■【煙る一年】湯船に浮かべて■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 小沢田コミアキ
オープニング
 神魔の戦いも一年を過ぎ、各地の情勢もようやく一つの区切りを迎えつつある。足早に過ぎ去ったこの一年、様々な出逢いと別れを経てそれぞれの胸に抱いた想い。もうそろそろ、決着をつける時だ。


「という訳で、翡翠のために尽力された皆様を労おうと、我々天神の密でささやかながら温泉旅行を企画してみました」
 佐賀県は嬉野。その温泉旅館への一泊二日の旅行をキャロルは用意してきている。度重なる激務と戦闘で溜まった疲れを癒すのに湯治としゃれ込むのも、まあ悪くない。
「ただ‥‥」
 申し訳なさそうに俯いてキャロルは切り出した。
「予算にも限りがありまして、良い部屋は取れなかったため、こちらの皆さんは一番安い部屋になってしまいました。申し訳ありません」
 そういってキャロルが差し出した旅館の案内には、『ぺんぺん草の間』とある。まあ見るからに安そうだが‥‥。

 『ぺんぺん草の間』
 定員:10名
 お一人様料金:三千円ポッキリ
 お食事:コンビニまで徒歩15分
 設備:風呂・トイレ別。浴衣・冷蔵庫・テレビなし。
 お部屋説明:飾り気を排した広々としてシンプルな空間をお楽しみ頂けます。

 どうも予算をケチりすぎたらしい。
「それから、この温泉旅行には黒木を始め、翡翠の、特に北部九州で縁のあった関係者も魔皇様の御持て成しにと参加する予定です」
 まあ、要は福岡・佐賀・長崎三県での一連の事件に関わった者達のお疲れ様会ということだ。ふと面子を思い浮かべて見ただけでも、何やら一筋縄では行きそうにもないようだ。いや、既に部屋選びの段階で波乱の予感ではあるが。
「確かに成功を期します」
シナリオ傾向 温泉旅行
参加PC 篠原・和樹
竜堂・夢幻
朱院・煉
軍部・鬼童丸
神薙・猛流
五条・レナ
ゼスター・ヴァルログ
風羽・シン
ハガネ・ソウリュウ
ジェフト・イルクマー
鈴科・有為
グラ・ディフェル
ディアルト・クライス
イトウ・トシキ
橘・沙槻
竜崎・海
獅瞳・雪嶺
刀根・要
刀根・香奈
高周波・鋼
【煙る一年】湯船に浮かべて
 買い込んだお貸しやつまみ類を入れたビニール袋を両手にジェフト・イルクマー(w3c686)と逢魔・セラティス(w3c686)は宿を訪れた。コンビニで買い込んだそれの他には、自前で浴衣も用意して来ている。
「こちらです、どうぞ」
「お荷物、お持ち致しますわ」
 幹事を務めるキャロルを逢魔・零(w3a527)が手伝い、皆を部屋へ案内して行く。
「翡翠も一段落したしアラストルの皆も来るみたいだからな。楽しみだ」
 アラストルの元リーダーである竜崎・海(w3f521)とその逢魔・ヒナ(w3f521)を始めとして、翡翠へ大きく貢献した彼ら隊員の面々もこの旅行に顔を出すことになっている。趣のある旧モデルのミニクーパーに乗ってやって来たのは橘・沙槻(w3f501)と逢魔・サウスウィンド(w3f501)。
「よう! 何だか忘れられてそうだが、黒木さん久し振り!」
 イトウ・トシキ(w3e193)はアラストル設立に立ち会った魔皇の一人。
「はっはっは、アラストル大活躍じゃないか。この間も名古屋の精鋭との決戦でもメンバーが来てくれて実に頼りになったぞ。まあその活躍の分、あんたが苦労してたみたいだが。気にするな!」
 とまあそんなこんなで見る間に部屋の人口密度は上がって行く。
「‥‥来たはイイが‥‥」
 それを傍目に鈴科・有為(w3d105)は座敷の隅で一人、壁にもたれて煙草をふかしている。
「‥‥えぇと‥‥骨休めに来た‥‥んですよね?」
「‥‥ヤレヤレ」
 逢魔・エル(w3c375)が思わず声を掛けると有為は小さく頭を振って見せた。
「どうもこの人数だと疲れに来た感が否めませんね‥‥」
「このメンバーでの旅行って時点で余計疲れそうな気が‥‥まあ、諦めましょう」
 すっかりツッコミ役が定着してしまった五条・レナ(w3b572)は常識人を自負しているが、結局はパワフルな仲間に押されて損な役回りにつくことが多い様だ。
「まぁ、折角の温泉宿だ‥‥のんびりするのも悪くないかな」
「鈴科さん、それ本気?」
 思わず目を見開いてしまったレナに飄々と口元だけで笑んで返すと、そこへ荷物の整理を済ませた逢魔・リーンティア(w3d105)が駆け寄って来る。
「せっかくの温泉と旅館だから〜、のんびりいきましょう〜♪」
 いつも変わらぬ彼女の邪気のなさに当てられて、レナも立ち上がると一行は散策へと出掛けて行った。
「ほう慰安旅行か、良いな。この所扱き使われていたし、ここらで骨休めしたい所だ」
 蒼嵐から飛び入りで駆けつけた軍部・鬼童丸(w3a770)は、ちゃっかり費用を旧知のディアルト・クライス(w3d349)に持たせての参加だ。
「軍部様、お着きですね」
 荷物を預かりながらキャロルが出欠に丸をつける。
「うむ。そうだ、和樹も時期に来る筈だぞ」
「し、篠原様がですか‥‥そ、そういえば私、うっかり急用を思い出すのを忘れていた様な気がしなくもないと言いますかその‥‥」
「???」
「し、失礼します!」
 脱兎の如く廊下を駆けて行くキャロルを怪訝な顔で鬼童が見送った。
「‥‥?‥‥‥‥というか、おい。私の荷物は?」
 持たせたままの荷物に気づくのがちょっと遅かったのだとか。

