■Immortal Tearing Apart an Evil Spirit【滅】■ |
商品名 |
流伝の泉・キャンペーンシナリオEX |
クリエーター名 |
しんや |
オープニング |
「《アズラエル》が勝負に出た、か‥‥」
ヨハンが、目の前にある報告書に目を通しながら呟いた。先ほどさいたまテンプルムから送られてきた情報によると、《アズラエル》のひとりが戦死したとの事だ。
「シュナイダーめ、楽しんでるな」
軽く笑みを作り、文字の羅列が軒を連ねる報告書をデスクに投げた。
「出来る事ならば私が飛鳥と戦ってみたかったが、仕方あるまい。義理とはいえ、兄弟の仲を裂くという事は趣味ではないしな」
昔、彼から聞かされた事を頭の片隅から取り出す様にして、呟く。本当に、昔の事だが。
思い出に馳せる彼を、ドアが開く音が引き戻した。研究室に入ってきたのは、彼のファンタズマであるミリエラだ。
「ヨハン様、準備は滞る事無く終了しました」
「ご苦労」
準備を終えたミリエラに、労いの言葉を送るヨハン。準備とは、此処《リバースバベル》に魔皇たちが向かっていると言う情報を得た為、当研究所の防衛機能を強化していたのだ。
「では、お前はテンプルムに帰還しろ」
「判りました。ご無事を、お祈りしています」
ヨハンの指示にミリエラは忠実に従い、深々と頭を下げる。彼は「杞憂に過ぎん」と口の中だけで言い、研究所を去る彼女を見送った。
「さて、始めるか‥‥」
ヨハンはそう言って、手元にあるパネルを操作し、命令を送る。すると、
『殺戮者を全フロアに解放、迎撃態勢に移行します』
との声が、研究所内部に響いた。
「来るがいい、魔に属する者共よ。神による千年王国成就の為、貴様等から血祭りに上げてやる‥‥!」
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シナリオ傾向 |
ヨハンとの決着 死亡率大 |
参加PC |
御堂・陣
リシェル・ハウゼン
ヴァレス・デュノフガリオ
物部・護矢
ナイトメア・インフェルノ
ティクラス・ウィンディ
御神・咲夜
タクマ・リュウサキ
神無月・玲香
炎獄・桜邪
水葉・優樹
緑川・翠
羅刹王・修羅
ショウイチ・クレナイ
キラ・リヒテンバイン
シメオン・エルスター
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Immortal Tearing Apart an Evil Spirit【滅】 |
●混乱の塔
バベルの塔――《混乱》を意味する塔は人間の傲慢が生み出し、神の怒りを買って潰された。
だが、人の傲慢は尽きる事は、ない。神の使徒であるグレゴールでさえも、其れを持っているのだから。
彼等によって建造された塔は天にではなく地に向かって伸び、新たな生命を創り出す《神》という禁断の領域を侵した研究者が存在する塔となり、其処は既に他者を殺す為だけに生を受けた殺戮者が潜む魔窟と化している。
其の塔の内部へと繋がる倉庫には、歪んだ信念を持つ塔の主を打ち滅ぼそうと集った魔の者たちがいた。
「《リバースバベル》の構造は、私が知る以上に複雑です。気を付けて下さい」
其の中で唯ひとり、神々しい気を放つ女性が居る。神の祝福を受け、超常の力を得た戦士・グレゴール――立川・香織。彼女は同胞と戦う事を覚悟の上で、自らの信念を貫いて魔皇たちと共に生きる道を選んだ。
香織に導かれ、魔の頂点に立つものたち――魔皇たちが此処に訪れた目的は、ふたつほど存在する。
ひとつは塔の主である、グレゴール・ヨハンの打倒。もうひとつは、殺戮者の殲滅及び其れを生産する設備の完全破壊だ。
魔でありながら光を持つ彼等は、光の戦士から産まれた闇を祓う為、この地に集ったのである。
「本当は香織ちゃんと一緒に行きたかったんだけどなぁ‥‥って、昴、何だ其の冷たい視線は? 俺の特殊能力で妊娠させるぞ!」
