■気になるあのことそんなこと【SIDE T−1】■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 パトモス・新東京――この地では日々様々な出来事が起こっている。楽しいこと、苦しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、表沙汰になったこと、伏せられてしまったこと、そして未だ誰も気付いていないこと……。
 それは神魔人学園、トリニティカレッジも例外ではない。日々の学園生活において、何か気になった出来事や人物、はたまた団体などはないだろうか?
 気になるなら、自ら動いて調べてみるのもいいだろう。誰かに言われる訳ではない、決断するのは自分自身であるのだから。
 だがしかし、望む結果が必ず得られるとは限らない。得られた結果が、真っ赤な嘘である場合もあるやもしれない。また、掘り起こしてはならなかった真実を知ってしまうかもしれない。
 それでも構わないと覚悟が出来ているのであれば……見えぬ真実をつかむこともあるだろう。新たな絆を得ることもあるやもしれない。はたまた、新しい世界が自分を待っているかもしれない。
 今回使えるのは3月下旬のある1日のみ。1日で何が出来るのか、よく考えて行動してみてはどうだろうか。
シナリオ傾向 フリーアタック:6(5段階評価)
参加PC チリュウ・ミカ
アルス・ブラック
佐嶋・真樹
気になるあのことそんなこと【SIDE T−1】
●この時期は
 さて3月下旬といえば、一般的には学校は春休みの時期である。普通に考えれば生徒の姿はかなり少ないはずなのだが……ここ神魔人学園の場合はそうではなかった。それなりに、生徒たちの姿が学内にはある。
 部活動のために来た者もあれば、補習を受けるはめになった者も居る。はたまた大学部だと学外から講師を招いた特別講義が開講されていたり……と、その理由は様々だ。
 ともかく、今日も神魔人学園には少なくない生徒たちの姿がある訳だ。それではちょっと様子を覗いてみよう――。

●レポーター参上?
 校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下に、黒衣を羽織りマイクを手にした可愛らしい顔の青年の姿があった。
「今回は、学園の七不思議の1つである……『幻の購買部』、別名『魔法使いの工房』を調べてみようと思います」
 青年――クロはカメラ目線でそう言い放つと、近くを誰か歩いていないかおもむろに探し始めた。ちなみに、カメラは青年自身が手にした家庭用のハンディカメラだ。
「あ、第1生徒発見です」
 視界に女生徒を見付け、足早にそちらへと向かうクロ。そばまでやってくると、さっそく声をかけた。
「すみません、ちょっとお聞きしますが……」
 マイクとカメラを向け、クロは『幻の購買部』についての聞き込みを始めた。

●珍しい訪問者
「休みでも部活とかで皆、学校に来てるのな」
 同じ頃、1人の女性がきょろきょろと辺りを見回しながら手近な校舎の入口へと向かっていた。チリュウ・ミカである。
(にしても、皆スタイルよいよなぁ……短いスカート似合うし)
 て、早々に何のチェック入れてますか、ミカさん。
「さ、とりあえず校舎の中へっと」
 ミカは校舎の中へ足を踏み入れると、あちこちに確かめるような視線を向けながら廊下を歩き出した。
 と――おもむろに窓へ近寄ったかと思うと、ミカは窓枠をすっと指先でなぞった。
「……ふむ」
 その指先をじっと見つめるミカの表情は満足げである。
(掃除は行き届いてるな。感心感心)
 だから何のチェックを入れてますか、ミカさん。
「ええと、案内板はと」
 再び歩き出すミカ。どこか行きたい場所があるのか、まずは学内の案内板を確認しようと考えているようだ。
 そうして案内板を探していると、ミカは前方から歩いてきた男子生徒と擦れ違った。
「あ、そこの男子」
 行き過ぎようとした男子生徒を呼び止めるミカ。
「え?」
「ポケットに手を入れて歩かない!」
 立ち止まり振り返った男子生徒に、ミカがびしっと注意する。
「あ、はい……」
 不可思議な表情を浮かべながらも注意された男子生徒は、ポケットに突っ込んでいた手を外へと出した。
「よろしい。じゃ」
 そう言ってまた歩き出すミカ。すると今度は前方に、廊下の幅いっぱいに広がって歩いてくる女生徒のグループがあった。
「そっちの女子! 廊下いっぱいに広がらない!」
 今度はその女生徒たちへ注意を行うミカ。その後ろ姿を見ながら、先程注意された男子生徒がぼそっとつぶやいた。
「何だ、あのおばさん……?」
 幸いにも、そのつぶやきはミカの耳には届いていなかったようだ。
 それはそれとしてミカさん。今日やってきたのは、あれこれチェックを入れるためですか?

