■だいはーど・特別編■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
小沢田コミアキ |
オープニング |
5月22日、その晩、世界で一番不幸な男はそこにいた。
「ちょっと一杯のつもりだったんだがな」
福岡は北九州、小倉湾。すぐ鼻先に山口を望むこの海に、きらびやかにライトアップされた豪華客船が停泊している。それは神帝軍公認のカジノ船。彼らの管理の元で毎夜多くの人がゲームに興じ、多額の金が動く。
「‥‥やれやれだ」
それがこの日、テロリスト達によって占拠された。
「一発当てて離婚の慰謝料にでも当てたかったんだがな」
男の名は、ブルース・ウィル・スミス。NY市警の刑事だ。たまたまこのカジノ船の話を聞き、グレゴールという身分を利用して一晩だけ勝負を掛けに乗船したのだが、不幸にも、そんな災難に巻き込まれてしまったのだ。
「俺の他には、動ける奴はいそうにもないか」
彼がトイレに席を立った隙にテロリスト達は船を制圧し、訪れていた人々を監禁したようだ。
「‥‥やれやれだ」
世界で一番不幸なダイハード・マン(絶対にくたばらない奴)は、こうして単身テロリスト達へと戦いを挑んだのだった――。
「事件です!」
こちらはキャロル。
「以前から神帝軍絡みで黒い噂の絶えなかったカジノ船ですが、遂に我々は――」
夜な夜な繰り広げられる遊戯、神帝軍の影と金にまつわる黒い噂、この二つの符号が意味するものは、一つ――。
「きっとカジノ船は九州の陰の実力者っぽいちょっとキモカワイイ系のおじいちゃんがキヒヒとか笑ってて若者の苦しむ様見ては黒服が負けたゴミクズに焼き鏝押してぎゃわー、でもじゃんけんとか人間競馬とか意外とゲームは低コストなのねとか、そんな感じに違いありません!」
一息にまくし立てたキャロルは顎に手を当てて考え込んだ。
「そしてその実力者の会長の顎が横から見ると意外に尖っていたとしたら‥‥あまつさえ歯とか割りに多く書き込まれていたとしたら‥‥」
ざわ‥
「こうしてはいられません!」
身震いしたキャロルはちょっと目が据わってぐるぐる回っていたりする。大丈夫か?
「確かに成功を期します!」
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シナリオ傾向 |
デートシナリオ? |
参加PC |
浅倉・マコト
鈴帯島・三虎
葛葉・小桃
ヴラド・ツェペシュ
赤霧・連
藤宮・深雪
コウエイ・ハヤカワ
山崎・聖
西菜・瀬璃
安則・ミドリカワ
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だいはーど・特別編 |
福岡は北九州、小倉湾。
「テロ作戦初参加、力の限り悪を演じますよ☆」
キャロルの依頼を受けた赤霧・連(w3g631)はテロリストの一人として小倉湾を訪れていた。今回の任務は神帝軍絡みで黒い噂の絶えないカジノ船を襲撃し、裏組織を壊滅させ金品を強奪するという作戦だ。密を通じて乗船のツテも確保し、後は招待客の振りをして船に乗り込んで占拠するだけである。
だが――。
「どなたも見えませんね」
集合地点に集まったのはキャロル一人。他の仲間達の姿は影も形もありゃしないのである。
「何だか急に寂しくなってきましたネ‥‥それよりこの人数で船を占拠できるのでしょうか‥‥!?‥」
「何とかなるって」
遅れて逢魔・鳴神(w3i013)も合流したが、早くも暗雲が垂れ込めているようである。連の顔も見る見る曇ってきたが。
「大丈夫です! 3人でもテロは出来ます!! 行きますよキャロルちゃん!鳴神さん!!」
ここにテログループ赤霧一味が産声を上げたのだった。どうなる、だいはーど?
