■Broken fantasy 〜壊れた幻想〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング
 その巨体は、あまりにも異常だった。
 先に見たときには、確か全長十五メートルあったかどうかだ。それでもかなりの巨体だったが、精々殲騎と並ぶかどうかというレベルである。神との戦争を戦い抜いた者達から見れば、感心はしても大騒ぎをするほどのことではない。
 が、目の前のそれは、そんな魔皇を持ってしても異常という他がなかった。

『GYAAAAAAAAAAAA!!!』

 コア・ヴィーグルの行く手を阻んで現れたそれは、体を貫き続ける激痛によってのたうち回っていた。それもそうだろう。体のあちこちでは小さな破裂が絶え間なくそれを瞬時に肉の風船が覆い隠し、体を少しずつ膨らませていく。それによってアークエンジェル・マザーの体は既に倍近い大きさにまで増大し、ここが殲騎の格納庫でなければ顔を覗かせることすら出来なかっただろう。
 その巨体はまるで鯨か……いや、巨大な蛸だ。散布されたガスによって全容は把握出来ず、繰り返し反響して響き渡る雄叫びはこちらの体を竦ませ、足下が血の池になっているのを考えると、この場所にのみ地獄が具現化しているような錯覚を覚えさせる。
 振り上げられる巨大な触手。

「嘘だろ!」

 ヴィーグルに跨った魔皇が叫び、マザーから伸ばされてきた触手を回避する。
 厚さ一メートル近い土の壁を破壊したマザーは、破片すら落ちきらないうちに攻撃を仕掛けてきたのだ。叩き付けられればヴィーグルなど粉々に破壊され、当然搭乗していた魔皇も逢魔も即死だろう。
 マザーの巨躯から繰り出される一撃は、どんな些細な攻撃でも単純な大きさだけで魔皇の一人や二人を殺してあまりある‥‥!

「ァ‥‥アアアアァ!!」

 繰り出される連撃を躱し続ける。一撃、二撃。三、四、五、六、七‥‥‥‥
 空間が広いとは言え、魔皇のヴィーグルそうだ能力は見事だった。
 縦横無尽に駆けるヴィーグルだが、マザーの触手にも死角はない。どこまででも執拗に追いかけ回してくる攻撃を回避し続けられるのは、神業としか言いようがなかった。

「せめて‥‥あの穴までいければ‥‥」

 頭上に開いているネフィリム脱出口にまで達することが出来れば、まだ望みもあるというのに‥‥‥‥

「GyAoooooo!!!!!」

 苦しみに悶える悲鳴は咆吼へ。かつては魔力を欲しているが為に振るわれていた触手は、今ではただ破壊するためにのみその手足を振るっている。そんなマザーの体のあちこちでは崩壊が巻き起こり、戦おうと戦うまいと、既に終わりが見えている。
 ‥‥終局は近い。
 魔皇に襲いかかるマザーの触手が、天井から放たれた光弾によって弾かれた‥‥

シナリオ傾向 戦闘 脱出
参加PC 月村・心
Broken fantasy 〜壊れた幻想〜
Broken fantasy 〜壊れた幻想〜

〜地下二十九階・1520時〜

 ……血の池は波を打って壁に叩きつけられ、緑色のガスに血煙を混じり合わせ、そうでない物は間断なく雨となって部屋中に降り注いでいる。その為、視界は著しく悪く、互いの狙いを阻害する。
 しかしそんな中でも、波の発生源となっているアーク・エンジェル・マザーの巨体は、視認することに何一つとして問題はなかった。肥大化した触手は天井から放たれた光弾によって弾き飛ばされ、叩き潰そうとしていた月村 心(w3d123)を外して床を殴りつけ、一階下にまで陥没させた。
 その隙を逃す心ではない。この場での勝機はないと判断し、光弾の主を天井に開いている捜すこともせずにコア・ヴィーグルを走らせ、一直線にネフィリム射出口に突っ込んだ。

「心様! 良いんですか?」
「これしかないだろう!? 援護してくれた奴には悪いが、次もあるとは思えない!」

 躊躇なく脱出に掛かった心も、苦々しく唇を噛んだ。
 心が言っていることに間違いはない。あの場にとどまれば、またも逃げ場のない追い駆けっこに逆戻りしていただろう。誰が援護してくれたのかも分からないが、向こうは向こうで、無事に脱出してくれると信じるほかにない。
 と、そんな心の願いを踏みにじるかのように、けたたましい警報と警告音が鳴り響いた。何事かと気を逸らされた二人が、顔を上げる。