「喧しい!」
相も変わらない調子で香織を口説こうとしている御堂・陣(w3c324)は、自らに冷視線を浴びせる女性――天王寺・昴に食って掛かるが、彼の顎に彼女のアッパー気味の拳がめり込んだ。
「馬鹿は放っといて、さっさと行きましょ。時間が勿体無いわ」
崩れ落ちる陣を尻目に、昴はぞんざいに吐き捨てる。一方の香織は、やはり事態を把握できていないようで、?マークを浮かび上がらせていた。彼の傍らにいる逢魔・ハルナ(w3c324)は、呆れと諦めが入り混じった溜め息を吐く。
「ま、緊張を解すのには役に立ったな」
「あぁ、ありがとよ」
其の光景を見ていた他の魔皇たちは緊張という束縛から解き放たれ、多少では在るが、場から緊迫感が消えた。当の本人は、地に伏しているが。
「それじゃ‥行ってくるね」
「うん‥‥みどり待ってる。待ってるから‥みんな、みんな帰ってきてね‥‥?」
緑川・翠(w3g896)は自らの逢魔・みどり(w3g896)に旅立ちの言葉を投げかけ、幼子は気丈に言って死線へと赴く戦士たちを送る。
「よし、行くわよ!」
昴の掛け声を受け、魔皇たちは塔の内部へと侵入する。
●《殺戮》の造物主
病院の様に洗浄された空気に包まれ、染みひとつ存在しない大きな白亜の通路を駆けるのは、純白の鎧で覆われたひとりの神の戦士と十四人の魔皇と逢魔だ。
「私が着任したときは防衛機能が働いていませんでしたが、今回もそうとは限りません」
「――用心していけって事ですね」
香織の忠告に、彼女の傍らを走るショウイチ・クレナイ(w3h134)が応える。彼の声を聞いた香織は頷いた。
だが、彼等はトラップに掛かった。其れも、気付かぬうちに。
大きく十字に拓かれた通路に差し掛かった突如、音を立てて魔皇たちの前方にある天井が開くと、機械音を発生させながらマシンガンとキャノン砲が出現する。ひとつだけでなく、まるで見計らっていたかの様に潜んでいた沢山の自動砲台が。
魔皇たちは、知らぬ間に不可視のセンサー――赤外線によるものと思われる――に触れてしまったのだろう。
現れた自動砲台は搭載されたセンサーで魔皇たちを補足すると、一斉に銃口を彼等に向け、銃弾と砲弾を放ち始めた。吹き荒れる弾雨は魔皇たちを巻き込もうと迫るが、其れを素早く察知した香織は彼等を守る為に《聖抗障壁》を展開する。不可視の球状結界によって鉄の雨は魔皇たちを血で濡らす事は出来なかった。
雨が一旦止むと、次に降ったのは魔力の雨だ。
水葉・優樹(w3g636)、ヴァレス・デュノフガリオ(w3c784)、キラ・リヒテンバイン(w3h614)たちが己の得物と魔力を解放し、純粋な力へと変えて放つ。銃器が絶え間無く火を吹き、魔力が眩い輝きを放って砲台を次々と破壊する。
爆発と、其れに伴って産まれる黒煙と轟音が通路を支配する。其れ等が掻き消えた事を確認した魔皇たちは、先を急ごうと足に力を込めたそのとき――
「あの‥‥まだ何か来ます」
控えめな声で警告を発したのは、逢魔・シーナ(w3c784)だ。
凶骨である彼女の特殊能力・《祖霊招来》によって情報を得たのである。シーナの言葉を受けた者たちは気を張り巡らせた。
同時に、天井が再び開かれる。しかし、其処から出てくるのは砲台ではなく――咆哮だった。
身の毛も弥立つ程の殺気を内包された其の雄叫びが、開かれたダクトからプレッシャーの如く降り注がれる。そして、今度は其れを放つ者が降ってきた。
白き床が超重量の塊を支える事が出来ずに悲鳴を上げる様にして陥没し、死の体現者が其の姿を現す。
――《スレイヤー》。
白銀の凶器を身体中に備えた彼等は、滾る殺意を全く隠す事無く魔皇たちへと向ける。十字路の中心を陣取る魔皇たちを包囲する形で現れた殺戮者は、その数、十以上は確実だ。
彼等の出現を確認した逢魔・アリーシャ(w3c326)は、短剣を構えて皆に注意を促す。
