■何してるんですか、生徒会長?■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 その日、神魔人学園の生徒会長である道真神楽の様子は少しおかしかった。
 放課後、きょろきょろと辺りの様子を窺いながら調理実習室へ向かっていたのである。その手には1冊の本がしっかりと握られていた。タイトルは『はじめてのチョコレート作り』と記されている。
 やがて調理実習室へやってきた神楽がとんとんと扉を叩くと、中から扉が開いた。現れたのは高等部風紀委員長である御剣恋である。
「準備は出来ています、会長」
 恋はそう言って神楽を調理実習室の中へ入れる。そして再び扉は閉まった。
 さて、いったいこの部屋の中では何が行われようとしているのだろうか。何だか気になって仕方がない。ちょこっと覗いてみようかな?
 ちなみに今日は、2月14日である――。
シナリオ傾向 ほのぼの:5/コメディ:2(5段階評価)
参加PC チリュウ・ミカ
真田・音夢
ラディス・レイオール
星崎・研
何してるんですか、生徒会長?
●前口上
 2月14日はバレンタインデーである。その由来に関しては割愛するが、進駐軍の何とか少佐は全く関係ないということを念のためここに記しておく。
 いわゆる日本においては、この日に女性が男性へチョコレートを贈るという風習があるが、世界で見ればこれは珍しい部類だ。チョコを贈らないという訳ではないが、『女性から男性へ』と限定されている点で珍しいのだ。
 実際、真田音夢の逢魔・ギリアムなどは英国生まれ英国育ちであるから、バレンタインデーへの認識は『愛しい人に贈り物をする日』となっている。だから、自分の妻に毎年薔薇の花束を贈っているのだそうだ。いやはや、偉い。
 とはいえ、この国の世間一般ではやはり今の形がスタンダードであることに違いはない。……翌月に何倍だか知らないが、豪華なお返しが女性の元へやってくることと合わせて。
 そんなバレンタインデー、人によって様々な物語があるようで――。

●集まるチョコ
 この日、家庭科準備室には女生徒が多く出入りしていた。理由は簡単、高等部の家庭科教師であるラディス・レイオールにチョコを贈ろうとやってくる者が少なくないからである。ちなみにその中には音夢の姿も混じっていた。
「せんせー、チョコあげるー」
「教えてもらった通り作れたよ! だから先生にお礼!!」
「あ、あの……よかったら……受け取ってください!」
 これはやってきた女生徒たちの言葉を一部ピックアップしたものだ。
「あー……ありがとうございます。家でゆっくりといただきますから、ひとまずその机に置いていってください」
 とは女生徒たちに対するラディスの言葉。まあそうでも言わなきゃ仕方がない。机の上には、女生徒たちからのチョコで山が出来ているのだから。
 そんな襲来する女生徒たちの波が引くと、ラディスはやれやれといった様子で溜息を吐いた。
「あらら〜、今年もたくさんありますね〜」
 その時、女性の声が聞こえてきた。ラディスの逢魔にして妻であるリフィーナの声である。そろそろ女生徒の群れが去った頃合と思い、様子を覗きにきたのだった。
 リフィーナの表情も半ば呆れ顔。よくまあ結婚しているというのに、こんなにチョコが集まるものだ。
 リフィーナはその山からひょいと1つ手に取ると、リボンを解いて包みを外し中身を出そうとした。もう手慣れたものである。
「あ」
「何か変な物が入ってましたか?」
 リフィーナの声に、ラディスがはっとして振り向いた。
「これ、とっても高いブランドのチョコですね〜……」
 じっ、とラディスに視線を向けるリフィーナ。
「ええと、今日は調理実習室の使用申請が出てましたね。あとで覗いてみましょう」
 ラディスはややわざとらしくそんなことを言いながら、別の机に申請書を取りに行く。
 女生徒が義理チョコで高いブランドの物を贈ってくるとはあまり考えにくい。ということは、これって本命チョコ? だとしたら、この山の何割がそうだったりするのだろうか。
「ん〜……お値段だけあって美味しいです〜」
 あ、食べてるし、リフィーナさん。

