■共に過ごす明日へ■
商品名 流伝の泉・ショートシナリオEX クリエーター名 花見坂乾
オープニング
●五月雨
 緑に覆われた和歌山城の上空に浮かぶ和歌山テンプルム。
 最近は梅雨のように雨が多い日が続く。曇り空を見上げながら、サリトリアが目を細める。
「また降るのか‥‥」
 その隣りで書類を抱えたマリトゥエルが同じように空を見つめる。
「今週はこんな天気が続くらしいわ」
「やれやれ」
 首を振って歩き出すサリトリアに、思い出したようにマリトゥエルが話しかける。
「そうそう。この前のサーバントだけど、元気だそうよ」
「ああ、お嬢が預けられた、あのハクビシンか」
「『殺すのが偲びないから』と捕獲した者達が届けて来たのをマリトゥエルに預けたのだったな」と思い出すサリトリア。今は神帝軍の管理するサファリパークで暮らしている。
「サファリパークといえば‥‥」
 そこを任されたグレゴールの事をふと思う。彼はまだ因縁に悩んでいるのだろうか‥‥?

 白浜のサファリパークの奥にある、白浜インファントテンプルム。
 地中に埋もれるそれを火凪・煉が見つめている。また降り出した雨がその身を濡らすにも関わらず、傘もささず立ち尽くしたままだった。頬に流れるは涙か雨か、それを察する事は難しい。
「煉‥‥」
 サラフィルがそっと傘をさし掛ける。かける言葉に迷い、ただ見守るしか出来ない自分を恥じるようにも見えた。
「分かってるんだ‥‥誰かを憎んだ所で姉さんが帰ってこない事位。だが、どうしても‥‥」
 火凪の独白に胸を締め付けられるように眉根を寄せるサラフィル。
 唯一の肉親を失った悲しみ、護れなかった自分自身への怒り、そして、殺した者達への憎悪。行き場のない想いだけが彼の中に渦巻いている。想いが深ければ深いほど、それを押し留める事は困難。今、その憎しみの矛先が奪われ、行き詰まった想いは抱えたまま‥‥。
「どうすれば良いんだろう? 姉さん‥‥」
 天を仰ぐ火凪の背をそっとサラフィルが抱きしめた。

 野中の清水に浸かる若い巫女が一人。告げられた一つの事実が彼女の心を乱していた。「寿命死であれ、逢魔が死ねば、魔皇は暴走する」と。
 今年で齢100を数える彼女の逢魔も例外ではない。まだまだ元気だが、いつ寿命が訪れるとも限らないのだ。
 知りたくなかった事‥‥人としての幸せを望みながら、そうある事を否定された目の前の現実。
「もしそうなった時、私は‥‥」
 人にも神魔にも迷惑をかけてはならない。愛する人との別れを覚悟し、自ら命を絶つ。今はこれしか術がない‥‥。
「折角この地にも訪れた平和を自分の存在で壊す事だけは決して‥‥してはならぬ事だ」と巫女たる魔皇は思った。

●平穏な日々
 テンプルムのあるエリアを中心に、騎士団は地元の警察や自警団達とも協力し、徐々に活動を始めていた。
 和歌山テンプルムのある和歌山市には騎士団本部が設けられ、コマンダーのヴァルフェルがマリトゥエルといったファンタズマ達と管理を行う。 
 インファント管理のグレゴールが中心となり、高野山では葵・洸稀が僧達を纏めつつ、ハマドリュアスと共にその一帯の警戒を任され、潮岬では風早・嵐とエリアエル、熊野は大地・土萌とガイエル、白浜が火凪・煉とサラフィルが担当となる。
 他のテンプルムの無いエリアは水越・海霧とサキエル、錦部・彩那とサリトリアと言ったグレゴール達が主な対応にあたる。
 そして、和歌山に暮らす事を望んだ魔皇や逢魔達も彼らと共に‥‥。

