■混乱のC→???■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオEX クリエーター名 小沢田コミアキ
オープニング
「皆様! セフィロトの一件はお疲れ様でした!!」
 彼女の名はキャロル。北部九州で活動する密だ。
「さて今日もまた翡翠よりの依頼です。今回の依頼は‥‥」
 そう言ってガサゴソとキャロルが取り出したのは一枚のチラシ。
「はい! 佐賀で行われる熱気球の大会に参加してもらいます!」
 佐賀県は全国的にも熱気球を飛ばすのに最適な環境だといわれている。秋には世界大会規模のフェスティバルも開かれ、県民の関心と理解も高い。今の季節はシーズンでこそないが、小規模な大会は比較的行われているようだ。
「で、その大会で『何』をすればいいんだ?」
「御名察です、魔皇様! 我々はこの大会の選手として参加し、協議中の気球に紛れてあの佐賀テンプルムを目指します!」
 昨年の秋、バルーンフェスタ期間中に魔皇による奇襲で佐賀テンプルムは基地機能を失っていた。絶対不可侵領域は消え、佐賀テンプルムがただの飛行物体と化したおかげで人々は元の健やかな生活を取り戻していた。
「そういう訳で現在この近辺は神魔の戦いにおける事実上の休戦地帯となっています。それゆえ、殲騎での接近は周囲が過敏に反応します故、このような手段を取ることと相成ったのです」
 翡翠の依頼は、そうやって気球で侵入しテンプルム内にある感情集積器のデータをとって来て欲しいというものだった。
「何でまたそんな、今頃になって? 目的は?」
「はぁ、それが私も知らされていないんですが‥‥」
 キャロルは眉根を寄せて難しい顔を作った、が、すぐにいつもの能天気な顔に戻った。
「でもですね! 今回はレースということにちなんで、特別に優勝チームには賞品を出したいと思います!」
 キャロルがバイトしている新聞屋で入手したというのは、佐賀県は嬉野の温泉旅館の優待券(ペア)だ。
「限定3組です。さあ、魔皇様。レースの始まりです!」
 何だか妙な話になっているようだが、キャロルは気にした風もない。
「確かに成功を期します!」
シナリオ傾向 気球、佐賀テンプルム
参加PC 葛葉・刹那
來島・真崎
御影・涼
シーヴァス・ラーン
風見・真也
高澄・凌
夜桜・翠漣
白鐘・剣一郎
不破・彩
土守・潤信
シャイン・フォーチュン
榊原・信也
混乱のC→???
「‥‥さて、いまいち理由が分からんが‥‥頑張るかね‥‥やり遂げるって誓っちまった以上できることをして行くしかないんだし‥‥」
 昔から「頑張る」と「努力」が苦手な榊原・信也(w3h956)だったが、最近は口ではそう言いつつもやる時はやる所を見せている当り随分と頼もしくなったものだ。逢魔・サヤカ(w3h956)は、今回もそうやってぼやく信也を見てクスリと笑みを漏らす。
「感情集積器のデータですか。5月の決戦で必要になることは間違いないと思いますが‥‥」
 夜桜・翠漣(w3c720)とペアを組んだ葛葉・刹那(w3a213)は、課せられた責を思い、気を引き締めた。だが逢魔達はキャロルとさっきから怪しげな話で盛り上がっている様子。
「白翡翠さんも、さっきから何を話してるんですか?」
 翠漣の問に逢魔・白翡翠(w3c720)と逢魔・ミラーシュ(w3a213)達3人は顔を見合わせ、悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。
「ふふふふ‥‥」
「フフフフ‥‥」
 それに一抹の不安を抱えつつも、葛葉は柔らかな微笑を浮かべる。
「実はかなり重要な任務なんだろうが‥‥商品が温泉、という辺り俺達らしい仕事だな」
 翡翠の命運を賭けあのゲブラーを諜報戦で出し抜く形でセフィロト襲撃を成功させた彼ら仲間達、だがこの面子だとどうしてもどこか緊張感のない辺り苦笑いの絶えない所だ。地上からのサポートを買って出た來島・真崎(w3a420)は無線の感度をチェックしている。
