十数秒も続いた閃光の嵐が通り過ぎた時、男は顔面を引き裂かれて倒れていた。
目を庇っていた左腕は見事に両断され、足下に転がっている。それほど長物の魔皇殻は見えなかったから、恐らくDFの類だろう。顔面に付けられた爪痕は非常に深く、真っ正面から受けたのに後頭部にまで達している。
普通は死んでいる。普通は。例え魔皇やグレゴールであろうと、ここまでやられれば常識的に死んでいる。
だが、男はその常識からはあまりにかけ離れすぎた存在だった。飛散した脳の情報を拾い集め、再構成。ものの数分で、昼寝から覚めるような気安さで起きあがった。
つい数分前まで目の前にいた魔皇の姿が消えていることを確認すると、男は小さく感嘆の声を漏らし、手近な壁に歩み寄った。
「いい手だな。特に俺に立ち向かわずに脱出を優先する辺り、良い勘をしてる」
“立ち向かわずに”というのは、この場に留まり、トドメを刺そうとしなかったということを褒めているのだ。通常ならば致命傷の攻撃を繰り出しておきながら、油断することなく逃げたのだ。一目散に。
恐らくこちらの右腕……透き通るほどに鋭利な刃になっている右腕と先刻の攻撃を見て、こちらのおおよそのスペックを予測したのだろう。伸縮自在の攻撃を繰り出せると言うことは、肉体再構築能力がある証拠である。大規模破壊を行える強力な武装を所持していない限り、真っ向勝負は望めない。
「だが、逃すわけにも行かないな」
笑みを浮かべながら壁に右手を付く。変形していた、右腕の鋭利な刃が変形し、たちまち赤黒い、気味の悪い触手へと変貌する。そしてその触手が触れた箇所を中心に、壁から髪のように細い触手が浮き上がった。
今の今まで真白く染まっていた壁を中心にして赤い肉の色を取り戻した触手は、静かに脈動しながら、テンプルム全域に張り巡らされた感触と目の視覚を男へと送っていく。男は目を閉じ、テンプルムと一体化するような感覚に集中した。
テンプルム内で行われている戦闘は、もはや彼の体内で行われているに等しかった。侵入した者達は隙間なく張り巡らせた小さな触手を踏みつけ、自らの位置を示してくる。
(見つけたぞ)
男はほくそ笑み、感覚を再度断ち切った。
既に体内に入った病原体の位置は掴んでいる。先行していた者達もいるが、今はネズミ退治に勤しむとしよう。この身は一つしかないのだから、順番を待って貰わなければならない。
「はは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
高笑いを上げる。
ああ、なんて気分の良いことか。ここまでの爽快感は、人間をやめたときにも感じられなかった。魔皇となって、戦争を駆け抜けたときにも感じられなかった…………
自分が、最強だという、絶対の確信。
狂気に届かんばかりの高揚感を引き起こしているのは、その確信だった。もはや魔皇ですらなくなりつつある男の力は、テンプルム内……いや、その上に乗っかり、再突入の準備を急いでいる無能ども全てを足した所で届くかどうか……
あらゆる抵抗を許さぬ暴君が、追跡を再開した……
|