■Broken fantasy 〜壊滅〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング
(―――――――――――)

 もはや思考することも満足に出来なくなったアークエンジェル‥‥マザーは、自らの体内に侵入してきたモノと戦いながら、しかし確実にその体を侵されていた。
 既に自らの意思では動かない体。ただの手足だった物は個々が進化し、変異し、原型を留めない程に変わり果てた怪物へと成り下がり、数分前まではテンプルムの下半分を覆い尽くし、今ではたった一人の餌を追い求め、そして自らの生存のためにソレを食らいつくそうとしている。
 ‥‥だが、マザーにとっては彼女を殺しに現れたソレは、軌跡の類の物だった。
 虫に食われ、極度の飢餓に襲われて意識を保つのも限界である。それでも、もう誰も自分を救いには来ないと‥‥このまま低俗なサーバントに食い荒らされて惨めに終わると確信していた彼女にとって、この場に現れた魔皇は、敵でありながらも味方だった。
 彼女は、ただ、もう終わりにして欲しかった。

(ァ‥‥‥アアアア‥‥‥‥・)

 しかし彼女の体が跳ね上がる。意識は再び襲いかかった魔力枯の渇による飢餓によって吹き飛ばされ、触手の群をのたうち回らせる。
 彼女の意思など関係ない。既に意思は肉体から切り離され、別の物として稼働している。
 あるのはただ、増幅された飢餓の捕食欲求だけなのだ。

(アア‥‥‥アアアア‥‥‥た、タリナイタリナイタリナイ!!!!)

 塗り潰された理性は、本能を持って行動する。
 こうして‥‥マザーは、完全な、一介のサーバントへと落ちていった‥‥‥
シナリオ傾向 戦闘 脱出
参加PC 錦織・長郎
月村・心
Broken fantasy 〜壊滅〜
Broken fantasy 〜壊滅〜

〜地下三十階・1455時〜

 荒れ狂う触手の群は、一薙ぎするだけで台風のような暴風を巻き起こした。
 殴りつけられた壁は砕け、床も地雷が爆発したようにあちこちで陥没している。
 テンプルムの壁は、そう脆い物ではない。下級魔皇殻の攻撃ならば弾き返せるし、ましてやただ手足を振り回すだけの打撃で傷つくなど、上級サーバントでもなければ不可能だろう。
 ……そう、上級サーバントでもなければ……

「伏せろノルン!」
「はいぃぃ!」

 ゴガァ!!
 咄嗟に伏せたノルンの頭上を、一抱えもありそうな極太の触手が通り過ぎる。赤黒い毒々しい色合いの触手は轟音を立てて壁に激突し、見事に破片を撒き散らした。

「ジッとしてろ!!」

 下にいるノルンを潰そうとする触手を、月村 心(w3d123)はフェニックスブレードで両断する。切断された先はビタビタとのたうち回った末に動かなくなり、未だに本体と繋がっている根は傷口を即座に治癒させ、元の触手の口を再形成させる。多少短くなっているものの、機能的には元のモノと大差ない。振るえば砕き、獲物を飲み込むことも相変わらずだ。

「本体が近くにいると、再生が速いな」

 心は舌打ちしながらすぐにその場を跳び、襲いかかってくる触手を避け続けた。同様に触手の下敷きになり掛かっていたノルンも、上空へと飛んで縦横無尽に逃げ回っている。

「もう! いい加減にして下さいよぉ〜!」

 ノルンは緊張で息切れしてきた呼吸を整えながら、DFのための魔力を掻き集める。
二人は絶えず動き続け、武装やDFでの応戦は防御行動に集中させて費やしていた。出来るだけ二人で密集することのないようにして敵の攻撃を二分し、互いに援護は最小限に押さえて逃げ回る。
……二人に出来るのは、それで精一杯だった。
警備室での触手は通風口を経由して襲いかかってきていたが、地下三十階から十五階までの距離を上がってきていたのだ。当然、同時に襲撃する触手数にも限界があり、新たな増援を送るにもそれなりのタイムラグがあった。そのため心とノルンのタッグで迎撃することも可能だった。
 しかしそのマイナス面がなくなった現在、アークエンジェル・マザーと心達の攻防は、一方的なものになっていた。偶然近くにでも来られない限り、心にもノルンを援護して助けてやるだけの余裕はない。

(攻撃は当たらなければどうと言うこともないが……この再生は反則だ!)

