■乙女の敵は……?■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 3月ともなると春の足音がそろそろ聞こえてくる。冬の寒さも、あと少しといった時期である。
 しかし季節が移り変わろうとも、犯罪が減少するなんてことはまずない。よくて現状維持、悪ければとことん増加する一方だ。
 今、ビルシャスでは困った事件が起こっていた。それは恥ずべき犯罪と言っていいだろう――痴漢というものだ。夜道、1人で歩いている女性を狙って背後からいきなり抱きつき、胸に触ってからすたこらさっさと逃げ去るというのだ。
 被害者たちの話では、その犯人は170センチくらいで帽子を目深に被り、顔はサングラスとマスクをしていたためによく分からないという。服装は地味な感じだったそうだ。ただ、犯人からは柑橘系のいい匂いがしたなんていう話もいくつかあった。
 事件の発生エリアは、ビルシャスの居住区や商店街区を中心とした範囲。とはいっても、どこかに偏っているのではなく点々と散らばっている。恐らく意識して偏らないようにしているのだろう。
 で、被害者たちだが、年齢範囲は14〜38歳ほどと少々幅がある。種族も人間をはじめ、人化した魔皇や逢魔、同じく人化したファンタズマと、別段共通性がない。
 だが……ただ1つだけ被害者女性たちの共通項が見付かった。
 それはどう説明するのが一番よいのだろう。
 その、何だ。
 ええと……あのですね。
 いわゆるひとつの、女性特有の胸の膨らみがですね。まあ……つまり、そう豊かではない方々が被害者な訳でして……。
 俗にはとある漢字2文字で表現される方々だった訳です、ええ。
 ある意味、犯人の特徴といえば特徴なのかもしれないけれども。
 ともかく、これ以上被害者が増えないように、早急の犯人逮捕が望まれている。
 では、諸君の健闘を祈る。
シナリオ傾向 捜査:3/推理:3/コミカル:5(5段階評価)
参加PC 伊達・正和
チリュウ・ミカ
倉重・夕
近衛・紗那
乙女の敵は……?
●適任者
「Sir!! それはセクハラ発言です、Sir!!」
 GDHP捜査官である倉重夕22歳は、上司に向かって吠えていた。
「誰がサーじゃ、誰がー! サーサー言いたきゃ、軍か沖縄でも行って好きなだけ喋ってこんかいっ!!」
 対する上司も負けてはいない。夕に向かって1歩も引かず吠え返す。
「とにかくだ、お前さんが適任だと判断してのことだ。カウボーイとなるべく協力者の要請も済んでいるから、とっとと合流して捜査をしてくれ。で……なあ倉重」
 吠えていた上司が急に真剣な表情で夕を見つめた。
「な、何ですか」
「今回の事件を追えるのはお前の身体しかない!」
「だからそれがもうセクハラ発言です、Sir!!」
「だからサーって言うんじゃねえっ!! 第一、お前の身体特徴を買っての割り振りだろーがっ!!」
「そんなもの買うなーっ!! 指名を即刻撤回してくださいっ!!」
「んなもん出来るかっ! 抗議は一切認めんからな!!!」
 机を挟んで、キャンキャン吠え合う夕と上司。近くに居た者たちはとばっちりを喰らう前に、そそくさと逃げ出していた。
「そりゃ、女子制服を貰えないくらいペッタンコですよ! ていうか、『小さ過ぎてサイズがないから』ってどういう意味だコンチクショー!!」
 ダンッ!!
 心からの叫びとともに、夕は机を思いっきり叩いていた。そして、しばしその場で息を整えてからくるりと上司に背を向けて歩き出した。
「お、おいっ! どこ行く倉重!!」
「着替えですっ!!」
 声をかけた上司に振り向くことなく答え、思いっきり足音を立てながら夕は着替えへ向かった。
 説明しよう! 夕は22歳であるが、ちっちゃくて童顔でペッタンなため、れっきとした成人女性ながら小学生男子によく間違えられるのである!
 だがしかし! 女装をすることで、小学生男子から女子高生に見た目年齢がアップするのだ! なお、今の説明文に若干の矛盾があるかもしれないが気にするな!
