■【カラフルドロップス】パーティだよ全員集合!〜薄荷〜■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
幸護 |
オープニング |
天はどこまでも高く、海をうつしたようなターコイズブルーに輝いている。
突き抜けるような青空――。
蜜柑色の光球は暖かな笑顔で大地を照らす。
大きなふわふわの白い雲が一つ、ゆっくりゆっくり金色の風に流れている。
うつくしま、ふくしま。
豊かな自然に囲まれた、東北の“くだもの王国”
特産物の一つは桃。
主力品種は『あかつき』――これは『白桃』と『白鳳』を交配させて誕生した品種で、果汁が多く、果肉には締まりがあり、味は濃厚。
文字通り、ぴちぴちピーチ。
実は福島県は桃の生産量が全国第2位だったりするのである。
いやはや、何とも。
まぁ、だから何だと言われても困るのだが。
そんな福島県で、本日、大々的なイベントが開催される事になっていた。
神魔主催の野外パーティ。
神に属する者、魔に属する者、そして人。
互いの理解と親睦を深めようという目的の、福島では初の試みである。
これを足掛かりに、この地の和平共存への道を踏み出そうという実に重大なイベントだ。
パーティには多くの来場者が訪れると予想される。
「お前ら、勿論分かってんだろーな?」
会場の隅で円になりひそひそと声を潜めている怪しげなグループは、言わずと知れたピーチフル死ね死ね団である。
「今日が大事なイベントだろーが、んな事ぁ知ったこっちゃねぇんだよ。とにかくピーチフルは撲滅だ!」
尻尾を一振りし、地面にピシリと叩きつけて、違う方向に鼓舞しているのは野雷。
もう福島においては人化する必要はないので本来の姿である。
「でも、パーティをぶち壊すわけにはいかないだろ?」
「‥‥だから、今回は闇の仕置人として奮闘すんだよ!」
「例えばどんな?」
思いがけない仲間の問いに、顎に手を当てた野雷が一瞬、視線を空へと向けた。
「そうだな‥‥カップルの炭酸飲料を炭酸の抜けたのに掏り替えるとか、そういう志の高い戦法だな」
どこがだ! とのツッコミは彼らには不要だ。今更言うまでもないとは思うが。
「“桃・即・斬”いざ出陣! PSS団ッ!」
パーティが始まろうとしていた――。
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シナリオ傾向 |
パーティ PSS団 |
参加PC |
チェリー・メリー
久世・一子
紗霧・蓮
苫地・舞奈
花瀬・祀
高瀬・凛
江見氏・喬牙
瀧津・朔夜
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【カラフルドロップス】パーティだよ全員集合!〜薄荷〜 |
●風を継ぐ者
福島県、福島市――。
人口29万人。市の花、モモ。
観光キャラクターは雪うさぎの“ももりん”
桃の生産量、全国第2位――そんなピーチ万歳都市。
この土地そのものが芳しいピーチフル。
何の因果か、この福島こそがPSS団の本拠地である。
「ようやく福島も理想のカタチに近づくにゃね。これまでがんばってきてよかったにゃ! さて、大事な人を呼ばにゃいとね‥‥」
感慨深げに独り言ちたチェリー・メリー(w3a483)が若者らしく慣れた指捌きを見せる。
大天使・ルフス&アヤクス、ボブ左衛門&メアリー、伝の菊へそれぞれメール送信。
ポチっとな☆
「よしよし、これでOKにゃ☆ さーて、明日が楽しみにゃ♪」
福島での神魔主催の初イベント、野外パーティの目玉企画は2人のグレゴール、綾小路・レオの歌と踊りのリサイタルとボブ左衛門のダジャレリサイタルに決定したらしい。
なんつーか‥‥真面目なんだか不真面目なんだか分かりゃしない。
兎にも角にも、愉快なゲストも呼んで青空の下で何やら楽しい事が起こりそうな予感。っていうか悪寒☆
●嵐になるまで待って
高い碧空には雲ひとつなく、爽やかに流れる風が薫る緑を撫でている。
同じく風に揺れる旗・旗・旗――。
会場の周囲を埋め尽くした黒い旗が小気味よく翻って踊る。
「遅かったじゃない。PSS(パンチ・ショート・酢昆布)団! 今日こそ決着をつけようじゃない!」
先に会場入りしていた苫地・舞奈(w3d807)は皆を待ち構えてピシリと指を突き立てて宣戦布告‥‥はこの際良いとして。何ですか、その酸っぱい名前は。
パンチの効いた酢昆布‥‥きっと遠足のお供にもなりゃしない。
しかしPSS団のイメージとするならば、それ程間違っちゃいない。むしろ言い得て妙。
今回もパシらされたゴッキーこと逢魔・カファール(w3d807)は何十、いや、何百にのぼるだろうか、結社の象徴である旗を立て終えて既に疲労の色が見える。
「まぁ、これもある意味賑やかでパーティって感じだし、いいんじゃねぇの?」
手を翳し、眩しい陽射しに目を細め旗を見上げた野雷が事も無げに言う。
相変わらずピーチフル以外には寛容‥‥というより無関心?