 なんとかマザー本体へ攻撃を仕掛けられないかと距離を測り、触手を迎撃していた心は、内心でマザーを罵りながら触手攻撃を掻い潜った。どれほど斬りつけ焼き尽くそうとしても、すぐにも再生されて仕舞っては意味がない。心の攻撃とて、ある程度の体力と魔力を消費しているのだ。際限なく再生を繰り返す相手に、無駄な攻撃は出来なかった。

(くそっ、手持ちの魔皇殻じゃ火力が足りねぇ。このままだと追い詰められるのも時間の問題か……)

 心は手持ちの戦力と相手の力量を秤に掛けて、ついでに飛び回っているノルンに目を向けた。
 黒き旋風や重力の檻と言った拘束型DFの扱いに長けているためか、ノルンは触手への攻撃を最小限に留めてヒラヒラフラフラと触手を躱している。はたから見ていれば随分と余裕のあるように見えるだろうが、それもいつまでも続くものではない。実際、DFを連続使用しているノルンには、深い疲弊が見え隠れしている。
 ……この場に来るまでも、ずっと戦闘と逃亡の繰り返しだったのだ。
 むしろ、未だに限界を迎えていないことこそ僥倖と言える。
 心はせめて脱出方法がないかどうかを思案し、それを否定した。
 現在、心とノルンがいるのは最深階……地下三十階である。
 ここに来るまででも反則的なショートカットを行ってきたが、その短縮方法は帰り道には使えない。相手の触手の射程距離や内部構造の複雑さを考慮すると、どう考えた所で逃げ切れないだろう。

「きゃあ!」
「ノルン……ガッ!」

 頭上から聞こえてきた悲鳴に気を逸らされたことで、心は隙を衝かれて触手の不意打ちを食らった。横合いから胴を薙ぎ払う触手。口内にまで込み上がってきた鮮血を堪えながら、心は自分を殴りつけてきた触手を蹴り飛ばし、大きく飛ばされながら体勢を整えて床に激突しそうになっていたノルンを抱き留めた。その代わりに心が床とノルンの間に挟まれて床に転がることになったが、心はすぐに体勢を整え、ノルンの容態を確認する。

「ノルン! おいノルン!」
「ァ……心……さま」

ノルンは頭部を殴られたのか、後頭部から血を流し、虚ろな目で心に視線を返してきた。感じられる魔力は微弱で、これだけで病院に担ぎ込まれそうな様子だ。

「限界か……ここまで来て」

 心は歯ぎしりしながらフェニックスブレードとホルスジャベリンを構え、心が容態を見ている間に集まってきていた、雲霞のような触手の群と対峙する。しかし勝ち目などと言うものは微塵もない。相手の戦力をほぼ二分していても手に余った相手を、足手纏い付きで、逃げ回らずに迎撃出来るはずもなし。そもそも、心から見て本体のマザーどころか部屋半分が見えなくなる量の敵というのは絶望的にも程がある。

「よく今まで保ってたもんだな……ったく、来いよ化け物。や、出来ればお前も助けたかったんだがなぁ」

 変貌したマザーを、遠くを見るような目で見つめる心。
 それが気に入らなかったのか、それとも今まで散々手こずらせていた獲物が覚悟を決めたことに気付いたのか……まるで雪崩のように、触手の並が前後左右上下あらゆる角度から殺到する。
 それを、心は両手の獲物で最後を迎えるまで切り伏せてやろうと、ノルンの前で立ちはだかり……

『どうやら間にあったらしいですね。心君。後は任せて、脱出に専念してください』
「なっ……?」

 突然、どこからともなく仲間の声が聞こえてくる。
 それと同時に、心の視界は、透明な緑色のガスで塞がれた……





〜地下二十五階・1510時〜

「落ち着いて下さい。このガスは対古代サーバント対策に開発された物で、人体(?)への影響はごく僅かです。それより、このガスでグレイブディッガーに寄生されたサーバントのほとんどが死滅、もしくは弱体化するはずです。そのまま二十九階のネフィリム格納庫にまで上がり、射出口から地上に脱出して下さい。急いで!」