「別府や湯布院とは違う温泉地もたまにはいいですね」
 一足先に記帳を済ませた刀根・要(w3g295)と刀根・香奈(w3g543)夫妻は、浴衣に着替えて温泉街を散策している。
(「この一年香奈さんの石化騒ぎや翡翠以外でも慌しい一年でした」)
 魔皇として覚醒して以来の出来事を思い出し要はふと目を細くする。
「この戦い、翡翠も一応の落着はしましたし、暫くは地元で氏子や地域の皆様と手を取って助けていきたいと思いますね」
「生きていくにはまだ厳しい世界かもしれませんけど、娘も増えますしね。宜しくお願いいたしますわ」
 畏まってお辞儀をする香奈へ、要もそれに返して二人して頭を下げる。
「こちらこそ改めて宜しくお願いします、香奈さん。家族も増えることですし更に気合を入れて神主を頑張りますか」
 ふと浮かんだ微笑を向け、そして思い出した様に要は口を開いた。
「所で香奈さんはマリヤさんを見ておかなくてもいいですか? 可愛いですよ」
 神魔両勢力から利用されようとしていた聖女マリヤの実娘を、要は逢魔・羽生(w3g295)や仲間達と共に救い、情勢が安定した後に養女として引き取ることになっていた。
「いいえ、私は、マリヤちゃんが家に来れる様になるまでは逢わないつもりですわ‥‥クスッ、陽子は早く会って見たい様ですけれどね」
 逢魔・陽子(w3g543)のことを思い出し、香奈がクスリと笑みを漏らす。
「そうですか‥‥香奈さんがそういうのなら。おっと‥‥そろそろ戻らないと。もうじき雪嶺の模擬選が始まる頃合です」

「遂に‥‥この日が来た‥‥。あぁ、この日の為に俺は今まで戦い、生き抜いてきたと言っても過言では無い‥‥」
 ハガネ・ソウリュウ(w3c375)がこの宿を訪れた理由は唯一つ。
(「そう、マギに最後に会ったのは首里城だったか‥‥。あっちは俺のこと忘れてるかもしれんが」)
 ゲブラー最後の生き残りである宿敵マギがゲイルの誘いでここへ現れると聞き及び、彼女と決着をつける為に彼はやって来たのだ。
「悪いな、貴様の顔など私は知らん」
 マギの第一声はそれだった。
「だがそなたが我が背を追うのならば、私は誰も引き連れていく気はない。この場で相手をしよう」
 ルールはゲイルの提案で中級以上のSF/DEX・真魔皇殻にのみ制限を掛けることとなった。
「まさか面倒がって2人で来いなんて言われたらどうしようって思ったっさ」
 同じく模擬戦を申し込んだ獅瞳・雪嶺(w3g113)がジャンケンで順番を決めた結果、先手はハガネ。
「ルールはそれで構わない。但し一つだけ提案だ。敗者は勝者の言うことを1つだけ聞くってことで。俺が勝ったら、その仮面を取って素顔を見せてくれ」
「いいだろう。始めようか、中庭へ出るがいい」
 そして。
「力押しではいつまでも勝てぬな、魔皇。二刀のアドバンテージを生かす様技を磨き、戦いを組み立てろ。それで実力を引き出す様に努めることだ」
 切り結ぶこと数合、ハガネの強引な連撃の合間の隙をついて切り伏せ、彼を見下ろしてマギは言った。結果はハガネの完敗。だが彼の心の内には不思議と悔しさは残らなかった。この結果を予想していた所も少なからずあったのだろう。
「な、何というか‥‥自分にとってのけじめみたいなもん?」
 そのハガネには目もくれずマギは雪嶺を振り返る。
「次!」
「改めて宿儺拳士獅瞳・雪嶺、行くぜ」
 アラストル仕込みの狼風旋からの魔皇殻のコンビネーション。得意の4本手で飛び込み様に連撃を繰り出す。
「以前は魔皇として目覚めたてで4本手ではなかったからさ、今日は本来の格闘術みせてあげるっさ」
 小柄な体躯の利を存分に生かして攻め立て、マギもまた攻防のSFを駆使して迎え撃つ。応酬が続き、先に仕掛けたのは雪嶺だった。ネイルを囮にして放ったのは渾身の足技。
「だがまだ及ばぬ」
 合わせて踏み込んだマギは打点をずらして蹴りを殺した。そこから繰り出すのは突き倒す様な体当てからの強烈な打ち下ろし、だがここで雪嶺は粘りを見せる。体躯を逆手に取り、ネイルで地を突いて体を捌くと倒れ込みながらももう一方で蹴り上げた。
 そして。
「これが、僕の一年か」
 仰向けに倒れた雪嶺の視界に映るのは、割れた仮面から覗くマギの顔。彼女を映した瞳がふっと大きく開かれた。
「会いに行ったら、また勝負してもらえるかな」
 交錯した刻、僅かに早くマギの得物は彼を捉えていた。それが勝敗を分けた。
「好きにしろ。次も負かされて構わぬというのならな」
 雪嶺が浮かべたのは微笑。マギが手を差し伸べる。
「マギさんは雪嶺の中ではただの敵ではなかったアルナ」
 それを見守る逢魔・羽鈴(w3g113)の表情は一方ではどこか寂しげでもある。西日が傾き始めそろそろ日も暮れようとしている。
 年の割にまだ幼さの残る雪嶺はその感情が何であるかを知らない。一年が過ぎて一つの区切りが終わり、新たに始まろうとするものもある