『警告:自爆装置が作動しました。爆破まで、あと五分。所員は直ちに脱出して下さい。繰り返します。自爆装置が作動しました。爆破まで、あと五分。所員は直ちに脱出して下さい』
「マジ!?」
「あと五分……間に合いますか?」
「地上までが一直線なら、何分もかからないだろうが……」

 心は舌打ちしながらヴィーグルを操り、射出口を上昇していく。だがそんなことが許されるほど、この死地は甘くはない。

「GYARAAARARAARAA!!!!」
「心様ぁ!」
「こっちに来るか!」
「来てますよ〜!」

 心は背後を振り向くことなく、マザーが自分達を追ってきたことを感じていた。それとも、この場に残れば自身も死ぬと本能的に悟っているのか……マザーが射出口の壁に無数の触手を深々と突き刺し、体を持ち上げて侵入してくる。
しかし、それでも追い切れるかどうかはまた別だ。心のコア・ヴィーグルとマザーの移動方法では、あまりに速度が違いすぎる。ネフィリム射出口は、テンプルムの中と違って複雑な構造はない。ならば直線距離で最速三百qにまで到達するヴィーグルに、マザーが追いつけるわけもない。地上までも、自爆までの五分もかからないだろう。全速力を出せばほんの二分。残りの三分で爆発に巻き込まれない場所にまで退くことも可能だろう。
心はそう判断し、全速力でヴィーグルを走らせる。が、心に掴まって背後を警戒していたノルンは、悲鳴のような声を上げて身を乗り出してきた。

「避けてぇ!」
「なっ、ノルン!?」

 心を押しのけるようにして身を乗り出してきたノルンは、操縦桿を勢いよく手で押して、無理矢理方向を切り替えさせた。凄まじい加速を見せていたヴィーグルは、僅かに操縦桿を傾けただけでも恐ろしい蛇行を見せる。壁に向かって方向転換するヴィーグルの体勢を立て直すため、心はノルンによって変えられた軌道を戻そうと操縦桿を操作した。

「ノルン、何を!?」

 抗議の声を上げようとした心の台詞を、ヴィーグルを追うようにして放たれた触手の轟音が遮った。心とヴィーグルを足したほどの大きさを持つ巨大な触手が背後から伸びてきたかと思うと、一瞬前までヴィーグルがあった場所を薙ぎ払う。そしてそれは壁に叩きつけられ、盛大に瓦礫をぶちまけた。

「────」

 思考が一瞬停止し、戦慄する。
 今思えば、そうおかしいことではない。マザーは元々、地下十五階までの長い距離を、触手を伸ばして心達に襲いかかってきたのではないか。それを考えれば、例えマザー自身の追跡が緩慢でも、地上までの距離は十分に射程内だ。いや、最悪、地上に出ても射程からは逃れられないかも知れない。
触手を切り捨てられればまだ逃れられる。しかし向こうは蚊を潰すように手を伸ばし、壁を撫でるだけで粉砕する力を持っている。たったの一撃でこちらのヴィーグルは粉砕されるだろうし、搭乗していた二人も即死する。ヴィーグルを捨てて避けたとしても、それ以降の脱出は絶望的だ。ヴィーグルにすら追いつく触手から、魔皇が逃れる術はない。
 心はヴィーグルを操って一際大きな瓦礫を躱しながら、背中に掴まるノルンに言う。

「ノルン! アイツの攻撃のタイミング、読めるか?」
「は、はい。なんとかぁ!」
「なら、ここから先のナビを任せる。こっちも振り向いてる余裕はなさそうなんでな!」

 心はヴィーグルを再加速させながらホルスジャベリンを再召喚し、行く手を阻む瓦礫を打ち据えて弾き飛ばした。片手で操縦桿を操作し、地上を目指して瓦礫を避けていく。

「上! 右! 左! 下! ああ、横薙ぎに来ますぅ〜!」
「ああもう! どこのシューティングゲームだよ!」

 ノルンの叫びを聞きながら、心は正確に、そして確実にヴィーグルを操って触手と瓦礫を躱していく。既に地上までの距離は半ばにまで達している。が、数を増した触手の攻撃を躱し、その余波で発生する瓦礫の障害物を回避することに精一杯で、どうしても速度が稼げない。
対するマザーは壁に次々に触手を刺して体を持ち上げ、それを拘束で繰り返しながら、蜘蛛のように這い上ってくる。速度は精々ヴィーグルの半分と言った所か。しかしそれでも、ヴィーグルの倍近い速度を持って放たれる触手のアドバンテージによって差が埋まり、引き離すことが出来ずにいた。
 心は自爆装置のカウントに焦りながら、ホルスジャベリンで横薙ぎにヴィーグルを叩き付けようと迫ってきた触手を切り払う。しかし地上に足を着いていたとき違って勢いが足らず、片手と言うこともあって掠り傷程度にしか付けられなかった。