●調査依頼
「ん? 女の子?」
 校舎の廊下からふと窓の外に目をやった高等部風紀委員長の御剣恋は、とことこと歩いてゆく小さな女の子の姿を眼下に捉えた。
「……誰かが妹とか連れてきたのかな?」
 そのように考えた恋。春休みだし、そういうことがあっても別段不思議ではない訳で。
「あ、こんな所に居た」
 その時、恋に声をかけてきた者が居た――聞き込みを行っていたはずのクロである。
「あれ、保険医の……何かご用ですか?」
 クロがやってくるのに気付き、恋が反応した。クロは保険医をしていたりするので、恋も顔は見知っているのだ。
「一緒に来てください。『幻の購買部』の情報をつかんだんです」
 単刀直入に用件を告げるクロ。すると恋の眉がぴくっと動いた。
「……あの噂の?」
 さすが風紀委員長、『幻の購買部』の噂はしっかり耳に入っていたようだ。
「ええ。一緒に調査してもらえませんか?」
「それは……もちろん。風紀委員長として、実態を把握しておかないと」
 クロのお願いを恋は即座に承諾した。かくして、恋を引き連れてクロは再び動き始めた。手がかりを元にして、『幻の購買部』を調べるべく。

●聞こえてますよ?
 さて、そんな会話が行われていた所から、そう遠くない場所に銀髪の青年の姿があった。青年は耳に何やらイヤホンをつけ、そのコードの先は受信機ぽい物に繋がっていた。
「ふむふむ……なるほど……はあはあ……」
 こくこくと頷きながらつぶやく青年――アルス・ブラック。イヤホンから漏れ聞こえるのはクロと恋の会話。そう、2人の会話はクロの服に内緒で付けられていた発信機兼盗聴器を通じて、アルスの元へ届いていたのだった。つまり、クロが何をしようとしているのか、全て筒抜けだったということだ。
(しかし、いきなりこんなことを始めるなんて)
 自らの逢魔の唐突な行動に、少し首を傾げるアルス。だが、思い当たる節もなくはない。
「やっぱり、この前『魔法使いの工房』で売った本やら写真集やら怪しげな薬やら、先日の期末テストの問題用紙などを売ったのを怒っているんですかね〜。それとも4次元ポ……」 えーとアルスさん、思い当たる節だらけって言いません、それ?
 ともあれ、ここで一応説明しておこう。クロが調べている『幻の購買部』を営んでいるのは、このアルスである。場所は不定で神出鬼没、さっきまではそこにあったとしてもふと気付くと跡形もない……だから『幻の購買部』。ゆえにその場に居合わせた者は、ある意味ラッキーなのかもしれない。よく分からない品が売られていたりするのだから。
「まぁ、生徒会を味方につけるということは……僕の購買部を生徒会に発見させて、購買部&僕を取り締まり……この僕に一泡吹かせるってことですかね?」
 恋との会話内容から、クロの考えをそう分析するアルス。風紀委員長である恋が現場を押さえれば、遅かれ早かれ生徒会の知る所になる訳で。よくまあ考えたものだと言わざるを得ないだろう。
「でも……甘いですね」
 アルスはそうつぶやくと、ふふっと不敵な笑みを浮かべた。何やら企んでいる表情……であった。

