■響け歌声・「星ひとつ」後編■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオ |
クリエーター名 |
マレーア |
オープニング |
●出撃
厳かに、かつ高らかに。ウエディングマーチが流れる式場。しかし、突如もたらされた戦いの依頼。
無常にも、雨の中始まりかけた結婚式はいつくかの大事件のために中断された。
それぞれの戦場へ旅立つ人々。病める時も健やかなる時も‥‥。否、死が二人を別つとも。恋人達は永久の愛をここに誓う。
●パンとサーカス
神帝軍の提供する新しい娯楽を楽しみに、周南スタジアムに集まる人々。その数4万5千人。ネコミミ騒動ではすっかりおなじみのお話だが、今度ばかりは様子が違う。要所に警官隊等が配置され、物々しい警戒だ。
「何があるんかね。正直、毎回神帝軍の奴らがコテンパンにやっつけられるショーは面白いのだが」
鈴成りの観客の一人が興味深そうにグランドを覗き込む。何時の世も為政者をこき下ろすのは庶民の娯楽。まして、為政者提供の無料イベントの中で、とあれば人は集まる。
実のところ、これまで山口テンプルムはこの手を使って効率的に感情搾取を行ってきたわけであるが、そんな裏の事情など一般市民が知るわけも無い。
その頃。山口テンプルムでは。
「‥‥セーゲルめ!」
長井真吾の報告を受け、いまいましそうにクロイゼルは吐き出す。甘いと言われればそれまでだが、膿を絞り出すために多量の鮮血をも厭わぬセーゲルのやり口は彼の流儀と相容れない。
「申し訳ありません。高杉めを取り逃がしたことが、彼の復帰を早めました」
報告する部下も酢を飲んだような顔。
「かつて、手術と痛みは永久に不可分である。と言った医学者も、その在命中に麻酔手術を行った。内視鏡手術の確立で、必ずしも切開せずとも良い手術も増えた。荒療治が必ずしもベストと言うわけではない。近代科学成立する以前の時代に長生きした者の多くは、通風と上手く付き合った人物であった。病事態が悪とは限らないのだ」
迂遠な喩えでセーゲルに対する怒りを顕わにするクロイゼル。
「奴のことです。功績のために一般人を犠牲にすることなど屁とも思って居りませんでしょう」
長井の言葉に、大きく頷いた。
「報告します」
入ってきたのは諜報員の高遠彼方。
「セーゲルめに対抗すべく終結した魔皇の、主だった者を突き止めました‥‥」
読み上げられるリスト。その声に居並ぶコスプレグレゴールの中から、二人が反応した。
「奴の首は俺のものだ! セーゲル如きにあざとく討たせてたまるか」
辺りを憚らず放言するのはビューチー・カイザー。
「う〜〜〜〜む。どうやら出番のようだな。我がポエムのミューズはそのように思し召しらしい」
ギターを鳴らし、歩み出るのは破裏拳ポエマー。クロイゼルは大きく頷き
「まさか魔皇どもに手を貸すわけには参らぬが、その挙に及んだときは然るべき手段を採れ‥‥ビューチー」
「は!」
「そして、ポエマー」
「はい」
「この一件に関して、長井の指揮下に入れ」
諾を得て、二人は嬉しそうに笑う。
「お二方、一般人の安全が第一です。魔皇がこれを害すなら、魔皇が我々の敵ですよ」
勇んで赴く二人に、子供に噛んで含めるように、長井が心配そうに念を押す。
「判ってる。セーゲルの馬鹿が一般人で縛らぬ限り、あの程度の死地を乗り越えんようじゃそこまでの男だ。静かに最期を看取ってやるさ」
ビューチーは哂う。
「その時は、心からのレクイエムを創って進ぜよう」
ポロン。ポエマーがギターを鳴らす。
そして、二人とも意気揚々と踵を返した。
「閣下、この二人だけで足りますか?」
「4万5千もの観衆をバックにした時。たとえ雷皇ヤコブ様でも、彼らを殺すことは難しい。別して、山口テンプルムを破壊せぬ限りはな。それに、元の配下以外、心からセーゲルに従う者は少ない」
クロイゼルは、二人を追いかける長井にそう告げた。元より、物の喩えにしてもそう簡単に死ぬタマでは無い。
●ほうき星
