■Game master〜百目の魔神〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング

 十数秒も続いた閃光の嵐が通り過ぎた時、男は顔面を引き裂かれて倒れていた。
目を庇っていた左腕は見事に両断され、足下に転がっている。それほど長物の魔皇殻は見えなかったから、恐らくDFの類だろう。顔面に付けられた爪痕は非常に深く、真っ正面から受けたのに後頭部にまで達している。
普通は死んでいる。普通は。例え魔皇やグレゴールであろうと、ここまでやられれば常識的に死んでいる。
だが、男はその常識からはあまりにかけ離れすぎた存在だった。飛散した脳の情報を拾い集め、再構成。ものの数分で、昼寝から覚めるような気安さで起きあがった。
 つい数分前まで目の前にいた魔皇の姿が消えていることを確認すると、男は小さく感嘆の声を漏らし、手近な壁に歩み寄った。

「いい手だな。特に俺に立ち向かわずに脱出を優先する辺り、良い勘をしてる」

 “立ち向かわずに”というのは、この場に留まり、トドメを刺そうとしなかったということを褒めているのだ。通常ならば致命傷の攻撃を繰り出しておきながら、油断することなく逃げたのだ。一目散に。
 恐らくこちらの右腕……透き通るほどに鋭利な刃になっている右腕と先刻の攻撃を見て、こちらのおおよそのスペックを予測したのだろう。伸縮自在の攻撃を繰り出せると言うことは、肉体再構築能力がある証拠である。大規模破壊を行える強力な武装を所持していない限り、真っ向勝負は望めない。

 「だが、逃すわけにも行かないな」

笑みを浮かべながら壁に右手を付く。変形していた、右腕の鋭利な刃が変形し、たちまち赤黒い、気味の悪い触手へと変貌する。そしてその触手が触れた箇所を中心に、壁から髪のように細い触手が浮き上がった。
 今の今まで真白く染まっていた壁を中心にして赤い肉の色を取り戻した触手は、静かに脈動しながら、テンプルム全域に張り巡らされた感触と目の視覚を男へと送っていく。男は目を閉じ、テンプルムと一体化するような感覚に集中した。
テンプルム内で行われている戦闘は、もはや彼の体内で行われているに等しかった。侵入した者達は隙間なく張り巡らせた小さな触手を踏みつけ、自らの位置を示してくる。

(見つけたぞ)

 男はほくそ笑み、感覚を再度断ち切った。
既に体内に入った病原体の位置は掴んでいる。先行していた者達もいるが、今はネズミ退治に勤しむとしよう。この身は一つしかないのだから、順番を待って貰わなければならない。

「はは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
 
 高笑いを上げる。
 ああ、なんて気分の良いことか。ここまでの爽快感は、人間をやめたときにも感じられなかった。魔皇となって、戦争を駆け抜けたときにも感じられなかった…………
 自分が、最強だという、絶対の確信。
 狂気に届かんばかりの高揚感を引き起こしているのは、その確信だった。もはや魔皇ですらなくなりつつある男の力は、テンプルム内……いや、その上に乗っかり、再突入の準備を急いでいる無能ども全てを足した所で届くかどうか……
 あらゆる抵抗を許さぬ暴君が、追跡を再開した……




シナリオ傾向 戦闘 脱出 情報回収
参加PC 風羽・シン
Game master〜百目の魔神〜
Game master〜百目の魔神〜

〜地下十六階・1355時〜

 肘から先がなくなった右腕を布で縛り付け、流れ出る血液を無理矢理止める。そんな事をしなくとも、魔皇は失血死するようなことはない。しかし血の匂いに敏感なサーバントがいる可能性がある。血の匂いなどこのテンプルムで嗅ぎ取れない場所の方が珍しく感じられたが、少しでも敵に見つからないようにと思えば、血の跡を残すわけにもいかなかった。

(何とか逃げられたみたいだが……代償は大きかったな)

 風羽 シン(w3c350)は、断ち切られた右腕を庇い、通風口から廊下へと降り立った。
 十五階で襲撃を受け、右腕を切り落とされたシンは、相手の目を眩ませる所までは成功した。だが、肝心の脱出路である出入り口のど真ん中に敵が立っていたため、やむなく入るまいと決めていた通風口へと、再び入り込んだのだ。
 途中、ミミズのような化け物を見かけたものの、どうやらシンを目標としているのではないらしく、別の方向へと集中的に移動していた。
 もしかしたら、十五階で見かけた魔皇達が、今頃は襲撃にあっているのかもしれない。同情的な気分にはなったが、しかしシンにとってはそれで命拾いしたようなものだ。数秒ほど感謝して、あとは綺麗さっぱり忘れることにした。
 だが、まだ危機的な状況から完全に脱したわけではない。