「気球ね‥‥折角だ、勝たせて貰おうか」
 風見・真也(w3b577)が気球に乗り込み、逢魔・シャドウセン(w3b577)がバーナーを焚く。
「何だか妙に燃えてますが‥‥頑張りましょうね」
 一見するとそう見えないのだが、長きを共にしたセンには風見の心内が分かっているようだ。ともあれ気球が飛び立ち、いよいよ作戦が始まった。

「さてと。俺達は今回も裏方だ。地上から車で皆のナビ、地味だけど大事な役目だよな」
 風船で飛ばして風を読み、御影・涼(w3a983)はランエボに乗り込んだ。友人から借りたエボWは派手なので涼は渋顔だが、四駆を存分に乗り回せるということで逢魔・伊珪(w3a983)は大喜びのよう。
「任せとけって! 峠でならしたドラテクでバッチシ安全運転だぜ」
「伊珪、言ってることが微妙におかしいぞ、それ」
「そうかあ? まあ気にすんなって」
 二人は大会に向けて地元佐賀大学の気球部にお願いして簡単なレクチャーを受け、準備は万全。一通りの操縦の仕方から佐賀平野の風の癖まで知識は詰め込んである。それらの情報はノートパソコンに纏めていつでも引き出せるようにしてある。
 魔皇達の乗る5機の気球の中でも一番の出だしを切っているのは葛葉&翠漣組。素人ながらいつの間にか全体の中でもいい位置取りで上手く風を捉えて進んでいる。
 野生の目覚めで鳥になった翠漣が滑空しながら周囲で旋回を繰り返し風の流れを葛葉に伝える。ニードルアンテナを召喚した葛葉もそれを元に風を読み、白翡翠がバーナーを焚いて気球を操る。この分だと一番乗りの最有力は彼らになりそうだ。
「って、早速雲行きの怪しいのが一機あるな」
 見た目よろよろと飛び上がっていくのは風見・セン組の気球。目立たぬようにと、操作に戸惑った振りを装って遅れ気味のスタートを狙った風見だったが、実際問題として慣れぬ操作でもたついたおかげでひとまず目論見通りに事を運んでいた。
「ま、理想のスタートだ。気にしないさ」
 ひとまず高度を取って、帽子の下へニードルアンテナを召喚する。後はセンに操作を任せて自分は風を読む事に専念し一気にテンプルムを目指す。つもりだったが。
「真也様、なかなか上手く行きませんねえ」
 付け焼刃は承知でセンと共に気球の勉強をして臨んだものの、バーナーでの高度調整だけで動かす気球の操縦は素人には難しかったようだ。
『大丈夫か真也?』
「だめだ、バーナーを焚いたらぐんぐん上がってしまったが、高過ぎて今どの辺の上空を飛んでるのか良く分からんな」
 涼からの無線に答えながら風見が眉を寄せて困った顔を作った。
「まあ、結局は直感に頼る事になるかな‥‥直感の白だし、俺」
 本人は至って楽観しているが。
「勿論、やるからにはトップ目指すがね」
 やる気は十分の様子。
(「優待券が貰えたらセンと一緒にゆっくりと楽しむかね。たまにはそういうのも悪くないな」)
 魔皇から覚醒してからこっち、ずっと戦い続けていたのだ。ゆっくり温泉にでもつかってじっくりと疲れを取るのも悪くない。
「なあ、セン」
「そうですね真也様。頑張って一着を目指しましょう」
 一方、こちらは土守・潤信(w3f459)。
『潤信、そっちはどうだ?』
「大丈夫だ。今の所問題ないぞ。な、火狩?」
 潤信は逢魔・火狩(w3f459)と二人で佐賀テンプルムを目指している。
「なかなか気球の操縦も様になってるよねー、潤信」
 佐賀テンプルムを目指している様に思われないために、まずは風上に高度を上げて後は風任せ。上手く風を掴んで飛べれば首尾よくテンプルムのどこかに引っかかるだろう。
(「メガテンが潰れ九州のバランスが崩れた今、戦力の空白地とも言えるここ佐賀で神帝軍は起死回生の何かを準備しているんじゃないかと思うんだ」)
 この半年の九州開放の戦いで散々神帝軍に苦しめられた潤信からすると、そう疑いたくなるのも当然ではある。まあ、それは半分ハズレで半分大当たりなのだが。