「くそっ、ヴィーグルに乗りながらだと攻撃手段が……遠距離攻撃型の魔皇殻を持ってくれば良かったか」
「ショットガンぐらいだと効果がないですよ! あ、左と下と……斜め右!」

 ノルンの警告に答えて軌道を変える。背後から一直線に心を狙って突き出された触手は、ヴィーグルの真横を擦り抜けるようにして地上へと伸びていく。その数は十本を超え、これまでに襲いかかってきた中では最多と言えよう。

「ン……?」

 既に十数回もの攻撃を躱していた心は、今回の攻撃の異変に気が付いた。
 戻らない。今まで触手は、まず心達を狙い打ちにし、それから数秒ほど暴れて瓦礫を降らせた後に下にまで戻って再び打ち出すというパターンを繰り返していた。その触手が戻らない。それどころか左右に揺れて瓦礫を散乱させるということもせず、ただひたすらに触手を真っ直ぐに伸ばし、そのまま地上へと向けて伸ばし続けている。やがてまた壁に突き刺したのか、瓦礫が降り始めた。
 それを躱しながら、心はマザーの狙いを看破する。

「ま、まさか……!?」

 操縦に専念して前方のみを見ていた心が振り返る。心とノルンを追いながら攻撃を仕掛けてきていたマザーは遙か眼下に存在し、既に五百メートル程の間合いが空いていた。触手を伸ばしていたマザーは、体を支える触手を最低限に抑え、残りのほとんどを地上へと伸ばしている。
 マザーの体は、少しずつ持ち上がり……

「ノルン! 俺に掴まってろ!」
「え? ふぇぇええ!!」

 ノルンは心に言われて反射的に心に抱きついた。心はヴィーグルを瞬時に送還して滞空する……

「GRAAAAAA!!!!」

 その二人を目掛けて、マザーの体が急加速を開始した。まるで打ち出されるロケットのように突然加速し、上昇してくる。もちろん降り注いでくる瓦礫など、巨体のマザーにとっては障害にはなり得ない。加速はまったく減速することもなく、ヴィーグル以上の速度を持って二人に激突した。
 ……触手をゴムのように縮めての急上昇。恐らく地上か、それに近い場所にまでマザーの体を持ち上げるに足る数の触手を放ち、食い込ませているのだろう。その全てを縮ませることによって、自身の体をパチンコのように打ち出したのだ。
 ズン!
 心とノルンの二人の体に衝撃が走り、ノルンの悲鳴が響き渡った。

「手を放すなよ?! 放したら終わりだぞ!」
「はぁぁぁぁああああいいい!!」

 ノルンは心に抱きつきながら翼を広げ、いつでも飛べるようにスタンバイしていた。落ちるつもりはないだろうが、恐怖が勝手にそうさせているのだろう。
 心はマザーの体に突き立てたスピアとブレードを力一杯に握りしめながら、ブレードだけを引き抜いた。マザーの急上昇に張り付いているような体勢になっているのだが、それだけならばスピアだけを突き立てていれば事足りる。
 ……激突の瞬間、心はヴィーグルを消すと同時にフェニックスブレードを召喚し、両手で攻撃態勢を整えていた。ノルンを背中に背負って(ノルンが抱きついているだけなのだが)の攻防など通常では考えられないのだが、そうしなければならない理由があった。
 マザーの体が迫る。二人分の体重を利用して空中で体勢を整えた心は、重心を利用して回転し、体の位置をずらしていた。完璧に命中するはずだった体当たりは掠めるに留め、擦れ違い様にマザーの体にスピアとブレードを突き立てた心は、まんまとマザーの体に取り付いたのである。規模は違うが、警備室で触手に取り付いたのと対して変わらなかった。
 マザーは地上へと急上昇している。心は即席のエレベーターみたいだと思いながら、ノルンの手を誘導してスピアを握らせた。

「はうぅ。怖かったです。せめて事前に言って下さいよう」
「そんな時間があるか。それより……両手で槍を持つのはやめておけ。それだと抵抗も出来ないぞ」
「へ?」

 ノルンが呆けたような声を出すと同時に、心はノルンの背後に向かってブレードを一閃させた。突き出されたスピアに刺された小さな触手が悲鳴を上げ、続いて横薙ぎに払われ、四散する。

「え? え? え!?」
「さぁて、地上に着くまでの十数秒……ここで耐えれば俺たちの勝ちだ」

 心はインフェルノウィングを召喚して炎を発しながら、四方八方から現れる触手に向けてブレードを振りかざした。
 ……マザーと手、自分の体に異物が張り付いていることに気が付かないわけがない。そして張り付いているのなら、そこはマザーの独壇場だ。自己の再構築を得手とするマザーは、自分の体から新たな触手を作り出して心達を排除に掛かる!