カファールの苦労は報われない。
舞奈も「結社とPSS団の因縁の戦いに終止符を」なんて言ってみたものの、結局は楽しくパーティを過ごすのが目的だったりする。
仲良くバカ騒ぎできる雰囲気作りに尽力するつもりだったようだ。
激しく間違った方向に作り上げたようだが、そんな些細な事を気にするような繊細かつピュアな心を持った人はきっと福島を訪れる事はない(失礼☆)
そんな舞奈の本日の衣装はアシメトリーストリングホルターの背中の大きく開いたミディアムドレス。銀繻子の裾がドレープを描きふわりと風に揺れている。
むんと張った胸は、むん、といかに張っても見事に真っ平ら‥‥詰まる所、俗に言う『洗濯板』なワケで色気の欠片もありゃしないのだが、そうは言っても彼女は14歳のお嬢さんであるからして将来に期待――いや、だってホラ、人生博打も必要だよ。うん。
またの名を『せくしぃ怪人・きのこぶなっぴー☆』とか名乗ってるのですが‥‥しーっ! 大丈夫! 言うのはタダなんだから☆
という事で、自称せくしぃ怪人が見事に宣戦布告したのだが、肝心のPSS団はと言えば――。
野雷は既に清掃員姿になり活動を開始しているし、その他のメンバーも‥‥まぁ、毎度の事だ。
「へぇ、今日はまた随分印象が違うんだね。そのドレス似合ってて可愛いよ」
酢昆布職人‥‥ではなく、深紅のスーツをラフに着こなしている江見氏・喬牙(w3i269)はかけた青のサングラスを少しずらし上げて舞奈に声を掛けた。
本人にしたらその気はないのだろうが、ナンパが趣味なだけはあって、良く言えば選び取る言葉にそつがない。
ストレートに言うなら軽い。どこか飄々として捉えどころの無さを感じさせる。
加えて、深紅のスーツだけでも十分ただならぬ雰囲気を醸し出してはいるのだが、よくよく見てみればボタンやネクタイピン、ベルトのバックルにPSS団のロゴが入っている。
怪しさ大爆発である。
「せっかくのパーティだからね! 喬牙も放蕩ドラ息子って感じで似合ってるよ!」
褒め言葉なのだ。‥‥多分。
「そうかい? ありがとう。神魔主催のパーティ‥‥互いに親睦を深め合い、和平に向けて前進してゆく為の第一歩となる重要なイベントか‥‥ふむ、ようやく福島で活動してきた者たちの願いが実現し始めた、ということか。いや、平和大いに結構! このパーティ、ぜひとも成功してほしいものだねぇ」
このドラ息子、言っている事がまともなだけに非常に残念である。
何故このような青年までもがPSS団にいるのであろうか。激しく疑問ではあるが、
「しかしそれとPSS団の活動とは全くの別問題。そこにピーチフルがある限り撲滅しない訳にはいかないんだよね」
安心し給え。紛れも無くPSS団の一員だ。
――やはり捉えどころが無かった。
「ほら、ヴェスちゃん。お仕事頑張るのよ。よろしくて?」
淡いピンクのアンティーク調ドレスに身を包んだレディ・クレセントこと瀧津・朔夜(w3j408)が逢魔・ヴェスパー(w3j408)の耳元で言い含める。
「ええーっ。だって、そんなぁ‥‥」
「よ・ろ・し・く・て?」
「魅惑を使わず誰でもいいから(男女問わず)一人落としてこいって言ったって‥‥」
しかし、ここで抵抗してみせようともそれは無駄な事。
どんなに理不尽だろうと有無を言わさない迫力というものがこの世には存在する。それ自体が既に理不尽と言えなくも無い。
少なくとも彼、いや、彼女がこの口調であるうちに引き下がるのが得策である。
魔皇と逢魔の関係は往々としてこのようなものだ。頑張れヴェスパー。負けるなヴェスパー。
きっと明日はあるさ! えーっと‥‥多分あっちの方かな?(視線逸らし)
「うわぁぁん、野雷さーん」
清掃員姿の大男に泣きつくピンクのロリワンピースの少年は周囲から見れば可憐な少女に見える。
どちらにしろ清掃員と視覚的に不釣合いで目を引くのに変わりはないのだが。
