■The eternal dark〜神の呪いと魔の誓い〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング

 思えば、予想外な事ばかりが起こっていた。
 軍の突入は、本来は最初の襲撃時に大半を殲滅する筈だった。そこから生存して中層にまで潜入を許し、挙げ句の果てにはただでさえ制御が困難だったアークエンジェルにまで到達されてしまった。お陰で思うように触手を制御することが出来ず、ことごとくの決め手を逃した。
 楽に殺せるはずだったスパイは、真っ向からの戦いで切り抜けられた。初撃は運良く、しかしその後は不意に不意を突かれ、フェイントを掛けられ、こちらの手の内の全てを読まれた挙げ句に逃亡を許した。今では最重要の情報を入手し、脱出を計っている頃だろう。
 そして今‥‥
 スパイに逃げられた憂さ晴らしに嬲り殺そうとしていた魔皇達に、手も足も出ずに殺されかけている。遭遇した魔皇は今まで出会ったことのない程の手練れであり、こちらが魔皇としての能力を駆使して攻撃しようにも、魔皇は人数を増やし、こちらの思いも寄らぬ方法で凌ぎ、一方的な攻撃を仕掛けてきた。
 ‥‥吹き飛ばされた体は既に全身がガタガタで、自己再生だけでも手一杯だ。立ち上がる力も残されていない。叩き付けられた拍子になにやらガスの入ったタンクが破裂したのか、周囲は濃緑色に彩られている。

(なぜだなぜだなぜだなぜだ! なぜ勝てない! なぜ‥‥誰にも勝てんのだ!!)

 思考が破裂する。蹂躙された誇りが砕け散る。数々の眷属を束ねていた理性が消えていく。
 ‥‥それが、その周囲に濃密に散布されているガスによる影響だとは‥‥この魔皇には、最期の瞬間になっても分からなかった。

「‥‥?」

 右腕に焼きごてを押しつけられたような痛みが走る。体の身体能力を高めていた古代サーヴァントの細胞が脈動する。壊れていた体が瞬時に膨れ上がり、元のようにではなく、遙かに醜く増殖する。

「な‥‥に‥‥‥‥?」

 思いもしなかった現象に、目を見開いたときには遅かった‥‥

「オゴォ! ガッ! ガバファア‥‥アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 痛みへの叫びが咆吼へ。憎しみに燃えていた精神が灼熱の闘争本能に切り替わる。
 今まで勝利を収められなかった代償にか、古代の細胞はより実戦向きに、勝利のみを収められるように全てを切り替えていった。


 ‥‥その切り替えが終わるのにかかった時間は、ほんの数分もかかっていない。様子を窺っていた魔皇達が逃げるような時間も、恐らくは無かっただろう。

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 獣へと立ち戻った咆哮が、どこまでも響き渡った……
 これが最終決戦の始まりの、合図である‥‥
シナリオ傾向 戦闘 脱出
参加PC 風祭・烈
黒江・開裡
The eternal dark〜神の呪いと魔の誓い〜
The eternal dark〜神の呪いと魔の誓い〜

〜地下二十階・1508時〜

 荒れ果てた地下二十階に、怪物の咆哮が響き渡る。アルゴスが叩き込まれた部屋からは緑色の奇怪なガスが漏れ出ている。それが煙幕となり、敵の生死を確認しようとしていた黒江 開裡(w3c896)と風祭 烈(w3c831)は、一歩退いていた足を更に後退させて武器を構えた。

「烈、バスターライフルは?」
「ここに来るまでに何回か使ったからな、チャージが少し遅い。もう少しで一発は撃てるが、次はもっと遅くなりそうだ。たぶん二十秒」
「……この狭い廊下なら外しようもないだろうが、その一発で仕留められなかった時は……」

 ゴォン!
 盛大な破壊音と共に、アルゴスのいる部屋の壁が吹き飛ばされた。その瓦礫は十数メートルも離れていた開裡達の足下にまで到達し、漂っていたガスを撒き散らせる。
 そしてそのガスからゆっくりと姿を現すアルゴスを視認し、開裡は手に持したフェザースピアを握りしめた。

「GRAAA……GRARARAARRARRrr」

 ガスの中から這い出てきたアルゴスの体はまだ変異の途中らしく、アルゴスは壁に手をつき、苦しげに咆哮を上げ続ける。
……ほんの1〜2分前までのアルゴスの体は開裡達と同様に人の形を成しており、背丈も体格もさして変わるようなことはなかった。人間と見分ける事が出来る箇所は、精々肥大化し自在に形を変える右腕ぐらいなものだった。しかし、現在のアルゴスは違う。右腕が肥大化していることは以前のままだったが、それ以上に肥大化を遂げている全身は真っ赤に染まり、その上に無数の紫色の血管が浮き出ていた。その血管を瞬時に盛り上がってきた肉が覆い隠し、そこに触手が折り重なり、それが血管へと変貌する。
 それを繰り返しながら、アルゴスは凄まじい速度で体の再構成を行っていた。通常、人と同等の等身を持つ生物がバスターライフルの直撃を受ければ原形など留めないが、そんな常識など真の怪物の前では一切の意味を持たない。その証拠が、眼前に形を持って存在した。