 露天風呂では。
 女湯にはちょうど別部屋の女性陣も来ていた、湯船に浮かぶお盆には銘々にお酒やジュースが乗り、酔いが進むにつれ話題もいつしか徐々に突っ込んだ話へとなって行く。
「あら、どうかした? サヤカちゃん?」
 ふと自分に向けられていた視線を感じて逢魔・リーシェス(w3b435)が振り返った。その視線の先が自分の胸元に伸びていることに気づき、彼女は悪戯めいて笑みを浮かべる。
「はぁ‥」
 細身の自分と見比べて溜息をついたサヤカが隣に目を遣るとヒナも横目でちらちらと窺っていた様だ。
(「胸が小さいのは気にしてませんが‥‥海さんも褒めてくれましたし‥」)
 ふと隣に目を遣ると逢魔・ウェヌスタ(w3b572)の姿があり、ヒナも小さく溜息をつく。
「少しは憧れますね」
「ん?」
 そうしている逢魔達を眺めながら、レナはふと背中の傷へ手を当てた。キャナルでベリト隊に刻まれた二筋の跡は暗示的でもある。
「戦いの後に残ったのは幾つもの十字架。平和って言葉の意味を知る為には、ちょっと重すぎる代価だね」
「戦い、傷つき、大切な存在を失い。私達は何を求めて戦ってきたのでしょうね」
 ミティ・グリンはラザフォードに敗れた長月・明の義妹。その名を耳にしたレナが目を伏せる。
 もう決して帰って来ぬ者がいる。けれど、共に戦った仲間達を忘れることもまた決してないだろう。若さ特有の幼い感傷ではなく、自分の一生涯に刻まれた名前なのだとレナは思う。
「今思うと、あの頃からトシキさんは先の未来を見通そうとしてたのでしょうか」
 逢魔・スクネ(w3e193)が、黒木を補佐につける様推した主を思い、ふとそんなことを漏らした。と、その時。
 !
 外の方で何やら潰れた悲鳴の様な声が聞こえて来た。
「ふふふふ‥‥」
 それを聞いて白翡翠が意地悪に笑う。以前の気球レースでの妨害工作で味を占めた彼女は、ボウガン等の武器類を組み込んだ更に凶悪なトラップを露天風呂周辺に張り巡らせていたりする。
「何、今の? ‥‥覗き??!」
「な、何してるんですか!? 操さん直伝、光速風呂桶投げ!」
 すかさず声のした方へ向けてサヤカが桶を投げつけると、くぐもった呻き声が。
「この面子を相手に覗きなんて、勇気のあること」
 レナが召還した拳銃を声へ向けて立て続けに引き金を引く。すると。
「エ?」
 返って来たのは爆発音で、低い振動に湯船が揺れる。
「打ち所でも悪かったのかしらねえ」
 ウェヌスタの言い草が人事ぽかったのを誰も突っ込めなかったのだとか。

