■【C1GP】古の隠れ家8時間耐久コアヴィークルレース■ |
商品名 |
流伝の泉・ショートシナリオEX |
クリエーター名 |
菊池五郎 |
オープニング |
インプの密・パルステラが、古の隠れ家で『サーキット場の遺跡』を見付けて臥薪嘗胆半年。
遂にコースの全ての修復が終わった。
徳島県における神帝軍の情報収集の傍ら、古の隠れ家に来てはこつこつと修復してきた賜物である。
「もちろん、全ては魔皇様に喜んで戴く為ですわ」
パルステラの人化時の本業はレースクィーンだという。根っからのモータースポーツ好きのようだ。
「ピットゾーンが完備されているとは驚きでしたわ‥‥これを活かさない手はございませんわね。そうですわ! コアヴィークルの8時間耐久レースというのは如何でしょう。これならピットも活かせますし、今までより多くの魔皇様に参加して戴けますわ」
パルステラは早速、各隠れ家の伝に8時間耐久コアヴィークルレース開催の報せを伝えた。
魔皇が2人1組で参加し、ピットで交代しながら8時間走り続け、その周回数の多いチームが勝ちという、過酷なレースである。
あなたもチームを組んで参加してみては如何だろうか?
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シナリオ傾向 |
ペア |
参加PC |
イァラ・トレーシス
皇來・カグラ
水神・操
シーラ・イルゼムリヤ
堂島・志倫
山崎・健二
国木田・杏
永刻・廻徒
天剣・神紅鵺
執行・真里
シルフィーリア・神薙
国木田・樹一郎
篠原・朔羅
袴田・美貴
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【C1GP】古の隠れ家8時間耐久コアヴィークルレース |
●スタート前の人生模様
古の隠れ家の中心に建つ『黒き古城』。
その眼下の森の中に、インプの密・パルステラが発掘し、修復した『サーキット場の遺跡』が広がっていた。
「わたし、コアヴィークルのレースを見るのも参加するのも初めてですけど、イァラさんが誘ってくれたのですもの‥‥一緒に走って優勝を狙いたいです!」
「まぁ、勝つ事もさる事ながら、俺はシーラと一緒に楽しい時間が過ごせればと思ってるぜ」
シーラ・イルゼムリヤ(w3b852)はイァラ・トレーシス(w3a062)と腕を組み、黒き古城の前の崖からサーキット場の遺跡を見下ろしていた。
シーラは去年のクリスマスにイァラに告白されて付き合い始めたものの、今年に入ってからは神帝軍との激戦が続き、ゆっくりと会う暇がなかった。
そんな折りに伝からコアヴィークルグランプリ(=C1GP)の話を聞いたイァラは、シーラと久しぶりにデートをしようと誘ったのだ。コアヴィークルの運転に自信のあるイァラは、シーラに良いところを見せたい思惑があったのだが、肝腎の“8時間耐久”を見落としていた。
誘った手前、良いところを見せ続けたかったが、それが8時間も続くかどうかは疑問だった。
シーラからすればイァラの思惑は露知らず、純粋に久々のデートを楽しんでいた。
なお、逢魔・タロス(w3b852)と逢魔ヴィ(w3a062)もそれぞれシーラとイァラのサポートとして参加するが、二人に気を利かせて先にサーキットへ行き、エントリーを済ませていた。
「それにしても、これだけのコースを一人で修復するってのは恐れ入るよな。いいレースを見せる事でお返しにしたいぜ」
「パルステラさんって、相当レースが好きなのね〜」
パルステラと面識のないシーラに、本業はレースクィーンらしいとイァラが説明した。
このサーキット場の遺跡は、約2000年前に戦闘馬車(チャリオッツ)の競技場として造られた代物だと、基礎に記録が刻まれて残っていた。
チャリオッツ用の競技場故、コースの幅もコアヴィークルが走るには丁度よく、また、ピットゾーンやスタンド、照明(のような物)等、今のレース場と遜色のない施設が備わっており、レース好きのパルステラはコアヴィークルのレースを思い付いたのだった。
「流石に鈴鹿サーキットと酷似しているだけあって、コーナーが多いな」
