■Game master〜END or ‥‥?〜■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 メビオス零
オープニング
 任務は、まだ続いている。
 指定された端末から膨大なデータを盗み出した。残すは脱出と、依頼主への受け渡しだけである。

「‥‥」

 魔皇は静かにデータが詰まった記憶媒体を見つめていた。
 このテンプルム内、転送されていたデータを見ていた魔皇には、それが生み出す驚異をはっきりと認識できた。個々にいる出来損ない達とて、もし外の世界に解き放たれればかなりの驚異となるだろう。
 ただでさえ危うい均衡の上に成り立っている国家だ。不用意に大きな火種を点火させれば、もしかしたら、この国その物を消し去ることも可能かもしれない。

「‥‥」

 魔皇は熟考する。
 これから、自身が辿るべき道を、間違えないために‥‥
シナリオ傾向 戦闘 脱出
参加PC 風羽・シン
Game master〜END or ‥‥?〜
Game master〜END or ‥‥?〜

〜地下二十階・1435時〜

(何してるんだろうな、俺は)

 心中で呟きながら、壁からソッと顔を覗かせて様子を探る。
 その先では、三人の男女が跳び回り、駆け、剣戟を響かせて自分達の周囲を荒らし回っている。二人は見たことのある、魔皇と逢魔。もう一人は、こちらの右腕を切り落とし、二度も窮地に立たせた変異魔皇アルゴス。
 見たところ、魔皇のタッグとアルゴスの戦いは拮抗しており、互いに決め手はあるようでない。
 全体的な能力はアルゴスの方が圧倒しているのだが、実戦経験では魔皇達の方が圧倒している。能力的な差をひたすら小狡い手で埋めながら、一瞬の隙を衝いて回避、反撃、しかし殺しきれずに再生、反撃を受けて後退、でも回避しながら……エンドレス。見ていて飽きない戦いを繰り広げている。
……この研究所のデータを調べていて分かったことだが、アルゴスの元となっている魔皇は、元々は海外組織から派遣されてきた工作員だったらしい。ほとんど情報らしい情報はなかったが、断片的に組み合わせると、大体以下のようになる。
海外の魔皇は、グレゴール達にこれと言った抵抗らしい抵抗をするまでもなく捕らえられている。しかし中には、裏組織に匿われて居るような奴らもいるようで、あの男もその一人だ。
しかし大規模な戦争に参加した経験は皆無。派手に動けば神帝軍に捕まって幽閉生活になるため、魔皇対魔皇の、本気の殺し合いに参加するような場面は、ほとんど無かった。
この日本には、新種サーバントを回収して本国に持ち帰り、対神帝軍仕様の生物兵器開発を行う予定だったらしいが……

(そのまま自分が寄生されて、実験体にされていれば世話はないな)

 風羽 シン(w3c350)は溜息混じりに思いながら、静かにその場で思案した。
 本来、任務であるデータ回収を終えたシンは、既に脱出の算段を付けている頃合いの筈である。こうして、わざわざ下の階にまで向かう必要は微塵もない。
 ……が、シンはあえて脱出せず、途中でパスした追っ手を追い掛けていた。
 途中で相手の大将を押しつけてしまった魔皇を助ける……という思いも僅かにあるが、何より右腕の意趣返しが済んでいなかった。やられっぱなしで逃げ帰るなど、シンにしてみれば考えられることではない。
 しかし現実、余分な戦闘に巻き込まれてこのデータを記録した記録媒体を紛失したら目も当てられない。何しろ元データの入っていた端末は、データを吸い上げ終えた直後に破壊したため、データを回収し直すことは不可能なのである。

(理想は、こちらの姿を一切見せず、トラップを張って、そこまで誘導することなんだが……)

 難しい。アルゴスだけなら自分が相手をして誘導するのだが、既に戦闘を行っている魔皇に気付かれないようにするのは至難だろう。
 シンは端末から調べておいたテンプルム内の研究施設データを思い起こし、次に魔皇とアルゴスの戦闘状況と位置関係を計算し……行動を開始した。
 研究を行っている部屋の位置と、大まかな内容は把握している。もちろん全てをと言うわけではないが、少なくとも、雇い主が特に欲しがっているであろう情報はしっかりとシンも覚えていた。

「ここだな」

 数分もしないうちに、シンは一つの研究室の前に辿り着いた。見える範囲に魔皇達がいないことを確認して、部屋の中へと滑り込む。室内に入り込んでから真っ先に監視カメラと壁に這っている極小の触手を焼き尽くし、目的の物に歩み寄った。
 ……部屋の中には、無数のタンクが立ち並んでいた。
 一つ一つはシンよりも一回り小さな大きさで、表面にグレイブディッガーのシルエットのシールが貼り付けられている。数は約三十器。
どれも、上部には中のガスをテンプルム中に送るためのバルブとチューブが取り付けられている。しかしバルブ自体はしっかりと閉められており、端末から操作をしても、ガスが流れていかないようになっていた。