 湯上りには宴会だ。だがこの大部屋は食事すらついて来ない、筈だったのだが。
「はて、どうしたんでしょうか」
 なぜか豪勢な料理と酒が運ばれて来て、黒木が首を傾げていると、鈴科が横に腰を下ろした。
「実はメシ付きだったらしいな。めでたしめでたし、だ」
「それもそうですね、では頂きましょうか」
「湯上りにはいちご牛乳よね?」
 リーンティアは腰に手を当てて一気飲み。ミティも持ち寄ったサンドイッチやクッキー、紅茶等を広げる。トランクから覗いている嬉の茶はお土産用に。
「では、翡翠の平和を祝って」
 カンパーイ!
 黒木の音頭でグラスを合わせ、こうして魔皇達の宴会が始まった。
「しんくんは行かないの?」
 そこからは離れて、風羽・シン(w3c350)は逢魔・刹那(w3c350)と布団部屋を借りて腰を落ち着けていた。戦いも一段落ついた彼は、本業である少女小説作家に専念する為に無理を言って部屋を開けてもらったのだ。
「とりあえずは‥‥お互い、お疲れ様だな」
「うん、しんくんもね♪」
 拝借してきたウイスキーを水割りにして二人は乾杯した。

「‥‥酷い混雑だな。コレでは寛ぐなど到底無理だ‥」
 篠原・和樹(w3a061)は部屋の余りの込み様に眉を顰めた。アラストルの仲間達とは暫くぶりの再会となるが彼の表情は晴れない。ふと視線を彷徨わせて探したその中にキャロルの姿は見えなかった。
 久留米攻略戦前夜、和樹は彼女へ想いを打ち明けた。色恋に疎い彼にとってキャロルは初めて愛した女性だった。返事は次に会った時に。そう告げて別れて後、彼女とまともに顔を合わせることはなかった。
(「私の姿を見る度に急用が出来るとは。今日こそ答えを聞けるといいが‥」)
「浮かぬ顔だな、篠原よ」
「‥‥ディアルト、如何した?」
「‥さて‥‥お互いずっと戦い詰めだったのだ、気分転換に一杯飲らないか?」
 酒を煽る仕草を真似て、ディアルトが顎で廊下の方を指す。
「屋上で月見酒とでも洒落込もうか‥‥今宵はいい肴が用意出来そうだぞ?‥」
 まだ少し落胆の色を浮かべていた和樹だったが、小さく嘆息すると荷物を置いて立ち上がった。
「そうだな。折角の骨休め、それも悪くない、か。 ‥‥済まんな、気を使わせて」
 二人は連れ立って部屋を後にする。それを横目に逢魔・エリアル(w3d349)がクスリと笑みを零した。

