■Broken fantasy 〜巣くう者〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング

 最下層。テンプルムを統括していたアークエンジェル・マザーは、自らの体を変異させた存在に苦しみ、悲鳴を上げていた。
 最低限の感情エネルギー供給しかされずに休眠状態を保っていたマザーは、研究員達からもソッとされていた。元々外からばれないようにと気を使われていたテンプルムだ。地上にまで影響を及ぼす感情の搾取は気付かれる可能性を高くするため、無理には行わなかったのである。
 テンプルム内には研究に使うエネルギーを作り出すためのエネルギー機関が運び込まれており、研究には差し支えなかった。
 しかし、それが仇になっていた。眠りについているマザーでは、外部からの干渉に抵抗するような事が出来なかった。

『タリナイタリナイタリナイタリナイ!!!!』

 体の中に入り込んだ寄生虫によって、マザーの体はズタズタに引き裂かれ、崩壊と再生を繰り返している。
 グレイブディッガーの細胞によって強引な変異を強要されているマザーは、その痛みと飢えに暴れ回り、テンプルム中に腕を伸ばす。

『タリナイタリナイタリナイタリナイ!!!!』

 変貌していく体を維持するため、マザーは膨大な魔力を必要としていた。捕獲してある研究員やサーバント達を食べてもまだ足りない。極上の、それこそ最高レベルの魔皇達から、直接絞り尽くさなければ追いつかない。
 寄生されて意思すら奪われようとしている堕天使は、獲物を求め、その腕を伸ばし続けていた‥‥‥‥
シナリオ傾向 戦闘 制圧
参加PC 錦織・長郎
月村・心
Broken fantasy 〜巣くう者〜
Broken fantasy 〜巣くう者〜

〜地下十五階・1415時〜

 鮮血が舞い、肉が散り、真白い警備室が赤黒い異界へと変貌していく。
 前後左右あらゆる場所から襲いかかってくる触手(巨大化したミミズに鋭い牙を持たせたような容姿)を、一々視認しているような余裕はない。間断なく襲いかかってくる触手は、それこそ月村 心(w3d123)を頭から丸飲みしようと迫っている!

「っ!」

 心は背後から襲いかかってきた触手をフェニックスブレードで切り払い、前と左右から襲いかかってきたモノをホルスジャベリンで横薙ぎに切り払う。続いて頭上から覆い被さろうとしてきたのを前方に転がるようにして回避し、フェニックスブレードを投げつける。
 ザシャッ!
 フェニックスブレードを体に貫通させた触手は悲鳴を上げてのたうち回る。しかしまだ絶命せずに、心に反撃しようと、その鎌首をもたげている。
 しかし、一瞬も止まらずに間合いを詰めていた心は、突き刺さったフェニックスブレードの柄に手を当てていた。

「はぁッ!」

 気合い一閃。刺さったままのフェニックスブレードを振るい、極太の触手をして絶命させる。
 心はそれを見届けることもなく素早く周囲を見回し、自分の逢魔を視認する。

「後ろだ!」
「ふえっ!」

 少しばかり離れた場所にいたノルンは、心の言葉で慌てて伏せた。ノルンに横薙ぎの体当たりを喰らわせようとしていた触手は大きく空振りし、駆けつけた心によって串刺しにされた。
 ダァン!
 続いて起こる銃声。心の槍で動きを止められた触手は、メギドフレイムとベネリM4の銃弾によって破裂し、砕け散る。頭をなくした触手は天井でバタバタと暴れ回り、しばらくしてから通風口の穴へと引っ込んでいった。
 ……だが、それで終わりというわけではない。数秒後には、別の触手が通風口から顔を出した。

「……一体どれだけいるんだよ」

 次々に現れる怪物に、心は呆れたように呟いた。二人が襲撃を受けてからと言うもの、ゆうに十体以上の触手を戦闘不能に追い込んでいる。しかし相手の物量には底が見えず、新手が続々と現れる。
 部屋からの脱出も試みたのだが、出入り口周辺には特に入念に触手達が待ちかまえていてとても出れるような状況ではなかった。しかも戦闘の騒ぎを聞きつけてきたのか、扉の外には他のサーバント達まで集まってきているようである。