(「だから、今回は温泉チケットよりも情報収集が大事なんだ。恐らく陰で大天使クラスが動いているんじゃ‥‥」)
 後になって事の真相を知ったらきっと苦笑いすることだろうが、まだ潤信はそんなこと知る由もない。一方、助っ人として参加している白鐘・剣一郎(w3d305)とチームを組んだ信也たちのバルーンはまずまずの出だしを切っていた。ネットを駆使して入念に調べた天候データと操作マニュアルには何度も目を通している。
「さて、やるか」
 グローブを取り出して左手の甲の刻印を隠し、やはり帽子の下にニードルアンテナを召喚する。剣一郎もそれに続き人化を解除する。肌で感じる風のキメの細やかさと空気の冷たさが目に見えて増し、澄み渡る。悪くない。
「こういった競技は初参加だが‥‥何事にもツボと応用の仕方はある。風の流れ、俺が見切って見せよう」
 バーナーの操作は信也に任せ、剣一郎が空気の流れに意識を集中する。真剣の切っ先へ向けて意識が研ぎ澄まされるように、視界に開けて風の向きがおぼろげながら見えてくるような感じがする。やってやれないことはない。
『文字通り順風満帆ね』
 地上からの指示を担当していた逢魔・沙玖弥(w3d305)も今の所はやるべきこともなさそうだ。
『ま、けど何かあったら呼んでね。祖霊にいろいろ教えてもらうとか、手もあることだし』
「ああ、困ったことがあったらその時はお願いするよ」
『それなんだが、さっそく困ったことが起きたんで報告しておくぞ信也?』
 参加者名簿を見て來島はそこにある名前を見つけていた。
「っていうと‥‥」
『ああ、やっぱり参加してるぜ、ゲイル・バウマンの名が参加者名簿に入ってる。機体の現在位置は‥‥』
「信也様!」
 サヤカが真上を指して叫んだ。信也たちの気球を悠々と跨いで追い抜くのは、白地にゴールドの縁取りが鮮やかな機体。
「あいつが噂のゲイルか」
 それに乗った銀髪の男を見止め剣一郎が呟いた。ゲイル・バウマン、かつてバルーンフェスタを利用した感情収集で魔皇達を苦しめ、そして後に福岡メガ防衛部隊ロイヤルガードに所属して翡翠決戦までを戦い、混乱の最中に表舞台から姿を消していた男。
「奴は以前の佐賀での依頼では最大の障害だったという。俺達の主目的が佐賀テンプルム内部にメンバーを送り込むことである以上、ゲイルの注意をこちらに引き付けてアシストする必要があるな」
 剣一郎の言葉に信也が無言で頷くと、サヤカが少しだけ拗ねて見せる。
「温泉のチケットほしかったなぁ‥‥」
「‥‥いや‥まぁ‥行きたかったって‥‥温泉‥今度連れてってやるから‥‥全てが終わったら、な?」
 途端に困った顔を見せる信也にサヤカが少しだけ満足げに言う。
「でもまぁこっちの仕事も大事だし、頑張りましょう」

「どうも雲行きが怪しくなってきたような気がするぜ」
 無線を切って一頻り苦笑し、來島は気を引き締める。
「最近の俺の『嫌な予感』は大抵が的中するんだよな」
(「そもそも紫の夜を控えたこの時期に、疾うに廃棄された佐賀テンプルムの調査‥‥儀式の間が使えない事・緑城で見つかった珠の件も含め、感情集積器のデータを利用・転用する方法が秘密裏に検討されている可能性もあるな」)
 そしてゲイルの存在。オーダーでは地上でサポートしているチームメイトがいるとも書かれている。ただでさえ厄介なのにこれ以上引っ掻き回される訳には行かない。來島は駆け出した。
 ところで高澄・凌(w3c245)はと言うと。
「大空が俺を呼んでいるぜ!」
 ――と言ったものの、実は軽い高所恐怖症なんで気球はパスらしい。
「高い所は空気が綺麗だから好きなんだけどねぇ。こればっかりは生理的なものだから仕方ないか」
 競技に参加する連中のサポートもいつも通り入念な打ち合わせと適材適所の配置でバッチリのようだし、今回は本当に特に何か手伝いをする必要もなさそうだ。依頼目的の半分は息抜きなのだから構わないと言えばそうなのだが、何だかそれはそれでしょぼ〜んなのである。
