■Punishment given to a death angel【昇天】■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオEX クリエーター名 しんや
オープニング
「準備はいいか?」
 闇の中、シュナイダーは腰に刀を差して言った。彼が向けた視線の先には、「言われずもがな」と言わんばかりに準備が整っている五人の死の天使たちが佇んでいる。
「グラムはジェシー、ニーズホッグはヴァイスが使え。あって損はしないだろう」
「まぁ、確かにね」
「銃のほうが好きなんだが、しょうがねぇか」
 炎の両剣を持つジェシーは蒼き刀身を持つ大剣・グラムを、銃器を多く所持しているヴァイスは刃渡り五十センチほどの短剣・ニーズホッグをシュナイダーから受け取った。
「連中、出てきますかね?」
 長槍を携えるエイトが問うと、彼は猛獣の様な微笑をして返す。
「出てくるさ、偽善者共はな‥‥」
 確信めいた口調でシュナイダーは言うと、目の前にあるスイッチを押して扉を開く。陽の光が車内の闇を払い、彼等の姿を白昼の元に晒した。
(「いい加減決着を付けるぞ。なぁ、兄弟‥‥」)
 彼は裡でそう呟くと、力強く踏み出す。

 突如召喚された魔皇たちの前に、凶骨の薫が姿を現した。
 彼女は軽く頭を下げると、言葉を紡ぎだした。
「今回、《ゲヘナ》に所属する魔皇様集まってもらったのは他でもありません。現在、《アズラエル》と思われるグレゴールたちによって、我々の仲間が殺害されているとの情報を得ました。彼等の暴虐を赦す訳にはいきません。被害の拡大を防ぐ為、すぐに現地へと向かってください。宜しくお願いします」
シナリオ傾向 《アズラエル》との死闘
参加PC 錦織・長郎
神楽・総一郎
ティクラス・ウィンディ
不破・彩
タクマ・リュウサキ
炎獄・桜邪
水葉・優樹
緑川・翠
Punishment given to a death angel【昇天】
●回想、現れる殺意
「救い様の無い世界だな」
 小高い丘に立つ青年が、黄昏の色に染まる世界を見下ろしながら呟く。彼の手には短剣があるが、刃が血に濡れ、過度に渡る使用によって刃毀れが生じていた。
 眼下にある街は炎と黒煙を絶え間なく吐き続け、終わりを迎えようとしている。生者は居ない。居るのは、魂を奪われた人の形を成す肉塊だけだ。
「だが、其れでいて面白い。そうだろ?」
 青年は振り返って後ろに居る少年に問うが、少年は黙したまま佇んでいた。彼の手にも、赤黒く染まったナイフが握られている。
「存分に楽しむ事にしよう。この世界を、俺たちが‥‥」
 差し伸べられた其の言葉に、少年は初めて反応を示した。首を縦に振って‥‥。

 雲ひとつ無い青空からは太陽が満面の顔を輝かせ、街を暖かな陽の光で慰める様に絶え間なく降り注ぐ。だが、其れを冒涜する様に街の至る所から炎と煙が昇り、爆裂音と断末魔が乱れ飛んでいた。
 既に血で濡れている銀の殺意を持つ魔皇・西園寺飛鳥は、其れを聞きながらも歩み止めずに唯ひとつの方向へと向けている。彼の服装は何故か焼け焦げていたり、凍り付いていたりしている。勿論、気にしては居ないが。
 そして、彼の歩みが止まった。高層ビルの目の前で。
 何かに引き付けられたのか、飛鳥は真っ直ぐ此処に現れた。理由は本人にも判らない。理由があるとすれば、感覚だろう。
 彼は自らの脳内で囁かれる感覚に従い、歩みを再開させて迷う事無く入り口を潜る。
 初めに飛び込んできたのは、血臭だ。次は、血と肉塊。
 吹き抜ける白亜のエントランスロビーが幾多の銃弾や砲弾で破壊され、多くの死体によって赤黒く彩られてしまい、見る影も無い。しかも、死体の手足は勿論、腹部や頭部まで切り裂かれており、臓物や脳漿までばら撒いている。一体何人が死んだのか、皆目見当も付かない程だ。
 血と死が充満する場を抜けるべく、彼は歩を進める。其処に、殺気が降り注いだ。
