■黒珊瑚のお料理がんばるぞ!■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
「魔皇様方。少々変わった依頼なのですが……」
 そんな前置きから始めたのは、ここデビルズネットワークタワー・アスカロトではある意味有名なサーチャーの逢魔・明菜だった。それを聞いて、改めて言わなくとも明菜の持ってくる依頼は風変わりなのが多いじゃないか、という突っ込みを心の中でした魔皇の数は少なくない。
「台湾陸軍中佐・黒珊瑚様から依頼がありました」
 しかし、黒珊瑚の名が出たことでその場の空気が一瞬にしてピンと張った。確か昨年末に警護の依頼が出ていたはずだが……今回も再び警護だろうかと魔皇たちが思い巡らせていると、明菜が依頼の内容に触れた。
「手料理を魔皇様方へ振る舞いたいとのお話です」
 …………。
 えーと……手料理ですか?
 でもどうしてそんな話になるのだろうか。
「黒珊瑚様は昨年末、魔皇様方が頑張ってくださったことに感謝しておられるそうです。そこで、ここアスカロトで依頼を引き受けておられる魔皇様方の中から希望者の方をご自分の手料理で労いたいとのことです」
 なるほど、黒珊瑚の感謝の気持ちということか。前回依頼を引き受けた魔皇たちのみならず、アスカロトへも感謝しているようである。
「希望される方には、後ほど日時と場所をお伝えすることになります。それでは魔皇様方、よろしくお願いいたします」
 明菜は魔皇たちに向かって深々と頭を下げた。
 手料理を食べるだけの依頼だから楽といえば楽なのだが……いったいどんな料理を振る舞う気なのだろう。行ってみなくちゃそれは分からない。
シナリオ傾向 ほのぼの:4/コメディ:3(5段階評価)
参加PC 柊・日月
彩門・和意
垂氷・蛍
陣内・晶
風祭・烈
月村・心
黒珊瑚のお料理がんばるぞ!
●招かれた人々(連れてこられた者1名含む)
「みんな、よく来テくれタ! 今日は美味しく食べテ帰っテほしいヨ!!」
 黒珊瑚が笑顔でそう言って一同を出迎えたのは、宿泊しているホテルのとある一室であった。
 当然ながら通された部屋はシングルやツインといったものではない。明らかに他の部屋に繋がるドアのある部屋――いわゆるスイートルームの類であることは明白である。
 黒珊瑚の招きに応じ、今日ここにやってきたのは総勢11人。まずは柊日月とその逢魔・ぺトルーシュカ、それから彩門和意と逢魔の鈴(二足恐竜型魔獣殻のアローも一緒だ)。この4人は、今回の招待のきっかけとなった昨年末の依頼を引き受けていた者たちである。なので、黒珊瑚の目的はこの4人が来てくれただけでも、ほぼ果たされたと言ってもいいだろう。
 残るあと7人も続けて紹介しよう。垂氷蛍とその逢魔・真雪姫、次いで陣内晶、さらに風祭烈と逢魔のエメラルダ、そして月村心、最後に……何故か今回の依頼を持ってきたサーチャーの逢魔である明菜の姿もここにはあった。
 その明菜だが、何故だか格好はメイド服。しかも超ミニ。膝上何センチなんだといったものを身につけていた。ちなみに表情は浮かない顔をしている。
「いやー、似合ってますよー、明菜さん」
 嬉しそうに明菜へ話しかけるのは晶であった。そりゃそうだろう、明菜へこの格好をさせたのは晶に他ならないのだから。
「うう、予感はしてましたが、またこうなるんですね……」
 がっくりと肩を落とす明菜。その様子を不思議そうに見ていた黒珊瑚が誰ともなく尋ねた。
「どうしテ、この格好ナノダ?」
「やあ、何でもこれが伝説の料理『はいれぐしゃぶしゃぶ』という物を食べる時の正装だそうです」
 晶が黒珊瑚の疑問へしれっと答える。一同の中には『嘘を吐くな、嘘を』と思った者も居たかもしれないが、それはさておき。
(なるほど、あの溜息はこういう意味でしたか)
 しげしげと明菜の格好を眺めて、日月はそんなことを思っていた。
 実は今回の招待がアスカロト関係者に向けたものということもあって、日頃の功労者であるサーチャーの明菜も日月は誘ってみたのだ。ところが、礼を述べつつもすでに他の魔皇に誘われていると答え、何故か溜息を吐いていたのである。その理由が、今こうして日月には分かったのだった。
