■黄金の三角地帯■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 黄金の三角地帯という言葉を、1度は聞いたことはないだろうか?
 東南アジアのタイ・ラオス・ミャンマーが接するメコン川、その山岳地帯のことをこう呼んでいる。
 では何故にこのような呼ばれ方をしているのか。それはここが、世界に名だたる麻薬原料の生産地であったからだ。この地でのケシ栽培は19世紀にまで遡るということである。
 しかしそれも、近年はあることによって停滞することとなる。そう、神帝軍の支配である。皮肉なことに、神帝軍が支配したことによる無気力化などの影響で、麻薬原料の生産が大幅に減ったのだ。
 そんな地に、パトモスから僅かな魔皇たちが潜入していた。デビルズネットワーク・アスカロトにて依頼を引き受け――。

「魔皇様方、今回は非常に困難な依頼かもしれません」
 先月のことだ。サーチャーの逢魔・魅阿は集まっていた魔皇たちに真剣な面持ちで伝えた。
「黄金の三角地帯に潜入し、調査をお願いしたいのです」
 それはGDHPからの極秘依頼であった。今、GDHPは新東京に流れている麻薬について捜査を継続しているのだが、新年度に入りある決断を下していた。それが、名だたる麻薬原料の生産地であった黄金の三角地帯への潜入調査である。現在でもそういったことが可能なのは、そこではないかという意見が強くなっていたのだ。
 だがしかし、現時点でGDHPが表立って動く訳にはゆかない。まず証拠がないし、下手に動くとASEAN+1がどう反応するかも分からない。万一何もなかったら……パトモスとの関係は、ぎくしゃくしてしまうやもしれず。
 そこで、アスカロトにお鉢が回ってきたのである。つまり、GDHPやパトモスの名前を出さずに魔皇たちに調査をしてきてもらおうと――。
「ですから携わるのも少人数、何があっても目的や正体を明かさないということが条件です。無論、知り得たことは口外無用です」
 魅阿がそう魔皇たちに言い含めた。

 そして今月。神帝軍にも見付からず無事に潜入した魔皇たちは、下調べの結果からある1つの村に狙いを定めて調査を開始したのであった……。
シナリオ傾向 国外活動:6/潜入調査:6/陰謀:3(5段階評価)
参加PC 瀬戸口・春香
月村・心
黄金の三角地帯
●信頼出来るガイドとは
 雨が降った後には蒸し暑くなる。よくあることだ。それが赤道に近い東南アジアであればなおさらのこと。時期からするに、今は雨期であるだろうかと思われる。
 東南アジア・インドシナ半島内陸部に位置する黄金の三角地帯――そこの雨に濡れた草木を抜け、2人の男がとある村へ向けて歩を進めていた。前を歩くのは風貌からして現地の人間のようだ。足取りももう慣れたもんだという感じである。
 一方、その男の後をついてゆくのは明らかに現地の者ではない。観光客? いやいや、曰く付きの場所へ足を踏み入れようと思う観光客などそうそう居るもんじゃない。それに観光客ならもっと大勢で行ったりもするだろう。第一、今のこの2人のようにひっそりと村へ近付くはずもなく。
「旦那。もう向こうに見えやすぜ」
 前を歩く男が足を止め、後ろを振り返って言った。その言葉通り、前方には家屋らしき物が目に入っていた。
「……ああ、すまない」
 後ろを歩いていた青年――月村心はそう言ってポケットから何かを握って取り出すと、案内をしてくれた現地の男の手にそれを握らせた。
「約束の時間までに俺が戻らなかったら、そのまま帰ってくれ」
「へへ、分かってまさ。旦那にゃ、たんまりといただきやしたからねぇ」
 心の言葉に、男はニィッといやらしい笑みを浮かべて答えた。そして心は男をその場へ残し、単身村へ近付いていった。
(金はかかったが……それだけにああいう奴は信用出来るしな)
 男は心が雇った現地のガイドであった。現地の警察から情報を仕入れる手段も考えはしたが、もしそれが麻薬を作っている連中と繋がっていたのなら、こちらの行動が相手に筒抜けとなってしまう。ゆえに却下。
 となれば独自で動くしかないのだが、そのためには現地の様子を知る者が必要だという訳で――男を雇ったということだ。現地ガイドの条件は極力素性の明らかなまともな奴。それで2、3人見繕われた中から、金に関してしっかりしている今の男を選んだのだ。逆に言えば、十二分に金を握らせれば決して裏切ることのないという男を。
(……さあ、村の中でどんな真似をしているかだ……)
 心は気を引き締め、村人に見付からぬようさらに村へと近付いていった……。