 薄い緑色のガスで満たされた空間で片手に通信機、そしてもう片手でブーステッドランチャーを扱いながら、錦織 長郎(w3a288)は切迫した声で伝えたいことを一方的に伝え、スイッチを切った。そして通信しながらも引き金に指をかけていたランチャーを解放し、自分の足下に空いている穴の中に砲弾を撃ち込んで数メートルの分厚さを誇る床を削っていく。
 次から次へとテンプルムの床に砲撃を繰り返し、順調にぶち抜いていく長郎を眺めながら部下への指示を代行していた幾行は、その様子をたった一言で表現した。

「それにしても、この長郎ノリノリである」
「は?」
「いえ。自爆許可が出た途端に、今まで“現場保存”の名目で禁じていた“壁破り”を遠慮なくやるんですから。臨機応変というか何というか……」
「状況が変わったのに、今までと同じ対応をするわけがないでしょう。それより、部下達の撤退状況はどうなったんですか?」
「十五階はまだキープさせてるけど、それ以上の階の撤退は完了。だけど通信に応えてくれた隊にしか連絡が行ってないから、もしかしたら取りこぼしがあるかも。ほら、なんかここに来るまでに穴があったりしたし」
「私は手が塞がっていますし、あなたが連絡して下さい」

 通信機を投げて寄越す長郎。幾行はそれを受け取り、テンプルム全体への自爆警告を開始しながら、ここに来るまでの行程を反芻した。
 幾行が言っていたのは、地下十五階で発見された大穴のことだった。
鋭利な刃物で切り裂かれたように開けられた穴は地下十八階にまで、さらにそこから二十階まで、まるで爆撃でも受けたかのような大穴が開けられており、見事なまでの近道になっていた。
 部下にガス散布の準備を指示し、本部から自爆許可を貰った長郎は、この穴の報告を受けて早速下の階へと進行した。まだ多少のサーバントが残っていたが、長郎の部下達は慣れた手付きで早々に駆除していく。既に、長郎は一々指示を出したりはしていない。もはや長郎の部下達は、この作業に完全に慣れきっていたのだ。
 おおかたの駆除を部下に任せた長郎は、頭上に空けられた穴と自分の足下を見比べ……呟く。

『ふむ、誰が空けたかは知りませんが……これは良いアイデアですね。どうせ壊すんですし、派手にいきましょう』

 ブーステッドランチャーを足下に向けて言う長郎に、部下も幾行も、開いた口が塞がらなかったとかなんとか……

「そしてそれから、自爆装置の作動は長郎さんと僕の二人だけで行うこととなり、こうして二人で掘り進んでいるのでした。解説終了」
「誰に解説してるんですか」
「さぁ? ただ単に愚痴を言ってるだけだよ。今回は最後まで貧乏くじしか引けなかったから」

 自爆警告を出し終えた幾行は、ガスの影響で倒れ、挙げ句体内からグレイブディッガーが飛び出す勢いで破裂していくサーバント達を観察しながら、幾行は渋い表情を浮かべていた。

「何というか、床に穴を空けてショートカットをしたりガスで敵を全滅させたり……今までの苦労は何だったんだろうと言いたくなるぐらい、簡単に進めるね」
「簡単にいかないのはこれからかも知れませんよ。気は抜かないように」

 ドォン!
 長郎が会話中にも撃ち続けていたランチャーの弾頭が、ようやく二十八階の床を砕き、風穴を開けた。長郎は油断無く魔皇殻を装備し、幾行に後から付いてくるように目配せしてから飛び降りていく。

「さて、ここが一番の問題なのですが……」

 長郎は地下二十八階にまで飛び降りると、自分が空けた穴の中を覗き込み、中の様子を窺った。
 ……穴の先は、長方形の長細い、広大な空間だった。
 かつてはネフィリムの格納庫として機能していた場所である。数十を超える機体を保管していた場所なだけあって、その広さはテンプルムで最も広い場所だろう。
 もっとも、このテンプルムでは、ネフィリムを生産しなくなって久しい。警備室で見つけた資料によると、ネフィリムを生み出すエネルギーをアークエンジェルの休眠時のエネルギーに当てていたため、カットしていたらしい。
 現在、この場所はその広さを利用し、数々のサーバント達を廃棄するための処分場に成り果てている。