「ヴラドさんと豪華客船で新婚旅行‥‥夢のようです」
藤宮・深雪(w3i013)はヴラド・ツェペシュ(w3f420)と共に客船に乗り込んでいた。
(「素敵な時間を楽しむ為にも、このナイトクルーズ、頑張らなくては」)
深雪は小さく拳を握る。魔皇として活動を始めて半年、ヴラドや友達とも知り合い、時には強敵達とも渡り合いながらも、それでも充実した時間を持つことが出来た。その深雪の唯一の心残り、それが新婚旅行だった。今日ばかりは神魔の戦いのことは忘れてクルーズを楽しみたいものだ。ヴラドもまた旅行を満喫してらぶらぶするつもりのようだ。
「ヴラドさん」
「深雪ちゃん」
荷物を客室に運び二人きりになったところで互いに見詰め合う。嫌が応にも早まる鼓動、高まるムード。ヴラドがそっと深雪に手のひらを重ねる。
「ヴラドさん‥‥」
深雪の唇からもう一度彼の名が漏れる。甘く吐息を漏らす唇をヴラドが見詰める。
そして。
『キャーーーー!!!!』
船内に耳を劈く悲鳴が木霊した。
「ここは我等が占拠しました!」
そして遂にテロ攻撃の舞台が幕を開ける。裏カジノのメインホール、その入り口から突入した連が乗客へ武器を突きつけ迫真の演技で高らかに宣言する。途端に乗客から悲鳴が上がった。舞台経験も生かして発声・活舌バッチリ! でも両手に持ってるのが戦いの角笛だったりするあたりちょっと迫力に欠けるところか。
「大人しくしていれば身柄の保証はします。怪我をしたくなければくれぐれも変な気は起こさぬよ‥ぅ‥に‥‥?」
とその時、乗客の中から何事か囁く声が――。
『あれ、連ちゃんじゃないか?』
『間違いない、我等の連ちゃんだ! 連ちゃーん、おじちゃんだよ♪』
「グゥ‥‥福岡の叔父様達‥‥何故ここに!?」
説明しよう! 天神・密の依頼による100円バス・ラーメンと二回のキャンペーンにより、連は福岡近隣のサラリーマン層及びラーメン職人の叔父様方に圧倒的な支持を得ているのだ! という訳でいきなり福岡の叔父様ズに面が割れてしまった連であった。
「‥‥わ、私は連ではありません! ええとその‥‥‥‥A霧です!」
めげずに頑張った所まではよかったが、詰めが甘いのはご愛嬌ということのようだ。
『連ちゃん達なら安心か‥‥またドッキリだろ?』
『今度は何のキャンペーンだろうな?』
そんな訳で乗客はすっかりお気楽ムードになってしまったようだ。思惑が外れて連はすっかり眉を寄せてしまったが、何とか持ち前のプラス思考で持ち直したようだ。
「落ち込んでる暇はありませんネ。鳴神さんは別の用事で出てしまいましたし、キャロルちゃんと二人で人質を監禁せねばなりません」
というか、それはたぶん無理です。
「監禁? 何だか良く分からないけど、折角だしお手伝いするよ!」
「連ちゃんのお願いだっら喜んで引き受けるさ!」
「連ではありません、A霧です!」
とまあ何だか妙な流れで人質に監禁を手伝って貰えることになったようだ。気を取り直して連がキャロルを振り返る。
「キャロルちゃん‥‥例のブツは‥‥?」
「はい、ここに!」
そう言ってキャロルが取り出したのはA4サイズのハードケース。連の瞳が怪しく光る。
「ふふふ‥‥木っ端微塵です! さあ、早速これから積み込みに取り掛かりますよ、キャロルちゃん?」
「しかと!」
ケースを手に連が二人でホールを後にする。
「がんばってね連ちゃん!」
「A霧です!」
「例のブツ? 積み込み? 木っ端微塵?」
そのやり取りを部屋の外から窺っていた者が居た。CYPHER隊長代行、西菜・瀬璃(w3j246)。
「何で肝心な時に悠羅がいないんだよ‥‥」
彼女の所属するCYPHERは翡翠決戦の前哨戦として多額の予算をつぎ込んだプロパガンダ作戦を妨害しに来て引っ掻き回した挙句神帝軍に追っかけ回されて大失敗に導いたという、翡翠にとっては大変迷惑な組織である。今回も天神・密の依頼を聞きつけて遠路遥々、逢魔・苑樹(w3j246)ら仲間たちと共に妨害へやって来たという訳だ。
「おそらくそれは‥‥いや、間違いなく爆弾でしょうね」
「はぁ!? 爆弾が仕掛けられた!?」
「あうあうあう‥‥早く探して解体しましょ〜〜!!」
思案げに浅倉・マコト(w3a634)が呟くと、山崎・聖(w3j162)の逢魔・ヴィヴィ(w3j162)が慌てて目を回す。
「一刻も早く解除しないといけませんね」