●可愛い訪問者
 中庭を、とてとてと小さな女の子が歩いていた。その表情は見る物全て興味津々といった様子で、ぴかぴかと輝いていた。それは女の子――佐嶋真樹の行動にも表れていて、ついさっきまで花壇の花を見ていたかなと思うと、ブラスバンドの演奏が聞こえてきたらすぐにそちらの方へ駆け出していたりと、1ケ所にじっとしていることがなかったのだ。
 そんなことを繰り返しているうちに、前をよく見て歩いていなかったのだろう。真樹は前方で立ち止まっていた小さな女子生徒にぶつかると、反動でしりもちをついてしまったのだった。
「ふにぃっ!」
 驚きの声を発する真樹。地面が柔らかい土だったからか、泣きはしなかった。
「あっ、ごめんなさいっ! 大丈夫ですの?」
 ぶつかられた女子生徒が振り返り、すぐさま真樹を起こして気遣った。
「ああ……土がついてしまいましたわ」
 女子生徒――生徒会長の道真神楽はハンカチを取り出すと、それで真樹についてしまった土を丁寧に払ってあげた。
「ありがとー」
 ぺこんと頭を下げる真樹。そしてじっと神楽の顔を見つめる。
「怪我はありません? 痛い所もありませんか?」
「うんっ!」
 神楽の問いかけに、真樹は元気よく答えた。
「それはよかったですわ。じゃあ、気を付けてくださいね」
 真樹に向けてにこっと微笑むと、神楽はその場を離れようとした。ところが――。
「あら?」
 ぐいと後ろから引っ張られる感触があった。振り向くと、真樹が神楽のスカートをしっかとつかんでいるではないか。
「引っ張られていると歩けませんわ」
 微笑みを絶やさぬまま、真樹の手をゆっくりとスカートから外させる神楽。
「では、さようなら」
 再び真樹へにこっと微笑み、神楽は歩き出そうとした。すると今度は――。
「ふに……」
 神楽の背後から、不穏な気配が漂ってきた。振り返ると、真樹が泣きそうな表情になっているではないか!
「ふにぃぃぃ……」
 じわ……と真樹の目に涙が浮かび始めている。
「え、あ、ええと」
 おろおろと軽いパニック状態に陥る神楽。その間に、真樹はまた神楽のすぐそばへ来てスカートをしっかと握った。これはどうやら、自分から離れるなということか?
「ええと……一緒に行きますか?」
「うんっ!」
 ぱっと表情が明るくなり、元気よく答える真樹。そして自己紹介をする。
「まきは、まきっていうんだよー」
「私は道真神楽といいますわ。よろしくですわね」
 自己紹介を返した神楽は真樹の小さな手を握ると、今度は一緒に歩き出したのだった。

●穏やかなる未来のために
 場所は変わって進路指導室。そこに何故か、ミカが居座っていた。当然ながらミカ1人で居る訳がない。テーブルを挟んだ目の前には、逢魔のクリスクリスが通うクラスの担任教師の姿もあった。
「なるほど……対策は講じられている訳か」
 担任教師の話を聞き、一応は納得した表情を浮かべるミカ。クリスクリスの親代わりとして、やっぱりあれこれと気になることがあるのだ。
 一番重要なのは、この穏やかな日々がいつまで続くのか……ということ。かつてみたく、ミカがクリスクリスを従えて殲騎を駆らずに済むためにも、この点は突っ込んで聞いておかなくてはならなかった。まあ、成績とかも気にならないと言えば嘘になるだろうが。
 それに対しての担任教師の回答としては、何か危険が迫るようなことがあれば学園に連絡が入るようになっているということだった。また、教育方針としては『トリニティカレッジ』という呼び名が示すように3種族仲良くというものもある訳で。ともあれ、学校として努力していることはミカにも伝わった。
「では、その努力を怠ることなくこれからも続けていただきたい」
 そうミカは担任教師へ申し入れた。クリスクリスの将来に責任ある身として、それは決して譲れないことであった。
(そう……クリスが同族と所帯持って、可愛い子供を授かって……そんな小さな幸せをつかむ時のためにも)
 ミカはクリスクリスの花嫁姿や、子供を抱いた姿を想像した。
(可愛いだろうなぁ……ウィンターフォークの子供……透き通る白い肌で……わたしの義理の孫なんだよね〜……うふふ)
 ミカさん、ミカさん。そこまで行くと、妄想ですから。
 で、このようにミカが妄想している頃、クリスクリスは生徒指導室へ向けてパタパタと走っていた。
(何でミカ姉が学校に居るんだろう?)
 どきどきしながら廊下を駆けて行くクリスクリス。世界制服同好会の部室に顔を出していた所、『見かけないおばさんが小姑よろしく校内をチェックして闊歩してる』という話を耳にした。容姿などを聞いていると、どうもミカっぽい。それで今は生徒指導室に居ると聞き、こうして向かっていた訳だ。
(えっと……ボク校則違反してないし、テストだってちゃんと自分の名前書けたし……)
 クリスクリスがそんな心配をする。て、まさかテストは名前だけしか書いてないんですか、クリスクリスさん?