いくつかの昼と、いくつかの夜が流れた。春の宵、西の空にほうき星が一つ。獅子座の近くの木星から、土星と火星、そして金星を指すように、尾をたなびかせている。
集い集まる恋人達。それは、死してもなお果たそうとの誓いを成就させるためであった。
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シナリオ傾向 |
お子様・少年探偵団・しみじみ |
参加PC |
錦織・長郎
ヒシウ・ツィクス
鷹村・夢
月島・日和
風羽・シン
風祭・烈
北原・亜依
貴船・司
リュード・シグ
ヴラド・ツェペシュ
ヤスノリ・ミドリカワ
鷹村・由真
藤宮・深雪
桜庭・勇奈
城島・晋一郎
アーシア・スタンリー
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響け歌声・「星ひとつ」後編 |
●黄泉返り
「命の結晶を施したのに」
友希が泣きそうな声で訴える。りおと逢魔・三位一体(w3f420)の肩を借りて、瀕死の魔皇と逢魔が現れたとき、二人の命は消えかかっていた。
「こんな酷い傷、助けられるかどうか自信はありませんわ」
逢魔・エメラルダ(w3c831)は土気色。意を決し流水の竪琴を使い、僅かでも可能性を掴み取ろうとする。
程なく、虫の息だった逢魔が意識を取り戻した。しかし、
「だめです。こちらは‥‥」
「弱虫! 奥さん残して死んじゃうの!?」
逢魔・幾行(w3a288)が耳元に話しかける。魂の尾は古い輪ゴムのように解れて切れ掛かっていた。
その時だった。ポロンとギターの音。
「宿命のライバル殿に、謹んで胸と心を捧げよう」
ぱっとバラの花束を出し、まだ意識が朦朧としている乙女に捧げ、
♪黄泉路に旅立つ 君を歌おう 新婦の愛情 我輩が引き継ごう
茜の御髪(おぐし)も 翡翠の瞳も
君を慕いし その魂も
さ〜よ〜なら〜 さ・よ・な・ら〜
さ〜よ〜なら〜 さ・よ・な・ら〜♪
「てめぇ! ぶっ‥殺すぅ〜!」
奇蹟は起きた。歌によって怒りの電流が彼から迸ったのだ。
「ふっ。美しき乙女らに免じて貸しておくぞ。どきどきドリーマー! 近いうちに雌雄を決しよう」
会心の笑みを浮かべてポエマーは立ち去った。
●誓いの証人
「諸君らの働きには感謝する。だが、次に出会った時は容赦しない」
踵を返すグレゴールの背。錦織・長郎(w3a288)は修羅場を離れ帰途に着く。西の空に、ほうき星が薄く尾を引いて、挿す先に三つの明るい星が見える。
「僕達は常にこういう状況だ。それでも良かったから、改めて付いて来て欲しいね」
錦織は一等優しい眼差しで貴船・司(w3d769)の顔を覗き込んだ。そして、命の宿る腹部に手をあて、
「この子も守ってあげよう、それが星の下で僕の誓いだ」
少し悲しげだった貴船の笑みから、曇りが今拭い取られた。
「長郎‥‥。何時だって私の本当の願いは一つだよ。覚悟はいいの?」
それは彼を自分だけのものにすること。決して口にはしないけれど。
知ってか錦織は、手で輪を作って貴船の腹に当て、
「おーい。良く聞けぇ! お前が証人だ」
我が子に向かって呼びかけた。
●再準備
格安予算の結婚式だ。会計を預かる北原・亜依(w3c968)は、量販店やスーパーのチラシを検討して1円単位で削ってゆく。
「ケーキとご馳走はこちらで作って、クラッカー‥‥は代用品ね」
折り紙で作る紙鉄砲。これなら散らからないし、安上がりだ。
台所では、逢魔・ハリエット(w3i287)のお料理を、エプロン姿のアーシア・スタンリー(w3j539)と逢魔・キチェル(w3j539)がお手伝い。
「ね。簡単でしょ」
ハリエットの選んだ物は、ちっちゃい子でも作れる物ばかり。みんな一端のシェフ顔で働いている。
・お釜ケーキ
A.
小麦粉‥‥‥‥‥‥‥お米の軽量カップ2
ベーキングパウダー‥小匙2
B.
砂糖‥‥‥‥‥‥‥‥60g
塩‥‥‥‥‥‥‥‥‥一つまみ
C.
無糖ヨーグルト‥‥‥90cc
レモン汁‥‥‥‥‥‥大匙1
D.
