■On a certain fine day ....【side.B】■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
しんや |
オープニング |
神と魔の戦いは、一年に渡って繰り広げられている。
其れは戦う者たちに疲労と重圧を与え、自らの身体や心を削っていった。
戦場に出向き、傷ついて戻ってくる魔皇や逢魔を見た埼玉地域の密は、あるものを贈った。
――安らぎの刻を。
一日という僅かな時間ではあるが、密は心身を癒してもらおうと宴会を開いたのだ。
逢魔・薫が進行役を務めるこちらでは、血塗られし三女神に打ち勝ち、古の魔なる者と壮絶なる戦いを演じた者たちが集結する‥‥。
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シナリオ傾向 |
宴会 自由 |
参加PC |
宮城・潤子
鷹村・夢
新屋・志紀
リシェル・ハウゼン
ヴァレス・デュノフガリオ
堂島・志倫
加藤・信人
紅月・焔
御剣・神無
ミネア・フレイル
雪切・トウヤ
ショウイチ・クレナイ
ラディス・レイオール
メフィスト・エスタール
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On a certain fine day ....【side.B】 |
●各々の休息
荒野。身を焦がすほどの熱視線を放つ太陽の光を受けながら、魔の者たちが飛び交う。
「さて、アンタが噂に名高い《魔獣王》か、宜しくね〜」
ある魔皇が発した軽々しい挨拶で始まった模擬戦。
死神が乗り込み、黒き巨人が持つ銃器が連続して火を吹き、巨獣に向けて放たれる。殺傷力を高める為に回転して吐き出される弾丸であるが、獣から吐き出される紅蓮の炎が弾丸全てを飲み込み、蒸発させた。其れだけでは飽き足らないのか、炎の魔手は黒き巨人すら飲み込もうと迫る。ネフィリム・ヴァーチャーの装甲すら焼き尽くす業火から搭乗者のヴァレス・デュノフガリオ(w3c784)は黒き巨人、殲騎・ブラッディネストを大きく飛び退かせた。
其れを追撃するのは、全てを砕く牙と爪を携えた巨躯。自らが吐き出した炎を突き破って現れる、魔の獣の頂点に立つ者・《魔獣王》が。多少の距離など彼の脚力の前には無きに等しく、既にブラッディネストは鋭利な爪の射程に入った。
其処に突如、影が映る。
《魔獣王》の顔を覆う其の影は徐々に近づいていき、其の姿を露呈した。通常のディアブロよりも細身の身体をしており、黄金に彩られた装甲を身に纏う。手には巨大な刃・真グレートザンバーを持つ殲騎。名はツァウベルフリューゲル。殲騎と同じく黄金の称号を持つ魔皇、御剣・神無(w3f465)と、側室(!)である逢魔・カグヤ(w3f465)が乗る戦闘存在である。
金色の殲騎が振り下ろした巨刃は《魔獣王》の肉を裂き、血が噴き出す。が、彼にとってそんなものは傷のひとつにも入らない。
着地したフリューゲルにタイミングを合わせて、薙ぐ様に足の一撃を放つ。爪で斬り裂くのではなく、掌打を叩き付ける様な其れをフリューゲルは何とか防御するも、其の細身では受け止められる事など出来る筈もなく、装甲を幾つか破壊されながら吹き飛んで崖に叩き付けられた。
「チィッ!」
其の隙に横から銃撃を加えようとするブラッディネストだが、其の身体が不意に弾かれる様にフリューゲルと同じく吹き飛ばされた。実際に、弾かれたのだが。
《魔獣王》は予見していたのか、自らの長い尾を鞭の如く撓らせ、ブラッディネストを迎撃したのである。
『まだまだ甘いわ』
鼻で笑う《魔獣王》。彼は更に続けた。
『一撃を加えたからといって気を抜くな。相手の息の根を止めるまで攻撃し続けろ』
低い声で神無に忠告するが、彼も気を抜いた訳ではないだろう。現在の魔に属する者たちにとって最強の存在とも言える《魔獣王》にその様な事をすれば、模擬戦といえども死は免れない。
「流石に強ぇな。戦り甲斐があるぜ」
尾の一撃だけで機体が軋むが、其の内部で楽しげに笑みを作るヴァレス。神無も同様なのか、崖からフリューゲルの身を起こして得物を構える。
『威勢だけは一人前だ。尤も、そうでなくては面白くない』