「十五秒! それぐらいは保たせられるな?!」
「回収は頼むぞ!」

 開裡と烈は顔を見合わせることもなく、視線すら合わせずに、瞬時にそれぞれの役割を割り振って行動を起こしていた。開裡は今まで来た道を全力で駆け戻り、烈はバスターライフルをアルゴスに向けて照準する。
 ……二人が動いたことに反応したのか、アルゴスは手をついていた壁を握り潰して握りしめながら、開裡を追うように走り出した。
 烈は躊躇することなくバスターライフルの引き金を引く。

「いっけぇぇええええ!」

 烈の掛け声と共に、膨大なエネルギーの奔流がアルゴスへと襲いかかる。ほんの数分前にアルゴスを死一歩手前まで追い詰めた魔力量。しかし、あらゆる事象に対して耐性を保つことが出来るというのが、グレイブディッガーを使用した生物兵器の真の性能である。

「RARAAAAARRAARAAAA!!!!」
「嘘だろ?」

 アルゴスに浴びせられたエネルギーは、着弾すると同時に何条もの光線に分裂し、背後で破壊の限りを尽くしていた。まるで、川の水が岩にぶつかって避けていくかのように、である。アルゴスの体はエネルギーが体に当たった衝撃で減速はしたが、アルゴスは一歩も退くこともなく、獲物に跳びかかる予備動作のようにより一層身を屈め、突き出していた手を床に這わせ────

「やっべ!」

 烈がバスターライフルを放り捨てるのと、アルゴスがもう突進を開始するのは同時だった。
 二人の距離は十メートル強。
 足下に散らばる瓦礫を踏み砕いて、アルゴスは一秒もかけずに烈の目の前まで迫る。

「どぅわっ!」
「GRUARARARARAAAAAIIIIII!!!!!!!」
「あっ! ぶっ! ないって! のっ!」

狭い廊下、烈の胴よりも大きい腕、それでいて繰り出される速度は魔速のそれを、烈は紙一重で回避し続けていた。
 烈の体を覆っている魔皇殻、真アクセラレイターの性能をフルに活用している烈の身体能力は、常人を遙かに超えている魔皇の能力を、倍加近く引き上げている。烈は床を蹴り、壁を蹴り、天井を駆けて豪腕を躱し続ける。

(十……十一……十二……)

 烈は冷や汗を掻きながら躱し続け、カウントを続けた。開裡が示した十五秒まであと三秒。このまま躱しながら後退を続けていれば、攻撃を喰らうこともないだろう。
反撃はまったく出来ていないうえにアルゴスの進行も止められていないのだが、烈を狙っている以上離れはしない。後退するスピードを抑えれば、少なくとも進む速度を僅かに鈍らせるぐらいのことは出来ていた。
 あと二秒。単調な攻撃を躱し続けていた烈は、脳裏に電撃のような直感を感じ取り、反射的に真アクセラレイトドリルを召喚していた。そこに、アルゴスの拳が放たれる。

「い゛っ」

 烈は喉を鳴らして声を漏らし、ドリルに触れて盛大な火花を上げる刃を仰け反って回避した。拳は放たれる瞬間から無数の亀裂が入り、そこから糸がほどけるように触手へと変貌したのだ。
 ドリルを咄嗟に召喚していたために軌道が逸れてくれたが、十字路にまで吹っ飛ばされ、床に倒されながら、烈は戦慄を覚える。

(変形するのは右腕だけじゃなさそうだ。次は避けられるか?)