「翡翠の魔皇軍は色々大規模作戦をやらかして、キャロルちゃんもバイトしながら借金まみれ。となれば! イベントに来てやることといえば一つしかあるまい!!」
 結局、息抜きでのんびり出来るはずが勢い余って一仕事しちゃう辺りが彼らしいのかも知れない。ラムネ、トウモロコシ、各種道具はレンタルで。ゴール地点の嘉瀬側河川敷に出店を開いて小銭を稼ぐ。
「売り上げは後でキャロルちゃんに渡して、活動資金の足しにしてもらおう」
 ふと見上げると、遠くにぽつぽつ浮かぶ気球の姿。その中に一機、小刻みに浮沈を繰り返す気球がある。信也たちのバルーンだ。ゲイルを挑発するように上下にバルーンを動かし、興味を示した彼がこちらを向いた所へサヤカがライトでモールス信号を送る。
 タ・イ・ク・ツ・シ・テ・ン・ダ・ロ
「へえ、これまたモールス信号とは渋いもんだな」
「ゲイルさ〜ん、お相手よろしくお願いしま〜す」
 サヤカが手を振って合図すると、急に高度を下げて上手く風を御し、速度を落としたゲイルのバルーンは信也達の横に並んだ。ゲイルの存在は、仲間達が佐賀テンプルムに侵入する所から目を逸らす格好の材料にもなる。
「よぉ、ゲイルさんよぉ、ちっと相手してくんねぇか? 『空の申し子』と呼ばれるあんたにどれぐらい通用するのか試したいんだわ」
「誰だか知らんが、俺の相手、ね。そっちの速さに合わせてれば、暫くは俺の相手も務まるかもな」
 ゲイルのバルーンが高度を落とし脚の遅い風を掴んで速度を緩やかにして信也達のバルーンにぴったりと並んだ。
「見ろよ、高低から来る僅かな風の抵抗だけを頼りに飛ぶ。ゆったりしてながら慣性と気流を見るセンスがものを言う高みの世界。強引に風を切って飛ぶ戦闘機にはない魅力だよなあ‥‥っと‥‥俺が話してもしょうがないか。さて、何の話を聞かせてくれるんだ?」
 怪訝そうな顔をした信也にゲイルが意地悪な笑みを浮かべてウィンクをする。
「俺の相手がしたいんだろ? そっちの速さに合わせて並んでやれば話し相手ぐらいにはなれるさ」
「‥‥‥‥言ってくれるな」
 だが予想通り挑発にゲイルは乗った。後はこの隙に仲間たちが無事にテンプルムに侵入してくれればいい。肩越しに後ろを振り返って潤信の気球を見付け、信也は胸中でエールを送る。
(「‥‥潤信‥皆‥うまくやれよ‥」)
 その潤信は何とか高度を保ちつつ、佐賀テンプルムのほぼ真上からの降下の体勢に入っていた。
『潤信、風に気を付けろよ。テンプルム近くは風の流れが変わるだろうから変な気流に流されないように気をつけてな』
「おっけー涼!」
 念のためバーナーの故障を装いながら緩やかに下降する。目標地点から多少のずれはあったものの、何とか潤信はテンプルムの上に不時着した。その知らせを聞いてひとまず涼も安堵する。
(「それにしても、何故今頃になって感情集積器を? 翡翠で今後の作戦に必要なのか?」)
「やるならきちんと説明してほしいな、その方が適切な行動とれると思うが? 貸し、1つね」
 一緒に着いて来てお手伝いをしていたキャロルの頭を小さく叩いて涼が笑う。
「すみません‥‥」
「冗談だって、今度黒木さんに会った時にでも直接言って置くよ」
 シュンとしたキャロルを笑い飛ばし涼は無線を握った。
『潤信、何があるか分からないから用心しろよ』
「分かってるって。そんなに心配しなくても大丈夫だ」
 テンプルムの侵入班には、過去の資料から内部を克明に記した見取り図を來島が作成して配っている。テンプルム内に警備がいる様子はない。一応予習していた潤信も火狩の祖霊の導きの元で探索を開始した。
「ねー潤信」
 その袖を引っ張って火狩が通路を指す。そこには『感情集積器⇒』の張り紙が。
「あっれ、おかしいなー? 真崎の見取り図だとそっちじゃないんだけどな」
 一方、潤信達に遅れてテンプルムに侵入し、集積器を目指して用心深く進んでいく風見達も。
「うわ、なんだこりゃ」
「きゃっ」
 角を曲がった拍子にパチンコ玉が転がっていて二人はバランスを崩した。倒れ掛かったセンを支えて風見が受け止めるが、運悪く足元にバナナの皮を踏んづけてしまいセンともども尻餅をつく。
