■Game master〜Last burst〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング

 けたたましい警報が鳴り響く中、“それ”はエレベーターの中に入り込んできた。
 脱出用にと頑丈に作られた床は用をなさず、力ずくでこじ開けられる。

キキキキキキキキキ!!!

 エレベーターの異常を数々のセンサーが感じ取ったのだろう。それとも怪物の巨体がブレーキとなってしまっているのか、耳を甲高い金属音が貫いた。エレベーターの外部から火花が散りばめられて閃光を生み、停止こそしなかったものの、エレベーターの速度は大幅に減速する。

『警告:自爆装置が作動しました。爆破まで、あと4分。所員は直ちに脱出して下さい。繰り返します。自爆装置が作動しました。爆破まで、あと4分。所員は直ちに脱出して下さい』

 あと四分。地上までは、どれほどの距離なのか。それを判断する要素すらない。

「時間があるわけもなし……早々にお取引願おうか」

 もはや口上を上げる余裕も感慨に耽るような時間もない。例えどんな敵であろうとも、このまま地の底にまで叩き落として成仏して貰うだけである。

「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」

 咆吼とDFの破裂音が重なり、暗闇を赤光に染め上げた‥‥
シナリオ傾向 戦闘 脱出
参加PC 風羽・シン
Game master〜Last burst〜
Game master〜Last burst〜


 風羽 シン(w3c350)の放った真凍浸弾は、アルゴスが咆哮と共に放った光弾によって相殺され、二人の間で激しい閃光と衝撃を撒き散らした。
 シンは舌打ちしながら、研究所のコンピューターから入手した改造サーバント達のデータを記憶から引き出した。もちろん変貌したアルゴスの情報など存在しないが、シンのDFを迎撃するに足る光弾を放ったのだ。ならばそれに類似した攻撃を繰り出すサクリファイスの量産型……アレに似通った変貌を遂げているのだろう。
 データからDF戦での攻防は不利だと悟り、シンは素早く左手にドラゴンスタッフを召喚すると、アルゴスの視界を塞ぐように、低い位置から天井に向けて炎を噴出させた。

「GAAAAA!!」

 アルゴスが吼え猛る。炎をまともに受けているにもかかわらずダメージらしいダメージは見られないが、視界を遮られてデタラメに両腕を振り回す。狭いエレベーターの中だ。アルゴスの巨体と腕の大きさを考えると、それを躱すだけでも難しい。
 ……と、普通ならば思える。しかし、シンがこのテンプルム内で出会った驚異の度合いで言えば、もっとも攻略しやすい状況だった。

「よっ」

 ゴウ! ガシャッ!
 両腕が振り回される直前に床を蹴り、シンはドラゴンスタッフを送還して左手を空け、天井に突き刺した。右腕がないために酷くバランスが悪いが、強引に腕力だけで立て直す。シンの真下で暴れ回るアルゴスの両腕は、頑丈なエレベーターの壁を粘土のように吹き飛ばして破壊していた。
一体どれほどの攻撃を受けてこの形態にまで進化したのかは知らないが、かなり派手に敗退したのだろう。それに対応するためにここまでの力を身に付けたとしたら、シンにとっては非常に迷惑極まりないとばっちりだった。
 あと数分で死ぬという状況下で、最悪のクジを引いたのだから。

(お前の相手をしてるような余裕、こっちにはないんでな)

 シンはすぐに思考を回し、左手を天井にある点検孔に当てて力任せにこじ開けた。その音で炎に視界を覆われて暴れていたアルゴスもこちらの位置を掴み、天井ごと握り潰そうと拳を繰り出した。

「っ!」

 ゴガァ!
 拳は天井を破壊しただけで、シンには掠り傷一つ付けられなかった。点検孔をこじ開けた時点でシンは一度、天井を蹴り付けて床に滑り込み、アルゴスの死角に回り込むようにして着地していた。そもそも、シンは右腕を切断されているため、左腕一本で天井に張り付いていたのだ。点検孔をこじ開けたとしても、アルゴスの攻撃を一撃も受けずに外に出るほどの器用さは失われている。
 シンは再びドラゴンスタッフを召喚した。一度目の炎は消えてしまっているため、アルゴスを出し抜いてエレベーターの外に出るには、もう一度アルゴスの目を眩ませる必要がある。
 背後に回ったシンは、このままアルゴスの全身を炎で包んでやろうと杖に魔力を注ぎ……