「囲まれました、気をつけて!」
「何て数‥‥でも、私たちは生きなくちゃいけない!」
キラのこの言葉に、他の魔皇たちも同じ想いを持っていた。
――必ず、生き残る。
其の想いを胸中に強く残して、彼等は力の結晶である魔皇殻を召喚した。
「前の様にはいかない事を、たっぷりと教えてやる‥‥!」
手には真ジャンクブレイド、身に真ドラゴンプレートを召喚したナイトメア・インフェルノ(w3c967)は、以前受けた借りを返すべく意気込む。否、彼だけでなく、前線に立つ者であるヴァレス、ティクラス・ウィンディ(w3e066)、羅刹王・修羅(w3h043)、そして香織も自らの得物を握る手に力を込めた。修羅の得物は、ヤケにファンシーなものだが。
先陣を切るのは、ナイトメアだ。
白の通路を駆ける彼を血祭りに上げようと、殺戮者は床を粉砕する程の力を込めて巨体を放つ。銀の砲弾と化した殺戮者はナイトメアとの距離を一気に縮め、自らの掌から産まれる白銀を伸ばした。鞭の様に撓る柔軟さと鋼の硬質さを併せ持つふたつの銀は彼へと真っ直ぐに伸びるが、ブレイドを盾にして受け流す様にして弾く。甲高い音と火花が生まれ、衝撃がナイトメアを押し返そうと襲うが、彼は床を力強く踏み締めて耐える。
銀の衝撃が終わると、唐突に身体を沈める。すると、冷気を帯びる弾丸がナイトメアの頭部を掠める様にして空を貫き、《スレイヤー》にぶつかった。其処から氷が侵食し始め、凍える彫像と化そうとする。其れは後方から援護をする、リシェル・ハウゼン(w3c326)が発動した《真凍浸弾》だ。
殺戮者が動きが停滞した事を確認した彼は、再び疾駆する。
そして、凶刃を振るった。
切っ先が床に擦れて火花を放つ刃は下方から迫り、刃を鎧の如く備える肉体に喰らい付いた。何枚もある硬質な刃と骨を断ち切る事は予想以上に難しく、ナイトメアの筋肉が悲鳴を上げる。だが、構わずブレイドを振り抜いた。刃は殺戮者の胴を斜めに斬り裂き、赤黒い液体を盛大に降り注がせる。同時に彼の腕の筋肉も何本か音を立てて千切れ、出血して肌が赤く染まった。
しかし、彼は止まらない。
「燃え尽きろ!」
即座に態勢を整えたナイトメアの言葉を合図に、胸に装備されたプレートに在る赤き瞳が輝き赤光(しゃっこう)を放った。強力な熱線は《スレイヤー》に接触すると、忽ち炎の抱擁となって灰塵と化す。
「‥‥なるほど。確かに並みのサーバントとは比べ物にならないほど強い。油断ならない相手だな。だが、奴等に比べれば‥‥!!」
ティクラスは、嘗て戦った死天使を思い起こす。絶大な力を持った死の天使たち。死と破壊を好む彼等と、《スレイヤー》は其の本質が似ているといえるだろう。だが、戦闘能力まではそうはいかない。
白銀の刃が銀色の風を斬り裂こうと肉薄するが、徒労に終わる。
実体無き風を捕らえる事など不可能――其れを証明するかの様にティクラスは巧みな体捌きと足捌きで刃を回避する――逢魔・レルム(w3e066)の《霧のヴェール》の効果もあるだろうが――と、瞬時に接近して真ショットオブイリミネートの銃口を頭部にポイントし、引き金を絞った。鋼の口から吐き出された鉛の散弾は確実に《スレイヤー》の頭部に喰らい付き、多くの肉を吹き飛ばす。
だが、倒れない。
どうやらこの殺戮者は頭部ではなく、胸部に彼等を形作るコアが存在しているのだろう。我が肉を裂こうとする白銀の接近を察知したティクラスは、素早く飛び退いて其れをかわす。
銀の風が帰ると、ふたつの紫光が舞った。
優樹とキラのふたりが持つ真バスターライフルのトリガーが引かれ、砲口から魔と破壊の力を帯びる紫の奔流が放たれた。目を焦がすほどの閃光は幾多の殺戮者を飲み込み、消滅させる。光が粒子となって霧散したとき、三体の《スレイヤー》の上半身が吹き飛ばされた姿で佇んでおり、其れもすぐに融解して絶命した。
