■道真神楽の気紛れ ―イベント案募集―■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 10月――秋真っ盛りである。ここ、神魔人学園もそれは例外ではない。
 秋というのは色々なことを行うのにとても適した季節であるといえよう。夏や冬みたく暑さや寒さが厳しいということはないし、春のように環境が変わったばかりで落ち着かないということもないのだから。
 ゆえに、じっくりと何かをするにはちょうどよい季節である。
 だがしかし、そういうこととある人物が妙な気紛れを起こすのは別問題である。
「何か……楽しいイベントがあれば、よいと思いませんか?」
 生徒会長の道真神楽が何気なく発したこの一言により、どういう訳だかあれよあれよという間に、この秋に学内で実施出来るイベント案の募集が行われることが決まってしまった。……何を考えてるのか道真神楽、いや生徒会もだ。
 ルールは単純、意見の数がもっとも多くて実現性の高いイベント案が実行されるというだけのこと。つまりは同調者を多く揃えて一斉に同じイベント案を出せば、その案が採用・実行される確率が跳ね上がるということだ。
 ただし、体育祭と文化祭という案は出しても除外される。それは別枠としてもうしっかり存在しているからだ。
 かくして――学内のあちらこちらに受付用の箱が設置されたのであった。なお、イベント案の提出は無記名なので、学外の者が出してもきっと分からないというのはここだけの話である。
シナリオ傾向 コミカル:4/ほのぼの:3/企画:6(5段階評価)
参加PC 音羽・千速
キョー・クール
道真神楽の気紛れ ―イベント案募集―
●生徒たちの一般的な反応
「最近、やたらと箱が目につくよな。何かあったっけ?」
「あー、ほら、ほれ、募金箱だっけ?」
「違う違う。イベントの企画案を受け付ける箱だから」
「……そんなの出す奴居るのか?」
「居るんじゃね? ま、俺は出す気ないけどなー」
「いい案も思い付かないしねえ」
 ……こういう会話を生徒会長の道真神楽がもし聞いていたのなら、いったいどんな反応を示していたことであろう。なかなかに興味深い事柄ではあるが、幸か不幸か神楽がこのような会話を耳にすることはなかった。
 しかし、確実に言えることが1つある。生徒たちのほとんどは冷めた反応を示していたということだ。先述の会話からも分かるように、無関心な者が非常に多かったのである。
 もちろん今回のこれは神楽の突然の思い付きが発端だし、告知の期間も短かったこともあって色々と不十分であったと指摘・非難されても仕方がない。
 けれども、せっかくこのような機会が訪れたのだから、何かしらやってやろうと気概を見せる生徒たちが非常に少なかったことは残念なことである。極端な話、人数を集めれば自分たちのやってみたいことがかなり通りやすい状況であった訳で……。
 それでも、イベントの企画案はいくつか出されていた。何かしらやってみたいと考える生徒が0ではないことが分かっただけでも、今回はよしとすべきなのであろう。少なくとも彼らは、積極的に動くことが出来る者たちであると言えるのだから。
 それでは、イベントの企画案をいくつか見てみよう――。

●もっと、触れてみたくて
「うーん……」
 放課後、他に誰も居なくなった教室にて、用紙を前に音羽千速は頬杖を突いて思案していた。
「……どういう風に書いたらいいんだろう……」
 机の上のシャープペンシルに視線を落とす千速。とりあえず筆箱から出してみたはいいけれど、まだ書き始めるには至っていなかった。