 飛鳥は咄嗟に感じ取って飛び退くと、彼が居た場所に白銀の穂先が大理石の床を砕いて突き刺さる。だが、穂先はひとつではない。幾つもの銀が宙から舞い降り、飛鳥を貫こうと迫る。幾多の白銀の凶器は飛鳥の肉を抉ろうとするものの、卓越した身体能力によって弾き出される回避行動で其れ等をかわしていった。
「中々やるじゃねぇか。流石は隊長のお気に入りだなぁ」
 次に降ってきたのは、言葉の穂先。
 飛鳥は視線を上に向けると、二階に位置する手摺に立つひとりの天使が在った。手には伸縮自在の穂先、北欧神話に登場する魔狼・フェンリルを捕らえたとされる、魔法の紐・グレイプニルを冠する槍を持つ死の天使・エイトが。
 彼の蒼き双眸は殺気に彩られ、其の殺気は眼下に存在する魔の者に槍を突き刺す様に送られる。
「何か用か? 生憎だが、お前には興味が無い。さっさと失せろ」
「こっちは用があるんだよ」
 先とは違い、怒気が込められた強い口調でエイトは言った。
「是以上、手前の後釜扱いされるのは御免なんでな。そろそろどっちが強ぇかハッキリさせてぇんだ」
 不敵な笑みを刻みながら放たれる言葉には、憎悪も多分に含まれている。積年の怨みが爆発したのか、彼の身体からは殺気だけでなく、憎悪すら感じさせた。
 しかし、其れを聞いた飛鳥は小さく笑う。それも、嘲る様に。
「そんな事を思いながら今まで生きてきたのか、お前?」
「あぁ!?」
「男の嫉妬ほど醜いものは無い。気が変わったから、お前は俺が殺してやる」
 白銀の切っ先を招くように数回揺らし、赤の瞳に殺気を湛えて言い放つ。其れを浴びたエイトは、込み上げる殺気と赫怒を解放し、狂的な笑みを浮かべた。
「‥‥ぶち殺してやる!」
 唯一言、吐き捨て、銀を再び放った。


●痛みを知らぬ雷神の最期
 大地を這いずりながら逃げようと魔皇を、巨大な鉄が押し潰した。天使・セシルが持つ鎚・ミョルニルが血液と肉片を附着させながら持ち上げられると、見るに耐えない惨状が姿を現した。
 だが、血の匂いを嗅いでも、目を覆いたくなる光景を見ても彼の表情は変わる事は無く、無を湛えていた。
 次なる獲物に罰を与えようとする歩き始める雷神の目前に、先のよりも強大な魔の力を有する者たちが現れた。彼等を見たセシルは、心底つまらなそうに溜め息を吐く。
「また、あんた等か‥‥」
 彼の目の前に居る者は、五人。
 ステージで舞う其の姿は見る者を魅了し、戦場で舞う其の姿は畏怖させる魔皇、不破・彩(w3e650)。そして彼女の舞いを鮮やかな彩りを与えるのは、逢魔・レヴァイン(w3e650)だ。
 怒りを表している様に赤茶色の髪に染められた長身の魔皇、炎獄・桜邪(w3g462)。彼に逢魔である、女性と見紛う美貌を持つ純白の堕天使、逢魔・影真(w3g462)。
 魔力と殺気が存分に秘めた黒き瞳が輝く、桜邪と同等の背丈を持つ緑川・翠(w3g896)。
 計五名の魔の戦士が、自らの裡で憎悪の炎を滾らせながら雷神と相対する。
「セシル、覚悟しやがれ‥‥。《ゲヘナ》がテメェの魂、滅殺してやるぜ!」
「今まで犯した罪‥その身に受けるがいいよ‥‥」
 桜邪と翠が放った殺気の纏う言葉を受けたセシルは、是までには見られないほど感情を込めて言い放った。
「‥‥一々五月蝿いな。苛つくよ」
 セシルの蒼い双眸に殺気の他にも、怒りに似た感情を宿らせる。其れに呼応するかの様に、彼が担ぐ雷鎚ミョルニルが蒼き雷を音を立てて纏わり付く。
「もういい。――壊す」
 吐き捨てられた言葉は、置き去りとなった。
 セシルの身体は何の予備動作もなく放たれ、一度羽ばたいた翼の力だけで低空を駆ける。まるで獲物を捕らえようとする鳥の如くセシルは彼等へと急速接近し、鎚を振り被った。迫り来る雷神に影真は頭部に狙いを定めて矢を放つが、セシルは鬱陶しげに素手で打ち払う。其処に翼を生やし、クロムブレイドとシルバーエッジ――どちらも精巧に造られた偽者だが――を持つ桜邪がセシルへと駆けた。