そんな中で、我関せず黙々と料理の準備をしている紗霧・蓮(w3d562)はある意味天晴れだ。
「人の味覚は曖昧なもの。視覚から入る情報で思い込み、それから離れていれば不味く感じる。故に料理は盛り付けの細部にまでこだわる。‥‥今回はそれを逆手に取った」
聞こえてくる不穏なセリフはこの際、聞かなかった事にしよう。
現に他のメンバーはそれどころじゃないので誰も気付いちゃいない。
隣でいそいそと作業に追われる逢魔・氷冥(w3d562)に至っては、手元を見るに小学生の粘土細工‥‥えーっと、ごめん言葉を選んでも出てこないような、兎に角素晴しい兵器を作成中のご様子。
同じ材料でここまで突飛なモノが作れるのは一種の才能であろう。芸術と言ってもいい。
見た目からしてそうであるから、決して誰も口にしたいなどとは思わないだろうが、芸術とは万人に受け容れられるものではない。
万人どころか誰一人受け容れられそうにはないが、それは気にしない方向で☆
パーティの準備は着々と進んでいた――ええい、強引でも構うもんか!
「今日の祀ちゃんの服、スゴク可愛いですよ! 普段からそういうの着ればいいのに‥‥。あ、でもぼくにだけ見せてくれるっていうのも捨てがたいかも〜」
周囲の騒音は完全にシャットアウトして2人の世界を突き進んでいるのは久世・一子(w3b574)と花瀬・祀(w3e594)。
クリスマスを共に過ごしてから2人の関係は大きく変化した。
とは言え、一子は普段と同じゴスロリ、祀もパーティ用のワンピースで着飾って傍から見るには愛らしい女の子2人連れである。
「一子さんは今日もすっごく可愛いねぇ!」
祀が大きな声を上げて一子に腕を絡めるが、これは半ばヤケッパチ。
何せ久々のデートなのに友人同士に擬態しなきゃならないのがちょっぴり悔しい。勿論、祀自身も酢昆布団(だから違ッ)に邪魔されない為だと頭の中では十分理解しているだけに憤りをぶつけようもない。
それでも2人で過ごせるのは本当に嬉しく、パーティと言われれば矢張り心が躍る。複雑な乙女心なのだ。
「あ! パーティ始まったみたいだよ」
背後から響いた歓声が耳に流れ込んできて、一子と祀が振り返って空を見上げると一斉に飛び立った白い鳩と色とりどりの風船が青い空に溶けてゆく。
「お、始まったみたいだね〜」
丁度その時、会場の真ん中で高瀬・凛(w3g433)も逢魔・澄香(w3g433)と共に空を仰いでいた。
「綺麗なのですぅ〜。外で食べるアンパンも美味しいのですぅ〜」
いや、君はどうせ何処で食べても美味しいじゃないか。
何せ「アンパンは世界の宝ですぅ〜世界はアンパンのためにあるのですぅ〜」なんて豪語してるくらいだ。
「やっほ〜、チェリー君楽しんでる〜?」
「あん?」
見慣れない女性に親しげに声を掛けられた野雷は眉根を寄せる。
かなり不躾ではあるが、数秒まじまじと眼前の凛を見事(けんじ)して「あぁ!」と手を打つ。
「なんだ、凛か。いつもと違うから分かんなかったじゃねぇか」
「なになに? あんまり美しいから見蕩れちゃったって?」
「言ってねぇよ!」
「照れるな、照れるな、このっ」
「照れてねぇっ!」
普段見慣れた眼鏡ではなくコンタクトレンズ、カシュクール風のロングキャミソールと長いスリット入り七部丈のパンツセット、耳元には小さな四葉のクローバーのピアスが品良く輝いている。
●ディアーフレンズ・ジェントルハーツ
「お招き有難う御座います。雪花を含め、いまだ混沌とした戦いが続いておりますが、福島が和平へ向けて動き出したとの事、私も大変嬉しく存じます。これも偏に皆様のこれまでのご尽力の賜物で御座いますわ。より良い未来へ向けて更なるご活躍を期待しております。及ばずながら私も力添えさせて下さいませね」
久方ぶりに姿を見せた伝の菊は白い肌を庇うように日傘を差して深々と頭を垂れた。艶やかな黒髪が肩から流れて落ちる。