流れる銀の刃を、ひとりの羅刹が高速でかわしながら白き道を駆ける。
真ブレードローラーを装備し、更には《真狼風旋》によって機動性を極限にまで高められた修羅は自らを貫こうとする白銀を紙一重で避け、風の如く瞬時に一体の《スレイヤー》の間合いに侵入した。
「幾ら素早くとも、この至近距離からではミサイルは避けられても爆風は避けられないじゃろう?」
《スレイヤー》に施された全身の刃が彼女の肌を貫く前に、修羅は肩に装備された真マルチプルミサイルを一斉に放出する。白煙を吐きながら飛来して目標を砕く小型ミサイルだが、今回ばかりは其の煙を吐く時間は極端に短く、すぐに四散して華を咲かせた。血の花粉をまともに受ける修羅は、肌が赤黒く染まっても怯む事無く止めの一撃を放つ。
「行け、クロ! やってしまえ!」
彼女の手から離れた人形――真黒やきのぬいぐるみは傷つき果てた《スレイヤー》の頭部にぶつかり、粉々に打ち砕いた。其の瞬間、この殺戮者もコアが破壊された為に肉体を維持する事が出来ずに崩れ落ちる。
崩れ落ちようとする肉体から、銀が放たれた。
銀は修羅の腹部を易々と貫き、瞬時に抜き放たれる。すると、堰を切ったように血が噴出し、口内からも溢れ出てきた。
先の刃は死に堕ちた殺戮者のものではなく、其の背後に潜んでいた別の殺戮者のものだ。
銀の刃が、再び放たれる。
其れ自体が生き物であるかの様に、白銀の触手は修羅を切り刻もうと肉薄する。彼女はローラーを逆に高速回転させ、身を削られながらも素早く離脱した。
羅刹が下がると、次に前に出たのは死堕天だ。
真パルスマシンガンを乱射しながら駆ける、灰髪の堕天使・ヴァレス。連続して吐き出される弾丸であるが、刃の鎧を持つ《スレイヤー》には殆ど届かず、床に音を立てて零れ落ちるだけだ。
軽く舌打ちをするヴァレスはマシンガンを投げ捨て、己の本来の得物を召喚する。真紅の弧を描く死神の鎌、真ヘルタースケイルを。
赤の凶刃を持った死神は殺戮者の魂を狩ろうと間合いを一気に詰め、閃光の如き神速の一撃を送り込む。命を刈り取る赤き刃は縦に下ろされるが、《スレイヤー》は両の手から伸びる銀の刃を交差させて其れを受け止めた。力と力がぶつかり合い、赤の刃は白銀に僅かではあるが亀裂を入れる。
身体が宙に留まり、ヴァレスはすぐに殺戮者の身体を蹴って飛び退こうとするが、其の足に銀が突き刺さった。銀の切っ先が彼の足に深々と貫かれ、其のまま足を掴んでヴァレスを壁に思い切り叩きつける。自らの身体が白の壁に埋もれる程の膂力でヴァレスは、口内から大量の血塊を吐き出した。
足から銀を抉る様にして抜き取り、血に濡れた刃を更に赤く染め上げようと振り翳す。
其処に一筋の矢が走り、額を貫いた。
逢魔・スノーホワイト(w3h134)が放った矢が、《スレイヤー》の頭部に深々と突き刺さったのである。しかし、全くと言っていいほど効果は無いが。しかし、隙を作り出すには充分だった。
次に飛来したのは、六つの白き光だ。
ショウイチが発動した《真六方閃》が頭部と胸部を照射し、跡形も無く吹き飛ばして殺意の肉体を瓦解させる。
ふたつの刃が白き踊り手によって華麗な弧を描くと、赤い華が白い床に咲いた。
香織の得物であるカタールが織り成す戦舞は見る者を魅了し、近づく者の命を刈り取る危険な舞いだ。
血塗れとなった殺戮者に追い討ちをかける様に、彼女は掌を向け、広げる。香織の神聖な力が光弾――《烈光破弾》となって具象化し、一気に放たれた。
巨大な光弾は《スレイヤー》に接触すると、上半身の肉と骨を赤い飛沫と変えて吹き飛ばす。
最後の仕上げに、リシェル、ヴァレス、優樹、キラが一斉に魔力を解放した。
爆裂する魔弾――《真撃破弾》は四方の通路に轟き、殺戮者は勿論の事、通路すら破壊する凶悪極まりないものだった。
破壊が終わると、魔皇たちは再び通路を駆けようとする。だが、其れを阻む為、新手の殺戮者が前方に姿を現した。
