■【平和への願い】未来への階に■
商品名 流伝の泉・キャンペーンシナリオ クリエーター名 花見坂乾
オープニング
●祭りの夜
 日も暮れて、和歌山ラーメンの店に夕食を食べに行く事になった魔と神に属する一行。
「お腹すいたの」
「奢りですかぁ?」
「やったー」
「あー流石にそれは勘弁」
 人数を指折る少年魔皇の隣で少女逢魔が微笑む。二人の男性逢魔が席を確保し、少年魔皇がオーダーを纏める。
「醤油とんこつの元祖は和歌山なんだって」
 土産用に買ったラーメンをリュックに詰め、椅子の下へ置く。やがて運ばれてきたラーメンを並んですする。
「僕らが人に戻れる術は無いものか」
 ふと少年魔皇が遠い目をしながら呟く。
「君も僕も皆人に戻れれば、相対する敵は一つで済むのになぁ‥‥困ったもんだ」
「難しいの‥‥」
 また沈黙に包まれる。
 「人化では無く、元の人に戻る」そうすれば魔も神もなく、普通な暮らしが取り戻せる。しかし、それは魔皇と逢魔の子供よりも困難な事であった。魔や神の力を封じる研究はよそで行われてはいる。それを良しとし、受け入れるかどうかは又別の問題になるが‥‥。
「原始の魔皇も人に成りたかったのでは無いだろうか?」
 先の会談での誰かの言葉。人と交わり、人に近づこうと成ろうとした結果は言うまでもない。だが、それでも人になれずとも、人として、良き隣人として有りたいと願うのは‥‥神魔の区別無き願いなのかもしれない。

 和歌山城の上に浮かぶテンプルムの廊下を和服に身を包んだコマンダー、人の名を安藤・一輝が歩く。頭に浮かぶのは会談時に聞いた魔皇達の言葉。
「少なくても拙者、民を護る為に与えられた力と想っているでござる」
「お互い『人』は守るべきものとして行けば、問題は起きないかなと」
「望むのは『人』としての暮らし」
「ま、時たま要らん事するのが出て来るだろうが、お互いそういうのをとっちめるのにも何か必要にゃなるか」
「何処まで、魔も神も納得できて騎士団に志願できるかで、和歌山の人達の明暗は分かれます」
「‥‥は人を信じる事を渇望しながら裏切りを恐れています、そういう過去を持つから。冷めた感じなのは許して下さい」
「魔といえ一概に悪・人に害なすとは限らぬでござる」
「魔皇は『混沌』を力の源とする者。だからと言って存在が混沌を招くと言うわけではない。力の振るい方次第と言うわけです」
 回想を終えて溜息をつく。
「‥‥それは判っているつもりだがね」
 全てを決めて公にする前に魔皇達に話したのは正解だったと思う。一方的に決め一方的に通達したのでは今までと変わらず、反発が大きいだろうと判断した為だ。ある意味彼の思惑通り「魔の者も騎士団に」と切り出されたのは収穫だった。その為には双方、そして人の反対派を納得させる必要がある。
「しかし、どうしてこうなってしまったのだろうな、我々は」
 神と魔の関係がいつから互いを滅ぼしあうものとなったのか‥‥返らぬ問いかけを誰に言うでもなく、独りごちた。

●決断の朝
 各インファント管理者のグレゴール及びファンタズマ達が和歌山テンプルムに招聘された。
「マリトゥエルの大変さが分かった気がするよ」
 サリトリアが先日の手帳をパタパタさせて、うんざりした顔をする。
「書記は簡単そうに見えて難しいのよ」
 マリトゥエルと呼ばれた秘書風の女性が苦笑する。
「では、サリ君」
 議長のヴァルフェルに呼ばれ、起立する。

