■On a certain fine day ....【side.A】■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
しんや |
オープニング |
神と魔の戦いは、一年に渡って繰り広げられている。
其れは戦う者たちに疲労と重圧を与え、自らの身体や心を削っていった。
戦場に出向き、傷ついて戻ってくる魔皇や逢魔を見た埼玉地域の密は、あるものを贈った。
――安らぎの刻を。
一日という僅かな時間ではあるが、密は心身を癒してもらおうと宴会を開いたのだ。
逢魔・春香が進行役を務めるこちらでは、狂気の研究者と殺戮者、死の天使たちと雌雄を決した者たちが姿を現した‥‥。
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シナリオ傾向 |
宴会 自由 |
参加PC |
錦織・長郎
柳原・我斬
御堂・陣
物部・護矢
貴船・司
ティクラス・ウィンディ
不破・彩
御神・咲夜
タクマ・リュウサキ
炎獄・桜邪
水葉・優樹
緑川・翠
琥龍・蒼羅
キラ・リヒテンバイン
シメオン・エルスター
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On a certain fine day ....【side.A】 |
●休みという息を吸う刻
古の空気が漂うこの世界は清々しく、訪れる者に安らぎを吸引させる。
利己的で無益な争いなど存在せず、全てが自然と調和に委ねられた世界・《古の隠れ家》。
魔に属する者たちの聖地とも言うべき彼の地は、今、数々の激戦によって傷ついた戦士たちの身体を癒す、安らぎの地と化していた‥‥。
「是は此処でいいんだっけ?」
「えっと、其れはあっちに‥‥」
不破・彩(w3e650)の指示の元に、昴を始めとする魔皇と逢魔たちが式場を彩っていく。
「昴さん」
其の彼女に、声が投げかけられた。赤茶の髪が美しいナイトノワール、逢魔・ハルナ(w3c324)である。
「作戦は成功です。是で香織さんの方は安全でしょう」
「ナイス、ハルナちゃん♪」
どうやら陣からとあるグレゴールから護る為、ハルナに一肌脱いでもらったらしい。
「天王寺」
次に彼女に投げかけられた言葉は、サングラスが似合う男、タクマ・リュウサキ(w3e982)である。
「立川さんには世話になった、宜しく伝えておいてくれ」
「ん、確かに承ったわ♪」
タクマの言葉を快く引き受ける昴。
「其れじゃ、ちゃっちゃと準備しちゃいましょ! 食材調達班に負けていられないしね」
何処までも続く青い空の下、其れと同等の美しさを誇る海に二組の魔皇と逢魔が訪れていた。
「さてと、大物を釣るとしますか」
「そうですね」
釣り道具一式を持参したシメオン・エルスター(w3i669)は、早速釣りを始めようと準備を始める。片や逢魔・シーン(w3i669)は、何故かロープを彼の腰に巻き付け、しっかり固定した。刃物を使わない限り解けないように。
彼女の不可解な行動にシメオンは頭の上に?マークを浮かび上がらせ、思わず訊ねた。
「‥‥何してんだ、お前?」
「"餌"の準備です」
シーンの言葉に、シメオンは再び?を作り出す。だが、其の隣に!マークが加えられたのは次の瞬間だった。
「捕まえるまで上がってきちゃダメですよ」
彼女はそう言って、無情にもシメオンの背中を蹴り付けて(!)海へと突き落とした。突然の出来事に抵抗する間もなく、其の身体を宙へと放たれる。彼は断末魔にも似た悲鳴が木霊したが、立ち昇る水柱と水音が其れを掻き消した。もし聞こえたとしても、気にしない方向で。
