■【バベル温泉】 温泉バトル■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオ クリエーター名 シーダ
オープニング
 5月14日、鼎たち翡翠の中心人物たちが古の隠れ家の黒城へ向かっていたころ、リトル翡翠では一騒動おきていた。
「おおっ、いいねぇ」
「ひゅーひゅー」
 普段は会議などが行われる広間も今日だけは趣が違っていた。
「何だ? この騒ぎは?」
「何って美人コンテストさ!!」
 魔皇は光景を見てもさっぱり訳がわからなかった。逢魔たちが特殊能力を駆使し、己の魅力を最大限に引き出して戦っている。
「何だこれ?」
 ごもっとも‥‥ 翡翠では美人を決めるとき必ずバトルする慣習があったらしいのだ。神帝軍が現れて、この1年近く開催されなかったので魔皇たちが知らなくても仕方ない。
「マジかよ‥‥」
 呆れる魔皇をよそにバトルの盛り上がりは最高潮に達していた。愛玩動物に変身して相手が攻撃できなくする者、動物を呼び集めて味方につける者、観客を味方につけて戦う者、可愛さをアピールして攻撃してくる相手をブーイングの嵐に叩き込む者、戦法は様々だ。この段階で己の存在をアピールしている逢魔は10名程度まで減っていた。
「そろそろ決着だな」
 周りで観戦している逢魔たちも固唾を呑んでいる。
「さぁ、そろそろ決まるのかぁ!! 翡翠一の美人は誰なんだぁ?」
 決着は近い。

 しかし‥‥ レギオン貸与を条件に紫の夜を行うための黒城の儀式の間の間借り、そして食料や資金など全面的な支援を受けた結果がこれだ。少し余裕ができたからといって‥‥ しかし、翡翠決戦の悲しみ、切迫した生活、いまだ拭えない九州神帝軍の影、そんなものを吹き飛ばしてしまいそうな盛り上がりである。きっと鼎様も‥‥ 出たかったに違いない。
「クシュッ、クシュッ」
「鼎様、いかがなされましたか?」
「いや、誰か噂しているのであろう。気にするな、どうせ大した噂ではあるまい」
シナリオ傾向 逢魔のみ 女性限定
参加PC 神楽・蒼
礼野・智美
娘萌・眼鏡
中村・裕紀
飛田・久美
狭山・彩
カイル・クラフト
【バベル温泉】 温泉バトル
●【バベル温泉】 温泉バトル
●予選
「バトル? 心理戦と実力戦‥‥ですか? やってみたいです」
 逢魔・ユフィラス(w3b872)は、試合開始と同時に主の愛刀・雪月華と逢魔の短剣を抜いて手近なフェアリーテールに切りかかった。真っ白なストールとドレスに黒き翼という美しい出で立ちで、疾風のように襲い掛かる。
『お〜っと、攻撃は効果抜群〜! しかし、相手も癒しの歌声でダメージの半分を回復している。ポイントは5分5分か?』
 雪の舞う刀身が閃き、雪夜のドレスが舞う。
『単純に戦闘しているだけだけど、美しいー!』
 カイル・クラフト(w3i659)の実況の間にも休む間もなく攻撃が繰り出され、急所への峰打ちにフェアリーテールの目が渦巻きになる。
『あ〜! ついにダウ〜ン』
「かっこいいぜ〜! ユ〜フィ〜!!」
 礼野・智美(w3b872)が声をかけると、周りからドッと笑い声があがった。今までは美人コンテストに魔皇の応援が入ることなどなかったのだ。一風変わった催しとなり、みんな楽しそうである。