「菊さん、久しぶりだにゃ! 雪花があんな事になっちゃって心配してたんだにゃ。元気で安心したのにゃ」
「ええ、皆様もお元気そうで良かったですわ。今日は楽しませて頂きますわね。これ、皆様で召し上がってくださいませ」
駆け寄ったチェリーに微笑んで返し、土産に持って来た茶菓子を渡す。
「おい、こりゃ一体何のパーティなんだよ」
「趣の変わったもののようだが、魔の者古来の宴の形であろうか」
「まぁ、そんなところだね」
凛が苦笑して答える。
マントを風に泳がせ登場した大天使、ルフスとアヤクスの姿も十分仮装パーティと言えなくも無い。
ルフスは翠の瞳、頭部にはくるんと巻いた羊の角、アヤクスは深い紅眼に長く垂れた兎の耳と足、という風貌である。
「せっかくの機会ですし、少々お話致したいですわ」
福島の今後を語ろうと茶の席を用意していた朔夜がルフスを案内する。
「俺も聞きたい事がある」
カファールもアヤクスを誘う。
「いいだろう」
お手製の桃のタルトレットを茶請けに振る舞い、暫く他愛もない会話で和んだところで朔夜が口火を切った。
「福島の神帝軍の方や密だけでは全体的な情報と言う面で不安が残ります、とりあえずこれを‥‥」
膝元に差し出したファイルは朔夜自身が纏めた翡翠魔皇に関するレポート、及び全国の魔皇の活動報告書だった。
それを手に取り視線を落すとパラパラと捲って何度か頷いてみせたルフスがファイルをアヤクスに渡す。
「この地を守るのに必要なのは力はもちろんですが‥‥なにより情報ですわ、何をすべきか見極めるためにも情報戦で負けるわけには行きませんの。そのために体を張って情報を集めてきましたの」
「成る程。そなたの申す通り、何事をなすにも無知ではならぬ。常に目を向け、耳を傾け、知ろうと怠らぬ事、真実を見極める事、刻々と移り変わる情勢を決して見逃さぬ事が大事であろう。無知は時に誤った判断を引き起こす」
ルフスの言葉に朔夜が膝を進める。
「そこでですわ。すでに何人かが動いてますけど、魔皇の密のようなものがあっても面白いでしょう?」
「魔皇の密? と申すと、情報収集などを目的とした組織という事か」
「ええ。福島では戦う必要がなくなりましたけれど、まだ全てが終わったわけではありませんわ。戦いは続いておりますし、どう動いていくか‥‥傷付け合う意味での戦いには終止符を打ちましたけれど、私達の戦いもまだ終わっていませんわ」
「ふむ」
暫し口をつぐみ思考を巡らすルフス。
「福島を守るためにも必要だと思いますわ」
「俺は悪くない意見だと思う。俺らには俺らの、こいつらにはこいつらの、これまでの経験や情報網ってもんがあるだろう。協力すりゃ早いんじゃないか? 互いの考えも分かるだろうし。勝手に動かれるのは困るがな」
意外な事に肯定的な意見を述べたのはアヤクスだった。とは言え、何かを含んだ様子ではあるのだが。
「情報を集めるだけでは意味はない、それを纏め分析し、方向を定める組織も必要であろう。また、神魔どちらかに与する者のみの組織を公的に発足するのにも問題があろう」
「‥‥そうですわね。まだ構想段階ではあったのですけれど、ご賛同頂けるなら良い形でお考え頂きたいですわ。少々早まりましたけれど組織の名前も考えてみましたの」
「何と申す?」
「物事を動かすのは自分達次第という自戒の意味も込めて『ラ・ルオタ』(運命の輪)などは如何でしょう?」
「ほう、ラ・ルオタか‥‥。良い名ではないか」
深く頷いたルフスは組織結成に向け、神魔で近々正式に話し合うと約束をした。
「俺は、なぜ神魔はここまでして人間に介入するのか。今後、福島神帝軍はどうするのか、を訊ねたい」
カファールが切れ長の漆黒の瞳を向けて問う。
「神の意思だからさ。俺達はこの世界を安寧秩序に導くこと以外に目的なんかない。それが使命だ。分かるか? 使命とは命を掛けて遂行する仕事のことだ」
