■巌の大樹■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオ |
クリエーター名 |
小沢田コミアキ |
オープニング |
翡翠決戦からはや二ヶ月が経った。宿敵ペトロと神の軍勢を討つため魔皇達はこの森を犠牲にすることを選択し、激戦の末に翡翠の里は破壊され、森は焼き払われた。翡翠の子らは故郷を失った。
多大な犠牲を払うことは目に見えていた、だがその選択を悔いることは出来ない。古の隠れ家への疎開作戦を実行に移さねば、数千の非戦闘員を抱えた翡翠勢はペトロの軍団に満足に立ち向かうことも出来ずに全滅すら免れなかったかもしれない。だが、自らの手で下した決断の結果を突きつけられ、それでもあれが正しかったのだと胸を張って口に出来るものはおそらくいまい。最善を尽くした、そう言うのが精一杯だろう。
決戦の後に数度派遣された調査団の報告は戦禍の傷跡の生々しさを伝えている。白亜の牙城として絶大な威容を誇っていたメガテンプルムも、今は地に堕ち廃墟と化している。それは戦いの悲惨さと惨たらしさ、そして虚しさを思わせるに十分な光景だ。神魔の戦いにおける破壊は後のセフィロトの木爆破事件によってピークを迎え、ここ九州の神魔を巡る情勢も徐々に変化の兆しを見せ始めている。倒壊したセフィロトは、戦いによる破壊の象徴となった。瓦礫の下で、これ以上の破壊と悲劇を望む者はもういない。市民を通じて反戦の機運が徐々に高まりを見せてもいる。翡翠の森では新しく芽吹く緑もあり、少しずつだが確かに再生が始まってもいる。だがあの広大で深い緑が元の姿を取り戻すのには途方もない時間を要することだろう。
そんな折だった、『翡翠の宝珠』に変化があったのは。それは緑と命に溢れる翡翠の森の象徴とされ翡翠の里に代々伝わる宝玉だ。決戦の折に失われたそれを、先の調査団の先遣隊が緑城跡から発見し持ち帰ったものだ。
「宝珠はあの美しい翡翠色をくすませて、かつての輝きをすっかり失っていました。それは翡翠の大破壊によって緑を失った翡翠の森のようでした。我々翡翠の逢魔達がまだどこかで抱き続けていた翡翠再興の一縷の望みを打ち砕き絶望させるに十分なものでした」
だが奇跡は起こる。
「宝珠の中に、小さく、だが確かに一点の緑が輝き出したのです」
これを受け、地元の密が翡翠の調査に赴いた。その先で彼らが見たものは。
「それは驚くべき光景でした。前回の調査では瓦礫に埋もれ捜索は困難とされた緑城跡です。その瓦礫の中に、我々は小さな緑を見たのです」
それはまだ幼い苗木だったという。瓦礫の山の中、幾つかの瓦礫が折り重なるようにして互いを支え偶然にも出来た僅かな空間にそれはあった。床に覗いた木々の根には一振りの抜き身の剣が刺さり、それに寄り掛かるようにして辛うじて立つ苗木はだがしっかりと力強く根を張っていて、その根は今だ残されていた樹海の深層を成す木々の根へと根付いている。まるで大地と森を支える土台になろうとするように。
「それは今までに見たこともない木でした。これまでに翡翠にはない新たないのち。我々はこれを確かめねばなりません。戦渦は爪深く、復活への望みは傷跡から目を逸らすには甘くて強い。だがこのまま進むことも戻ることも出来ずに立ち止まる時間は、翡翠にはない。さあ、行きましょう」
自らの手で招いた戦火、いまだ捨てきれぬ望み。その全てを直視しこの身に刻む旅。歩み始めた者は容易には止まることを許されない。その進む先にあるものは? その歩みと共に抱く思いは?