 逢魔の伝・氷魅華の元に、正式に騎士団設立の報が届いた。
「いよいよですわね」
 ほうと溜息を漏らす。
「魔皇様達が人々に受け入れられ、そして、神帝軍とも手を携える事が出来れば‥‥平和が訪れるはず」
 それが氷魅華の密かな願いだった。夢想過ぎて口にする事さえ憚られていたが、今なら‥‥。
「騎士団の存在意義は人々に尽くす事にあり守護する立場にあり、望む者は神魔を問わず受け入れる。和歌山県下での双方の戦闘行為の禁止。例外として悪魔化魔皇・人に害なすサーバント及び神魔の発見時に本部の許可が下りれば可能。説得・捕縛を優先し、やむをえない場合は排除。尚、魔狩り・テロ行為・悪魔化は全面禁止。以上の事柄が破られた際は神魔の立場を問わず、騎士団が取り締まり罰する事とする」
「感情搾取の事実を公とし、必要最低限のテンプルム運用に留める。将来的には停止させる方向で、方法について現在研究中。搾取対象の感情は強制的でなく自然発露した負の感情とするよう努める」
等の基本事項に目を走らせ、集まった魔皇達に向き直る。
「騎士団への参加を希望される方はいらっしゃいますか? 参加条件としては『和歌山に定住し、そこに住む人々に尽くす事が出来る』『神魔人の隔たり無く付き合え、公正で在れる』辺りでしょうか? 人々に受け入れられるまでが大変だと思います。参加なされなくても、まだ色々と問題が残っています。そちらの方にご協力頂けれると嬉しいです。どうか平和の為、皆様の力をお貸し下さいませ」
 いつにも増して真剣な表情で頭を下げた。
シナリオ傾向 シリアス・騎士団・平和
参加PC シエラ・ザルーコフ
常葉・琳
マニワ・リュウノスケ
電我・閃
ディラス・ディアス
風樹・護
西九条・空人
【平和への願い】未来への階に
●青嵐の夜明け
 皐月の空に暗雲が垂れ込め、不順な天候が続く。天は思い出したように雨を降りしきらせ、気まぐれに晴れ間を覗かせる。まだ春が終わらぬ内に、梅雨の訪れを示すようであった。
 人の地に吹き荒れる嵐も又、局地的に衰えがない。力無き人々はただその嵐が過ぎる事を願う。明けぬ夜がないように、降り止まぬ雨もない。いつか来る終わりを信じて‥‥平和への願いを捧げる。
 高野山の新緑の中、マニワ・リュウノスケ(w3c550)が剣礼・黙祷を捧げる。
「‥‥我が願い、叶う刻が来る事を」
 和平祈願を終え、氷魅華の面会に向かった。 

 和歌山城敷地内に設けられた騎士団本部。
「よーし! 頑張るぞー!」
 常葉・琳(w3b896)がシエラ・ザルーコフ(w3a218)と「えいえいおー」で気合を入れる隣で、錦部・彩那がいつもによってそそくさと紗璃の背に隠れている。その視線の先には西九条・空人(w3i753)の姿があった。
「又か‥‥」
「何だ?」
「あ、えっとね、この子が彩那ちゃん」
 間に入って琳がお互いを紹介する。
「こちらはわたしのだ、大事な‥‥きゃっ恥ずかしいーーーっ」
 ばきっと何故か空人に右ストレートが極まる。
「ぐっ よ、宜しくな」
 何とか踏みとどまり、作り笑いで右手を差し出す西九条。
「あ、うん‥‥」
「おにーちゃん大丈夫?」と無言に問いつつ、握手を交わす。
「あ、そうだ。あたしね、騎士団に所属するんだ。ずっと和歌山に住む。そうしたら、彩那ちゃんとずっと一緒に遊べるもんね」
「私もぉ所属しますよぉ」
 こくこくと頷く彩那。シエラも加わり、琳と三人で握手する。
「嬉しいな」
「これからも色々楽しい事しようね♪」
「騎士団に所属させて大丈夫か?」と不安に思う和馬(w3b896)とゼルーガ(w3a218)のコンビ、ディラス・ディアス(w3h061)と智(w3h061)の3組が騎士団の所属を希望していた。
 ディラスに提案された「TV中継の下での叙任式」を安藤・一輝は検討していた。NPO的組織とはいえ、公の組織として活動する以上、多く知らしめる必要がある。
「そこで‥‥県知事より授かる専用の制服を期待する! 特に女性にはメイ‥‥」
「えーい! 趣味丸出しで『制服!制服!!』言うな〜!」
「‥‥‥‥」
 ハリセンが閃き、智がディラスを一撃の下に沈める。
「メイ?」
「お嬢は知らなくていいからな」
 首を傾げる彩那をディラスから距離を取らせる。
「ふむ、騎士団の制服ねぇ」
「そうそう。可愛くして下さい!」
「女性の分だけでもー」
 忘れていたと言わんばかりの安藤に、ここぞと提案する琳。和馬が止めようとするが時遅し。
「神と魔の間の色を取って、グレーで。ミッションスクールみたいなのがいいです〜」
「白と黒の狭間でグレーか‥‥」
「あっちの希望はメイド服だそうだぞ」
 ため息交じりに報告する紗璃。グレーのミッションスクールの制服にメイド服‥‥思い描いてみるが、誰もすぐに像を結ぶ事は出来なかった。
「と、ともかく。制服によって一般人に見分けが着くので安心するだろう、と」
 むくっと起き上がったディラスが追加弁論するが、呆れたような冷ややかな視線が注がれるだけだった。