キッパリと言い放つアヤクス。
神の意思によって動く彼らエンジェル達には人間や魔の者とは異なる価値観があり、変わることはない。
同じ人間同士でも生まれや育ちが違えば価値観も大きく変わる。そして、それは根底に根付いているものであり一朝一夕で理解できるものや変化するものではないのだ。
「正直に言おう。俺は今でもお前ら魔皇を全員ブッ潰すのが一番早い解決方法だと思ってる。それが間違いなく安寧への近道だろう。だけど‥‥遠回りしてみるのも悪くないんじゃないかって、そう思ったのはお前らの馬鹿がうつったのかもな。近道してたら見えなかったもんが、こうして見えてきた」
パーティを楽しむ人々の楽しげな声に振り返って再び言葉を続ける。
「どんな瞬間も選択肢ってもんはいくつもあるもんだ。この足を踏み出すか、留まるか。目の前の飯を食うか、床にぶちまけるか。笑いかける奴に笑い返すか、ぶん殴ってやるか。誰だって息するみたいに知らないうちに選択してんだ。俺はお前らがドラムを打ちやがったから響いてみたくなった。それだけだ」
トン、と胸に手を当てる。
太鼓は打っても振動しなければ、響かなければ、よい結果(おと)は鳴らないものだ、と。そして、その太鼓(むね)を打ったのはお前らだと、そうアヤクスは言っているのだ。
「信頼するに値するかどうかは、この瞳で見極めてやる」
或いは、不器用な男の照れ隠しとも取れる。
何しろどんなに息巻いてもロップイヤーのように垂れた耳では迫力に欠ける。勿論、実力は言うまでもないのだが。
幸い福島には邪念を抱く魔の者はいない。皆、心から和平を願っている。大天使・アヤクスも当然それは心得ているはずである。
つまり「お前らを信じたい」と、その一言を素直に言えない男のようだ。
「まぁまぁ、何ですの? 難しいお顔をなさって。せっかくのパーティなのですから、そんなお顔は不似合いですわ」
背後から掛けられた声に振り返ると、ウエディングドレス姿のみゆきママがにっこりと笑っていた。
「‥‥誰だアンタ。知り合いか?」
「キミ、野暮な事言っちゃいけないよ! パーティじゃないか。エキサイティングしないと! 実に楽しいね。僕なんか昨日からわくわくして眠れなかったんだよ!」
アヤクスの肩をガシッと掴んだのは白いスワロー・テールド・コート、いわゆる燕尾服を纏ったみゆきパパ。
「おい、お前ら知り合いか?」
助けを求めるように朔夜とカファールに振るが、2人とも視線を逸らす。
「おや? あっちでショーが始まるみたいだよ。パーティに来てまで小難しい話なんか抜きさ。楽しまないとねっ!」
そのまま強引にアヤクスを引き摺って行く。
「まぁ、聞きたい事は聞いたし‥‥」
カファールは表情を変えずその背中を見送る。助ける気ゼロ。アヤクス哀れだ。
しかし、みゆき両親は何だってあんな衣装‥‥ってあの2人の事だ、考えても無駄であろう。
●キャンドルは燃えているか
(「パーティを台無しには出来ないから、いつもみたいに派手な事は出来ないけど‥‥陰湿な嫌がらせでチマチマといたぶるのもまた一興」)
相変わらず狡い事を考えている喬牙。ピーチフルには容赦がない。
「やあ、一子、祀、楽しんでるかい? 飲み物を持ってきたよ」
当然ながら胸に渦巻く黒〜いものは綺麗さっぱり包み隠して爽やかな笑顔でグラスを差し出す。
「ありがとう」
「あ。祀はこっちね。こっちは一子」
にこにこにこ。
グラスを受け取り口に運んだ一子の顔色が見る見る変化する。青から紫、最終的には土色。
火山灰で赤く染まった空の下で叫ぶ名画・ムンクの叫びもビックリな表情。見ている方が恐ろしい。
「ちょっと、一子さん大丈夫っ?」
慌てた祀が声を掛けるが暫く再起不能の様子。
「ひどーい! 何したのっ?!」
「あはは。大丈夫。漢方だの何だの色々混ぜてね。センブリ茶など目じゃないほど激烈に苦いが、体には害じゃないどころか長生きできそうだよ。祀は可哀想だから一子だけに特別プレゼント」