(「出るからには負けない‥‥」)
 逢魔・裕美(w3d059)は漆黒の翼で浮遊しながら凶骨の鎌を受け流した。
『浮島だ〜! これは微妙にツボをついたパフォーマンスゥ! それよりも‥‥ 揺れ乳が燃えますね〜!!』
 ユフィラスを盾にしたり、隠れ蓑にしながらゆらゆらと黙々と攻撃を避けている。ユフィラスが可憐なら、裕美はグラマラス。2人は意識せずに連携していた。
「攻撃されて〜〜!!」
 こんな逢魔まで出る始末。相乗効果で萌えまくりである。それを見た裕美の魔皇・中村・裕紀(w3d059)も当然ヒートアップ。
「裕美ー! 目指すは優勝ですよー!」
 裕紀の手には水着審査があったときのために、と荷物から引っ張り出したワンピースの水着が握り締められている。
『まさに親バカ! でも水着姿は見てみたいなぁ。スリーサイズは94! 59! 89! アイドルグループに所属してるんだって』
「スリーサイズなんて、どこから聞きつけたんですか!?」
『フレッシュ☆パーティの公式サイトに載ってたよ』
「え〜っ!?」
「うるさい‥‥」
 スコ〜〜〜ン!! 
『会心の一撃〜!! って、あれ?』
 裕美の投げたヤギ桶が観客の向こう側まで飛んだ。思わず実況したカイルだったが、音源を見ると‥‥ 頭の上でピヨピヨひよこが走り回り、白目をむいている裕美が手足をピクピクさせていた。ついでに飛田・久美(w3f231)も‥‥
『大好きなサッカーチームのレプリカユニフォームを買うお金を稼ぐためにバイトするんだって言ってた久美ちゃんが巻き込まれてる〜』
 でっかいたんこぶを指でツンツンしながらカイルが顔をしかめていると、突然起き上がった飛田がマイクを奪った。
『設定説明ありがと。泣き虫だけど、泣いてからが強いのがあたし。頑張るよ! ポップコーン、いかがですか? これ売れないと大好きなサッカー、見に行けないんです』
 このご時世に、とんだ苦労話だと多くの逢魔が涙している。
「ええ話や‥‥ オロロン。全部こうたるでぇ」
 気前のいい逢魔が万札をたんこぶに張っつけた。しかし、飛田の反応はない‥‥
「なんやネエチャン。うれしくないんかい」
 貼り付けた勢いのまま飛田は気絶していた。

(「いつもは忙しい蒼に落ち着いて静かな時間を過ごし、ゆっくりと温泉に入ってもらいたいと思って来たんだけど‥‥」)
 逢魔・アシリア(w3a615)は優勝を狙って、優勝者の権利として少しだけ温泉を貸切にしたいと思っていた。しかし、周りは強敵ぞろい。優勝できるかはあやしい‥‥ そこで条件次第で棄権してもいいと考えていた。
「戦ってねぇ奴もいるじゃねぇか。オラ、隠れてないで出てきな」
 クリムゾンがアクセルを吹かして隠れていたアシリアを脅した。
「見つかった‥‥ なら」
 アシリアが歌い始める。
「蒼が1人で温泉に〜♪ 入れるならば♪ 棄権しても♪ 構わ〜な〜い〜」
『聞きたくなくても聞こえちゃう、伝達の歌だ〜! ポイントになるか? ‥‥ でも、内容がちょっと変だぞ』
 カイルの実況に、激しい戦闘を続けていたユフィラスたちもその手を止める。
「あいつは〜♪ 脆い癖に頑張るからな‥‥ 私も♪ 蒼のために‥‥」
『ちょっと待った〜!!』
『ちょっと待ったコールだぁ‥‥って、マイク返してよ』
 MCお立ち台に割り込んできた2人にスポットライトが当たる。
『なんとビッグゲスト、金ちゃん銀ちゃんの乱入だぁ』
 マイクを取り返したカイルが、バベル温泉の管理人・金高弘樹と彼の逢魔・銀河を紹介する。
「他の客の邪魔になっては迷惑だが、折角のイベントだ。水を注すのも野暮だからな」
『そうそう』
「蒼が‥‥ってのは、営業時間外でいいなら時間を作るけど?」
『だってさ、アシリア?』
「みんなはどう? 構わないよね」
 逢魔たちの前に飛び出した銀河がクルンと回りながらウィンクすると同意の歓声が上がる。
『銀河ちゃん、審判やってくれる? MCと審判、掛け持ちなんだ』
「いいよ」
 銀河がMCお立ち台に上った。
『人数も絞り込まれてきたみたいだしっ、少し休憩してから決勝戦やりま〜す。みんな頑張ってね』

●ハーフタイムショー
 今しがたバトルが行われていたフィールドが観客席も巻き込んで暗闇に包まれ、その中に星々の光を一身に集めたユフィラスが舞い降りた。着地した瞬間に頭から被ったストールを落とし、雪月華を抜刀。闇の中に光の筋が、シュッ、シュッと伸びる。主から習った奉納のための剣舞‥‥ 幻想的な舞いに、逢魔たちの眼差しはウットリと虚ろになっている。
『こ・れ・は〜! 忍び寄る闇と星の雫の合わせ技、しかも、黒き翼を使った剣舞は3次元パフォーマンス!! すっごく綺麗‥‥』
 剣舞を終えたユフィラスが嬉しそうに手を引かれる礼野を銀河の元に連れて行く。
「銀河さん、使ってやってください」
「それじゃあ解説をお願いします。1人で大変そうだから」
「わかったぜ」
 礼野はマイクを持つと、カイルと一緒にMCお立ち台に上がった。
『それじゃ、そろそろ』
『決勝戦』
『『いってみよ〜』』
 カイルと礼野のMCで決勝戦が始まる。
「鏡ちゃんみたいなロリ―‥‥ じゃなくて、美人さんが凛々しく堂々と闘ってるっていうも観客の男性諸君はきっと喜ぶよ♪」
 逢魔・鏡(w3i659)がカイルの言葉に首を傾げながらバトルフィールドに入っていく。さぁこれからという時に、くぅと可愛らしい音がした。逢魔たちの注目が、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている鏡に一斉に集まる。
『おぉ〜、これは‥‥ どう? 礼野ちゃん』
『確かに可愛いな‥‥って、何を言わせる』
『ギブギブ‥‥』
 礼野がカイルの首を絞める。戯れるMCの2人をよそにバトルは始まっていた。