●炎のストーカー
 音夢は校舎の廊下をすたすたと歩いていた。その手には大きな紙袋が下げられている。
「ああ、真田さんこんにちは」
 大学の同級らしき男性が向こうからやってきて、音夢に声をかけた。
「こんにちは」
 立ち止まり、表情を変えず挨拶を返す音夢。今日は珍しく男性によく声をかけられる日であった。まあ、今日だからなのかもしれないが。
「……あいつか……あいつですかぁ……」
 そんな光景を音夢の後方、離れた場所の物陰からギリアムがこっそりと覗いていた。怖い目で。ちなみに(半ば恒例になっている)女装はしていない。だって目立つから。
(ふふふふふふふふふふ。だとしたら、これをこうしてあれをああして……)
 何だか黒いことを考えているギリアム。とうか、漂うオーラがもう真っ黒です、ええ。
 だが、それには理由があった。ギリアムは見てしまったのだ……物陰から(やっぱり物陰なのかという突っ込みはこの際横に置いておく)。
 何を見たかというと、音夢がチョコを手作りしている光景だ。それも、原料からという徹底振り。
 去年までもチョコを贈ることはあったが、それは市販されている出来合いのチョコ。しかも配るのは教員や親しい者に限られている、いわゆる義理チョコというもの。じゃあ、手作りのこれは何なのだという話である。
 作っている様子はギリアム曰く、音夢と書いて『おとめ』と読んでしまうくらいのオトメで乙女なそれ。そうして出来上がったのは『This is 手作りチョコ、not 市販チョコ』、すなわち正真正銘の『THE手作りチョコ』!!
(くそう、誰だ相手は、誰なんだー!!)
 柱に噛り付きながら心の中で絶叫したギリアムは、今こうして音夢のストーキングを行っているという訳だ。……いや、犯罪だろそれ。
 やがて再び歩き出す音夢。男性にチョコを渡した様子は全くなかった。ギリアムのストーキングは続く……。

●思案
「おい、星崎。お前チョコ何個もらう?」
 デモンズゲート、イレーザーナイツ隊で今日は事務作業の真っ最中だった星崎研は不意に同僚から声をかけられた。
「え。あー……」
 作業の手を止め思案する研の脳裏に、逢魔の貴沙羅の顔が浮かんできた。
(今年は何をしてくるんだろう……)
 貴沙羅のことだ、今年も普通に渡しはしないだろう、と研は考えていた。

●代理です
 神魔人学園初等部。そこに何故かチリュウ・ミカの姿があった。高等部なら逢魔のクリスクリスが在籍中だから分かるのだが、何故に初等部?
「はいはい、男子も女子もちゃんと並ぶ!」
 ミカは集まってきた初等部の子供たちを、そう言って整列させていた。手には中身の入った袋が握られている。
「クリス姉ちゃんのチョコを『ミカお姉さま』が配るから」
 袋からラッピングしたチョコを取り出しミカが言うと、子供たちは『わーい!!』と喜びの声を上げて1列に並んでいった。先頭の男の子がもう両手をミカに差し出しているのが何とも微笑ましい。
(たく……『プールの女王コンテスト』の時の礼を私にさせるとは何事だ)
 心の中でぶつくさつぶやくミカ。そういえばパフォーマンスの時にクリスクリス、初等部の女の子たちを呼んでいましたね。
「ほら、1人1個な」
 と言ってミカはチョコを渡そうとしたが、ふと思い出したようにきっぱりこう付け加えた。
「受け取るときは『ありがとう、おばちゃん☆』じゃなく、『ありがとう、美人のミカお姉さま☆』と言うこと」
 すみません、ミカさん。目が真剣なんですが……。