「うおっ!」

 咄嗟に身を捻り、予期せぬ方向、背中を向けたままのアルゴスの一撃を回避する。シンは、天井に狙いを定めたアルゴスの両腕が未だに天井と壁を切り裂いていたために反撃はないと判断していたため、僅かに反応が遅れて脇腹を鋭利な爪で切り裂かれた。

(ぐっ……! 隠し腕か!?」

 完全に虚をついてきた攻撃を素早く認識し、ドラゴンスタッフを握ったままでシューティングクローを召喚した。そして追撃を掛けてきた第三の腕を斬りつけて弾き、第四の腕を伏せて回避する。
 シンを襲っていたのは、アルゴスの背中に隠れていた新たな両腕だった。……狭いエレベーターだ。隠していたわけではないのかも知れないが、巨体のアルゴスの背中に生えていた新たな腕は完全にアルゴスの巨体に隠れてしまい、見逃していたのだ。
 シンは不覚で負った脇腹の痛みを感覚から切り離し、シンが背後にいると気付いたアルゴスが振り向き様に放った裏拳を避けると共に、再び背後の方へと回り込む。隠し腕の存在には驚かされたが、それは一度限りの奇襲である。むしろ、一撃で死を予想されるアルゴスの元の両腕と比べ、隠し腕の方はシンのクローで弾き返せるような補助腕だ。真っ正面に立つより、背後に回り続けた方が遙かに安全である。

『爆破まで、あと三分です。所員は直ちに脱出して下さい。繰り返します。爆破まで──』

(本気でまずいな。このエレベーターから外に出て、コアヴィーグルで地上を目指す。幸い、この緊急用のエレベーターは直接外に繋がっているわけだから、あとはひたすら自爆の圏外へ……おおよその移動推定時間は……)

 このエレベーターに止まれる時間は、既に十数秒を切っている。
 シンは襲いかかって来る隠し腕を躱し、アルゴスを見据えたままで背後の壁にまで跳躍した。そしてそのまま壁を蹴り、今度は天井にまで跳躍する。
 そして、左袖に最後まで取っておいた得物を、手の平に滑り込ませる。

「GUGYARAAAAA!!!!」

 シンが離れたため、アルゴスはすぐさま振り向いて利き腕であろう右腕を突き出してきた。が、シンはそれすら足場に変えて蹴り付け、天井の点検孔へと身を滑り込ませる。
 そしてその時、シンは取っておきの得物を落としていく。アルゴスはシンが蹴り付けながら落としていったフラッシュグレネードを凝視し、体を硬直させていた。
 ……これが以前に出会ったアルゴスだったならば、こんな愚かしいことはしなかっただろう。目を瞑るなり顔を背けてシンを追い掛けるなりしていたはずだ。
 しかし、魔皇として、人としての思考を完全に浸食されて廃棄してしまったアルゴスには、もはや適当な対処など出来るはずもなかった。
 カッ!
 フラッシュグレネードの閃光が弾け飛ぶ。実質的なダメージはあり得ない上、アルゴスならばどんな閃光で目を焼かれようと、数秒で目と視界を治癒させて反撃してくるだろう。障害らしい障害にも、足止めらしい足止めにも、本来はなり得ない攻撃である。
 ……だがシンにとって、この状況を脱するには数秒の間があれば事足りることだった。

「サヨナラだ。悪いんだが、お前みたいなのにストーカーされていると知られたら、刹那の方に殺されるぜ」

 シンは呟きながらブレードローラーを召喚し、外に出た勢いをそのままに回転蹴りを放ち、エレベーターを吊り上げていたワイヤーを断ち切った。自爆に備えて頑強に作られていたエレベーター事態の重量と、アルゴスの巨体での重量を持って、エレベーターは恐ろしいほどの加速を持って地の底へと落下する。

「RooOOaaaaaAAAA!!!!!!」

 アルゴスの咆哮が闇の底へと落ちていく。しかし見送っている時間も、感傷に浸っている時間もない。シンは迷うことなくコア・ヴィーグルを召喚すると、エレベーターシャフトを一直線に疾空して駆け上がった。

(間に合うか!?)