「皆様のおかげで、和歌山に平穏になりました。お疲れ様でしたわ」
「まだまだ、これからが大変ですぅ」
「はい、そうですね。もっともっと皆様に頑張って貰わなくてはなりませんね」
 ご機嫌な笑みを浮かべて語る逢魔の伝・氷魅華に、集まった一同がほっとする。誰もがいつまでも平和が続くように祈らずにはおられない。
「で、今日は何の仕事だ?」
 真剣な顔で聞く魔皇に首を横に振る。
「いえ、お仕事はお休みです」
「へ?」「はぁ?」「いいの?」
 気の抜けた反応になるのは仕方が無い。最近はやれ会談だ、和平交渉だ、と緊張し続きの面倒な依頼が続いたからだ。
「はい。余り和歌山でゆっくりなさった事は無いでしょ? いつもお世話になっているお礼ですわ」
「必要経費は出すので、好きに遊んで来い」と言いたいらしい。
「やったー!」
「あ、しつもーんー」
「何ですか?」
「お勧めな食べ物屋さんってあるー?」
「えっとそうですわね」
 どこからともなく取り出したガイドブックを開く。
「やはり黒潮の海で取れた魚介類がお勧めですわね。後は精進料理や山菜料理、和歌山ラーメンの食べ歩き等もありますわね」
 お店や名所の書かれたガイドブックと軍資金をそれぞれに渡す。
「あ、連絡事項ですけど。騎士団に所属希望なさる方はわたくしまで、ご連絡をば。後は既に所属なさっている方は担当エリアと住む場所を決めて頂く必要がありますので、現地を下見して考えてみて下さいね」
「お土産もお願いしますわね」と笑顔で見送られ、魔皇達は和歌山の町へと繰り出した。
シナリオ傾向 お休み・自由・日頃の感謝
参加PC シエラ・ザルーコフ
常葉・琳
鷹村・夢
月島・日和
白鐘・剣一郎
火村・勇
逢薄花・奈留
風海・光
ディラス・ディアス
大谷・楽
桜庭・勇奈
西九条・空人
共に過ごす明日へ
●春の終わり
「空人さん、鍵ありがとう〜♪」
 常葉・琳(w3b896)が新居の下見に向かったのを見計らい、木陰から姿を現した和馬(w3b896)。
「琳様に鍵なんて、正気かっ空人! 考え直すなら今の内だぞっ」
 がしっと肩を掴み揺する和馬の手を西九条・空人(w3i753)が止める。
「ふっもう決めた事だ」
 見つめ返す西九条に、軽く肩を叩いて手を離す。
「苦労するぞ」
「覚悟の上」
「何か問題があったら言ってくれ。すぐに対処する‥‥壊した家の補修もするから」
「その時は頼む」
 並んで遠くを見つめる二人の背に哀愁が漂っていた。

 ‥‥‥‥そんな出来事があって、早一週間。
 和歌山某所にある洋風二階建ての新居。白い瀟洒で玄関二つの二世帯住宅風。急に増えた居候二人により家事の量も倍増したが、静葉(w3i753)は充実した生活を送っていた。
「えっ、旅行ですか?」
 小首を傾げた静葉の髪がさらりと流れる。
「うん、新婚旅行☆」
「「違うっ」」
 琳にビシッと同時ツッコミが入る。
「行ってらっしゃい、留守はしっかり護ります」
 ぺこりと頭を下げて、家事に戻ろうとする静葉の手と襟首が引っ張られる。
「静葉ちゃんもー」
「一緒に来い」
「あっ‥‥その、人が多いのは‥‥遠慮‥‥ダメ?」
 大きく三人が頷き、あっさり却下される。
「うみーーーーーーーー」
 ♪あーる晴れた 昼ぅ下がりぃ 市内ぃへ続く道ー♪♪
 どこかで聞いたメロディが流れる中、静葉は引きずられるようにして連行された。

 蒸し暑い日の続く中、梅雨の声も南から聞こえ始めていた。
「うーもう夏服を用意した方が良いかも」
 逢薄花・奈留(w3f516)が手で風を送る。
「そろそろ衣替えの時期だしな」
 緑閃(w3f516)が相槌を打ちながら、順番が来たラーメン屋の暖簾をくぐる。テレビで取り上げられた事もあり、余り広くない店内も手伝って、順番待ちが出来る。
「えーと、中華そばを二つ」
 奈留が一息ついて注文した後、ぼーっと店の様子を観察し‥‥隣の男に視線が止まる。カウンターに置かれた緑の包みやゆで卵を勝手に食べていたからだ。
「え?」
 奈留の声につられ、緑閃もその男を見る。声と視線に気づいた男が苦笑する。
「食べる? 待っている間にコレを食べるのが和歌山流だよ」
「へ? あ、そうなんですか」
 「早すし」と書かれた緑の包みを広げて見せる。正体は鯖の押し寿司らしい。言われるままに二人で食べてみる。
「あ、美味しい」
「勘定は?」
「後で自己申告して払うのさ」
「へい、お待ち」
「お、来た来た。この臭いがたまらないね」
 特製中華そばをすすり出す男に呆気に取られながら、早寿司を食べつつ待つ事数分。奈留と緑閃の前にも中華そばが運ばれてきた。
「うっ」
 漂うとんこつの獣臭い匂いに顔をしかめる。梅花の形の蒲鉾と青葱の載った濃厚なスープ。臭いに慣れ、いざ食べてみると、とんこつの中に醤油味が口に広がる。ストレートの細麺も程よい。確かに評判になるだけの事はある。
「ご馳走様〜」
 手を合わせて、勘定を払おうとした奈留を先程の男が制す。
「ここは私が払おう」
「奢って貰うなんて‥‥」
「なに、逢った縁だよ」
 三人分の勘定を済ませる男に、不審げに緑閃が奈留を庇う。
「所で、あなた誰?」
 店を出て、思い切って奈留が問いかける。
「うむ」
 男は刷りたての名刺を渡した。