(……参ったな。厄介なのに目を付けられた上に、右腕がこれだと魔皇殻も扱いにくい。少なくとも、もうドラゴンスタッフとシューティングクローの同時使用は不可能……ってか、このまま帰ったら、絶対あいつに泣かれるよなぁ)

 地上に置いてきた逢魔の泣き顔を思い浮かべ、ポリポリと後頭部を掻いてみる。

(ッと、あまりグズグズしてられないな)

 シンは弛みそうになった気を引き締め、意識を任務に集中させる。
 現在は地下十六階。目標である十七階まで、ようやくあと一階だ。
 指定された情報を回収すれば、こんなテンプルムに用はない。襲撃してきたあの男とて、まさか外に出た獲物まで追いかけてこようとはしないだろう。
 面倒なことは、この作戦に参加している他の兵士達が片付けてくれる。
 シンはシューティングクローを左手に装着して廊下を慎重に歩き、敵を回避しながら進み続けた。

(この階にも敵がいるな。廊下のあちこちにも弾痕があるし……ったく、上の階と一緒で、誰かが引っ張ってきたの──か!?)

 ガッガズガガシュシャン!!
 耳を叩く騒音。つい十数分ほど前に感じていた殺気と、集中していて初めて聞き取れる独特の風切り音。そして何より、シンの目の前の天井が突然崩れる崩壊音が、心の体を揺さぶった。
 警戒に警戒を重ね、これ以上余分な戦闘はしないようにと進んでいたシンだったが、ここまで予想外な出来事には声を上げそうになった。

「ふむ。切れるかどうかは試してなかったが……この腕も、なかなか使えるじゃないか」

 そう笑いながら、崩壊した天井から姿を現す男。つい先程、シンの右腕を切り捨てたモノが現れた。鋭利な刃物と化していた右腕の触手がビタビタとうねり、男を守るように周囲を囲む。
 シンは、男が切り崩した天井を見上げ、いつでも飛び出せるように体勢を整えながら口を開いた。

「なんだ。さっきは自信たっぷりに使っていたようだが、自分でも、自分の体をもてあましているようだな」
「そう言うな。これでも、まだ目が覚めてから一月も経ってないんだ。わざわざ自分の家を切り崩せるかどうかなんて、調べようとも思わなかったからな」

 男はニヤリとシンに笑いかけ、足を僅かに近付ける。
 男がシンの言葉に軽口で応えているのは、絶対的な強者としての余裕からだった。
 殺すのならばいつでも出来る。それこそ、シンが瞬きをするよりも速く体を両断し、絶命させることが出来るだろう。そう確信しているのだ。
 シンは左腕に付けているシューティングクローの調子を確かめるように軽く振りながら、足を床に擦らせ、気取られないよう、間合いを詰めていく。

「一月も経ってない? ……ああ、なるほど。お前がか……」

 シンは男の言葉に引っ掛かるものを感じ、ふと、地下五階で軽く読んでいた研究員の日誌のことを思い出した。
 日誌に書かれていた名前は……『アルゴス』
研究レポートの類ではなかったため、日誌にはアルゴスについて詳細な記述はなかった。精々“DFとSFの二重拘束から抜け出した”と言う事実が書かれていただけである。
 シンは、襲われた時と天井を破ってきた事から、相手の強さを推し量った。
 男が切り裂いた天井は、人間一人、二人分の厚さがある。通風口などの空洞は存在していたが、それでも魔皇殻で削ることは出来ても、ここまでの破壊を行うことはまず出来ない。まして刃としての性能では、まず並ぶ物はないだろう。魔皇殻で受け止めた所で、切り裂かれる可能性が高い。
 シンは左腕を右肩にまで持ち上げた。呼吸を整え、一足でアルゴスに迫れるように隙を探る。
 そんなシンを眺め、アルゴスは嘲笑するように笑みを浮かべた。

「なんだ。戦る気なのか?」
「そうだな。逃げても意味がないだろう?」

 シンは、ここで背中を見せて逃げたとしても、必ず殺されるであろう事を確信していた。
 アルゴスの触手の速度は、弾丸のようなものだ。視覚で捉えることが絶望的な速度。音よりも遙かに速いために音での察知も不可能で、まともに受ければ断ち切られたと気付くことも出来ないだろう。
 そんなモノから、まともに逃げるようなことは出来ない。コア・ヴィーグルを使った所で、狭い廊下ならば追いつかれるだろう。
 しかし勝算がないわけではない。
 ここに来るまで、既に二度の攻撃を受け、まだ生きている。
 これで三度目。今までの二回と、同じであるはずがない。
 アルゴスは、シンに触手を向ける。アルゴスの周りを取り囲んでいた刃は、その刃先をシンに真っ直ぐに向けていた。

