必ず、生きて戻ろう‥‥それが、最後の任務だ‥」
 殲騎を纏い、ディアルト・クライス(w3d349)が先陣を切ってテンプルムへ向けて飛ぶ。
「最後の狩りだ‥‥さあ皆、往こう。そして‥‥必ず生きて還ろう。それが、我々最後のミッションだ」
 それに続く仲間達の背を目にしながら和樹も続き、アラストルの殲騎が飛んだ。

 停戦交渉の際に長崎から寄せられた内部の情報を元に多くの殲騎が動力の破壊を目指して突入し、激しい戦闘が繰り広げられた。だがそこにレラジエの姿はない。ゲブラー戦術はSF効果が相対的に弱まる殲騎戦では機能しない。ゲブラーがロイヤルガードのような戦闘部隊ではなく諜報を主な戦場としたのも、生身同士での戦いが重視されるからだ。
『従ってレラジエが魔皇の侵入に際し、殲騎の戦えないスペースへ逃げるのは間違いないだろう』
 彼の居所についてマギはそう語った。
『だが小狡い奴のことだ。万が一を考えて必ず逃げの一手を用意する筈。満足に殲騎戦が出来ず、尚且つ非常手段としてネフィリムでの脱出が出来る場所。奴が動くのはネフィリム格納庫だ』
 長崎からの内部情報と、マギの伝えた戦力配置図。これまでの苦しい条件での戦いと違い、この作戦で今のアラストルに失敗の要因はないと断言できる。これはハンティングだ。
 テンプルムに侵入したアラストルは殲騎を送還し最短経路を進む。隠密行動はキノ戦で実践済み。抜かりはない。
「さて。ここからは強行突破になるな」
 角から顔を出して窺う橘・沙槻(w3f501)の視界がその先に待ち受ける警備のグレゴールを油断なく捉えた。ベリト戦で取った様に布陣を固め、警備を火力で薙ぎ倒しながらアラストルは格納庫へ迫る。
「‥‥さぁ、存分に味わうがいい、アラストルの最後の戦いだ‥‥我等が力、冥土の土産に刻んで逝け!」
 雑魚を蹴散らしてディアルトが格納庫へ飛び込み、と同時に逢魔・ヒナ(w3f521)が閃光弾を投げ入れた。数秒の間をおいて、グレネードの炸裂した格納庫へと皆が雪崩れ込む。その先陣を切るディアルトを狙い済ました様な弓矢が襲った。
「まさかアラストルがここに現れるとはな」
 多くの警備グレゴールが目を押さえて蹲る中、周到にも耐閃光サングラスを身に着けたレラジエ隊は平然と弓を構えて待ち受けていた。
「なるほど、マギの言った様に小狡い奴だ」
 手傷を負いながらもディアルトが駆けた。
「持てる火力の全てを注ぎ、まず配下2を排除する!」
 逢魔を守る盾を除いて重火器のみに身を固めた沙槻が、配下の内二人に狙いを定めミサイルと機銃を放つ。それに合わせて仲間も火力を注ぐ。
「噂の対ゲブラー戦術とやらか」
 それを前にし、レラジエは厭らしく口元を歪めて笑んだ。
「だが魔皇殻を振り回しただけではこの私には敵わぬということを、思い知らせてやる」
 レラジエが指示を出し、ゲブラーはSFの集中を行う。魔の者の攻撃を削ぐ冠頭衝と退魔壁、DFを打ち消す常衝閃と魔障壁、その防御を貫いた攻撃には強烈な予見撃を返し、ダメージが蓄積しても輝慰癒で立ち所に癒す。それらSFの的確な運用で魔皇を絡め取り一方的に犠牲者を血に沈めてきた。
「何れにせよ、DFの使えぬ貴様らは我らの獲物に過ぎないのだ」
 レラジエが勝者の笑みを浮かべる。その彼らを霞が覆った。今まさに効果を表そうとしていた神輝の力はそれに吸い込まれる様にして掻き消えた。それは凝集する闇。手練のNNにのみ行使できる神魔を封じる強大な結果。
「どちらもフォースが使えないなら、私達に一日の長があります」