●携える手と手
 福山テンプルムから来た白鐘・剣一郎(w3d305)が沙玖弥(w3d305)を伴い、逢魔の伝・氷魅華の所へ顔を出した。
「和歌山は比較的早い時期から共存への道を探っていたようだな」
「はい。それが双方が望んだ事でしたから」
 白鐘から受け取った福山名物・虎屋の虎焼を早速、お茶を入れて食しながら応える。
「残念ながら、ここでの依頼には縁がなかったが、そういう事情もあってな。観光も兼ねて、色々と見させて貰おうと思い寄らせて貰った」
「そうでしたの。せっかくですし、ゆっくりしてらして下さいね」
 コマンダーへの面会の手配をして貰い、騎士団本部へと向かう。恭しく紳士の礼をし招き入れる男に、白鐘と沙玖弥が顔を見合わせる。
「まぁ、掛けたまえ。コーヒーでいいかね?」
「少しコーヒーには煩いのだよ」と苦笑し、自ら入れ始める。
「お前が‥‥いや、あなたが」
「意外そうな顔だな。和歌山テンプルムを預かるヴァルフェルだ。ま、主に安藤・一輝と名乗っているがね」
 噂通りの掴み所の無い変り種。少し思案してから白鐘が口を開く。
「呉から福山まで‥‥互いに剣を交えた好敵手が俺達との戦いの中から自ら選んだ平和への道だ。その友の為に俺も出来るだけの事をしようと思い、ここに来た」
「騎士団を参考に、か‥‥良い眼をしている」
 白鐘の眼差しに苦笑すると、騎士団の説明を始める。設立の由来・基本理念・活動内容。詳しい事は現場で聞くと良いと説明を終える。
「わだかまりがあっても、それが憎しみでないのなら、解決への道は必ずある。時には拳を交わす事で解り合える場合だってあるしな」
「厄介なのは憎しみだ。別方向への転換や発散を色々な試みを皆が本当に良くやってくれているが‥‥」
 人であれ神魔であれ感情の問題は一番に立ちふさがる。人は搾取で片付くかもしれないが、それでは意味が無い。そして、共存を望む地域同士の相互連絡は近畿から徐々に広げている最中だとも語った。
「ありがとう。参考になったよ」
「頑張りたまえ」
 本部を出た足で、騎士団の視察や住民からの聞き取りに向かう。
「さてと、せっかく来たんだ。終わったら羽を伸ばすとしよう」
「明日からまた頑張らないといけないしね。又こういう時間が持てる様に」
「そうだな。‥‥やはり、和歌山ラーメン巡りが基本か」
「私は温泉でまったりのんびりしたいわね」
「了解。確か‥‥」
 ガイドブックを広げながら、二人は観光客の波に紛れて行った。

「すまない。結局、和歌山の手助けが出来なかった事を許してほしい」
「どうして謝るの?」
「そうだ、気にするな」
「その気持ちだけで十分だ、青年」
 大谷・楽(w3h971)の謝罪にあっさりと錦部・彩那、紗璃、そして、白鐘との面会を終えた安藤が応える。
「氷魅華にも似たようなことを言われたか」と思いつつ、大谷が言葉を続ける。
「私の願った虹の掛け橋は皆のお蔭で現実の物となりつつある。本当にありがとう。これからも皆が笑顔でいられる和歌山を作っていって欲しい」
 頷く三人に安堵する。
「東京がそろそろけりがつきそうでね。これ以上、憎しみが広がらないよう努力するつもりだ。元気でな‥‥おっと、一つ聞き忘れていた」
「どうした?」
「出来れば、神魔、そして人が一緒に経営している飲食店はないかな? あれば教えて欲しい」
 ふるふると首を振る彩那。
「私もちょっと。グレゴールと人が経営している店なら心当たりはあるが」
「ふむ、そこは最近、逢魔の弟子と魔皇の居候が増えたと聞いたが?」
「‥‥意外と情報通ですね」
「伊達にコマンダーはしてないさ」
 「そう言う問題か」と内心でツッコミを入れ、場所を訊ねる大谷。
「ただ、高野山の精進料理メインの店なんだが、それでも構わんかね?」
 前置きして紗璃に書かせたメモを渡す。その礼ともう一度会う証として、大谷は懐中時計を彩那に渡す。
「いいの?」
「ああ」
「うん、大事にするね」
「では、わたくしはこれを」
 黙って控えていたセーラ(w3h971)がクッキーのラッピング包みを渡す。
「わーい」
「良かったな、お嬢」
「それじゃ、又な」
「達者でな」
「元気でねー」
「良い旅を」
 三人に見送られ、本部を出た大谷とセーラ。
「さて、食いに行く前に‥‥」
 こほんと咳払いする。
「俺は君を愛している。色々すっ飛ばすが、君を愛している。俺と人生を共にしてほしいっ」
 照れ隠しにセーラとは顔を合わせず、一気に言い切る。しばらく何の反応も返らない。恐る恐るセーラを見ると姿はなく、視線を下ろすと‥‥。
「待て! いつから気絶したんだ!」
 肝心のセーラが衝撃的な出来事に気を失っていた。
「おいっ 返事はともかく、聞いてなかったは勘弁してくれよ!」
 抱き起こして揺する大谷にゆっくり目を開くセーラ。
「嫌ですわ」
「え?」
 思いっきり曇る大谷に勘違いさせた事に気づき訂正する。
「あ、そう言う意味ではないですわよ。ちゃんと聞こえてましたの」
 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、そっと唇に柔らかい物が触れる。ほんの一瞬で離れ、頬を赤らめた彼女の顔が間近にある。
「それがお返事と言う事で」
 恥ずかしそうな表情で呟く声に、大谷は愛しい者の唇を奪った。
 その後、真テラーウィングをはためかせ、セーラをお姫様抱っこで観光して回る大谷の姿があちこちで見かけられた。