「鈴鹿は日本、いや世界有数のテクニカルコースだからな」
「長丁場だから、とにかく無駄のないコース取りを基本戦術に、極力最高速を維持できるように回るのはどうだ?」
「下手にペースを抑えるより、耐久レースでもスプリントレースと同様に限界の一歩手前のペースで走れば、結果的にピット作業のロスを減らせるぜ」
皇來・カグラ(w3a422)と堂島・志倫(w3c846)は、下見の為にコースを歩いて見て回っていた。
「要注意なのは、テグナーカーブとスプーンカーブの後のストレートが交わる、平面交差だよね?」
「ああ。テグナーカーブからの突入は、コーナー直後でスピードが乗っていないから反対側からのコアヴィークルにも反応しやすいが、スプーンカーブの後はストレートになっているから最高速に達しているだろうし、すぐに130Rに入るから、視認は難しいだろうな」
下見に同行している逢魔・かなめ(w3a422)が、事前にパルステラから『クラッシュポイント』と説明のあった平面交差を確認していた。
日頃からバイクでの宛のないツーリングを好み、バイクに精通している志倫は、カグラやかなめにとって心強い相談相手だった。
「志倫さん、カグラさん、かなめさん、お疲れさまでしたわ」
割り振られているピットに戻ってきた志倫達に、肢体をワインレッドのレオタードで包んだ逢魔・アルティオーネ(w3c846)が、労いの言葉と微笑みと共に冷たい飲み物を差し出した。
『コアヴァークルレース、C1GPファンの皆様ご機嫌よう♪ いよいよ黒き古城杯8時間耐久レースの日がやって参りましたの』
その時、ピットのすぐ上にある実況・解説席から、自称“パルステラの妹”事“ぷよステラ”――シルフィーリア・神薙(w3g069)――の可愛くもお嬢な声が、サーキット場の遺跡に響き渡った。元々スタンド全体で声を響かせるように音響の設計がされていた。
ぷよステラは、表情のある可愛いスライムっぽい仮面はもちろんの事、悪魔の尻尾や蝙蝠の羽といったインプの偽オプションパーツを付け、悪魔の角はプラチナブロンドの髪を螺旋状に巻いてヘアムースで固めて作っていた。
『実況は篠原・朔羅(w3g812)様とその逢魔・薊(w3g812)様、解説はあたくし、ぷよステラと』
『‥‥ぷちステラです』
『でお届けいたしますわ♪』
ぷよステラ曰く、双子の妹“ぷちステラ”――逢魔・ミユ(w3g069)――は自慢の煌くブロンドのツインテールをドリル(=悪魔の角)にされて、かなり不満なようだ。
ぷちステラは雪だるまを作っては無人の実況席を埋め尽くし、無言の抗議を続けていた。
『こ、今回も、栄光のコアヴィークルグランプリチャンピオンの座と豪華賞品の為に、皆様、頑張って下さいませ♪ そうそう、優勝賞品はパルステラおねーさまの着服‥‥つまり、へそくりで賄われているそうですの♪ 何を隠していたのか、あたくし‥‥とっても楽しみですわ♪』
解説席を真剣な表情で見上げるカグラと視線が合ったぷよステラは、慌てて視線を逸らして解説の仕事を再開した。
カグラは前回のC1GPで『優勝したらシルフィーリアを養子にする』という賭けをしていたのだが、優勝を逃した事から今回も未だ続行中だったのだ。
「ふふふ‥‥へそくりとは聞き捨てなりませんわね‥‥ポケットマネーですのよ? 妹は姉がしっかりと躾をしなくてはなりませんわよね?」
『そ、それでは、ピットにいる朔羅様に、レース前の各選手の抱負を聞いて戴きましょう。朔羅様ー? ‥‥ぁぁ‥‥』
気が付けば、白地にエメラルドグリーンのアクセントが入ったレオタード姿のパルステラが、にこにこしながらぷよステラの背後に立っていた。
シルフィーリアは、パルステラなら妹を自称する偽物に扮しても許してくれるだろうと踏んでおり、実際、にこやかに微笑んで許してくれたのだが、妹になる事はカグラの養子になる以上に身(貞操)の危険を感じた瞬間だった。
もちろん、ぷちステラは、パルステラの躾は傍観に徹していた。
『こちらピットの朔羅と薊です〜。これから皆さんに〜、レース前の抱負を聞いてみたいと思います〜』