 神輝での防御が叶わず叩き込まれた火力に一人が崩れる。もう一人は堪らず逃げ出そうとするが、有為の放った手甲に足を掬われて無防備な姿を晒した所へ瞬く間に砲弾の雨を叩き込まれて沈んだ。
 霞へ更に吹雪が重なり聖鍵戦士の動きを阻害する。逢魔・羽鈴(w3g113)の吹雪の空間だ。この瞬間、両者はその立場を完全に逆転させる。DFという拠り所を失い、捨て身の境地から技を磨き上げ戦術にまで昇華させたアラストル。この凝集する闇の中でも何ら力の衰えを見せぬ彼らに対し、ゲブラーはその拠り所とするSFを絶たれ、吹雪の空間によって動きを奪われる。
 残る配下は3人。内の一人へ向けて、レナがデヴァステイターを手に飛んだ。
(「今までの作戦には必ず持って行った魔皇殻。今度も頼むわよ。その代わりに、あなたの可能性を限界まで引き出してあげる」)
 魔弾の連射で迫るレナへ敵も咄嗟に剣を振りかざすが、意表をついて銃底でレナが男を殴り飛ばした。
「脆いわね。今までを思うと、呆気なさ過ぎるくらいに」
 倒れ込んだ所へすかさずの速射。深手を負いながらも男は立ち上がるが、その脚を刈り取る様に側面から斬撃が襲う。低姿勢で飛び込んだ有為の太刀が男を切り裂いた。倒れそうになった男の上半身を有為が手甲で支えて無理やり引き起こし、そこをレナの銃撃が襲う。踏ん張りが利かず前のめりなった男は避けることも敵わない。容赦なく追い撃つ様にレナは更に上半身へ銃口を向ける。
 崩れそうになった男は咄嗟に剣を床に刺して持ち堪えた。だがそれも気休めでしかない。その切っ先を有為の手甲が突き倒した。レナが駄目押しの突風でバランスを奪い、有為の太刀が男の胸を貫いた。
「篠原さん、また宜しくお願いしますね」
 同じく一人を相手取った梢の呼びかけに応える様に、和樹がデヴァスの三点射撃を加える。その間にランスシューターを前面にかざしながら梢が駆ける。
(「篠原さんから敵への射線を遮ってしまってはいけませんからね‥‥」)
 梢の開けた射線から両肩、腹、正確無比な銃撃がグレゴールを襲い、ロクに狙いもつけない苦し紛れの矢撃が梢の盾をかすめ弾け飛ぶ。それで帰趨は決した。梢の切っ先が弓を奪い取り、敵の得物は宙を待った。
「並みの魔皇が相手なら白兵でも圧倒できたでしょうけれど、私達には通用しませんよ」
 咄嗟に男の抜いた短刀を返す刀で叩き落とし、梢がそれを踏みつける。この幻覚の吹雪の中では、もうグレゴールの実力は魔皇に及ばなかった。転がった短刀を脚で払い飛ばし、丸腰の男を押し退ける様に盾を体ごとぶつける。
「手傷を負うのも何ですしね」
 梢が盾を押し付けながら左を軸に半身を捻る。その空いたスペースへ和樹が飛び込み男の右側面を駆け抜けた。
 駆け抜け様に腱を切ったのか、男の腕が力なく垂れている。男がそれに気づくよりも早く和樹は背後を取っていた。不用意に男が和樹を振り向いたその瞬間、待ち構えていた和樹の短剣が男の左肩の傷口を更に抉った。
「次はこっちですよ」
 ちょうど半身で背を向けられる形になっていた梢が、右の肩口から深く斬りつける。男の注意が再び和樹から逸れた瞬間には、その右を彼の短剣が襲う。畳み掛けるような連撃、例え凝集する闇の支配下になく冠頭衝が使えたとしても到底防ぎ切れよう筈もない。痛みに動きが鈍った所を梢が頭部を狙って剣を薙ぐ。死力を振り絞って男が身を屈めその一撃は頭髪を細かく切り取っただけで不発に終わる。