|
シナリオ傾向 |
翡翠の森 |
参加PC |
朱院・煉
雷駆・クレメンツ
新居・やすかず
夜桜・翠漣
白鐘・剣一郎
真田・一
G・ヘイウッド
刀根・要
刀根・香奈
高周波・鋼
|
巌の大樹 |
「宝珠に小さな輝きが見えるのですか、ならば吉兆の兆しとして見たいですね」
調査隊の一人として刀根・要(w3g295)は熊本を訪れていた。焼かれた森はいまだ生々しく破壊の爪痕を残している。
「これが戦いの後なんですね、だんな様。あの緑の大地がこんなに壊れてしまっているなんて。それでも、この焼かれた大地に新しい芽が芽生えているんですね、私たちはその木の調査と何をすればよいのでしょう」
刀根・香奈(w3g543)が要に寄り添いながら眼を細めた。あれから二ヶ月が経とうとする今では生き残りサーバント達も大抵が駆除されて森は静けさを取り戻している。だがそこに以前の活気はない。
(「鹿児島テンプルムとの戦いが控えていますわ。決戦で失われた森、その破壊を決定的にしたのは鹿児島の軍勢。この焼け爛れた光景を、私は目に焼き付けなければなりませんわ」)
森は死の淵に追い遣られ、だが少しずつながらも、消え掛けた命を取り戻そうと戦っている。翡翠の森が再生の道を歩めるのか、このまま死に絶えてしまうのか。魔皇達は試練の刻を迎えている。
「あの日は東京ギガテンプルム突入で雷皇に撃墜されて、翡翠決戦にも参加できねぇでいたが」
緑城跡に辿り着いて、雷駆・クレメンツ(w3a676)は死闘の舞台となった巨大ホール跡を尋ねていた。ペトロとの事は友人から聞いている。そこで散った一人は再戦を誓い合った仲だった。
「なんとなくダチの足跡を追いたくなったぜ」
そこは瓦礫に埋もれてそれ以上は進めない。
(「皆元気だよ」)
逢魔・ティレイノア(w3a676)の呼び掛けに答えて浮かぶのはまだ元気だった頃の彼の顔。今もそこへ眠る3人に手向けて花を供え新居・やすかず(w3b135)が手を合わせ、逢魔・シェリル(w3e178)もそれに習う。
「決戦の地、そして友が眠る場か、忘れたくは無ぇな。しっかり網膜に焼き付けとくぜ」
踵を返した雷駆に皆が続き、皆がそこを後にする中、あの死闘を戦った夜桜・翠漣(w3c720)は一人ホールをまだ見詰めている。悔しさと胸を突く小さな自責。思いは、仲間であった3人とペトロに向けられている。
「皆さんが望んだ結果ではないかもしれない‥‥それでも翡翠は再び道を歩みだしましたよ」
そう、一言だけ口にし。翠漣はホールを去った。
「苗木は本当に瓦礫の中か」
密の報告を聞き真田・一(w3e178)は苦笑を漏らす。苗木の周囲は緑城跡の瓦礫に埋もれており、件の空洞は小柄な者でないと入り込めないような所にあるらしい。
「なら、除去して苗木までの道を作るまでだ」
「殲騎での撤去は細かいバランスや風圧等の危険が有りますから生身で慎重に行きましょう」
要が提案し、魔皇達は苗木の安全を確保するため瓦礫の除去を始めることとなった。
「けど、その前にここに眠る者たちに断ってからな」
一が手を合わせる。ペトロとの決戦で命を落とした者の亡骸は今もこの緑城と共に眠っている。
一方で緑城傍の比較的開けた場所ではキャンプ設営が始まっていた。作業服とヘルメットに身を固めた高周波・鋼(w3h985)は逢魔・時雨(w3h985)と共に物資を運んで来ている。
「話によると、後続の調査隊も来るそうなのでな。受け入れ準備と、ある程度の生活設備の設営だ」
工具に魔皇殻も駆使し、浄水器や簡易風呂などにも取り掛かる。生き残りのサーバントを警戒していた朱院・煉(w3a610)も、結局有り余ってしまった力で逢魔・蓮(w3a610)と共に作業を手伝う。そこへ周辺の動物達に話を聞いていた逢魔・白翡翠(w3c720)が戻って来た。
「今まで見たことの無い木や草の話は聞けなかったよー。新種の苗って緑城で発見されたのだけなんじゃないかなあ」
「以前の翡翠と比べどこが違うのか、見極める必要がありますね」
同じく戻って来た翠漣には、気になることがあった。苗木の素性もそうだが以前の調査では密が『神聖な気配』を感じた場所があるのだそうだ。