●決勝戦
「ヒャーッ、ヒャッヒャッヒャ」
 朱雀号の爆音が鳴り響き、可愛さをアピールするシャンブロウを逢魔・クリムゾン(w3f231)が追い回す。
「ホラホラ、ホラ!」
 いびるようにすれ違い様に蹴りを入れる。ブーブー。当然ブーイングの嵐が起きるのだが、ヒール(悪役)でならす彼女にとってそれは賛辞にしかならない。
『クリムゾン、やる〜。バイクもかっこいいなぁ。でも、美しさのアピールがないからね。ポイントが稼げるか‥‥』
「うっさいよ!」
 実況するカイルに木刀が飛ぶ。その隙にシャンブロウは愛玩動物に変身して逃げ出そうとするが、バイクを降りたクリムゾンが立ちふさがる。
「正体は逢魔だから関係ねぇし」
 ボッコボコに木刀で殴りつけた。観客からブーイングが起きるのを楽しむ余裕を見せ、中指を立てて挑発までしている。

 鏡は魔操の篭手に力を込めると、地上付近へ降りてきた裕美に突っ込んでいった。
『おおっ〜と、どうしたの? 何かしたみたいだけど‥‥』
『メモがまわってきた‥‥ これ、限界突破みたいだな』
『でも智美ちゃん‥‥ 動きが全然変わんないよ?』
『え〜と、魔皇‥‥つまりカイル、あんたと能力的にはほとんど差がないからだな。ただHPだけは上昇するから全く効果がないってわけじゃないらしい』
『微妙〜〜』
 集中して狙いすましていた鏡と不意を衝かれた形の裕美。軍配は鏡に挙がった。魔操の篭手が裕美の足をつかんだ。片足だけ着地してたたらを踏み、裕美が体勢を崩す。振り向きつつ、その回転を乗せた胴へ向けての鏡の掌底突きが決まる。
「裕美、バトル続行不能」
 鏡はフィールドの片隅を見て、駆け出した。

 シャンブロウを足げにするクリムゾンの高笑いがフィールドに響く。
「弱い者いじめは、やめなよ!!」
 鏡がシャンブロウとクリムゾンの間に割り込むと、シャンブロウはフィールド外に逃れていった。
『弱い者を助けるために他人のバトルに割って入る勇気!! これはポイント高い〜』
「あたいとやる気?」
「もちろん!!」
 木刀を投げ捨てたクリムゾンが、鏡とタイマンを始めた。ガガガガ!! 拳と拳がぶつかるたびに鈍い音が響く。
「オラオラッ、どうした!」
「負けないよ!!」
 ヒット数はクリムゾンのほうが多いが、続けざまの限界突破で鏡も耐える。お互いの拳がクロスカウンターのように決まる瞬間、銀河が2人の間に割り込んで拳を止めた。
「クリムゾン、鏡、場外へ。両者バトル続行不能とみなします」
 肩で息をしながらも、2人の顔には充足感が満ちていた。

