■Immortal Tearing Apart an Evil Spirit【救】■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオEX クリエーター名 しんや
オープニング
「君が此処に派遣されるとはな」
 《リバースバベル》に存在する自らの研究室で、グレゴール・ヨハンはある人物を見据えて口にする。彼の視線の先には――グレゴール・立川香織の姿があった。
「先の独断行動が祟って、か。アベル様も人が悪い。で、どうだ? 私が造り出したドリットヴォルフの性能は?」
「お陰でお役に立っております」
 ヨハンの詰問に、毅然とした表情と態度で返答する香織。其れを聞いたヨハンは、小さく吹き出して笑った。
「社交辞令はいい。警備の方、期待しているぞ」
「お任せください」
 香織は軽く頭を下げて、この場を後にした。そして、彼女が居なくなったところでヨハンはひとつ溜め息を吐き、忌々しく呟く。
「雌豚が‥‥」

 世界が闇に包まれた時刻、闇が敷き詰められた室内にいる香織はひとつのコンピュータの前に座り、キーボードを打っていた。
 彼女の美しい指がキーを打つのを止めると、収められていたディスクを取り出して電源を落とす。
「是があれば――」
「屑共の元へ寝返る事ができる、か?」
「!」
 不意に発せられた言葉に香織は身体に電撃が走ったように反応し、咄嗟に両の篭手に装備されているカタールを構え、其の言葉の主――ヨハンへと向く。彼は部屋の入り口に佇んでおり、背後には《スレイヤー》の姿が垣間見れた。
「まさかと思ってはいたが、本当にこうして現れるとは‥‥。流石は雌豚だな」
 ヨハンは侮蔑の言葉を彼女に投げかけた。だが、香織は
「貴方は、自分が何をしているのか判っているのですか?」
「当然だ。神帝軍の為、日夜粉骨砕身しているぞ。貴様のような雌豚と違ってな」
「では、彼等との共存を一度でも考えた事は‥‥?」
 其の言葉を聞いたヨハンは一瞬ではあるが目を丸くした。其の直後、嘲笑が室内に響く。そして彼は、未だ裡から起こる其れを必死に押さえるようにして、言葉を紡ぐ。
「最近居るようだな。貴様と同じく、あの屑共と生きようとする糞以下の存在が、我等神帝軍の中にも」
 鬱陶しげに言葉を吐き捨てるヨハン。何故、汚らわしい魔に属する者と共存しようとするのか、理解に苦しむ様子だ。其処で、彼は決心する。
「《スレイヤー》の量産も順調だ。是を機に、魔の者と同様に粛清しなければいかんな」
 と。
 其れを聞いた香織は表情を更に厳しくする。ヨハンは楽しんでいるのか、逆に笑みを作った。
「‥‥まず、貴様から血祭りに上げてやろう」
 彼はそう言って、戦いの神が持つ剣を鞘から抜き放つ。通路から僅かに漏れる光が、其れを妖しく輝かせる。
 そして、盛大な爆発が研究所を揺るがした。
シナリオ傾向 立川香織の救出
参加PC リシェル・ハウゼン
セイジ・スズシロ
物部・護矢
御神・咲夜
神無月・玲香
炎獄・桜邪
水葉・優樹
緑川・翠
ショウイチ・クレナイ
シメオン・エルスター
Immortal Tearing Apart an Evil Spirit【救】
●不死者の魔手
 街の全てが見渡せる高層ビルの屋上に、二十近くに上る人外の者たちが街を一望していた。
「香織ちゃんか‥‥。まぁ、美人を助けるのならやる気も出るな。‥‥って、翠、睨むなよ」
「‥桜邪‥あまりそういうこと言うと‥後が怖いよ‥‥?」
 炎獄・桜邪(w3g462)の軽口に睨みを利かせるのは、彼の恋人である緑川・翠(w3g896)だ。切れ長の瞳が刃の様に更に細められ、黒い視線が桜邪を一突きする。
「じゃれてねぇで、さっさと行こうぜ」
「そうね。痴話喧嘩なんて、生きていれば何時でも出来るしね」