朔羅と薊は濃紺のロングドレス風のメイド服に身を包み、イヌ耳に尻尾を付けていた。朔羅は男性だが、何も知らされていない人が見れば、その立ち振る舞いや一見した容姿では、女の子と見紛うばかりに、見事にメイドになりきっていた。
「今回は孫娘に誘われて参加する事になった。しかし、翡翠の萌え基地“メガネラビー”の幹部筆頭である杏と、専属科学者の私が参加する以上、優勝も不可能ではない!」
「‥‥今度は優勝を狙っていきたいですが、男丈夫で武闘家気質の樹一郎お祖父様とはいえ、研究所に篭もりっぱなしでしたから、8時間の耐久レースは大丈夫か‥‥それが心配です」
国木田・樹一郎(w3g340)は、年長者の貫禄を見せ付けながら威風堂々と優勝宣言をするが、国木田・杏(w3d502)は優勝よりも祖父の身を案じていた。
「前回の反省を活かして、今回は『得意分野でアドバンテージを稼ぐ』作戦でいくよ。私と杏、樹一郎とラチェットの得意分野が何かは、当然、ヒ・ミ・ツだけどね」
「お祖父様には無理を掛けたくないですから、私が頑張ります」
「腐っても旧家国木田の当主、そんじゃそこらの若造には負けはせん! それに孫娘の晴れ姿も拝んでおきたいのだ。研究所に篭もっていたのも、今日の為に手製のレーサースーツを作っていたのだからな」
「あれ、マジだったのか!? って既に着てるし」
逢魔・リベライ(w3d502)と杏が作戦概要を告げると、樹一郎は自分と杏の着ているレーサースーツを指差した。それは色違いでお揃いのレーサースーツだった。背中に“芽駕禰羅彌威(メガネラビー)”と刺繍が施してあった。
このレーサースーツに施された秘密を知っている逢魔・ラチェット(w3g340)は、既に杏が着ており、かなりお気に入りの様子に手遅れだったと溜息を付いた。
「私はシーラ様の後ろに座り、ただ御身を護るだけ‥‥それ以上もそれ以下もない。シーラ様の御身を穢す者が居れば、その時は容赦はしない」
「見た限りでは、強敵揃いですわね。しかし、イァラさんもコアヴィークルのレースは経験しておりますから、引けは取らないですわ。もちろん、わたくしもイァラさんを支え、頑張らせて戴きますわ」
魔皇達がデート中で不在のピットでは、タロスとヴィがそれぞれのコアヴィークルの点検を行っていた。
「妨害は特にしないで、ひたすら走る事かな。単純に考えて、コアヴィークルに4時間は乗っている訳だし、できるだけ周回を増やしたいから、余計な事はしない。私はその方向で行こうと思っているの」
「おいらも美貴ちゃんと大して変わんないかな。とにかくひたすら走る! おいら的にはバシバシ走りたいけど、コアヴィークルに4時間も乗ってる経験ないし、メンタル切れでリタイアはやっぱりヤだしねぇ」
袴田・美貴(w3h205)は明るく上品に、執行・真里(w3f480)は元気一杯に答えた。二人とも気負っている様子は微塵もなかった。
「どんなレース展開になるか、今から楽しみではあるがな。私も一応だが心配はしているからな。まぁ、いつも通りの美貴で頑張れ」
「一応って何よー。イルベリーらしいけど」
「それだけ言い返せれば大丈夫という事だ。私もしっかりとサポートしてやるから、安心してレースを走ろう。ピットインしたらマッサージくらいはしてやるよ」
ぶっきらぼうだが、根は優しい逢魔・イルベリー(w3h205)らしい励ましに、美貴は最初は頬を膨らまして文句を言いつつ、次の瞬間、笑顔に変わっていた。
出会った当初は無口だったイルベリーも、美貴と付き合う内に感化され、最近では口数も多くなったとか。
「俺もできる限りすぐ側でサポートしているから、マリのやりたいように、気軽やるといい。そうすれば、後から結果が着いてくるだろう」
「おいらのやりたいように、か‥‥最初から飛ばしていくから、月影、頼んだよ〜〜」
「ああ。ただ、一つだけ言わせてもらうと、走っている時、頼むからギャグだけはするな。いいな?」
逢魔・月影(w3f480)は紳士的な物腰で、真里に発破を掛けた。紳士的でサッパリとしている月影に、真里はいつも何かと助けられていた。
今回も月影の言葉で、遠慮なく飛ばせると思い、「にこりん☆」と笑い掛けたが‥‥その矢先に、右手の中指で眼鏡のフレームを上げながら釘を刺され、真里の笑いは苦笑へと変わった。