●戦士達の休息
「梅干し食べて、スッパ‥‥」
「それ以上言うと、著作権コードに引っかかるにょ!」
 言い終わらぬ内に智(w3h061)のハリセンで沈むのはディラス・ディアス(w3h061)だ。何となく見慣れた光景になりつつある。
 藤白神社から始めた旅も現在は担当エリアに希望する田辺市。弁慶生誕の地でもあり、闘鶏神社の熊野水軍に纏わる史跡もある。ここから白浜を経由し、熊野古道や龍神温泉にも足を伸ばそうと考えていた。

 鷹村・夢(w3c018)はデューシンス(w3c018)と共に親友の月島・日和(w3c348)に誘われ、白浜に来ていた。
「今まで依頼で訪れた事の無い土地だからこそ‥‥大切な人達とステキな思い出を作るのに相応しい場所だ」と思い、それに応じた。
 日和自体は京都出身な事もあり、和歌山へは何度か来た事はあるが、友達や悠宇(w3c348)と一緒の旅行は覚醒してからは初めてだった。日和の従弟・桜庭・勇奈(w3i287)も加わり、とても楽しみだった旅行が始まる。戦いの連続で多忙を極めた彼女達にとって、友人達と過ごす久々の休息は大切な時間なのだから‥‥。
 桜庭はカップル二組を見て、首を捻る。何かお邪魔虫になっているような気がしないでもない。
「ホントに一緒で良かったのかなぁ」と思うものの、言うとあっちが気を使うだろうから、それは胸の内に閉まっておく。
 デューシンスの運転するレンタカーで名勝を見つつ臨海エリアに入り、海で一息入れる。予定ではこの後、昼食は本場の和歌山ラーメンを食べ、午後からは白浜のサファリパークへと向かう事になっている。
 泳ぐにはまだ早く水着は持ってきていない夢と日和は裸足で水に浸かってみる。やっぱりまだ冷たい水温が体を冷やすが、友達と一緒だから楽しい。
「なーなー悠宇兄ぃ」
 ちょんちょんと肩をつつく。
「何故に詰め寄られないといかんのか」と内心溜息をつく悠宇を他所に、日和が居ない時を狙っていた訊ね事を口にする。
「日和ちゃんの事、ホントに幸せにしてくれるのか?」
「‥‥あのな」
 今度ははっきりと大業に溜息をつく。
「お前に聞かれなくたって日和の事、誰よりも大事に、幸せにするぞ」
「信用無いのか、俺は」と言いたげな顔にへへっと舌を出して笑う桜庭。
「いや、別に信頼してないわけじゃないんだけどさ。一度どうしても直接聞いてみたかったんだよ」
 初恋の相手でもある従姉が幸せになってくれないと、やはり心配なのだ。
「そんな心配してる暇があるんなら、一緒に来い。釣りでもしようじゃないか」
「‥‥釣り?」
「せっかく楽しめる機会を無駄にする奴があるか。いいよな、デューシンス?」
 二人を黙って見守っていたデューシンスが微笑んで頷く。
「ふっ望む所だ。やんちゃ坊主と呼ばれてきた俺に敵うと思ってるの、悠宇兄ぃ?」
「む。勝負するか?」
「勿論」
「仲が良いのか悪いのだか‥‥」
 争うように釣り道具を担いで駆け出す二人をのんびりとデューシンスは後を追った。

「観光観光〜♪ とりあえずぅ〜こことこことこことぉ‥‥」
「全部、日本庭園じゃないか」
 シエラ・ザルーコフ(w3a218)が地図で指差したのは庭園のある根来寺や高野山の辺りなのが流石と言うべきか。いつもながらゼルーガ(w3a218)は泣きたい気分になってくる。
「俺は那智勝浦とマリーナシティかな」
「じゃ、全部回っちゃいましょ☆」
「史跡巡りにぃ温泉巡り、日本庭園巡りですねぇ」
 何だか和歌山を一周しかねない旅行となりつつある。西九条は取材を抜きにして保護者代わりの同伴だが、琳とシエラは一応『月盾騎士団』のPRする仕事を兼ねるつもりらしい。
「よし。いざ行かん!」
 何故か彩那と紗璃も誘われ、賑やかな一行が那智勝浦を目指して旅立った。