 残り三分間と言う警告が発せられた直後から、シンは思考の中でもカウントを開始していた。自爆までの推定時間は、残り二分三十秒を切っている。
 エレベーターシャフトを上がりきり、閉じきっている扉(エレベーターが到着していないため、ロックされたままだった)を真旋風弾の真空刃で切り裂き、思うように吹き飛ばなかった扉を蹴り壊して破壊する。余計な手間が掛かって残り一分四十秒。森の真っ直中に隠されていた扉から飛び出して、木々を避けながら出来る限りの全力で離脱する。木にぶつかりそうになりながらも上昇し、森の上を飛んでいく。

(3……2……1……)

 0
 宙を飛んでいるシンにも分かるほどに、大地が激震する。木々が根本から倒れ、最初に突入した場所を中心に土が舞い上がって炎が吹き出している。さながら火山の噴火のようだ。さすがに地下深く埋まっていたテンプルムを破壊し尽くす事を前提とした自爆装置。その破壊の規模は、まるで核爆発でも見ているかのように徹底的だった。
 ギリギリで自爆範囲の圏外へと脱出したシンは、小高い丘にまで登り、その光景を見据えていた。

「絶景だな。戦時中にこのテンプルムと殺り合わなくて助かった」

 もろとも自爆されていてはかなわない。
 シンは消滅していくテンプルムから視線を切り、消え去る戦場から離脱した。



〜二日後〜

 小さな戦争から、二日が経過した。
 事件の収拾を目指して出動した軍だったが、軍が回収した情報は少なく、現在は研究組織からの脱出に成功して潜伏しているであろう残存研究員の確保に回っている。しかしテンプルムに残っていた研究員は軒並みアルゴスに殺害されてしまっているため、手がかりらしい手がかりが全くない状態である。警備室から得た研究員のデータも、ほとんどが偽名、暗号、消去されているほどの機密の徹底ぶりだ。もちろん顔写真すら存在しない。後を追おうにも、手も足も出ない状態である。
 ……実質、テンプルムの攻略作戦はものの見事に大失敗したことになる。
 何しろ軍は、散々死傷者を出した末に研究成果を得ることも出来ず、犯人の逮捕にも至らず、挙げ句もっとも重要視されていた施設が完全消滅し、テアテラの山間部の一部が焦土と化す騒ぎになったのだ。幸い爆発の中心地が地下深くだったためにクレーターが出来るほどではなかったが、緩くなった地表に目掛けて山崩れが起きるは水脈がズタズタに引き裂かれるは焦土と化した森を戻すために多大な費用を請求されるは……政治家達は、軒並み頭を痛めている真っ最中である。

「……さて、ここだな」

 そんな状況を作り出した主犯の一人、シンは、一人でとある廃墟へと足を運んでいた。
 人目に付かない廃墟ならば、この国にはごまんとある。いくら戦争から数年が経過しているとは言え、復興が完了しているのは大きな街が中心だ。この町のように、工場地帯として機能していたわけでもなく、元から過疎化が進んでいた小さな街は、放置されている傾向にある。
 シンを雇い入れた組織の者は、そんな場所を取引場所に指定した。
 別に廃工場があるわけでもない。平凡な廃墟である。元は民家があったのだろうが、今は瓦礫で埋まっている無人の街。しかし、ようはその場に誰もいなければいいのだ。軍によって監視されている可能性のある廃墟に比べれば、この場は理想的な場所とも言えた。
 ……シンは立ち並ぶ崩れた一軒家を見渡し、半壊している民家に当たりを付けて中に入った。そこには既に二人の黒服の男が立っており、一人は大きなスーツケースを持っている。

「風羽 シンだな?」
「そうだ」
「物は?」
「これだ。確認してくれ」

 互いに知った顔でもない。挨拶など一切抜きで始まった取引に、シンは訝りもせずに応じていた。
 懐から小さなケースを取り出す。大きさは大学ノートほど。そのケースを黒服に放って寄越す。
 黒服は貴重な情報が詰まっているはずのケースがぞんざいに扱われていることに腹も立てず、パシッとキャッチし、ケースの中にあった記憶媒体を手持ちの端末に繋げ、中身を確認していった。
 ……薄く、シンの頬に冷や汗が浮かんでいる。