 部屋の片隅では黒木を交えた温泉麻雀が始まっている。
「翡翠に関わったきっかけは観艦式だったな。ペトロに会いに行って問答無用でやられてさ」
 海はその時の怪我で福岡の密の世話になり、その縁で翡翠に深く関わることになった。
「神薙さん、それチーだ。そう言えば神薙さんと会ったのもその頃なんだよなぁ」
「早鳴きは痛い目を見るぞ。思うに、俺達は大勝ちを焦っていたんだろうな‥‥」
 海に鳴かれて神薙・猛流(w3b435)はこれまでの神魔の戦いを振り返りながらそんなことを漏らす。
「そして、過剰に負けず嫌いでもあった。無理は傷口を広げるだけなんだがな‥‥竜崎、それロン。平和のみだ」
「やすっ」
 卓を囲んでいるレナが思わず忌々しげに牌を崩す。
「‥‥で、景気の方はどうだ?」
 酒を片手に寄って来たのは有為。黒木の後ろに座り卓を眺めている。
「いやはや。大物手は入って来てるんですけどねえ」
 黒木は苦笑交じりで肩を竦めた。展開は、場の流れを引き込んだ神薙が確実に点棒を奪う堅実な戦法で主導権を握っている。
「まずは土台をしっかりと構築すべきだったのかもしれん。戦術ではなく、 戦略という視点でな」
「土台と言えば黒木さん、例の多角経営は上手く行った?」
「ははは。お蔭様で何とか」
 それを聞いてフッと有為が笑みを漏らす。
「アラストル、大変だったけど、この一年で最も充実してたなぁ」
 洗牌しながら海がそう漏らし、レナと有為も無言で頷く。それを見て黒木が口を開いた。
「今日はどうも調子が乗らない様です。鈴科さん、代わりませんか?」
「ん? 俺は構わないが」
 残りの三人も顔を見合わせ頷き合うと、有為が卓につく。
「私は温泉にでも浸かって来ますよ。後は皆さんで」
「あ、そうだ」
 呼び止めたレナの声に黒木が振り返る。
「いい機会だし一度聞きたいと思ってたのよね。黒木さんの逢魔としての『実力』」
 向けられた期待の眼差しにやはり苦笑を浮かべ、黒木が拳を握る。緊張した面持ちで皆が見守る中、黒木がレナへ向けてそれを繰り出した。
「意外‥というか、やっぱりというか」
 その拳を易々と横から掴み取る様に受け止めレナが少し驚いた表情を見せる。
「力があれば私が真っ先に前線で戦ってますよ。仮にもあの鼎様の下につく者としてはね」
「黒木さん、これから翡翠はどう動くんだ? 前にも言ったが力が必要ならいってくれよ。戦闘なら知っての通り、政治的なのも少しは手伝えるぞ」
「頼りにしてますよ、これからも」
 そう言い残して黒木は部屋を後にした。
「ふう、傷に沁みるなー温泉は」
 露天風呂では雪嶺が試合の疲れを癒している。
「まま、黒木さんも一杯」
 要は頂き物の酒を持ち寄って黒木と杯を交わしている。と、そこへ高周波・鋼(w3h985)が現れた。彼は翡翠関係者への挨拶回りに逢魔・時雨(w3h985)と二人で訪れている。
「余り、翡翠の力になれなくてすみません」
「何を仰います」
 黒木が笑いながら否定するが、鋼の態度は謙遜から来るものではない様だ。
「俺は、これから時雨と二人で翡翠の『森守』として生きたいと考えている」
 余所者ながらに翡翠の森を犠牲にする道を開いた鋼。彼が償いとして選んだ道は、余生を森の復興に捧げることだった。
「なに、我々だってお互いにまだ若い。これからが踏ん張り所ということですね」
 その決意を見て取り黒木と要も力強く頷く。
「アラストルや翡翠で活躍していた魔皇と親睦を深めるのも偶にはいいものです」
 若い魔皇達からは一回り程も年の離れた彼らからすると、このくらいのゆったりした雰囲気の方が落ち着くのだろうか、3人は長く酒を酌み交わした。
「このまま一晩中、月見酒と洒落込むのもいいですね」
「星空でも眺めながら、ちょっと歩こうか」
 沙槻はサウスと共に宿を抜け出している。
「二人だけでゆっくり話もしたいしな、風香」
 仲間の前では余り口にしないその名を呼ばれサウスが仄かに喜色を浮かべる。二人は並んで暫くを無言で歩いた。
 九州にここまで関わる事になるとは沙槻は当初思ってもみなかった。特にアラストルに加わってからは命の重みを深く意識せずにはいられぬ日々だった。生き延びて今日を迎えられたのは彼女が傍にいてくれたことが何よりも大きかったのだと、沙槻は思う。
 大怪我も無茶もさせた。だがサウスの笑顔はいつも傍にあった。失われた命。成し遂げられなかった責。無力感に襲われながらも立ち上がらせてくれたことは、いつも感謝している。
「これからも道のりは平坦ではないだろう。それでも、お前と一緒なら何が起こっても笑って、楽しんで乗り切っていける気がする」
 魔皇としての苛烈な運命に引き込んだのは彼女、だがそのことに悔いはない。
「一緒に歩いていこう、風香。お互いの命尽きるその日まで」
「どこまでも付きまとってあげるわよ。覚悟しなさい」
 気丈なサウスの表情がふと和らいだのは気持ちが緩んだからか。彼女が沙槻の手を引き、二人は歩き出す。行き着く先はそれこそ炎の花園かもしれない、だが後悔はないとサウスは思う。――沙槻のいる所が彼女にとっての楽園だから。

 竜堂・夢幻(w3a527)は宴席を離れた。魔法瓶には紅茶がなみなみと注がれ、手にしたティーセットで一人のんびりと楽しむ準備は出来ている。一人屋根へと上ると、そして夢幻は翼を広げた。
 飛び上がった夜空は月明かりの空で、初夏の夜風は上気した肌に心地いい。
『風が吹き 夜に吹き 竜が起き 人は動き 竜が鳴く 
北の方から風が生まれ 北の方から道が生まれ ‥‥』
 言葉はとめどなく漏れる。朗々と詩吟を楽しみながら夢幻は飛んだ。遠くには宴席の賑わいが聞こえ、彼は感慨深げに目を細めた。
「グレゴールと魔皇の宴会か‥‥今度はこれに人間も入って楽しむ様になれば‥‥それも一つの楽園の形だと信じたい‥‥ね。いつの日かこの様な事が叶うことを」

