■警察学校の1日 ―海でも訓練―■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 新東京、神魔人学園――トリニティカレッジとも言われるそこは、様々な学校が集約した巨大学園である。初等部・中等部・高等部・大学部など普通の学校があるのは当然のこと、他にも神魔技術工科大学やパトモス軍学校などといった少し特殊な学校もある。
 その特殊な学校の1つに、警察学校も含まれている。
 警察学校では法学や逮捕術、実際の勤務についてなど、警察官として必要な学習が行われており、入学には高卒以上に相当する学力が必要である。そして卒業後は、GDHPや通常の警察に勤務することになるのだ。
 もっともこれは警察官の卵たちについての話。中には警察官であっても、何らかの理由で再訓練を命じられてやってくる者も居るとか居ないとか。
 4月に入学した訓練生たちも、8月ではや5ヶ月目。身体的精神的に、それなりにたくましくなってきた頃であろう。
 そんな8月のある日のことだ。1泊2日で訓練生たちは海へ出かけた。遊びではない、授業の一環だ。たまには気分を変えて、海辺で訓練を行うということに決まったのだ。
 そして、厳しい太陽の下で波の音を聞きながらの訓練が始まる――。
シナリオ傾向 授業風景:5/海:5(5段階評価)
参加PC チリュウ・ミカ
音羽・千速
キョー・クール
ヤスノリ・ミドリカワ
礼野・明日夢
佐嶋・真樹
警察学校の1日 ―海でも訓練―
●海へ来たぞ!
 夏だ!
 海だ!
「訓練だ!!」
 とある海岸の海辺にて、びしっと整列した私服姿の訓練生たちを前にして、教官を務めるヤスノリ・ミドリカワが声高らかにそう言い放った。
「さて、楽しい訓練はついに海での訓練となった。喜べ! 男子ども! 女子の水着が見れるぞ! もちろんセクハラした奴はぶっ飛ばすが、恋愛自体は否定しない! 女子の諸君もいい男を見つければ行動しろ! ただし節度を守ってな。なお、今回は数名の見学体験者が含まれている。後に諸君たちの後輩になるやもしれん。普段の訓練の成果を存分に見せてやるといい!」
 とヤスノリが言うように、今回のこの訓練には卒業後の進路を考えている者たちが含まれていた。
(いよいよ訓練が始まるのかあ……)
 そんなことを思うのは、見学体験者の1人である音羽千速だった。千速は今回、幼馴染みの天河月華(これは人間としての名で、逢魔としての名は氷華である)とともに参加しているのである。
 千速の脳裏に思い返されるのは、参加を検討している時の月華との会話である。
「僕と月華ちゃんも18でしょ? 高校3年で進路考えないといけないんだけど。これをもっと学びたい、ってないし、就職希望なんだけど。警察官どうかな、って今考えてるの」
「千速ちゃん、お巡りさんになるの? 魔皇なお巡りさん?」
「そりゃ、僕って魔皇だけど。僕も僕の家族も、自分や家族が殺されそうになったから天使たちと戦った……戦ってるんであって、人間に危害加えようなんて考える人、魔皇の中でも少数派だと思うよ? それなりに体力ある方だと思うから、魔の力使えない時でも訓練次第では頑張れると思うし」
「軍は考えなかったの?」
 何気なく浮かんだことを月華が口にすると、千速は少し寂しそうな表情を見せて答えた。
「え? 軍? ……何か、僕の考えてる正義ってのとは、今の軍ってちょーっと違う感じ、するから……。僕たちが神魔戦線で戦うのは……結構保護者の皆が嫌がってるの、何となく分かるし」
「そっかぁ……。千速ちゃんも色々考えてるんだね」
 とまあ、こんな会話が交わされて――現在に至る、と。
 千速が月華との会話を思い返していた間に、ヤスノリの隣にもう1人の教官が姿を見せた。こちらもお馴染み、キョー・クールである。
「夏の海……いいね。実にいい。見てごらん、天候にも恵まれて、海水浴日和じゃないか」
 訓練生たちに向かって笑顔で言い放つキョー。その心の中では珍しくこんなことを思う。
(今回はセクハラはなしさ。僕だって教師の端くれ、生徒たちとの楽しい一時は大事にしたいからね)
 そして、こう言葉を続けた。
「さて、突然だけど皆には近くの同性とじゃんけんをしてもらうよ。グーとパー、1人ずつ決まったら、自分が何を出したか覚えておいてほしいんだ」
 ……何とも奇妙なキョーの言葉。ともあれ訓練生たちは言われた通りにやってみる。ちなみに千速と月華は同じパーであった。
「諸君、決まったか?」
「「「「「はい!!!」」」」」
 ヤスノリが訓練生たちに問うと、元気よく返事が返ってきた。すると今度は、ヤスノリとキョーが同じようにじゃんけんをした。キョーがパーで、ヤスノリがグーである。
「決まったよ。パーを出した訓練生は僕の前に3列で整列、グーを出した訓練生はミドリカワ教官の前に同じく3列で整列してほしいんだ」
 訓練生にそう説明するキョー。これはもしやひょっとして……?