「今日はご馳走になります」
 日月は黒珊瑚のそばへ行くと、そう言って挨拶をした。1歩下がった位置に立っていたぺトルーシュカも無言で一礼。
「あ、先日はありがとうだったヨ! 無事に終わっテ、アナタたちにはワタシ感謝してるヨ!」
 日月たちと和意たちの方を向いて黒珊瑚が言う。それに少し気恥ずかしくなったか、和意がぽりぽりと頭を掻いている。
(私たちは特に感謝されるほどのことをした覚えはありませんが……)
 と思ったものの、それを口には出さない日月。その代わりに手を出した、小さな袋を持った手を。
「安物ですが」
「これは何ダ?」
「古い日本の小物ストラップやキーホルダーの様な物です」
「ニポンの物カ! ありがとう、嬉しいヨ!」
 袋を受け取りにこっと微笑む黒珊瑚。さっそく中を覗いてみると、そこには形も材質も様々な根付のセットが入っていた。前日に日月が馴染みの骨董屋で値切りつつ購入してきた物である。
「あ、僕らもお土産を持ってきたんです。よかったらどうぞ」
 鈴から小さな手提げ袋を受け取り、それを黒珊瑚の方へ手渡す和意。黒珊瑚が中を覗くと、そこには愛らしい顔と姿をした陶器の豚の蚊取り線香入れが入っていた。
「これもニポンの物?」
「ええ。古きよき伝統と愛らしさを兼ね備えた逸品です」
 和意は黒珊瑚の質問に頷いて答えた。
「でも本当、よくこの時期に用意出来ましたわね」
 ぼそりとつぶやく鈴。念のために言っておくが、今の季節は冬である。ほんと、よくあったものだ。
(ふむ……さすがに一方だけじゃないだろうとは思っていたが……)
 心は、黒珊瑚と日月や和意たちが話している様子を壁にもたれながら見ていた。昨年末といえば、心は狐蓮の依頼を引き受けていた。なので詳しいことはよく知らないが、目の前の様子を見ていると黒珊瑚の方も同様の依頼だったのだろうと心には推察出来た。
(まぁいい。一応の用心はしておかないとな)
 今回は気楽な依頼とはいえ、何が起こるかは分からない。『ケルベロス』の隊長としては注意を払う必要があった。事がもし起きてしまえば、過程はどうあれその結末は実績となってしまうのだから……。
「じゃ、準備してくるヨ。みんな、5分ほどしテ隣の部屋に来てほしいヨ!」
 黒珊瑚が一同に聞こえるように言った。5分ということは、すでに準備はほぼ終わっているのだろうか。
「黒珊瑚様。もしよろしければ、お手伝いいたしましょうか?」
「手伝えることがある時には、遠慮なく呼んでくださいね」
 黒珊瑚の言葉を受け、ぺトルーシュカや鈴が手伝いを申し出る。だが、黒珊瑚は笑って首を横に振った。
「ありがとう、大丈夫ダ! あとちょっとダカラ!」
 と言って行きかけた黒珊瑚を、思い出したように晶が呼び止める。
「おっと、料理をされるんでしたらぜひこれを!」
 そう言い、晶はどこからともなく割烹着を出してきた。
「日本古来の料理服です。プレゼントします」
「ニポンの料理服カ! ありがとう、すぐ着るヨ!!」
 黒珊瑚、割烹着を胸に抱いて満面の笑み。割烹着1つでここまで喜んでもらえると、ちょっとした感動を覚えそうだ。
 そして黒珊瑚が隣の部屋へ消え、残された者たちが5分少々の時間を潰し始める。
「うーん、5分でトランプは少し難しいですね……」
 手の中のトランプを見つめつぶやく和意。その近くではエメラルダに話しかけている烈の姿があった。
「どんな手料理が出てくるか楽しみだな、エメラルダ」
「そうですわね。でもどの料理でしょう?」
「台湾出身だしな……やっぱ台湾の中華料理かな。いや、日本に興味あるみたいだし、意外と和食かもなあ」
 あれこれと料理を想像する烈。その声は心の耳にも届いていた。
(……ああ、台湾出身だったか。だがASEAN、東南アジアとの繋がりもある。タイ料理のトムヤンクンとかタイカレー? ベトナム料理のフォーや生春巻きなどか? インドネシアのナシゴレン?)