溶かしバター‥‥‥‥適量
E.
コンデンスミルク‥‥一缶
1.ボウルに材料Aを入れ均等に混ぜる。
2.1にBを加えてさらに混ぜ、最期にCを加えてよく混ぜ合わせる。
3.Dを5号炊き電気炊飯ジャーに塗り、2を流し入れて、炊飯ジャーのスイッチオン。
4.Eを缶のままお鍋に入れて、完全に使った状態で2時間煮てキャラメルソースを作る。
5.スイッチが切れたらミトンやふきんを使って内釜を取り出し、お皿にケーキを取り出し冷ます。
6.カットして4や生クリームやフルーツを使ってデコレート。
「本当にキャラメルになってる。ケーキってこんなに簡単に作れるの?」
この世の中で、一番小さなおふくろさん。鷹村・由真(w3g325)は驚きの声。背が届かないので、台に乗っての奮闘中だ。
ガラスの器を並べながら、逢魔・フレイ(w3f053)と逢魔・瑞佳(w3i808)は曲のおさらい。
「花よ、お前は無邪気な少女‥‥」
歌詞を一節づつかみ締める。
「愛よ、お前は気紛れすぎる‥‥かぁ」
短調だが力強い曲調。三番最後の長調への転調が希望を感じさせる。合間に色鉛筆を取り、歌を絵にしてイメージを具体化してみる。
「一番の『花』が象徴するものはなんだろう? 三番の『星』は大人の女性よね」
「うん。そんな感じ。二番の『鳥』は冒険好きな少年だから、恋に恋する女の子かなぁ?」
「ほらほら。手元がお留守よ。考え事していると、怪我をするから、向こうでやりましょうね」
お子様ランチや一口サイズの料理を準備しながら嗜める、逢魔・刹那(w3c350)の言葉に、ちょっと顔を赤らめて作業に戻る二人。
歌いながらレシピと手順を確認しながら、デザートを作ってゆく。
●無邪気な邪鬼
「くび‥わ‥?」
リングピローに並べられた指輪と首輪、そして白木の杭。指輪には「女の子用」、首輪には「男の子用」と書かれた小さなシールが貼ってある。杭は‥‥言わずもがな、あの人のものであろうというのは想像に難くない。それらをまんべんなく見回して、ヒシウ・ツィクス(w3b715)が首を捻っていた。先日彼の妻となる女性‥‥逢魔・ステア(w3b715)と共に指輪を購入してきたから自分の物ではないはずだが‥‥まさか‥‥?
「悪いなステア。新婚さんとしての続きは、皆無事に帰ってからだ。今回ばかりは何でもいう事聞くから、それで勘弁してくれ。いいだろ?」
「何でも? ホントに何でも? そっかぁ‥‥じゃあどうしよっかな〜♪」
出撃直前の会話が思い出される。まさか、これを着けて結婚式?
ヒシウは、微妙な期待にも似た感覚に捕らえられた。
「こら! 悪戯しちゃ駄目でしょ?!」
「えー? でもテレビで『結婚てのはお嫁さんに飼い殺されるようなもんだ』とかいってたよー?」
未だ悩むヒシウの後ろで、耳年増のお嬢ちゃん、アーシアの無邪気なお言葉。横から、淡い水色のドレスを着たキチェルが慌てて割って入り
「ごめんなさい」
と主のポケットから指輪を彼の手に返した。
●星一つ
司会を担当するのはリュード・シグ(w3f053)。彼の進行に合わせて、逢魔・デューシンス(w3c018)と月島・日和(w3c348)の演奏はアメージンググレイスに変わり、『心労』新婦入場一組目の新郎新婦が入場する。ヴラド・ツェペシュ(w3f420)と藤宮・深雪(w3i013)だ。数少ない人生の主役の瞬間に、ヴラドの顔は何時になく凛々しい。ほぉっと言う声がどこからか漏れた。
ベストマンを務めるのは、年若い逢魔・悠宇(w3c348)。馬子にも衣装かも知れないが、いかにも頼もしげである。リングボーイは逢魔・シュウ(w3g325)と桜庭・勇奈(w3i287)。フラワーガールは由真とアーシアだ。
吉田は二人の手をとり、握らせる。