「勘のいい奴はもう分かっているな? 日中の訓練はこの2班に分かれて行う! 急げ!!」
 そのまさかの言葉がヤスノリの口から放たれた。そう、先程のじゃんけんはこの班分けのためだったのだ!
 この決定に訓練生の約半数が頭を抱え込む。どっちを出した方なのかは推して知るべし。しかし、千速の反応は違っていた。
「ミドリカワ教官……? あ、ひょっとして先輩が話してたミドリカワさんかな?」
 月華にそう話しかける千速。ヤスノリの経歴などを考えると、やはり知られているようである。
「……厳しいけどやりがいのある授業、かぁ」
 先輩とやらがそう話していたのだろう、千速はその言葉をぼそっとつぶやいた。残念ながら今回、千速たちはヤスノリの班ではなかったが。

●これをこなせば確実に鍛えられる
 宿に荷物を置いた後、2つの班は各々の訓練を開始した。まずはヤスノリの班から様子を見てみよう。
 着替えを済ませた訓練生たちに砂浜のランニングを行わせていたヤスノリが号令をかけた。
「よーし整列!」
 たちまちヤスノリの前に整列する訓練生たち。顔中、いや身体中に汗をかいている。
「どうだ、砂浜を走ってみた感想は? 砂浜は足が取られる。よって体のバランスが大事だ。足腰を鍛えるのに最適だろう?」
 何事も、それをさせるにはそれなりの理由というものがある。砂浜のランニングはこういう理由からであった。
「ではこれより訓練の説明を行う!」
 整列した訓練生たちを前にヤスノリが言葉を続ける。
「給水後、諸君には行軍を行ってもらう。その後、目的地から遠泳でまたここへ戻ってきてもらう。あちらに岩場が見えるな? あそこを回って戻ってくるんだ」
 海の遠くに見える岩場を指差し、ヤスノリが言った。これはまた……きつい訓練だ。
「……おっと、1つ言い忘れていた。行軍にはキャンプ装備一式を背負っていってもらう。なーに、たいした量じゃない。ほんの10キロ程度だ。訓練が終われば自由時間だ。好きに泳いでいいぞ」
 さらりと追い打ちをかけるヤスノリ。恐らくは訓練後の自由時間に泳げる者など、数名しか居ないのではなかろうか。
 かくしてヤスノリ班訓練開始。当然ながら、その姿を見ている一般の海水浴客たちも居る訳で――。
「むぅ……広い砂浜に無駄に熱々のカップルが多くない?」
 パラソルの下、すいか柄のビーチボールを抱えて膨れっ面をしている水着姿の少女と、水着の上にTシャツとパーカーを羽織っている女性の姿があった。
「クリス。あんまり膨れるとふぐになるぞ」
 少女にさらりと言い放つ女性――チリュウ・ミカ。
「でもミカ姉〜。何か、母娘が水着姿でポツネンとパラソルの下で座ってるの悲しいんだけど……」
 少女――クリスクリスがそう言ってビーチボールをぽかぽか叩き出した。夏休みということもあって2人はこうして海へやってきていたのだ。まあクリスクリスが思いっきりだだをこねたという話もあるが……それはさておき。
「まあ土用波押し寄せる海はくらげも多い。日光浴に来たと思えばそのくらい……」
 腕を広げて、すぅ……と深呼吸をするミカ。潮の香りが身体中に広がってゆく。その時、クリスクリスが何かを発見した。
「おや? 何か向こうに暑苦しい集団が見えるよ?」
「ん、どれどれ?」
 クリスクリスが指差した方へ目を凝らしてみるミカ。そこには行軍中の訓練生たちの姿があった。なるほど、確かにこれは暑苦しい。
「あれって警察学校のお兄さんお姉さんたちだよね。臨海学校かな?」
「……じゃないか?」
「敷地が一緒だけど普段は交流もないし……よし、これはチャンスかも」
 突然、クリスクリスの目がきらーんと光ったような気がした。
「ん〜、潮の香りを胸一杯って久し振……」 ミカが再度深呼吸を行う。実に満足げな表情である。と、突然クリスクリスがパラソルを飛び出していった。
「ちょっと見学させてもらおうっと☆」
「ってクリス、どこ行く? 待て、邪魔しちゃ駄目だぞ!」
 砂浜を駆けてゆくクリスクリスを呼び止めようとするミカ。しかし視線はクリスクリスを追っていなかった。視線の先を辿ってみると……どうも逞しい生徒の姿に向いている。