「立ち止まってはいられません。突き進みます!」
香織の言葉に誘われて、魔皇たちは更なる深部へと目指して駆け出した。
傷つき、血を流しながらも幾多の殺戮者を退けた神と魔の戦士たちは、遂に最深部へと到達した。其れは同時に、《スレイヤー》生産設備に辿り着いた事を意味する。
彼等が目に入れた光景は、想像を絶していた。
生き物の体内に迷い込んだかと錯覚する様な、黒に彩られたグロテスクな空間。以前とは全く違った様相をしている。
そして其処には肉塊と培養液が収められた、幾つもの巨大なカプセルが立ち並んでいる。是こそが、殺戮者を産み出す狂気の設備だ。
「是が《スレイヤー》を造り出す設備です。破壊します」
其の言葉に依存など無く、魔皇たちは一斉に銃弾や魔力を放つ態勢に入った。
「存在ごと消えてもらう。永遠にな」
「是で終わりよ‥‥滅びなさい!!」
忌まわしき存在を祓う為、彼等は猛る。
そして、彼等の意思が力となり、殺戮を産むだけの存在を造り出す装置を破壊の波に悉く沈めていった。
●狂気の天使、絶つ
迸る爆裂がトラップ、殺戮者諸共扉を破壊し、ひとつのとある部屋に黒煙と騒音を送り込んだ。
「全く、そこら中に罠を張りやがって‥‥」
ニードルアンテナによって五感を研磨し、トラップを解除――破壊ともいう。其の為、ハルナが持参した工具セットは無駄に終わっているが。――してきた陣が嘆息する。
彼の背後から、ヨハン討伐班である魔皇たちが姿を現した。其の彼等の衣服は彼方此方が破られ、煤と血によって汚れている。彼等の道程でも《スレイヤー》が行く手を遮り、交戦した為だ。しかし、皆目立った外傷は無く、放っておいても何ら問題のない掠り傷程度の被害である。
彼等の中には死の天使たちに対抗する為に結成された部隊員が何名かいるが、この場に居る魔皇たちも其れと遜色ない実力を持った精鋭と言っても過言ではないだろう。
逢魔・アルクトゥルス(w3c950)の《祖霊招来》の案内を受けて訪れた部屋には、彼等の目標が其処に居た。
「来たか、神に仇為す汚らわしき愚者共‥‥」
魔皇たちが他のものよりも広い室内に進入すると、忌々しさを秘めた言葉が飛んできた。声の主は部屋の奥にある椅子に座しており、彼の眼前には塔内の状況を映し出す多くのモニターとパネルが、彼の周囲には白の法衣を纏った巨躯が佇んでいる。
神の使徒、狂気の科学者、殺戮者の創造主――ヨハンと、彼から産み出された生命体――《スレイヤー》が。
「さぁ、ヨハン‥‥地獄に落ちるときがやってきたよ‥‥。もう‥こんな狂った事は‥此処で終わらせる‥‥!」
鋭い黒き刃の如き瞳で彼を貫くのは、翠だ。彼女の手には、是も鋭利な刃を持つ真ジャンクブレイドが握られている。
「余り図に乗るなよ、羽虫如きが」
再び忌まわしげに吐き捨てるヨハンは椅子毎回り、招かれざる客たちに向き直った。
「例え雌豚が貴様等に付き、《スレイヤー》の能力を知ったところで、この厳然たる力の差を覆す事は出来ん。いい加減、其の役にも立たない脳味噌で理解したらどうだ?」
嘲りを溢れんばかりに言葉に詰め込んで放つヨハンは、序に人差し指でこめかみを軽く叩く。其れが魔皇たちの神経を撫で上げ、
「‥‥貴方のような思想の持ち主が居る限り‥神魔の戦いに終わりはないわ」
「終わるぞ」
御神・咲夜(w3e857)の言葉に、ヨハンは即答した。明確な理由を以って。
「――貴様たちの死という形ではあるがな」
彼はそう言って立ち上がり、白衣を脱ぎ捨てる。現れたのは黒の鞘に収められた長剣と、両腕を覆う銀の篭手だ。同じく《スレイヤー》も法衣を脱ぎ捨てて全身に埋め込まれた刃を露出し、両の掌から白銀の触手を産み出す。
「御託はいい。ヨッちゃん、決着を着けようぜ! 死と血と、一握りの生を実感しながらな!」
炎獄・桜邪(w3g462)がそう言った直後、大きな揺れが全員を襲った。其れは塔全体を揺るがす程のものだ。