●ある仮説
 さて、その狙いを定めた村へ近付いていたのは何も心1人だけではない。異なるルートからもう1人、村を目指して向かっていた。こちらはガイドを雇うこともなく単独で、だ。
(パトモスに麻薬を流すことで利を得るのはどこなのか……だ)
 村へ向かっていたもう1人の青年、瀬戸口春香は歩きながらそんなことを考え続けていた。
 やがて浮かび上がる1つの仮説。それは、神帝軍が直接あるいは間接的に麻薬を流布させているのではないかというもの。
 改めて言うことでもないが、麻薬は人間を堕落させる。いや、破壊させる。麻薬中毒者が増えることはそれだけ国が死に近付くということだ。過去の歴史を振り返れば、麻薬が原因で戦争が起こったこともあるのだから……。
 また、神帝軍の勢力範囲を考えてみてもこの可能性はあり得ること。マティア神帝軍は未だ東南アジアにちょっかいをかけられるオーストラリア・ニュージーランドを押さえているのだから、何かを狙ってこの地で工作を行っているかもしれず。
 ともあれ、敵対する勢力を内部から弱体化させて叩くという手は珍しくない。麻薬なんて、それにうってつけの品ではないか。
「位置からしても、北が関与している可能性はあり得ないだろうしな。……それならパトモス中枢に協力者が居るとか、テロリストが加担してる方があり得るだろ」
 1人つぶやく春香。北とはもちろん『日本国』北海道のことだ。ここもパトモスと敵対する勢力だけれども、わざわざ東南アジアまで出てくるかと言われるとどうも考えにくい。ゆえに春香の仮説からは、『日本国』の関与の可能性は完全に除外されていた。
(この仮説を肯定か否定かする材料があればいいんだが)
 そうして春香もまた、村人に見付からぬようさらに村へと近付いていった……。

●思いもよらない
(この様子は……どういうことだ?)
 村へと侵入を果たした心は、自らの目にした光景に対して戸惑いを覚えていた。それは自らが想像していた光景と、まるで異なる光景が広がっていたからである。
 心が想像していたのは、近くの集落や街から攫ってきた者たちを強制労働させているのではないかということ。麻薬の原料栽培ということを考えれば、ないではない光景だろう。
 ところが。心が今目にしているのは、非常にのんびりとした明るい農村といった光景。普通に村人たちが暮らしていて、笑顔もあふれている。服装を見てもみすぼらしい格好ではない。むしろ、近隣の村よりも暮らし振りは多少よいのではないかとも思えるほどだ。
(ガセネタか? いや違う。この村に、人の出入りが増えているらしいというのは下調べで確かなんだ……)
 木々に身を隠したまま心は自問自答する。
(それにあの格好。何か収入源がないと、ああはならないはずだ)
 そこまで心が考えた時、不意に台湾陸軍中佐の黒珊瑚の言葉が蘇ってきた。出発前、魅阿を通じて黒珊瑚に面会の約束を取り付けたのである。
 もちろん黒珊瑚との面会の際は調査のことなどおくびに出さず、いずれ落ち着いたらASEANに遊びに行ってみたいなどと理由をでっち上げて、ASEANの現状を多少なりとも心は尋ねてみたのだ。そして麻薬のことにも話題が向かった時、黒珊瑚は少し悲しそうにこう口にした。
「残念だケド、生きるタメに麻薬作る人居るヨ……」
 黒珊瑚曰く、麻薬の流通量こそ神帝軍占領前から激減しているが、また少しずつ増えている気配があるらしい。もっともそれもほとんど各国内で留まっているようだとも言っていたが。
(……強制でなく、自主的にか? だとしても、何者かの関与は絶対にあるはずだよな)
 何でもそうだが、作っても売れなければ収入にはならない。ただの自給自足だ。
(仕方ない。誰か村の奴を捕まえて情報を得ないと……)
 心は身を隠したまま、静かにその場を離れた。