(逃げ場はなし。とは言えあまり長居していると外の奴らがここに突入しかねない。進退窮まってるなぁ、これは)

 決して状況を楽観しているわけではなかったが、しかし悲観することもなく心は魔皇殻を振るい続けた。断ち切られて通風口へと消えていく触手だが、やはり数秒後には控えていた別の触手が現れる。
 敵の数に上限はなさそうだ。この密室において敵の物量を量る術はない。どれだけ切り捨てれば果てに辿り着くのかも分からない戦いに身を投じるほど、心は自分を過信してはいなかった。
 この場からの脱出方法を模索する。自身一人ならば出来ないこともない。しかしこの場にいるノルンを連れて逃げようと言うのなら、取るべき手段はかなり限定される。
 ダァンダァンダァン!
 ノルンのショットガンが立て続けに放たれた。至近距離からの対神魔弾によってボロボロにされた触手は、やはりブルブルと震えて逃げていく。それを見て、心はふと、天井を見上げた。
撃たれ、切断された触手は死んだように動かなくなるわけではない(体から切り離された部分は別だが)。ならばこれは、一個のサーバントではなく手足の一部なのだろうと看破していた。つまりは、この触手の先には、必ず本体が潜んでいる。
心は迫り来る触手を躱しながら、触手を迎撃し続けているノルンに駆け寄った。

「ノルン、ここから出るぞ!」
「え? ど、どこに逃げるんですか!」

 ノルンの真横を駆け抜ける心は、答えずにホルスジャベリンを一閃した。触手が数本断ち切られ、一斉に通風口へと引っ込んでいく。

「よっと!」

 心はその引っ込んでいく触手を逃さず、片手に持っていたフェニックスブレードを突き刺した。真っ直ぐに放たれたブレードは触手の体内に侵入し、刀身のほぼ全てを肉の中に埋もれさせる。心は巧みに柄を操って剣を固定すると、背後にいたノルンの手を引っ張り──

「ちと狭いと思うが、文句は言うなよ!」
「き、きゃあああああ!!」

 ブレードの柄を強引に握らされたノルンの体は、全身筋肉である触手の力に抗うことが出来ず、面白いように通風口に引きずり込まれていった。

「付いて来たけりゃ付いてこい!」

 心は物言わぬ触手の群に叫びながら跳躍し、今にも姿を消そうとしているノルンの足首を掴んだ。触手の力は凄まじく、ノルンと心の二人がかりでも簡単に引きずっていく。
触手に引きずられ、さらに足首まで掴まれた(ノルンからは足首を掴んでいるのが心だとは分からなかった)ノルンが悲鳴を上げていたが、心は我関せずと、完全にそれを無視してホルスジャベリンを足下に向けた。
 心は引きずられながら、追ってきた触手の口にホルスジャベリンを叩き込んだ。勢いを入れた攻撃ではない上に片手のため、一撃では追い払えず、数回の攻撃の上でようやく追い払う。
 室内戦に比べれば大分手間が掛かるが、しかし不可能なわけではない。幸い通風口は触手一体分の大きさしかなく、一度退かせれば新手が現れるまで、十分にDFの充填時間を稼ぐことが可能だった。
 このままならば、この触手の先にまで辿り着くことが出来るだろう。大本さえ倒せば、この厄介な追っ手ともおさらばだ。
 だが、しかし……

「このままボスの(ゲシッ)所までご案内と(ゲシッ)なって欲しいもんだが(ゲシゲシゲシ)……痛い! 痛いぞノルン! 落ち着け!」
「ひぁぁああ!!」

 まるでジェットコースターのような勢いで引きずられていく心は、混乱して心の頭を蹴り付けるノルンに声を掛けながら、再び現れた追っ手の相手に苦心することになった。






〜地下十五階・1452時〜

 錦織 長郎(w3a288)と幾行の部隊が地下十五階、先程まで心がいた場所に現れたのは、心達が姿を消してから約四十分弱が経過した頃だった。

「この階はまた……ここまで滅茶苦茶にされているとはね」

 長郎は全てのルートが集合する十五階の惨状を目の当たりにし、呆れたように溜息を吐いた。
長郎の部隊は、この階に到着するまでに現れたサーバントを全て殲滅していた。損害が最低限になるように指揮を執っていたためか、この階に到着したのは長郎の部隊が他のフロアから下っていた部隊と比べて最後らしい。長郎達が現れたときには、既にフロアのあちこちの壁が破られ、切断され、焼かれ、おまけに警備室は奇怪な肉塊と血で地獄のようになっている。
 ここに誰がいたのかは知らないが、どうやら派手に暴れ回っていたようだ。人型の死体がない所を見ると、何とか襲撃からは脱出したらしい。