次に朔羅が訪れた、永刻・廻徒(w3d716)と天剣・神紅鵺(w3d788)のピットは、実に対照的だった。
「やる気出しなさいって。神紅鵺さんとエルヴェイルさんも一緒なんだから」
だら〜と力無くコアヴィークルに寄り掛かる廻徒に、逢魔・久遠(w3d716)が懸命に活を入れていた。
「そうだなぁ‥‥それはそうと、旗を付けて走るのは無しか?」
「大会規定的には可能でしょうけど‥‥自分の行動を自分から阻害するようなモノは付けないで下さい」
「‥‥暴走族みたいで良いと思ったんだがな‥‥」
「全然良くないから」
「考えてみれば、旗持ってくるの忘れてたんだよな」
伊達と粋狂と冗談が行動理念であり、何時も変な事を考えている廻徒の性格を熟知している久遠は、その扱いも手慣れたものだった。
ちなみに旗というのは、結社グランドクロスが支配下に置いた地域に立てる旗の事だが、肝腎の旗自体を廻徒は持ってくるのを忘れたようだ。
「エルヴェイル、準備の方はどうだ?」
「汝が調達してくれた物は、全てコアヴィークルとと号電気投擲砲に搭載した。万事抜かりはない」
「そうか‥‥普通に走るのも面白いがな。果たして他の魔皇は、最期にどのような華を咲かせるか‥‥見物だな」
廻徒と久遠が夫婦漫才をしている横で、神紅鵺と逢魔・エルヴェイル(w3d788)は準備に余念がなかった。
準備が済んだコアヴィークルとエルヴェイルの持つと号電気投擲砲を、神紅鵺は憎悪と狂気を帯び、爛爛と輝く紅い瞳で見つめていた。自分の想いが届かない事を知りつつ、それでも尚、神紅鵺へ想いを寄せているエルヴェイルは、そんな神紅鵺にただただ頷くしかなかった――。
「もちろん、最初から全力で飛ばしていくさ。第1コーナーは俺が制す」
「流石は健二さん、大胆素敵だよね♪」
朔羅が山崎・健二(w3d139)と水神・操(w3b295)のピットに来る頃には、フリー走行5分前になっていた。
コアヴィークルにまたがり調子を確かめていた健二は、朔羅にマイクを向けられて、自信に満ちたコメントを述べた。後ろに座っていた逢魔・ベルティア(w3d139)は、健二の発言に思わず首に腕を回して思いっきり抱きついた。
「お、おい、ベル、離れろって」
「もう少しこうしていたいな♪」
「わたしも正々堂々と、堅実に走るつもりよ。耐久レースだから挽回のチャンスはきっと来るでしょうし、自分のペースを守って走る事が大切だと思うの」
「ま、妨害や危険は俺ができる限り察知しよう。その為に後座に座ってるんだからな」
健二とベルティアのラヴラヴを横目に、操と逢魔・白紋(w3b295)が抱負を語っていた。ベルティアが健二に甘えるのはいつもの事で、特に割って入って止める訳でもなく、ラヴラヴにやきもきする訳でもなく、可愛い妹が恋人と戯れている感覚だった。
C1GPのルールでは、魔皇殻とダークフォースの使用は禁止されているが、逢魔の特殊能力の使用は認められており、白紋も祖霊招来を活用するつもりだった。しかし、祖霊を呼べる時間は限られている事から、8時間という長丁場のどこで使うかが、白紋のパートナーとしての腕の見せ所だろう。
「それじゃ、行ってくる」
「‥‥後は表彰台の上でね」
「ああ‥‥俺には勝利の女神が付いているから大丈夫だ」
朔羅のインタビューが終わると同時に、フリー走行の時間となった。
フリー走行といっても、与えられた30分の間にコースに慣れ、タイムアタックをしなければならなかった。
このタイムアタックのペアの平均時間でポールポジションが決まるからだ。
先発の健二が準備を整えると、操がヘルメットのおでこに辺りにキスをした。健二は親指を立てて手を振る操に返事をすると、コースへと出ていった。
次々とコアヴィークルがコースへ出る中、ピットインタビューを終えた朔羅は解説席へマイクを戻した。
再び振られると、机の下でパルステラの躾を終えたぷよステラが身体を起こし、息が上がりながらもタイムアタックの解説を始めた。
この間、解説席の下で何が遭ったかは、ぷよステラとぷちステラ、そしてパルステラしか知らなかった‥‥。
●序盤〜それぞれの持ち味?