 心の頭上に東南アジア各国の名物料理が浮かんでは消えてゆく。何が出るか楽しみでもあるが、ちと不安があるのも正直な所。
「中華料理でしょうか……」
 料理に思いを馳せているのは蛍も同様だった。もっとも何が出てくるにせよ、最近料理に興味を持ち始めた真雪姫の参考になってくれれば嬉しいなと思っていた。今回依頼を引き受けたのも、そんな真雪姫のためだったのだから。
(しっかり覚えて帰らないとな。……蛍のためにも)
 真雪姫の方も表情には表さないが、こんなことを考えていた。そもそも、真雪姫が料理に興味を持つようになったのは、蛍が美味しい料理を好きであると最近学習したからに他ならない。だから、蛍を喜ばせようと料理の研究に励むようになったのである。いやはや、互いに相手を思いやっているものだ。
(今日の料理を作れるようになったら、蛍驚くかな)
 ええ、そりゃあ驚くでしょうねえ。
 そうこうしているうちに5分は過ぎ去った。隣の部屋から、黒珊瑚の呼ぶ声が聞こえた。
「みんな、入っていいヨ!」
 その声を合図に、一同はぞろぞろと隣の部屋へ――。

●ほほう、こうきましたか
「これは……予想外だ」
 心が目の前の光景を見て、意外だとばかりにつぶやいた。部屋の中央に大きなテーブルがあり、人数分の椅子も並んでいる。そしてテーブルの上にあるのは……どこからどう見ても寿司の道具とネタ一式。もちろん寿司飯もたっぷりとおけに入っている。
「へい、らっしゃイ! 色々握るヨ!」
 一同に向かって声をかけた黒珊瑚はねじり鉢巻に割烹着姿。さっそくさっきの晶のプレゼントを身に付けていた。
「半分当たった、のか?」
 首を傾げる烈。和食といえば和食だが、まさか寿司がくるとは。
「得意なお料理なのですか?」
 蛍が何気なく黒珊瑚に尋ねた。振る舞うくらいだから何度となく作っているのだろうと思ったからだ。また、そう思うのは自然なことである。ところが、黒珊瑚から返ってきた答えは……。
「ううん、今日が初めてダヨ! けど、何度も見て覚えタ!」
 おいおいおいおいおいっ!
 今の言葉聞いて何人か顔を背けましたよ、黒珊瑚さん。ああ、明菜なんか天井見上げてるし。
 まあ、ここまで来た以上は覚悟して食べるしかなく。ともかく、一同は席へついた。
「あの。わさびは抜いていただけると……」
 黒珊瑚にそうお願いをする蛍。辛い物が苦手なのだ。
「分かっタ。でも、忘れたらごめんなさいダヨ!」
 すみません黒珊瑚さん、忘れないでください……。
「じゃ、順番に握るヨ!」
 かくして人生初となる寿司を握り始める黒珊瑚。使うネタは、定番のまぐろである。
 初めてゆえ、動きに多少ぎこちなさはあるが、手つきは悪くないように見える。少なくとも、何らかの料理の経験があると思える動きである。多少は安心……か?
「へい、お待チ!」
 一番端に座っていた日月の前に、まぐろのにぎりが置かれた。ちゃんと寿司の形になっている。皆の視線が集まっているのが、日月にはひしひしと伝わっていた。
「……全員の分が揃ってからいただくことにしましょうか」
 まだ手を出さない日月。考えようによっては様子見しているようにも見えるが、それはきっと気のせいである。恐らく、たぶん。
 黒珊瑚は次々とまぐろのにぎりを握ってゆく。その様子を真雪姫がじーっと見つめていた。作業の行程をしっかり覚えて帰ろうとしているのだ。
 そして全員の分が揃い、誰からともなくまぐろのにぎりを食べ始めた。
「旨い!」
 食べるなりそう言い放ったのは晶であった。
「美人の作る料理は総じて美味しいですけど、それを差し引いても美味しいですよ! 本当に初めてですか? 明日からでも店が開けますよ、これなら」
「そう褒められると照れるヨ。でも本当に初めてダヨ!」
 晶に褒められ、黒珊瑚が照れた笑顔を浮かべていた。
「あ、美味しい……」
 続いてつぶやいたのは蛍だった。ちゃんと忘れられずにわさびは抜かれていた。
「ほどよい固さに握られていますね……」
 ぺトルーシュカも、口の中の寿司を飲み込んでからそうつぶやいた。初めてでこれなら上々の出来ではなかろうか。
 が、美味しく思えたのはどうやら少数派だったようで。
「悪くないが……ちょっと酢が多いような」
「もう少し強めに握った方がよいかもしれませんよ」
「……うん、寿司だなあ」
 といった感想が漏れ聞こえてくる。まあ、ある意味予想された展開ではあった。
「和意様? どうされましたか?」
 そんな中、鈴が隣に座っていた和意の異変に気付いた。まぐろのにぎりを一息に口の中へ入れた直後、和意が突然手で顔を覆ったのである。
「あ……うぅ……鼻が……わさびがぁ……」
 鼻の辺りを押さえ、座ったまま地団駄を踏む和意。どうもわさびが効いているようだ。が、他の者を見てもそんなに効いている者は見られない。それに和意がわさびに弱いなんてことは、鈴は見た記憶がない。じゃあ、何故こうも和意は苦しんでいるのだろう。
「……わさび……くぅ……たいりょっ……うぁ……」
 和意の苦悶は続く。それを聞いて、ぽむと黒珊瑚が手を叩いた。
「わさび多かっタ?」
 原因はそれだぁっ!!