「そう言えば、心にはここがサーバントの巣窟だって教えてなかったね。サンプルにもならない廃棄品がまるでウジ虫の如くウジャウジャと……二人は生きてるかな?」
「さて……それより、大分まずいことになっているようですよ」

 長郎は穴の中を覗き込みながら唇を噛み、階下の惨状を見つめていた。幾行もそれに追随し……

「……あれは……なに?」

 幾行が呟くのと入れ違いに、“ソレ”は、コア・ヴィーグルを発進させる心とノルンに襲いかかった……




〜地下二十五階・1510時〜

 激突しようとした直前に視界を塞いだガスは、ほんの数秒で効果を発揮した。数十匹ものグレイブディッガーが寄生していたためか、効果の出の速さもさることながら、その辺かも劇的だった。

「GYIIIIAAAAAAA!!!」
「な、なんだ!?」

 マザーの本体が奇声を上げて触手をばたつかせ、挙げ句に体勢を崩して倒れ伏した。奇声はそれでも止まらずに響き続け、さらには体のあちこちから……いや、触手の至る所からも小さな破裂が断続的に巻き起こり、そこから見慣れたサーバント達が現れた。

「グレイブディッガー……こいつら」

 心は背後に倒れていたノルンを抱きかかえて壁まで後退しながら、マザーの体から飛び出し、そして次々に動かなくなっていくグレイブディッガー達を見つめていた。マザーはグレイブディッガーが体内で暴れ回る激痛で心に構っているような余裕はないのか、ひたすら手足をばたつかせて転げ回り、室内を破壊している。既に理性など無くなっているはずなのだが、それでも耐えられる物ではないらしい。
 心の足下に、マザーが流した血が水溜まりのように広がってきた。

「……もうしばらく我慢してくれ。仲間が、もうすぐ楽にしてくれるそうだからよ」

 心はそう言いながら、マザーを見つめつつ後ろ手でマザールームの扉を開いた。扉の先は真っ直ぐな廊下になっており、その先に上階へと続く階段だけが存在する。
 心はマザーから逸らせないでいた視線を振り切り、廊下を駆け抜け、階段を駆け上がった。むろんノルンは抱き上げたままだ。
 ようやく体に力が戻ってきたのか、弱々しくはあったが、ノルンは心の肩を叩いて「立てますから…」と言ってきた。

「無理はするなよ。地上へはヴィーグルで上がる。……ここにサーバントがいても、無視を決め込んで突っ切るぞ」
「はい」

 弱々しかったが、ノルンは散弾銃を構えて頷いた。普段からノンビリとした性格の逢魔の方が、まだ自分よりも気丈だなと、心は苦笑しながら魔皇殻を構え、扉を開けた。

「…………」

 ……目の前に広がった光景に膝を屈しそうになり、すぐに己を叱咤して顔を上げる。
 扉を開けた二人の目前に広がっていたのは、補食に補食を重ねられた“残飯”の海だった。元はサーバント達をひたすら押し込めていた実験場は、現在はサーバント後と食べ残しが浮くプールとなっている。動くモノは、既に無い。
 思えば当然だった。グレイブディッガーに寄生されていようと休眠状態だろうと、栄養も何も摂らずに活動を続けられるはずがない。まして数週間もの間、まともな出入りがなかったテンプルムだ。閉じこめられたサーバントやアークエンジェルにとって、当然の行動とも言える。
 心は室内の天井に開いているネフィリム射出口を確認すると、隣で呆然としていたノルンの手を引き、室内に一歩を踏み出した。血の川の水流は強く、生み出された波紋も数瞬で掻き消える。

「ここから出るぞ、ノルン。ここをこんなのに変えた奴らを、地上でぶっ飛ばしてやる」

 コア・ヴィーグルを召還し、心はすぐさま跨った。ノルンは慌てて後に続いて乗り込み、心の抱きつくようにして固定する。
 ……ノルンは心の体が、微かに怒りで振るえているのを、確かに感じていた……




 ──コア・ヴィーグルが急加速を開始する。
 血溜まりに大きな波紋を作り出し、まるで逆しまに登る流星のように地上へと走り出し……

『GARRRYYYYAAAAAAAAAA!!!!!』

 池の床を粉砕し、滴を雨と化させて現れた堕天使によって、その行く手を遮られた──