初めから爆弾の可能性を懸念していた浅倉は天神・密に備品を調達するように依頼していた。デザートイーグル50AE2丁にアルミケース、スタングレネード、手錠、爆弾解体用に冷却スプレー。勿論のこと目下財政難を乗り切ったばかりの天神・密がその元凶である彼らに余分な出費を許そう筈もなく。彼ら翡翠の密のカジノ戦襲撃計画を妨害するためにどうしても必要なのだと説明した時点で黒木に追い出されたのは言うまでもない。
ちなみに密の支援のなかった彼らがどうやって潜入したかは推して知るべしである。ヒントは5人とも全身ズブ濡れということか。これではせっかく浅倉が自前で用意した一張羅も台無しである。
「っくしゅん」
聖が小さくクシャミをして身を震わせた。ここでぼんやりしている訳にも行かない。
「これより手分けして爆弾を捜索、発見次第解体する。行くぞ!」
ひと悶着あった後、ようやくカジノ船は港を離れた。これより先は四方を海に囲まれて脱出は叶わない。客船は巨大な密室となった。
「やれやれ、ようやく真打登場ってところか?」
ブルース・ウィル・スミスはトイレから顔を出して廊下を窺っていた。トイレに立った隙に占拠されてしまうのはもう慣れっこである。
「まったく、つくづく九州ってとこはイイ土地だぜ。今度は誰だ? またヤスノリの野郎か?」
ふとブルースの目が廊下に良く知る男の顔を捉える。角ばった無骨な眼鏡、キッチリ分け目を揃えた髪、いかにも生真面目で几帳面そうな外見のその男。
「野郎‥‥コウエイ‥‥‥‥!‥‥なるほど、今度はダレンの野郎が絡んでやがるって訳か」
男の名はコウエイ・ハヤカワ(w3i081)。混沌の思想を掲げる裏組織を率いる魔皇ダレン・ジスハートの腹心にして、ブルースのライバル。その男だ。
「コウエイの野郎、今度は一体何が目的だ?」
ブルースの見ている前で、コウエイは廊下の奥へと消えて行った。
「やれやれ。だが今度こそ奴との決着をつける時だな。魔皇どもの好きにはさせないさ」
これまでのところ彼との戦いは一勝一敗、今こそ雌雄を決する時だ。懐から拳銃を取り出し、ブルースが廊下へ躍り出た。
「スミスさんですね?」
その背中に呼びかける声、浅倉だ。
「誰だお前は? 生憎、お前みたいな知り合いはいないんだがな」
振り返るなり唇を歪めるようにしてブルースが嫌悪感を露にする。この反応は少しも予想していなかったのか浅倉が狼狽しながらも告げる。
「スミスさん、貴方に協力を要請します。人質の救出並びにテロリストの逮捕をします、この船を占拠しているのは魔皇の一味です」
「なんだ? アンタは俺の何だ? 俺がわざわざ協力してやる理由があるとは思えないけどね」
「信頼するかしないかは貴方の自由です」
それにはブルースは鼻で笑った。と同時に抜いた拳銃のトリガーを立て続けに引く。浅倉が銃を抜くよりも早く彼は血まみれに沈んだ。
「まずは一人か。悪いな、魔皇どもテロリスト連中と組むなんて願い下げでね」
その頃。
「ヴラドさん‥‥」
深雪達はまだ客室に居た。悲鳴やら銃声やらが外から聞こえてくるが。
「き‥‥気のせいなんじゃよ」
そう言うヴラドの台詞がぎこちない。実を言うとヴラドは、深雪には内緒で(ばれてるが)結社グランドクロスからテログループへの支援として送り込まれていた(らしい)。といっても是といって特に何も手伝ったりする訳ではないので何をしに来たのかよく分からない感じではあるが、連達が現金の強奪に成功したらそれを奪おうと目論んでいたりする(図々しい)。ついでにいうとその現金もグランドクロスの資金にするのではなく個人的な出費の穴埋めの為に使うつもりらしいが。一応、深雪の前では気を使ってふつーにしている、つもり‥らしい。なんというか、「だいはーど」作戦も回が進むごとに裏切り者やら依頼放棄者が続出して毎度リーダーが可哀想な限りである。
「そ、そうですよね。気のせい‥‥空耳ですよね」
ちょっと笑顔が引きつりながらも深雪が無理やり頷いた。
「あ、そうだ。私、お茶を煎れてきます」
気まずい空気から逃げる様に深雪が席を立った。何故かそのまま廊下まで飛び出した深雪は、辺りを見回して人目のないのを確認すると無線機を取り出した。
「鳴神さんですか?」
実を言うと深雪もまた新婚旅行を楽しんでいる振りをしながら影ではヴラドに気づかれないようこっそり連の手伝いをしていたりする。