●買い主の名は
(……見事なケシ畑だ……)
 春香の前方に、白や赤い花の咲き誇る畑が一面に広がっていた。綺麗な光景だけれども、そのいずれもがケシである。やがてこれらが麻薬へと変えられてゆくと考えると、何とも美しく悲しい光景かもしれない。
 畑では村人が汗水たらして働いていた。誰か強制している訳でもない、自分たちで動いている。もっとも畑の周囲には、棍棒を手にした男たちがうろついているが、彼らはこのケシ畑を守っているのであろう。それだけ、村にとって重要であるに違いない。
 春香は身を隠したまま、村人たちの会話に聞き耳を立てていた。明るい声が春香の耳に届いてくる。
「いやあよく育ったもんだ」
「んだんだ」
「これを高く買ってくれるちゅーからありがてぇもんだなぁ」
「んだ。おらよく知らんが、薬になるつーでな」
「そうだべ。治療に必要だちゅーとるそーだ」
「ま、役立って金になるつーから、おらたちには嬉しいこったな」
 ……どうやらこのケシ、治療薬にするという名目で買われていっているようだ。つまり村人たちは、実際どのように使われているか知らないということである。
「あー、何ちゅーたべな、買ってくれとる国」
 村人たちの会話はまだ続いていた。
「おめ、忘れるでね。おら覚えとるよ」
 そして、衝撃の国名が村人から飛び出した。
「パトモスつーたぞ」
(……パトモスが動いている?)
 まさか神帝軍ではなくパトモスの仕業だというのか?
 春香は静かにその場を離れた。サンプルとしてケシを2、3本ほど摘み――。

●銃や金のみが武器にあらず
「これ甘いねー、おにぃちゃん♪」
 少女は口をもごもごとさせながら、嬉しそうに笑顔を見せた。そのそばには心の姿があった。
「そうか。ゆっくり味わって食べてくれよ」
 少女に笑顔を向け心は言った。場所は件の村のすぐ近くである。村の様子を窺っていた心は、少女が1人村から出てきたのを見付けて接触したのだった。無論、村の情報を得るために。子供相手に、たまたま荷物に入っていたキャンディは金品以上の武器である。
 で、村のことを少女からあれこれと聞き出す心。それにより分かったことは、村人のおおまかな数、村の中の位置関係、暮らし振りといったことである。
(ここにあるのはケシ畑だけか)
 少女曰く、月に何度か村の外から人がやってくるのだという。恐らくその際に、収穫したケシの実と金品などを交換しているのであろう。それであの暮らし振りをしているという訳だ。
「来るのは何人くらいなんだ?」
「えっとねー、3人くらい? 女の人が一番偉くて、あと残りは男の人だよー」
「……どんな感じの奴らだった?」
「んー……」
 少女は少し考えてから心を指差して言った。
「おにぃちゃんみたいな人!」
(俺みたいな? て……東アジアか?)
 東アジア――つまり、中国や台湾、パトモスなんかはビンゴである。
「でね。よく分かんないけど、『ベサ』とか言葉の最後に時々聞いたよ? おにぃちゃんみたいな人の使う言葉なの?」
 少女は首を傾げ尋ねてきた。それに対し、心の表情は強張っている。
「『ベサ』……? 本当にそう言ったのか?」
「うん」
 こくこく頷く少女。
(まさか、北海道訛り……?)
 考え込む心。いったいその女たちの正体は……何なのだろうか。
 心は少女に口止めをして別れた。よく知らない人からキャンディを貰って食べたことが親に分かると怒られるぞ、などと言うと結構効果あるものである。

 この村には、思った以上に謎が多いようだ。少なくとも村に現れる者たちが何者なのか、つかまないことには調査は終えられない――。

【了】