いくらピーチフルでも、やはり女性には‥‥できません。
「大変な目に遭ったね。一子さん平気?」
「かなり有り得ないほど苦かったですけど‥‥体にいいみたいですし、ね」
苦笑する一子は確かに恐怖のドリンクを飲む前よりも顔色が良いような気もする。
いつの間にかゴスロリから男物の服装に着替え、祀を誘い出した。今度は誰にも邪魔されないように。
突然、パーティ会場から人気のない場所へ連れ出されて驚いた祀は更に衣装を替えた一子に目を丸くして驚く。
勿論、これは嬉しい驚き。
「祀ちゃんには内緒にしてたんですけど、今日はプレゼントがあるんです。実はお揃いで指輪を頼んでおいたんですよ! ‥‥えーと、こ、婚約指輪ってことで‥‥。受け取ってもらえますか‥‥?」
「えっ?! 指輪‥‥?」
驚きと感動で、暫く言葉に詰まる。
「あっ‥‥あたし‥‥今日が人生の中で一番嬉しい! クリスマスのときより嬉しいっ!!」
ガバッと抱きついた祀を衝撃ごと受け止めた一子は微笑んで、左手の薬指にそっと指輪をはめてやる。
「そうしましたら一度ご家族の方にご挨拶に伺いませんとねっ。む、娘さんをお嫁に下さいって。ああ、練習しておかないとなぁ‥‥」
照れたように頭を掻き、緊張の色を覗かせる。
そんな一子の様子に祀も余裕を取り戻し、笑みがこぼれる。
「‥‥あたし、やっぱりまだ親父のこと‥‥好きになれないけど‥‥でも、一子さんとなら今すぐにでも家に帰って「これがあたしの大切な人だよ」って胸張って言えると思う。‥‥へへ、あたしの親父、超がつくほど頑固だから覚悟しといてねっ」
「それは手強いですね。でも負けませんから」
肩を竦めた一子が風に揺れた祀のポニーテールの髪先に唇を寄せる。
仲間から離れ2人だけの空間で甘い誓いの口づけ。
あの日灯ったキャンドルは今も2人の心の中で燃えている。きっと、いつまでも消えることなく――。
次のクリスマスも、その次のクリスマスも。ずっと、ずっと。
●太陽まであと一歩
祀が一子とパーティを過ごしている為、一人で参加していた逢魔・都昏(w3e594)は暫く適当に飲食しながらぶらついた後で凛を誘い出した。
会場の隅の大きな木の下。
木陰から眺めると、あまり離れてはいないのにパーティ会場が遠く感じる。
こんな場所に誘い出したのはPSS団から逃れる為でもあり、また、ゆっくり話がしたかったからでもある。
「どうしたの? こんなところに連れてきて」
「‥‥身長、結局未だに凛姉さんを越ていないけど‥‥でも、凛姉さんに対する気持ちは、あの日以来ずっとずっと強くなってて。‥‥慎さんみたいに、頼りがいのある大人なんかじゃないけど‥‥でも、あの日、泣いてる凛姉さんに何も出来なかった‥‥あの時の僕ほど、子供でもないんだよ?」
身長差、わずか3cm。
ほぼ同じ高さの瞳を真っ直ぐに彼女へと向ける。
静かに語りだした都昏の言葉を、同じく真っ直ぐな視線で聞き入れる凛。
「‥‥いつか絶対、凛姉さんに追いついてみせるから。だからそのときまで、待ってて‥‥僕の傍にいて、くれる?」
震えるような気持ちを視線を落とし、やっとの思いで伝える。
揺るがない情熱は痛みにも似ていて。想いが強ければ強いほど、不安が反動となって押し寄せる。
大切なものを失うのは何よりもの恐怖だ。
「ははっ‥‥まぁ身長は今、成長期だからね、すぐに追い越すだろうけど。‥‥慎さんは慎さん、あんたはあんた。だからそんなの気にする必要なんてないよ。‥‥そうだなぁ‥‥なんて答えたらいいかなぁ‥‥」
そこまで言って言葉を切った凛に、不安げに目を上げた都昏の唇に柔らかい感触が伝わる。
「っ‥‥」
「いいよ‥‥何時までも待っててあげる。あんたのこと、どうももう弟だって思うことも出来ないみたいだしね‥‥。でも辛いと思うよ? あたしはきっと慎さんのことは忘れられないから‥‥でも、それでもいいっていうなら、待っててあげる」
