■彗星の墓標 【ZDA】■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 UNKNOWN
オープニング
速く。もっと速く。
常に抱き続けていた人類の夢。

大々的に行われた演習の影で、着々と開発が進められていたもう一つのプラン。
高推力の水素ブースターを搭載したZDA計画のプランA−1型。その限界を計るべく開発されたA1.2【クレップフェル=エクステンド】が、輸送船【曙光】を伴って太平洋上を移動していた。

搭載されていた音速実験機は2機。護衛のゼカリアも3機、そして十分な量のバッテリーを積み込み、万全の用意と思われた。
小笠原、父島にベースを置いた軍は偵察を置きながら、直ぐにでも音速実験を行える体制でいた。
天気も良く、レーダーに映る影も無い。
人の目も及ばないような場所で行われる実験に、研究員はおろか護衛機のパイロットも、静かな波間のような平静を期待していた。

夜半。
機体表面温度の測定を行うため、太陽光の影響を受けない時間に実験は開始された。
吸気量も安定し、いよいよ上空にイオンの尾を曳こうという時。
静かな海間から伸びた光芒が、併走する偵察機の胸部を撃った。
SFで操った大海亀型サーバントに対殲騎用のトランペット砲を搭載した、サーバント兵器。海底近くから急浮上されるという奇襲に、高深度に対抗し得ないゼカリアは為す術もなく撃ち落とされていく。
神輝光のビームは上空を飛ぶ実験機に狙いを定め、実験機のパイロットも、その危機を認識していた。
A1.2型は活動限界まで飛び続けた。輸送船にある兄弟機を守る為、トランペット砲のエネルギーが切れるまで、攻撃を寸前で振り切り続けた。




今、兄弟を失った実験機が己の有用性を示そうとしている。
元々技術開発という世界での示威行為に過ぎないこの機体に、スケジュールの都合を強調する上層部の為ではなく。
実験の完遂まで、この機体と輸送船を護り抜いて欲しい。
シナリオ傾向 大型サーバント 輸送船・実験機護衛
参加PC 月島・日和
真田・浩之
橘・沙槻
ミティ・グリン
彗星の墓標 【ZDA】
海面は緩やかに揺れていた。
若干の傷や焦げ痕が着いた輸送艦からは実験機がパーツごと運び出され、海浜に面した滑走路へと移動している。
「実験の再開には、あと半日ほど。その間の防備、お願いします」
輸送艦の職員が言うには、実験機自体は万全なものの、輸送艦の一部システムが被弾によって閉鎖状態にあるのだと言う。
まだ日の差す時間から、半日。実験の開始は再びの夜が予想された。勿論、それより早くサーバントが現れる可能性もある。
武装コンテナが封を切られ、新品の長筒が顔を出す。艦の上では多数の作業着が忙しなく走り回っていた。
「ライフルを使おうって言うんですか。FCSも積んでないんですよ、殲騎は」
「資材はある。グリップの再調整とマニュアル化ぐらい手早く出来るだろうが」
「それで動くだなんて保証は無いんですよ!」
二人分の発注が入った神輝スナイパーライフルだったが、それを希望した二組の殲騎にFCS……火器管制システムが搭載されていない事が問題になっていた。
ゼカリアのような有機的マニュピレートに対応する為、神輝スナイパーライフルは両手持ちの、いわゆる人が持つ為に優れた形を維持している。
それに加えて光学レンズも配置されているとは言え、やはり完全なマニュアル操作で持つような代物ではない。
「馬鹿野郎!魔皇ってのは殲騎に乗ったらそれが手足だって聞くぜ。とっとと掌と腕の尺聞いてこい!」
髭面の一喝を渋々受け入れ、貴重なデータを取り損ねたプランCの担当者が走る。
元々出力系に致命的とも言える欠陥を持つとは言え、大事な作品だ。粗方の準備作業と共にライフルのフィッティング作業も終わった頃には、せめて試射でもと思っていた。