 だが下げた胸板を和樹が強烈なミドルキックで押し飛ばした。梢へ向けて飛んだ男を待ち受けていたのは穂先を向けたランスシューター。男が串刺しに貫かれた。グレゴールの生命力ゆえか、まだ男は掠れて苦しげな息を漏らしている。和樹が短剣を構え、投擲する。切っ先が男の喉笛に突き刺さった。それで、止めだ。
「‥‥狩られる側の気分はどうだ?」
「‥‥さぁ、始めるぞ‥済まんな獅瞳、最後に危険な役回りに付き合わせて‥‥行くぞ!」
 沙槻の弾幕を追う様にディアルトは配下の一人へ向けて駆けた。敵の射撃は重い鎧と盾が身を固めて阻み、届かせない。
「‥‥さて? 今の貴様に、俺の剣が避けられるか?‥‥命を代価に試すがいい!」
 一太刀で薙ぎ倒す様な大振りの斬撃。辛うじて身代わりに差し出した弓がそれを受け止めるが、重い太刀を前にたちまち砕け散る。ディアルトが再び剣を振り被った。一際大きく身を捻ったその背には、影の如く、小柄な雪嶺が隠れている。
 4本手で雪嶺が敵に飛びつく。完全に相手の虚を突いた攻撃、それが側面から襲う。シューティングクローが放たれてワイヤーが首へ巻きつき、男が咄嗟に抜こうとした短刀も雪嶺が奪い取る。反撃の術を失って足掻く様に突き出した手を押さえ込み、雪嶺のクローが喉笛を掻き切る。致命傷を負った男へディアルトが斬り伏せて止めとする。瞬く間に配下を失い、レラジエは部下を見捨てて逃げ出した。
「‥‥竜崎、風羽‥決着を着けてこい、雑魚は俺達が抑える‥‥任せたぞ?‥‥」
 残りの配下を仲間に任せて海が飛び、それを追ってシンも駆け出す。弓使いのレラジエ、攻略の最大の難所は間合いを詰めるまで。ブレードローラーの高機動性とクローを使った得意のワイヤーアクションを駆使すれば壁や天井も最早彼を阻むものでもはない。ワイヤーを使っての急旋回も交え狙いをつけさせないシンと、高速で飛ぶ海。手練二人を前にレラジエは狙いを彷徨わせた。この逡巡が命取りとなった。逢魔・刹那(w3c350)が対戦車ライフルを向け、浴びせられた砲弾に彼は手にした弓を取り落とす。遊撃戦力として戦況を広く窺っていた沙槻も好機と見てありったけの火力をレラジエに叩き込む。
「集中砲火だ! 例えダメージが及ばなくとも、レラジエ、この攻撃はお前から時間を確実に削ぎ取る」
 ヒナもまた弓を番えて援護する。レラジエは反撃の機を失い、二人に接近を許した。海がその穂先をレラジエへ向ける。
「さあ、最後の戦いだ。アラストルリーダー、青き騎士竜崎・海、参る」


●終焉へ‥‥狩人は其処に何を見る
(「抜け落ちていくのか、繋がったと思った瞬間に」)
 レーグ・ケセド(w3b612)はこれまで多くを失い、その身を犠牲にしながらも戦い続けてきた。多すぎる別れを経て、その中でようやく手に出来た者達。
(「飛乃も、長月も‥‥」)
 心の深い所でがっちりと手を結ぶ様に繋がれた絆、だがそれを確信出来た時には二人ともいなくなっていた。互いに結んだ掌の掻き消えるような、胸をざわつかせる不安感。捨て置けぬ者達が増える度にレーグが背負い込む痛みは鋭く重みを増す。
『お前の力となれるよう、これを託す』
『他に妙手は無しですね‥‥。ご迷惑をお掛けします』
 二人の声は今も消えずに木霊している。二人は彼の元を去ったが、残してくれた消えない記憶もある。
(「生きるさ、全員が生きて帰れる様に足掻く、最後まで諦めずに。それを‥‥、長月も望んでいるんだろう」)
 ――誰も死なせない。

「俺のやる事は、いつもの如く‥‥、だな」
 レラジエへ迫る海達をレーグの射撃が援護する。キャナルでのラザフォード戦でも取ったフォーメーション、抜かりはない。