 初めに仕掛けたのは、セシルだ。
 殺気と雷を纏う鎚が、光――《閃神輝掌》を帯びると、超重量にも拘らずに高速で振るわれ、桜邪はふたつの刃で其れを受け止めようとする。だが、増幅された破壊の力は刃、そして腕さえもいとも簡単に打ち砕き、彼の身体は人形の様に吹き飛ばされた。セシルはミョルニルの勢いに逆らう事無く、其のまま後方から迫る舞姫へと殺気を移す。
 《真狼風旋》を付加された彩の身体能力は凄まじく、瞬時にセシルの背後に回り、更には自らに振り下ろされる神の烙印を素早く跳んで避けた。セシルの視界から彼女が消えると、突如飛び込んできたのは鉄の拳だ。
 彩の影に隠れ蓑にしていた翠が真ロケットガントレッドを射出したのである。拳はものの見事にセシルの顔面を直撃した。強かに打ち付けられた頬は、骨が折れたのか青黒く変色している。が、当人は全く気にした様子もなく、彼女へと審判を下そうとする。
 衝撃が、再び彼を襲った。
 背部にめり込んだもうひとつの鉄の拳は鋭利な爪を備えており、セシルの背中に裂傷を刻み込む。其れはレヴァインの《清水の恵み》によって回復した桜邪が、隠し持っていたガントレッドに真シューティングクローが装備された一撃だった。態勢を崩したセシルを抱き留めたのは、死の抱擁。翠から伸びる二本の触手、真テンタクラードリルが彼の身体を拘束した。先端に取り付けられたドリルはセシルの腹部を貫くと、今度は頭部の肉を抉ろうと血液を撒き散らしながら回転し、セシルの頭部へと流れる。
「《烈光破弾》!」
 ドリルが頭部に走る前に彼が叫ぶと、目を灼くほどの光量を持つ光弾が精製され、翠へと放たれる。至近距離からの其れを回避する事は勿論、防御する事も出来なかった彼女は多くの肉が吹き飛び、肉片と共に自身を舞わせた。其れに際して触手は彼女から切り離され、セシルを縛する力も緩んだ。未だ回転する事を止めないドリルを手に取り、宙から降下して凶刃を振るう彩の攻撃をかわしたセシルはドリルを彼女の腹部へと突き刺した。ドリルは肉を抉り、内臓をかき混ぜ、耐え難い痛みを産む。激痛に歪む彩の顔を、セシルは自らの肘を打ち込んだ。尖った其れは彼女の眼球を潰し、鈍く厭な音を響かせて倒れる。
「セシルゥゥゥ!!!」
 惨状を目の当たりにした桜邪は激昂し、ガントレッドを構えて猛然と走った。セシルもミョルニルを手に取り、路上を駆ける。
 ふたつの命が交錯し、ぶつかり合い、共に血の華を盛大に咲かせた瞬間だった。


●天使と悪魔と死の銃弾
 轟音を纏って銃口から飛び出た銃弾は散り、目標の身体に嬉々として喰らい付いて其の肉と骨を粉砕する。
 腹部の肉が吹き飛ばされ、其処からぐしゃぐしゃに引き裂かれた腸などの内臓を代表する存在が大量の血液と共に路上を打った。だが、魔皇は辛うじて生きている。身を焦がす激痛が彼の意識を覚醒させる。
 厚い靴底が、直接肉を踏み付けた。
 《アズラエル》・ヴァイスが態と散弾を受けた腹部を踏み付けると、右手に在る大口径の拳銃を向けて間髪入れずに頭部へと発砲する。魔皇は自らに向けられる殺気と銃口に戦慄する暇も無く、額に黒点を穿たれて命を絶たれた。だが、重い銃声は何度も響き渡り、其れが終わる頃には魔皇の顔は着弾の衝撃によって吹き飛んでおり、辺りに頭部を構成する肉片が飛び散っている。
「ゴキブリの様に湧きやがって‥‥。いい加減鬱陶しいんだよ!」
 頬に附着した肉片を拭い捨て、左に持つショットガンの銃口を後方に向けて忌々しげに撃つ。同時に、後方からも銃声が轟いた。飛び交う散弾は高速で飛んで互いの目標に死を与えようと迫るが、どちらも紙一重でかわし、散弾は空を裂く。ヴァイスに発砲したのは、《銀翼の銃術師》の異名を持つティクラス・ウィンディ(w3e066)。彼もヴァイスと同じく、銃の腕に絶対の自信を持つ者である。