その矢先であった。
『索敵海域に大型の反応を確認しました。準備が整い次第、殲騎は発進。二号実験機は安全が確保されるまで待機してください。繰り返します、索敵海域に……』
甲板のスピーカーと手元の無線から流れる声に、殲騎達が離陸していく。
音速実験機とは言え、初期加速の段階では狙いを振り切る力は無い。周辺が確保されるまでは、飛び立つ事もできなかった。
「どれだけ頑丈な海亀でも、水中で踏ん張る事は出来ないだろうからね。がんがん揺さぶって、照準の余裕を潰していくよ」
「…まあ、どれだけ固い甲羅でも、衝撃までは防げないでしょうけど。…」
マイが最後の一拍に本意を含ませつつ。実際に、ミティ騎は他の騎体と比べて特別重装というでもなかったが、その装備は立体的制圧に長けていた。
敵は海中。既に日は半ばほどが地平に没し、斜陽の乱反射が上空からの目視を妨げている。
『サーバントタイプ、生体反応の浮上を確認。来ます』
海面に、僅かながら太陽光とは異なる色彩が浮かび上がる。仄明かりは一瞬にして海水を突き抜け、空に立つ真田騎目掛けて神輝光が迸る。
やや深度のある位置からの砲撃は、真田騎の纏うジャケットの表面を炙るに留まった。
「減衰しているのか…?」
トランペット砲の本来の持ち主、そしてその威力を知る橘が見ればその差は歴然だった。
「有効に扱えるサーバントでもなく、武器だけ持たせて送り出す…」
やり口にオーストラリア神帝の余裕のような物を感じていた橘だったが、その印象はまた逆の想像も喚起する。
(窮状…あり合わせの兵力でさえ投入せざるを得ないのか…?)
浮上し、海面から覗いた砲身に見える傷は、鈍刀で抉った古傷のようにも見え…
その傷に、神輝光の細い糸で亀裂を上塗りしていく。
「…発射時間は?」
「3秒。まだバッテリーは保つわね」
FCS無しで運用する上ではやむを得ない。発射寸前の砲身から神輝光が溢れ、トランペット砲が固定具ごと爆散した。
砲を失った亀が海底に引き下がっていく。しかしそれだけで終わる筈もなく、また別のヒュージタートルが急浮上をかける。
「今度は複数だ。挟まれるなよ」
「あぁ」
イルイが海面を探り、真田は一点を定めて急降下する。
既に日の光も弱まって、亀の姿は一層見えるようになっていた。広い甲羅の上から海面に突き出す砲身は、拡散砲。
ジャケットの強度に任せ、乱雑な光の流れを掻き分ける。
光波が止む頃には、逢魔能力で生じた重力場がヒュージタートルを押さえ付け、柔らかい部分に真ブリュンヒルデの一刺しが突き立っていた。
その脇で、海面を夕立のように叩き付けるミサイルの轟音。
発砲の余地も無く折れ曲がった砲身が、止めのマジックボムで吹き飛ばされる。
「あれ?もう上がってこない?」
「…戦闘音を、警戒しているのでしょうか」
『現在、それらしい熱源は確認できません。しかし……』
無線から響く歯切れの悪さは、第二波を否応なく示している。
しかし。そう、しかし時間は無く、日の落ちた滑走路には誘導灯に照らされたゼカリアの姿があった。