 烈は素早くアルゴスの力を量り、この場では撤退しかないと判断した。
 アルゴスの両腕が触手となり、分裂に分裂を重ねて数を増し、アルゴスの姿が見えないほどに、廊下に広がり埋め尽くしていた。

「躱しようがないだろ……普通なら」

 烈は観念したように片手を上げ、そして素早く背後の虚空に向かって手を伸ばした。

「GUARAARAAAAAAA!!!」

 アルゴスの咆哮と共に触手が繰り出される。速度は弾丸とまでは行かないが、それでも目で追うのがやっとの速度。魔皇だとしても、跳ぼうと受けようと躱しきれるものではない。
 ……が、ニヤリと小さな笑みを浮かべ……

「すまん、遅くなった!」
「セーフだから飛ばしてくれ! 速く!」

 触手が烈へと殺到する直前、烈の真横の廊下から突っ込んできたコア・ヴィーグルは、擦れ違い様に烈の体を攫っていっていた。開裡が烈が乗り捨てたヴィーグルを回収して操縦し、同乗しているエメラルダとクレイメーアが烈の腕を掴んでヴィーグルの上に引っ張り上げる。
 ヴィーグルの上にまで引っ張り上げられた烈にエメラルダはすかさず天水の恵みで治療を開始した。

「烈様、大丈夫ですか!? お一人で足止めをされてると聞いたときには、ホントにもう……」
「大丈夫だエメラルダ。だから、泣きそうな顔……開裡、どんな説明したんだ!?」
「いや、時間もなかったから、“烈があと五秒で死ぬ!”と」
「死ぬのが確定か!?」
「実際そんな状況だったじゃないか!」
「あの〜、盛り上がってる所申し訳ないんですけど……」

 アルゴスから逃れたことで緊張の糸が解け掛かっているのか、言い合いを始める二人。その二人の間に割って入ったクレイメーアは、パイルバンカーへと姿を変えた魔獣殻を手に、遠ざかっていく十字路を睨んでいた。

「躱した方が良さそうですよ、アレは!」
「なっ……」

 クレイメーアに言われて僅かに振り向く開裡。それと同時に ガキィン! という甲高い金属音が鳴り響き、ヴィーグルの姿勢が崩された。

「今度は何だ!」

 開裡が僅かに振り向く。すると、そこには十字路の真ん中に立って右腕を振り上げるアルゴスが見えた。腕を振り下ろした瞬間、腕は触手の槍となって、一直線にヴィーグルを狙い打ってくる。烈と戦っていたときには射程を犠牲に無数に分裂していたが、一本に絞って極細の触手に作り替えれば、射程は数百メートルに達するのだ。
 二撃目が放たれる。ヴィーグル最後尾に乗ってるクレイメーアはパイルバンカーを盾にして、その触手を弾き返した。しかし衝撃で、ヴィーグルはグラグラとバランスを崩す。
 クレイメーアは、ヴィーグルの揺れで落ちそうになった体を必死に支えながら声を上げた。

「開裡様! 直線の道は……」
「分かってる! だが……くそ、この人数じゃあ、スピードが出ない!」

 開裡は操縦桿を操作しながら、忌々しげに唇を噛んだ。
 ヴィーグルにも、搭乗数には限界がある。通常は二人乗りの物を四人で乗っているのだ。最大で時速三百qにまで到達するヴィーグルと言えど、狭い廊下を疾走するとなると、四人乗りでは速度が出せない。まして、廊下でのカーブは当然直角に曲がっている。振り落とされないように速度を調節すると、どうした所で半分も速度は出なかった。
 それでも走るよりかは遙かに速いのだが……追ってくるアルゴスの速度も尋常ではない。最初の追撃から既にかなりの距離を走っているが、未だにチラチラと影が見えている。そして向こうもこっちの位置を正確に掴んでいるのか、壁をも貫通させて触手が襲いかかってくる。
 四撃目の触手を弾き、クレイメーアが声を上げる。

「十五階までの穴はまだですか!? 正直これ以上は自信ないですよ!」

 クレイメーアの声は悲鳴に近い。最後尾で真っ先に餌食になるであろうクレイメーアは、ただパイルバンカーを盾にして身を隠しているに過ぎず、触手の動きを見て躱していたのではないのだ。ここまでクレイメーアを生かしてきたのは、単純に悪運の強さであった。弱気になるのも無理はない。

「もう着く! 十五階まで行けば、応援だっているだろうからな、多人数の集中砲火で一気に叩きのめせれば……!」
『警告:自爆装置が作動しました。爆破まで、あと五分。所員は直ちに脱出して下さい。繰り返します。自爆装置が作動しました』
「こんなタイミングで!?」

 烈の悲鳴が上がり、エメラルダの顔に青みが差す。開裡は舌打ちしながら加速を掛け、クレイメーアは自分の悪運が尽きたのかと涙ぐんでいた。
 ようやく、この階まで降りてきた穴に突入する。アルゴスの咆哮を背に地下二十階から十五階までを一気に駆け上がり、この階までを降りてきたエレベーターシャフトに向けて全力で疾空する。幸いにも途中で襲いかかってくると思われたサーバント達は、自爆装置作動前に散布されていたガスによって徹底的に排除され、動いているモノはいなかった。
 そして、開裡が到着しているだろうと踏んでいた応援部隊も、十五階には存在しなかった。自爆装置が作動した時点で薄々気付いてはいたことだが、既に撤退は完了しつつあるらしい。この分では、地上まで行った所で部隊も残っていないだろう。
 開裡はエレベーターに向けてヴィーグルを走らせる。

