■その名は張■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
「魔皇様方、お願いいたしたい依頼があるのですけれど……」
 デビルズネットワークタワー・アスカロト。サーチャーの逢魔・魅阿は集まった魔皇たちを見回してから、次のように言葉を続けた。
「申し訳ありませんが、この時点で引き受けると確約された方以外にはこの先をお話することは出来ません。引き受けると仰られる方々のみ、どうかお残りください」
 この魅阿の物言いに、既視感を覚えた魔皇も居るかもしれない。何故ならそれは、昨年末にも聞いたようなフレーズである気がするから――。
 そしてその場に残った魔皇たちを相手に、魅阿は依頼の内容について語り始める。
「魔皇様方には、ある人物の行動を調査していただきます」
 ふむ、素行調査の類なのだろうか。魅阿が慎重を期していることからして、調査対象となっているのはきっとそれなりの身分を持つ者であるに違いない。
「その人物の名は……張文昇。中華人民共和国の官僚の方です」
 ……何ですと?
 中華人民共和国の官僚を調べろと?
「ここに、張氏の明日の予定表があります。午前中はパトモス政府の複数の省庁を訪問、午後は2時頃より夕方まで施設の視察などを行うようです。そして、昼に2時間近く予定が入っていない時間帯があります。恐らく昼食の時間なのでしょう」
 魅阿が張の明日の予定をざっと説明する。
「魔皇様方。明日、この調査が無事に終わりましたら、これよりお知らせする住所へお向かいください。そこに、今回この依頼をなされた方がお待ちですので」
 ……なるほど、調査が終わるまで依頼者は秘密ということか。いったい誰が、何のために中華人民共和国の官僚を調べようとしているのか……。
「それでは魔皇様方、くれぐれもお気を付けて……」
 魅阿は深々と頭を下げた。
シナリオ傾向 調査:5/政治:3/陰謀:3(5段階評価)
参加PC 彩門・和意
月村・心
その名は張
●この男が張
「ちょっと待った」
 伝達を終え、奥へ引っ込もうとする魅阿を呼び止めた魔皇が居た――月村心である。
「……何でしょうか?」
 足を止め振り返る魅阿。
「あれだけじゃあ何とも……。他にも事前に何かないのかナァ?」
 これは心の偽らざる気持ちであった。張文昇という名前と、中華人民共和国のパトモス派遣文官という素性だけ教えられても、どう手をつければよいのか正直困ってしまう訳で。
「ねぇ、魅阿さん? 俺だけに何かあったら教えてくれよ。聞かれたくなかったら場所変えよーぜ?」
 ちらりと別の1組――魔皇・彩門和意とその逢魔・鈴の方を見て、心が魅阿に言った。……まあフレーズだけ聞けば、ナンパをしているようにも聞こえる訳ですが。
 すると魅阿は不思議そうに心へこう答えた。
「月村様は恐らく張氏にお会いしていると思うのですが……?」
「は?」
 誰のことだ? と、この時の心は思った。
「昨年末、警護の依頼を受けられましたよね?」
「あっ!」
 その魅阿の一言ではっとする心。そういえばあの時、官僚が何人か居たはずで……。
「あの〜」
 その時、和意が魅阿に声をかけてきた。
「その、張さんの写真か何かはありませんか?」
「……少しお待ちいただけますか」
 魅阿は一旦その場を離れると、1枚の写真を手に戻ってきた。
「この方です」
 そう言って見せた写真には、さほど特徴のない顔立ちの男が映っていた。見た所、30代といった感じであろうか。けれども、その男の顔に心は見覚えがあった。
(あの時の……)
 昨年末の警護後、心たちに声をかけてきた官僚が居た。それがこの男――張だったのである。
(……何だか色々と分かってきたな)
 あの時の官僚が張だと分かって、心は何故今回こうして調査を行うのか見えてきた気がした。もしこの推理が当たっているのなら、依頼してきた者は当然――。
「よし、これで顔をしっかり覚えました。鈴さんはどうですか?」
「ええ、覚えましたわ、和意様」
 張の写真を食い入るように見ていた和意と鈴の2人は、互いに顔を見合わせて頷き合った。

●行動開始
 そして当日。各々の方法で調査を開始することとなった。