「そうか。覚悟が決まったんなら良い。どうやらこの下にもネズミがいるようだし、早々に消えろ!」

 アルゴスの触手が動く。薄氷のように薄い刃は、まるで陽に当てられた雨のように輝きながら、シンに向かって殺到する。
 ……だが、そのアルゴスよりも一瞬速く、シンはその場を飛び出していた。
 真狼風旋によって急加速した心の体は、残像を残してアルゴスに向かって疾走した。殺到する刃は床ギリギリにまで地面に伏せることでやり過ごし、左腕のシューティングクローを投擲し、相手に投げつける。そこからは跳躍して足下に飛び込んでいく。刃の群はシンの首を狙っていたのだろう。頭上を通り過ぎ、そのまま直進していく。

「なっ? 下!?」

 アルゴスは驚愕し、身を捻ってシューティングクローを回避した。そして足下にまで迫っているシンに焦り、触手を呼び戻す。数瞬前までシンがいた場所にいた触手が、すぐさま反転してシンを追う。
 驚愕しているアルゴスだったが、シンにとっては触手をそれほどの驚異と見てはいなかった。
 いかに速かろうと、“見えない程速い”のならば弾丸も同じである。一撃で相手を倒せると言っても、それならば真魔皇殻にもそれだけの一品がいくつもある。そう言った物を相手に今まで生き抜いてきた者にとって、アルゴス自慢の刃は極端な驚異には見えなかった。
 今までの斬撃を見てきたことで、既に攻略法は考えていた。
 アルゴスの触手の威力、速度は確かに驚異かもしれない。しかし、むしろそれが、シンに弱点をさらけ出す要因となっていた。

「お前、自分の腕が見えてないだろ? 速すぎて」
「貴様っ!!」

 指摘に、アルゴスが激昂する。
 アルゴスの触手は、確かに弾丸のような速度だ。だが“撃ったら直進するだけ”の弾丸なら、それでも良い。しかしアルゴスの触手は“手足”と同じであり、自分の意志で動かさなければならない。
使っているのが人の意志であるならば、自分自身の反応速度を超えた攻撃は出来ない。ならば“自在に動かす”事など、魔皇の能力でも不可能なのだ。
 足下からアルゴスを見上げるシン。アルゴスは驚愕の視線のままでシンを睨み付け、雄叫びを上げながら触手の群を荒れ狂わせた。
 前の攻撃が突きで、今度は円形に輪を描き、竜巻のような斬撃を繰り出す。自分の足場ごと切り刻むつもりらしく、天井を壊したときと、恐らく同じ攻撃だろう。
 シンはドラゴンスタッフを召還しながらニヤリと、口元を歪ませた。

「二度も同じ手に引っ掛かるとは……馬鹿だろお前」
「なっ?」

 シンが言っている間にも、斬撃が迫っている。
 いかにシンがDFの恩恵で素早く動けると言っても、まだまだ触手の攻撃を躱せるほどではない。シンの体は、コンマ数秒で切り刻まれ、五体を撒き散らせるはずだった。
 そう、アルゴスの視界が、真っ白に染まるその瞬間までは……
 カッ!

「うおおおお!!!」

 アルゴスが悲鳴を上げて仰け反った。
 シューティングクローの投擲と共に袖口から放り投げておいた閃光弾が、ようやく爆発したのである。閃光はアルゴスの目を殺し、数秒間もの空白を作り出した。
 ……放り出された閃光弾をから目を反らさせるため、シンはアルゴスの足下にまで飛び込んだのだ。
 目を塞がれたアルゴスだったが、しかし触手は既に走らせている。このまま軌道を変えずに切り裂けば、十分にシンを殺傷出来るはずだった。
 ガゴシュキキキキィン!!
 騒々しい音が鳴り響くと同時に、アルゴスは自分の足下が崩れるのを感じ取り、跳躍した。閃光で目が塞がれた上に不意を衝かれ続けたため、手加減が全く出来なかったのだ。
 シンだけを切り裂くはずだった触手は、見事に二回分……地下十八階までの風穴を開けていた。





〜地下十六階・1415時〜

(どこだ。仕留めたのか!?)