 シメオン・エルスター(w3i669)に次いで意地悪な笑みを浮かべて茶化す様に言ったのは、青く染め抜かれた髪が映える白き魔皇、天王寺・昴。ふたりの黒き魔皇はほぼ同時に睨みつけるが、軽く肩を竦めて受け流す。
「以前は彼女に助けられたからな、今度はこっちが助ける番だ」
 先の激戦を示す言葉を吐きながら、水葉・優樹(w3g636)が意気込む。其れは、激戦に参加した者が誰しも思っている事だ。
「其れじゃ、予定通り行動しましょ。《スレイヤー》の足止め、香織の護衛、そして逃走ルートの確保。エリスとドリットは護衛に回って」
「判りました。お任せください」
 魔の者と敵対する筈の存在であるファンタズマ・エリスは快く答え、サーバント・ドリットヴォルフも同じ様に吼えた。
「えっと、アリーシャちゃんだっけ? 早速お願いね」
 昴の言葉に逢魔・アリーシャ(w3c326)は頷き、前へと出る。
 そして、歌った。
 セイレーンという事もあるが、彼女の歌声は美しく、全ての者に届くように虚空に響いていった。だが、只の歌ではない。彼女の特殊能力・《伝達の歌声》である。
 彼女の独唱が終わると、黙して聴いていた魔皇たちは思わず拍手を贈りたくなる衝動に駆られた。
「では、行きましょう」
 ショウイチ・クレナイ(w3h134)はそう言うと、自らの背に黒き羽・真テラーウイングを召喚する。彼を含むウイングを持つ五人の魔皇とふたりのナイトノワールは、暗き空へと羽ばたいていった。其れを見た昴は、
「かっこい〜♪ んじゃ、私も‥‥」
 と、呟き、なんと自身の身を虚空へと投げ出した。其の行動に、魔皇たちは驚きを隠せなかった。
 頭から地上へと急降下していく昴。身体がアスファルトの硬い地面に叩き付けられる直前、彼女は一回転して速度を緩め、無事着地した。路上には蜂の巣の様なひびが入るが、スバルの骨には全く異常は無い。尤も、魔に属する者は勿論、神に属する者もどのような高さから落下しても、其処に何らかの力が働いていない限りは死にはしないが。
「悪魔狩人かよ‥‥」
 誰が呟いたかは知らないが、其の声音は呆れと苦笑が織り交ぜられていた。

 全く人気の無い大通りを、フォースシルバーメタリックに彩られた一台のバイクが空を切り裂いて駆け抜ける。自動車やバイクで其の名を世界に轟かせる"ホンダ"の新型バイク、"CBR1000RR"。其のモンスターを巧みに操るは、なんと女性だ。
 栗色の髪を疾風で靡かせて駆ける女性とは、グレゴール・立川香織だ。純白である筈の鎧は傷つき、自らの血で汚れている。彼女の腹部からは、今も尚血液が滲み出ていた。
 何故、《輝慰癒》で治療しないのか。《リバースバベル》からの脱出の為、度重なるシャイニングフォースの使用によって香織の力が底をついてしまったのだ。
 苦悶の表情を浮かべながらバイクを走らせる彼女の鼓膜を、微かに揺らす声が届いた。
 アリーシャの歌声だ。其の内容を聴き取った香織は、車体を勢い良く左へ傾ける。急激な方向転換によって機体は僅かに悲鳴を上げ、彼女の左膝を覆う鋼鉄がアスファルトを削り、火花を生じさせた。
 魔皇たちとの距離を徐々に縮める香織。だが、突如降ってきた幾つもの殺気が襲いかかった。其れを感じ取った彼女は、バイクを蹴って跳躍する。すると、虚空から伸びてきた白銀の触手が白銀の車体に突き刺さり、停滞する事無く八つ裂きにした。
 香織が路上に着地したと同時に、バイクは炎に包まれて盛大に爆砕する。破片が雨となって飛び散る中、炎を破って現れる者たちが居た。
 二メートルを越す巨躯、両手には伸縮自在の白銀の凶器を携える者。人では無い。神なる者でも、魔なる者でも無い、狂気から産まれた不自然の産物。
 五体の殺戮者――《スレイヤー》が。
 彼等は爛と赤く光る双眸が、香織を睥睨する。突如、其の中の一体が唐突に跳んだ。