「いいんだ、いいんだ、だって胸あると動くのに邪魔だし、ブラだってお金かかるし……」
 更衣室に入り、ロッカーに向かってぶつぶつ言いながらのの字を書く夕。過去何度、ランジェリーショップのショーウィンドウを覗いて溜息を吐いたことか。ブラする必要のない22歳乙女の嘆きであった……。

●合流
 そんな吠え合いから約1時間後、協力者たちの集合場所にはすでに2組4人の女性の姿があった。
「出るんだよなぁ……暖かくなると不心得な奴が」
 むう、と口をへの字に結ぶのは、ご町内の防犯委員を務めたりもしているチリュウ・ミカである。それゆえ今回の事件を放ってはおけないと、協力することにしたようだ。
 が、魔皇が気合いを入れている一方、逢魔の方は少しお気楽気分のようで――。
「わぁい。警察のお仕事に参加出来るなんて、貴重な体験♪ 学校で自慢しちゃお☆」
 ミカの逢魔・クリスクリスはこのように、そわそわわくわくとしていた。好奇心が先に立っている、明らかにそんな感じだ。
 で、もう1組の方に目を向けてみると、こちらもまた何か違った様子で……。
「だからね。今月ピンチなんだ、お願い紗那ちゃん」
「全く、縁ちゃんは……」
 両手を合わせてお願いしている元気そうな少女に対し、眼鏡をかけた小柄な少女がやれやれといった表情を浮かべていた。眼鏡の少女は魔皇の近衛紗那、お願いしていた方の少女は逢魔の縁という。2人は仲良い友だちでもある。
 どうやら懐の寂しかった縁が紗那を引っ張ってきた模様。紗那の態度を見ていると、こういうことはよくあることらしい。
「お待たせしました……」
 そこへようやく夕の登場。ちゃんと見た目年齢をアップさせてきていた。が――。
「…………」
 無言で右見て、左見て、また右見て左見ての夕。
「…………」
 あ、何か急に遠い目して黄昏れてるし。ひょっとして、見た目年齢アップさせてもようやく紗那とかと同等だったから、ボディーブローのようにショック受けてたりしますか、夕さん?
「もしもーし?」
 夕の様子を訝しんだミカが声をかけた。
「はっ! 私は今何をっ?」
 我に返った夕はさっそく挨拶を済ませ、何気なく人数を数え始めた。
「……あれ?」
 4人数えた所で夕が眉をひそめた。
「あの……何か?」
 疑問に思った紗那が夕へ尋ねた。
「5人来るって話だったのに、あれ?」
 首を傾げる夕。その時、5人の方へ小走りでやってくる男性が居た。
「すまない、撮りが若干押してしまった」
 男性――伊達正和はやってくるなりそう告げ、一同に挨拶をした。
「今回参加する俳優の伊達だ、よろしくな」
 これでようやく協力者5人勢揃いである。

●相談開始
 それから一同は、借り受けたビルシャス署の一室へ移動し作戦会議を始めた。
「そもそも普通の警察の仕事の範囲だと思うが、下手人は魔か神属かなのかね?」
 正和が誰ともなく尋ねた。今回の事件は(少々特殊な傾向があるとはいえ)痴漢である。本来はビルシャス署のみ、すなわちパトモス公安警察だけで捜査するような事件だ。それがGDHPにお鉢が回ってきているのである。気にならない訳がない。
「判断しかねるので、こっちに回ってきたみたいですね」
 と答えるのは夕。文句たらたらではあったが、一旦やるとなったらちゃんとするのが夕である。しっかり捜査権委譲の経緯を上司から聞いてきていた。
「そうすると、捕まえてみれば普通の人間だということも十分ある訳だな」
 ふむ、と正和は腕を組んで思案する。
「でも……」
 ぼそっと紗那が口を挟んだ。
「ファンタズマでも追えないんだから……だとしても、周辺地域について詳しい人なんじゃ……」
 先の情報にあった通り、被害者の中には人化したファンタズマも含まれている。ビルシャスでは教育上の問題によってファンタズマは人化を解いてはならないと決められているが、その気になれば人化を解いて追跡出来ないこともない(後で問題にはなるだろうが)。
 が、これに関しては夕からこういう話が出た。
「調書によると、ショックが先に立って追いかけることが出来なかったみたいで。でも……犯行場所を散らばり具合から見て、周辺地域について詳しいのは考えとして間違っていないと思います」
 そして、犯行現場を記した地図を出す夕。場所のみならず、日時もきっちり記されていた。
「……被害に遭った女性たちから、もう1度話を聞けないかなあ」
 思案顔でつぶやくミカ。
「連絡取って、ここに足を運んでもらいましょうか?」
 ミカの言葉を聞いて、夕がそう提案した。かくして、連絡の取れた被害者女性数人が来てくれることとなった。

●再現
「えっと……手の使い方はこんな感じかな?」
 そう言ってミカは、むにむにぃっとクリスクリスの豊かな胸を背後から両手でつかんだ。
「あははっ、ミカ姉くすぐったいよっ☆」
 嫌がる素振りを見せることなく、軽く身を捩って笑うクリスクリス。そんな彼女に対し、ミカが手の甲で軽く頭を小突いた。
「おい……クリスクリス、触られてるんだから乙女として少しは嫌がれ! たく……」
「はーい、ごめんなさーい」
 勘違いしないように一応説明するが、これは足を運んでくれた被害者女性たちの前で犯行時の様子を再現しているだけであって、ミカとクリスクリスが妖しい遊戯を繰り広げている訳ではない。まあ、今の様子の音抜き動画にアフレコで『お姉さま……』だとか被せると、途端に不思議なビデオの出来上がりということは否定しないが。
 被害者女性たちは、その2人の様子をじっと見つめている。微妙に嫉妬の視線が混じっているのは気のせいということにしておこう。例えその中に夕の視線が混じっていたとしても気のせいだ、ああ気のせいだとも!