タイムアタックの結果、ポールポジションから順に真里と月影、健二とベルティア、廻徒と久遠、カグラとかなめ、樹一郎とラチェット、イァラとヴィの、総勢6台のコアヴィークルがグリッドに付いた。
スタートラインにはチェッカーフラッグを持ったパルステラが立っていた。
美貴とイルベリー、操と白紋、神紅鵺とエルヴェイル、志倫とアルティオーネ、杏とリベライ、シーラとタロスがピットから固唾を飲んで見守る中――。
一番下のレッドシグナルが点灯し――。
一つ上のレッドシグナルが点灯し――。
一番上のグリーンシグナルが点灯すると同時に、パルステラがチェッカーフラッグを振り下ろした――!
「ペーパードライバー歴3年の腕前、嘗めてもらっては困るな」
「まりりんのかれーなるロケットスタートを出し抜くなんて‥‥うぐぐ、悔しい!」
「ロケットスタートを決めたのに‥‥やるな、廻徒!」
『各選手、綺麗なスタートを切りました〜。健二さんと真里さんが華麗なロケットスタートを決めましたが〜、いきなり廻徒さんがこの二人をねじ伏せてトップに躍り出ました〜! 健二さんと真里さんがその後を追い〜、樹一郎さん、カグラさん、イァラさんと続きます〜!』
『廻徒様はタイムアタックの時もそうでしたが、スピード重視のようですわね』
廻徒の真後ろに真里と健二が並んで付き、第1コーナーへと飛び込んでいった。
廻徒はコーナー直前までスピードを落とさず、ギリギリのところで減速し、インからアウトへ抜けて加速した。イン側を走っていた真里も同じライン取りだが、アウト側を走っている健二は逆に、アウトからインへ、二人の内側へと入った。
健二が真里と廻徒のクロスラインを突いた形になったが、二人は辛うじて先行し、健二を抜かせなかった。
「直線では離されてしまうが、コーナーなら勝機は十分あるな」
「高速コーナーで抜くのは難しいよ。狙うならヘアピンカーブかカシオトライアングルといった低速コーナーだよ」
第2コーナー、S字カーブと抜けて、順位の変動はなかった。しかし、カグラと樹一郎、イァラはコーナー毎に追い上げ、逆バンクを抜けると、6台のコアヴィークルの差はほとんど無くなっていた。
「次のダンロップで仕掛けるぜ!」
「いえ、ヘアピンカーブと続くデグナーカーブで仕掛けた方が、抜かれ難いですわ」
コーナーリングを重視しているイァラは、ヴィの助言に従いデグナーカーブで樹一郎に仕掛けた。
ほぼ直角のデグナーカーブをアウトギリギリから入り、インをかすめてアウトへ抜けるという、ほぼ直線に近く、ほとんど減速をしない走行ラインだった。樹一郎もカーブでのタイムロスを削る走りをしていたが、ことコーナーリングに掛けてはイァラの方が一枚上手だった。
「俺にはシーラが、愛の女神が付いているからな‥‥なんちゃって」
「なにをぉ〜! この国木田が怯むと思うな!」
「ダメだ樹一郎! ここで加速してもすぐにヘアピンカーブが来るだろ」
頭に血が上りやすい樹一郎は、抜かれた事にムキになってスピードを出そうとするが、既にヘアピンカーブが迫っており、ラチェットが言い捨てて抑えた。
『最後尾のイァラさん、デグナーカーブで樹一郎さんをオーバーテイクしました〜! そのままヘアピンカーブでカグラさんを捉え‥‥またもオーバーテイクです〜!! 着実に順位を上げます!』
『イァラ様はスプーンカーブまで、健二様のスリップストリームに付きましたわね。スプーンカーブ進入時の、ブレーキングの勝負が見物ですわよ♪』
「よし、早速抜き返しを‥‥ごめん、無理だ」