(「レラジエに攻撃を集中する。シンと竜崎の二人が辿り着くまでな」)
 ヒナと刹那に混じりレーグの狙撃が援護し、海達がレラジエへ到達する。
「レラジエ、長崎と翡翠決戦での決着つけさせてもらうぞ」
 上方からの海の槍で戦いは幕を開けた。それに呼応するように重い刃がレラジエを下から掠める。
「ラザフォードの野郎の得物だぜ? 手前ェに向けられたらぞっとしないだろう?」
 刃を返し、シンが大剣を振りおろす。飛び退いてかわしたレラジエの前で床が砕け散った。
「貴様があのラザフォードを‥‥!」
 驚愕したレラジエが抜刀し間合いを開ける。
「ラザフォードは俺達の連携の前に倒れた。ストラスも、キノも、ベリトも‥‥」
 意表を突いた足技でシンが隙を誘い、槍を構え直し海が吼える。
「俺達アラストルの戦いもこれで最後だ、レラジエ!」
 刹那が体内からロケットガントレッドを取り出す。それはラザフォード戦で使った戦術、レラジエの注意がシンへ移ったその時には、その小手の主である海が操りレラジエの背を押さえつけていた。白兵に長けたラザフォードを相手にするのと違い後衛のレラジエなど赤子の手を捻るようだ。
「佐世保では後れを取ったが、今日は頼みの配下も来てはくれないようだな?」
 海の機動戦闘を軸に上下からの二人の立体的な攻め手がレラジエを襲う。戦いは遂に決着の時を迎える。
 そこへ格納庫奥からも新手の警備グレゴールが押し寄せてきた。レラジエの前にこれ以上の壁をはいらない。レーグがそれに狙いをつけてライフルで足止めする。ここが踏ん張り所だ。
(「何処までも付き合います、レーグは私の魔皇なのですから‥‥その横に立つのが私の役目なんです」)
 主の秘めた思いを知ってか逢魔・ルビーナ(w3b612)の放った幻影の篭手が駆けつけた警備の一人を薙ぎ倒した。刹那もそれに加わる。
(「さて通路側からの増援の聖鍵戦士の乱入も考えておかないとな」)
 レーグの読み通り、格納庫の異変に気づいて駆けつけたグレゴールが格納庫へなだれ込んだ。その数ざっと20。雑魚にしても裁くのは苦しい数。
(「退けねぇ、退けねぇよな、此処だけは」)
 レラジエとの決着は誰にも邪魔させない。レーグの背中が覚悟を帯びる。格納庫奥からの増援への牽制は止めずに仁王立ちする彼をグレゴールの一団が襲う。一斉射撃の後、数人のグレゴールの刃がレーグを貫いた。
「‥‥剣が刺さろうが、針鼠になろうが‥此処だけは退けねぇ。他の者が駆けつけるまでは短刀で、絶対に此処は通さん!」
 全身から血を噴出させ、口からは血の塊を吐きながらもレーグは倒れない。
(「誰も死なせない。醜くとも足掻く、生き残るさ‥通りたければ命をかけろってんだ」)
 レーグの意識が揺らぐ。一度に大量の血を失いすぎた、魔皇とは言えこの失血は致命の痛手。常人を超えた覚悟を抱いて戦うレーグだが、それは既に肉体の限界を超えていた。視界が暗くぼやけ霞み始める。薄れそうになる意識が最後に捉えたのは、歌声、だった。
「全員での生還を第一目標に全力を尽くす。死なせないぞ、レーグ!」
 それは逢魔・サウスウィンド(w3f501)の癒しの歌声だった。そして沙槻の力強い声が彼を呼び戻す。沙槻がミサイルで弾幕を形成しレーグに迫っていたグレゴールを火力に物を言わせ強引に押し戻した。