●平和への模索
 騎士団希望者の受付後、協力に訪れた面々を加え、今後の方針についての会議が開かれた。
 悪魔化の直接的被害を受けなかったとはいえ、和歌山にも反魔の人間は存在する。メディアによって報じられた情報、実際に被害を受け流れて来た者達の口から語られる実情。人の口に戸は立てられない。それもここ数ヶ月の間に落ち付きつつあったが、騎士団に魔皇達も加わる事に再び活性化を始めた。又、神魔の間にも反発の声は無きにしも非ず。
 それらを‥‥特に「神帝軍と魔皇の不満分子をどうするか?」が問題となった。
 人に関して『人事不介入』を原則とし「人の犯罪は人が裁く」を基に、人の犯罪者は警察に引き渡す、と取り決めがある。神魔は騎士団の取り締まる『協定違反者や神魔の犯罪者』となる前に不満を発散させるに越した事は無い。
 涼風(w3i336)が議事録の記録を努め、意見を述べ始める。
「魔皇の迫害、神側が受けたテロの傷、人々の苦しみ。一度全て吐き出す事を提案します。苦しみは一人だけで背負うと辛く、一つの集団の中では憎しみが深まるばかりです」 
 控えめながら、しっかりと告げる欄(w3g357)に集まった一同が頷く。
「今は無理でも、いつかは判りあえると信じています」
「それじゃあ、目安箱やどこか不満を叫べる場所を設置する、とか?」
「DF・SF禁止で競技会とかどうかな?」
 琳と風樹・護(w3i336)の提案も残さず、涼風が記録していく。
「あ、体を動かすのならぁ、スポーツチャンバラがお勧めですよぉ」
「シエラ‥‥」
「え、駄目ですかぁ?」
 頭を抱えたゼルーガと安藤の顔を見比べるシエラ。
「いや、面白い。何事も試してみないとね」
 苦笑して、それらの実施の手配を行う安藤。
「じゃ、別件で僕から」
 電我・閃(w3g357)が手を挙げて発言する。
「情勢の変化には常に柔軟にならないと。そこで、まず魔皇側は東京と瑠璃にいる穏健派から騎士団へ、神帝軍側も京都等や東京の穏健派勢力との情報交換をお願いする。これで情報網を作っておけば動き易くはなるはずだ」
 県内の情報網は各役場や警察によって保たれているが、外部とは繋がりが薄い。
「ふむ、なかなか難しいが、努力しよう」

 小一時間程続いた会議が終わり、シエラ達は一緒に街を見回る事にした。 
「『魔も人を守る立場にある』事をアピールするんですねぇ」
「あ‥‥空人さんも一緒に如何ですか?」
「ん、取材という事になるが」
 西九条は外部協力者として、本部の許可を取り、騎士団を取材する事になっていた。ドキュメンタリー本として、騎士団の実態等を公にする事で、県民達の理解を得ようという試みだ。「作家としての誇りに掛け、誇張は書けても嘘は書かない」の信念が揺るぎそうになるのはしばらくしてから‥‥。
「和歌山、いい街だよねえ」
「まだぁ平和な場所は少ないですけどぉ〜、そう遠くない未来に神魔の戦いがなくなるといいですねぇ♪」
「平和もいいが、時には戦わなければ守れないものがある。それだけは忘れるなよ」
「分かってますよぉ」
 見回りのはずが、いつの間にか食べ歩きへと変化しているのはやはり彼女達だからだろうか?
「あ! あのお店美味しそう! あっちのお店も!」 
「行ってみましょ〜」 
「琳様‥‥」
「いいのっ これも仕事の一環なのー!」
「仕事の一環とか言って食い倒れてるんじゃない!」
「おい、勘定」
「「御代、御願いしますねー」」
 にっこりとユニゾンの少女達の声に和馬とゼルーガが同情の眼差しを向ける。渋々自分の財布の中身を確認する西九条。
(「後で広告費と取材費として請求してやる」)
 そう心に誓うのであった。