 火村・勇(w3f354)とリース(w3f354)は貴志川の苺狩りの折に捕獲し彩那に預けたハクビシン型サーバントの様子を見に、白浜のサファリパークに来ていた。
 和歌山の貴重な観光スポットの一つだが、その奥にインファントテンプルムが有る事は余り知られていない。今来ている夢もそうで、日和はインファントも見たいとは思っていたが、夢が純粋にイルカやパンダの赤ちゃんを見て楽しむ姿に触れずにおこうと思った。
 どこにハクビシンが居るのか火村が見て回り、火村の後をリースがとてとてとついて行く。途中、飼育係の格好をした少年・少女を見かけた。
「えらく賑やかだな」
「魔皇達一行が観光に来ているらしいわ」
 少女の言葉に少年の片眉が上がる。それを見逃す少女ではない。
「駄目よ、煉。平常心、平常心」
 宥める声にふいとそっぽを向く。
「魔皇とは言え、お客様は神様なんだから」
 聞いているのかいないのか、そのまま仕事に戻る少年に溜息をこぼす。 
「すみません」
「あ、何でしょう?」
 魔と言う言葉と漏れ聞いた名前に思い切って声を掛ける。ここの管轄者が彼女達に違いないと。
「ハクビシンがこちらに居ると聞いたのですが」
「あ、もしかして‥‥預けられた方達ですね。こちらへどうぞ」
 すぐに分かったのか咲羅(さら)と名乗った少女は二人を案内した。
 ハクビシンは思ったよりも元気そうで、初めて遭遇した時より肥えているように見えた。リースが手ずから餌を上げるのを嬉しそうに食べている。
「あの時、殺さずにいて良かったのかも知れない」と改めて火村は思った。

 その頃、咲羅と別れた火凪・煉はディラスから『はぢめてのPBM』を渡された。
「何だ、これ?」
「PBMの紹介冊子だよ」
「ふーん」
 ぱらぱらと中身を見る火凪にディラスは己が始めたきっかけを口にする。
「『別れ』の痛みを紛らす為に始めたのさ」
 ぴくりと反応する火凪を見て、言葉を続ける。
「死に場所を求める私・PCは物語の中で死に場所を得た。その最後を読んで、憑物が落ちた。完全ではないけれどね」
 視線を冊子に落とし合わせないようにしている火凪からは動揺が見て取れた。
「それ位の事ができる可能性がPBMにはある。和歌が想いを昇華するのに似たものがね。活動を見守って貰えたら光栄だよ」
 言いたい事を終え、きびすを返すディラスにぽつりと呟きが耳に入る。
「俺でも参加出来るのか?」
「誰でも最初は初心者だよ」
 そう笑い、立ち去る背中を火凪はしばらく見つめていた。

 那智勝浦に着いた一行はまずホエールウォッチングを楽しんだ。
「コレを見ると、人の小ささに気づく‥‥本当に神魔の争いも、ちっぽけなものに思えてくるな」
「そーですねぇ。海は大きくてぇ、深くて優しいですぅ。日本庭園と同じで安らぎますねぇ」
 自然のままに跳ね、泳ぐ雄大な鯨や海豚を眺め、感慨深い気持ちになる。キラキラと静葉は黙って目を輝かせていた。
 太地にある鯨料理店で昼食を取り、そこで氷魅華の土産に鯨肉と鯨珍味の詰め合わせを買う西九条。その他にもこっそり土産物屋で別の土産を入手したようだ。
 琳も氷魅華への土産をシエラ達と一緒に選び買い物を済ませ、本来の目的を果たす事にした。
「よってらっしゃい、見てらっしゃいですぅ」
 てんつくてん
「どうぞ、どうぞー」
 シエラの玩具の甲冑姿に、泣きながら打つゼルーガの鳴り物。物珍しげに寄って来る者達にビラを手渡していく紙の裃姿の琳。さながらチンドン屋の行列。その後に続く侍姿の和馬は配られているチラシを見て一抹の不安を覚える。
「本当にこんなチラシで騎士団の理解が深まると思ってるんだろうか? むしろ誤解が広がりそうなんだが‥‥」
 その内容は言わぬが華だろう。西九条は遠巻きに愛用の万年筆で手帳にその様子を書き止め、静葉はその後ろでオロオロしている。紗璃は他人の振りがしたいらしく、彩那は楽しそうに見物中。
「あ、土萌お姉ちゃん」
「あら、精が出ますわね」
 どこかおっとりした雰囲気が氷魅華を思い出す。那智一帯を管轄している大地・土萌が顔を出した。
「騎士団の活動を正しく理解して貰うには必要だよねっ」
「はーいー騎士団の活動を地元に根付かせていく為の活動ですぅ」
「それはそれはご苦労様です」
「いや、そこで労われても」
「つーか、どう見ても遊んでるだけ‥‥」
 和馬とゼルーガが突っ込みたい所だが、初対面相手にいささか戸惑う。 
「小さい事からコツコツと、だよね」
「残された私達が今までの戦いで失われた沢山の人達に出来る事はぁー死んだ人が目指した未来よりも、もっと良い未来を目指して頑張る事ですぅ〜。絶対に出来ると‥‥私は信じていますよぉ」
「‥‥‥‥どうやら明日、和歌山に超大型の台風が直撃しそうだな」
 珍しくまともな発言にゼルーガを始め、驚きの頷きがいくつか。
「ええ、その為にも一緒に頑張りましょうね」
 差し出された土萌の手を琳とシエラが力一杯握り返した。
 