そして、獲物を見つけた魚や海を住処とするサーバントが群がり、彼の肉を食そうとする。シメオンは助けを懇願する叫びを上げるが、シーンは其れを意図的に無視し、シメオンへと続くロープが結び付けられた竿を黙して持っていた。
彼が落下した水面が赤く染まるのに、然程時間は掛からなかった(!?)。
其処からやや離れた海では、ティクラス・ウィンディ(w3e066)と逢魔・レルム(w3e066)の姿があった。
ティクラスは事前にゴーグルやウェットスーツ、シュノーケルなどを用意しており、更にはセイレーンであるレルムの特殊能力・《水中呼吸》を掛けて貰っている。其の為、突如海面へと強制ダイブさせられたシメオンとは違い、万端と言える状態だ。
銀の風は水中に入っても健在で、素早く接近して手に持った巨大包丁ならぬ真グレートザンバーに《真音速剣》を付加させて次々と獲物を屠っていく。
(「また‥‥つまらんものを斬ってしまった‥‥」)
と、何処ぞの斬鉄剣を持った浪人の様な台詞を吐いて、ティクラスは更に巨刃を振るう。途中、魚ではない人間の様な生物も斬ったが、気にする事は無い。悲痛な叫び声も在ったが、気にしてはいけない。絶対に。
数分後、砂浜には大量に捌かれた巨大魚と、肉を齧られ、果てには刀傷まで付けられて海を赤く染めた犯人(?)が打ち上げられた。
勿論、其の人物はレルムに治療してもらって一命は取り止めたが。
血腥い海から離れ、青々とした草木が生い茂る草原地帯では、ひとりの男が風の如き速さで大地を駆けていた。二種類の巨大生物の群れと共に。
男の名は、柳原・我斬(w3b888)。そして巨大生物の名は、ジャイアントチキンとジャイアントボア。嘗て、ひとりの魔皇が其の二種類と壮絶なデッドヒート(?)を繰り広げた。前回の勝負は何とも苦い結果で幕を閉じてしまったが、此度は其の雪辱戦といったところだろう。
自動車並みの速力を持つ、常識では考えられない奇天烈極まりない巨大鶏と巨大猪を追走する形で、彼もまた非常識なまでの速度で大地を疾走する。
「‥‥今回は《真狼風旋》だ、負ける訳がなかろう!」
確かに、《真狼風旋》によって力を得た今の我斬は、正に疾風。忽ち群れの最後尾に追い付き、更に追い立てる。鳴き叫びながら逃げるチキンとボアだが、突如姿を消した。瞬間移動でもしたのかと勘違いしてしまうだろうが、答えは否。
実は、予め御神・咲夜(w3e857)、炎獄・桜邪(w3g462)、逢魔・レイル(w3b888)と共に落とし穴を、まるで炭鉱夫の如くえっちらほっちらと掘ったらしいのである。真偽は定かではないが。真実なのは、レイルは遠巻きに傍観していたぐらいだ。
兎に角、彼等の苦労は無事報われ、巨大生物たちは奈落にも似た落とし穴へと次々に落下していく。
其れは正に、肉の雪崩。断末魔を上げながら深淵へ落ちて行く其の様は、何処か哀愁――と、滑稽さ――を感じさせる。
「蔵人、お前の敵は討ったぞ‥‥」
自らが勝利した事を確かめる様に、今は亡き戦友に伝える様に呟いた。
其のとき、バインという変な音が彼等の耳に入り、我斬を陰が覆った。最初は雲が陽を遮ったのかと思ったが、陰は自分を中心にしかない。不審に思った我斬は、徐に空を見上げた。
見えたのは、間近まで迫った毛むくじゃら。
彼は驚く暇も無く、其の毛むくじゃらの想像を絶する重量に押し潰された。大地が悲鳴を上げるほど毛むくじゃら――ジャイアントボアの身体がめり込み、我斬は下敷きとなる。彼等は互いに協力し合い、一頭のボアを外へと放ったのだ。麗しき種族愛!――そうか?――
そして、報復といわんばかりに、自らの身体を我斬へと僅かにはみ出た彼の手足が逃れる様に蠢くが、其の巨体は微動だにしない。程無くして、我斬の手足もパタリと動かなくなった。
「がざーーーーん!!?」
「もう、治すの面倒なのに‥‥」