「ここにいたのですか。ゼスターも温泉に入ってきては如何ですか? 良いお湯でしたよ」
 中庭に面した縁側で静かに月を眺めていた主の横へ逢魔・ソフィア(w3c305)は腰を下ろした。ゼスター・ヴァルログ(w3c305)は手にしたグラスを傾け、空を仰いだまま答えた。
「‥‥ああ‥」
「‥‥それ、お酒ですか?‥‥ダメですよ貴方はお酒に弱いのですから」
「‥‥分かっている。ただの茶だ‥‥」
 言葉は途切れ、暫しの沈黙が続く。
「‥‥ゼスター‥‥」
 ふとソフィアの言葉にゼスターが視線を遣ると、弱気な瞳が彼を覗き込んでいる。
「ゼスターにとってこの一年はどうでしたか? 突然、人でなくなり理不尽な戦いを強いられて‥‥。私を‥‥恨んでいるのではないですか‥‥?」
 彼はそれには答えない。
「私の‥‥貴方に魔皇様となって欲しいという自分勝手な願いの所為で貴方の人生は大きく変わってしまった‥‥。今思えばそれは――」
 何かを言いかけたソフィアを遮り、ゼスターが問いかけた。
「‥‥お前は‥‥」
「‥‥え?」
「お前は、私と出会ったことを後悔しているか?」
 珍しくそんなことを口にした主に驚きながらもソフィアは即答した。
「いいえ」
「ならばそれで良いではないか」
 少しだけ欠けた月はまだ満月には遠いが、澄みやかなその明かりだけでこの中庭には十分だった。
「少なくとも私はお前と出会えて良かったと思う。再び護りたい者の為に剣を取ることが出来たのだからな。‥‥だから‥‥これからも宜しく頼む、ソフィア」
「‥ゼスター‥‥。――はい!」
 逢魔の声に頷く様にふと足元に視線を落とすと、もう一度高くゼスターは空を見上げた。
「‥今夜は本当に月が綺麗だ‥‥」

「‥‥っと、済まんな、煙草を切らした様だ‥‥買ってくるから、屋上で待っていてくれ‥‥」
 そう言い残しディアルトは部屋へ戻った。彼の言葉通り和樹は先に屋上へ上がる。
「ん、あれは‥‥キャロルじゃないか。 ‥‥ディアルトめ」
「篠原様」
 騙されたことに気づいた彼は苦笑交じりになった微笑を浮かべ、キャロルの横に並んで空を仰いだ。
「‥‥いい月だな、キャロル。――私はこの後、日本を発つ。‥‥オデンを追う為だ」
「篠原様、それは何年掛かるやも分からぬ茨の道」
「ふふ、そうかもな‥‥だが、君と共に世界を廻るのも悪くない。先日の返事‥‥聞かせて貰えるかな?」
 和樹が向き直る。
「私と一緒に来てくれないか。大丈夫、二人なら何でも出来るさ。‥‥愛しているよ、キャロル」
「お、お‥‥‥」
「?」
 口篭った彼女を和樹が見守る。
「お友達からでお願いしますッ!!」
 返って来た言葉に和樹が少しだけ寂色を覗かせた。その彼にキャロルは早口で捲し立てた。
「と言うか、め、盟友です!」
「‥盟友?」
「そうです! 約は鋼よりも堅く、盟は血よりも濃いのです! 私は密としてこの地での責に応えねばなりませぬが、め、盟友として、たとえ我ら如何に遠く離れ様とも――」
「そうか、盟友か」
 不意に和樹がキャロルの手を握った。
「天神一の敏腕密を引き抜くのは確かに気が引けるしな。独りで旅立つよ。物の序に世界中の難事件を解決してくるから、協力を任されてくれるかな?」
「しかと!」
 キャロルの声へ目を細めて返し、二人は固い握手を交わした。