「隊長! この階にも、やはり生存者は確認出来ません」
「そうですか。引き続き残存サーバントの殲滅と、通風口内の監視。他のフロアへの警戒を行って下さい。……警備システムのロックは外せましたか?」
「はい。これより警備システムの復帰作業を行います」
「結構」

 長郎は、心が断念した警備システムのロックを部下に外させ、警備管理システムを再起動させていた。
 このテンプルムは、研究施設としては優秀である。例えテンプルムではなくとも、研究施設というのは、必ず災害が発生したときの対策を練っている。危険な研究をしていたのならば尚のことだ。このテンプルムとて例外ではない。システムの中には、しっかりと対新種サーバントの防衛システムが存在した。

「グレイブディッガーをピンポイントで掃除するガスまで用意してあるとは……なるほど、研究員は優秀だったようですね」

 長郎は苦笑を浮かべた。せっかく用意した対グレイブディッガー対策も、使いもせずに終わっている。余程ここの警備部はノンビリ屋だったらしい。
報告される端末内の情報に耳を傾け、眉を顰めた。

「自爆装置ですか?」
「はい。複数の条件が定められ、テンプルム内の状況が条件に重なった場合に自動で起動するようです。……現在の状況は危険です。いつ作動しても、おかしくないですよ」

 端末を調べていた長郎の部下は、手を休めることなく、冷や汗を掻きながら報告した。
 冷や汗を掻いていたのは、長郎も同じだった。テンプルム内を自爆させる条件は二つ。一つはこの場の端末、または最深部での手動操作による起動。二つ目は、マザー撃破によるテンプルム陥落である。

「……危険ですね。システムを停止することは?」
「ロックが堅いんで、内部までは時間が掛かります……並行してシステムを切り離し、隔離しておきます」
「幾行。 わたし達よりも先行したチームに連絡は?」
「無理。通信機が壊れたのか、それとも深すぎるのか、戦闘でそれどころじゃないのか……全然応答付かないよ。こっちは無理だと思う」

 長郎に付いてきていた幾行は、用意していた大型の通信機を操作しながら首を振った。軍仕様の上等な物だったが、如何せんここは地下で、通信相手は恐らく戦闘中。しかも、そこに誰がいるのか分からない……
 連絡を取れれば、それはそれで奇跡であった。

「通信機は……仕方ないですね。この警備システムに、テンプルム全域への放送装置はありますか?」
「はい。一応は。ですが、まだ使えるかどうかは分かりません」
「試しましょう。とにかく、先攻したチームに連絡を取り、マザーには手出し無用だと告げなければ……」

 何しろ、テンプルムを攻略するに当たって、マザーの撃破は最優先事項である。長郎とて、自爆装置の起動条件を知る前まで撃破するつもりでいた。
 最深部にまで先行した部隊がいるとしたら、手を出さないはずがない。
 その部隊と連絡が取れないことが、この場にいる者達の焦燥感をかき立てた。

「モニター復帰します」

 端末を操作していた部下が、長郎に報告する。
長郎はようやく復帰した監視カメラの映像に目を移した。
 カメラの映像は、大半が死んでいた。ここまでの戦闘で大分壊されたのか、それとも誰かが意図的に壊していったのか……各階、およそ六割のモニターがノイズのみを映してる。
 と、そのモニターの一つが映し出す光景に、長郎は目を見開いた。幾行も目を見張り、「生きてたよ……」等と呟いている。