「鬱陶しいのは、君たちだね!」
 次に、真ショルダーキャノンの咆哮と共に吼えたのは、錦織・長郎(w3a288)だ。彼が肩に乗せるキャノンからは黒き砲弾が放たれ、ヴァイスの前方の路上を撃ち砕く。更にティクラスも真ワイズマンクロックで次々と破壊していった。是は、ヴァイスの動きを封じる為だ。彼は高機動を誇る具足・スレイプニルを装備している。其れを危惧した彼等は自由に動き回る事が出来ない様、破壊しているのだ。勿論、隙在らば当てるつもりでいるが。
「来ないのかね、あの空砲は?」
「挑発ならもう少しマシな事を言えよ、塵野郎」
 不敵な笑みを浮かべながら挑発する長郎であるが、ヴァイスは下らなそうに吐き捨て、なんと自ら爆裂する渦中へと飛び込んだ。爆風が飛沫となったアスファルトを乗せ、衝撃が交錯する世界を駆け抜けるヴァイスは、ショットガンを撃ちながら片手に《アズラエル》のひとりだったオーガストの遺品である短剣・ニーズホッグを取り出す。蒼き雷撃を纏う剣身は、新鮮な生き血を啜ろうと妖しく輝く。
 砲弾と機雷を巧みに回避しながら突き進むヴァイスを見た長郎は真ドリルランスを召喚して盾とし、手の甲に在る真シューティングクロー《真狼風旋》を発動して其の爪で彼の身を穿とうと駆ける。
 双方共弾丸に匹敵する速度で肉薄し、攻撃を繰り出そうとしたとき、ヴァイスに弾丸と刃が飛来した。ティクラスの真ショットオブイリミネートと、彼の背後に控える逢魔・レルム(w3e066)が投擲した短剣だ。其れと同時に長郎も爪を射出し、都合三つの方向から襲撃する。肉薄する攻撃に、ヴァイスは散弾と爪を自らの身体を旋回させて回避し、短剣をニーズホッグで弾くという、冷静且つ的確な判断で退けた。長郎は攻撃の手を緩めず、盾として使用していたランスの回転する穂先に《真燕貫閃》を付加させて高速で打ち出す。全てを貫き砕く一閃だが、其れはヴァイスの脇腹の肉を僅かに抉り取っただけで、完全に貫いたのは空だ。
 渾身の突きを放った長郎の胸部はがら空きとなり、其処に蒼き稲妻が走る。逆手に持ったニーズホッグの切っ先が彼に深々と突き刺さり、先端が背から朱を纏って現れた。更にショットガンが火を吹き、胸部を吹き飛ばす。
 倒れ込む長郎を見て、ティクラスは裡に燃える赫怒の炎を全面に現してイリミネートを乱発する。自らを喰らおうと迫る散弾をヴァイスは跳躍して回避し、構えた。
「さっさとくたばれ!」
 《次元櫓》を使用して召喚された巨大な砲身、光の神すら殺害した槍の名を冠するミストルテインが咆哮した。放たれる光の柱はティクラスへと向かっていき、彼はレルムを後方へ押し退け、巨大な剣・真グレートザンバーを前面に出して防御する。光は一瞬でティクラスを飲み込み、辺りを灰燼と化した。
 照射が終わると、ヴァイスは破壊された路上に着地し、光が受けた場所からは様々な物質が蒸発して白煙を上げている。
 其れを破って現れたのは、銀の風だ。
 ティクラスの身体の彼方此方が光によって焼け焦げ、ザンバーは半ばから破壊されている。ヴァイスは舌打ちし、ショットガンを彼へと咆哮させた。飛び出た散弾は防御するティクラスの左腕を吹き飛ばすものの、彼の勢いを止める事ができずに接近を許す。
「閉幕だ‥‥!」
 ティクラスはそう言い、壊れた巨刃を肩口に流した。
 ザンバーはヴァイスの左肩口から入り込み、其のまま胸部、右脇腹という経過を経て彼の身体を断ち切り、命を絶ち斬る。其れと同時に、ティクラスが持つザンバーも音を立てて崩壊した。自らの役目を終えたかの様に。
「糞ったれがぁ‥‥」
 呻きは、突然放たれた。
 ティクラスは咄嗟に、イリミネートの銃口を言葉が発せられた場所へ向ける。
 凶弾を吐き出す口の先には、蒼き氷と赤き炎の拳を持つ破壊天使――クラークの姿が在った。だが、彼は既に死という魔手に命を捕まれており、そして奪われた。