『今回のプランでは、現在安全が確保されているエリアでの通常加速後、クレップフェルの水素ブースターに点火。そこからは、強度限界の限り飛行を行います』
夜の海は暗く、折悪く分厚い雲が月を遮っている。
『進路は赤色レーザーによって指示されます。実験機の通常加速完了まで、防備を行ってください』
淡々と響く無線以外、海上に音は無い。
それぞれの得物を携えて警戒に当たるも、ただ暗い海が周囲を塗り固めている。
滑走路に立つゼカリアが、徐々にその速度を上げながら大地を蹴った。
スケジュール上、最早退く事は許されない。完全な加速まで、無防備な状態が続く。
『生体反応を確認』
波の狭間に、甲羅の物と思われる白い影が浮かび上がる。しかしその背に砲台は無い。
野良か。そう判断するだけの猶予もなく、浮上する影は一気に数を増やした。
「群れ?」
「……拙い!」
サウスウィンド、フェアリーテイルの『聖者の看破』がその砲身を感知する。迄もなく、大量のヒュージタートルに隠れて武装したそれが顔を出した。
「右だ!」
群の中から突出する武装化タートルの輪郭を見て取った真田が、一言だけ仲間に発する。
海が炸裂し、放たれた神輝光の束が、咄嗟のフォローに回った月島騎の防護魔皇殻を穿った。
貫通はしなかったものの、複数のトランペット砲から放たれた一撃をその身に受け、動きが揺らぐ。
実験機への被弾は0。しかし其れを確認したヒュージタートルは、積極的に実験機を狙う素振りを見せてきた。
悠宇の使用する凝縮する闇も幾許か神輝光の軽減には成功していたが、それだけで攻撃を妨げる事はできない。射出され、破壊力を帯びた神輝光砲は純粋なSFという訳でもなかった。
「ジャケット、耐久限界近いぞ」
実験機を庇う月島騎を、同じように庇う真田騎の姿もあったが、徐々にその様相も変わってくる。
水素ブースターへの点火が始まった時点で、鳥型魔獣殻や魔皇殻の補正を受けながらも、相対速度が合わなくなりつつあった。前方には待ち構えたかのようにもう一つの群れがあり、そして…
「…輸送艦が、攻撃を受けています」
無線を受け取っていたマイが、既に通過した地点、空白となる輸送艦と実験機の中間に迫る敵影を確認する。
「どんな面倒事も…」
それまで、ミサイルと弾幕で亀の頭を抑えていたミティ騎が急遽反転。実験機に追従するだけの速度が無い以上、ここで戻る騎体は自分しか居ない。
敗軍の群れか。所々から出血しながらも、SFの効果で攻撃命令だけを遵守するその姿に、真バスターライフルの射線を合わせた。
「これ一本でぇっ!」
海面を割り、長大なエネルギーの濁流が亀を呑み込んでいく。
逃げ損ねて焼き切られる物、甲殻に逃れ、砲身ごと押し潰される物など様々だったが、衝撃で撒き散らされた海水の下に、動く物は存在しなかった。
「全部解決!」
「…。実験機、もう追いつけません」
現在実験機に追いつけているのは、どれも飛行性能を向上させた三機。
最終加速目前の、最後の敵群を越えなければならない。
真田騎が降下し、トランペット砲の射角に収まるように海面に平行して飛ぶ。囮になる積もりだった。
神輝光の発射される方角に真正面から突っ込んでいるのである。超高速で飛来する砲撃は致命打を避けるのが限界だ。
だからこそ、眼前、先手を打って敵の懐に潜ろうという所で、突如海面から飛び上がってきたヒュージタートルへは対応が遅れてしまう。
「何…!?」
神輝光の穂先が魔獣殻の翼を折る。コクピット付近に甲羅の激突を受け、真田騎は一気に海中に引きずり込まれた。
しかし近接距離で黄金に敵う亀でもない。即座に頭部を潰され、特攻は時間稼ぎの意味だけを遺した。
高速で行く実験機に、既に海面に顔を出して照準を合わせつつある武装化タートル。
「この速度では…!」
月島騎の保持するスナイパーライフルは、既に狙撃など不可能な高速状況下で、神輝光レーザーを絶え間なく掃射していた。
バッテリーの過熱は既に限界間近。しかし、空気抵抗を受けてブレる銃身を支えきれず、有効打を与えきれない。
最早直上。漁師が網を投じるのを模倣するように、神輝光の網が空を泳ぐ機影を薙ぐ。
実験機へと降りかかる光芒を騎体で受け止め、損傷のない箇所の方が少ない。
砲撃の網目を縫って、橘騎が海面の砲口を狙い撃つ。しかし最後の一匹という所で、バッテリー残量が底を着いた。
「…いけない!」
騎体を走らせるには間に合わないと断じた月島騎が、相殺の望みを賭けて、実験機へと伸びる光芒にスナイパーライフルの射線を併せる。
実射でそれを行うなど、奇跡に近い。しかし紫の性質が成せる業か、神輝光同士は空中で激突し、砲手をも呑み込む膨れ上がる熱量と化す。
膨大な光の消えた後、鉄を潰す様な重く軋む音が響き、クレップフェルは最後のマグネシウムカートリッジを呑み込んだ。
機体のそこかしこに焼け焦げの痕はあるが、その機能に支障は無さそうだ。
「良か…っ!?」
最後の無理に応えたスナイパーライフルが、役目を終えた事を示すように赤熱したバッテリーを切り離す。むしろ固定具が限界を迎えて弾け飛んだのに等しい。
騎体の間近で起こった爆発に身を竦めるも、殆ど残量の無かったバッテリーからは照明弾のような眩い光だけが炸裂した。
それきり、再び夜の海が戻った。
「実験機は…?」
空中にイオンの尾を曳いて飛ぶ彗星。
万全ではない。ゼカリアの機械部品には癒しの歌が届く事も無いが、距離を取っていた為にその機会すらも得られなかった。
気を揉むサウスウィンドだったが、今は見ている事しかできない。