「‥‥てて。何だこりゃ?」
 見れば通路にはパチンコ玉とバナナが所々に転がっている。
「フフフ‥‥」
「ふふふふ‥‥」
 こちらは葛葉&翠漣組。先から二人の逢魔はなにやら怪しげな笑みを漏らしつつ熱心にバナナやらを撒いている。
「これってレースの基本よね♪」
 胸を張って悪戯めいて笑うミラーシュの手にはチキチキマシン猛レース‥‥間違ったレースの勉強をしたようだ。すっかり意気投合してしまった白翡翠も一緒になって熱くなっている様子。4人の気球は高度を取らず正面からテンプルムにぶつかるような侵入で一番乗りを果たしていた。着陸時の衝撃は白翡翠が気球へ獣の鎧をかけて軽減し、獣化していた翠漣の着替えを待って探索を開始し、そして今、ミラーシュのダーティな策略もあり一行はトップを独走していた。
「やるからには勝負には勝つわよ」
「おー!」

「いよいよ元凶である感情集積器の調査ですか。頑張らないといけませんね」
 所変わって再び地上。逢魔・志穂(w3c245)が調査の上で大変重要な任務があると凌から聞かされて行った先のプレハブ小屋にはなにやら不穏な雰囲気が。
「――って、あれ? 凌さんに言われてきたここ‥‥『キャンペーンガール審査会場』? な、何か雰囲気が違うような気もするんですが、とりあえず入ってみましょうか‥‥」
 でその先にあったものはと言うと。
「み、水着審査!? しかもこんな‥‥」
 何かモノスゴク食い込みそうな感じの水着が用意してあって、タイミングよくそこへ凌が現れた。
「あ、志穂もキャンギャルのバイト頑張ってね」
 ご丁寧にラムネの差し入れ持参での登場だ。
「大丈夫、これも社会勉強だ。スタイルの良さは俺が保障するしよ。……もっとも、性格はどうか知らな――」
 ゴイン
「――凌さん、あなたは‥‥!!」
 すかさずの鉄拳制裁で沈む凌であった。とまあそんなこんなをやっている内にレースも佳境に入ってきた。ゲイルとの場所の奪い合い、スピードの競い合いに持ち込もうとした信也だったが、ゲイルはそれにぴったりと張り付いて飛び、動く気配を見せない。
「他に注意を向けられるような余裕を与えない‥‥奴にそれだけの接戦を仕掛ける必要があるという訳だな」
 敵を出し抜くには先の先まで読んで手を打たなければならない。だが昨日今日の中では信也も剣一郎も呼吸を合わせるのがまず難しく、風を読む剣一郎も知らずに焦りを覚え集中を乱し始めていた。
「なんだ、案外二人とも話し下手か?」
 そろそろ飽きが来たのかゲイルが
高度を落とし信也達を振り切りに掛かる。そのゲイルの機体を掠めるように斜め後方から一機が急な上昇を見せた。
『そうよ、そのまま。気球同士でぶつからないように気をつけてね』
 地上からの沙玖弥のナビに従い信也が高度を下げる。
「悪いな、ゲイル。あんたの好きにはさせない」
「ゲイルさん、覚えてる?」
 それと入れ替わるように上昇して来たのは不破・彩(w3e650)とシーヴァス・ラーン(w3b234)のチームだ。
「あんたは何時かの。なるほど、両チームとも魔皇だったて訳か」
 苦々しくゲイルが笑う。彩は昨年の11月にバルーンフェスタでゲイルに挑み敗北した。その後どうしても腹の虫が収まらず一人で気球について勉強を始め、やがて訓練を重ねライセンス取得にまで漕ぎ着けていた。僅かながらではあるがその経験を買われ、彩はこの依頼を受けてシーの気球の担当となっていたのだ。
「いつかゲイルさんと一緒に大会に参加することがあれば、感情搾取なんて関係なしに思う存分こんな舞台で雪辱を晴らしたいって思ってた」
「なるほどね。あの時みたいにイチバンで決着をつけるか」
 ゲイルの機体が上手く風を捉えてシーたちの脇を抜けると頭一つ飛び出した。
「俺は‥‥風になる!」
 だがシーがバーナーを焚きそれに追い縋る。二機が並び、シーが横睨みにゲイルへ無言の視線を送り目で語る。男と男の勝負、俺が勝つ、と。