 うつ伏せに倒れた彼から流れ出る赤き液体が、小さな水溜りを作る。胸部にはばっくりと大きな裂傷が刻まれており、其れが原因だろう。
「‥‥飛鳥か?」
 クラークを死に追いやった人物の名を、ティクラスは呟いていた。
 其の彼は今、白銀の凶器と死闘を繰り広げている‥‥。



●白銀の凶器、堕ちる
 銀の触手が、飛鳥の左腕を捕らえた。
 包帯の様に巻き付いた幾つもの白銀は、彼の腕を凄まじい力で有り得ない方向に捻じ曲げる。鈍い音が響き、白い物体が奔流する血液と共に筋肉を裂き、皮膚を突き破って外気に晒された。
 激痛に呻く飛鳥だが、彼は構わずに前進する。
 厭な音を立てて肉や骨が千切れ様が、赤き命の水が垂れ流され様が、彼は前進する。
 左腕が飛鳥の身体を構成する役目を失って完全に彼から引き離れると、両の足が身体を跳ばした。飛鳥は瞬時にエイトの真上まで到達すると、エッジを振り翳して降下する。其れを察知したエイトは左のバルカン砲を高速回転させ、嬌声に似た銃声と死の銃弾を連続して吐き出させた。銃弾は次々と飛鳥へと向かっていき、皮膚を焼き、肉を穿っていくが、彼の落下速度は緩む事は無い。
 飛ぶ鳥が銀の凶器を扱う天使に肉薄したとき、銀の刃が渾身の力を込めて振り下ろされ、肉と骨を断つ。
 《真両斬剣》を付加されたエッジは、グレイプニルを持つエイトの右腕を肩から斬り裂いた。右腕が槍を持ったまま宙を舞い、切断面から血が奔流しようとする。だが、其れさえも赦さぬ様に飛鳥は再び斬撃を放った。自らを旋回させ、遠心力を得た白銀の刃はエイトに防御の隙を与える事などせずに、腰部に喰らい付く。肉は勿論、骨すら滑らかに斬り裂いていき、銀が抜けると彼の身体は別れ、血と内臓の雨を降らしながら落下した。
 同時に飛鳥の膝も床につき、口内から血塊を吐き出した。幾つかの銃弾が腹部を穿ち、内臓を傷つけているのである。腹部だけではなく、腕や足、頬にも深い銃創が作られていた。
 血の香りが漂う荒い息を吐く飛鳥の耳に、力尽きようとする哄笑が入る。其れは、上半身だけとなったエイトの口からだ。
「俺程度に‥其処までやられるなんてな‥‥。隊長には、一分‥と‥‥持ちやしねぇよ‥‥」
 搾り出す様に吐き出された言葉は飛鳥を罵るものであるが、当人は表情は勿論、感情を動かす事無く聴いていた。其の理由は、エイトが言っている事は事実だからだ。
「あの世から‥手前の死に様を拝んでやる‥‥。隊‥長に殺ら‥れる様を‥よ‥‥」
 彼は満足そうに言い終えると、再び掠れた哄笑と大量の血液を共に吐き出して絶命した。死しても其の表情は笑っており、其れは飛鳥を地獄から嘲笑うかの様だ。
 飛鳥は黙したまま、傷つき果てた身体に鞭を打って身を引きずりながら血塗れのロビーを歩く。腕に力が入らないのか、銀の切っ先が床に擦れて厭な音を立てる。血液と音が尾を引きながらエレベーターの前まで歩き、震える指でエレベーターのスイッチを押すと、扉はすぐに開いた。中に入った彼は無意識に階数を選択してエレベーターを動かすと、今にも崩れ落ちそうな身体をガラスで覆われた壁に委ねる。
 彼の視線は、眼下に在る街に注がれた。街は、未だに戦場と化している。


●狂える炎に抱かれて
 炎の剣を振るう彼女に、赫怒の炎を燃え滾らせる男がコアヴィークルで迫る。
 タクマ・リュウサキ(w3e982)が駆るコアヴィークルが、《アズラエル》のひとりであるジェシーへと。
「貴様が奪った者たちは還らない‥‥。だが、彼等への手向けとして、貴様の命を貰い受けるぞ!」
 猛るタクマは其のままコアヴィークルをジェシーへと叩き付けようとするが、彼女は風に乗った羽毛の如く空高く跳躍して避ける。
「敵討ち? 俗な事で向かってくるのね‥‥」
 呆れた様に白けた表情で呟くジェシー。其の彼女を、黒が覆い尽くした。逢魔・ハイド(w3d015)から飛び出した無数の《影の蝙蝠》がジェシーに喰らい付き、血肉を奪っていく。彼女は闇に囚われても落ち着きを払い、炎の剣・レヴァンテインで蝙蝠さえも払う。