「爆弾のこととか、頼まれといたことはやっといたぞ。ネズミに化けて船の中のことについても鼠連中から自然の心でイロイロ聞いてきた来たのだ」
「そうですか。ご苦労様です。引き続き頑張って下さい」
そこで二人は交信を切った。深雪が部屋へ駆けて行き、鳴神も任務へ戻る。その鳴神の背を突如銃弾が襲った。
「あれは例の裏組織‥‥私が相手だっ! ここで、CYPHERの統制を見せる! こちらファング1、突入する!」
「わ、ちょ、ちょっと待て‥‥!」
彼を襲ったのは瀬璃と聖。鳴神へ問答無用とばかりに至近距離からの砲撃を始めとして二人が全魔皇殻を情け容赦なく叩き込んだ。
「どうだ、参ったか?」
虫の息の鳴神を見てヴィヴィがガッツポーズを決める。
「聖ちゃん、これを」
鳴神の所持品を漁った瀬璃はそこに船内の見取り図を発見する。
「これ、奥の部屋に印が」
バツ印の書き込まれたその部屋には矢印が引いてあり、それを辿ると『爆弾』とメモがされている。
「ここか! 行くぞ」
とその時、船内放送のスピーカーを大音響が揺るがした。
『私はヤスノリ・ミドリカワ、名前は諸君らも知っておろう。テロリストとして各地で指名手配されておる!』
「この声は‥‥!」
『現時点を持ってこのカジノ船は我々の管理下に置かれた。抵抗は無駄である』
「ぐずぐずしてはおれん、急ぐぞ!」
見取り図を手に一行は駆け出した。
『最悪の場合、私はディアボライズを行い、すべての生ける者の生命力を奪うと宣言する‥‥我々の目的はこの――』
だがその声は突然の銃声にかき消される。
放送室――。
「遊びの時間はそこまでだ。マイクから手を下ろしな」
銃口を向けたのはブルース。安則・ミドリカワ(w3j278)はゆっくりと振り向き両手を挙げた。
「ひょっとしたらと思って念のために放送設備をチェックしておいて正解だったな。――しかし」
値踏みするようにブルースは安則を睨み付ける。その視線を撥ね返すように安則が背を逸らした。
「私は本作戦のリーダーである、ヤスノリ・ミドリカワで――」
言い掛けた康則にブルースが銃弾を打ち込んで追い討ちに蹴倒すと、安則を見下ろしながら嘆息する。
「何だアンタは?ソックリさんか? ご丁寧にヤスノリの野郎と同じ黒の軍服に軍刀、拳銃でコスプレとは‥‥やれやれ」
「閣下‥‥!」
安則に駆け寄ろうとした逢魔・牛男(w3j278)を銃底で殴り倒し、ブルースはもう一度深く嘆息する。
「こんなマヌケなやり口でヤスノリの名を騙るとはな。福岡タワー・佐賀空港と二度も俺を追い詰めたヤスノリは切れる男だったぜ。もっとも、博多では負かしてやったがね」
「私はそのヤスノリ・ミドリカワの影武者だ」
地べたに這った安則がブルースを見上げながら言う。ブルースは今度こそ深くふかくため息を吐いた。
「つまりはやっぱり偽者か。ヤスノリの奴が送り込んだとかいうのが本当だとしたら、やれやれ。奴もヤキが回ったな。怖気づいてこんな偽者の三下を寄越すとはな」
止めとばかりに、ブルースが照準を安則の額に合わせる。
「ま、待てブルース。我々はこのカジノの金を盗み出す計画を立てている。成功した暁には半額を貴様に、残りは‥‥キャナルシティに寄付しよう」
「寄付? 何のつもりかは知らんがそんなもんは勝手にやってくれ。だが、どっちにしろ金目当てとは、底が見えたな。――これで二人目」
福岡タワーも佐賀空港も、彼のかつてのライバルであったヤスノリは盗みや殺しを目的にはしなかった。信念も作戦立案・指揮能力もこの偽者は彼に到底及ぶところではない。銃声が響き、安則が逢魔ともども血に沈んだ。
一方、A霧こと連、そしてキャロルの二人はというと。船内の奥にある部屋でテーブルを囲んでいた。部屋を包むのはジャラジャラとやけに大きく響く音。あえてこう言い直そう、連達は卓を囲んでいたと。
南三局――
(「ここまでの所、点棒差はほぼ横並び、キャロルちゃんだけが一万5千点を割って一人だけヘコんでますネ」)
一際に豪華な調度品が飾るそこはこのカジノ船の言わばVIPルーム。二人はこの部屋でカジノの資金を賭けた麻雀の大勝負に挑んでいた。勝負は佳境に入り、いよいよ決着の時が近い。
連が牌を切りキャロルも続く。
「その發、カンだ」
そのキャロルの正面に座っているのは老年の男。このカジノ船を取り仕切る闇の黒幕にして、とある組織の会長である。
「この場面で生牌のドラ強打とは」
「う、うぐぅ‥‥」