 何の予備動作も無く跳躍する不死者は瞬時に彼女との距離を消し、銀を放つ。香織も自らの篭手に装備されているカタールの刃を流した。銀と銀がぶつかり合い、火花が生まれる。衝撃が双方を激しく打つが、斬撃は再び放たれて再びぶつかり合った。鋼の応酬は凄まじく、甲高い音が幾度と無く街に響く。
 其れは、驚愕の事実だ。香織の実力ではなく、逆に《スレイヤー》のほうに。
 如何に強力であろうと、相手はサーバント。魔皇やグレゴールには劣る者が多いのが現状だ。だが、殺戮者はグレゴールの中でも実力者である香織と対等に渡り合っている。其処を見ても、彼等の異常さが見て取れる。是がグレゴール・ヨハンが造り出した、狂気の最高傑作だ。
 しかも、今は状況が悪い。
 香織の斬撃が徐々に力を失っていき、《スレイヤー》の斬撃が押していく。腹部から流れる生命の源も量を増やし、彼女の顔から血の気が引いていった。
 そして、彼女の腕が飛んだ。
 一瞬の隙を突かれて横に薙ぎ払われた殺戮者の白銀が香織の右腕を覆う装甲の隙間に潜り込み、綺麗な切断面を作って飛ばしたのである。其れによって一瞬のものが数秒の隙となり、旋回して放たれた廻し蹴りが彼女の頬を強かに打ち付けた。頬骨に加えて首の骨が厭な鈍い音を立て、香織の身体は後方に大きく飛ばされて倒れ伏す。彼女は立ち上がろうとするが、力が入らず、僅かに動く指は砂や小石を掬うだけだ。彼女の下となる路上には、瞬く間に赤黒い池が出来上がる。
 《スレイヤー》は止めを刺そうと、其の逞しい足でゆっくりと大地を踏み締める。が、彼は瞬時に飛び退き、身構える。轟音と閃光が周囲を埋め尽くしたのは、丁度其のときだ。
 上空から投げ放たれたスタングレネードが其れ等を放ったのである。
 轟音が掻き消え、閃光が収まると、殺戮者の眼前には多くの魔皇と逢魔が忽然と姿を現していた。ある者は真テラーウイングで降り立ち、ある者はコアヴィークルで駆けつけてだ。
「何とか間に合ったか‥‥」
 サングラスを外し、コアヴィークルに乗って現れた物部・護矢(w3c950)が香織と《スレイヤー》を交互に見やって呟いた。
「エリス、香織をドリットに乗せて。安全圏まで一気に逃げるわよ」
 先とは違い、低い声音で昴はエリスに指示する。やはり彼女は従い、傷つき果てた香織をドリットヴォルフの背に乗せた。同時に《輝慰癒》を発動して治療するが、傷が思った以上に深い為に完治はしない。
「奴等は引き受ける。脇目を振るな、行け!」
「言われずともって奴よ!」
 そう言って、昴は左肩に装備された真マルチプルミサイルのハッチを開き、内に収められていた小型ミサイルを一斉に解き放った。数十のミサイルは、白煙の尾を引いて彼等を襲う。接触と同時に破壊エネルギーが発生し、路上を盛大に爆砕していった。其れに伴い、白煙が場を覆い付くし、其の隙に香織を連れて昴たちが戦域を抜けようと走る。
『邪魔ヲ‥スルナ‥‥!』
 白煙の中、明確な殺意を剥き出しにして先頭に立つ殺戮者が確かにこう言った。其れが合図だったかの様に、潜んでいた三体の《スレイヤー》が闇から飛び出て、建物の屋根や屋上を伝って彼女たちを追う。其のスピードは、並みの自動車の其れを軽く越えている。
 走る殺戮者を追おうと魔皇たちは駆けようとするが、煙の内部から吐き出された刃が其れを防ぎ、其の隙に三体は彼等の視界から消え失せた。
 そして煙が失せると、この場に残った五体の《スレイヤー》は身に纏う法衣を脱ぎ捨てる。白の法衣は路上にゆっくり――ではなく、其処だけ引力が強くなった様に一気に落ち、どさっと重い落下音が響く。
 其れよりも、魔皇たちの注目を集めたのは別の事実だ。
 幾多の血管が逞しくも禍々しい黒き巨躯に赤く浮き出て、更に上半身を鎧の如く鋭い刃が無尽に埋め尽くしており、其の凶悪さを物語っている。頭部には大きく見開かれた赤き双眸、口内には研磨された牙が幾つも生え揃い、呻き声とも取れる低い声が漏れてきた。