 だが、闇が晴れた先には魔が牙を剥いていた。
 水葉・優樹(w3g636)が引き金を引いた真デヴァステイターの銃弾と《真撃破弾》、逢魔・六華(w3g636)が投擲した逢魔の短剣が地上へと落下しているジェシーへと襲い掛かる。彼女は瞬時に判断して銃弾と短剣はレヴァンテインで防御し、爆裂する魔弾は《魔障壁》で無効化した。
 第三波は、下方からだ。
 神楽・総一郎(w3d015)が真ランスシューターを携えて彼女に其の硬質な穂先を突き刺そうと肉薄する。
 そして、射出された。
 銀の穂先は肉を貫き、骨すら砕いた。ジェシーの足を。空中で回避できない事を悟っていた彼女は、自らの足を犠牲にして攻撃を防いだのである。動きが止まった総一郎に、ジェシーは《次元櫓》で巨大な大剣・グラムを取り出し、勢い良く振るった。蒼き斬撃はシューターを装備する総一郎の腕を肩から切断し、顔面を無事な足で蹴り飛ばす。
 片足で何とか着地したジェシーはシューターを抜くと、無造作に宙を舞う優樹へと投げ捨てた。優樹は軽々と避けるが、次いで放たれたグラムの斬撃には対応できず、身体に裂傷を刻み込まれる。地上へと落下する彼を助けようと六華が支えようとするが、破壊の光弾・《光破弾》が激突して彼女を吹き飛ばした。
 仲間が傷つく姿を見て憤怒の形相を表すタクマは、《真狼風旋》で一気に間合いを詰める。ジェシーがグラムを薙ぐが、手応えは無い。良く見ると、彼は白い存在に覆われていた。逢魔・セシリア(w3e982)が発動した対象者への命中率を半減させる《霧のヴェール》である。
 ジェシーの斬撃を避けたタクマは素早く懐に潜り込み、《真燕貫閃》を付加させた真ドラゴンヘッドスマッシャーを腹部へと突き刺した。三つの高速回転するドリルの破壊力は凄まじい上、ダークフォースによって強化された一撃はジェシーの腹部など易々と貫き、肉や骨、内臓をズタズタに掻き回す。彼女の口内や腹部からは大量の血液が吐き出された。
「あんたに‥僕達の苦しみ‥少しは解ってもらえたかな」
 額に脂汗を滲ませ、苦痛に耐えながら顔に微笑を刻む総一郎は言った。だが、返ってきたのは嘲りだ。
「‥‥判る訳無いでしょう」
 嘲る風に口の端が吊り上げられ、溢れる血液と共に言葉を返した。
「自分も痛みを味わえば、他人の痛みも判るって言うの? そんなもの、偽善以外の何物でも無いわ‥‥」
 何処か達観した口調で言い放つと、ジェシーはレヴァンテインの柄を掴む手に更に力を込める。
「最後の悪足掻き、させてもらうわよ」
 彼女がそう言うとレヴァンテインの炎が大きくなり、上空へと放たれた。だが、重力に引かれる様に炎は方向転換し、主へと還ろうとする。自ら諸共、焼き尽くす為に。ジェシーの意図を悟ったタクマはスマッシャーを抜いて離れようとするが、彼の首を彼女の細い指が絡め取って拘束する。指に込められる力は凄まじく、其のまま捻り殺そうとするほどだ。
 サングラスの黒い帳に覆われたタクマの瞳は、大きく見開かれる。目の前に居る狂気の笑みを見て。だが、其れも次の瞬間には見えなくなった。赤く燃え滾る真紅の帳に阻まれて。
 皮膚や肉、血や骨すら灰塵と化す業火はふたりを包み込み、焼いていく。狂える炎の抱擁を受けるふたりは、声を上げた。男のものは苦痛、女のものは哄笑を。
 セシリアの悲痛な叫びが木霊すが、其れは杞憂に過ぎなかった。
 炎が消失したとき、其処にはタクマだけの姿がありジェシーは灰塵と化した。魂諸共。
「逝くのなら、独りで逝け‥‥」
 未だ燻る炎を身に纏うタクマは、崩れ落ちる前にそう呟いた。


●郷愁、そして激突
 エレベーターから降りた彼の耳に流れる調べは、過去に何度も聞いたものだった。
 冷たくもあり、暖かさも感じさせるこの曲を聴いた幼き頃の彼は、何の疑いもせずに好み、兄に弾いてほしいとよく懇願した。