「そっちの彼もやる気十分って訳か」
 ゲイルを煽ってデッドヒートを演出し市民の目を釘付けにする。逢魔・リューン(w3b234)も連れ立って事前に涼と共にレクチャーを受け、何度かの練習で少しは操縦のコツを掴んでいる。
(「相手の技量は承知してる。焦らずひたすら的確、確実、最速、細心に。最終的にそれがデッドヒートとなり優勝に繋がれば御の字だ」)
 彩の指示を受けながら自分なりにバーナー点火から気球が動くまでのタイムラグを考慮しつつ、とにかく風の層から外れないように神経を尖らせる。彩もまた、指示担当として地上班からの情報を頼りに冷静な判断を心掛ける。地表との温度差によって気流は表情を変える。地形によって様々に特徴を帯びもする。気象情報解析用に盛り込んだノートパソコンを時に頼りにしながらそれらを分析し最適な高度を探る。
『気を付けて下さい。佐賀テンプルムを避けた気球がその内流れてきますよ』
 地上からは逢魔・霧雨(w3a420)の運転するチェイスカーに乗ったシャイン・フォーチュン(w3h755)が上手くナビをする。コース周辺の道路状況は霧が事前に下調べ済み、時に農地や私道の抜け道を通ったりしながらシャインのナビがやり易い位置につけながらフォローする。
「おっけー。よーし、ゴールまでこのまま真っ直ぐ風に乗っていくよ!」
 それらを元にしながら他の気球の流れ方から理想のコースを立体的に予想し、彩が目的地までのベストなルートを選択する。
「シーヴァスさん」
「分かった。マーカーの投下に備えてそろそろ高度を下げ目でいくぜ」
 ゲイルを相手取っての勝負では経験の差で圧倒的に開きがある。それを個人の能力と効率的な分担とを通じてそれぞれが集中することで精度を高め補い合う。そこに魔皇達は勝機を見出していた。二人とも矢張りニードルアンテナで五感を研ぎ澄ませて、この勝負、この時に賭ける。やがて二機はゴール地点である嘉瀬側河川敷へと到達する――。

「よし。やっとついたな、セン」
 同じ頃、テンプルムでは風見が集積器へと到達していた。
「あら、遅かったですね」
「すみませんね、温泉は僕らが頂きです」
 だが既にそこへは先客がいる。ミラーシュの妨害で皆が苦戦している内に葛葉達は水を空け、もう随分と前にここへ到着し調査を始めていた。ひとまず調査を始めて分かったことは一つ。このテンプルムの機能はほぼ全てが停止していて、端末もことごとく動く気配を見せずそこから神帝軍の内部データを取ることは出来ないということ。セフィロトの件で気がかりだったことを調べようと考えていた翠漣の試みは失敗に終わる。葛葉もまた感情エネルギーに関するデータを持ち出そうと持参したノートパソコンもただの荷物になってしまっている。
「機械的な設備も皆無だったな。あーあ、草臥れ損かぁ。やれやれ」
 最後に潤信もようやく合流したが、成果は芳しくなかったようだ。この佐賀テンプルムはまさに廃墟、神帝軍が動いている様子は影も見えない。
(「感情エネルギー‥‥それは神に属する者が生存のために必要な力。神帝軍の感情搾取さえなければより魔皇達は彼らに歩み寄れます。でも私達はこれがどういった存在なのか何も知りません」)
 魔皇の生存には直接関係してこない感情エネルギーだが、それによって傷を負った魔皇がたちどころに癒されたと言う報告もある。それは魔皇にとって無関係のエネルギーではない。そして神魔は表裏一体の存在。
「感情エネルギーがなくても生存する方法を見出すことができるかもしれません。今すぐは無理でも、この情報が平和への布石になれば良いですね」
 そう刹那が内に秘めた思いを口にした時だった。火狩が首を傾げながら。
「けどね、祖霊はこの感情集積器、動いてないって言ってるんだよね」
「「「何だって????」」」

 地上ではゲイルとシー&彩組の二機がゴールまで迫り、会場の熱気は一気に高まっていた。それを見上げながら來島は忌々しげに内心で舌打ちした。
(「以前のゲイルのように個人プレーに走らず前回の失態を踏まえチームに頼って勝負に徹するとなると厄介だぜ」)