 そりゃ苦しんで当然だ。
「あの、黒珊瑚様」
 その時、明菜が黒珊瑚に声をかけて次のような提案をした。
「お寿司を握っていただけるのはありがたいのですが、この人数ですからお時間がかかって黒珊瑚様の負担となると思うんです。ですからいかがでしょう、ここから手巻き寿司にするというのは……」
 本音を言おう。ロシアンルーレットみたいな寿司は嫌だということだ。きっと同感の者は少なくないはずである。
「手巻き寿司? このお寿司とは違うお寿司があるのカ?」
 明菜の本音に気付かず、目をぱちくりとさせる黒珊瑚。そこですかさず鈴が口を挟んだ。
「よろしければお教えいたしますが」
「教えてくれるのカ? 嬉しい、ありがとうダヨ!」
 黒珊瑚がにこっと微笑む。こうして、一転してここから手巻き寿司パーティとなるのだった――。

●和気あいあい
 手巻き寿司パーティに変貌して、場の空気は一気に和やかになった。晶など、持参したカメラで撮影を始めていたし。明菜の方にカメラが向いていることが多いように見えるのは、とりあえず気のせいということにしておこう。
「蛍。……美味しいか?」
 自分の作った手巻き寿司を食べている蛍の姿を、真雪姫はじっと見つめていた。いかときゅうりを入れて、なかなか綺麗に巻けたと自分では思っていた。
「ありがとう。美味しいですよ」
 にっこり真雪姫に穏やかな笑顔を向ける蛍。お世辞などではなく本当に美味しかった。
「そうか……」
 それを聞いてほっとしたのだろうか、それまで無表情だった真雪姫にほんの少し微笑みが浮かんだ。どこからどう見ても大人の女性である真雪姫だが、その様子は何だか可愛らしい子供のように思えなくもなかった。
「よろしければ1曲いかがです」
 竪琴を取り出し、エメラルダが黒珊瑚へ尋ねた。そこには場を盛り上げる余興としての意味合いの他、招待してくれたことに対する感謝の念もあっただろう。
「いいのカ? なら、ニポンの童謡を聞いてみたいヨ!」
「分かりました。では――」
 笑みを浮かべ、さっそく有名な童謡を奏でるエメラルダ。1曲だけではなく、何曲か続けて奏でていた。
「これは昔の日本の景色の美しさを歌った曲なんですよ」
 そんな解説を交えつつ。
「この日本は気に入ったかい」
 ふと烈が黒珊瑚に尋ねた。彼女の目から見て、今の日本……パトモスはどのように映っているのだろうか。
「うん、好きダヨ! ニポンは爺ちゃんが言ってタみたく凄い国でいい国ダ! だから神帝軍も追い出せたんダと思うヨ!!」
「……ありがとう。あの戦いで何度も挫けそうになったが、戦い抜いたかいがあったというものだ」
 黒珊瑚の素直な言葉。それを聞いて、先の戦いは決して無駄ではなかったんだな……と烈は感じた。
「そういえば、日本のどこが好きなんだ?」
 心が尋ねると、黒珊瑚は少し思案してからこう答えた。
「全部ダヨ! ASEANの国々も、ニポンみたくなれればワタシ嬉しいナ……仲良くネ」
 そう言った時の黒珊瑚が、一瞬寂しそうな表情を見せたのは気のせいだったろうか?
「そうそう、平和になったらワタシ、ニポンのあちこち巡ってみたいヨ! もっともっとニポン知りたいカラ!!」
 黒珊瑚が笑顔で言った。
 そんな日が早く来れば、どんなに素晴らしいことだろう。強く、願う。

【了】