「確認した。では、こちらも確認してくれ」

 端末を受け取った黒服は、傍らに待機していたもう一人を促し、持っていたスーツケースの口を開けた。中には紙幣がギッシリと詰まっており、開いたら作動するようなトラップもないことを示している。黒服はスーツケースを閉じて数歩踏みだし、シンと黒服のちょうど真ん中にそれを置いた。その時点で、端末を受け取った黒服は後ろに下がり、ソッとその場から離脱する。
 シンはそれに気付かないフリをしながら、後ろに下がった黒服と入れ替わりにスーツケースに歩み寄り、中を確認しようと手を掛ける。
 その時になり、初めて黒服が笑みを浮かべた。

「そう言えば……その右腕、どうしたんだ?」
「敵さんにやられたんだ。さすがに二日だと、まだ再構成が出来なくてな」

 シンは、まだ回復していない右腕を振って、苦笑いを浮かべてやった。

「そうか、それなら……良し、俺から特別に負傷手当を出してやろう。遠慮せずに受け取ってくれ」

黒服がそう言いながら、袖口から何かを手に滑り込ませる。同時にシンの背後でも気配柄割れる。逃亡防止のために前後の挟み撃ちにするのは、どんな戦いでも定石だ。
察するまでもない。映画やドラマでお馴染みの暗殺シーンに突入である。
シンはスーツケースに手を掛けたまま、体を屈めたままの体勢であり、避けることなど敵わず──
バシュッ!
小さな音が響く。まるで突然空気が抜けているような、そんな気の抜けた音だ。念のためにサイレンサーを使っていたのだろう。目撃者などいないというのに、実に念の入った演出だ。

「なっ……!?」

 目の前の黒服の顔に驚愕が浮かぶ。シンを背後から狙っていた仲間の頭部が吹き飛ばされたことに硬直し、視線がシンから外れて仲間に向かう。その所為で、シンが屈んでいるのが、スーツケースを開けるためではなく獲物に跳びかかるための予備動作であると言うことに気付きもしない。

「こちらこそ。良い取引をさせて貰ってありがとう。まぁ、今後もよろしくって事で、親玉の閻魔様によろしくな」

 ……瞬きほどの時間も掛からなかった。
 渾身の跳躍によって一気に間合いを詰めたシンは、DFも使わずに魔力を左手に集中させ、黒服の首を撥ね飛ばした。油断しきっていたうえに虚を衝かれた者に防御など出来るはずもない。
 黒服の命は、ただの手刀によって断ち切られた。

「……やれやれだな」

 シンは一息つきながら振り返り、もう一人の黒服が倒れているのを確認する。それから携帯電話を取り出し、潜伏していた刹那に連絡を入れた。

「刹那、もう一人は?」
『仲間と連絡も取らずに、ヴィーグルで急速に離れていくわ。撃っておく?』

 離れた茂みに潜み、狙撃銃を手にヴィーグルを狙っているであろう刹那の台詞に、シンは苦笑を交えて返答する。

「それじゃあ、ここまで仕込んだ意味がない。周囲を警戒して、これ以上の襲撃がないのなら撤収する」
『了解。でも、大丈夫だったでしょうね? 右腕がないんだから、あまり無茶はしないようにしてよ』
「今回は無傷だ。そんなに心配か?」
『当然でしょ? 今回のことだって、私には調査ばかりやらせておいて……まぁ良いわ。ほとんど私の出番がなかったこととその怪我のことは、今後の結果を見てから追求させて貰うから』

 プッ
 携帯が切れる。どうやら本気で起こっているらしく、刹那の声は、ここ数日間刺々しい。恐らくは出番云々よりもシンが自分を置いていって重傷を負ったことを怒っているのであろうが、あの任務では仕方がなかったのだ。単独行動でなければ、恐らくあの場から生き残ることも出来なかっただろう。

「やれやれ……今度ばかりは、俺も無事じゃあ、すまないかもな」

 シンは肩を竦めながら、スーツケースを持ち上げた。