 そんな千速が居る教室に、急ぐ足音が近付いてきた。
「お待たせ、千速ちゃんっ!」
 という声とともに、女生徒が1人教室に飛び込んできた。千速の幼馴染み、天河月華(これは人間としての名で、逢魔としての名は氷華である)だ。
「あ、月華ちゃんお帰り。先生の用事、もう終わったの?」
 顔を月華の方に向け、千速が笑顔を浮かべ尋ねた。月華は先生に呼ばれて職員室に行っていたのだが……。
「それがね、千速ちゃん聞いてくれるかな?」
 少し不機嫌そうな表情になり、月華が千速に言った。
「……まさか先生に叱られたの?」
 千速の表情が少し曇った。が、月華はぶるぶると首を横に振った。
「そうじゃなくってー……。何だかね、人違いだったみたい」
「はい? どういうことなの?」
 月華の言葉にきょとんとなる千速。意味がちょっと分からない。
「えっとね。先生が用があったのは本当なの。でも、用があったのはわたしじゃなくって……別の人だったの」
「……呼ばれたの、月華ちゃんなんだよね?」
 千速が首を傾げた。別の者に用事があるのに、何で月華を呼ぶ必要があったのだろうか。
「それが先生の勘違いだったの。わたしもよく分からないけど、チェックを間違えたか何かしたみたいで……。行って、用件を話そうとした時に、先生が気付いたのね」
「間違いだって?」
 そう千速が尋ねると、月華はこくんと頷いた。
「でもよかったぁ……。月華ちゃんが叱られたんじゃなくって」
 ほっとした表情を浮かべる千速に、月華もほのかに微笑んだ。とその時、机の上にあった用紙に月華が気付いた。
「千速ちゃん、何か書こうとしてたの?」
「あー……うん。イベントの企画案あるでしょう? あれなんだけど……どう書き出せばいいのかなって」
「アイデアあるんだ、千速ちゃん」
 月華が少し驚いたように言った。
「ね、どんなの? 聞かせてよ」
 そしてすぐに目を輝かせる月華。
「うーんとね。ちょっと文化祭とネタかぶるかもしれないんだけど……。この学校、とても大きいでしょ?」
「うん。物凄く大きいよ」
 千速の言葉に月華はこくこく頷く。
「購買部とか学生食堂があるけど……結構体力使うんだよね、これ。人気メニューは売り切れも多いし……」
 小さな溜息を吐く千速。学生食堂などは大食堂ゆえ、それなりの規模で食事が賄えるようには作られてはいる。しかしそれは、メニュー全体を見た時の話。やはり利用者の好みなどもある訳だから、特定のメニューだけ早い段階で売り切れてしまうことも多々ある訳で。
 例えば味がいいとか、コストパフォーマンスが非常に優秀だとかいった理由で、昼食時にちょっとした戦場が出来上がることもないとは言わない。
「そうだよね。わたしはお弁当派だけど……凄いんでしょう?」
 家から弁当を持参しているが、月華も学生食堂のそういった逸話は耳にしているらしい。
「凄いよね。でね、同好会や部活動も結構存在しているじゃない? それらの中には調理系の部活動なんかも結構あって。しかも美味しいの作る所も多くって」
「……何だか、千速ちゃんが何を言いたいのかわたし分かったかも」
 さすが千速の幼馴染みにして逢魔、ピンとくるものが月華にはあったようだ。
「たぶん月華ちゃんの思った通りかも。そう、だからね、事前に許可出してOK出た調理系の同好会や部活が、お昼やお弁当売ったり部室でランチ出したり、放課後に軽食や夜食用のおにぎりとか売ってくれないかなぁ……って」
 にっこり笑顔で語る千速。それはつまり、ちょっと大袈裟に言うのなら、神魔人学園における食事市場の開放ですか?