口の端を吊り上げ、不敵な笑みを作る《魔獣王》も再び戦闘態勢に入った。
「怪我しても心配しないでね〜、しっかり治療してあげるから〜」
遠巻きから叫んでいるのは、メフィスト・エスタール(w3j597)。一応、医者だ。副音声で「しっかり人体実験してあげるから」と聴こえたのは、恐らく気のせいだろう。そう思いたい。
模擬戦を行っている魔皇たちは若干顔を青褪めさせながら、気高き獣の王へと向かっていく。装甲が砕かれる音が荒野に響くのは、意外と早かった。
場所は変わり、湖。
照り付ける夏の陽射しを和らげる新緑の影に身を委ねる者たち。ラディス・レイオール(w3i495)や逢魔・リフィーナ(w3i495)はのんびりと足を水に浸けながら涼んでいる。
「貴女のお陰であのときも大した怪我もなく帰れた。礼を言うよ」
リシェル・ハウゼン(w3c326)が紡いだ礼の言葉は、気持ちのいい風に吹かれながら木陰に腰を下ろす女性に向けてだ。神々しい気を放つ、神の戦士。グレゴールの立川・香織に。彼女の傍らには護衛の意味を兼ねてか、ファンタズマ・エリスとサーバント・ドリットヴォルフの姿も在る。
「いえ、此方こそ」
リシェルに返した返答は定型的なものだが、嫌味を感じさせないのは彼女が持つ特権というべきものだろうか。
「ひとつ聞いてみたい事があるんだが、いいかな?」
「はい、構いませんよ」
「どうして貴女は、俺たち魔皇を信じようと思ったんだ?」
彼の疑問は尤もだった。
天地開闢以来より連綿と続いてきた神と魔の戦い。現在に其れを当て嵌めると、神帝軍と魔皇という図式となる。相反するものは相容れない。
「魔皇や逢魔、グレゴールも、元は同じ人間じゃないですか。信じようと思えば信じる事は出来ますよ、至極簡単に」
だが、次の言葉には現実を直視した厳しいものがあった。
「ですが、其れを為そうとするのは難しい。今ある現実が、そうさせます」
グレゴールは、ファンタズマによって神の力を得た戦士だ。極論すれば、神の力という薬物を投与された人間と言う事である。半永久的に継続する薬物であるが、もし供給源であるファンタズマやテンプルムが沈めば、投与が終わる。即ち、死が待つ。
神帝軍の為、死から免れる為、魔皇とグレゴールは相対する。悲しい事ではあるが、其れが現実だ。
だが、彼女は其の現実を受け入れず、違う現実を受け入れようとする。神、魔、人の隔たりなど無くそうとする、夢想にも近い現実を。
「其れでも、私は貴方たちを信じます。私が選んだ事ですから」
彼女が刻む笑顔は、心からのものだった。リシェルも、引き付けられるように自然と笑みを作る。
「‥‥俺たちにとって、身に余る光栄だな」
「そうですねぇ」
不意の同意は、リシェルの背後から。流石に驚いたのか、彼は逃げる様に身を引く。其処に立っていたのは、加藤・信人(w3d191)だ。彼はリシェルの反応など気にせず、香織たちに向き直る。
「貴女のお陰でこんな甲斐性なしの癖に、今仲間とこうして笑っている事ができる、ありがとう。ドリット君、エリスさんにも、心からの感謝を」
何時もとは全く違った態度と雰囲気で深々とお辞儀をする信人。其れを知らない香織やエリスは何時も通りに接する。
「って、柄じゃないや」
自らが言った言葉を僅かに頬を紅潮させて恥ずかしそうに苦笑いしながら顔を上げようとしたが、彼の動きが急に止まる。カプッという擬音が耳に伝わり、頭には何か鋭利なものが幾つも突き刺さる感触、痛みが伝わった。
理由は不明だが、ドリットヴォルフが信人に噛み付いたのである。一瞬其の空間が凍り付き、牙を受けた当人でさえ何が起きたのか理解できなかった。
事態を把握できたのは、自分の頭に響く激痛と滴る生命の源が教えてくれた為である。場は堰を切った様に、騒然と化した。
更に場所は変わり、会場。
自ら進んで宴会の準備を引き受けた堂島・志倫(w3c846)が、精力的に動いていた。共に準備をしようとした、鷹村・夢(w3c018)や逢魔・デューシンス(w3c018)の出番がないほどに。
他の者も手伝おうとしたのだが、志倫は「部外者だから、是くらいはする」と頑なに言い張って自分だけで用意してしまっているのだ。