●覗いてみよう
(それにしても……)
 調理実習室の扉の前に立ち、ラディスは中の気配を窺った。
「……バレンタインデー当日に堂々とチョコ作っているのは流石にヤバイでしょ」
 ふう、と小さな溜息をラディスは吐いた。
 使用申請書を見れば色々なことが分かる。届けを出したのは御剣恋であったり、生徒会として押さえている訳ではない(つまり恋が個人で押さえた形だ)ということだとか、届けの日付を見ると結構突発的であったりすることなどなど。
 それでいて、少し前に道真神楽が入っていった。普通に考えれば、神楽のために恋が骨を折ったか、あるいは2人が同目的のために動いていると思われる。
(監督義務もありますからね……)
 先生として様子を見るため中に入ることは何ら問題ない。調理実習室はラディスの管理下にあるのだから。
「ん?」
 扉に手をかけようとして、ラディスは妙なことに気付いた。
「あの……こうですか?」
「あー、上手上手! その調子で全部いっちゃえっ!」
「あれ? 確かそこの担当って……」
「何自分の担当場所押し付けてるのよっ!」
「だそうです、会長」
 賑やかな話し声が中から聞こえてきたのだ。
「話し声が5人ある……?」
 言うまでもなく、神楽と恋で2人である。じゃあ残る3人は誰?
 疑問を感じながら、ラディスは扉を開け中へ入っていった――。

●真相
 それから少し後、調理実習室へ近付く新たな人影があった。
「ふふふ〜、何やってるのかなっ♪」
 足音立てぬようにして、クリスクリスがやってきたのだ。
(恋センパイが調理実習室今日押さえてることは、ラディス先生に聞いて知ってるしっ。神楽会長も、確かこっちの方にさっき向かってたよね〜。まさか、ひょっとして、そうだったりするのかなぁ?)
 どきどきわくわくしながら、いつの間にやらクリスクリスが扉の前へ。
(よしっ、部活の日を間違えた振りをして、乱入しちゃお☆)
 そう決心するや否や、クリスクリスは一息にガラッと調理実習室の扉を開いた。
「クリスクリス、今日も元気に部活に来ました♪ ……って、あれ?」
 呆気に取られるクリスクリス。部屋の中に居たのは、神楽と恋。それからラディスにリフィーナ。さらに貴沙羅とそのクラスメート2人の合計7人。それで何をしているかと思えば……何と巨大なパフェを作っていたのである。普段お目にかからない大きさの皿の上にてんこもりのパフェ。
 アイスの上にまたアイス、生クリームたっぷり、フルーツもたっぷり、チョコだってあちこちにちりばめられている……そんなパフェである。
「な、何……これ?」
 事態がよく分からず、クリスクリスは誰ともなく尋ねた。
「パフェよ」
 恋がしれっと答えた。いや、それは見れば分かりますが。
「きっかけはボクが悪いんだよね……」
 そう言って、ぽりぽりと恋が頬を掻いた。
 何でも先日、神楽がネットでニュース記事を見ていると、何故かその中に巨大パフェ作成の記事があったのだそうだ。その時の神楽と恋のやり取りを次に記す。
「凄いですわ……。私にも作ることは出来ますでしょうか?」
「それは出来ると思いますが」
「でしたら、作ってみましょう!」
「はいっ?」
 つまり、恋が迂闊に『出来る』なんて言ってしまったから、こうなっている訳で。
「それで責任を取って、ボクが色々と準備してたんだよ。お皿が一番大変だったけど」
 だから使用申請も恋個人で申請していたのだ。
「あたしたちはそれに協力しているんだよ♪」
 と、手を上げて言ったのは貴沙羅であった。実は貴沙羅、隣に居るクラスメートの2人と一緒にバレンタインチョコを作ろうと思って使用申請を出しに行ったら、タッチの差で恋に出された後だったのだ。それでどうにかならないかなと思って恋の所へ向かった所、逆に協力を頼まれたという訳だ。考えてみれば巨大パフェを作るのは、人数が居た方が便利である。
「で、様子を覗いてこれは時間がかかると思ったので、僕たちも手伝いに加わったと」
 苦笑しながらラディスが言った。なるほど、だからリフィーナもここに居るのか。
「え? え? じゃあ、チョコは……?」
「チョコも作ってましたけどね。……どうやら目的が違ったようです」
 困惑しているクリスクリスにそう答え、ラディスはまた苦笑い。何でも神楽、色んな形のチョコをパフェにちりばめたかったらしい。
 え……例の本? ただ神楽が、何かの参考になるかなと思って持ってきただけですが、それがどうかしましたか?
「なぁんだ……そうだったんだ。あはは……☆」
 力が抜け、笑ってしまうクリスクリス。そうと決まったら、やることは1つ。
「じゃ、ボクもお手伝いします!」
「わあ、助かるよっ!」
 お手伝い宣言を聞いて、貴沙羅が明るい声を発した。巨大パフェ作り、人数はいくら居てもありがたい。
「でも……」
 貴沙羅は心の片隅にあった素朴な疑問を、こっそり恋に尋ねてみた。
「止めようと思えば止められたはずじゃあ?」
「そんなの出来る訳ないよ。会長が、あんなに目を輝かせてるのに」
 確かに神楽、とても目を輝かせながら生クリームをせっせと絞り出している。それはもう、他の者の担当場所も自分でやるくらい。
 考えてみれば神楽はまだ10歳。こういった姿は、ある意味自然な姿なのかもしれない。
「たまには、こういう時間も必要なんじゃないかな?」
 ぽつりと恋がつぶやいた。