「‥‥やれやれ、意外に世話の掛かる事だ‥まぁ、逃げ場が無くなれば、しっかり向き合うしかあるまい?‥さて、まぁ、此方は此方で、それを肴に月見酒だな? 鬼童丸君‥‥」
 ディアルトは示し合わせてキャロルを呼び出していた鬼童と部屋で合流していた。
「想いを伝えようにも逃げられてはなあ。逃げるのはずるいよ‥‥な。ま、あの態度からみてキャロルは脈ありだろうが。和樹とはお似合いだし、うまくいって欲しいものだな」
 その方がからかわれるネタも減るというものだ。
「‥‥にしても、鬼童丸君にとっては、あの二人の状況は他人事に見えぬ、か‥?」
「五月蝿い」
「‥まぁそう言うな‥今日は俺が鬼童丸君の分を持つのだからな‥偶には良かろう‥」
 手にしたビニール袋にはコンビに買ってきたウイスキーが数本。それを無造作に転がしてディアルトが畳に腰を下ろす。
「‥‥今宵は良い月だ、面白い肴もある‥久々に飲み明かすのも悪く無いな‥‥」
「二人の仲と旅立ちに乾杯、って所か?」
 鬼童がグラスを掲げ、それに応えてディアルトもボトルから直に喉へ流し込む。エリアルも加わり3人の月見酒が始まった。
 再び麻雀。
「幾度かズタボロになって神帝軍の強さを思い知ったよ。それで、いつどうなるか判らないから、ヒナに告白しようを思ったんだけどね。という訳で通らばリーチ」
 劣勢の海が逆転狙いの立直。だが一度傾いた流れは容易には変えられず、振込みのかさんだ海が大きくへこみ、南3局。親の神薙の優勢で場が固まりつつある。
「戦いにしろ、博打にしろ、イチかバチかの選択に『勝ち目』はない。最終的に全てを飲み込みたいなら確実にそれが可能な『流れ』を作って行けばいいのさ。敵自身の手でね」
「なるほど。それには一理ある、な」
 暫くは静観しいていた有為がここで初めて動きを見せる。
(「これまでの傾向から神薙は聴牌まで待ちに徹するクセがあるな。今はドラ絡みを狙っている様だが‥‥」)
 ちらりと窺った卓から瞬時の判断で上家からのチー、続いてポンを連発し一気に三副露へ。
「そう言えば冬にゲブラーの動きが活発化し出したって言うんで関東から戻って来たんだよなぁ。それで対ゲブラー部隊に志願して五条とはそこで始めて会ったんだよなぁ」
「悪いな海、その東を槓だ」
 有為の晒した牌は――三・四・五萬、南南南、北北北。それに加えて東の大明槓。
「って、小四喜‥‥? やるわね鈴科さん」
 もたげた役満の可能性に神薙が苦く笑う。有為が引いた嶺上牌をツモ切りする。
「あ、それで上がったよ。カンドラが3つ乗ったから――1万6千点だ」
 とここで海が和了。トップの神薙が8千点を失いオーラスを前にして点棒は再び横並びとなった。
「もしかしたら今までの1年は瓦礫掃除だったのかもしれん。次は地ならし‥‥全てが落ち着くにはまだ遠い、か‥‥」
 一方、要達も露天から戻って来た様だ。風呂上りの時雨へ改まって鋼が声をかけた。
「短い間だが、色々有難う、これからも長い間苦労をかけると思うが 宜しく頼む」
「‥‥こちらこそ、宜しくお願いします‥」
 とこそへ鋼の頭を枕が直撃した。どうやら寝場所の確保を賭けた枕投げ合戦が始まったらしい。
「待っていなさい、家族の居場所を作るのは私の仕事ですから」
「もうあんなに楽しんで勝負事になると何時までも子供なんですから」
 要も香奈達の布団の確保に参戦し、夫の無邪気な一面を目にして香奈がクスリと笑みを零す。
「‥‥‥ふ。この姿のインプと同衾したい勇者のみ相手で宜しく!」
 その中で朱院・煉(w3a610)は目聡くも、場所取り人形『ぱしりくん』で押入れを早々に確保。
「魅惑は効かなくとも気持ちは悪かろうて!!」
 トドメにインプ用袴姿の逢魔・蓮(w3a610)を留守番に置くと煉は部屋を抜け出す。一方、リーシェス達はというと枕飛び交う中トランプに興じている様だ。リーンティアだけは疲れたのか部屋の隅で壁にもたれ掛かってもう眠ってしまっている。そこから少し視線を移すと、ハガネの姿が。テーブルを立てマギと並んで酒を飲んでいる彼だが彼女は終始無言で連れないご様子。
「そういや、お前さ。これから‥‥」
「――この先どうするの? 彼氏いるの?」
 とそこへ割り込んで入ってきたのは雪嶺。飛んで来た枕をネイルで受け止め、ついでにハガネも押し退けてマギに並んで座る。
「フン。敗者にかける言葉なぞない。例の約束がまだだったな、負け犬は負け犬らしく潔く身を引くがよい」
「いいや、それだけは絶対に聞かない、どこまででも追いかけてやるからなマギ!」
「はぁ‥‥。これからも‥ソウリュウさんと一緒に居れたらいいな‥‥」
 そんな主の様子を見ながらエルが小さく溜息をついた。対照的に羽鈴は元気が有り余っている様子で枕投げに加わると、飛んで来た枕をカウンターで蹴り返して見せる。
「あははー、私も負けませんよー‥‥どんな手を使っても」
 嬉々として零も参戦し、更に向こうの部屋からの乱入まであり大部屋は大変な騒ぎになった。
 その喧騒からは離れてグラ・ディフェル(w3d255)もまた静かにグラスを傾けている。耳に聞こえるのは虫の鳴き声と川のせせらぎ。それを肴にグラは逢魔・ひのえ(w3d255)の酌を受けている。
「この地での決着は付いた様だな‥‥そしてオレの役目も今日ここで終った」
(「あの青二才を陰から見守ってくれ‥‥古い友人からの頼みだった。魔皇となった者を見守る事ができるのは、同じ魔の者でしかできん仕事だしな‥‥そして、今、あいつは防人となった」)
 グラの眼差しは遠く、ひのえが不思議そうにその横顔を見ている。不意に彼は表情を柔和なものにして逢魔の頭を撫でた。
「ひのえ‥‥これまで苦労掛けたな」
 ごつごつと逞しい手が精一杯に優しく触れているのに気づき、ひのえが目尻を滲ませて俯いた。
「コラコラ‥‥勝手に勘違いするな」
 ポンと頭を叩き、「改めてよろしくの意だ」とグラは苦笑混じりに答えた。
「まだまだ、オレの様な技術屋を必要とするやつ等が世界に五万といる‥‥泣き言は言わせんぞ」
 これから彼は日本を飛び出し海の向こうへ広く世界へ飛び出すのだ。グラスを空けて微笑を返すと、グラは立ち上がった。
「俺はそろそろ休む。日本を見納めておけ」
 こちらは再び露天風呂。枕投げの騒ぎの中部屋を抜け出したジェフトは湯船に浸っている。周囲に誰もいないのを確認すると、彼は女湯へ言葉を掛けた。
「セラティス‥‥ありがとう。俺みたいな馬鹿な魔皇についてきてくれてさ。結構感謝してる、嘘じゃないぞ」
 言葉は夜の闇に吸い込まれ、暫くの沈黙。
「そうですか? 私は好きな方でしたからここまで尽くしてきたんです」
「そ、そうなのか‥まあ、何はともあれ‥‥もう少しだけ宜しく頼むな」
 遠回しに伝えた彼女の思いは上手く伝わったのか定かではない。ただ一つだけ。風呂から上がると、浴衣姿の彼女へジェフトはこう声を掛けた。
「その浴衣、いい機会だからセラティスにやるよ。いろいろと世話になったしな」
 少しだけ頬を朱に染め、セラティスが彼へ寄り添う。二人は連れ立って温泉街の散策へ出かけて行った。
「これを私たち家族にですか」
 枕投げも終わりった頃に戻ってきた煉は向こうの豪華部屋の優待券を手にして帰って来た。向こうの魔皇と話をつけ、マリヤと同じ部屋に止まる段取りを煉はつけてきたのだ。マリヤはまだ5つ、陽子も入れると少しだけ窮屈だがここよりは遥かにマシだから問題はないだろう。
「折角の旅行だし、親子水入らずで過ごすのが良いと思うのだども‥‥どかな? パパさん達は」
 その言葉に夫婦共々深く頭を下げると、刀根一家は揃ってマリヤの元へ向かった。