●確かめ合う絆
「ごめん、翼ちゃん。今のボクのお小遣いじゃあ、これが精一杯で‥‥」
 謝る風海・光(w3g199)にふるふると首を振る翼(w3g199)が頬を染めてポツリと呟く。
「光くんと一緒なら‥‥どこでも良いの」
「翼ちゃん‥‥」
 彼女の微笑が幸せな気持ちにしてくれるのを感じ、そっと抱き締める。京都で結婚式を挙げた後、二人は近場の和歌山に新婚旅行に来ていた。しっかり手を繋ぎ海中公園や浜辺を見て回った後、海辺のリゾートホテルに泊まる。
「お元気ですか? ボクはとっても元気です。でね、びっくりしないで下さい‥‥と」
 昔好きだった人に宛て、結婚と新婚旅行の報告を兼ねた絵葉書を書く風海。どこか楽しげな風海に、翼はちくりと棘が刺さったような胸の痛みを感じた。ずっと想っていた恋が叶い、こうして幸せな時を過ごしているけれど‥‥。
(「本当に私で良かったのかなぁ」)
 苦しくなる胸。だが、視線をそらせずにいた。風海は気づかずに翼との幸せな時の想い出を絵葉書に綴る。
「いつかまた、二人で幸せな姿を見せに行くから、お元気で!‥‥よし出来たっ」
 立ち上がった風海と視線が合ってしまう。
「あ‥‥」
 ばつが悪そうに背を向ける。そむける前に見た、とても寂しそうな瞳。彼女を不安がらせていたのだと判るには僅かな時間。ぎゅっと後ろから抱き締める。
「ごめん‥‥心配させちゃって」
「だって、光くん‥‥まだ‥‥」
「ううん。今ボクが一緒に歩んでいきたいのは、翼ちゃんだけだから」
「ほんと?」
 翼が振り返り、風海を見つめ返す。
「やっと気が付けた、とっても大切な想い。それに気づかせてくれたのは翼ちゃんなんだよ」
「この幸せを信じても良い?」
「うん。もう不安になんて、絶対させないから」
 そっと触れた翼の頬の温もりを感じながら口づける。それはまだ拙くも想いの込もった一瞬の永遠。

 夜は白良浜に近い温泉旅館に宿を取る夢達。男性部屋と女性部屋に分かれるものの、夕食は一緒に海鮮料理を楽しむ事にする。新鮮で美味な魚貝類に舌鼓を打った後、温泉へ‥‥。
「おおっ露天風呂!」
「混浴もあるのね」
 はしゃぐ桜庭の隣でふと日和が悠宇と視線が合ってしまう。
「だ、駄目よ。恥ずかしいから」
「日和さーん」
「ほら、夢さんも呼んでるし」
「ちっ」
 そそくさと女湯へ向かう日和と夢を見送り、男性陣も男湯に。
「日和さんって、意外と胸大きいんですねぇ」
「え、そうかしら」
「私、スレンダーだから‥‥」
 背中を流し合いながら、しょんぼりする夢。
「でも、それが魅力的だと思うけれど?」
「ありがとう、日和さん。よし、温泉コンプリートしなくっちゃ!」
 気を取り直した夢が日和とふらふらになるまで温泉に浸かり倒し、男性陣に介抱されたのはそれから数時間後の事。

「あ、そうだ」
「今度は何だ?」
 又嫌な予感がした悠宇に「あ、悠宇兄ぃはいいから」と桜庭が釘を刺し、デューシンスの方を向く。
「どんなシチュエーションで、どんな台詞で告白したの? やっぱり気障な状況下で、気障な台詞?」
「そんな事、聞くなっ」
「男前のデューシンスさんがどんな風にやったのか、心底興味があるんだけどな」
 悠宇のツッコミも馬耳東風。デューシンスに詰め寄る。
「それはだな‥‥」
「それは?」
「教えない」
「えー? 次に好きな人が出来た時の為に参考にしようと思ったのにー」
「明日も早いぞ」
 デューシンスと悠宇が布団に横になるのを抗議する桜庭。
「言うまで寝かせないぞっ それに夜更かししてしゃべるもんだろー?」 
 女子部屋でも二人が一年を振り返って、思い出話をしていた。布団を並べて話す光景は修学旅行を思い出させる。
「覚醒からこっち、戦いに明け暮れた日々も早一年‥‥こうして友達ができ、一緒に旅まで出来るようになるなんて思ってもみなかったです」
「色んな事があったですね」
「良い事も悪い事も‥‥」
 少し暗くなった空気を払うように夢が提案する。
「あ、そうだ。朝、海岸散歩しない?」
「良いですね」
「それじゃ早起きしないと」
「「おやすみなさい」」
 昼間の遊び疲れか、すぐに眠りに落ちた。