 ラザフォード戦で自分の手の中で失われた命の重さが、沙槻には忘れられなかった。抱え起こした体が徐々に鼓動を弱め熱を失い行くその様。自分に寄せられた期待に応えることが出来なかった悔しさ、それ以上に感じたのは仲間を失うその喪失感。事切れた明の体は酷く重かった。その重みを沙槻は生涯忘れることはないだろう。だからこそ、同じ事を繰り返しはしない、今度こそ皆を守って目的を達成し、生還する――。
(「それが、自分達の覚悟。友の思いのこもった勾玉に誓って、必ず‥‥」)
 命を預けて前衛に立ってくれる仲間達の信頼に応える為にも。
(「何があっても、全員で生還するわ。沙槻が感じた苦い思いを、二度と繰り返させはしない。皆の命は、私達で支えてみせる。必ず」)
 サウスの自戒は、自分にこそそれが担えるという自負。それは強い力となり彼女を突き動かす。友から託された首飾りをお守り代わりに、サウスもまた自分の戦いを戦っている。
「サウスさんへの攻撃はさせないわよ」
 彼女へ狙いを定めた敵の一人へナイフを手にしたリーンティアが迎え撃つ。
「ムリはするな、守勢に回るだけでイイ」
 配下を片付けた有為が彼女を襲う敵の剣を受け止め、お返しにクローを打ち込み強引に蹴りを放って間合いを空ける。その隙にサウスを庇い、沙槻が盾で身を守りながら壁際へ引く。
「‥まったく無茶をするなレーグ‥‥」
 疲弊した彼を庇うようにディアルトが格納庫奥の足止めに入った。
「‥長月のことを一人で背負い込む気か知らんが、許さんぞ‥我らは仲間だ、貴様だけに重荷を任せるものか‥」
 ディアルトがレーグの脇を駆け抜けた。その後ろにペアを組んだ雪嶺も従い、羽鈴も氷の壁で援護する。
「前衛は任せて、レーグさんは自分の役目を全うすればいいネ。ワタシの雪嶺だってああ見えて頼れるアル」
 ディアルトの大振りの隙を補う様な雪嶺のスピードと技、並みのグレゴールでは相手にも成らず二人は敵を蹴散らす。
「その通りよ。もう仲間が死ぬのは見たくない」
 防戦に徹していたウェヌスタがレーグへ身を寄せた。そこへレナも背を預け盾で仲間を固める。
「捨て身の戦いなんて、見てる方は堪ったもんじゃないわよ実際。もっともリスクに見合うリターンがあれば躊躇はせず、ってそれじゃダメなんだっけか‥‥まあいいわ。とにかく死なない程度にってことで」
「レーグ‥、どうせ言っても聞かないんでしょうけど‥」
 持ち堪えたレーグをルビーナの想いが癒す。レーグが少し照れくさそうに笑みを返した。託された想い、預けられた信頼。これも悪くない。
「小癪な‥‥魔皇共め。SFさえ使えれば貴様らなぞ‥‥!」
 現れた増援も残りの仲間が蹴散らし、またサウスの妖精のつむじ風が押し返した。劣勢に追い遣られ呪いの言葉を吐いたレラジエを目掛けて海が突進する。迎撃の刃は小手が受け止め、更に海をも押して彼の飛行の軌道を変える。槍はレラジエの胸を貫いた。
「その通りだな。その言葉、今日こそお前らゲブラーに返すよ」
 血を吐いて伏したレラジエを海が見下ろす。苦悶を浮かべて男は反撃の構えを見せたが、次の瞬間、刃を捨てた。
「‥‥分かった。負けを認める。どうだ、取引をしないか?」
 上目遣いの視線が海を見ている。
「私をこの闇の範囲外に出してくれ、今なら輝慰癒で助かる。代わりに小倉にいるマギを貴様に引き渡そう。どうだ? 悪い話じゃないだろう」
 媚を帯びた厭らしい目に嫌悪感を露にし、海が槍を振り上げる。
「俺達が戦ってこれたのは、きっと仲間に恵まれたのが大きいんだろうな。その差が土段場で趨勢を分けた」
 穂先がレラジエの脳天を貫いた。レラジエ、その最後だった。


●残された思い、託された絆
