■翡翠の森 古の神殿■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオ |
クリエーター名 |
シーダ |
オープニング |
古の隠れ家・黒城。紫の夜の儀式を終え、密の報告を受けた翡翠の司・鼎は望外の報告に安堵の表情を浮かべた。
「木々の芽吹きが確認できたか‥‥ 相変わらず大自然の生命力には驚かされる。苗木は将来翡翠の森を象徴する大樹となるだろう。しかし今は、か弱い苗木でしかない‥‥」
普段から強気な表情を見せる鼎にしては、どことなくやわらかい印象を受ける。それに側近の逢魔は敢えて言及しようとはしない。
「気にかけて見守るしかありませんね‥‥」
「ウム‥‥ しかし、それでは不十分‥‥ あの場所が無事ならば、何とかなるやも知れぬな」
「あの場所とは?」
「翡翠の森の地下深く、汝らの知らぬ場所がある。そこは原初の翡翠の森とも言うべき場所じゃ。そこに環境を調整するための場所がある。翡翠の儀式の間に安置されておった汝らも知る翡翠の宝珠は本来そこにあったものじゃ。豊かな森が現出して必要なくなり、装置は地下に埋もれる運命にあったために鍵となる宝珠のみを回収したのじゃ」
「翡翠の宝珠には、そのような意味があったのですか‥‥」
翡翠の豊かな自然の根源、または象徴として翡翠にのみ伝わる秘宝として伝えられていた『翡翠の宝珠』。それは翡翠の翡翠たる由縁であり、隠れ家の名の由来である。環境調整装置‥‥ 焼け野原となってしまった翡翠の森の再生には必要なものかもしれない。ただ、翡翠決戦の後であり、年を経ていることもあって無事かどうかはわからない。それに、この装置が動いたとしても森の再生には数百年、数千年のスパンが必要だ。それでも、赴いてみる価値はある。そう考えた鼎は探索隊を派遣することにした。
翡翠決戦から2ヶ月。ペトロと神帝軍を討つ激戦の末に、里は破壊され、森は焼き払われた。翡翠の子らは故郷を失い、意気消沈しながらも、翡翠の森の復活の予兆の報によりなんとか気力を繋ぐことができた。森の消失は自らの決断の末に招いた結果だったが、その森は淡々と生命を育み、新たな希望をもたらしているのだ。やはり、翡翠の森は我々の母‥‥ 翡翠の逢魔たちは、希望と悲しみの入り乱れる複雑な心境で確信を深めた。
「目指す場所は、この辺りの地下じゃ。行こう」
冠頭衣の女を護衛しながら翡翠へ赴いた魔皇たちは、緑城近辺の地下深い領域へと赴いた。
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シナリオ傾向 |
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参加PC |
神楽・蒼
新居・やすかず
加藤・信人
真田・一
ゼナ・ヴォーリアス
高周波・鋼
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翡翠の森 古の神殿 |
●翡翠の森
翡翠の森は相変わらずの焼け野原‥‥ではなく、下草が生え、木々が芽吹いている。炭化した立ち木、真っ黒な地面など戦いの痕跡はあるものの、若い青葉は復活の兆しを感じさせてくれた。しかし、それが林となり、森となり、生命を育むようになるには百年、いや千年単位のスパンで再生させなければならない。
『千年先の翡翠の子らのために‥‥』
誰が言い始めたのかは定かではないが、それは翡翠の逢魔たちにとって合言葉のようになっている。再生は、まだ始まったばかりなのだ‥‥
「護衛といっても、もう敵なんてほとんどいやしないな‥‥」
「ここにはもう何も無いからな‥‥」
空から周囲を警戒するゼナ・ヴォーリアス(w3e305)と逢魔・アシルス(w3e305)は、かつて翡翠の森と呼ばれていた場所は黒と茶色が占め、緑が点々としているのを見て、感傷に浸るように少し飛行した後に仲間と合流した。
「おろかにもサンドイッチなどと家庭的なものを作ってきたのですが、まあ、歩きながらでも食べてくださいな」
和平派との話し合いが軌道に乗ってきたとはいえ、主戦派の戦力が駆逐されたわけではない。念のために緑城まで休みなしで歩くことになっていたので、加藤・信人(w3d191)が荷物からサンドイッチを取り出した。