●興味津々、夢いっぱい
 真樹の手を引いて神楽は学校内をあちこち歩いていた。
「うに、あれなーにー?」
「あれは家庭科室ですわ。あそこでお料理とかを作るんですのよ」
「これはー?」
「ピアノですのよ。こうして鍵盤を叩くと……」
「わー、きれいなおとだねー」
 真樹が色々な物に興味を示す物だから、神楽もあれこれと紹介するのが楽しくなってきたようであった。
 移動の間に、神楽はどうして真樹がここにやってきたのかを一応把握することが出来た。どうも保護者とはぐれたかして、ここへ辿り着いたらしい。そしてあれこれと面白そうな物を見ているうちに、先程のように神楽とぶつかってしまったという訳だ。
「ねーねー?」
 くいくい、と真樹が神楽のスカートを引っ張った。
「どうしましたの?」
「まきも、がっこーはいれる?」
 小首傾げ、じっと神楽の目を見つめて真樹が尋ねた。
「ええ。その力があればいつでも入れますわ」
 神楽は真樹の頭をそっと撫でてあげて答えた。
「うに、わかった。まきもがっこーはいれるんだねー♪」
 嬉しそうな表情を浮かべる真樹。神楽もそんな真樹に笑顔を向けていた。
「あああああっ、やっぱりミカ姉だ!!」
 その時、近くの教室からクリスクリスの驚きの声が聞こえてきた。真樹が反応する。
「うにょ? あそこはー?」
「あそこは進路指導室ですわね」
 2人はとことこと進路指導室の前を通っていった。

●翻弄されました
「……手がかりあるって言ってなかった?」
 恋がクロをじろっと見つめながら言った。そのクロの姿はというと、顔は煤だらけで黒くなり、黒衣や漆黒の髪などはチョークの粉なのか小麦粉なのかで半分以上が白に染まっていた。ちなみに恋は全く汚れていない。
「あったはずですけど……こほっ!」
 咳き込むクロ。煤や粉で、喉もやられてしまったのだろう。
 何故こんなことになってしまったのか、それを説明しよう。実は行く先行く先に、トラップが仕掛けられていたのである。今のクロの惨状を見れば分かるように、煤やら粉やらが噴き出すトラップが。で、恋をかばい続けた挙げ句、クロはこんな姿になってしまったという訳だ。トラップの仕掛人は言わずもがな。
「おかしいなあ……」
 首を傾げるクロ。恋にも疲労の色が浮かんでいた。と、その時である。
「やあ、お疲れのようですね。今日は楽しめましたか?」
 数本の紙パックのジュースを持って、クロたちの前にアルスが姿を現したのだ。
「あっ……!」
 絶句するクロ。アルスはクロを無視して、恋にジュースを手渡した。
「よかったらどうぞ。お代は結構ですから」
「あ、すみません……」
 礼を言いジュースを受け取る恋。アルス、好印象である。
「じゃ、僕はこれで。ははは……」
 クロにもジュースを手渡し、周囲をくるっと回ってから笑いながら去って行くアルス。そして廊下の角を曲がると、アルスはこっそりとクロたちの様子を窺った。
 次の瞬間――クロの背後で大きな音がして、驚いたクロは目の前の恋に抱き着いてしまった。無論驚きゆえの不可抗力である。
「何するのーっ!!」
 ベチッ!
 恋のビンタがクロの左頬に見事に決まった。その光景を見ながら、アルスは声を殺して爆笑した。
「……すぅ……すぅ……」
「ふにぃ……むにゃ……」
 窓の外、陽当たりのよいベンチでは、こくりこくり船を漕ぐ神楽の膝枕で気持ちよさそうに眠る真樹の姿があった――。

【了】