驚いて瞳を見開いた都昏に悪戯っぽく笑ってみせた凛が彼の肩に顔を埋めた。
その仕草を愛しく思いながら、都昏はそっと彼女の肩を抱き「きっとすぐに追いつくから」と耳元で呟く。彼女に、というよりは自分自身に発破をかけるように。
2人は木の陰に隠れて再び軽く唇を重ねる。
彼女の瞳に今にも溢れ出そうに輝く涙を都昏は優しくそっと口づけで拭った。
無理して背のびをしなくても届く位置――太陽まであと一歩。
「‥‥ちょっと見ました? 奥様」
「ええ、しっかとこの目で見ましたわよ」
「あのピーチフルめらどうしてくれやがりましょうねぇ」
「天誅ですわね」
凛と都昏のピーチフルを見逃すハズもないPSS団。
中でもとりわけ気合いの入っている(言わば寂しい野郎共)野雷と喬牙が井戸端会議‥‥ではなく作戦会議。
この少し後、都昏も一子と同じ被害に遭う(合掌)
●TWO
蓮の作った料理は多くの者に衝撃を与えていた。
辛い料理は激甘お菓子で作り、スイーツなど甘い料理は豆腐や麩でできた擬似料理(しかも激辛)で作り上げてみせたのだ。
それぞれは、それぞれの味として食すれば美味しいのだが、先入観、固定観念‥‥いわゆる思い込みという機能が働き、お菓子の形をしていれば当然甘いものと思い口に運ぶ。
人は予想していない事態に陥ると脆く、狼狽するだけの暇も余裕もない。
この料理は、いかにもカップル向けにハートの小皿に一人では多いくらいの量で小分けに盛り付けられていた為、次々と撃沈したのは主にカップルである。
当然、辛いと思った料理が甘く、甘いと思った料理が辛い、という以外に害はまったくなく、慣れてしまえばそれなりに楽しく食せるのだが。
PSS団は今回、かなり優秀な助っ人を確保していたようだ。
そんな蓮は極秘にピーチタルトを作っていた。
そのピーチタルトを前に思案する。
「‥‥答えを急かす気は無い。俺の答えは決まっている。‥‥と言いつつ、こんなもん用意してるあたり、俺も基地の連中にあてられたな」
漏らした独り言に思わず苦笑する。
このタルトは氷冥の為に特別に作ったもので、タルト自体は極普通のものだが、中にチューリップの彫られた銀の指輪が入っている。
蓮が本当に渡したいものはこの指輪と想いなのであろう。
伝えたい想いを託したピーチタルトを前に5分、10分と睨めっこ。男とは、こういう時に煮え切らない生き物だ。
待つ身にもなりやがれ! と言ったかどうか、待ち飽きたのか当の氷冥の方から蓮を呼び出した。
彼が自分の本心に気付かぬフリをしている事は以前から知ってる。それを終わらせようと意を決した氷冥の表情は鬼気迫るものがある。
ぶっちゃけ怖くて近寄れない。と、言う訳でPSS団も見て見ぬ振りである。
男ならハッキリして欲しいという強い意志とは裏腹にやはり漂う緊張感に自分自身パニックを起こし、既に精神崩壊の域に達した模様。
最終的には胸倉を掴み上げ「付き合え」と脅しにかかっている。
うーん‥‥まさにデンジャラスな恋。
そんな彼女が後にピーチタルトの指輪に気付いた時の表情が実に楽しみである。
●シンデレラ迷宮
パンツスーツにピンヒールでビシッと決めた逢魔・十保(w3b574)は半ば自棄になって手当たり次第アルコールを流し込んでいる。
魔皇の一子は祀とイチャイチャ。その他も、PSS団の陰湿な嫌がらせにも負けずピーチフル満載な空気。
手持ち無沙汰で更に酒を呷る。表情には出ていないが、かなり出来上がっている。
ふと視線の先に同じく一人でつまらなさそうにアンパンをかじる澄香に気付き声を掛けた。
「あら? せっかくのパーティーなのに一人でどうしたの?」
「凛ちゃんがぁ〜いないのでぇすみちゃん一人なのですぅ〜」
「そう‥‥お相手が居ないなら私じゃダメかしら?」
な、何がッ!!