「仕方ないわね‥‥」
桜邪の悲痛な叫び、レイルの心底面倒臭そうな呟き、咲夜の呆れの様な嘆息と、三者三様の声が草原に響いた(?)。
拳が空を斬るが、其れだけだ。
物部・護矢(w3c950)が打ち出した拳は西園寺・飛鳥の顔面に向かうが、瞬時に軌道を見切った飛鳥は身を屈め、カウンターのボディーブローを見舞う。殺気を纏わない、振り抜かれる事の無い打撃だが、護矢の身体に軽い電撃にも似た痛みを走らせ、宙に浮かせるには充分な威力だった。
肉や内臓が悲鳴を上げて胃の中に収められている内容物を吐き出しそうになるが、何とか喉元で押し留め、大地を思い切り蹴って飛鳥の間合いに入ると、連続して拳を放った。だが、其れは酷く単調で、大振りなもの。確かに一撃が入れば大ダメージを与える事が出来るだろうが、相手が弱ってもおらず、ましてや格上の相手には隙だらけの愚行に過ぎない。
「ムキになるな。冷静さを欠くと――」
其れを証明する為、飛鳥は繰り出される拳を、冷静に次々と必要最低限の動きだけで回避し、身を沈める。そしてすかさず身体を旋回させて、高速の足払いを放った。疾風が護矢の足だけに流れると、彼は大地から離れ、宙に浮く。しかし、其れも一瞬。すぐに引力に身体を捕まえられ、うつ伏せの形で勢い良く倒れ込んだ。護矢を受け止めた大地の抱擁は固く、優しさはない。更には重力は彼の肺を圧迫させ、大量の空気を吐き出させた。
「こうなるぞ」
言葉の続きを紡けながら、飛鳥は自らの靴底を倒れた護矢の背中に思い切り乗せる。拍子に再び空気と蛙が踏み付けられた様な声とが、彼の口から漏れる。
「こ、の‥‥!」
護矢は顔を朱に染め、乗せられた足など構わないと言わんばかりに力任せに起き上がり、再び拳を射出し始める。が、再びこかして踏み付けられた。そして、三度起き上がって向かっていくが、やはりこかされる。其の繰り返しだった。
ふたりが殴り合う様――一方的だが――を護矢の一生のパートナーである逢魔・アルクトゥルス(w3c950)が、やや離れた位置で傍観していた。
「ムキになって‥‥。ま、其処が好きなんだけど」
と、微笑ましそうに、さらりと惚気るほどの熱々ぶりだ。聞いている方が赤面するほどに。
彼等の横では、互いに背に黒き意思の翼を生やしたふたりの女性‥‥もとい、男と女が刃を交えていた。
対《アズラエル》部隊・《ゲヘナ》の隊員である西園寺・飛鳥の逢魔・神楽と、同じく実力者として名高い桜邪に付き従う、逢魔・影真(w3g462)のふたりが。
「模擬戦と言えど、私は本気でやるぞ。飛鳥と戦るときもそうじゃしな」
「此方も其のつもりです‥‥!」
互いに不敵な笑みを浮かべながら、得物を持つ手に力を込める。
神楽が持つ拳銃が、次々と銃弾を放った。鉛の牙は影真の身体を穿とうと空気の壁を貫くが、縫う様にして左右不規則に動き、其れをかわす。銃弾が役に立たない事を悟ったのか、神楽は拳銃を後ろに投げ捨て、自らの背丈以上もある長槍を構えた。彼女の態勢を見た影真は、片手に主から借り受けた真クロムブレイドを手にして一気に間合いを詰める。同時に、背に在る黒光りする石の翼を力強く羽ばたかせた。
そして、漆黒を纏う風が生まれる。
対象者を縛り、戦闘能力を低下させる魔の風・《黒き疾風》だ。風は瞬時に神楽を覆い、動きを拘束しようとする。が、彼女は殺気にも似る研磨された魔力を一時だけ解放すると、纏わり付く風は其れに恐れを為したかの様に霧散した。神楽の魔力が《黒き疾風》を打ち消し、無効化させたのである。
黒の風が晴れた事を確認する事無く、そして影真に間隙を与える暇も無く槍の一撃を放つ。黒塗りの槍は、横に薙がれた。空気を裂く音を静かに、しかし確かに上げながら影真を砕こうと迫る。