「愛とは偶然の結果ではなく、選び取るもの、選択の結果です。結婚式とは二人同士の誓いだけでなく、神様との契約でもあります。どんなにすばらしい出会いであったとしても、互いが生涯を共にしていこうという決心をする、あるいは選び取ることをしなければ今日の日には至らなかったでしょう。結婚式を挙げること、その中で誓約をすることは、愛を誓約という具体的な形で表しているのです」
信者の結婚式ではないため、吉田は短いお説教で纏めた。そして、ヴラドに向かって
「誓いの言葉を‥‥汝、ヴラド・ツェペシュ。艱難の日にも富貴の日にも、死が二人を別つまで、妻・藤宮・深雪をただ一人のかけがえなき伴侶として、誠実を尽くすことを誓うや?」
「否! 死が二人を別つともじゃ」
恐らく、この先数えるほどしか見られないと思われる真顔で、ヴラドは誓う。
「汝、藤宮・深雪‥‥」
「はい」
ティアラと指輪を交換し、誓いのキスを交す。そして、汝偽証する勿れと命じる神聖な書物に手を置き、誓約書にサインを入れた。
「御在天の父なる神、御子イエス、精霊様の名に於いて、汝ら二人を夫婦と為す」
ライスシャワーとヤスノリ・ミドリカワ(w3f660)の用意した紙吹雪の下を、二人は静かに退場してゆく。
参列者の一人風羽・シン(w3c350)は、ライスシャワーを節分の豆の如くヴラドの顔面に叩きつけ祝福。
続いて、錦織と貴船、ヒシウとステア。神聖なる誓約が終わると、再び入場した新郎新婦を主賓たる最前列の席に迎えて勢ぞろいする子供達。お祝いの歌は全部で7つ。チェリッシュの『てんとう虫のサンバ』から始まり、『ミニハムずの結婚ソング』。参列者の微笑ましい笑みが式典を本当に祝福されたものに聖別して行く。
城島・晋一郎(w3i808)は、所々にリボンが付いたオレンジ基調のフリルのドレスで合唱団に混じる瑞佳の歌に耳を傾けた。
そして、6曲目の『何処へ〜彷徨える青春の朝に〜』。
「‥‥星よ、お前と〜幸せさ・が・し〜」
歌をバックに、風祭・烈(w3c831)は、幸せそうに頬を染めるカップル達を口ずさみながら顧みる。窓の外に光る星。
「最後の歌です。『星ひとつ』簡単な曲ですから皆さんもご一緒にどうぞ」
前方スクリーンに歌詞が映し出された。音は次第に和えられて、歌う風羽・シンや刹那、逢魔・メグミ(w3f660)の目に映る空の星は涙で滲み、虹色に輝いて見え始めた。
●お願い
無事、司会の大任を終えリュード・シグは深く息を吐く。
「幸せ‥‥か‥‥僕もいつかあんなふうになれるかな‥‥?」
優しく微笑む顔に一瞬影が射した。
式が終わればお片付け。
「‥‥皆さん、無事に戻ってくればいいんですけど‥‥」
魔皇達の戦う相手はセーゲルだけではない。
竹箒で撒かれたライスシャワーの跡を掃きながら、鷹村・夢(w3c018)が呟く。米くらいなら雀たちがやってきて綺麗に掃除してくれそうだが、一緒に撒かれた紙吹雪はこのまま自然に還す訳にもいかない。予算内で音だけでも華やかに、とクラッカー代わりに子供たちの作った紙鉄砲だけだったのは掃除の手間が少しばかり省けてはいるものの、花火の代わりとばかりに目一杯ばらまいてくれた輩や花婿の顔面目掛けた米の集中砲火の為に清掃範囲はかなり広かった。
「ごめんなさい。ヤスノリ様が余計なことをしたようで‥‥」
詫びつつ紙切れを選別するメグミ。
「まあまあ。結婚式も終わったんだし、新婚旅行のことまで心配する事はないですよ」
月島・日和はちりとりを傾けながら夢に話す。
「お嫁さん、きれいだったね♪」
残ったしゃぼん玉を飛ばしながら、楽しげにシュウに話す。
「由真も大きくなったらお嫁さんになるの。ねぇ、シュウ♪」
お嫁さんになるにはまだまだ先の話だが、それでも由真はかわいらしく夢を見る。白い羽のついたピンクのドレスはお片づけの間も脱ごうとはせず、おかげで汚さないようにとシュウの心配もいつもの倍。だが、そんな心配さえ愛情の形なのだ。血はつながってないけれど、まるで妹を見るような、娘を見るような。‥‥『女』として見るには、流石にまだ幼すぎるけれど。