そして数時間後、会場は完成した。しかし、流石にひとりでは厳しかったらしく、完成後は疲れ果てて床に突っ伏したまま寝てしまったが。
一方厨房では、彼の逢魔・アルティオーネ(w3c846)が宮城・潤子(w3b084)や逢魔・スノーホワイト(w3h134)と共に宴会に出す料理を作っていた。彼女も全て自分が調理する気だったのだが、彼女たちの押しに負けた為――特にスノーホワイトのマイペースに翻弄されて――、共同で調理している。
しかし、アルティオーネだけでは調理する事は難しかっただろう。何せ食材が、ジャイアントシリーズなのだから。
此処とは異なる場所で行われようとしてる結婚式でも使用される代物であり、「大量に取り過ぎた」という事でお裾分けされたのである。
其の存在に此方も良い具合に闘争心が燃え上がり、彼女たちは和食や洋食、中華料理など様々な料理を作り上げていく。
完成した料理の数々が宴会の席に並べられて魔皇たちを唸らせるのは、予想に硬くなかった。
●宴の刻
世界が闇に没しようとしても、黒き空に真円を描く月が其れを阻む。世界には蒼き光が降り注ぎ、冷厳なる世界に変化させる。一辺を除いて。
暖かな人工の光が溢れる其処は、魔皇と逢魔たちが賑やかな宴会を行おうとしていた。が、其の賑やかな空気からやや離れた場所で、《魔獣王》は其の巨体を横たえて休んでいた。
「とりあえず、楽しんでるか?」
声を投げかけたのは、日本酒やワインなど各種アルコールを持って現れた新屋・志紀(w3c186)である。
『さっぱりだな』
さもつまらなそうに応じる《魔獣王》。どうやら、まだ暴れ足りないらしい。あの後、二機の殲騎は稼動するのも難しいほど徹底的に扱かれて――破壊されて?――しまったのだが、其れでも欲求不満の様だ。
其の彼の頭頂部に、何時の間にかふたりの少女の姿が在った。
「おじちゃん、お久しぶり♪」
「がお〜☆ ミリートだよ♪ 前はお話しできなかったけど、今日はできるね♪ それと、お友達になろっ♪ 一人ぼっちじゃ面白くないよっ♪」
大層失礼な事を言ったのはミネア・フレイル(w3g534)、非常に親しく接してくるのはシャンブロウのひとりである逢魔・ミリート(w3g680)だ。
「ホント、マイペースだよなぁ。と、生身では初顔合わせだったな。俺は雪切・トウヤ(w3g680)。以前、貴方と模擬戦をしてもらった者だ」
トウヤは盃を出してに日本酒を注ぎ、楽しそうに続ける。
「其れと、俺が言うのもなんだが、今宵は無礼講で、な?」
『‥‥良いだろう。だが、其処の小さき獣の女よ。まだ吼え方がなっておらん。見本を見せてやろう』
彼はそう言って立ち上がる――其の拍子で落ちそうになるふたり――と、其の巨大な口を目一杯開いて咆哮する。口腔から放たれる音波は凄まじく、兵器としても充分通用するほどだ。志紀やトウヤは耳を押さえて鼓膜が破れぬ様努める事に精一杯だが、ミネアとミリートは押さえながらも楽しげに真似る様にして吼えている。
「《魔獣王》様のお声も轟きましたので、是より宴会を始めたいと思います」
彼の雄叫びとは違って逢魔・薫の涼しさを醸す言葉で、遂に宴会が始まった。彼女の言葉の冷たさに反比例するかの様に、熱気に包まれる会場。其処に宴会の始まりを告げた
「って訳で、皆騒ぐよ〜!」
一体どう言う訳かは不明だが、熱気の中心には神無の姿が在り、率先して場を盛り上げる。
「皆、楽しくいこっ♪ 歌ってそういうものなんだから♪」
《魔獣王》の頭部に乗って現れたミリートが皆に呼びかけると、場は更に高騰する。彼女は頭から降りると、夢、逢魔・アリーシャ(w3c326)、逢魔・シーナ(w3c784)が壇上に立つ。彼女たちの歌声を更に彩る為、ヴァレスとラディスが各々が得意とする楽器を持って待機していた。
「心を込めて歌います。この世界全てに届きますように」
「あ、あの‥‥歌います‥‥」
四人の歌姫とふたりの伴奏者が奏でるBGMは、場を更に盛り上げる。《魔獣王》も満更ではないのか、専用の巨大盃に大量の酒を注ぎ込んで飲んでいた。彼の頭には、小さいながらも花冠が乗せられている。
「私たちから、出会いに感謝を込めて。偶にはこういうのもいいでしょう?」
先ほど夢から言葉と共に貰った代物であり、しかもお手製である。