「でも文化祭みたいに1日や2日じゃなくって、1〜2週間くらいでさ。そうしてくれたら僕たち一般生徒は選択肢増えるし、同好会や部活は文化祭くらいしか発表の場がない自分たちの活動見てもらえるし、売り上げは部費の足しにもなるし」
 なるほど、これはなかなか面白いアイデアかもしれない。同好会や部活動にもメリットがある内容だ。
「他のクラブも、制服同好会だったら販売用の制服作るとか、心理学研究会だったら生徒の好み調べて反映させるとか、協力の仕方もあるんじゃないかなぁ?」
 千速の話はさらに続いた。調理系以外の部活動でも、上手くすれば絡むことは不可能ではない。そして普段の活動の成果を発揮させることが出来る訳だ。
「……それいいかも、千速ちゃん。わたしたち部活はしてないけど、文化祭以外で他の部活動見てみたいな、っていう思いはあるから。それに1年時ならともかく、3年にもなると関りない部活や同好会って見れないもんね……」
 しみじみと語る月華。部活動をしていても他の部の活動など知る機会は少ない。していないのならなおさらのこと。しかし、知る機会を作ることが出来るのなら、それに少しでも触れてみたくはある。
「そう、いいかな? でも、まだ書き出しが浮かんでこなくって……」
 そう言ってまた悩む千速に、月華が助け舟を出した。
「わたしも手伝ってあげるから、書いちゃいましょ?」
「月華ちゃんありがとう」
 千速がにこっと笑った。そして夕暮れの教室内で、2人は協力してイベントの企画案を書き上げるのであった。

●全ては『あれ』のために
(ふーむ、面白そうだね)
 別の日、学園のあちこちに設置された箱を興味深げに見つめている男の姿があった。その名はキョー・クール――学園の非常勤教師である。
「秋のイベント案という訳かね……実に面白そうだ」
 つい、そんなつぶやきがキョーの口から漏れた。よほどキョーの興味を引いたのであろうか。
(……どれ、僕も1つ案を出してみようか)
 そんなことを考えるキョー。ちなみにキョーも非常勤とはいえ教師なので、学内の人物としてイベントの企画案を出しても何ら問題はない。まあ無記名だから、学外の者であっても恐らくばれはしないのだろうけれども。
「そうさ、僕は常に考えているのさ。何より可愛い生徒たちの……」
 キョーはそうつぶやいて、ぎゅっと右手を握り締めた。何だかんだ言っても教師である。キョーも生徒のことはちゃんと考えているようだ。
(何より可愛い生徒たちへの……セクハラチャンスを作るために!)
 って、やっぱりそっちかーーーーーーっ!!
「フッ、セクハラをするのに年齢は関係ないいのさ」
 いやまあ、ここまで一本筋が通っていたら、逆にある意味立派ではありますがね、キョーさん。
 とまあ目論見はともかくとして、キョーが出した企画案は『チャリティバザー』というものであった。
 具体的には生徒有志による出店と、一般からの出店者募集というものだ。店の内容はフリーマーケットでも有志による軽食喫茶でも何でも可、別にステージを使っての演奏会や芸でもよいということである。
 しかしそこには条件があった。それは『有料であること』、そして『生徒が上げた収益は全て寄付をする』というものだ。まあチャリティと銘打っているのなら、それは当然のことかもしれない。
 そうする理由としてキョーは、皆の道徳心を養い、社会奉仕の精神を学び、普段縁の薄い地域住民との交流を楽しんでもらうということを挙げていた。またそれに附随して、お金を稼ぐことの厳しさと喜びを知ってもらうよい機会になるだろうともキョーは記していた。
 そこで心配になるのがトラブルは発生しないのかということだが、それは教師たちなり風紀委員会なりが店舗管理の補助や巡回などに回れば、多少なりともトラブルを回避出来るかもしれないと、キョーは企画案の中で指摘していた。
(何なら私服の警察学校生たちに、警備の実習も兼ねて来てもらってもいいだろうしね)
 実はキョーの中にはそういった目論見もあった。警察学校でも教えているからこそ浮かんだ事柄である。
(……僕のセクハラ選択肢も増えるしね)
 最終的には全部そこに行きますか、キョーさん。ほんと立派ですよ、あなたは。
「ま、他の案になっても、そこでの警備を担当してもいいだろうからね。経験を積むのは悪くないのだから」
 ……それなりに考えてはいるんですねえ、やっぱり。
「何より可愛い婦警の卵たちに、学校内でセクハラするという素晴らしいシチュエーションのまたとない機会じゃないか。必ず実現させてみせるよ。ともかく提案だけは、先に向こうに通してくるさ」
 いやほんと、色んな意味で立派ですね……キョーさんってば。

●神楽の決定
 さてさて、提出された各種の企画案はもちろん全て生徒会……というか、神楽の目に触れることとなった。その中で神楽が興味を覚えたのが、千速たちの企画案と、キョーの企画案であった。
「これとこれ、一緒に行うことは十分可能ではありませんか?」
 確かにこの2つの企画案、両立させることは可能だ。フリーマーケットの枠組みの中に、部活動による料理提供を組み込んでしまえばよいのだから。
「そうですね……日程の調整をして、実現に向けて動き出してみていただけますか?」
 にこっと微笑んで指示を出す神楽。どうやらこの2つの企画案が、近いうちに実現するようだ――。

【了】