「おいし。あ、このおまんじゅうも結構おいしいよ。後で、もっと買って帰ろっと」
サンドイッチをパクつくと感想もそこそこに、逢魔・ミルダ(w3b135)は抱えているお菓子に手を出していた。
「美味しそうな果物がいっぱい生えてたんだろうなー」
焼け落ちた森を眺めながらミルダはポロリと口を滑らせた。でも、美味しそ〜うにお菓子を食べ続けているミルダを見ると怒る気にはならず、少し吹き出す者もいた。
一行の前に緑城址が見えてきた。
「今回の九州での戦いは他の方に任せるより他なかったのは残念ですが、仕方ありませんね。広島のラインホールド隊との決戦の後で戦いに参加しても、足手まといにしかならなかったでしょうから‥‥ まあ、その分こちらで頑張りましょう。‥‥とはいえ、今まで同様、僕は僕の成せることを成すだけのことなのですけどね」
瑠璃の戦いの後、新居・やすかず(w3b135)は翡翠が再度探索隊を緑城に送ると聞いて、探索隊に参加した。
『巌』と名付けられた苗木を発見し、瓦礫の下敷きにならないように後片付けがされていた。高周波・鋼(w3h985)と一緒にベースキャンプ代わりの簡単な休憩所まで作って待ち受けていた。
「今回も調査に携わることになりましたので宜しくお願いします。さて、これが緑城址で発見された新種の苗木の調査結果をまとめた物です」
新居が報告書を手渡し、高周波と逢魔・時雨(w3h985)がそのときの様子を説明し始めた。
「なるほど‥‥ 巌とは良い。調査隊は見守ることにしたのじゃな‥‥」
冠頭衣の女は静かに頷いた。
「この儚き命を手折るのはたやすい。ましてや、あのペトロの神輝力の影響を受けておるのかも知れぬ物となれば尚更のこと。憎いと思う者もおろう。しかし、それを受け入れるだけの器量が魔皇たちにあったことを、わらわは誇りに思う」
そのときコアヴィークルが緑城目指して走ってきた。
「見届けてきた! 緋の焔の最期を!!」
ベースに駆け込んできた真田・一(w3e178)は全身包帯まみれだった。
「傷だらけではないか」
「大丈夫、一刻も早くあなたに知らせたくて、十文字さんに聞いて駆けつけたんだ。それより」
「緋の焔が落ちたか‥‥」
「はい」
皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。
一行は汚れた体をサッパリさせたりして少し休憩を入れた後、原初の森へと出発した。
●原初の森
真朧明蛍<フェイントリィシャイニング>で明かりを確保して最深部へ向かう加藤の手には、護衛のために構える愛用の両手剣『悪即斬』がある。その道のりの中で、加藤は冠頭衣の女に小声で喋り始めた。
「コレは僕の独り言ですので、お気になさらずにお願いします‥‥ ペトロとの決戦のあの日のこと、今でも夢に見ます。盾としても、剣としても不甲斐なかった自分に、涙を流したときもありました。‥‥でも、僕は、やはり愚かな男のようです。友を犠牲にして得た生を、明日から喜ぼうと思います。この森と貴女を見ていたら、そう、思えました‥‥ ありがとうございます‥‥ あと、妹がお世話になりました。以上です」
加藤はちょっと愉快そうに笑った。
「僕のすることは、ニードルアンテナを使って、周囲の状況を探りつつ護衛、といった所かな。環境調整装置の状況を確認するといっても、僕には絡まった根や蔦を除けるくらいしかできることはないだろうし」
新居は己の仕事を確認するように呟きながら地下へと降りていった。しばらく降りると、足下には巨大な柱のような幹に支えられた空間が広がっていた。
「なんと広大な‥‥‥‥」
真田たちは翡翠の森の最深部の光景に見惚れた。
「ねー、やすくん。世にも珍しい幻の果物とかが生ってたりしないかな?」
「ミルダ? 前から聞こうと思ってたんだけど、食べ物の事以外に興味ないの?」
「ない!」
きっぱり言い放つミルダに新居は絶句するしかなかった。
「んんっ。ふぁ〜。?? えっと??」
状況を認識できずに混乱していた逢魔・シェリル(w3e178)は目を覚まして説明を受けると、黒き翼で浮かび上がって樹の幹に耳を当てた。
「これ樹ですか? 水の音します〜」
役目を終えたはずの樹が今でも水を運んでいることを確認して、寝ぼけているのかフワフワと浮いて皆に付いて行った。