 そろそろ皆が寝静まったその頃、シンの執筆は佳境を迎えていた。詰めの部分がどうしてもイメージ通りに纏められず気分転換に湯船で汗を流した彼は、眠気を振り払って再び机に向かう。空になったグラスを刹那が注ぎ直し、灰皿を取り替える。張り詰めた様な沈黙の中、キーを叩く音だけが無機質に響いている。
 文章は身につく様でいて磨いても大して光らないもので、不才を補えるのは研鑽でなく人生経験だけなのかも知れない。この文章を読んだ人へ希望と優しさを、友情や愛情を与えられる様な言葉を紡いでいけたらと彼は願う。それらは、時に今では希薄になりがちな感情だ。だがシンにとって、この一年はそんな様々な想いの力を幾度となく思い知らされた一年だった。
 小説のタイトルは『恋する平行四角形』。どこまでも交わることのない二直線は同じ平行線同士で交わり形を作った。一年の想いを刻み付ける様にシンが言葉を搾り出す。そうして脱稿したのは深夜になってからだった。
 深く溜息をついた彼の横に無言で刹那が並んで座る。彼女の方を抱き寄せ、シンは窓辺に見える月夜を二人で眺め体を寄せ合った。
 同じ頃。もうすっかり人気もなくなった女湯で煉は湯船に身を浸している。風呂縁には浴衣を着たままの蓮が掌を湯船に遊ばせる。ふと煉が口を開いた。
「‥ボクらの行き先はどっちだろね、蓮?」
 二人は揃って空を見上げる。いいのだ、口に出さなくとも。道標なんていつだって見えやしないけれど。‥‥きっと、良い方へ。

 翌朝。
「トシキさん、これからもずっと一緒にいましょうね」
 日の出の頃に頬を紅く染めながらのスクネのセリフへ答えた彼は何故か両の頬をパンパンに腫らして燃え尽きているご様子。二人の間に何があったかはとりあえずここでは触れないで置こう。
 そうこうする内に日も昇り、いよいよ出立の時が来る。グラへこれからの行き先をひのえが尋ねると、返ってきたのは東南アジアという答えだった。
「私が見た事の無い世界‥本でしか知りえなかった世界」
 好奇心にひのえは心を熱くする。
「さて、帰るわよ!」
 お疲れの皆の中で何故か一人だけ元気なウェヌスタが荷物を抱え歩き出す。ここ翡翠での冒険の日々はひとまずここで区切りとしよう。瞼は重く。日は晴れ渡る。息もつかずに走ってきても、振り返れば歩みは思うよりずっと遅かったなんて話で。一角のことを成し遂げるのはいつも困難だ。さて踏み出しますか、次の一歩をまた。二人ならそれが出来る。