と、問い返す隙もなく、澄香を抱き寄せ髪や頬を撫でている。
姉さん仕事が早いです!
「くすぐったいのですぅ〜」
戸惑った様子の澄香は首を竦めて目を閉じる。
「髪もさらさらだし、ほっぺたもぷにぷに‥‥可愛いお口はどうなのかしら? お持ち帰りしたいなぁ」
更にエスカレートして顔を近付ける。半分押し倒し状態である。
「すみちゃんなんかでぇ〜いいんですかぁ〜‥‥?」
だから何がッ!!
酔っ払った勢いも手伝って禁断の世界が繰り広げられようとしている。
十保が本当に酔っているかどうかは本人以外誰にもわからない――が、澄香は完全に素面なので、どうにかなっても、きっと無問題さ☆
●アンフォゲッタブル
メインステージではボブ左衛門とメアリーのダジャレリサイタルが開催されている。
ハッキリ言ってかなり寒い。
そのステージに逢魔・エリアス(w3a483)が登場。純白のウエディングドレス姿である。
「野雷くん! どこにいるのにゃ! 早く式を挙げるのにゃ!」
「はっ?」
急に挙式と言われて驚く野雷の肩を叩き、蓮が包みを渡す。
中身は純白の羽織袴。
「‥‥氷冥から「武人の情け、死装束くらいはまともな方が良いだろう」だそうだ」
「なんだそりゃ!」
結婚は墓場‥‥かどうか、兎に角正真正銘の死装束を渡されても大迷惑である。
そもそも突然、挙式と言われれば誰もが驚愕する。しかも身に覚えがないだけに強烈だ。
「野雷くん発見にゃ! 誓いの口付けを‥‥あ! 何で逃げるのにゃ! 恥ずかしがらなくてもいいのにゃ!」
逃げ惑う野雷をエリが追いかけ回す。
きっと恥かしがってる訳ではない。
「お前、モノには順序ってモンがあるだろーが!」
「あらあら、『エリと野雷くんの結婚式をするからぜひパーティに来てほしいにゃ』ってエリちゃんから招待状貰ったけれど随分変わった結婚式なのね、パパ」
「若さだねっ! 2人の溢れる愛が伝わってくるイイ式だねっ!」
いや、だから違うから。
「だーかーらー! いきなり結婚とか言われても困るって言ってんだろ!!」
チェリー君をその気にさせるにはゆっくり時間をかけて。
「えーっと‥こんな事いつもは言えないから、ゴッキー‥じゃなかった、カファール。ありがとう。それと、これからもよろしく♪」
いつになく緊張しながら素直に感謝の気持ちを伝えてくれた舞奈にカファールは生まれて初めて笑みを向けた。
自然に出たその表情に自分自身驚いたのだが。
そんな騒音の中、チェリーは一人パーティを抜け出して母成峠東軍殉難者埋葬地へ来ていた。
「福島もようやく和平の道を歩む。福島で活動すればするほど、この地を好きになった。好きになればなるほど、この地の歴史を知ることになった。知れば知るほど、悲しみを感じた。あたしは二度とこの惨劇を繰り返さないため戦った‥‥そして、人を守り、人の影となって生きることを誓った。これからは福島の平和のため影で生きていく」
結わえた髪をそっと左手に掴む。
「次に表にでるのは‥‥天秤が傾いた時」
右手に握ったバリカンで自らの長い髪を切り落とした。
会津の風に乗って、髪が土に還る。
「バリカン娘はこれでいなくなる‥‥」
今日という日が過去になり思い出に変わっても、決して変わらない想いは受け継がれてゆく。
それは誰もが望む小さな小さな夢だから。
今日が明日になっても、明日はやっぱり今日で、明後日になったら、また今日はやってくるから。
アンフォゲッタブル――それは忘れられない大切なもの。
綺羅と輝き決して朽ち果てぬもの。 |