 チェイスカーが止まっている所へ後ろから歩いて寄って行き、落とし物を拾うふりをしてマフラーに詰め物をする。
(「我ながら何ともまた、姑息な走行妨害‥‥」)
 少し遠い目になりながらそそくさとその場を後にし、來島は会場へ向かった。
「くそ‥‥」
「どうしたのゲイルさん?」
 ゲイルが急に調子を落としたと見ると彩はすぐにそれを突いて行動に出た。ゴールターゲットまでもうじき残り100mという所まで距離を詰めた。ターゲットギリギリまで高度を落とし、なるだけ近くからマーカー(錘)を投下する。
「勝てる‥‥いや、このレース、勝つぞ。リューン、準備はいいか?」
「はい」
 ターゲットへ向けてマーカーと投擲するのはリューンが受け持っている。長い髪も今日は動き易いように纏め、準備は万全。何度も練習を繰り返し、この数日間で少しは様にもなってきている。
(「慎重に、マーカーの重さと風を読んで計算。学んだ知識を有効に」)
 マーカーを握りリューンがその時に備える。
「クールにね、リューンさん。勝負に拘り過ぎて熱くなっちゃ意味が無いし、自分を見失わず冷静にね」
 半ば自分に言い聞かせながら彩が繰り返し、そしてバルーンはゴールターゲットのすぐ真上へと到達する。それに遅れてゲイルの機体が追い、二機はいよいよ投擲の瞬間を迎え会場のボルテージは最高潮に達した。
「しかしなんだねぇ」
 出店に戻った凌は二機と、それを追って悠然と飛ぶ気球とに想いを馳せている。
「こうやって空に浮かぶ気球を眺めていると、俺達の戦いが馬鹿らしくなってくるな」
 そうして苦笑を深くしながら、凌は珍しく真顔で口にした。
「人間、もっと単純に生きられれば苦労することもないんだが‥‥知恵の実を齧った愚者には分不相応な望みかね?」
「‥『人だった者』として、この風景が取り戻せるのなら、『人でありえない者』は消えるのが正しい形なんだがな‥‥」
 そこへやって来た來島がラムネを一本開けながら肩を竦めて見せた。神も魔もない中立地帯。こうして熱気球観戦に興じる人々の熱気を見ていると、これが最も理想の姿ではないか‥と來島には思えた。
「さて、勝利はどっちに転ぶことか」
 ゴールターゲット周辺で歓声が上がった。リューンが錘を投下し、遅れてターゲット上に到達したゲイルも投下を終えたようだ。
「なんと言うか、一足遅かったようだな」
 そこへ遅れて後続の気球と共に剣一郎の気球がゴール付近へと入って来る。さすがにターゲットの真上を通過するコースを取るのは難しかったのか数mほど外した軌道を通りながらも、サヤカが身を乗り出して錘の狙いを済ませる。そのゴールターゲットには二つの錘。一つは僅かに1mほど中心を外したもの、そしてもう一方はぴったりと真ん中に落ちている錘、こちらがゲイルだ。
「チクショー、勝負は僅差か!」
 ゴールから暫くを飛行してやがて河川敷沿いに降り立ち、シーはゴールターゲットの方向を振り返って心底悔しそうな顔を見せた。最後の最後で技術の底の違いが明暗を分けた。全力をぶつけてなお破れ、だが彩の心は何故だか涼しげな風が吹いている。
(「なんでだろうな。最後の方は、依頼とかじゃなくて、単純に気球を操るのが楽しかったな。命のやり取りじゃなくて、純粋に技を競い合うっていうか。負けたのに何でこんなに気分がいいんだろう」)
「お疲れ様」
 そこへ沙玖弥が差し入れにと紅茶とクッキーを持って来た。逢魔・シリン(w3h755)も一緒だ。
「残念だったね。シャインも頑張ったのに、惜しかったよね」
「すみません、僕らのナビが至らないばかりに」
「気にすんなって。勝負は時の運、でもあのゲイルに少なくともスピードでは勝ってたってのは、シャインのおかげだと思うぜ、俺は?」
 申し訳なさそうに頭を下げるシャインをシーが笑い飛ばし背を叩いた。と、そこへ潤信や翠漣達も戻って来ている。
「それで、肝心の集積器はどうだったんだ?」
 更に來島も加わり、一行は侵入班の報告に耳を傾ける。