「ご機嫌は如何だろうか、」
其処にひとりの男が礼節を持って挨拶をする。デューシンスだ。
「《魔獣王》様にお伺いしたい事がある。魔皇と逢魔の絆は残す事は叶わぬのだろうか?」
デューシンスから放たれた言葉は、自らの魔皇である夢と愛し合う事は許される事であろうか、という問いだ。其れはトウヤにとっても興味深いものだった。立場は真逆となるが。
『我が知るところではない。‥‥好きにすれば良いだろう』
我関せず、といった感じで応対する《魔獣王》であるが、否定の言葉でも無い。贔屓目かもしれないが、寧ろ肯定している様にも聴こえる。其れを耳にしたデューシンス――と、トウヤ――は礼の代わりに微笑を刻んで、自らも伴奏をする為にフルートを手にしてステージに上がった。
「今回の戦いは、己の未熟さを存分に思い知った。先生‥何時か貴方を超えてみせます‥‥」
独り感傷に浸る紅月・焔(w3d218)は、何かに取り付かれた様にテーブルに置かれている数々の料理を黙々と口に運ぶ。時折喉に詰まらせて悶絶するのはご愛嬌。
右隣ではエリスとスノーホワイトが楽しげに談笑し、左隣には誰に飲ませられたか不明だが、カグヤが酒を呷りながら意味不明の行動を行っていた。時には怒り狂い、時には爆笑し、時には号泣する。果てには服を脱ぎ出したり、誰彼構わず頭を揺さぶる。俗に言う、酒乱だろう。堪ったものではない。
一方、香織とドリット――彼の三つの頭にも夢の手作り花冠が乗せられている――の元には潤子が居た。
「ドリットさんにお礼したいんですけど‥‥彼、私が触っても怒りませんかね?」
「えぇ、大丈夫ですよ。ね、ドリット?」
潤子の申し出に快く応じる香織。ドリットもそうなのか、犬が懐く様に小さく唸る。潤子は彼に触れる前に身体から向き直り、眼前まで近寄って言葉を紡ぐ。
「えと‥私の事なんて覚えてないかもしれないですけど‥宮城って言います。前に貴方が力を貸してくれたから‥‥今生きてるんだと思います。ありがとうございました」
丁寧にお礼を述べると、彼女は「では、失礼します」と一言言って三つ存在する狼の頭部の内、真ん中の頭部を優しく撫で上げる。気持ちいいのか、ドリットは瞳を閉じて委ねる。其れに味を占めた潤子は、大胆にも首に抱き付いた。日干しにした布団にも匹敵する気持ち良さを誇る彼の白き毛に凭れる彼女。食事を摂って胃を満たした所為もあって眠気に襲われ、追い討ちとして歌姫たちの歌声が更に意識を夢の世界に誘う。
無敵とも言える三連コンボに潤子は為す術も無く、夢の世界に旅立った。
「ドリット君はあれだ、頭は三つなのに、尻尾はひとつなんだね〜」
横からひょっこりと現れた潤子の逢魔・炎火(w3b084)は、ドリットの白い尻尾を楽しげに弄ぶ。其れを終えると、彼は自分の右手小指に填めている指輪を、眠りについている潤子の左手の薬指に填め直した。
「起きるまで内緒、ね?」
自分の口元に人差し指を持ってきて、炎火はサインを送る。其れを察した香織は了承の言葉を送った。
「判っています。御ふたりの仲をお邪魔する事はしませんので」
「では、是からは僕とふたりっきりで楽しみましょう」
突如現れて香織の手を取って囁いたのは、逢魔・クリス(w3j597)である。突然の出来事に狼狽する彼女に詰め寄るクリス。香織の危機を助けるのは、やはり彼だった。
ドリットは潤子を起こさぬ様、静かに雷撃の息を吐きかける。其れを見た香織は瞬時に手を離し、感電を免れる。雷撃はスタンガンを若干強化した程度の威力だったが、彼の身体はびくんと跳ね上がり、其の場に倒れ伏した。口から妙な液体を垂らして。
何はともあれ、バラエティーに富んだ宴会である。
賑わいの光が及ばず、自然の冷たき光が降り注ぐ大地に血の臭気を感じさせる長槍、大剣、大鎌が音を立てて突き刺さる。墓標の如く。
嘗て自らが相対した血塗られし女神の得物を持って現れたのは、賑わいの場から抜け出てきた信人だ。
自然の流れのまま自由に生きる事が出来るこの地に、戦友から借り受けた長槍と大剣を自らが持つ大鎌と共に供養
「‥‥どうです? こういう馬鹿騒ぎも、悪くないでしょう? 死を振り撒いてきた貴女方だからこそ、生の温かみを死って欲しい‥と言うのは、ちょっとキザかな?』