「エレベーターシャフトから一気に行くぞ! 本気で時間が無──」
「GYAARAAAAARARAR!!!」

 咆哮が背後から聞こえる。廊下の壁から壁へと反響して、正確な発生源は分からないが、殺気の気配は確実に近付いてきていた。
 もはや迷うこともない。この敵とは戦えない。自爆までに倒すことは絶望的。このまま地上に到達するまでに振り切るか、地上にまで引っ張っていって殲騎を出してトドメを刺すか……

「開裡、前だ!?」

 開裡の思考を遮り、烈が声を上げてバスターライフルを召喚した。体を両足と右腕で保持し、左腕にバスターライフルを抱えて前方に……床の上で乱舞する触手に照準する。
 その事実がどういったことなのか、“それ”を体験している開裡とクレイメーアはすぐに悟った。一秒もない僅かな静寂。それを叩き壊すようにして、触手が乱舞していた床が爆発した。爆風も炎もない。しかし、床は粉塵と大小様々な瓦礫を散乱させて噴火し、そこからアルゴスの巨大な背中が現れる。
 ……アルゴスは、再び変貌を遂げていた。触手は腕の変形ではなく背中から無数に第三、第四の腕として生え、まるで別の生物のように動いている。この分だと、いずれは人型すら捨て去るのかも知れない。
 開裡は操縦桿を握りながら、減速するどころかフルスロットルで加速した。申し合わせていたように、烈が臨界にまでチャージを重ねたバスターライフルの引き金に指をかける。

「お前の相手なんてなぁ……してる場合じゃないんだよ!!」

 閃光が放たれる。エネルギーの奔流は目の前に現れたアルゴスの体を直撃し、まだ体勢を整えていなかった相手を数歩ほど押して体勢を崩す。しかし傷は与えていない。先刻撃ったときと同様に、エネルギーは水のように掻き分けられ、その体を素通りしている。
アルゴスの向こう側で、エレベーターシャフトの壁に命中した拡散したエネルギーが壁を破壊していた。
 開裡はバスターライフルが効果を上げていないことに驚愕しながらも、速度を落とさずに突っ込んでいく。そして……

「飛べッ!」

 言われるまでもない。四人はヴィーグルを蹴り付けて飛び出していた。体勢を崩していたアルゴスは突っ込んできたヴィーグルをまともに受け、時速数百qの鉄塊と激突した。
 アルゴスの進化速度は確かに恐ろしい。しかし、物理的な攻撃においてはまだまだ付けこむ余地はある。ヴィーグルに激突されたアルゴスは、雄叫びを上げながら、吹き飛び、エレベーターシャフトの中へと叩き込まれ、更にバスターライフルによって破壊された壁の向こう側の空洞に落ちていった。
……いや、落ちてはいない。アルゴスは触手を駆使して壁に命綱を張り巡らし、落下を防いでいた。
 そこに、間髪入れずにトドメの一撃が繰り出された。

「落ちて下さい!」
「上がってこないでよ? このストーカー!」

 ザン!
 ヴィーグルから飛び出した勢いを利用したエメラルダはシャフトの入り口で跳び、魔獣殻を変形させた刃をアルゴスの顔面に深々と突き立てた。脳を攻撃されたことで麻痺したアルゴスの体は、力が抜けるように、触手と四肢から崩れ落ちる。
 そこへ、容赦なくクレイメーアのハンマーが叩き落とされた。
 ……もはや咆哮も悲鳴もない。
 まだ殺しきってはいないだろうが、それでも力の抜けた体では、ハンマーの衝撃を殺しきれない。アルゴスは勢いよく空洞の中へと叩き落とされ、暗闇の中に消えていった。

「今のうちだ! あと四分しかない、これ以上は構うな!」

 アルゴスとの激突で吹き飛んでいたヴィーグルを回収していた開裡が叫ぶ。

「はい!ちょ、待って下さいよ!」
「今行きますから!」

 二人が慌ててヴィーグルにまで戻っていく。烈はバスターライフルを送還しながら、アルゴスが落ちていった闇の中を覗き込んだ。

「……まさかここの爆発でも死なないって事は……無いよな?」
「烈!?」
「了解! 分かったから……おい? 何で発進させてるんだよ!」

 烈がヴィーグルに飛びつく。ヴィーグルはそれを振り払おうと言うかのような勢いで発進し、疾走した。




 ……こうして、幕は下りる。
 鮮血に彩られたテンプルムは、この数分後、完全に消滅した……