■大衆食堂を立て直せ■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
「魔皇様方にまた、お願いしたいことが……」
 デビルズネットワークタワー・アスカロト。サーチャーの逢魔・明菜はそのように切り出してきたのだが……すでに目が泳ぎ気味なのは気のせいだろうか。何やらまた、妙な依頼を持ってきたんじゃないかと魔皇たちが思い始めたその時、ようやく明菜は依頼の内容を口にした。
「ビルシャスにある大衆食堂の立て直しをお願いしたいんです」
 ……さあ皆、帰ろうか。
「ああああああ、魔皇様方待ってくださいっ!!」
 慌てて引き止める明菜。しょうがないので、とりあえず話だけは聞いてみることにした。
「実は最近、その食堂を娘さんが受け継いだのですが……味が変わったのかどうなのか、客足が落ちていて。あ、いえ、不味くなった訳じゃないんですよ?」
 そう明菜は言うが、不味くなっていないのに客が離れるということは、今までの味に客が馴染んでしまっていたからだろうと思われる。しかし、そもそも何故その大衆食堂は代替わりしたというのだ?
「ご両親をいっぺんに交通事故で亡くされて、娘さんも大変みたいで……。頑張っているのは見ていて分かるので、その、どうにか力になれないかなって……」
 ちょっと待て、そこのサーチャー。
 今の話振りからすると、ひょっとして今回の依頼は個人的なあれですか?
「……そこの名物の、鯖の味噌煮が好きなんです……。しょうがと梅干しが入って、いいアクセントで……。それがもしなくなると残念で……」
 うわ、個人的だ。すっごく個人的だ。
 でも、その大衆食堂を気にかけていることは一応伝わってくる。
「魔皇様方、どうかよろしくお願いいたします……」
 深々と明菜は頭を下げてくるが……さて。この依頼、受けようかどうしようか。
シナリオ傾向 ほのぼの:4/経営:3/料理:3(5段階評価)
参加PC 彩門・和意
美森・あやか
陣内・晶
クロウリー・クズノハ
大衆食堂を立て直せ
●まずは店に行ってみる
 世に食べ物屋というものは様々な種類がある。例えば単にレストランといっても、そこに『ファミリー』とつくか『高級』とつくかだけで内容や客層ががらりと変わってしまう。
 で、今回の舞台となる大衆食堂だ。正式名称は『大衆食堂かえで』という。わざわざ『大衆』とつけてることからして、創業者がどのような想いを込めてこの食堂を経営していたか何となく伝わってくるというものである。
 この日、『かえで』の玄関には次のような貼り紙があった。『都合により1週間ほど休ませていただきます』と。けれども中からは結構な人数の気配が感じられる。いや気配だけではない、話し声も聞こえてくる。
「ええと……。こちらが、今のこの食堂を切り盛りされておられる百合さんです」
 今回の手伝いを引き受けてくれた魔皇や逢魔たちを前に、サーチャーの逢魔・明菜がそう言って1人の女性を紹介した。見た所、百合は20歳になるかならないかといった感じだろうか。
「すみません皆さん、わざわざこのお店のために……」
 百合が申し訳なさそうな表情をして言った。
「あ、いえいえ。僕たちに、どこまで出来るか分かりませんけれど」
 すると彩門和意がそう百合に返した。傍らでは逢魔の鈴がこくこくと頷き、こう付け加えた。
「はい、お力になれればと思います」
「すみません、本当に」
 皆に対し、百合がぺこりと頭を下げた。
「明菜さんは昔からこちらに?」
 と尋ねたのは陣内晶だ。今みたく明菜が百合を紹介している様子からして、短くはない付き合いがあるように感じられるのだが……。
「そうですね、父と母が生きていた頃からのお客さんですから……2年ですか?」
「もう少し長いかもしれませんね」
 百合と明菜が顔を見合わせて言う。とりあえず、2年以上の付き合いだということは分かった。
「2年か。それは結構な付き合いだな」
 そう感心したようにつぶやいたのは、紅きロングコートを羽織った筋骨隆々の青年――クロウリー・クズノハである。隣には逢魔のカレンの姿もあった。