●完成です♪
 ようやく完成した巨大パフェ。残る問題は食べ切れるのかということだが……。
「部活動で頑張っている皆さんに食べていただいてはいかがですの?」
 神楽のこの一言で決定。かくして巨大パフェは体育館へ運ばれ、大勢の胃袋へ収められることとなったのだった。
「ああ、そうだ。チョコを用意しているんです。ヨーロッパの方ではこういうのがあるので、ちょっと作ってみましたので味見してみます?」
 その場で、ラディスはリフィーナとクリスクリス用に準備していたチョコを手渡した。さっそく2人は食べてみるが……何だか不思議な味わい。
 それもそのはず。レッドチリペッパーパウダー入りのと、ブラックペッパーパウダー入りのビターチョコレートであったのだから。まああれだ、不味くはないけど個人で好みの分かれる味だろう。

●頂上から奈落へ
 同じ頃、ギリアムはチョコを手に大量の感涙の涙を流していた。そんなギリアムの頭を黙って無表情でなでなでとしている音夢。何やらいい雰囲気だ。
「うあ……ましゅた……ありぎゃとうぎょじゃ……」
 ギリアムの手にしたチョコは音夢の手作り……そう、件のチョコである。結局誰にも手作りチョコを渡していなかったので、不思議に思って音夢の前に来てみたらまさかの不意打ち。これで泣かないはずがない。涙どころか鼻水までぐしゅぐしゅと。
 が、ギリアムの幸運はそこまでだった。少し落ち着いた頃、音夢はそれとは別に大量のチョコの入った紙袋を手渡したのである。
 その中身は……『男』からの『タマ(男と知った上での)宛』の『本気』チョコ!!
「タマ……。総受け」
 ぼそりつぶやき、音夢は何故かぽっと頬を染めた。
「…………」
 声にならない声を上げ、ギリアムはその場へ崩れ落ちた。灰色になって。
 その衝撃は肝心の妻へのプレゼントを失念するほどだったという。

●甘えんぼさん
 そして夜。研がアパートへ帰ってくると、貴沙羅が出迎えてくれた。
「お帰りなさーい!!」
「こ、今年はこうきましたか……」
 玄関先で立ちすくむ研。貴沙羅の格好は身体にリボンを巻いて、ちょっと露出度高めな姿。あれだ、よくある(そうか?)『わたしを食べて♪』というのを元にした衣装である。実は貴沙羅、前もって作って用意してあったのだ。
「はい、研君。今年の、チョ・コ♪ うふふ……♪」
 研のそばへ行き手作りチョコを渡すや否や、すりすりごろにゃん♪と甘え始める貴沙羅。それは何とも言えないとても幸せそうな表情であった。きっと今夜はずっとこんな感じで甘えまくるのであろう。いやあ、とてもお熱いことで。
 最後余談になるが、妻へのプレゼントを失念していたギリアムには、帰宅後壮絶な修羅場が待っていたとかいなかったとか。どっとはらい。

【了】