語尾の辺りで苦笑する信人は、徐に空を見上げる。夜の虚空に鏤められた星の輝き。其の中の三つを、彼女たちに照らし合わせているのだろうか。
「何時か僕も、其方へ逝くでしょうね。其の時は手合わせを願います。一対一で貴女に勝って見せますよ‥‥マハ」
必ず勝ってみせるという意気込みの表れか、信人は微笑を浮かべる。そして持参した酒の封を開け、其れが無くなるまで三つの武器に浴びせた。
「『お前たちの罪が許される訳じゃ無いが、一番悪かったのはお前たちの様な者を産み出したろくでなしだったのだろう』。是は、開裡さんからの言伝です。どうか、静かに眠ってくださいね。願わくば、来世では戦友である事を願います」
最後に戦友からの言葉を投げかけて、再び虚空に顔を上げる。格好良く決まったのだが、顔に包帯が巻かれている為に格好付かない事が唯一の欠点だろう。其処に――
「だー!」
「ぎゃ〜〜〜〜!!」
とある人物が音も無く信人の背後まで忍び寄り、突如両手を上げて叫んだ。突然の雄叫びに信人は悲鳴を上げる。漫画であれば胸部からハート型の心臓が飛び出ている事だろう。
彼を脅かした人物とは、ホッケーマスクを被った焔だ。感傷的になっている信人を元気付けてやる為か、其れとも悪ノリした為か。理由は定かではないが、彼は信人を驚かせる為にこの場に現れた。
しかし、是から起こる事態を焔は予測できなかった。最悪の事態を。
彼の雄叫びに発狂した信人は地に突き刺した大鎌を手に取り、何と其の刃で焔を斬りつけたのである。しかも、《真音速剣》付きの斬撃を。今度は彼が悲鳴を上げる番だった。
焔の身体に痛々しい裂傷が幾つも刻まれ、噴き出す血液が赤黒い水溜りを作り、彼は其処に倒れ込んで今度は痛みで悶絶する。
レベル二十の修羅の黄金とレベル五の激情の紅では、お話にならないほどの力の差があるのだ――そういう問題か?――。
「な、何故‥‥」
「ハッ! ほ、焔さんでしたか‥‥。つい、マハが蘇ったのかと‥‥」
「そんな訳ないだろ‥‥ガクッ」
「わ〜! 焔さ〜ん!」
自業自得とはいえ、無残な有様である。
『悪戯が過ぎると痛い目に遭う』という、ある意味貴重な教訓を得た焔であった。
彼等から幾分離れた場所でも、弔いをしている者が居た。ショウイチ・クレナイ(w3h134)が。
彼の前には何の装飾もされていない十字架の墓標が三つ立てられている。簡素なものだが、彼からの精一杯の供養なのだろう。
ひとつは、ある研究者のもの。外道と呼ばれる研究に身を費やし、魔の者たちを根絶やしにしようとした神の戦士。他のふたつは彼の研究によって命を弄ばれた末に散った者のものだ。
「筋違いも良い所ですね‥‥」
ショウイチが、嘆くように呟いた。そして、虚空を見上げる。残された者に残る憎しみの連鎖が、何時か絶ち消える事を願いながら‥‥。
今までの戦いで命を落とした者たちを供養する者だけではなかった。
是からの未来を形作る為、行動を起こす者も居る。其のひとりが、トウヤであった。
昼に流血騒ぎが起きた湖に、彼はミリートを連れて訪れていた。湖には鏡の様に虚空の模様が映し出されており、昼とは違う神秘的な雰囲気を醸し出している。ある場所には惨劇の跡が残っているが、ふたりは気にしない。
其の湖には薫から聴いた志紀が、釣りに訪れていた。彼も野暮な事はしないつもりなのか、彼等から離れた場所で糸を垂らしている。
「ん、ちょっと張り切りすぎたかな‥‥」
湖を一望できる大木に背を預けようとするミリート。だが――
「そうだな。だから、今は休むといい‥‥」
彼はそう言うと、すかさず彼女を優しく抱擁して頭を撫でる。其の行為に、ミリートは顔に朱を刻んだ。先に聞いた《魔獣王》の言葉に突き動かされた事もあるのか、トウヤは思い切って今回の行動に出たらしい。
「‥‥うん、判った‥‥」
ふたりの空間には、虫の音だけが鳴り響いていた‥‥。
ある者は思う人と共に過ごし、ある者は宴会で馬鹿騒ぎをして過ごし、其れは東の空が白むまで続き、魔の者と一握りの神の者たちはひと時の安らぎを堪能した。何れ来るべき戦いに備え、心身を休ませて。
後日、とある最近結婚した魔皇の元に請求書が送られたというが、真相は不明である。 |