「全く、困った奴だ……」
 すみませんミカさん。目尻が下がってて、まるで困っているように見えないのですが……。

●ただ自由に泳ぐだけと思うな
 さて、一方のキョー班はどうだろうか。
「今日の授業は、浜辺での行動について実地研修だよ」
 整列した訓練生たち――その中には千速と月華も含まれるのだが――の前で、キョーが訓練の説明を開始していた。
「海水浴場では、客が溺れたりした場合の他にも、怪我をしたり熱射病で倒れたりと様々な状況が考えられる。その場合に備えて、浜辺がどういう場所でどんな危険が潜んでいるか、実際に客の立場になって現地で体験してもらうというのが今回の狙いさ。このことは街中に戻っても、色々と応用が利くからね」
 そのように説明するキョー。街中であっても、川で溺れる者も居る。怪我や熱射病などは言わずもがな。確かに応用は利く。
「それでは、水着に着替えて各自遊びたまえ」
 このキョーの一言で訓練開始。……傍目にはただ遊んでいるようにしか見えないけれども、この訓練は。
 ともあれ訓練だからして、千速たちも水着姿で海の中へ入ってみる。
「気持ちいい〜♪ ねえ千速ちゃん、警察学校っていつもこういう訓練なの?」
「これはたまたまだと思うんだけど……」
 楽しそうに尋ねてくる月華に対し、少し釈然としない様子で答える千速。その通り、たまたまです。
「でも、前日にアスとエリが行くこと聞いて驚いたなあ」
 しみじみとつぶやく千速の視線の先には、ゴーグルつけて浮き輪につかまって楽しげに泳いでいる男の子と女の子の姿があった。礼野明日夢と緑である。
 明日夢の言葉によると、何でも『警察学校の授業で、水難救助訓練で救助される役の人を探している』という電話が家にかかってきたのだそうだ。その理由が、明日夢と緑は魔皇と逢魔だし、空を飛ぶ魔皇殻も持っているから頼めないかということだったらしい。ちなみに電話の主は明日夢たちの聞き覚えあるサーチャーで、泣き声だったとかどうとか。とりあえずそのサーチャーの名前は名誉のために伏せておくが、黒猫レオタード風衣装に猫耳しっぽという装いをやったことのある者だとは言っておく。
「エリたのしい?」
「うんっ!」
 泳いでいる最中、明日夢が問いかけると、緑は満面の笑みでそう答えた。
「あいずがあったら、あそびをはじめるからね。いい?」
「うんっ! アシュといっしょにエリあそぶのぉ♪」
 こくこく頷く緑。ちなみに明日夢の言う『あそび』とは、浮き輪から手を放して救助してもらうということである。明日夢と緑同時にというのは、複数人の場合の救助についても学習させるためらしい。
 まあ2人とも溺れる心配はない。実際の話、どちらも25メートル泳げるし、万一の時には人化を解けば問題ないのだから。
 そんな会話が明日夢と緑とで交わされている中、波打ち際に目を転じてみると、真紅の可愛いフリル付きワンピース水着に浮き輪を装備した女の子が、訓練生たちの間をちょこまか混じるように遊んでいた。
「きゃあ可愛い〜。あなたどこの子?」
 女子訓練生の1人がそう声をかけると、女の子は元気よく答えた。
「うにっ! ……んとね、とりにてぃかれっじ、しょとーぶ、さじままき!」
 女の子――佐嶋真樹は逆にその女子訓練生に質問した。
「なにしてるの〜?」
「え? ええと……訓練、かな?」
「くんれん? まきもくんれんするー!」
「えっ?」
 突然の真樹の言葉に面喰らう女子訓練生。慌てて辺りを見回すが、保護者らしい者も見当たらない。困っていると、真樹の瞳にじわじわと涙が浮かんでくる次第。邪険にすると間違いなく泣き出してしまうだろう。
「う、うん。じゃあ一緒に訓練……ね?」
「うにっ! くんれんする〜☆」
 たちまち太陽にも負けないくらいの笑顔を見せる真樹。まあ女子訓練生もこう思えばいい話だ。迷子の扱い方を学んでいるのだと思えば。
「準備運動はしっかりとやってるかな?」
 砂浜では海へ入ろうとする訓練生たちに、そうキョーが声をかけていた。そしてまだだと答えた訓練生たち(主に女子)に対し、手取り足取り準備運動を教えてゆく。……って、これはセクハラではないのですか、キョーさん?