「ククク‥‥‥‥‥リンシャンツモは‥‥悪いな、引いてしもうたわい。リンシャン・ドラ4‥‥マンガンだ」
ざわ‥ ざわ‥ ざわ‥
「大明カンは生牌をカンさせた者の責任払い、その取り決め。この直撃でキャロルくんとワシとの点差は3万1千点、次の局でこれを覆すのはほとんど不可能。それどころかノーテン罰符でとぶ始末」
歯を覗かせて老人が笑う。
「ククク‥‥キャロルくんの命運は今や風前の灯火。吹けば飛ぶ‥‥‥‥既に、手中‥‥!」
「きゃ、キャロルちゃん‥‥」
ついでに言うとキャロルの腕には何やらチューブが刺さっていてその脇にはシリンダーやらポンプやらが積まれている。何かイロイロと余計なこともしているようだ。
そして迎えた次局。オーラス。
(「この勝負、親のキャロルちゃんに差し込んででも何とか凌がねばなりませんネ。キャロルちゃん、ファイトですよ!!」)
連が横目でちらりと窺いながら見守る中、キャロルが牌を開ける。その配牌は。
(「な、何たるゴミ手‥‥む、無念!」)
――バラバラ。泣きたくなるようなクズ手。だが敵の手の進行も遅く、勝負は長期戦の様相を呈する。連の手出しのドラ白切りから始まり、更に大明カンで固まっていたせいか黒服がまさかの發・暗刻落し。中も一枚が河に流れ、後に連が白を重ねたことで早アガリの特急券である三元牌の目が全て費える。
9順目。
連、テンパイ‥!
(「あわわ‥‥ど、どうしましょう? 私が先にテンパイしてしまいました‥‥」)
キャロルへの差し込みを意識した打ち回しは、自然とドラの白2を含んだ七対子へ成長する。この時点での点棒は‥
連 29000
会長 42000
黒服 28000
キャロル 1000
連とトップとの差の1万3千点、これを崩すにはこの役6千4百点の直撃では僅かに及ばない。手出しの白切りがなければイーペーコー・白・ドラ3で満貫と逆転の目もあっただけにこれは痛恨の裏目。
(「ぐ、ぐぅ‥キャロルちゃん、これ以上は待てませんよ‥ぉ‥!」)
この気配を察し、キャロルも積極的に鳴き、形振りかまわぬ手作りを試みる。そして。
13順目。
キャロル 一聴向‥!
(「や、やっとここまで来ました。食いタンのみで上がって親の連荘を狙います!」)
だが、いわばこれが至難。ゴミ手からようやく形を整えられたということは、敵の手もほぼ出来上がっている筈である。このまま無駄ヅモを重ねればその間にアッサリと上がられる公算大。キャロル、ここは何としてもテンパイの形に持って行きたい。
「4萬切りでリーチだ」
「それをカンです!!」
キャロル、ここで黒服の4萬を強引にカン。リンシャンツモからようやくテンパイ、タンヤオのみの形を作る。
(「ナイスですよキャロルちゃん! 後は私が差し込んでピンチを脱出ですよ☆」)
これで連が対子を切って差し込めば親の連荘、仕切り直しである。キャロルが王牌に手をかける。
「カンドラは‥‥3萬!?」
だがここに来てこのカンが再び裏目。ドラ4が乗り1千点の安手が親の満貫1万2千点に化ける。黒服・会長共にこれをやり過ごした後に、連、これを泣く泣く差し込み、この時点での二人の点棒は1万7千と1万3千。
「も、申し訳ありません!!」
「気にしちゃだめですよ。次で頑張りましょう、キャロルちゃん」
「ククク‥‥勝てやせぬって」
ざわ‥
「そこの小娘がわしに満貫直撃で逆転という手もあったが、これで消えた。わしが負けるのは跳満以上の直撃をもらった時くらい」
この局面でそれは紙のごとき薄い確率。連達が次へ託した一縷の望みを打ち壊すように男が牌へ手を掛け、山を崩す。連とキャロルも洗牌し、山が詰まれる。牌が配られ、遂に決着の局が始まるその時。
「そこまでだ!」
高まった緊張をかき乱す声。
「我々はCYPHERだ! テロリストの好きにはさせない! 積み込んだ爆弾はこの場で解除させて貰う!」
踏み込んだのは武器を手にした瀬璃と聖。
「いいえ、もう遅いです! 爆弾は既にツミコんだ後! 崩させはしません!」
「局長代行、あれを!」
聖が指した先には、カジノのホールで連がキャロルから受け取ったハードケース! 瀬璃が強引に奪って開いたそれは。
「って、麻雀牌のケースかよ、これ!」
中から零れたのは予備の白牌・サイコロと牌を収納するプラスチックケース。
「爆弾は!! どこに積み込んだ!!」
「この流れは止められませんよぉ!」
配られた牌をキャロルが起こした。そこには――。白白白!發發發!中中!