 郷愁を感じながら、血の道標を残しながら、倒れそうになる身体を力強く踏み締める飛鳥。彼の向かう先は、其の調べが奏でられる場所だ。
 幸いな事に、其処へはすぐに辿り付いた。音楽室として使われていると思われる部屋から、奏でられている。
 自らの血で濡れる右手でドアノブを回し、ピアノだけの孤独な演奏会場へと足を踏み入れた。
 飛鳥の目に、黙々と鍵盤を弾く天使の後姿が入る。部屋の中央に置かれたグランドピアノから発せられるメロディーは、彼の天使が原動力となって産み出されていた。滑らかに動く指が白と黒の鍵盤を走り、美しい音楽を織り上がる。
 そして、演奏が終わった。場には沈黙という音が支配し、
「‥‥懐かしいだろう? 孤児院でよく弾いてやった曲、お前なら覚えている筈だ」
 来訪者に気付いていたのか、演奏が終わると彼は立ち上がり、踵を返して言った。
「俺とお前はこの曲が好きで、俺がよく聴かせてやった。良い思い出だ」
「‥‥良い思い出かどうかは判断しかねるが、好きだったという意見には違いない」
 飛鳥は血の香りがする息と共に言葉を吐き出した。
「それにしても、見る限り随分苦戦したようだな。エイト如きに」
 飛鳥の身体を上から下へと視線を走らせたシュナイダーは、自らの部下を含めて嘲る様に言った。
「まさか、そんな身体で俺を殺ろうなんて、考えてはいないだろうな?」
「‥‥だったらどうする?」
 左腕を失い、身体の至る箇所がダメージを受けている満身創痍な状態であっても、毅然とした態度で言葉を放つ。飛鳥の声を聞いたシュナイダーは一瞬だけ薄く笑い、
「舐めるな」
 と、氷の言葉を返し、跳んだ。
 一足飛びで飛鳥の間合いを侵したシュナイダーは、腰に差した黒塗りの刀・布都御魂を一気に抜刀する。神速の如き斬撃は飛鳥の首へと放たれるが、彼は咄嗟に身を僅かに沈めて避けた。剣風が髪を撫でる感触を己の肌で感じた飛鳥は、気を取られる事無く下方から銀を流す。
「遅い」
 彼の言葉は、確かだった。
 何時もの速度が其処にはなく、シュナイダーにとって見れば蝿が止まるほどの遅さである。彼は白銀の刃を回避するまでもなく、左手の甲で打ち払った。級の衝撃に銀は飛鳥の手から離れ、切っ先が壁に半ばまで突き刺さる。
 伴い、彼の頬にシュナイダーの右の拳が襲った。
 光り輝く拳は飛鳥の左頬にめり込み、彼の身体を浮かせて後方へと大きく飛ばす。飛鳥は受身を取る事もできずに背中から倒れ、血塊を吐き出した。
「其の程度でこの俺を殺す事など、万年経っても不可能だぞ。だから、ハンデをくれてやる」
 シュナイダーの言葉の意味が判らないまま、飛鳥は"立ち上がった"。
 不審に感じた彼は、自らの身体に視線を移す。すると、失った筈の左腕が既に再生している事を確認した。腕だけでなく、身体中に受けた裂傷や銃創が光の粒子となって消えており、ダメージもなくなっている。
「《閃輝慰癒》をかけてやった。感謝しろ」
「どういうつもりだ?」
「ハンデと言った筈だ。そして、是からはつまらない小細工は使わない。――存分に殺ろう」
 其れは、シャイニングフォースを使用しないという言葉でもあった。勿論、飛鳥は完全に鵜呑みした訳ではないが。
「後悔させてやる」
「するつもりは、毛頭無い」
 彼等の黄昏の刻は、確実に迫っていた。


●生きる者たち
 レヴァインが作り出した清水が死の淵に向かう桜邪の身体に注がれると、彼の傷が癒え、邪魔しようとする喉に溜まった血塊を大量に吐き出した。
 雷神の放った一撃は桜邪の全身の骨が砕き、殆どの臓器が損傷させたのである。翠と彩が受けたダメージも酷く、何とか治療する事が出来たが、《清水の恵み》も先ほど桜邪に使用したもので最後だ。
 一方、彼が放った《真獣牙突》を付加した憤怒の一撃は、遥か先にあるビルの壁に叩き付けられたセシルの遺体が結果を物語っていた。心臓に位置する部分がごっそりと抉り取られており、向こう側が覗けるほどのグロテスクな大穴が出来ている。