「それが‥‥」
 佐賀テンプルムの感情収集機能は停止していた。先の攻略戦で破壊を逃れた集積器の一部に蓄積された感情エネルギーを元に今は浮遊だけにエネルギーを消費しているというのだ。
「感情集積の機能って、そもそも止めれないものなんじゃねーのか?」
「だから、そこがこの依頼の鍵だった訳です」
 通常ならば停止することが不可能な集積機能が、器質的な損壊によって停止した稀有な例が今の佐賀テンプルム。ならばこれをサンプルとして研究することで、逆に何らかの外科的措置を講じて収集を停止させることも理論上は可能だ。
「問題は、停止させるとエネルギー供給が絶たれて俺らが死滅するってとこだな」
 その声に一斉に皆が振り向く。その視線を一身に浴びてゲイルが切り出した。
「そう怖い顔されちゃ叶わんね。敵意はないぜ」
 両手をひらひらとさせながらゲイルはそれを示した。
「ある人物の使いで来た。ここでのんびり遊んでれば魔皇の方から接触してくるって言ってたが、本当だったな」
 そう前置きして彼は語った。
「その理論を技術に転用するのにどのくらいの時間が掛かるのかは分からない」
 10年のスパンで見るような気の長い話だが将来的にはそれは実現する技術だ。佐賀テンプルムと言う研究サンプルを得て、『感情収集の停止』という和平の伏せカードがここに来て急に捲られたのだ。
「だがそれだけじゃ足りない。エンジェルのエネルギー供給源の確保、これが絶対に必要な条件ながら、感情のそれ以外には代価の品はないと来ている」
 そこさえクリア出来れば、これ以上の不毛な戦いを止める理由にはなる。
「俺は今、長崎で厄介になっててね。マギー・オーデンヴァルト、一人のグレゴールが停戦工作に乗り出している」
 それは既に大天使クラスも巻き込んで話が進められているらしい。指導者を失い勢力を分散させた長崎の神帝軍の取った起死回生の一手。いずれ正式に翡翠にもその報が届けられるだろう。
「少なくともこれは信頼の置ける話だと俺は思う。マギは徹底的な武断派だ。あのゲブラーの設立にも関与している程のな。その彼女が自らの安全の保障を得るためだけに進めているのがこの工作だ」
 徹底抗戦を主張する勢力を売り和平の場を提供する。それを引換えに彼女は翡翠の手を逃れ九州よりも安全な神帝軍勢力下へと亡命を企てているのだ。
「おそらくは海外、魔皇の活動の比較的弱い地域を彼女は目指すだろう。俺から言えるのはこれまでだ。確かに、伝えたぜ」
 余りの展開に呆然とする皆の前で踵を返して歩き出し、それから、と彼は振り返って告げた。
「一つだけ教えといてやるよ。久留米にはヴァーチャーがいる。メガ陥落のどさくさに紛れてRGの隊長サンが格納庫から引っ張り出した奴だ」
 それは長崎方面へ逃げ延び、政変を受けて久留米へと移った機だという。
「ステルスはない分断然戦い易いが、その性能差は単純に厄介だ。久留米を叩くんであれば気をつけるんだな」
「何で俺達にそこまで教えてくるんだ」
 再び歩き出したその背へ向けて問うと、ゲイルは立ち止まり、振り向かずに答える。
「悪いな、今日みたいなレースが出来なくなったら嫌なだけさ」
 それだけ言うと、彼はそのまま去って行った。


 大会を終え、魔皇達の元には何とも込み入った話が残った。混乱のCを経て、局面は様々に動き始めている。
「でも、けっこう楽しかったよね‥‥」
 ゴチンと、お気楽な火狩に潤信がゲンコを食らわせた。
 その頃。
「真也様、どうやって帰ったらいいんでしょうか。私達」
 センと風見のペアはまだ佐賀テンプルムに取り残されていた。調査を終えてそれぞれ気球の元へと戻った彼ら侵入班だったが、当然ロクにバルーンを係留しないではちゃんと元の場所に残っている筈もなく。葛葉と潤信はそれぞれ逢魔の時空飛翔で、翠漣は逢魔ともども鳥になって逃げられた訳だが、ナイトノワールのセンではそうも行かず。結局二人は皆が思い出して助けに来てくれるまでそこで待ちぼうけを食らったのだとか。