 午前中、予定通りに省庁を回るべく滞在ホテルを発つ張。当然ながら警護の者がついてゆく訳だが……。
「うん、君は?」
 警護する者たちの中に心の姿を見付け、張が足を止めた。
「本日の警護を担当させてもらいます」
 それに対し、心は淡々とそうとだけ返した。張もそれ以上何も言わず、再び歩き出す。
(さて……何が飛び出すかな)
 心は張の後ろ姿を見ながらそう思った。
 やがてホテルから張の乗った車が出発する。もちろん心も一緒だ。
 張の午前中の訪問先は、厚生労働省・文部科学省・経済産業省・消防庁など多岐に渡っていた。どうやら今日は純粋に視察のようである。ここで得たことを、本国の行政に役立てようと考えているのだろう。
 最初の訪問先である厚生労働省の近くには、つばの広い帽子を被った女性の姿があった――鈴である。バスに乗って先回りしたのだ。ちなみに和意とは午前中、交互に訪問先を張り込む手筈になっていた。
「あ。あれですわね」
 少しして1台の車が厚生労働省の前に滑り込んできて、中から写真で見た通りの顔、張が降りてきた。心の姿もあるから間違いないはずだ。
 張は厚生労働省で30分ほど過ごすと、また次の訪問先へ車で向かっていった。鈴はそれから数分ほどその場に残っていたが、何事もないようなので次の張り込み先へ向かうことにした。
 次の訪問先は文部科学省。車で先回りした和意が張り込んでいた所に、予定通り張の乗った車がやってきた。
 ここでもやはり30分ほど過ごすと、張はまた次の訪問先へ向かった。
 それから少しして和意も中へ入ってみた。そして置かれていたパンフレットを1、2部ほど手に取りながら、何気なく近くに居た職員らしき女性に声をかけてみた。
「何だか物々しい人たちでしたが、何かあったのですか?」
「今日は中国の方がお越しだったんです。それでだと思いますが」
「そうなんですか。はあ、なるほどー」
 適当に誤魔化してその場を離れる和意。今の職員の反応からすると、何かトラブルなどが起こった様子は感じられなかった。
 このように普通の訪問が続いてゆき、何事もなく午前中の予定が終了するのであった。

●チャイナドレスの女性
 そして昼食時。張が向かったのはやっぱりというか、中華レストランであった。しかしそれは心の知っている昨年末の中華料理店ではない、別の場所のビルシャス街中の店である。
 この行き先は、判明した時点で心から和意たちの方へと伝えられていた。それを受けて鈴は、近所の他のレストランに入って窓際の席を確保していた。ここから店の入口はよく見えるので、張り込みには適しているだろう。
 しばらくして張の車が店の前に止まり、中から張が降りてきた。情報通り、目の前の中華レストランへ入ってゆく。
 ややあって、鈴の居る店に和意が合流した。午前中最後の訪問先から、そのまま尾行してきたのである。
「あ、和意様。そちらはいかがでしたか?」
 鈴が和意に首尾を尋ねた。
「うーん、普通……ですね。何かある訳でもなく」
「とすると、やはりここなのでしょうか?」
「何かあるとしたらここでしょうね。誰か来た様子はありましたか?」
「いえ。ひとまず、政治家さんが来られた形跡はわたくしがここに入ってからはなかったように思います」
「じゃあこれからでしょうかねえ……」
 思案顔でつぶやき、和意はメニューを広げた。この店は手頃な値段だったので、外で1人あんぱんと牛乳という事態は避けられたようである。
 一方、中華レストラン店内――張が入ると同時に、ウェイターが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お連れ様はすでにお待ちでございます」
(やっぱりここで待ち合わせか)
 予定にない相手に会うとしたらやっぱり昼食時以外にないだろう。そう思っていた心の予想は当たっていた。ただ意外だったのは、後からやってくるのではなく、先に相手が待っていたことであろうか。
「こちらでございます」
 ウェイターが張を個室へ案内する。と、心は張の前に出てこう言った。
「何があるか分かりませんから、調べさせてもらいます」
 そして張の答えを待たず、ウェイターが個室の扉を叩いた後すぐに室内に入っていった。