キャロル テンパイ 小三元‥!
(「フフフ‥‥やりましたネ、キャロルちゃん。見事なツミコミです。この爆弾で会長さんの点棒ごと木っ端微塵ですよ!」)
あらかじめ握り込んでおいた白發中の内8枚を配牌時に自分の手に呼び込むように山へとツミコむそのイカサマ技の名は!
ざわ‥
「って『大三元爆弾』かよ!」
(「南三局の發カンは言わば布石! そして先のオーラス‥‥この技最大の難所である洗牌時の牌の位置把握はこれでクリアされます!」)
キャロルが無駄牌を切り、次の黒服の打・中。
「ロン」
それを受けてキャロルが手牌を倒した。
ゴゴゴゴゴ‥
「大三元! 役満4万8千点、逆転です!!」
ズドーーーーーォォン!!!
「って、この衝撃は何だァ!!」
一瞬、麻雀的衝撃が走って体が震えたかに見えたが、確かに船が揺れている。直後、船内にけたたましい非常ベルが鳴り響いた。誰もが口をあんぐり開けている中、黒服が逸早く立ち上がり、会長を椅子から引き起こした。
「非常事態です、脱出を!! ハミエル様!」
「「「「ハミエル?」」」」
「久留米が陥落した今、御身こそ一番にお考えをハミエル様! 我らが軍勢の護持に関わります、今ここで最後の砦たる小倉テンプルムの守護者を失っては!」
立ち上がった会長の背には純白の翼が。
「えええーー! この人‥‥」
「‥大天使ィィィ!!???」
この老人こそ、巌皇ペトロ亡き後、九州の抗戦派神帝軍勢力の拠り所となっている久留米テンプルムのコマンダー。今、翡翠が躍起になって狙っている武断派最後の指導者層だ。
「そういう訳だ!」
だが突然背後から投げ掛けれらた声に魔皇たちの注意は一瞬だけそっちへ向けられた。
ダン!ズダン!