ぷよステラの解説通り、スプーンカーブでは進入時のブレーキング我慢比べが行われた。トップで抜けたのはイァラ、次いでカグラ、健二、真里、廻徒、樹一郎と、順位が大幅に入れ替わったが‥‥。
「あっさり抜かれたー!? しっかりしろ、俺!」
「おいらのジツリキを思い知ったか〜〜☆」
やはりストレートでは加速力の伸びの差が出てしまい、イァラは平面交差後の130R手前で真里に抜かれてしまった。
真里、イァラ、カグラ、健二、廻徒、樹一郎の順で130Rからカシオトライアングルへと突入した。壮絶なインの奪い合いを制し、最終コーナーへトップで入ったのはカグラだった。
グランドスタンドの前を疾駆するカグラは、実況席の朔羅の姿を垣間見、苦笑した。カグラは朔羅と『4位以下になったら1日、イヌ耳のメイドの格好をして店で働く』という賭けをしていたのだ。もちろん、志倫には一切明かしていないし、巻き込んでいないが、シルフィーリアの他にも負けられない理由があった。
●ピットイン
ピットインするとロスタイムが避けられない為、極力抑えた方がいいのだが、長時間走ると今度はドライバーの集中力が欠けてくる。
故に耐久レースでは、ピットインの配分が勝負の分かれ目になる。
但し、ピットインといっても、燃料補給を必要としないコアヴィークルの場合、前のドライバーのコアヴィークルをピットゾーンに入れて送還し、それから交代するドライバーのコアヴィークルを召喚するという手順が踏まれる事になっていた。
『廻徒さんは3周目でピットインしました〜』
『加速力、コーナーリング共に高い分、メンタルの消費は激しいようですわね』
「任せた‥‥妨害は程々にな」
「最初は様子見に留めるが、な」
『真里さんは7周目でピットインです〜』
『妨害はしませんでしたが、ベストライン取りの接戦が多かったですもの』
「ぐは、厳しいナリ‥‥10周は回りたかったけど‥‥」
「最初だから、先ずはペースを掴んでいこうよ」
『樹一郎さん、12周目でピットに入りました〜』
『杏様がピットインを指示されたようですわね』
「まだまだ若い者には負けんぞ!?」
「優勢な時に交代するのも一つの策ですよ」
『健二さんとカグラさんは、揃って15周目にピットインです〜』
『二人とも長い間走り、トップグループを維持しておりましたから、丁度潮時ですわね』
「しばらくはわたしに任せて、ゆっくりと休んでね」
「ああ‥‥ただ、無理はしなくていいからな」
「志倫さん、頼むぜ」
「カグラがもぎ取った順位はキープしてみせるさ」
『最初にメンバーで〜、コース上を走っていたイァラさんが〜、23周目でピットインです〜』
『他の選手がピットインしている間に、確実に順位を上げておりましたわね』
「イァラさん、はい牛乳です! トップを独走する姿は‥‥あの‥‥格好よかったです!」
「お、サンキュー。無理にトップを取ろうとはせず、自分のペースで走れよ」
各チームがそれぞれ最初のピットインを終えた。この後も、ほぼ同じ周回でピットインしていた。
●中盤〜小悪魔来襲
4時間が経過し、各チームとも100周以上の周回を重ねた。
周回トップは杏と樹一郎、次いで操と健二、シーラとイァラ、美貴と真里、神紅鵺と廻徒、志倫とカグラの順で、トップと最下位の差は3周以内に収まっていた。
『神紅鵺さんがピットから出ました〜。上手く美貴さんの後ろに付けたようです〜』
『杏様達トップグループは、丁度第1コーナーの手前ですから、ほぼ順位通りに全コアヴィークルがコース上を走っておりますわね』
「さて、他の奴等の疲労が見え始めた今が、追い上げる頃合いだな」
今まで普通に走っていた小悪魔――神紅鵺――が、この周から牙――本性――を剥き始めた!