 今日も暑くなりそうな朝の日差しが射す中、白良浜を散歩する日和と夢。
「一番大切な友達、夢さん。これからも厳しい事もあるでしょうけれど、いつ何時でも今日の日の事を懐かしく思い出せるように‥‥」
「これからもずっと友達でいて下さいね」
 言おうとしていた言葉を先に夢に言われ、微笑んで言葉を継ぐ。
「ええ。一緒におばあちゃんになるその日まで、ずっと友達です。約束ですよ?」
「うん、日和さん。神帝軍が来て辛かったけど、皆に出会えた事には感謝したい」
 昨日用意しておいたパールのイヤリングを片方と、臨海で拾ったお揃いの綺麗な貝殻を贈り合う。今日の日の思い出と、変わらぬ友情の印に‥‥。

●PBM戦記
「早寿司も和歌山ラーメンも美味しかったし、ライトアップされた夜の和歌山城も綺麗だった‥‥けど。どうして? 何で私、こんなところで事務作業しているの?」
 ラーメン屋を出て、どの位経ったのだろう。気がつけば、奈留と緑閃はPBM企画会社で働いていた。諸悪の根源はここの主・ラーメン屋で出会ったあの男。ディラスと名乗り、言葉巧みにここへ連れてこられたのだ。
「3年間の契約が終わるまで、京都には帰れないのね」
 よよよと泣き崩れる奈留。しかし一度結ばれたエトランゼの契約は重い。緑閃は全て事情を聞いたらしく、色々と情報収集に回っている。知らぬは奈留ばかり也。
 ちなみに、ディラスは智に「『川に流れていたのを拾った』『流れ星が落ちた所で見つけた』等と訳の判らない理由で拾ってきた」と説明したらしい。智が胡散臭げにディラスを見、溜息の後、憐憫の眼を奈留に向ける。これから彼女の身に降りかかる事を思っての事だ。
「いい娘なのに、PBMに関わるなんて‥‥不幸だね」と口には出さず。
 簡単な適性検査を行い、奈留に仕事を割り振るのが智に加わった新たな仕事。
 ディラスは「手頃な人材が手に入った」とほくそえみ、更に観光も兼ねながら和歌山にいる者や昔のコネを使い、人格的に問題がなく有能な人材集めも進めていた。有望な人物を捉まえ無垢な新人を騙くらかし手段は選ばない。それ程までに人材確保は性急な命題だからだ。
「私はPLに戻るんだーっ」
「却下」
「いーやーだー」
「そう言わずに‥‥頼みますよ、花見坂先生」
「ぐすぐす。他のMSも引きずり込んでやるぅ」
 そうして、確保したスタッフのコネも用い、確実に増やしたと言う。

「それにしても‥‥」
 ふと奈留が自分の着ている制服に視線を落とす。騎士団の制服に似ているが、それは俗に言うメイド服。
「ねぇ、智さん、ディラスさん?」
 遠い目とニコニコしているだけの二人。しばらく悩んだが、緑閃が気に入ってくれている事で深く考えるのはよそうと思った。
「智、例の『荷物』はまだか?」
「何にもー。ほんとに来るの?」
「荷物か当人か来るはずなんだが‥‥」
 西東京にいる同志から「こっちはヤバい。近々そちらへ避難する」と連絡が届いたのだが‥‥ぱったりとそれから音沙汰が途絶えている。便りの無いのが無事な証拠なのか否か。不安は残るものの、こちらから動くリスクが高い。
「気長に待つとするか」
 逃れてきた人材に会社の表舞台を託すつもりだったのだが、当分は自分が頑張らねばならないだろう。
 教育や福祉、世代間・地域間コミュニケーションツールに、そして、やり場のない思い・感情を昇華させる場としての存在にPBMを用いようとの考えだ。西東京で果たせなかった『PBMの一般化』がディラスの使命。時間はかかるが、成し遂げると心に誓う。
 勿論、騎士団の仕事も忘れないが‥‥。 