「はぁぁぁぁああ!」
「このっ、来ないで!」

 襲いかかる触手を薙ぎ払う。片手でスピアを握って振り落とされないようにしながら、器用に刃を振るい、弾丸を撒き散らし、炎で触手の群れを焼き尽くす。
 メイン攻撃に使っている強靱な触手は、体を持ち上げることに使っているため、襲ってくる触手は脆弱な存在だった。しかし数は多い。僅かにでも隙を見せれば……

「ひっ!」
「ノルン!」

 ノルンの体に殺到する触手の牙。炎の翼と刃で武装した魔皇を狙うよりも、ショットガンで応戦しているノルンを重点的に狙うのは当然だった。心はブレードを駆使してノルンの体に食いついている触手を切り払い、一匹残らず焼き尽くす。
 ……しかしそれが、今度は心の隙を作ることになる。足下に食いついてくる触手を踏み潰し、心はすぐさま再構築される触手の群れを睨み付けた。

「ノルン、悪い! 窮屈だろうが、我慢しろ!」

 返事など待たなかった。触手達が全方位から殺到するよりも早く、心はノルンを押し倒すようにしてスピアの根元にまで押しつけ、その体を抱きしめた。もちろん片手でスピアを握りしめ、落ちないように保持している。
 そして、インフェルノウィングを最大出力で燃え上がらせた。

「GYARARARRAAAAA!!」

 触手達の悲鳴が上がる。
 いかに二人が凄腕と言えど、小さな触手の群れを一々切り払っていれば押し切られる。しかしその場から動けないのならば、一番なのは攻撃に回らず、防御に徹することである。そして心のウィングの炎は、まさに攻防一体。触手の攻撃を防ぎつつ相手の全てを焼き尽くしていた。
 数秒間。その体勢で数秒間ほど持ち堪えたとき、二人の体を異様な浮遊間が包んでいた。
 その感触に、心が顔を上げて炎を解く。
 ……そこにあるのは青空だった。
 ネフィリム射出口を抜け出したマザーは、そのままの勢いでテンプルムの上空にまで飛び出していたのだ。
 二人はマザー共々、地下数百メートルから一転して上空数百メートルにまで打ち上げられている。

「ノルン、今度は飛ぶぞ。それと……そろそろ召喚出来る時間だ!」
「召喚? ……! 分かりました!」

 ノルンは心の言葉からやるべき事を悟り、心と共にマザーの体を蹴り付けて空中へと身を躍らせた。そして申し合わせていたかのように、地上から ズズン! という衝撃音が聞こえてくる。
 それと同時に、周囲を取り巻いていた重圧が掻き消えた。このマザーが、まだアークエンジェルとしての機能を持っていたがために存在していた絶対不可侵領域が消滅したのだ。
 心はすぐさまそれを感知し、コアヴィーグルを、そして殲騎を召喚する!

「GURAYARAAARRARAAAAR!!!!!!」

 アークエンジェルが、突然傍らに現れた巨人に驚愕する。触手が踊り、殲騎に巻き付いて破壊しようと乱舞する!

「させませんよぉ!」

 しかしその最後の抵抗を、ノルンの重力の檻が束縛した。重力の檻は、特殊能力以外の一切の行動を阻害する。打撃攻撃以外の攻撃手段を持たないマザーにとって、殲騎に搭乗したことで範囲を広げた重力の檻は、まさに天敵とも言える能力だった。

「じゃあな、こっちにも事情があるんだ。死にたくないってのは分かるんだが……」

 マザーの頭上に陣取った殲騎が、フェザースピアを再召喚し、渾身の魔力を押し込める。そして大きく振りかぶり……

「大人しく、この地の底で眠ってろ!!」

 ……最大にまで魔力を押し込めた一撃が放たれる。マザーを頭から串刺しにしたスピアは、マザーの体を貫通せず、しかし勢いは止まらずにネフィリム射出口へと侵入していく。
当然、膨大な魔力によって焼かれているマザーを、放さないままで……

「GYAAAAAAAAA────」

 激震する地の底へと落とされる堕天使の叫びが響き渡り、それと同時に、激震していた地上のあちこちから炎が巻き上がった。

「……ホントに……もう起きるなよ。そこで眠ってたほうが、お前のためだ」

 心は、眼下で巻き起こる噴火のような惨状を、帰投を命じられるまで見続けていた……