 中に居たのは金髪で長髪の、チャイナドレスに身を包んだ女性が1人だけ。女性は顔半分を中華扇で覆っていた。
「あなたは?」
 心が女性に声をかける。と、女性から返ってきたのは……中国語。それも、結構早口な。
 すると張が同じく中国語で女性に何事か伝えてから、日本語で心に言った。
「彼女に説明をしたから、手早く済ませたまえ」
「……ええ」
 心はそう答えると、室内に危険物など仕掛けられていないか調べていった。そして調査を終えると、今度は張にこう言われた。
「終わったかね? ならば彼女と2人きりにしてほしい」
「しかし警……」
「私が外してもらいたいと言っているのだ」
 反論しようとした心に対し、張が語気強く言った。
「では、部屋の前で待機させてもらいます」
 渋々といった様子で心は言い、部屋を出ていった。残されたのは張と女性の2人だけである。
(……当たり前の反応だったな)
 張のこの反応は半分以上予想されたことだった。だから、心もしっかり手を打っている訳で。
(盗聴器の調子は上々、と)
 そう、室内を調べている最中に心は盗聴器をしっかり仕掛けておいたのだ。なので、2人の会話はテープレコーダーに録音されることになる。……恐らく記録されるのは中国語の会話であろうが。
 結局、張はここで1時間ほど過ごして、午後の予定にある民間メーカーの施設へ向かうこととなった。
「……誰も来られませんでしたわね」
「……そうですね」
 別の店で見張っていた鈴と和意は、誰もやってこなかったことに少し拍子抜けしていた。ともあれ、張が動く以上追いかけてゆかねばならない。
「鈴さんはもう少し残って、誰か出てこないか確かめてください」
「分かりましたわ」
 和意は鈴にそう言い残し、店を出ていった。
(それにしても、こんなに予定が全て把握出来ていて……)
 自分の車に向かいながら思案する和意。
(よほどの側近からの情報な気もしますが。はてさて)
 鈴は張たちが去ってからもしばらく残っていたが、政治家らしい者が出てくる様子はなかった。ただ、金髪長髪の小柄なチャイナドレスの女性が出てきたことは目撃していた。

●待ち人は……
 張はその後、午後の予定通りに視察を終えてホテルへ戻った。何も事件や問題は起こっていない。着替えをした上で調査を続けていた和意もどうにかして施設へ紛れ込んでみたが、そこで一瞬目に出来た張の様子は、真面目に技術を見ているというもの。よほど本国の役に立ちたいのかもしれない。
 そして調査を終えた3人は、魅阿より伝えられていた住所へと向かった。そこは小さな公園であった。だが、そこで待っていたのは――。
「やっぱりか……」
 心は待っていた人物の顔を見て、ぼそりとつぶやいた。そこに居たのは中華人民共和国のパトモス派遣武官である狐蓮だったからである。
「ご苦労様アル。私が今回の依頼主アルヨ」
 そう言って3人を出迎える狐蓮。なるほど、そりゃ張の詳細な予定が分かるはずだ。身近といえば身近な者からの依頼だったのだから。
「さて、今回の調査結果を聞かせてほしいアル」
 狐蓮がそう言うと、心は手で押し止める動作を見せた。
「その前に。何故あの男を調べさせたのか、聞かせてもらいたいものだな」
「……単純明快アル。ここ半年以上、張の動きがおかしいからアル。単独でどこかへ出かけ、誰かと会っている節が見られるアルヨ」
 表情を崩さず答える狐蓮。
「もしそれが国家に対する反逆ならば、早急に対処する必要が出てくるアル。だから調べてもらったアルネ」
 なるほど、張にはスパイの疑いがあるということか。
(……ASEANのエージェントなのか?)
 心は女性の姿を思い浮かべ、そんなことを思った。情報を与える相手といえば、とりあえずASEANしか思い浮かばない。
「さあ、調査の内容を教えてほしいアル」
 再度3人に言う狐蓮。3人は各々の調べたことを詳細に狐蓮に伝えていった。
「チャイナドレスの女性アルか……」
 やはり狐蓮が引っかかったのもそれのようだ。そして張と女性の会話が記録されたテープを狐蓮は心から受け取った。
「これは後で聞かせてもらうアル。これで何か分かったら……またお願いすることになると思うアルヨ」
 狐蓮が3人の顔を見回して言った。その狐蓮の言葉は後日事実となる――。

【了】