『届け……届け…!』
素体に違和感があるのは分かっていた。
直撃ではないが、関節に一発、耐熱加工が施された表面も綺麗なままではない。
現に、自己診断ソフトは停止の必要性と、警告を示す赤い表示が機体のシルエットに併せて表示されていた。
本来は空気抵抗の薄い大気層で行う筈の実験も、軍用として実現するならという指示で空気のまだ厚い、浅い層で行われている。
ブースターが火を噴く度、外皮装甲である筈のエステルにさえ重さを感じ、重力に体が引き摺られる。
『墜ちられないんだ……分かるだろう…!』
航空機の前に立ちはだかる音速と、人型機体の前に立ちはだかる音速とでは意味が違う。
機体表面で高圧縮される空気は熱量を蓄え、亜音速を迎えた機体は装甲表面から白煙を吹き、なけなしの耐熱塗装は見る間に崩れ落ちた。
元々100km/h前後での飛行しか想定されていない素体も、もう関節は伸び切り、引き千切れるのを待つばかり。
『お前も人の思念を吸うマシーンだろ……!』
それでも、機体は耐えていた。
速度計の脇にあるマッハの表示が、0.9からのカウントアップを始める。
プログラムが記録を開始。
『応えろ………!』
何かの電子音がコクピットに響き渡っている。
味方機の反応。いや、有る筈もない。
今、そう今、この機体は音速で飛んでいる。
同じ夢を搭載し、この空を飛んで、海に沈んだ同朋の上を。
そして役目を終えた。
使い切られたマグネシウムカートリッジが、ボルトを飛ばしてゼカリアを突き放していく。
ゆっくりと、疲れ切って落ちていく機体。
海面に不時着した体からは湯気が立ち上り、しばらく、機体はそのまま浮かんでいた。





「実験は、無事完了しました。皆さんのお陰で被害も抑えられましたし」
戦闘終了後、輸送艦に戻った面々に、代表と名乗る男は深々と頭を下げた。真田騎は、戦闘が終わって直ぐに姿を消してしまったが。
遙か彼方で救難信号を出していた実験機は無事回収され、今、名誉の負傷とも言える全身の大焦げをA班総動員で落としている。
C班はC班で、何とか破損したスナイパーライフルの部品もかき集めようとしていたが、それよりもそのバッテリーに興味を示したミティから機密を遠ざけておくのに苦労していた。
「あの実験機のカートリッジ…、何か面白い使い道ある気がするんだけどねぇ」
「え?えぇっと。えー…ですねぇ」
「…ミティが使うと、必ず爆破落ちになるので止めた方が良いかと」
「あ、安全は最優先ですよ?それはもう、ねぇ。通常の状態じゃ、水もマグネシウムも低反応素材です、から…」
戦場での姿を見ていると、例え見た目が…学生でも畏まってしまう。そんな大人も居る。
夜通しで行われた実験も後片付けになり、仕事を終えた人間と此からの仕事がある人間が入れ替わり立ち替わり忙しなく走っていく。
朝焼けが艦橋に長い影を映し、コクピットを抱くようにして固まったゼカリアが、彫像の様に立っていた。