「まさか翡翠にこんな地下があったなんてな‥‥」
「‥‥この場所はかつてあった翡翠の森以上に空気が澄んでいるな‥‥」
ゼナとアシルスは、上空から環境調整装置の探索を行った。
「さ〜て、どこにありますかね‥‥」
「見つかったとしても、装置自体がまだ機能してくれればいいが‥‥」
程なくして遺跡は見つかった。他に目立つ物のない開けた場所での探索は用意だった。天井から所々光が差し込んでいたのも探索に時間がかからなかった要因と言えよう。
●翡翠の子
神楽・蒼(w3a615)を護衛に残して魔皇たちは遺跡を調べに行った。神楽はチラリチラリと冠頭衣の女を覗き見している。
「聞いちゃダメかもしれないですけど‥‥ あなたは‥‥誰か1人の人を好きになった事ありますか?」
冠頭衣の女に興味以上のものを持っていた神楽は意を決して、聞くに聞けなかったことをようやく切り出すことができた。
「ある‥‥が、昔のことじゃ」
答えはしたが、冠頭衣の女は数歩前に出て遺跡を気にしている。そのとき、神楽は冠頭衣の女の背後に素早く潜り込み、ピョンと跳ねながらフードを無理やり降ろした。
「なんじゃ」
冠頭衣の下に隠された赤い髪と琥珀色の瞳が露わになる。誰も知っていながら突っ込まなかったが、言わずもがな翡翠の司・鼎である。
「じゃあ‥‥今度は鼎様さまとして答えて頂けませんか‥‥‥‥?」
「仕方のない奴じゃ‥‥」
鼎は笑みを浮かべながら溜息をついた。
「1人を好きになれぬ者に、皆を好きになどなれようはずもあるまい? とはいえ、今は司という責任のある立場だからな。翡翠の逢魔たち皆が、わらわの大切な想い人じゃ。大切な家族でもある‥‥ 早く安心して暮らせるようになれば良いのだが‥‥」
2人きりでプライベートな話をしているということもあって、鼎の表情はいつになく優しい。それを見つめる神楽の瞳は現在と過去の両方を見ていた。
「わらわの顔に何かついておるか?」
繁々と見つめられ、鼎が戸惑ったような表情を見せる。
「ううん‥‥ 母に似てるの」
長く伸ばした赤い髪。攻撃的で激しい気性。蒼は鼎と自分の母を重ねていた。自分を虐待しながらも深く激しく愛してくれた母と‥‥
「そうか‥‥ 蒼嵐に身を寄せておっても関係はない。翡翠を慕ってくれる者たちは、全て翡翠の子。汝を愛することはできる」
自然と涙が溢れ、神楽が顔を伏せると、鼎はその髪に手を置いて優しく撫でた。
●古の神殿
「崩れそうな部分はなかったです」
「ただ、壊れている部分がありますね」
高周波たちは遺跡の損傷をチェックして少し不安になっていた。鼎が自身の手で遺跡を操作していく。不安を打ち消すように新居は質問した。
「鼎さん、鹿児島テンプルムや久留米テンプルムなどの主戦派を打倒した後、翡翠はどの様に活動していくのですか?」
「知っている者もおろうが、長崎が手を差し伸べてくれたことにより、九州各地にも和平の波紋が広がっておるのじゃ。互いに何も犠牲にせず妥協もない、対等の立場での和平へ向けて努力することが、死んでいった神魔への手向けとなろう。緋の焔が討たれたことで和平にも弾みがつくじゃろう。うまく軟着陸できれば良いのだがな」
鼎はフゥと息を吐いた。
「俺は‥‥身勝手ながら、俺自身と俺の大切な者達が生きていけるならそれでいい」
「1人1人はそれで良いのじゃ」
真田の言葉に、鼎は間髪入れずに答えた。作業中にも新居と真田の質問が飛ぶ。
「翡翠の民は、古の隠れ家での生活をどうしているのか?」
「それは僕も聞きたいです。翡翠の再建・復興については、どの様な計画を立てているのでしょうか?」
鼎の答えは歯切れの良いものではなかった。
「現状ではリトル翡翠を整備するしかない。暮らしに関しては蒼嵐の支援を受けて体勢を立て直しておる最中じゃ。各地の密も頑張っておるのでな。早急に自立できるはずじゃ。翡翠に関しては、我々が拠点として用いてはミチザネ機関の活動などに齟齬を来たすかも知れぬ。翡翠の再建・復興はだいぶ先になると考えたほうが良いじゃろうな。どちらにしろ今は住める状態ではない‥‥ さて、これでよいじゃろう」
装置をいじっていた鼎は、懐から翡翠の宝玉を取り出した。
「これでまた‥‥この森は蘇るって訳だな」
「この森が元通りになってる時には平和な世の中になってると良いんだけどな。カイがこの場所で安心して眠れる様に‥‥」