ヨハンは幾つも存在するモニターを見やると、内部に設置された監視カメラが《スレイヤー》生産設備の崩壊を知らせる映像を流していた。其れを見たヨハンは、忌々しそうに呟いた。
「生産設備が破壊されたか‥‥」
彼の言葉を明確にする様に、施設内にけたたましい警報が鳴り響く。
「まぁ、いい。貴様等が死ぬ事に、何ら変わりは無い」
そして、再び彼の言葉の代わりにアナウンスが流れた。
『最下層生産設備が破壊されました。プログラムを起動します。全研究員は直ちに避難してください』
機械的な口調で放送されるアナウンスは、最下層に設置されている《スレイヤー》生産設備が別働隊の魔皇たちが破壊したという事実だ。だが、其れを聞いてもヨハンは
「あの設備は、《リバースバベル》の動力源とリンクしている。この意味が理解できるか?」
「‥‥自爆って訳ね」
確かめるように昴が呟くと、ヨハンは顔に邪な笑みを造る。其の彼の背後にある多くのモニターは、全て同じものが映し出されていた。刻々と減っていく数字が。
「貴様等が此処まで辿り着けた時間は知らんが、自爆まで――」
『《リバースバベル》自爆まで、残り十分』
「!」
アナウンスの無情なる宣告に、魔皇たちは戦慄する。彼等がこの場まで辿り付いた時間は、十分を悠に超えていた。
「さて、そろそろ始めるとしようか。時間の無駄だからな」
ヨハンは裡に秘めた戦意と戦神が持つと云われる長剣、クラウ・ソラスを抜き放ち、構える。全くと言っていいほど彼の構えには隙が無く、魔皇たちに攻める事を躊躇させた。
今までは科学者としての面が強く出ていたが、今、魔皇たちの目の前に居るのは死の天使と同等以上の実力を持つ戦士だ。
「何時まで惚けているつもりだ? 其のまま何もせずに死を迎える気か?」
「そんな訳無いでしょうに。皆、いけるわね」
ヨハンの挑発を軽く受け流す昴が問うと、魔皇たちは各々の得物を力強く握り締め、裡に秘めた戦意を解放した。まるで、其れが答えの様に。
「いくぞ‥‥。《祈神皇名》!」
彼はシャイニングフォースを発動させると、彼の身体を薄い白光が包み込んだ。己の能力を上昇させるシャイニングフォース・《祈神名》の中級に位置するものである。彼に対抗するという訳ではないが、逢魔・セシリア(w3e982)は魔の戦士たちに《霧のヴェール》を纏わせた。
「俺たちは《スレイヤー》を殺る、お前等はヨハンを潰せよ!」
「勿論だ!」
シメオン・エルスター(w3i669)の言葉に物部・護矢(w3c950)は不敵に、そして勇ましく返答しすると、手に持った巨大な戦斧、真デストロイアックスを握る手に力を込めて走った。仲間と共に。
「さて、と‥‥。さっさとくたばりやがれ!」
シメオンは猛々しく吼え、魔力を解放した。
彼の魔力が形成した黒き十の魔弾・《魔力弾》が放たれる。不規則な軌道を描く魔弾は確実に殺戮者に喰らい付き、肉を飛ばした。だが、血を噴き出し、骨を露出しようが構わずに向かっていき、銀を放つ。シメオンの身体に突き刺そうと迫る白銀だったが、其れは甲高い音を立てて途中で停止する。
逢魔・シーン(w3i669)が、彼から借り受けたランスシューターで彼を守ったのだ。しかし、凄まじい膂力が彼女を遅い、腕が小刻みに震える。
「余り、手間をかけさせないで下さい‥‥」
「善処するさ‥‥!」
額に汗を浮かび上がらせながら紡ぐシーンに、シメオンは応える様に駆ける。
自らへと迫る魔皇を確認した《スレイヤー》は刃を戻し、彼へと再び放った。高速で打ち出される刃はシメオンの脇腹を抉り、血を吸う。痛みに呻く彼であるが、傷など構いもせずに殺戮者へと迫り、雷撃の一撃を繰り出した。デアボリングコレダーから放たれた黒い雷撃が《スレイヤー》を襲い、感電させる。
雷が止むと、彼は再び放った。
「死ねよ手前!」