「いや、今回は『たまたまそういう状況になってしまった』だけなんだよ。僕がそうしようと意図してやっているんじゃないんだから」
 はあ……そうですか。
「さて、授業の記録もしておかないとね」
 そう言ってキョーが持ち出してきたのは、真新しい立派なビデオカメラ。えーと、あの……やっぱりセクハラなんじゃあ……?
「授業の記録をするのも、教師として大切なことだよ?」
 ああ……何か丸め込まれてる気がする……。

●訓練が日中だけだと誰が言った?
 日中の各々の訓練が無事終わり、夜を迎える。訓練生たちは早々に就寝したのだが――真夜中に突然非常呼集がかかったのである。
「よく聞け! 緊急事態だ! テロリストが付近に居ることが判明した。これよりテロリスト狩りとする。各員は装備を整え、班毎に行動せよ。訓練だが相手は歴戦のテロリストだ。気を付けろ」
 訓練生たちにそう説明するヤスノリ。そして、訓練用に銃器とペイント弾などを配布している最中……1人の訓練生の胸元が真っ赤なペイントで染まった!
「急げ! テロリストはすぐそばに居るぞ!」
 ヤスノリが訓練生たちに発破をかける。ちなみにこのテロリスト、ヤスノリの逢魔にして妻であるメグミが迷彩服に身を包み、演じているのである。なので、腕前は非常に確かだ。
「ぼうっとしていたら狙わせてもらいますわ」
 メグミはそうつぶやくと、闇の中へ潜んでいった。
 そして、この緊急訓練は夜明け前に終了した。メグミを追い詰めたのは日中ヤスノリ班だった訓練生たちである。どうやらとっとと終わらせて、眠りたかったそうである。
「よし、よくやった! このように、警察官は夜間だろうと行動せねばならん。起きたばかりでも適切に行動する。理想だと言うなかれ。それが求められている。分かったか?」
 終了後、ヤスノリは訓練生たちを前にそう訓示した。が、疲れている訓練生たちの耳にどれだけ入っていたかは定かでない。
「そうそう、各自明後日までにレポートを提出すること」
 その後の、キョーのこの言葉が追い打ちをかけたのだから……。

●進路希望
「千速ちゃん、どうするの?」
「……うん、進路希望、警察官で出してみる」
「私は……希望進路事務職かな? 2人して勤務中に何かあったら困ることもあると思うし」
 日程終了後、千速と月華はこんな会話を交わしていた。何かしら、心に期する物はあったのかもしれない。

●エリの絵日記より
『うみいって、うきわからてはなしてひとにつかまる、ってあそびしばらくやったの。あとはあすとあそんで、カキごおりたべて、スイカたべて、よるはなびもやったの。あさがおみたいなおはなみつけたし、ピンクいろのかいがらひろったの! まっかなみずぎのこともなかよくなったよ! たのしかったー!』
 スケッチブックに海での出来事の絵が描かれていた。緑は緑で、なかなか楽しい時間を過ごせたようで――。

【了】