(「何の為にわいがこの1年、妄想や萌えについて熱く語ってきたと思うねん! さぁ、今こそ実力を世にしらしめるんや!! 大丈夫。わいがとっておきの秘策をさずけてやるから」)
 主の期待を一身に受けて逢魔・グラステール(w3b916)は決勝戦に臨んでいた。
「わたくし、翡翠と関係ないのに‥‥」
 そう言いながら決勝に残るあたり、さすが眼鏡っ娘。応援するマニア恐るべしである。
「古‥‥ 翡翠に基地を持つ者としては、これは逃せないよ‥‥ やっちまいなー!」
「え〜と‥‥ 私、争いごとは苦手なのですが〜。彩が言うなら〜。あら〜皆さん凄いですね〜」
 ノリノリの主に後押しされ、逢魔・古(w3f463)がフィールドに入った。ふと視線が合った。それがバトルの引き金だった。
(「フェアリーティルに伝わる奥義」)
 本を広げ読み出すグラステール。
「あ、あれ? この字なんて読むのでしたっけ? すみません、教えていただけます? この13行目の所なんですけど‥‥ そう、その字‥‥」
 古が、文字の場所を確認しようとページの上に指を置いた途端、勢いよく本を閉じられた。古の指先が赤くはれ上がり、マニアたちの歓声が上がる。
『痛そ〜』
「‥‥あまりこの技は使いたくなかったのですが、しかたありません。眼鏡っ娘に伝わる奥義!」
 間髪いれずに眼鏡を外し、レンズで集めた太陽光で古の後頭部あたりをジリジリとやり始めた。
「あ〜れ〜♪ 絶対絶命ですぅ〜♪」
 古が金色の綺麗な冠を取り出して被ると、伝達の歌声で歌い始めた。
『あれは‥‥ 女王様のかんむり?』
 手元の資料を見る礼野の顔が青ざめる。
『何が起こるの?』
『噛まれないように気をつけないと』
 その瞬間、どこからともなくサスカッチたちが現れて、グラステールに抱きついた。
「い〜や〜ですわ〜」
 暑苦しいまでに懐いてくるサスカッチに囲まれて、グラステールも古も手が出せなくなってしまった。
「黒き旋風!!」
 ユフィラスが乱入してサスカッチたちに切り込んで一掃した。その中から揉みくちゃになった2人が救出された。

●戦い終わって‥‥
『眼鏡っ娘萌えの熱烈な支持を得て、最後まで人気を二分したグラステール!! でも、最終的に優勝の栄冠に輝いたのは‥‥ ユフィ〜ラ〜ス!!』
 逢魔たちがグラステールに同情の視線を投げかける。
「どうして、そんな目で私を見るんですか? しかも胸の辺りを‥‥」
『背中、背中』
 背中には『貧乳ですみません』の張り紙が‥‥
「‥‥眼鏡様の仕業ですね! 秘策がこれですか! しかもコンテスト終わってますし」
 ドッと笑いが起こった。
「この後、バトル参加者は温泉で戦いの傷を癒してくださいね」
 銀河が参加者を労った。
「温泉? 皆で仲良く入るのは賛成ですけど‥‥ よろしいのです? 私、一応男ですよ」
「「「ええ〜!?」」」
 ユフィラスの一言に周囲が凍りつく‥‥
『ダメだったのか?』
 蒼嵐の逢魔であるユフィラスも、ましてや魔皇である礼野が翡翠の慣習を知るよしもない。
「まぁ、いいんじゃない? 美人なんだし」
 ウン。周りの逢魔たちは銀河の一言で納得してしまった。

 美人コンテストという名のバトルを戦い抜いた逢魔たち。ほんわかあったかい気持ちを胸に秘め、温泉に浸かりながら楽しい想い出にほくそえむのだった‥‥
「痛くしてごめんなさいっ」
 鏡はバトルした逢魔たちに謝ると、のんびりお湯に浸かった。
「‥‥うん、いい気持ち♪」
 鏡は濡れた髪から頬を流れる湯を手ぬぐいで拭った。裕美がぷかぷかしながら鏡の前を流れていく。
「クリムゾン、意外にいいとこあるんだね。顔とか狙わないし‥‥」
「顔はやめときな。ボディにしなって習ったからな」
「でも、ヒールがそんなこと言ってていいの?」
「悪役やんのも楽じゃねぇよ。まぁ、盛り上がったからいいじゃんよ」
 拳で語り合った鏡とクリムゾンには友情が生まれていた。

「さみしい‥‥」
 混浴に一人で入ることになったユフィラス‥‥ 

 営業時間の終わった人気のない浴場に湯煙を揺らす影が1つ。神楽・蒼(w3a615)の普段は服に隠された部分には醜い傷がいくつもある。魔皇覚醒前に受けていた虐待の傷であり、そのせいで人前で服を脱ぐことができずにいた。無論、魔皇には不死性があり、傷が残ることはない。その可能性があるとすれば、自ら治す意思がない場合だけである。そうとはわかりながらも、アシリアは、ここでならば傷が治るかもしれないと思ったからこそ今回のような計らいをしたのである。
「皆優しくしてくれて‥‥ 大切な暖かい人が支えてくれて‥‥ 大丈夫‥‥ 今幸せだから‥‥」
 神楽の傷が癒えていく。ただし、左手首のリストカットの内の2つ以外がである‥‥
(「これは‥‥ あんな場所に二度と戻らないと心に刻みこみ続ける為の傷‥‥ アシリア、ごめんね‥‥」)
 傷を撫でながら、静かに溜息をついてまぶたを閉じた。