『殺ス‥‥!』
 再び固い口調で言い放つと、両の掌から銀を大量の血液と共に抜き放って構える。
「其れはこっちの台詞だ、スレ坊共!」
 桜邪の言葉と共に魔皇たちも自らの魔皇殻を召喚し、疾走(はし)った。殺戮者も同じく、砕く様に路上を力強く蹴って魔皇たちへと迫る。
 其処に現れたのは、闇だ。
 逢魔・六華(w3g636)の翳した掌に闇が凝結していく。ナイトノワールの第二能力・《忍び寄る闇》である。彼女を中心に闇が一気に膨れ上がると、瞬く間に《スレイヤー》を飲み込んだ。だが、其れを抜けてくるのも一瞬である。
 人の闇から産まれた存在が闇の魔手から逃れるが、魔の力からは逃れる事はできなかった。
「首飛ばしても生きてんなら、粉々に吹き飛ばせばいいんだろッ!!」
 シメオンの《真魔力弾》、ショウイチの《真六方閃》が彼等を直撃する。十の黒き魔弾は殺戮者の身体に喰らい付いて吹っ飛ばし、六つの白き光線は四肢を灼き、頭部と胸部を貫いた。どちらも通常のサーバントならば絶命に至る程の攻撃だが、二体は何事も無かったかの様に立ち上がり、銀を伸ばした。両の手から放たれる白銀の刃は肉を裂こうと迫るが、シメオンは傍らに立つ逢魔・シーン(w3i669)が持つ、友人から借り受けた《ゼネラル》の名を冠した真ランスシューターで、ショウイチは自らの周囲を浮遊する真ディフレクトウォールによって防御する。銀の切っ先は盾を易々と貫くが、其処で止まり、戻っていった。
 攻撃を中止したのは、自らに降り注がれる氷の弾丸を防ぐ為である。
 優樹が放った《真凍浸弾》は殺戮者の肉体を凍り付かせようとするが、其れが接触したのは戻ってきた刃だ。白銀を薄い青色の氷が覆う。次いで逢魔・影真(w3g462)が自身に生える黒き翼を羽ばたかせて、夜の色に染まる風・《黒き旋風》を巻き起こした。其れは《スレイヤー》の身体に纏わり付き、動きを抑制する。
 まだ、終わりではない。
 低空で戦場を駆ける御神・咲夜(w3e857)とリシェル・ハウゼン(w3c326)の両名が、自らの魔力で造り出した魔の網・《真闇蜘糸》で二体の《スレイヤー》を拘束した。束縛から逃れようともがく彼等を、高速で迫る三人の魔皇が居る。
 桜邪と翠、護矢だ。
 彼等は月光に照らされて妖しく光る刃を手にし、《スレイヤー》を裂こうとする。
「ふたり共、上!」
 突如の声は、後方から。
 逢魔・北斗(w3e857)の警告に従って注意を上へと向けると、三つの殺意が宙を舞っていた。
 《スレイヤー》の凶悪な斬撃が、ふたりを襲う。
 驚異的な体重に加え、落下速度も加重された斬撃は翠の真ジャンクブレイドの剣身を打ち砕き、展開されていた護矢と桜邪の真ディフレクトウォールさえ断ち斬って彼等の肉を裂いた。血液が噴き出し、路上に赤黒い華を咲かせる。
 だが、其のまま黙ってやられる訳が無い。
 翠の足に装備されている真ブレードローラー、桜邪の手に力強く握られている真クロムブレイド、護矢の真デストロイアックスが銀光を纏いながら流れる。三つの刃は其々の目標の足を切り裂こうと肉薄し――弾かれた。
 鎧の様に全身に張り巡らされた刃が、彼等の斬撃を弾き返したのである。数枚の刃は砕いたが、彼等の肉に届く事は無かった。其れを見た三人は舌打ちし、再び下ろされてきた銀を避ける為に後ろに飛び退く。
 攻撃が行われた一瞬の隙を狙って咲夜が真怨讐の弓の弓弦を引き絞り、リシェルは真クロムライフルのトリガーに指をかけて、ほぼ同時に放つ。空を裂いて魔の矢と銃弾が殺戮者に迫るが、突如現れた五体目の《スレイヤー》に進路を阻まれて其れに突き刺さった。
 彼は自らの身体に埋まった代物など気にする事無く、空を舞うふたりの堕天使へと跳躍する。凄まじい筋力から生み出される爆発力は咲夜とリシェルとの間をほんの数秒足らずで消失させ、すかさず両手から伸びる剣を振るった。其れを冷静且つ的確な判断で両名は上空へと昇って回避し、難を祓う。