「……意味ないだろ。これ」

 シンは呆れながらも僅かに納得して、一つ一つのバルブを開けていった。
 このタンクの中身……対グレイブディッガー用に開発されたAGDガスは、まだ試用段階の未完成品だ。
 効果の程は実験で確認済みだが、まだ副作用までは確認出来ていない。一応の準備だけは済ませているが、本音を言えば、まだ使いたくはなかったのだろう。

「こんな物を作ってる時点で、あの化物共の危険性は誰よりも理解していただろうに……」

 自分勝手に研究を進め、他の者達を散々犠牲にしまくった末に自分達がその成果に食われたのだ。同情の余地は微塵もない。
 そう思うことで微かによぎった憐憫の情を捨て去ると、シンはタンクのバルブを全て開け、隅にある管理用端末のスイッチを入れた。

「……上階の警備室も誰か居るな。端末にアクセスしてきている」

 しかし、ガスを使うにはこっちでのロックを外さなければいけない。このガスを使用するには、この部屋のバルブ解放と端末操作の二重ロックを外し、そして警備室での散布操作を行わなければならない仕組みになっているようだ。
 ……シンは僅かに思案したあと、こちら側のロックを外し、そして壁に貼り付いて外の様子を窺った。当初はこの部屋に魔皇とアルゴスをおびき寄せて、それに合わせてタンクを破壊し、アルゴスに致命傷を負わせるつもりだったのだが、これでそうも言っていられなくなった。
 上階の警備室でこのガスを使用しようとしていた者達は、こちらのロックを外すために躍起になっていたはずだ。もしかしたら、既にこの近くにまでロックを外すために派遣された兵士達が出向いてきているかも知れない。
 ……あり得る。
 地下十五階から、この階まではほぼ直通なのだ。しかもテンプルム内にいるサーバント達もそろそろ打ち止めなのか、この部屋に来るまで、ほとんどサーバント達を見ていない。部隊が派遣されていれば、大した障害もなくここまで辿り着くだろう。

(やるだけのことはやったな。次に移るか)

 シンは扉の外にいるのが、まだ魔皇とアルゴス達だけだと言うことを確認した。しかし、扉を僅かに開けて覗き込むと、既に扉からよく見える位置にまで移動している。
 ここから出ると、気付かれる可能性がある。
 それに警備室からの増援を考えると、最初にここに来た穴の付近は兵士達と鉢合わせる危険性がある。
……いや、それならどこを通っても一緒だろう。
 シンはこの部屋からの脱出先を検討し、再び天井に目を向けた。

「……今日は厄日だ。やたらと狭い所にばかり縁がある」

 シンは苦笑しながら呟き、天井の通風口の中へと滑り込んだ。地下六階から十二階までで一度。アルゴスから逃れるために一度。そしてこれで三度目だ。しかも今度は地下二十階から二十九階まで降りなければならない。
通風口を這って移動するのは数々の不安(たとえば床を破って階下に行こうとする奴らの攻撃に当たったり逆に廊下で戦っている奴らの流れ弾が当たったり触手に遭遇したり)があったが、もっとも最下層への到着が速いのが通風口だ。
何しろ、通風口は空気を建物内に入れるための穴だ。複雑な構造にする必要は全くなく、下へと続く穴を見つけてしまえば、そこを降りるだけで事足りる。
ほどなくして、シンは最下層へと直下している深い穴へと辿り着いた。

(さて……蛇が出ないよう、祈っておくか)

 シンは躊躇うことなく穴の中へと身を滑らせ、その先から聞こえてくる咆哮に耳を澄ませた……




〜地下二十九階・1315時〜

 通風口を滑り降りていたシンは、足下にようやく終わりが見えたことに安堵し、壁に手をついた。通風口の穴は天井に続いている。このままブレーキも掛けずに落ちていけば、中空に放り出される形になるのだ。
端末から得たデータで二十九階がサーバント達の実験場(と言う名目の、事実上の廃棄場)だと知っていたシンは、斬られた右腕の分を肘と両足で補助し、穴の出口で綺麗に止まる。
 それから落ちないようにシューティングクローを壁に突き立て、体を器用に固定しながら体を回転させて逆さまになる。そして穴の出口から顔を覗かせ、様子を窺った。

「ここは……」

 シンは、室内の惨状に目を見張り、その目は中心に釘付けとなった。
 地下二十九階。データ上では、サーバント達の実戦的な実験を行っている場所である。
数百体のサーバントが放り込まれていたはずだったが、現在では動くモノは二組と一体しか確認出来ず、今では緑色のAGDガスと血の朱で彩られた混沌と化している。
床一面が血と臓物で塗り固められている所を見ると、魔皇達が片付けたのではなくサーバント同士で食い合ったのだろう。あの触手の獰猛さを見ても、寄生されたモノ達には一片の情も仲間意識も残っていないのがよく分かる。
シンにしてみれば、取り立てて驚くようなことではなかった。
 ……シンが驚いているのは、また別のことだ。
 元々はネフィリムの格納庫だったのを改造しただけあって、この空間の広さはテンプルム内随一だった。
 その中央に、とてつもない大穴が空いている。
 おおよそだが、直径は十メートルほどだろうか。そしてその穴から這い出てきたであろう巨大なサーバントが、懸命に回避運動を繰り返している二機のコア・ヴィーグルを追い回している。