「下から上にじゃなくって、こう……全体をわしづかみにする感じでした」
 2人の様子を見ていた被害者女性の1人がそう言い出すと、他の者も同意の言葉を口にし始めた。
「私もそうです」
「あたしもー」
 ミカはそれを聞いて、改めてクリスクリスの豊かな胸へ背後から手を伸ばした。
「ん、わしづかみ……っと」
 むぅぎぃゅぅうぅ。
「痛ぁいっ!! 力入れ過ぎミカ姉〜」
 クリスクリスが悲鳴を上げた。その瞬間、視線の中の嫉妬度合が上昇したのはやっぱり気のせいである。
「……で、この後は一目散に逃げ去ったという訳かな」
 確認のため正和が被害者女性たちの方を向いて尋ねると、皆が一斉に頷いた。ちなみに彼女たちがここへやってきて早々、正和にサインをねだったという話は余談だ。
「じゃあ触るだけで満足した……のかな?」
 紗那がぼそっとつぶやいた。犯人の行動からすれば、そのように考えるのが自然だ。となると、やはり犯人は胸に何らかのこだわりがあるのだろうか。
「どうも、胸に触ること自体が目的って感じがするなあ」
 まだクリスクリスの豊かな胸を触っていたミカが思案顔で言った。
「よく分かんないけど、とにかく! 犯人を見付けたら捕らえればいいだけだよねっ」
 縁がぐっと右手を握ってニカッと笑った。こういう何がしかを考えることは、縁は苦手なのだ。
「そういえば柑橘系の香りがしたって話もなかったっけ?」
 ミカが尋ねると、資料を見返しながら夕が答えた。
「あ、ありましたね」
「仮にだけど、調香師を手配してその香りを再現してもらうとか……」
 とミカが言い始めた時だった。被害者女性の1人が、おずおずと手を挙げたのは。
「すみません、そのことでちょっと……」
「え、何ですか? どうぞ、何でもいいですから」
 夕が言葉の先を促した。
「実は夕べ、シャンプーとリンスを別のメーカーの新しい物に変えたんです。そうしたら……匂いが……何だかあの時のと似てて……」
「はいっ? それ……どこのです?」
 突然の新情報に、夕はメーカー名を即座に尋ねた。そして急いで仕入れてきて、集まってくれた被害者女性たちに嗅いでもらった。
「あ、似てるー」
「……もう少し薄めたらそうかも」
 と、そんな感想が漏れてきた。どうやら可能性は高そうだ。けれども――。
「でもそれ……女性向けなんじゃ?」
 容器をまじまじと見て紗那が言った。そう、シャンプーもリンスも女性向けとして店では並んでいる代物。
 犯人は身だしなみにこだわりがあるのか? それともあるいは……女性?