 《スレイヤー》は口惜しそうに唸り、地上へと堕ちていく。だが、彼の着地地点には、無骨すぎる刃の真ジャンクブレイドを持つセイジ・スズシロ(w3c664)の姿があった。
 彼はブレイドを両手に持って大きく振り被り、《真両斬剣》を発動させる。一方の殺戮者は全身の刃を逆立て、自身を高速回転させてセイジへと落下していく。其れは同じくヨハンが造り出した戦闘用サーバント・《スラッシャー》の攻撃方法と酷似していた。迫る巨大な回転鋸をセイジは攻撃を止め、横に跳んで避ける。鋸が路上に接触すると、其のままアスファルトを砕きながら突き進んでいき、回転が止まったのは三メートルほど掘り進んだあとだ。
 戦局は――贔屓目に見て――五分であり、魔皇たちの目的である足止めは旨くいっていた。
 だが、均衡を崩される為に存在する。
 突如戦場に湧く殺気を感じ取った魔皇たちは、不意に虚空を見上げる。彼等の視線の先には、新たに現れた四体の《スレイヤー》が居た。彼等は月を背にビルの屋上に佇み、殺気という刃を向けながら魔皇たちを見下ろす。
「面倒な事になってきやがった‥‥」
 苦笑いをして、シメオンが呟く。彼の呟きが聴こえたのか、新たな殺戮者は大きな口を禍々しく歪めて笑みを刻んだ。
 そして、死を体現する者たちは跳ぶ。死を、彼等に齎すべく。


●不死者に打ち込む楔
 連続する銃口から熱気と共に吐き出される弾丸は、迫り来る死へと放たれる。
 街灯に照らされる路上をコアヴィークルで駆ける昴が、後方から迫る三体の《スレイヤー》に真パルスマシンガンの銃口を向け、一斉にばら撒く。だが、銃弾は殺戮者に備わった刃に防がれてしまい、肉に着弾するのはほんの数発だ。彼女の隣を走る神無月・玲香(w3f486)の持つ真ショットオブイリミネートが放つ散弾も、結果は同じだ。近距離で発砲すれば刃をぶち壊して肉を爆ぜさせる事も出来るだろうが、現状に於いては得策ではない。ファンタズマであるエリスも《光破弾》で迎撃するが、彼等は幾度となく無効化してしまう。
 ふたりの前方には、守るべき存在である傷ついた神の騎士を乗せた巨狼が居るのだから。
「まずい、そろそろルート確保班と合流するぞ」
「片付けたいところだけど、方法が判らなくちゃね‥‥!」
 昴の言葉が終わると、彼女たちはコアヴィークルを左右に流す。殺戮者が銀の刃を翳して飛び掛って来たのだ。其れを寸の間で回避すると、玲香はイリミネートの銃口を頭部にポイントしてトリガーを引いた。飛び出た散弾は嬉々として殺戮者の頭部に喰らい付いて吹き飛ばし、路上を転がる。が、生命活動を停止する事無く立ち上がり、追撃を再開した。
「全く、頭撃ち抜かれても生きてるなんて反則じゃない!?」
「‥‥昴、さん‥‥」
 思わず悪態をつく昴の耳に、搾り出す様に紡がれた言葉が入る。其れは、ドリットヴォルフの背に乗る香織のものだ。エリスのシャイニングフォースによる治療を受けたものの、彼女の身体は全快とは程遠い状態である。
「香織、今は黙って助けられなさい」
「上半身を‥‥吹き飛ばして‥‥」
 まるでうわ言の様に呟かれる彼女の言葉は、殺戮者を倒す重要な情報だ。
「上半身を吹き飛ばす、ね‥‥。難しい事言ってくれるけど、やるしかないわね」
 昴は意を決して、其れを実行に移す。
 彼女のコアヴィークルが急激に減速され、忽ち《スレイヤー》との距離は縮まった。既に、彼等の間合いに入った状況だ。殺戮者は躊躇いなく白銀の斬撃を薙ぐが、彼女は素早く身を屈めてやり過ごし、掌を翳す。すると、其処に白き輝きが溢れ、一気に解き放たれた。
 昴の魔力が、爆裂する。
 発動された《真撃破弾》は連続で爆砕し、殺戮者を打ちのめしていく。至近距離である為、昴の腕が吹き飛ぶが、殺戮者の身体も刃の鎧諸共下半身を残して粉々に吹き飛んだ。其の下半身も肉がどろどろの液体と化し、最後には骨だけが残る。