「デタラメだな……あれ、アークエンジェルか」

 巨大なサーバント……アークエンジェルの体は、優に二十数メートルにまで達していた。
 元からああだったのか、それとも変異によって巨大化したのかは分からなかったが、追われている魔皇達の劣勢さは歴然だった。
 グレイブディッガーに寄生されたモノは、人間大サイズのサーバントでも手に余る再生能力を持っているのがほとんどだ。それがあれだけの大きさ……触手の出所もアークエンジェルらしく、無数の触手が縦横を飛び回るヴィーグルを追い回している。
……手の施しようがない。
 しかも、未だにアークエンジェルとしての機能を果たし続けているらしい。絶対不可侵領域は解除されておらず、殲騎の召還も出来ない。しかし魔皇の持つ火力では、バスターライフルでもなければダメージらしいダメージを与えられないだろう。
 シンは、開かれているネフィリム射出口の存在に気付き、舌打ちした。

(あれを外に出すのはまずいな……テンプルムの上に絶対不可侵領域が展開されている限り、殲騎の召還は出来ない。地上に出れば、軍でも相当な被害が出るぞ)

 恐らくはヴィーグルを操縦している魔皇達が脱出するために開いたのだろうが、これではアークエンジェルが地上に出るチャンスを与えているような物だ。

「GYAAAAAAA!!!!!!」

 アークエンジェルの咆哮が響く。
 シンはアークエンジェルの注意がヴィーグルに集中しているのを確信すると、シンは音を立てないように気配を消し、穴の縁を蹴って飛び降りた。壁を蹴り付け、狙った場所に着地する。着地した時に血溜まりの水音が鳴ったが、騒々しい戦闘音に掻き消され、シン自身の耳にも届かなかった。

(悪いが、援護とかはなしだ。最悪、もろとも吹っ飛んでくれ)

 シンは後方で戦っている二組の魔皇達を一瞥し、目の前にある扉を開く。この扉はアークエンジェルが居た部屋とはまた別の場所に通じており、アークエンジェルの休眠を補助するために増設されたエネルギー炉の一部が入っている。見渡すと、部屋の端に大きめのエレベーターがある。
 見るからに頑丈そうで、シンでもこじ開けることは不可能だろう。

「自爆装置を解除したあとは……あのエレベーターから出ていけばいいのか」

 シンは室内に一気だけそびえ立つ巨大なエネルギー炉を見上げ、その足下にある端末の操作を開始する。案の定、エレベーターのロックは自爆装置が作動するのと連動して外れるようになっており、出口は軍の部隊からかなり離れた場所に出るようになっていた。
 出来るだけ隠密に脱出しなければならないシンにとって、実にありがたいことだった。
 ……操作を終え、最後に端末横の赤いスイッチを押し込んでやる。途端に鳴り響いた警報が、自爆装置の作動を告げてきた。

『警告:自爆装置が作動しました。爆破まで、あと五分。所員は直ちに脱出して下さい。繰り返します。自爆装置が作動しました。爆破まで、あと五分。所員は直ちに脱出して下さい。』

 シンは自爆装置の作動を確認すると、急いでロックの外れたエレベーターに走った。
 自爆までの時間は五分。しかし、エレベーターを使った所で地上までは約一〜二分はかかる。
 ……余った時間の三分以内に、このテンプルムから可能な限り離れなければならない。

(ここの奴ら、絶対にどこかで計算を間違えてるな!)

 端末を操作している過程で判明したのだが、自爆装置の爆発力は、計算上ではテンプルムを中心に半径五百メートルほどにまで及ぶ。テンプルム全域を吹き飛ばせる爆発としては妥当だが、脱出に五分……あまりに少ない。
 特に、今ではあちこちでエレベーターが破損して停止している。階段だけで脱出しなければならない者達には、さすがに悪い気がした。

(化け物と戦ってた奴らも、出来れば逃げて欲しいものだが……)

 シンの乗った高速エレベーターが、凄まじい速さで地上へと直進する。さすがに脱出用に用意されているだけあって、通常のエレベーターよりもずっと速い速度だ。コア・ヴィーグル級の速度に慣れていない一般人が乗ったら大変なことになりそうだ。

「さてと……あとは脱出したあとだが……なっ!?」

 ガゴンッ!
 順調に上がっていたエレベーターが、突然打ち上げるような衝撃を受けて跳ね上がったあと、停止する。続いて二度、三度とエレベーターに走る衝撃……

「下か!」

 シン壁にまで後退し、魔皇殻を召還する。
 それと同時に──

「GYRAAAAAAA!!!!!!」

 自爆の爆発にもある程度は耐えられるように設計された床が破られ、エレベーターの中に奇形の腕が侵入してくる。

「最後まで付きまとう気か……こいつは」

 その穴の隙間から顔を覗かせたアルゴスに、シンは苦々しげに呟いた……








……自爆まで、あと四分。
 正真正銘、決着の時が訪れた……