シメオンの魔力が再び《魔力弾》を形成すると、十の魔弾は容赦なく《スレイヤー》の肉と骨を吹き飛ばし、命を貰い受ける。
「全く、もう相手にしたくないんだから出てくるんじゃないの!」
一方の昴は前回手痛い目に遭った所為か、いきなり《真撃破弾》を発動する。白の爆裂が室内を照らし、爆発に飲み込まれた殺戮者を悉く消滅させていった。辛うじて生き残った殺戮者も、陣の真シルバーエッジによって命を絶たれる。
残るは、力の天使のみだ。
タクマ・リュウサキ(w3e982)は真テラーウイングの機動性を以ってヨハンの間合いに入ると、其の手に持つ巨刃・真ジャンクブレイドを斜めに振り下ろす。凶悪な斬撃をヨハンは流れる様なステップで回避し、硬質な銀の拳をタクマの顎にめり込ませた。流石にこの距離ではヴェールも意味を成さない様で、衝撃は顎を粉々に砕き、タクマの脳を大きく揺さぶる。
だが、只では倒れない。
背が床に付く直前、タクマは手の甲に装備した真シューティングクローをヨハンの蒼き双眸を潰そうと射出される。高速で迫る爪を咄嗟にバック転して回避し、難を逃れた。頬に一筋の赤い線だけを残して。
其の彼に、横手に回り込んだ翠から放たれたふたつの触手――真テンタクラードリルがうねり、態勢を整えたばかりの天使を貫き殺そうと迫る。先端に施されたドリルは彼の肉を欲する様に回転するが、其れがヨハンの肉に届く事は無かった。
横に薙がれた斬撃はふたつのドリルを四つに分けて捌き、地に落とす。更には産み出された剣波が翠の腹部に深々と刻まれ、血を吐き出させた。一度に四の斬撃を産み出し、剣波をも放つ――其れが彼が持つ長剣、クラウ・ソラスの能力だ。
ヨハンは不敵に微笑する。が、魔皇の猛攻は終わらない。
クラウ・ソラスを持つ腕が、突如動きを止めた。ヨハンが銀に包まれた腕に目を向けると、よく見るとワイヤーが何重にも絡まっているではないか。
其れを成したのは、《真狼風旋》でヨハンの背後に回り込んだ護矢の真シューティングクローだ。拘束に成功した事を確認した彼は、其の手に持った巨大なアックスをヨハンに叩きつけようと振り下ろす。本来なら逃れようと離れようとするだろうが、ヨハンはそうはしなかった。彼は自らに刃が降りる前に護矢へと跳び背中からぶつかった。ここまで密着されては、アックスは振るえない。其れを考慮しての行為だ。
更にヨハンは其のまま護矢と共に壁に激突した。護矢の身体が壁とヨハンの身体と挟まれ、内臓が圧迫されて吐血する。そしてヨハンは拘束から解かれ、追い討ちとしてクラウ・ソラスを逆手に持って切っ先を護矢の腹部に突き刺した。
護矢の内臓は圧迫されるだけでなく破壊され、口と腹から血液を大量にばら撒く。
ヨハンを拘束し、護矢を助けようと神無月・玲香(w3f486)が真葛藤の鎖を持ち、咲夜が真深遠の魔鏡で彼女を援護する。鏡から光を紙一重で避けるヨハンに素早く接近し、玲香は鎖を彼の腕に巻きつけようと放つ。だが、既に読まれていたのか、振られた長剣に易々と弾かれ、鎖は壁にぶつかって終わった。
「鬱陶しい蝿だな」
掌を翳して、ヨハンは言う。次の瞬間、光が溢れて玲香を襲う力となった。
《烈光破弾》をまともに受けた玲香の身体は、まるで糸の切れた人形の如く血を降らせながら吹き飛ばされ、地に伏す。
玲香の身体が床でバウンドする時を同じくして、今度は咲夜が一瞬の隙を狙って鎖を放った。蛇の様にうねる鎖はヨハンの腕を雁字搦めにして縛る。其れを確認した桜邪が猛然とヨハンへと駆け、蚊の後ろにいる逢魔・影真(w3g462)が黒き翼を羽ばたかせて《黒き旋風》を発生させた。
黒き風はヨハンの動きを抑制しようと纏わり付くが、
「邪魔だ!」
と、ヨハンは気を発し、群がる風を掻き消した。桜邪は真ショルダーキャノンを咆哮させて攻撃するが、ヨハンは鎖を引っ張って咲夜を引きずり、彼女を盾にして防ぐ。彼女の身体から肉が爆ぜ、血の尾を引きながら床を転がっていった。