「しまった!? まだまだ先は長いのよ‥‥慌てる必要なんて、無い」
「流石は、幹部筆頭様♪」
「それ程でもないよ〜♪」
今まで杏の走行ラインのイン側をかすめる程度に自分の走行ラインに合わせてブロックしていた操の、第1コーナー突入時のブレーキングの瞬間を見計らったリベライが助言し、タイミングをずらして減速していた杏が先に立ち上がり、操より先に第2コーナーを抜けた。
『しかし、操さん〜、ただでは抜かせません〜。杏さんの後ろにピッタリと付け〜、逆にプレッシャーを掛け始めました〜』
「杏と操がお互いに気を取られている今が勝機です」
「うん、いい風よね!」
S字カーブと逆バンクのインをピンポイントで抜け、ダンロップカーブを出ると、シーラが操を射程距離内に収め、そのままスリップストリームに付いた。
タロスの的確なアドバイスもさる事ながら、シーラは風を感じて走っていた。古の隠れ家の風は故郷の風とは違うのに、どこか懐かしい感じに包まれていた。シーラはそれが不思議と嬉しかった。
「よし、この調子で行こ!」
『シーラさん〜、デグナーカーブからヘアピンカーブに掛けて、操さんと杏さんをこぼう抜きです〜』
「次は‥‥何処だ」
「ううー、まだまだやれますってばよ〜」
『後方が騒がしいようですわ。逆バンクからダンロップカーブへ繋がる地点で、美貴が減速した隙を突いて神紅鵺様が側面に体当たりし、コースアウトしたようですわ』
辛うじてコアヴィークルを立て直し、リタイアは免れたものの、コアヴィークルは破損し、順位も落としてしまった。
「神紅鵺の邪魔をする者は消えて貰う」
「お、俺を踏み台にしたのかい!?」
「今度負けたら、“たま”一生抜きますよ!」
続いて、デグナーカーブから平面交差へ差し掛かった志倫に向けて、エルヴェイルがと号投擲砲を発射した! この場所での視認を難しいと踏んでいた志倫は、1.3台分浮き上がって走行しており、垂直に走るリベライを踏み台にと号投擲砲をかわしたのだった。
リベライにとって志倫に踏み台にされた事以上に、杏の『大好物一生抜き』の言葉の方がショックだったらしい‥‥。
「目標確認‥‥排除」
「なんて無茶を‥‥っ!」
その後も神紅鵺とエルヴェイルの妨害は留まらず、操達トップグループに食い込むまでに追い上げ、ここに来て順位が大幅に狂ったのだった。
●終盤〜ラスト3分の攻防!