●共に過ごす明日へ 
 シエラ希望の日本庭園巡りで高野山へやってくる。普門院・宝善院・天徳院と言った庭園は一部、一般公開されていない貴重な物だが、何とか頼み込んで見せて貰う。いつか約束した「皆で日本庭園を見に行く」という夢が叶った。
 感激の声を上げながら、シエラは思い出したように呟く。
「和歌山は平和でもぉ、今も何処かで戦いが起こっているんですよねぇ。色々な所で知り合った皆、無事かなぁ‥‥」
「神にでも祈ってみるか? 皆が無事であるように、って」
「そーですねぇ、コーボーダイシさんに御願いしてみましょー」
「‥‥それは神じゃないぞ。確かに、スーパーヒーローに違いないが」
「どっちも似たような者ですぅ、お参りするですよぉ」
「違うって、だからな」
 ゼルーガのささやかな報復も暖簾に腕押し。それが彼女らしいといえばそうかもしれない。「ま、いっか」と笑う。これからも長い付き合いになる。
 金剛峰寺に参った後、今夜の宿にするホテルの有る海洋都市近くにも有る日本庭園・番所庭園と養翠園にも寄るつもりだ。
 風海は海洋都市に辿り着いたものの、お小遣いも渡された軍資金も底をついていた。心配げに翼が見つめるのを力なく微笑み返し、途方に暮れながら歩く‥‥そこへ救いの神が現れた。
「あれ? 光ちゃんだ」
「あっ、こんにちはー!」
 顔見知りの琳に発見され、元気に挨拶して、ちゃっかりと合流を果たす。小声で袖を引く翼に「いいから、いいから」と笑顔で返す風海。西九条にたかろうという魂胆らしい。実際には当面の資金は借りるという事で何とかなったりしたが。

 和歌山ラーメンを食べ一通り和歌山を満喫した後、火村はある決意を持って、氷魅華の元を訪れた。神魔が新たな一歩を踏み出した中で自分に何か出来る事を模索する為に。
「お邪魔しますよ」
 散策で外していた猫耳と首輪を付け直したリースがひょっこり顔を出してお辞儀する。
「あら、お久しぶりですわ」
 氷魅華がぺこりと頭を下げる。
「騎士団の申し込みに来ました」
「まぁまぁ、ありがとうございますわ」
 嬉しそうに微笑む氷魅華の用意した誓約書と書類に記入する。その間にリースがお土産の猫耳と謎ジャムを渡す。
「お土産ですわ☆」
「そうそう。お味はどうでしたか?」
 本来の目的の一つである謎ジャムの感想を訊ねる火村。
「はい、とっても美味しかったですわ」
 白の猫耳をつけてみせた氷魅華が応えた。銀髪と白い着物が白猫を思わせ、リースと並ぶと黒白の猫姉妹のように見える。
「おお。また持ってきましょう」
 「あの味はどうしても再現出来なくて」と貰った瓶を大事そうに抱える。
「神帝軍の皆さんにも一度食べて頂きたいですわね」
「それは‥‥」
 「やめた方が良い」と内心思った。あれは世間一般では決して美味な物ではないのだから‥‥。  

 海洋都市の夜空を花火が彩る。琳が歓声を上げながら見物している隣で静かに西九条も空を見上げていた。
「でも、わたしなんかに鍵を渡しちゃって良かったんですか? わたしは勿論、ずっと一緒に居られて嬉しいですけど」
 渡された時は舞い上がって聞けなかった事を口にする琳。
「空人さん、わたしと一緒に居たら悪趣味な人だと思われちゃうかも‥‥。だって、暴力女だし、子供だし‥‥あ。スタイルも良くない‥‥」
 視線が落ち段々落ち込んだトーンになる。
「そんな事を気にしていたのか」と苦笑し、琳の肩に手を添える。
「確かに仕事柄、美人には会ってるが、言っては何だが‥‥3日で飽きる」
 常なら周りから「おい」とツッコミが入るが、幸い気を利かせてか誰も居ない。
「そんな俺がずっとそばに居ても退屈しないと思ったのは琳だけだ。自信を持って良い」
「あ、はい。空人さんが大好きっていうのは誰にも負けないですっ」
 勝浦で買ったペンダントを取り出し、琳に掛ける。
「その元気な溌剌とした輝きを持ち続けている限り、俺はずっと傍に居る。迷ったり悩んだりする時は琳の進みたい方向に背を押す位の事は出来るから」
 サードニクスを咥えた鯨歯のイルカが揺れる中、静かなキスが交わされる。驚きの為か、流石に我慢したのか、琳に殴られずに済ます。
「不束モノですけど、末永く宜しくお願いします」
 ぺこりとお辞儀をして、はにかんだ笑顔を見せる。
「えへへ。何か照れ臭い☆」
「これからも宜しくな」
 組んだ腕の温もりがいつまでも続くように‥‥そして、この平和な時が悠久である事を祈って‥‥。
 
「君、18歳未満だろ?」
「あ、はい」
「それに、両親の同意も必要だぞ」
 旅行の帰り、市役所に出した婚姻届を返却された風海。正式に結婚を認められるのはまだ少し先の話になりそうだ。

 そんな穏やかな日々の中、和歌山に又暑い夏がやってくる‥‥。