「単純だけど、是が一番って訳ね‥‥」
 腕を失い、激痛に耐えながら昴は言った。彼女は笑みを浮かべているが、額には脂汗が大量に浮き出ている。
 対処法を見つけた彼女たちは、続く様にして魔力を爆発させた。凄まじい轟音が街中に響き――建物を幾つか倒壊させるも――、不死の殺戮者たちに死を強制的に贈り付ける。
 最後の《スレイヤー》を玲香の《真撃破弾》で滅する頃には、彼女たちの前方にルート確保班であるアリーシャと逢魔・スノーホワイト(w3h134)の姿が見えてきた。
「皆さ〜ん、こっちです〜」
 間延びしたスノーホワイトの口調が護衛者の耳に入ると、彼女たちはとりあえず安堵の息を吐いた。
「足止め班に連絡しましょ。『ディナーは一先ずお預け』ってね」

 魔皇たちが操る魔皇殻やダークフォースが迸り、殺戮者を穿っていく。だが、倒しても倒しても起き上がってくる不死者に対し、魔皇たちの疲労は堪る一方だ。
「鬱陶しい連中だ‥‥」
 愚痴を吐き捨てる護矢であるが、彼の身体も至る箇所に裂傷が刻まれている。其の彼に、斬撃が打ち込まれた。横殴りの斬撃をのアックスで防御するものの、握る手から握力失われ始めた所為でアックスが引き剥がされ、宙を舞う。
 そして、血も舞う。
 護矢の腹部に白銀が流れ、其れは皮膚と肉を裂いて血液が溢れ出る。意識が朦朧とする彼に振り下ろされ様とするが、横から放たれた真ロケットガントレッドを伴った殴打が殺戮者の頭部に打ち付けられ、大きく吹っ飛ばした。リシェルだ。
 膝を付く護矢に、逢魔・アルクトゥルス(w3c950)が駆け寄る。
「護矢、潮時! 退き際よ!」
「アリーシャからも連絡があった。撤退する!」
 リシェルはそう言ってインカムを使い、皆に指示を送る。其れに従い、彼と優樹、ショウイチ、シメオンの四名が一度に同じダークフォースを発動した。
「《真幻魔影》!」
 彼等の魔力が、戦場を覆い尽くす濃霧と化した。
 幻の霧は《スレイヤー》の意識を奪うまでには至らなかったが、彼等の視界を奪う事には成功する。其の隙に魔皇たちはコアヴィークルやウイング、凶骨の特殊能力である《時空飛翔》によって戦場を離脱した。
 霧が消え、視界が開ける頃には魔皇と逢魔の姿は完全に消え失せ、九体の殺戮者だけが残った。
「逃げられたか」
 突然の言葉を聴いた《スレイヤー》たちは、其の声の主の元へと集まり、頭を下げた。彼等がその様な行動に出る人物は唯ひとり――彼等の創造主であるヨハンだけである。彼は白亜の鎧を身に纏い、腕には銀の篭手、腰には戦神の剣が差されている。
「まぁ、いいだろう。ハンデには丁度良い。――帰還するぞ」
 狂気の研究者はそう言い放つと、踵を返して歩き始めた。背後に、殺戮者を連れて。


●一時の安らぎの刻
「香織は大丈夫。エリスのシャイニングフォースで傷も癒えたし、頼りになるナイトも居るしね」
 香織が休んでいる部屋から出た昴が、ディスクを片手に言った。彼女の吹き飛んだ腕もエリスの治療を受け、元の綺麗な腕に戻っている。ちなみに、ナイトとはドリットヴォルフの事だろう。
 大部屋に置かれた幾つものソファには、魔皇たちが少しでも疲れを取る為に腰を下ろしている。彼等もエリスの《輝慰癒》を受けて負った傷は完治してはいるが、疲れまでは取る事はできない。
「其れじゃ、解析はお願いね」
 彼女はディスクを椅子に座って優雅に紅茶を飲む逢魔・薫に手渡すと、ドアノブを開ける。
「どちらへ?」
「部屋に行って寝るの。前線で戦う私たちに、休息っていうのは非常に重要なものなのよ」
 薫の問いに昴はウインクを飛ばしながら言い、部屋を後にした。
 そう、情報も大事だが、今彼等が欲しているのは身体の、魂の休息だ。
 其れを知っている戦士たちは、眠りに入る。来るべく決戦に備えて。