 アルゴスは目の回復には十数秒ほど必要だと判断し、右腕を手近な壁に押しつけた。途端に壁は赤黒く変色し、毛細血管のように細い触手に目が現れ、その情報を送ってくる。
 自分の周りの視覚……いない。ならばと上下の階にまで視覚を広げ、ドラゴンスタッフを構えてこちらを見ているシンを発見する。

「下かぁ!」

 地下十七階。たった今、自分で開けた穴に触手を伸ばす。
 シンは穴が空いた直後、まだ瓦礫が落下を終える前に飛び込み、下の階へと逃れていた。追撃にとアルゴスが触手を振るうと、今度は真魔炎剣を大振りし、壁の触手を焼き尽くす。
 擬似的な“目”の役目を果たしていた極細の触手を焼き殺され、刃の触手は標的を見失い、シンの傍らを通り過ぎた。

「くっ……やはり自分の目で見ていないと誤差が出るな……」

 アルゴスは“触角”として触手を焼かれたフィードバックで蹌踉めき、手応えのない刃の触手を呼び戻した。
 ようやく復帰してきた目を開ける。穴に飛び込んだシンの姿は、既に見えない。ドラゴンスタッフで壁の触手を焼きながら逃亡しているのだろう。壁にはチラチラと、魔力で編まれている炎が上がっていた。

「何だ!?」

 階下から声が聞こえてくる。どうやら、十八階にも魔皇達の部隊がいたらしい。天井の崩壊に巻き込まれ、ヴィーグルを刃で切り刻まれ、同乗していたであろう逢魔は、魔皇の腕に抱かれて呻き声を上げている。

「……」

 湧き上がる殺気を押さえられない。
 怒りをぶつける対象が違うことは分かっている。しかしネズミは狡猾で、ここまで血の上った頭では、今度こそ本当に不覚を取るだろう。屈辱だが、こうも出し抜かれると認めざるを獲ない。
 アルゴスは沸々と湧き上がる怒りを押さえつけ、出来る限りの冷笑を浮かべた。
 逃がした魔皇には、それ相応の罰を与えよう。今度は右腕だけでなく手足全てを切り落とし、床に転がしてから虫共の苗床に変えてやる。そう考えれば、怒りを静めることも、そう難しくはなかった。

「まぁ、ついでにもう二人の獲物も出てきたことだし、良しとするか」

 その言葉を言った瞬間、階下にいた魔皇が、弾けるように跳躍した。
 それを逃すまいと、アルゴスは静かに腕を上げた……



〜地下十六階・1420時〜

「……あそこであいつの策敵方法が分かったのは僥倖だったな」

 シンは壁に向かってドラゴンスタッフの炎を浴びせ、椅子に腰掛け、一息ついた。現在シンがいるのは、任務で目的としていた部屋である。研究室ではないらしく、イメージ的には所長室か……何となく、軍のお偉いさんのような部屋である。
 穴に飛び込んだ後、アルゴスが壁に右腕を当ててこちらに触手を向けた時点で、シンはアルゴスの策敵方法を看破した。元より疑問に思っていたのだ。十六階で天井が崩壊してきた時、明らかにアルゴスはこちらの位置を把握していた。
 咄嗟に壁を焼き払って触手から逃れ、シンはすぐに廊下を駆け出した。
 ドラゴンスタッフで壁の触手を焼き払い、敵に察知されないように身を隠す。幸いアルゴスは一階下……十八階にいた誰かと交戦を始めたらしく、シンを追っては来なかった。

「……ふぅ。さて、仕事を始めないとな」

 一通りの壁と天井、床を焼いたシンは、ドラゴンスタッフを机に立てかけて端末に向き直った。片手の作業のために非常にやりにくかったが、あらかじめ教えられたパスワードを入力し、持ってきていた記憶媒体を端末に接続する。端末の中にはテンプルム中の研究レポートが記録されており、中には量産型サクリファイスや、ヒラニヤカシプの実験データまで入っていた

(……どうやら、依頼主はまだまだこの研究を続けるつもりらしいな。どこの誰かは知らないが……)

 シンは端末を操作し、ファイルを転送しながら、考え事に耽っていた。
 このままこのファイルを依頼主に渡せば、この研究は間違いなく続行されるだろう。もしかしたら近い将来、この国で新たなテロ組織が生まれるかもしれない。
 このまま渡して良いものか……
 淡々と操作を続けていたシンの手が、ピタリと止まる。

「知った事じゃない……いつものことだろ」

 自分に言い聞かせるように呟き、シンは、情報媒体を手に取った。