「逢魔がわざわざ『神聖』と評する以上、それが神帝軍に由来する事由である可能性は高い」
件の苗木の件もある。白鐘・剣一郎(w3d305)もその調査と場所の特定に乗り出した。
「聞こえて来る言葉が悲しみに満ちていないことを祈りたいわね‥‥」
祖霊を呼び出した逢魔・沙玖弥(w3d305)が緑城跡を隈なく調べて行く。白翡翠の調査では従来種の苗木に分布の偏りは特にないそうだ。とするとその『神聖な場所』は森の再生には影響してないとも取れるが、新種の苗木のことを考えると疑問の残る所だ。
「しかし、土地の者でも見たことのない苗木か‥‥」
新たな息吹は森を育む原点。翡翠を離れた者達にすれば諦め切れぬ希望になる。白鐘の懸念は拭えない。もしそれが全く異なる性質のものとして芽吹いたのなら、翡翠の森が過去の姿を取り戻せなくなる危険も有り得る。それだけに見極めは慎重に行うべきだろう。
「宝珠に反応する以上はおかしなものではないのだろうが」
「お弁当とお飲み物を持って来ましたわ」
瓦礫撤去を続ける夫と仲間の魔皇達へ香奈が持参の手弁当を煉と共に運んで来た。一達を手伝っていた雷駆やG・ヘイウッド(w3f107)も手を休め、それぞれ適当な瓦礫に腰を下ろして休憩を取る。これまでの所、周辺の大きな瓦礫の除去は順調に進んでいる。まだ跡を残している廊下などと間取り図を見比べた結果、ここが巨大ホール跡の一部だということも判明した。
「見つかった剣はペトロが振るった物の筈なんだよね」
弁当を食べながら煉が思案げに視線を巡らせる。
「私も、この話を聞いたときにペトロさんの剣だと思ったのですよ。私には、苗木はペトロさんの生まれ変わりにしか思えませんわ」
「だが神々しい雰囲気がここから出ているのかとも思ったが、そうではないみたいなんだよな。この地に強い魔力とそんな雰囲気をもつのはペトロぐらいの筈なんだが」
翡翠の宝珠に生まれた光、それが見つかった苗木に関係ある事は疑いようが無い。だが一も疑問を浮かべる。剣が巌皇のものならば、それに寄り添う苗木は翡翠に消えたペトロ自身――神輝力から派生した物のようにも思える。だが苗木からその気配は感じられない。
休憩を終え、魔皇達は再び作業に入った。要がネイルを召還し、ガントレッドも支えにしながら4本手で瓦礫を持ち上げ、一も召還した剣で大きな瓦礫を両断する。崩落に気をつけ、パズルを解くように神経を尖らせながらシェリルや他の仲間達も慎重を期してそれを手伝った。
「今の風は楽しくない」
その上空を鷹になった逢魔・羽生(w3g295)が飛んでいる。森がその様相を変えたことでここに吹く風も随分と変わった、そう羽生は思う。そうして忌々しげに眼下を見下ろした羽生は、緑城跡の一角にある気配を感じ、羽を畳んで急降下した。
同じくそれを察して、新居もそこへやって来ていた。原初の森調査隊の事前調査にと樹海の深層を目指していた彼だったがそもそも今回の依頼の目的は苗木の調査である。密の助力なしに一人で成せよう筈もなく、全くの無駄骨に終わっていた。
「新居さん、それに羽生さんも」
呼び寄せられるようにして白鐘と翠漣も現れた。魔皇達が感じたのは神聖な何かの気配。
「ここ周辺の瓦礫に何かが埋まっていると祖霊が言ってるわ」
沙玖弥が告げ、皆が顔を見合わせる。どうやら、当たりのようだ。
「さて。何が出てくることか。掘り起こしてみようか」
羽生も象に獣化し、ここでもまた瓦礫の除去が始まった。
そうして緑城跡では懸命の瓦礫除去作業が続けられた。破壊の跡は大きかったが魔皇の膂力を持ってすれば思うほど困難ではない。遂に魔皇達は苗木を取り巻く瓦礫の一角の取り除くに至った。
「これがその苗木ですか」
すっかり日も落ち、鋼の朧明蛍に照らされた苗木は密の報告通り、一振りの剣に寄り添うように育っていた。
「ふむ。これが例の苗木に剣、ですか。なるほど確かにペトロのもの」
その目で巌皇の戦い振りを見たヘイウッドが刀身に触れ、そこに乾いた血をなぞる。
「ペトロがここに眠る証。ペトロだけでなく翡翠決戦があったという証か。だが‥‥」
一が疑問を呈する。ペトロの剣は二振りあったことが知られている。だとしたらもう一振りはどこに?