『8時間という長い長いレースも〜、残り3分を切りました〜』
『これ以上のピットインはありえませんし、コアヴィークルでしたら確実に1周はできますわ。この周回が最後ですわね』
コース上を走っているのは、トップのシーラから順に、志倫、神紅鵺、健二、樹一郎、美貴だった。
「ここまで頑張ってくれた真理の為にも、絶対に完走するのよ」
美貴のコアヴィークルの修復は完全に終わっていないが、ピット回数を減らす事で送還している時間を稼ぎ、騙し騙し走らせていた。
志倫はグランドスタンドストレートからシーラのスリップストリームに入り、第1、第2コーナーとブレーキング勝負を掛けるが、立ち上がりの都度、神紅鵺に発煙筒で物理的に走行ラインをカットされ、攻めあぐねていた。
「このままじゃ埒があかない。スプーンカーブからの平面交差で勝負にでるぜ」
「志倫さんを信じますわ」
『シーラさん〜、このまま逃げ切れでしょうか〜? それとも、神紅鵺さんが〜、志倫さんが〜、健二さんが〜、樹一郎さんが〜、美貴さんが〜、奇跡の逆転劇を魅せるでしょうか〜?』
『この周回の平面交差は荒れますわね』
ぷよステラの言う通り、スプーンカーブ後のストレートで、志倫、健二、樹一郎が神紅鵺のスリップストリームに入ったのだ。
「爆発が欲しい所だ‥‥堕ちろ!!」
「嘗めるな! 外から行かすかよ!!」
「この“ソロモンのナイスガイ”に、同じ技は2度は通用せんぞ!!」
エルヴェイルがスタングレネードで志倫を攻撃し、連鎖的なクラッシュを狙うが、健二はベルティアに黒き旋風を使わせてスタングレネードを神紅鵺へ返し、同じくラチェットに限界突破を使わせて回避行動に入っていた樹一郎が、その隙に神紅鵺を抜き去った。
カシオトライアングルを経て、最終コーナーを曲がり、各コアヴィークルがゴールラインを次々と越えた。
その瞬間、8時間に渡る耐久レースの終わりを告げるチェッカーフラッグを、パルステラが盛大に振ったのだった。
『順位の発表です〜。一位は‥‥健二さんと操さん、二位は奮闘したイァラさんとシーラさん、三位はカグラさんと志倫さん、四位杏さんと樹一郎さん、五位美貴さんと真里さん、六位廻徒さんと神紅鵺さんです〜!』
『健二様、操様、おめでとうございますわ♪』
「‥‥今回も届かなかったか‥‥約束だからな‥‥約束か‥‥」
ぷよステラは今回もカグラとの賭けに勝ち、胸を撫で下ろした。カグラも朔羅との約束を辛うじて守る事ができ、実は安心していたのだった。
●シャンペンシャワー
「健二さん、あの時の続きよ」
「あ〜、私も健二さんとキスした〜い!」
表彰台のトップに立った健二に、操とベルティアが両頬にキスをした。
「健二様、おめでとうございますわ。あたくしも祝福を差し上げますわ」
パルステラは健二の首に両手を絡めると、接吻を交わした。この後、健二が操とベルティアに表彰台から蹴り落とされたのは言うまでもなかった。
「やる時はやる! 俺も男なんだし」
「はい、格好良かったですよ。それに今日はとても楽しかったです。誘ってくれてありがとうございます!」
2位の表彰台の上に上って、入賞を実感したシーラは喜びのあまりイァラに抱きついていた。
パルステラから3位のトロフィーを受け取った志倫とカグラは、アルティオーネとかなめと共に歌を唄って3位入賞を喜んだ。
「国木田は苦渋に負けはせん」
「いい勝負でしたけどね」
がっくりする樹一郎を労るように、杏が肩に手を置くと、樹一郎は杏が綻びだと思っていた脇の紐を引いた。するとライダースーツは『ファンシーな魔女っ娘装束』へと早変わりした。本当は優勝した時に披露したかった代物だった。
「うーん、残念! でも、完走できたからよしとしようよ! 美貴ちゃん、何はともあれ、お疲れー」
「真里さん、月影さん、イルベリー、ありがとう。私達の友情も捨てたもんじゃないわね!!」
真里と美貴は手を取り合い、破損したコアヴィークルで完走できた事を喜び合った。イルベリーと月影も、二人の様子を微笑ましく見つめていた。
「ドリフト→スリップ→スクラップの黄金パターン3連コンボを繋げれば、クラッシュは完璧だったのだがな」
「このアル○オレとした事が‥‥って違う、残念だが暴れ足りなかったな」
あまり反省の色が見えない廻徒と神紅鵺だった。
表彰が終わると、ぷよステラとぷちステラ、朔羅と薊も加わり、パルステラが用意したシャンペンでシャンペンシャワーの掛け合いが盛大に始まった。
かくして、8時間の長きに渡るコアヴィークルレースは、ここに幕を閉じたのだった。
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