●砂上の城
 氷魅華から「可能な限りは」と長野への支援と和歌山と各魔皇軍との仲立ちの了承を得、マニワは安藤に面会を求めた。
「此度の英断、有り難く存ずる」
「いや、礼を言われる事でもないさ」
 正座で差し向かい、マニワは頭を下げる。
「全て終えた後、参る所存。不義理をお許し願うでござる」
 騎士団不参加の謝罪に苦笑いを返す。
「ささやかながら気持ちでござる」
 安藤はマニワの土産の酒・長野銘酒『舞姫』を受け取り、目を細める。
「ただ土産を渡しに来たわけではないのだろう?」
 姿勢を正し、見据える。
「拙者の願い、聞いて頂きたく存ずる」
「で、願いとは?」
 もう一度下げられた頭に眉根を寄せつつ先を促す。まず切り出されたのは『恩赦・名誉・公民権の回復に関し助力嘆願』だ。
「個々の努力に限度が有り申す。是非とも御助力、御願い申す」
「うむ。言ってはあるが、全ては抑え切れないのが実情。公民権は知事の方に打診しておいた」
 あくまでも執行権は和歌山県内しかない事を念を押す。次にマニワは『和平交渉中の各地への助力要請』を告げる。
「和歌山のみならず、近隣の和議にも力を貸して頂きたく御願い申す」
「‥‥それは難しいね」
「何故?」
「基本的に他の地域には不干渉なのだよ」
 和歌山近隣といえば、大阪・奈良・三重が有り、いずれも油断ならない状況にある。微妙な均衡を保っていられるのは互いに干渉しないだけに過ぎない。そのバランスを崩せばどうなるかは火を見るより明らかだ。
 マニワは承服しかねるまま、本題の『長野への可能な支援要請』に入る。
「拙者、長野にて同志を集め魔狼隊、此度の騎士団と同様のを創り長野神殿の許可を頂き申した。首尾良く和議相成ったのござるが、タダイ殿侵攻で長野は戦禍に巻き込まれ申した」
 何も言わぬ安藤に更に実情説明を続ける。実質その魔狼隊も壊滅し、長野がタダイの配下に加わったという報告はこの和歌山にも届いていた。
「エグリゴリ、神帝軍、関係なく無用の戦禍を撒き散らすのは如何に? タダイ殿の此度の行動、侵略でござる。可能な支援御願い申す」
 深々と下げられた頭を見つめ、大きく息を吐いた。
「先程も言ったが、我らが動く事は他の地域を刺激する事になる。恐らく長野の二の舞だ」
 それを懸念する声は部下達からも上がり、迂闊に動けないと付け加えた。
「厄介なのが大阪でね。動けば、この機を逃さず潰しに来る」
 彼の権天使ならば「支援に行ってもいいけど、帰る場所は無いと思って行きなね」と無邪気な笑みで爽やかに断じるだろう。彼の真意が定かではない以上、迂闊に動く事は自滅を招く。
「故に、支援を行える事柄は限られる。それでも良いかね?」
「和歌山の戦力はその程度の物なのだ」と安藤は苦笑した。

●未来への階に
 騎士団の就任式がテレビ和歌山の放送で報じられ、正式に騎士団が起動した。
 グレーの詰襟を着たディラスは和歌山に在住する和平否定派の者達への説得に回っていた。そう数は多くないが、転向を願うのはなかなかに難仕事ではある。最悪は他県への移住を勧める事も念頭に入れ、届けのあった住民票を元に訪ねる。中には「貴様は魔皇の尊厳を棄てた」と揶揄する声も挙がる。
「覚醒する前、我々は人として社会的存在だったろう。これも同じ。社会的存在となる為のペルソナだよ」
 食えぬ笑みを残し、次の場所へ回る。
 災害救助等での地道の活動が否定的な人の考えを時間をかけて変えてくれるだろう。
「まぁ、まだお互いに壁も衝突もあるだろうけど、そこを上手くやれれば、いつかは皆の理想が形になる」
「全てが納得する答えなどありません。それでも、歩みを停めるわけにはいかない。歩き出したら歩き続けるしかない‥‥迷いながらでも‥‥」
 電我と風樹が涼風の入れた日本茶で一息つく。終わりなき旅の始まり、その果てにある答えに必ずいつかは辿り着く。その過程が果て無く険しくとも‥‥。
「怒り、復讐心は確かに『力』となる‥‥でもね、それに縛られていては、見えないものも確かにあるんですよ」
 遠くを見つめながら、風樹が誰とは無しに呟いた。 
 