「それなら余が持っておるぞ」
そこへ羽生が抜き身の剣を手にやって来た。白鐘達が掘り出したのは、失われていたもう一振り。それは巌皇の威容に相応しい強い神輝力を放っている。
「でもこっちの剣からはそんな気配は微塵もしてないんだよな?」
見比べながら白鐘が首を傾げた。どちらも同じ巌皇の剣。苗木の傍に刺さる一振りが何らかの作用の中にあることはもはや疑いようがない。
「‥‥剣が苗木に悪影響を与えなければいいが‥‥。いや、苗木が剣に何らかの影響を与えているとも‥‥」
雷駆も逢魔に頼んで祖霊で調べてみたが、周辺の土壌に変化は見られない。廃墟を撮影して回る逢魔・陽子(w3g543)と共に香奈と煉も手がかりを探したが是と言っておかしな点は見当たらない。強いて言えば、瓦礫でロクに日も差さないにしては力強く新芽が育っていることだろうか。
「ともかく、ペトロさんが倒されてその場が再生の地になっているようですね。陽子、祖霊を呼び出してください。それで調べてもらえませんか? この木はこの地に災いをもたらさないかをね」
香奈に従い、陽子が祖霊を召還する。答えは否。この木それ自体は神魔性を持つものではなく、森の環境を変えることは確かだが再生を阻害するものではないようだ。ティレノイアもまた巌皇の亡骸について祖霊に尋ねたがそれは既に失われているということだった。
「ある者は刃の露と消え、ある者は灼かれ、またある者は悪魔たる本性に呑まれ戦友に討ち果たされすらした」
これまでの戦いを思うヘイウッドは、その表情には常に穏やかな笑みを絶やさない。
「神の声を聞き伝えし者にして、神の国を支える巌たるペトロ。彼はこの霊廟にて果てた魔とともに、今は何を聞いているのでしょうね」
「せめても、払った授業料は無駄にしないことだ。それが戦友への手向けにもなろう」
逢魔・フェク(w3f107)の呟きに皆が無言で頷いた。苗木が森の再生の妨げにならないのであれば、後はこの小さな命が育つ様に、日が差すのを邪魔せぬように周辺の瓦礫を残らず取り除くだけだ。
「だが、いずれにせよ剣はなるべく苗木から離さない様にしたいと思う‥‥」
「ボクも高周波さんに賛成かな。ペトロの剣は、そのまま此処へ。その剣自体が苗木と共に存在する事にこそ意味がある、そう思うんだ」
二人の考えに異議を唱える者はいない。鋼がニードルアンテナを頼りにまだ苗木の周りに残る瓦礫を手作業で取り除き、雷駆もX旗をかすがいにしてそれを手伝う。そうして全ての作業が終わったのは疾うに日も暮れた頃だった。
その夜、魔皇達は苗木を囲んで酒を酌み交わした。
「お疲れ様、思う所はあるとは思いますが一杯飲みましょう」
要が秘蔵の清酒神殺しを剣に傾ける。その目には微笑が浮かんでいる。
(「最後の戦いを見守って下さい」)
「故人への酒を地に手向けるってのもまた趣があらぁな」
弔砲の代わりと、雷駆が天に向かって拳銃の引き金を引いた。それは今も遺骸が埋もれたままとなっている栄神・朔夜のデヴァステイター。形見分けで貰ったもう一つの恩讐の弓は弦を掻き鳴らして即興で音楽を奏で、ティレノイアがそれに乗せてダンスする。
「敵を花々しく倒すよりシャレがきいてんだろ。 ざまあみろっ!ちくしょー」
月明かりを受けて目尻に小さく零れた光を指先で拭い、雷駆が酒を煽る。そこへ香奈がつまみを運んでくる。
「ふふ。ついつい主婦業が表に出てしまうのでしょうか?」
甲斐甲斐しく香奈が皆に酒を酌んで回り、勧められ翠漣もそれに口をつけた。
(「鼎さんや野村さん、そしてペトロさんも‥‥強い自分の意志を持っていた。いえ、この戦いに身を投じる誰もが」)
そして多くの神魔の眠る事となった地‥‥お互い思想は違えど己の信じる道に果てた者が眠る地。これからこの地はどう変わっていくのだろう? 魔の者が昔の様に復興させて行くのだろうか。神の者が奪い繁栄させて行くのだろうか、それとも。――神魔が手を取り合い共存する為の地になるのだろうか?