鎖に込められた力も失い、ヨハンは鬱陶しげに其れを外して桜邪へと向かう。対する桜邪はクローを装備した真ロケットガントレッドを高速で射出した。鉄の拳は真っ直ぐヨハンの頭部へと向かっていき――かわされる。
そして、四の斬撃が桜邪を襲う。
規則正しく斜めに刻まれた四つの斬撃は血を噴水の如く噴き出させ、彼を沈めさせた。
これで、彼に向かう者は居なくなった――筈だった。
勝利者として佇むヨハンに、殺意を纏う一撃が放たれる。アルクトゥルスが放った《魍魎の矢》を、ヨハンは篭手・アガートラームで防御する。篭手の能力で逢魔の特殊能力を打ち消す事は出来ないが、本来の役割である腕を守るという役目を果たす事は出来る。が、矢を受けたアガートラームは粉々に砕かれた。矢の威力が篭手の耐久力を上回っていたのだ。
ヨハンは舌打ちし、彼女に《烈光破弾》を放とうと構える。
彼女に一瞬でも気を取られたのが、命取りだ。
其の隙を突いた満身創痍の護矢が何時の間にかヨハンの間合いに侵入しており、既にアックスを振り被っている状態だった。ヨハンは対応する事ができず、巨刃を其の身に受ける。
肉を咲き、骨を断ち、更には命すら絶つ一撃はヨハンの身体を裂き、飛ばして床に転がした。
「まさか、貴様等羽虫如きにやられるとはな‥‥」
口内から大量に溢れ出る血液と共に、ヨハンは言う。
「ヨハン‥お前の負けだ‥‥。死者を冒涜したお前に、生きる道は残されていない‥‥」
血を吐き出す身体を押さえながら、護矢は吐き捨てる。だが、ヨハンの顔にあるのは絶望に歪んだものではなく、嘲笑う様なものだ。
「だが‥‥、貴様等も死ぬ‥‥」
ヨハンの其の言葉の後、再び施設が大きく振動した。だが、今回のものは先のものよりも遥かに大きなものである。
魔皇たちはモニターに表示されているタイムリミットに視線を移すと、彼等は愕然とした。
――四分。
塔の外に脱出するには、到底不可能な時間だ。一部の者は凶骨の特殊能力・《時空飛翔》によって脱出できるが、大抵の魔皇はヨハンと《リバースバベル》と運命を共にしなければならないだろう。
「ダメだ、どうやっても止められないよ!」
端末を操作して自爆を阻止しよう試みた逢魔・北斗(w3e857)であるが、止まる兆候は全く見られない。
揺れは更に激しさを増し、其れはこの塔が世界から消えてなくなる事を示唆するに充分だった。
「滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ!」
血塊と共に吐き出す哄笑は呪詛の如く魔皇たちの耳に入り込み、死を迎え入れさせようとする。
そして、混乱の背塔は光に包まれてこの世から消え去った‥‥。
●勝利者には生を、敗北者には死を
東の空が白み始めると、嘗て其処に存在していた塔は既に無かった。
地下に建造された《リバースバベル》は自爆して内部に侵入した魔皇たちを一掃しようとした――が、彼等は生きている。確かに。
大抵の者の身に纏う衣服は襤褸切れ同然であり、其処から見える肌は煤で汚れて血液が滲んでいる。襤褸になっていないのは外で彼等の帰りを待っていたみどり、《時空飛翔》によって瞬時に塔から脱出したヴァレスとシーナ、護矢とアルクトゥルス、咲夜と北斗の計七名だ。
彼等を死地から救ったものは、非常脱出用エレベーターだ。万が一に備えてヨハンが用意していたものだろうが、敵である魔皇に使われるとは皮肉な事だ。あの揺れの中、無事に地上まで稼動してくれた事も奇跡と言っても過言では無いだろう。
「終わり、ましたね‥‥」
香織が確かめる様に言うと、皆は黙って頷く。其れも満足そうに。
そう、狂気の科学者が堕ち、殺戮者が産み出す死は終わりを迎えた。
今は唯、神や魔といった隔たりなど無い休息が、戦士たちに生を実感させる‥‥。
Immortal Tearing Apart an Evil Spirit・完結 |