 スポーツチャンバラの会場。たすきがけに鉢巻の道着姿のシエラが勇ましく中央に立つ。騎士団名募集の『夢日記』が通らず、少し別方向に気合が入っている模様だ。
「うふふ〜、どうやら私のムツエンメーリューが日の目を見る時が来た様ですねぇ〜!」
「‥‥なんか違うぞ、それ」
 腕を組んで仁王立ちのシエラを見て、脱力するゼールガ。
「魔皇でもあんな真似は出来ないって‥‥」
「いや、それ以前に、あれは無手で刀は使わない‥‥というか、それは八つ当たり」と突っ込むが、馬耳東風。シエラは腰のエアーソフト剣を抜き放つ。
「さー、どこからでもかかってくるで〜す」
「聞いてないだろ、おい」
 泣きたくなってくるゼルーガだった。

 見回りから戻ってきたグレーの制服姿の琳。西九条を呼び出し、大きく深呼吸を一つ。
「わたし、和歌山に永住するつもりなんですけど‥‥その。空人さんも和歌山で一緒に暮らしませんかっ!?」
 一大決心を一息で言い切り、真っ赤になる。
「‥‥って、やっだぁ〜! わたしったらプロポーズみたいっ!」
 いつもと言えば、いつもの事。相変わらずの良い音が響いた。
「あ」
「‥‥空人も哀れと言うか、成仏しろよ‥‥」
 木陰で聞いていた和馬は南無と合掌する。
「空人さん、大丈夫?」
 しかし、そこで幻の右にひるまない辺りが今日は一味違う。
「これが返事だ。下宿か同居か、判断は任せる」
 琳の手にスペアキーを握らせる。こうなる事を予測して、西九条が用意していた一軒家の‥‥。
「えっ? えーーー!?」
 流石の琳も突っ込む余裕はなく、あたふたと混乱していた。

●遠きにありて想う心
「僕はこれから東京に戻って、殺さなきゃいけない人を沢山殺そうとします。これが僕の目指す平和への道だから‥‥」
「それもやむを得ない事だろうな」
 電我の眼差しに安藤が頷く。言葉で説いても止められぬ者はやはり力を行使するより術はない。東はそんな混沌のまま、再び空を紫に染め上げる。
「いつか和歌山に騎士団が不要な位の平和が訪れる事を祈っています。それだけ言いたかった」
 欄と共に一礼して立ち去ろうとする電我の背に、安藤は手向けの言葉を贈る。
「背負いすぎるなよ、少年。もう少し気楽にな」
 片手を上げてそれを受ける。欄を伴い、その目に和歌山の町並みを焼き付ける。
「又ここに来たいね。その為にも、守らないといけない」
 まだ思い浮かぶのは屍ばかり。だが、その中に一瞬だけ浮かぶ風景。彩那の笑顔や平和になったこの街並みが見えた。自分のなすべき事を確認し、満足そうに電我は歩き出した。

 東で戦う同志達を思い、過ぎ行く感慨にディラスは浸っていた。
 PBMを始めて幾星霜。色んなPLに出会い別れた。今も尚戦い続ける者、辞めた者、MSになった者、そして、あげくはPBM会社を作った者。その末路は様々だが、その者達の想いは消えない。
「ディラスー」
 智のハリセンに現実へ引き戻されたディラス。
「な、何だ?」
「会社設立するのはいいけど、マスター出来る人なんて‥‥呼ぶにょ?」
 この和歌山の地でPBM企画会社を設立させるのは良いとしよう。だが、必要な人材は今の所、ディラスと智しかいない。
「心配ない」
「ふーん、なら良いけどにゃ」
 関西圏にはかつて存在したPBM会社の関係者や今は埋もれてしまったベテラン、在野プレイヤーが存在する。幾つか心当たりある彼らを招聘すれば、即戦力になるだろう。ディラスの戦いも今始まったばかり‥‥。 

 西九条が走らせていた万年筆を置く。パソコンに向き合い原稿を書く事がほとんどだが、琳に貰った贈り物で彼女達を綴りたいと思い、久しぶりにペンを執った。
「前途多難な神魔共存の元に戦う彼らに、この名を贈りたい。彼らこそ、陽のさす人の世界を夜闇より護る月の盾、『月盾騎士団』の名を」
 そう結ばれた本が店頭に並ぶのはもう少し先の話である。