 疲れ果てた五人の前にヴァイスと戦った長郎――レルムに治療されて何とか無事だ――、ティクラス、レルム、ジェシーと死闘を演じた総一郎、ハイド、優樹、六華、タクマ、セシリアが現れた。未だ痛みが残る身体を起こした桜邪がひとりの魔皇の名を訊ねたが、其れは誰も知らない。
 彼は今、人知れず場所で決着を付けようとしている。


●破壊者たちの黄昏
 飛鳥の身体が床を滑り、彼から溢れる血液が床に赤黒いアートを描く。
「神など在りはせず、救いも無い。この世界に在るのは絶望だけだろう。あの刻、俺たちは理解した筈だ。其の為、俺たちは快楽を得る為に絶望を振り撒く側に回った。違うか?」
 倒れ伏す飛鳥を見下ろすシュナイダーは語り、訊ねる。
「‥‥あのときの俺は、魔が差していたんだろうな」
 自嘲する様に呟かれた低い声は、自らの血で濡れる床からゆっくりと立ち上がる飛鳥のものだ。次に発せられた言葉は、殺意が異常なまでに注入されたものであった。
「言っておく。是以上、お前の価値観を俺に押し付けるな。――より、殺したくなる」
 凶悪なまでの殺気を込めた言葉と赤き双眸の視線を放ちながら、飛鳥は二本の足を以って立つ。腕や頬を伝って赤い雫となり落ちる血液は、床に小さな花を裂かせた。
 シュナイダーは自らに注がれる赤き殺意の眼差しを其の身に受けながらも、黙したまま飛鳥を見ている。彼は続けた。
「神は居ない。救いも無い。だが‥‥」
 血が滴る右手に持つエッジを力強く握り締め、切っ先をシュナイダーへと向けて最後の言葉を自分にも言い聞かせる様に言い放つ。
「絶望はしない‥‥!」
 言葉は其の場に残され、飛鳥の身体は跳んでいた。
 飛鳥はすかさず斬撃を繰り出そうとするが、先にシュナイダーの其れが来る。ひとつであるが、四つの斬撃を身体全体を沈めてかわし、旋回する様に足払いを放った。しかし、予見していたのかバック転をするが如く足払いを回避したシュナイダーは、其のまま爪先を飛鳥の頬にめり込ませる。
 歯の数本折れる音がするも、怯む事無く飛鳥は斬撃を流す。銀はシュナイダーの身体に刻まれて大量の血が噴き出した。普通は苦悶の表情を浮かべるところだが、シュナイダーは違った。
 笑みだ。
 狂的な笑みを浮かべ、全く効いた様子も無く刀を振る。飛鳥の身体には獣の爪が流れた様な四つの痕が走り、全ての血液を噴き出させるかの様に流れた。
 飛鳥も流石に態勢を崩し、其の隙にシュナイダーの蹴りが再び彼を襲う。骨が軋みそうな蹴撃は飛鳥を大きく飛ばし、展開されている大きな窓ガラスをぶち破って彼を虚空へと投げ出した。シュナイダーも、飛鳥を追って身を投げ出した。其の両手に、其々拳銃を持って。
 五十メートルは超える高さから重力の手に引かれて落ちる飛鳥は弾丸を放つシュナイダーを確認すると、自らもふたつの真デヴァステイターを召喚し、引き金を連続して引いた。互いに落下し、互いに銃弾を放つ彼等に徐々に弾痕が生まれ、血が雨の如く地上へと降る。
 地上に激突する瞬間、飛鳥は身を回転させて両足から着地し、飛び退く。其の直後、シュナイダーも路上を踏み砕いて降り立った。
 ふたりは、笑った。痛みが走り、血を流そうとも。
 其の笑みはすぐ消え、ふたりは同時に銃を構えた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 シュナイダーが言葉を発するが、聴こえない。しかし、飛鳥には聴こえたのか、言葉を返した。
「‥‥‥‥」
 こちらも聴き取る事は出来ないが、確かに何かを言った。会話が終わったのか、ふたりは神経を研ぎ澄ませ、静寂に身を委ねる。数秒間であったが。
 次の瞬間、ふたつの乾いた銃声が虚空に響いた。
 其れは、戦いの集結を知らせる福音となった。

 Punishment given to a death angel・完結