親友カイの死から段々癒えているようである。今では未来への糧となってゼナを大きくしていた。環境調整装置は翡翠の宝珠を安置すると動作を開始した。
●翡翠に雨が降る
苗木や若い芽に雨が当たり、葉が水玉を弾く。トットトッ。サー。ピシャン‥‥ 遺跡には様々な音が重なり合って響いてきた。
「雨‥‥」
焼け落ちた翡翠の森が再生を始めた。それは神楽にとって、幸せがどんなに破壊され焼き尽くされたとしても、別の幸せが生まれると実感することができた。自分も幸せを抱きしめる事ができると信じて。そして、あの温かい学園で静かに生きたいと願って。神楽は新たな出発を切ることができると確信していた。
環境調整装置の遺跡は、なんとか動き始めたようだ。しかし、経年変化と翡翠決戦の傷跡により、ほとんど付きっ切りで見ていなければ、いつ暴走してもおかしくない。
「困ったな‥‥ 誰かがついていなくてはならんのか」
当惑する鼎に高周波が話しかける。
「‥‥ 俺は『翡翠に芽吹いた苗達』を護る為の『森守』になろう‥‥と思っている‥‥ 翡翠の森が復活するまでな‥‥ もちろん、俺の代では無理なのは解っているから、俺の子供や孫に俺の意志を継いでもらう事になる‥‥ 問題は、俺は結婚相手がいない‥‥と云う事だが‥‥」
ここまで言って高周波は苦笑いした。
「時雨は確かにパートナーではあるし、今まで俺に付いて来てくれたし‥‥ 今回の『森守』の件も特に反対しなかった‥‥ ただ、結婚相手か?‥‥と言うと、実感は持てないでいる‥‥」
「汝は時雨のことが好きなのじゃな?」
鼎の直球に高周波の顔が赤くなる。
「えぇ‥‥ でも‥‥」
(「時雨の気持ちもあるしな‥‥」)
高周波の正直な気持ちだった。
「好きならばドンと相手の気持ちに飛び込んでみよ。それで壊れるような宿縁でもあるまい」
「そうです‥‥」
赤面した時雨が、消え入りそうな声で2人の会話に割って入る。
「私と鋼との間にあるのは『空気』だけ‥‥」
「時雨!!」
「でも、仮に天地がひっくり返って私と鋼が結婚する事になっても、『魔皇と逢魔との間には子供は生まれません』ので‥‥」
時雨の瞳は寂しそうに潤んでいる。
「お前たちは、これからの関係じゃ。何も今結論を出すことはなかろう」
鼎の言葉に、高周波と時雨は見詰め合って頷いた。さり気なく、しかし、しっかりと握られた2人の手を見て鼎は一瞬だけ笑みを浮かべた。そして、次の瞬間‥‥
「高周波鋼!! 時雨!! 両名に翡翠の森の森守の長を正式に命じる。これより後、翡翠は汝らの助けとして全面的に支援を約束し、数名の密を部下につける。また、ミチザネ機関が本格的に動き出した場合、巌の解明のための翡翠側の責任者には森守の長を当たらせるので、そのつもりでおれ!!」
圧倒されて貝のように押し黙っている2人に鼎が顔を寄せた。
「よいな?」
「「ハイッ」」
思わずそう答えてしまった。しかし、覚悟を持って話したことだ。鼎が自分たちを信頼してくれたことに、2人の顔はたちまち上気していった。
「鼎様には迷惑をかけましたし、お世話になりました。今度、温泉旅館にでもお誘いしますよ」
「楽しみにしておくとしよう。それよりもこれを」
高周波の掌の中には翡翠色の宝珠が乗っていた。
「森守をやるには、これが必要であろう?」
「お預かりします」
高周波は大切に宝珠を握り締めた。
●任務終了
「ゼナ、今まで色々あったが俺はお前の逢魔で良かったと心から思っているよ‥‥」
「何だよ急に。お前がそんな事言うなんてめずらしいな」
「お前にとことんついて行くからな‥‥ とことんだ!」
「へッ、今言った事、後悔すんなよ!」
ゼナとアシルスは、ゴツッと拳を合わせた。
「鼎さん、俺はあんたについて行こうと思う。困った事があったらいつでも呼んでくれ。すぐに駆けつけるからな!」
「我が主共々あなたについて行きます‥‥」
「あと、あまり無茶はしないでくれよな‥‥ でないと、そのうち金高の胃に穴開いちまうぜ!」
ゼナとアシルスは熱っぽく語ると、鼎に手を振って走り出した。
「この戦いが一段楽したら、古の隠れ家を回ってみるつもりだ‥‥ 約束したわけじゃないが、奴とはそこで会えそうなんでな」
真田とシェリルは包帯を引きずりながらも明るい表情で鼎と別れた。 |