彼は槍を使った最大最強の攻撃である、突きが来ると予測していた。如何に刃が潰されている得物であろうとも、鉄の穂先は肉を易々と穿つ事が出来るほどの相当なダメージを与える事が出来る。突きと言う攻撃が如何に強力であるかは、古来より戦場にて猛威を振るった歴史を鑑みれば一目瞭然。
影真は其処まで思考した結果、横に跳んでいた。縦に流れたものならば兎も角、横に流れたものを回避するには無理がある。黒の衝撃が自らを襲う直前、真ディフレクトウォールで防いだ。だが、遠心力によって威力を倍化させた槍の衝撃を完全に消す事、彼の身体が浮く事を阻む事は出来ない。装甲を伝わって走る衝撃に、影真の身体が数メートル飛ばされた。
地面に叩き付けられるところを影真は翼を用いて空中でバランスを立て直して着地すると、すかさず地を蹴って間合いを埋め、真クロムブレイドの切っ先を一直線に放つ。高速で眼前に迫る切っ先を、寸前で後ろにバック転をしてかわす。そして手が大地に触れたと同時に転がっている拳銃を手にして、銃口を影真の頭部に向けて引き金を引いた。躊躇いもせずに。回転しながら飛び出す銃弾を咄嗟にウォールで防御する影真だが、流石に其れには驚いた様だ。
「何を呆けておる。本気でやると言ったであろう?」
神楽は意地の悪い笑みを浮かべながら言い、対する影真は其の綺麗な顔を青褪めさせる。漸く、事態の深刻さに気付いたらしい。
猛る銃声と悲鳴が入り混じり、虚空に木霊した。
戦場は、此処にも在る。
式場の隣に在る厨房、其処は彼女たちの戦場だ。
逢魔・六華(w3g636)、キラ・リヒテンバイン(w3h614)、逢魔・ゼフィリス(w3h554)等が包丁やお玉、フライパン等を得物として眼前に在る食材と格闘していた。
尤も、一方的な戦いだが。
しかし、相手が相手だけに彼女たちは燃えていた。地球には決して存在しない巨大さを誇る、俗にジャイアントシリーズと呼ばれる食材。捌き甲斐がある‥‥らしい。
調達者が自らを犠牲(?)にしてまで得た食材、使わねば罰が当たる。
其の想いに応える為、数時間後、彼等は万人を唸らせる料理となって昇天する。
●永遠の愛を誓う‥‥
控え室にて。
「なんだか‥こういう格好してるのが‥夢みたい‥‥。‥‥セイジたちも‥見てくれてるかな‥‥?」
着付けをしている今日の主役の片割れ、新婦の緑川・翠(w3g896)が呟いた。
「‥‥彼等が天国という場所に逝っているのなら、私たちを見下ろす事ぐらい簡単だと思うわ」
問いに答えたのは、彼女の透き通る様な白い肌を持つ顔に色彩を施している咲夜だ。
「問題は‥‥、眼が悪くないかどうかね」
本気なのか冗談なのか判らない口調で咲夜が言うと、翠は苦笑した。
一方、式場では。
「はい、出番よ」
「何で俺がこんな事を‥‥」
ざわめく式場を気に留めもせず、彩の言葉を受けて壇上に立つ飛鳥だが、彼の表情は冴えない。其れも無理はないだろう。無理矢理やらされているのだから。
「要は気持ちの問題、正式な神父じゃなくてもふたりを祝福してあげる気持ちがあればいいんじゃない♪」
「勿論、祝福はするが、俺がやる必要は‥‥」
そう、今の飛鳥の姿は、教会に身を置く神父の姿をしているのだ。彼の衣装は、彩自身が用意したのである。
「とにかく、頑張って♪」
彩は満面の笑みを浮かべて渋る彼を送り出した。
そして、祝福の刻が訪れる‥‥。
太陽が赤光を放ち、古の世界に一日の黄昏を齎す刻。
ふたりの男女が愛の誓いを交わす教会を模した式場には、多くの魔皇と逢魔が正装――とは言っても、皆結構軽め――して其々の席に座していた。
二名ほど、タキシードの下は包帯を巻いている。更には、男でありながら女装をしている者も二名ほど。前者二名の半包帯男は憮然とし、後者二名の女装者は恥ずかしそうに赤面して顔を伏せていた。女装を手がけたのは、先ほど新婦のメイクを担当した人物である。