「さ、休憩終わり。次は台所のお片づけだよ」
「はーい♪ あ、エプロンしてきた方がいいかな?」
いつかは花嫁衣裳をまとう日が来るのだろう。‥‥その時、シュウは、どうしているのだろうか。
パシャリと一枚。
「‥‥まいったな。なんだか俺まで毒気を抜かれちまう」
これまでセクシーな女性ばかりを被写体として選んできた彼、逢魔・鳴神(w3i013)にとって、性的な欲求というのは重要なエネルギーである。いやらしい意味ではない。美人だ、可愛い、ナイスバディだ、彼女を自分だけのものにしてしまいたい。そういった男の本心から現れる作風だ。それがどうだ、子供たちの笑顔や少女たちの語らいを見ていると、そういった自分の心がざぶざぶと真っ白に洗われてしまうような気がした。
「やばいやばい。俺には俺の道がある‥‥おっと、片付けも再開か。お手伝いしてポイント稼いでおかないとな」
照れ隠しのように呟いて腰を上げた。と、そこへ。
「あ、鳴神さん‥‥こんなとこにいたんだ」
休憩の最中、彼を探していたのは桜庭・勇奈。リングボーイのブレザー姿のまま、もじもじとして‥‥なんだか言い出しにくそうだ。
「なんだ? きれいなオネーチャンでも紹介してくれるのか?」
ちゃかした調子で尋ねてみても、勇奈の様子は変わらない。
「お願いが‥‥あるんだけど」
悩める少年の真剣な表情に、鳴神の眼も真っ直ぐなものに変わる。男同士でしか見られないであろう強い視線。
「はっきり言わねえと、何も分からんぞ。早くしねえと片付けも終わっちまう」
「あ、あの! ‥‥写真を‥‥撮ってほしいんだ」
ずっと昔、自分が本当に小さな頃から見つめてきた彼女。年上で、従姉弟で。おまけに今ではお似合いの彼氏までいる、あのひと。彼女が幸せが自分の望みでもあるけれど‥‥だからこそ、たった一枚でいいから。思い出が‥‥形に残る何かが欲しかったんだ。少年のぽつりぽつりと話す言葉に、男は黙って耳を傾けていた。
「だめ‥‥かなぁ。駄目ならいいや、俺」
片付け手伝わなきゃ、と立ちあがろうとした勇奈の腕を掴んだ鳴神の骨太な手。
「待てよ。誰も『嫌だ』なんて言ってねえだろ?」
今にも逃げ出してしまいそうな少年をがっちりと捕まえたまま、男は辺りを見まわした。通りかかるのはアーシアとキチェルの二人。見知らぬ人が見たら誘拐にも見えかねない甘い声でお使いを頼む。
「うん、わかったよ♪」
てこてこと歩いていく二人。
「でも着物のお姉ちゃんもドレスのお姉ちゃんも、今日は結婚式しなかったのね。アーシアのパパとママみたいにとっても仲いいのに」
「アーシア‥‥皆さんの前でそんな事聞いてはいけませんよ」
「えー、なんでー?」
勇奈の気持ちも知らないで、少女達は賑やかに。もらった飴玉を握って月島日和を探しに向かう。
「勇奈? 用事ってなあに?」
着物の上から割烹着を着込んだ日和は、アーシアとキチェルに引っ張られて時習館の小さな庭にやってきた。どうやら水仕事の途中だったらしい。割烹着を着る前の姿もなかなかだったが、これはこれでまた趣がある。木陰に佇んでいた勇奈の姿を見付けるといつもよりも小さな歩幅で近付いた。
「えーっと‥‥その、用事って言うか‥‥」
口篭もる勇奈。薄化粧で大人っぽく見える。言おうと思っていた言葉が頭から消えてしまう。‥‥ふと、日和の手が勇奈の顔に近付いた。
「え? な‥‥何?」
「あぁ、動かないで。紙吹雪が引っ掛かってる」
自分より小さいくせに、細いくせに。いつまで経っても俺は弟分で‥‥。左手の薬指に意味有りげに光るエメラルドに胸がちくりと痛む。
「ほら、取れた。で、用事って?」
「えーと‥‥どこ手伝えばいいかなって」
もそもそと話す勇奈に日和はくすりと微笑むと。
カシャリ。小さな音が二人の二度無い時間を切り取った。
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