立て続けの二発、瀬璃と聖が振り向き様に銃弾をもらい沈む。飛び込んで来たのは――。
「やれやれ‥‥ギリギリで間に合ったようだな」
ブルースが注意を引いた一瞬の隙を捉え、ハミエルを連れて黒服が廊下へ逃げ出した。連達も慌てて後を追おうとするが、ブルースがそれを制止する。
「動くなよ」
連とキャロルの二人へ向けブルースが拳銃を起こす。負けを悟り、二人が両手を上げる。だがブルースは油断なく銃を構えたままだ。ふっと、連の表情に微かな怯えが走る。ブルースが苦く笑う。ブルースが、引き金を引いた。
「「!!!」」
銃声が鳴り響き、声にならない悲鳴をあげて二人がぎゅっと目を瞑る。
―――――――――――――。
‥‥‥‥‥‥。
だが。
「「?」」
恐るおそる連が目を開けると、銃弾は二人を捉えてはいなかった。
「やれやれ。動くなといった筈だぜ? そうだよな、コウエイ?」
「ウィル、まさか君までいるとはね」
ブルースの銃口は連達の後ろに向けられていた。そこに立っていたのはコウエイ。その手には一綴りの書類が握られている。
「ダレン様とこのカジノ船の闇金との繋がりを示す書類、この部屋に隠されていたそれの回収に成功したはいいが‥‥ウィル、君はつくづくこのコウエイの予定を狂わすのが好きらしいな」
「フン。人の邪魔をするのが趣味みたいなもんでね。その書類をこっちに投げて寄越せ、そうして両手を上げて後ろ手に組むんだ」
ブルースは銃口を油断なく向けたまま、もはやコウエイに反撃の手立てはない
「時期にこの船は沈むぜ、ウィル」
心なしか船が傾ぎ始めている。四方を海に囲まれたこの洋上、そうなってはいかに不死身の彼でも生還は不可能事。ブルースが眉間に深く皺を寄せた悲壮な表情を作る。
「ブルースさん!」
その時、連が彼の名を叫び拳を突き出した。
「あっち向いてホイっ!」
「え、う、あ‥‥な‥‥‥」
一瞬の隙だった。連の行動に思わず反応してしまったそのブルースの隙をついてコウエイが床の書類を手に取った。
「続けてまたまた、あっち向いてホイっ! 私は直感の白‥‥勝ちに行きますよ!」
「わ、畜生コウエイ! 待て!!」
(「コウエイ先生、今のうちに頑張って逃げて下さい!」)
その声を背に受けながらコウエイが駆け出す。船の傾きは止む気配を見せず進行し、事件はいよいよ終局へと加速する。
「始まったわね」
エンジンルームから人知れず姿を現したのは逢魔・ソウキ(w3i081)。コウエイの命令に従い、船倉を爆破したのは彼女である。いずれ傾きが加速し、この船は沈没する。
その頃メインホールでは。
人質達に混じって先から何やらやっているのは鈴帯島・三虎(w3c266)と葛葉・小桃(w3c270)夫妻。こちらも新婚旅行に船に乗り込んだクチだが、元が給料の乏しい公務員、覚醒後は当然クビになり収入もないため今回の依頼に参加してちゃっかり経費で落としている。逢魔・保歩(w3c266)と逢魔・白凰(w3c270)も一緒になって4人で何やらこそこそしていたしていたようだが、連達にも協力することを知らせずに動いているため効果のほどは定かではない。そもそも彼らが動いていること自体他の魔皇たちの誰も気づいていないようである。スリーパーとして不測の事態に備えるつもりだったらしいが、それ以前に連達、表立って動く側の人員が足りていないので本末転倒のような気もするが。危険回避のためということで白凰が呼び出した祖霊からは、『裏でコソコソやっている暇があったら実行犯を手伝いなさい』と説教されたようだ。
「ヴラドさん、心なしかお船が傾いているような」
一方深雪達もこの異変に気がついていた。
「き‥‥気のせいなんじゃよ」
(「でもあちこちでやっぱり悲鳴が‥‥何だか皆さん逃げ出してるようですし‥‥」)
深雪が思案げに眉を寄せる。少しの逡巡の後、深雪がヴラドの手を引いた。
「ヴラドさん、今からお散歩に行きませんか?」
「コウエイ、逃がしはしないぜ?」
連を振り切りコウエイを追って来たブルースは、甲板で遂に彼に追いついていた。
「やはりウィル!君の相手は私だ! 行くぞ!」
覚悟を決め、コウエイが振り返る。
「最終ラウンドだ! OPEN THE GAME!ゲームを始めよう!」
コウエイが内ポケットの拳銃を抜く。
「望む所! これで決着だ!!」
「WRYYYYYYYYYYーーーーッ」
迎え撃つブルース。コウエイが吼え、銃弾が交錯する。金属音、そして火花が飛び、コウエイの拳銃が弾かれて甲板を滑る。
「し‥‥しまった!こいつ! 闘い慣れてやがるッ!」
転がり落ちた拳銃をブルースが脚で払い、それは海面へ転がった。ブルースが詰め、後退ったコウエイの靴が甲板の縁に掛かる。暗い海面から吹き上げる風が彼のスーツを煽る。コウエイが首だけで足元見遣り、そしてふとブルースへ視線を移した。
「『勝った』と思っているな? ウィル‥‥」
だがコウエイが浮かべたの余裕めいた勝者の笑み。
「違うんだなそれが」
バルバルバルバル
けたたましい風切り音を上げ、海面から舐めるように飛び上がったのはヘリコプター!