空席がひとつだけ空いているが、其の理由は会場の横から響く音が物語っていた。タクマがバーベキュー用コンロを使用して、やはり調達者が自らを犠牲(?)にして得た食材をバーベキュー風に美味しく調理しているのだ。
ざわめく式場の中、ひとりの女性がマイクの前に立つと、水を打った様に静まり返る。淡い黄色のパーティードレスで綺麗に着飾った逢魔・春香だ。何時もの緩い態度とは違い、凛とした雰囲気を漂わせている。
「是より新郎・炎獄桜邪様、新婦・緑川翠様の結婚式及び披露宴を行います。まずは、両名の未来へと進む道を清めるフラワーガールの入場です」
現れたのは、手には花籠、背には天使を模した白の翼が取り付けられた服装をした逢魔・みどり(w3g896)が、花籠に入った花弁を巻きながら是から訪れるふたりの為、
「其れでは皆様、御出でになる今回の主役を、盛大且つ慈愛溢れる拍手を以ってお迎えください」
春香の言葉に導かれる様にして、式場を二分する真紅の絨毯、バージンロードをふたりの男女がゆっくり踏み締めながら現れる。其れと同時に、BGMとして顔が赤く腫れ上がった護矢、咲夜の竜笛、彩のアコースティックギター、琥龍・蒼羅(w3h554)のフルートが場に音の彩を与え、レルムとアルクトゥルス、逢魔・セシリア(w3e982)の三人が美しい音色に更に色彩を与える様に歌う。
新郎・桜邪は、漆黒のタキシード姿。燃えるが如く赤の髪は、オールバックに纏められていた。冷静さを気取ってはいるが、やはり気恥ずかしいのか、頬が少々赤く色づいている。
彼に対して出席者は口笛を吹いたりして茶化したりしているが、心から祝福していた。
対する新婦・翠が纏うドレスは、純白。眩いばかりの輝きを放つ白は、暖かな夕日に照らされて朱に染まっている。表情はドレスと同じく白のヴェールで覆われているが、彼女も新郎と同様に頬が上気しているに違いない。手には是から壮絶な争いが起こり得るだろうと予測される元凶、ブーケが握られている。
彼女の姿を見て、多くの男性が感嘆の声を上げ、女性は其れと共に羨望の眼差しを送る。
ふたりが壇上の前まで歩み寄ると、春香が再び口を開いた。
「其れでは、神父・西園寺飛鳥様より、お言葉を承ります」
彼女の言葉に促される形で、神父・飛鳥は台本を凝視しながら慣れない
「し、新郎・炎獄桜邪よ、汝に問う‥‥。汝、其の富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も緑川・翠を愛し、敬い、慰め、助け、其の命の限り堅く節操を守る事を誓いますか?」
台本に書かれている台詞をたどたどしく言葉に出して紡いでいく飛鳥に対して、桜邪は当然の如くはっきり答えた。
「誓います」
「新郎・炎獄桜邪が、新婦・緑川翠に愛を誓った‥‥。続いて、新婦・緑川翠よ、汝に問う‥‥。汝、其の富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も炎獄桜邪を愛し、敬い、慰め、助け、其の命の限り堅く節操を守る事を誓いますか?」
「誓います」
幾分の迷いも無く、そして力強く翠は即答した。当然と言ってしまえばそうだが。
「ふたりの愛の誓いをでは、指輪の交換を」
飛鳥の言葉を受け、みどりが装飾された箱を手にしてふたりの前に立つ。笑みを浮かべるみどりが箱を開け放つと、中には美しい輝きを放つ白金製のペアリングが納められていた。春香が事前に準備していた品である。
まずは
「互いの指輪の交換は果たされた。是より、両名の愛の誓いを立てるべく、契りを交わしなさい」
契り――つまり、接吻の事。口づけ、口吸い、キスなど、様々な言葉も其れを示す。要約すれば「今からキスをしろ」、と言う事だ。