(「わたしは自分の道も無いまま誰かの道を流れて行くだけなのかもしれない、そんな身でもこの目で翡翠の行く末を見届けたいと思う‥‥。これは、自分の意思なのだろうか?」)
疑問はやがて酔いに回られぐるぐると当て所なく迷走を繰り返す。作業の疲れはいつしか心地良い眠気に変わり、魔皇達は一人また一人と眠りに落ちていた。
真夜中。そうして皆が寝静まった頃、雷駆とティレノイアの二人はキャンプを抜け出した。廃墟の緑城で二人は口付けを交わす。
月が雲に隠れ、情景は暗闇に移る。声だけが漏れる。
「何処も傷だらけだね‥‥」
ここにも、こんなとこにまで。そうティレノイアの声が言い、衣擦れの音が重なる。
「傷は本当に深ぇな‥‥。だから、痛みを忘れないようにしようぜ」
翌朝、魔皇達は興奮した陽子の声に起こされた。
「お父さん! 香奈ママ! 来て、苗木が!」
陽子に手を引かれて行った先では、昨日まではまだ弱々しく剣に寄り添っていた苗木が剣を包み込む様に枝を絡ませている。それは植物のしなやかな力強さ、生きようとする意志を宿した姿。
「そいや蓮、元々神と魔は同じ存在だったのだよね?‥‥魔と人は『地』を共に、神と魔は『種』を共に‥という事かな。だったらさ? 翡翠の地に還った厳皇は、ボク達や人達の元に還ってきた事にも‥なるんだよねぇ」
「人の住む九州と逢魔の住む翡翠は同じ地の上に存在し、神と魔は起源を同じとする‥総てが元は一つだと‥云えるかもな?」
煉の頭を撫でて蓮が微笑んだ。それを見て満足げに一が頷く。
「大地と一体になった今何を思うのだろうな。これからは静かに神魔人を見続け見守って欲しい」
「樫の木とかに近い種かも知れませんね。これが育ったら、幹の太い硬くてどっしりとした大樹になるんでしょうか」
苗木の傍に腰を下ろしたシェリルが植物事典を開きその写真と苗を見比べた。それはこれまでの翡翠になかった森の姿だ。この苗がやがて大樹となり新たに成した森は、どんな姿を見せてくれるのだろうか。
「この木がやがて逞しく育って‥枝葉を伸ばし、若葉を茂らせ」
煉がそんなことを夢想し、苗木に魔皇達は遠い未来へ思いを馳せる。
「‥そして‥‥いつか花が咲いて‥‥中心にペドロ似の妖精とか居たら‥‥ちとヤだな、ソレ」
あまり見たくありません。
「まあ。これが、大自然が与えてくれた、神魔に隔たり無く来る未来への可能性だと良いんだがな」
苦笑を漏らして白鐘が言うと、沙玖弥が微笑を浮かべてジョウロを傾ける。
「少しだけれど、私からはお水をプレゼントするわね」
「ひょっとすると」
控えめながら翠漣が一つの可能性を口にする。感情エネルギーは神帝軍だけでなく魔皇にとってもエネルギー源となりうることは是までに報告されている。神魔の両性質は元を辿ると同じエネルギーを源としているのだ。どのような作用がここで起きたのかは推測の域を出ないが、この苗木を生長させている何らかの力が、感情搾取に代わる一つの答えになるかも知れない。
もしその道が繋がるのであればこの不毛な戦いを止める理由となる。まだ当分は混沌が続き、多くの命が失われて行くだろう。だがいつかは神・魔・人が共に支え合って生きていける世界があると信じたい。
「苗木にペトロさんの強い命が宿っているのだとすれば、再生の大樹となって貰いましょう。神も魔も曖昧な時代から私の先祖は活動してました、彼が魔の隠れ家で第二の生を受けたとしても私は不思議には思わないし、神魔がいずれ一つに手を取り合える希望として見てみたい」
諦め切れなかった再生の望みは、ここに来て共存の希望となった。やがてそこで存在の明らかとなるこの地に宿った再生の力、それは来るべき和平の架け橋。苗木は剣を覆うように枝を絡めている。抜き身の血塗られた剣を納める鞘のようでもある。九州の戦禍はこれからいよいよ収束に向けて動き出す。 |