 任務を達成し、アラストルは即座に撤退戦に移った。
「‥‥雑魚共が‥が、最後の最後にミスを犯す訳にもいかんのでな‥死にたくない者は道を開けろ!」
 ディアルトが先陣を切って血路を拓き、その左右を海と雪嶺が固めて駆け抜ける。殿に立ったレーグが羽鈴の氷の壁と共に機雷をトラップにした足止めで追撃の手を緩め、梢がシンと共に白兵を努める。
「最後なんですから、皆さん無事に生還しませんとね‥‥私だって、死ぬつもりはありませんし‥‥」
 ルビーナと刹那の撹乱もあり敵を寄せ付けない。先陣では妖精のつむじ風をフルに使い、沙槻も火力を注いで突破を援護する。討ち漏らしには有為と和樹がつき、死角はない。アラストルは最短経路で侵入口へ到達し、殲騎を駆って離脱した。
 いまだ激しい攻防の続くテンプルムを振り返り、海はお守りを握り締める。
(「長月、悪いが、まだまだそっちで待ちぼうけていて貰うからな」)


 そうして、アラストルの戦いは終わった。サブナックはテンプルムと運命を共にし、マギを残してゲブラーは壊滅した。戦いを終え、今、彼らは不知火に戻っている。
「皆さん今後どうするのでしょうかね‥? 色々だとは思いますが‥‥また何処かでお会いしたいですね‥‥」
 そう漏らした梢に海も少しだけ寂しげな顔を覗かせた。
「だが、まだまだ翡翠は安定したとはいえないから、これからも、皆と組んで翡翠のために行動したいなぁ」
 アラストルはゲブラーという特異な敵を相手にする為に作られたチーム。その目的を達した今、存続の意義はない。物量で劣る魔皇側最大の武器は、組織に捕らわれぬ個の自由な連携。アラストルを離れても仲間達はきっと各地で働きを見せることだろう。
「それはさておき、黒木さん。九州で何かまたやれることがあれば協力するよ」
「和平が成っても、まだ私たちの役目はありますしね」
「ええ。残る人も去る人も。翡翠に立ち寄ることがあれば、是非また不知火を訪れて下さい」
 黒木が柔らかな笑みを浮かべ、皆がその胸につけた隊員章に手を掛ける。黒木がそれを制した。
「報酬という訳じゃないですが、そのバッヂは記念に差し上げますよ」
「戦利品は結局これだけか‥‥ヤレヤレ、だな」
「いや、それなら風羽が毎度‥‥」
「レーグさん、それは言わない約束よね」
 それに苦笑しながらシンが皆に背を向ける。刹那と共に彼は振り向かずに手を振り、そこを後にする。
「終わった‥‥な。例えアラストルと云うチームが無くなったとしても、俺達の絆は消えたりしない‥‥皆、ありがとよ。そして元気でな!」
 それに煙草をふかしてディアルトが続き、雪嶺が、和樹が、沙槻が、仲間達が続いていく。不知火の扉を潜りそこを後にする背中を見送り、梢がふと黒木を振り返った。
「黒木さんも、今まで色々とご苦労様でした。また、何かの縁がありましたらその時は宜しくお願いしますね‥‥あ、一応一段落したのですから、お仕事も程々に、ですよ」
 梢は黒木へ小さく礼をすると、駆け出した。そしてふと扉の前で振り返る。
「次お会いした時に、疲れ果てた顔なんて見たくもないですからね?」
 その顔に浮かぶのは柔らかな笑顔。それに黒木が頷き返す。再び梢が駆け出し、不知火の扉が音を立てて閉じられた。
 悪魔アラストル、その名は復讐。強大過ぎるが故に封じられたそれを神話は現世に呼び戻した。迷い、葛藤、幾多の戦いと待ち受ける強敵。それらを経て復讐は昇華した。アラストル、それは想いと絆の名。集まった仲間達は再び各地へ散るが、その名は深く、刻まれる。