桜邪と翠、新郎新婦が向かい合い、桜邪が翠の顔を覆う白のヴェールを上げた――ディスカバリーである。白き帳の向こうには、美しく化粧を施した美女の顔があった。
「翠‥今まで、ありがとう‥‥。そして、是からも宜しくな‥‥。俺は是からも、ずっと翠だけを愛し続けるぜ」
「‥‥ちゃんと‥幸せにしてね‥‥」
互いの唇が触れ合う前に、確かめ合う様に言葉を囁き合うふたり。
そして、唇が重なり合った。
「新郎・炎獄桜邪と新婦・緑川翠、新たなる夫婦の誕生を此処に祝福しよう!」
此処まで来れば慣れたのか、神父は高々と手を上げてのこの言葉を待っていたと言わんばかりに、大歓声が式場を飲み込んだ。
会場に集まった魔皇と逢魔たちが、一斉に祝福のライスシャワーを両名に降り注ぐ。特に男性陣はかなり悪乗りしているのか、桜邪限定に注がれる小さな米袋は雨と言うには優しいもので、嵐と言っても過言ではない激しさだ。魔皇としての特異な身体能力もあってか、プロ野球選手が投げる速球のストレートに勝るほどのスピードを誇り、重さは石を其のままぶつけられているほどだ。
「いい加減にしろゴラァ!!!」
流石に我慢も限界に到達したのか、桜邪は若干半ベソをかきながら叫ぶ。其れを隣から静かに笑いながら見ている翠。其の彼女にみどりが近づき、
「翠ちゃん、桜邪お兄ちゃん本当におめでとう♪ 皆の分まで絶対に幸せにならないと、みどり怒っちゃうんだからね♪」
と、囁いた。対して、翠は自身が出せる最高の笑みを刻んで応えた。其れを見た翠も、満面の笑みを浮かべる。
「お楽しみのところ申し訳御座いませんが、静粛にお願いします。新郎新婦御両名は、お席に着いてください」
米袋の投げ合いとなっている会場に春香の声が響くと、場が再び静まり返り、桜邪と翠も特等席へと腰を落とす。
「飛鳥様、有難う御座いました。続きまして、今回の仲人である錦織・長郎(w3a288)様、貴船・司(w3d769)様両名よりお言葉を頂きます」
春香に代わってマイクの前に立つ、ふたりの男女。
「この度は桜邪君・緑川さん両名の結婚式に皆が参列した事に、深くお礼申し上げる」
今回の式に於いて仲人を務める、錦織・長郎(w3a288)だ。常に背広姿である為に、タキシード姿でも違和感が全くない。彼の隣には伴侶である貴船・司(w3d769)の姿があり、御所車文様の留袖で身を纏い、簪で髪を纏め上げて落ち着いた様子で
「ふたり人の馴れ初めであるが、同じ事務所所属からきたのであろうが、詳しくは割愛させて頂く。途中経過では何やらあったらしいが、言うのは野暮であろう。僕に判るのは《ゲヘナ》関連の依頼に参加している二人の手の取り具合であり、真に心から互いを思いやり連携を駆使している姿を目に受けられた。これらを通じて、互いを必要とし共に歩んでいく決意を得て、本日の式に至ったのである。そのふたりに向けて大いに祝福をお願いしよう」
彼の言葉が終わると拍手の波が起き、長郎を祝す。
其の後も調理班力作のウェディングケーキ入刀、やはり凄まじい闘争が起きたブーケトスなど順調(?)に進行していった。
「では、是よりは各自自由とさせて頂きます。御食事を楽しむなり、談話に華を咲かせるなり、御自由に御寛ぎ下さい」
春香の言葉で、本日三回目の雄叫びにも似た歓声が巻き起こる。
「影真、北斗! さぁ、練習の成果を見せるわよ〜♪」
ふたりの女装を企てた張本人、キラ自らも女装――女顔なので違和感無し。影真と同じく。――し、ふたりを連れて勢い良く壇上に立つ。同時に軽快な音楽が流れ、三人は音に合わせて身を躍らせる――心はどうかは判らないが――。其れを見た魔皇たちは、大いに笑った。