●囮作戦開始
 このように一同は日中あれこれと情報を収拾し、夜になってある1つの作戦を始めた。言わずと知れた囮作戦という奴である。
 囮作戦は2班構成だ。A班は夕が囮を務めて正和が近くで様子を窺うというもの。一応サポートに同僚2人を夕が呼び寄せていた。B班は囮役となる紗那が縁とともに歩いてミカとクリスクリスがその後を追って様子を見るというもの。
 回る場所も少し違う。A班は周辺での事件発生から少し間隔が開いていて、未だ事件の起こっていない区域を。B班はその事件発生から少し間隔の開いている区域だ。
 A班の場所設定は、夕が犯行現場のプロットをしてみての結論である。一方のB班の場所設定は、事件があった辺りを回りたいという紗那の意見を取り入れての結論だった。
 何かあったらすぐ連絡を入れると互いに約束し、両班は夜の街を歩き始めた。
 さて、まずはB班。縁と並んで歩く紗那は、きょろきょろと周囲や擦れ違う者などを注意深く見ていた。犯人と思しき者が居ないか、探しているようである。
 と、紗那は不意に自分の胸元を見たかと思うと、すぐ隣の縁の豊かな胸元へと視線を向けた。春の足音が聞こえてきたとはいえ、3月の夜だ。風邪ひかぬよう2人して厚着していた。
(厚着してても胸が大きいって分かるんだ……)
 何見て納得してますか、紗那さん。
 ともあれ、そうやって歩いていると時折コンビニの前を通ることになる。その度に紗那は、縁の引っ張って何やらねだっていた。
「ね、寄ろ?」
「またなの紗那ちゃん」
「縁ちゃん、手伝ってあげているんだからいいでしょ」
「……だから今月ピンチなんだってばぁ」
 そう言いつつも、結局紗那に連れられてコンビニへと入ってゆく縁。これが1度や2度ならいいが、何度も続くうちに懐が耐え切れず、とうとう縁は紗那を振り解いて逃げ出してしまった。
「縁ちゃんっ!?」
「ごめん紗那ちゃんっ、弱いボクを許してっ」
 パタパタパタ……。夜道を駆けてゆく紗那。
「いったい何を……」
 その後ろ姿を呆れ顔でミカが見ていた。
 一方A班。夕はわざと寂し気な所を選んで歩いていた。鼻歌混じりで、何やら楽しそうに見えるのはたぶん気のせい。
 正和はといえば、すぐに犯人の背後が取れるような位置に潜むようにしてその後をついていっていた。
(現れたか)
 夕の取った行動は正しかったということだろう。正和は近くの路地に気配が現れたことを感じ取っていた。
 そして気配の主は路地を飛び出し、一目散に夕の方へ向かっていく。
(来た!)
 気配は夕も感じ取っていた。気構え、夕はその瞬間を待った。直後、夕の背中に何やら感触があったかと思うと、胸へと手が伸びていた。
(あっ!?)
(よし!!)
 夕があることに気付くのと、潜んでいた正和が飛び出すのがほぼ同時であった。そして夕が叫んだ。
「じょ、女性っ!?」
「何っ?」
 敵の肛門を爪先で蹴り上げて犯人の動きを止めようとしていた正和が、慌ててそれをキャンセルして犯人の首へ両腕をかけた。いつでも締め落とせる態勢だ。
「観念するか? それとも……」
 正和が僅かに両腕に力を込めると、犯人はすぐに両手を挙げた。はい、勝負あり――。

●爆発
「酔っ払いの戯言を真に受けるなぁっ!」
「そんなこと言われたって〜! あなたには分からないかもしれないけど、肩凝りとかセクハラとか色々辛いんです〜! 悩んでるんです〜!!」
「それは侮辱か宣戦布告かぁっ! おにょれ取り調べ覚悟しとけー!!」
 犯人逮捕の連絡を受けB班が合流すると、そこには同僚2人に羽交い締めされた夕と犯人の女性が言い争っている光景があった。
 呆れ顔の正和が説明してくれた所によると、犯人の女性はとても大きな胸に日頃から悩んでいて、どうしたらよいかと酒場で酔った占い師に尋ねたのだという。そうしたら『ない者の胸を100人触れば願いは叶う』などと言われ、それを本気にしてこんな真似を始めたのだそうだ。
「……そんなもん、冗談だとすぐ分かるだろうに」
 と言って溜息を吐く正和。まあ悩む本人にしてみれば、心の余裕もなかったのかもしれないが……。
 で、それを犯人の女性が正直に『さらしを巻いていた自分のとても大きな胸を見せ付けながら』説明したものだから、夕が爆発したという訳だ。さらしを巻いているのに女性だと分かったくらいだから、どれだけ夕が胸のことに敏感か分かるというものだろう。
「コンチクショー!! ペッタンコなめんなーーーーーっ!!!」
 夕の虚しい叫びが夜空へこだましていた……。

【了】