「来たか」
「コウエイ、回収するわ‥‥」
ソウキの操縦するそこから垂れた縄梯子に手を掛け、コウエイが飛び移った。
「お別れだウィル。ダレン様とこのカジノ船の繋がりを証明するモノは手に入ったのでね。代わりといっては何だが、置き土産にエンジンルームにも爆弾を置いていってるよ」
船底にあいた裂け目は、その爆発で真っ二つに船を割るだろう。それでゲームエンドだ。梯子を上がってヘリに身を躍らすと最後に振り返ってコウエイはブルースを見下ろした。
「追い詰められた時はホンのちょっと驚いたぞ。たくさんのお仲間と共に死ねて嬉し涙流しな‥‥マヌケ!」
歯軋りするブルースを尻目にソウキがヘリを旋回させる。そこへ現れたのは深雪だった。
「おい、そこにあるのはひょっとして‥‥」
彼女が手にしたモノを目にしてブルースが目を丸くする。
「鳴神さんが見つけてくれましたよ。せっかくの新婚旅行の邪魔は誰にもさせません」
「あら‥‥コウエイ‥私の仕掛けた爆弾だわ‥‥」
「なああにィィィィィッ!」
魔法瓶と目覚まし時計を利用して作られたそれはエンジンルームに仕掛けた筈の時限爆弾。
「やれやれだ」
ブルースがそれを受け取り大きく振り被る。そして。放物線を描いた時限爆弾は吸い込まれるようにコウエイのヘリの中へと転がった。直後、ヘリはアクション映画よろしく飛び上がり様に空中でド派手に爆発する。
「こ‥‥このコウエイが! このコウエイがァァァァァァァッ!」
爆炎が暗闇に燃え上がり、コウエイのヘリが夜空へ消えた。
「うわあ、キレイ」
その夜空を見上げて子桃が感嘆の声を漏らす。結局最後まで自分たちが影でこそこそしていたことを誰にも気づいてもらえず、4人は仕方なく甲板へあがり星空を眺めていた。
「予定は狂ってしまいましたが、一番の目的は何とか果たせましたね」
三虎が苦笑交じりに漏らし、保歩も小さく笑う。
「せっかくだし、新婚旅行は満喫して元は取るわよ」
船はいよいよ目に見えて傾き出しておりとてもそんなことを言ってられる状況ではないが、それには目を瞑ることにしておく。
「終わりよければ全てよし、スミスさん痛み分けとしましょう☆」
やって来た連がブルースの横に並びにこりと笑う。邪気のない顔を向けられてブルースも思わず釣られて笑う。が。くどいようだが今はそんなことを言ってられる状況ではない。筈なのだが。
「そうです! 新婚さんもいるようなのでダンスパーティで夜の客船を華麗に彩りませんか? 私の歌声も披露致しますよ☆」
最初の爆発で火災が起きてイロイロ引火したらしく、各所で火の手と爆発音が響いている。華麗な船上パーティーというよりも過酷な戦場といった風情だが連はあえて目に入れていないようだ。その連の傍でガス爆発が起き、漫画処理で連が煤だらけになる。
「‥‥めげませんよ私は! 歌うと言ったら歌うのです!!」
一方。
「深雪ちゃん、遅いのう」
散歩に出たはいいが、『忘れ物を取りに戻る』と船室へ一度戻った切り深雪はちっとも戻って気やしない。代わりにヴラドの前に現れたのは、聖だった。
「ヴラド・ツェペシュさんですね。私はCYPHERの者です。破壊活動防止法容疑故直ちに武装解除をして投降して下さい! そうすれば、貴方達に被害は与えません!」
「げげ、現れよったな」
「ま、待て!」
「待てといわれて待つ奴なぞおらんのじゃよー! ええい、脱出なんじゃよー」
と言っても船上には逃げ場などなく、覚悟を決めたヴラドは暗い海に飛び込んだ。そのまま彼が下関を渡り無事に山口まで逃げ帰れたかどうかはまた別のは話である。
その同じ暗い海を漂流する人影があった。
「さすが我々は魔の者だなァ!不死身ッ!!不老不死ッ!」
「まあ。コウエイったら。とにかく書類は抹消出来たわね‥‥ヘリごとだったけど‥‥」
こうして壮絶なラストを迎えた「だいはーど」作戦。あわや大惨事というところまで行きかけたが、福岡の叔父様ズを含め辛うじて大事に繋がることはなかった。船は沈没し裏資金も海の藻屑に消えたが客船がそう沖合いに出ていなかった事が幸いし、救命ボートで皆して背中が煤けているところを最後は海自に救出されたのだとか。 |