一方、大役を果たした飛鳥は裏で神父姿からタキシードへと素早く着替え、賑やかな会場の隅で食事を摂っていた。隣に、黒のドレスを纏った神楽と共に。
「全く‥‥。大根役者じゃな、お主は」
「説教なら勘弁しろ。さっきも口煩く言われたからな」
神楽の前に説教をしたのは、御堂・陣(w3c324)である。内容は、先の戦闘で独断行動をした事についてだ。
「こんな事、最後まで居なかった俺に言われるのは気に食わないだろうが‥‥。お前はひとりで突っ走り過ぎだ。何の為のゲヘナだよ」
其の様な言葉を彼に叩き付けた陣であるが、ハルナに襟首を押さえられたまま引き摺られていった。何とも哀愁を誘う。
「的を得た意見じゃの」
「まぁ、善処するさ」
反省していないのか、軽く笑みを作りながら言葉を紡ぐ。其処に――
「神楽姉!」
来訪者、其の一。
ダンスを終えた北斗が駆け寄り、神楽の隣に座る。
「神楽姉、元気にしてた? 怪我とか無い? 誰と戦ったの?」
北斗は質問の嵐をぶつけるが、彼女は首を傾げて疑問を膨らませていた。耐え切れなくなったのか、其の疑問を口から吐き出して彼に訊ねる。
「‥‥誰じゃ?お主の様な小娘とは初対面と思ったが?」
神楽の言葉に、逢魔・北斗(w3e857)は衝撃を受けた。
其れは初対面という言葉ではなく、主に小娘という言葉でだ。無理も無いだろう。今現在の北斗は、何処に出しても恥ずかしくない美少女なのだから。
「神楽ちゃん発見!」
来訪者、其の二。
先の来訪者がショックを受けている間にふたりの話に登場した人物が現れる。まるで、機を伺っていたかの様に。
「神楽ちゃんさあ‥‥。アレが激しいって――!?」
神楽の傍らに放つ陣の言葉は、痛みを伴う鈍い音で遮られ、彼は座っている椅子と共に背中から倒れた。
「自業自得だな」
「お主じゃな、言ったのは‥‥」
飛鳥の冷めた言葉に対して、神楽の言葉は燃えていた。怒りに。
拳が、再び振るわれた。
会場から離れた場所。其処で、銃声が一度だけ響いた。
星が鏤められた虚空に向けて紫煙を吐く真デヴァステイター。嘗ての戦友の遺品である。其れを持つのは、水葉・優樹(w3g636)。
「皆、届いたか? やっと、終わったよ‥全員無事だ‥‥。だから‥もう、安心してくれ‥‥」
死天使によって粛清された魂の鎮魂を願って放たれた
「大丈夫、きっと届いたよ‥‥皆の思い、きっと・・・届いてる」
寄り添う様に傍らに座っている六華の言葉を聞いて、優樹は微笑む。
「‥‥そうだな。‥‥そうだと、いいな」
そう言って空を見上げながら、ふたりは暫く其の場を動かなかった。
別の場所でも、ふたりの男女が寄り添っている。
其の空間には、優しい音色が流れていた。蒼羅とゼフィリス、ふたりの空間に。
「‥たまにはこういうのも悪くは無い、か‥‥」
オカリナを音色を止め、呟く。そして、次の言葉は寄り添うゼフィリスに向けて紡ぐ。
「色々あったが‥、此処まで来られたのはお前のお陰だな。感謝しているよ、ゼフィ」
「私のほうこそ‥、蒼羅が居てくれたから‥‥」
互いの言葉が互いを繋げる。次の言葉は、其の仕上げのものだ。
「私は‥、ずっと蒼羅の傍に居たい‥‥」
「あぁ、ずっと一緒だ」
この刻、互いの想いが伝わり、ふたりは結ばれた。其れを祝する様に、再びオカリナを鳴らす。オカリナが奏でる優しい音色は、其の場に何時までも聴こえていた。
他にも各々の場所で夜風に当たる者、因縁を斬り裂いて友を弔う者たちが居た。未来の風景を自分の色使いで描きながら。
そして時は刻々と流れ、式は終了。
数日後――
今回の請求書が桜邪の元に送られたのだが、彼が其れを見たとき思わず膝から崩れ落ちた‥‥らしい。
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