「しかしまぁ……よりにもよってそんな所にいなくてもいいじゃないですか」

 長郎はこめかみに指を当てて溜息を吐き、モニターに映る心とノルン……そして、その二人を狩り立てる、巨大なマザーの姿を注視した。

「どうするの? 生きてはいたけど、あんな場所にいられたんじゃあ、すぐには合流出来ないよ」
「確かに。ここから最深部にまで各階を攻略してたら数時間はかかりますね。二人の様子では、それまでは保たないでしょう。……確かに合流は難しいですが、しかし援護が出来ないわけではないでしょう」

 幾行の問いに、長郎は答えてから部下に指示を出した。






〜地下三十階・1425時〜

 狭い通風口に引きずり込まれ、引っ張られてから十数分……広いホールのような空間に出て終わりを見せたジェットコースターは、ブルンブルンと体を大きく振り回し、客を空中に放り出した。

「ノルン! 飛べッ!」
「うぅ、世界が回ってますぅ〜」

 剣の柄から手を放したノルンは、足に掴まっていた心と共に放り出されている。
 ノルンは心に言われて何とか宙に舞うが、長時間触手に振り回されていた御陰で完全に目が回っており、フラフラとよろめき、壁に激突した。
心はすぐに目を回しているノルンを抱きかかえ、落下した。地上までの距離は目測で百メートル。天井近くから放り出されたが、幸い壁がすぐ近くにあったため、ホルスジャベリンを突き刺して勢いを減速する。

「大丈夫か……?」
「うぁ……ここどこですかぁ?」

 心に抱きかかえられたノルンは、普段通りの間延びした返事を寄越してきた。その返事でノルンは大丈夫だと判断したのか、心はノルンをポイッと放りだし──
 ズパン!!
 頭上から振り下ろされた巨大な触手を、再召還したフェニックスブレードで綺麗に両断した。警備室で戦っていた相手よりもさらに二回りは大きな触手だ。両断された触手の頭は心の背後に合った壁にぶつかってバウンドし、本体に繋がっている方は、心の目の前の床を陥没させる。
 放り出されたノルンは、触手が床を叩いた轟音で正気を取り戻し、さらに心に襲いかかろうとする切られた触手を黒き旋風で拘束した。

「大丈夫ですか!?」
「ああ、何とかな……しかし、何だな。望んでたとはいえ、まさか本当に親玉の場所まで連れてってくれるとはね……」

 心は苦笑しながら、フェニックスブレードを構え、次の攻防に備えている。ノルンは心の視線を追いかけ、ようやく、この部屋の主へと注意を向けた。

「……マザー?」

 ノルンが一歩退きながら、そう呟いた。
 部屋の中心にいたのは、目測で全長十五メートル。上半身は人型で、下半身はタコの腕のような触手で絡まり合っている、奇怪な魔物だった。
 ノルンとて、マザーを見たことがないわけではない。今いる所とて現役のテンプルムなのだ。マザーがいることも、当然ノルンは認識していた。
 しかしノルンが退いてしまった理由は、心にも共感出来た。
 マザーは、アークエンジェル……神の眷属である。
 今まで見てきた者達は総じて神々しく、力もあり、知性も持ち合わせていた。決してそこらのサーバント達と比較していい存在ではない。
 しかし今、目の前にいる存在はそんなものではなかった。
 かつては美しかったであろう上半身は赤黒く染まり、血管が浮き出、体のあちこちで沸騰する泡のように肉が現れ、触手へと変貌していく。マザーは激痛に顔を歪ませ、堕天使ではなく魔王のような形相でのたうち回っている。
 お世辞にも神々しいとは言えない、あまりにも変わり果てた姿。体にはグレイブディッガーが現在でも取り付き、体の中に潜り込んでいく様が見えていた。
 ……ノルンは口元を押さえて涙目になり、心はフェニックスブレードに魔力を集中させ、必殺の一撃に備えている。自らが負っている傷など忘れたかのように、崩壊と再生を繰り返してるマザーだけを見つめていた。

「……ったく。嫌なもん見せやがって」

 心が両断した触手が再生する。マザーの下半身の触手群は、巣に入り込んできた餌に敏感に反応し、天井と壁の通風口に伸ばしていた触手を呼び戻していた。

「すぐに楽にしてやる。なに。お前をこうした奴らも、あとで裁いてやるから安心しろ」

 心が弾けるように飛び出し、触手の群が暴れ回る。
 ノルンが余裕を持って見ていられたのは、そこまでだった……