「やっぱり美味しいからでしょうね」
 少し照れ笑いを浮かべながらクロウリーに言う明菜。それはそうだろう、美味しくもないお店に普通なかなか2年以上も通えるものではない。ここの味が明菜に合ったからこそ、通い続けているはずである訳で。
「……明菜さんはそう言ってくださるんですけれど」
 その瞬間、百合の表情に陰りが出た。やっぱり客足が落ちていることが、それなりに堪えているのであろう。
「嘘じゃないです! 本当ですよ? だから、私も不思議で……うーん」
 慌てて百合に言ってから、首を傾げる明菜。その時、美森あやかが口を開いた。
「百合さん。もしよろしければ、1度調理の様子を見させてはいただけませんか?」
 実はあやか、ここに来る途中で明菜に味の確認をしていた。名物である鯖の味噌煮、今も味が変わっていないかということをだ。明菜の答えは『変わってはいないと思う』というものだったが、あやかはもちろん他の面々も実際にこの食堂の味を知っている訳ではない。ゆえに可能であるならば、1度調理作業を見て自分も食べてみる必要性があると考えていたのだった。
 ただ、出来ることならば普通に客として見たり食べたりしてみたかったのだが……こうして明菜が全員引っ括めて連れてきてしまったのだから、これは仕方がない。
「え? あ、はい、構いませんけれど……野菜炒めでもよろしいですか?」
「いいよな、あやか」
 あやかが答える前に、逢魔の乱夜が先に答えた。あやかは乱夜が答えるとは思っていなかったからか一瞬目を丸くしてそっちを見たが、すぐに百合の方へ向き直りこくこくと無言で頷いたのだった。
「あと、せっかくですから名物の鯖の味噌煮も……」
 明菜がそう付け加える。かくして、一同は野菜炒めと鯖の味噌煮を味見することとなった。
 百合の調理作業はあやかがじっくりと観察していた。自らも料理店でアルバイトしているだけに、見るべき所はちゃんと見ている。しかしながら、百合の調理作業におかしい所は特になかった。
 野菜炒めはちゃんと火の通りにくい物から炒めて、軽く塩とこしょうを振って薄く味を付け、仕上げに醤油とごま油を投入して風味付けを行っていた。鯖の味噌煮の方も落とし蓋をするなど、きっちりとした作り方をしていた。
「お待たせしました」
 そして完成した品を運んでくる百合。さっそく一同で試食である。
「野菜がしゃきしゃきしていますわね、クロウ様?」
 野菜炒めを口にしたカレンがクロウリーに同意を求める。
「うむ……悪くないな」
 口を動かしながら答えるクロウリー。
「この梅干しは……?」
 鈴が鯖の味噌煮に入っていた梅干しを箸で摘まみ上げ、百合に尋ねた。
「それはですね、鯖の臭みを取るために入れているんです」
 なるほど、色々と工夫があるものだ。
「まさにご飯のおかず、ですね」
 和意はそう言って、ほぐした鯖の身を口に運んだ。
「なるほど、こういう味なんですか」
 晶はうんうんと1人頷きながら鯖の味噌煮を食べる。どうやら反応は悪くない。
「…………」
 しかし、あやかは何も言わず黙々と野菜炒めと鯖の味噌煮を食べていた。そして箸を置くと、何やら思案を始める。
「とりあえず1週間を目処に、改善する所はして、力を入れる所は入れて……という感じでしょうか?」
 一通り試食が終わってから、和意がおおよその方向性を提案する。基本の味自体はしっかりとしているようだから、大規模に手を加える必要はないだろうと判断したのだった。この意見に、他の皆からも異論は特に出てこなかった。
 こうして、『大衆食堂かえで』の客足を回復させるための試みが翌日から始まったのである。

●何のためにやったんですか!?
「ほ、本当にこれを着て……ですか?」
「そうですよ? お店のためにすることですから、もちろん明菜さんも喜んでやってくれますよね? まさか他人任せにして、自分は何もしないなんてことないでしょうしねー」
「で、でもこれ、ちょ、ちょっと際どくないですか……? まさか趣味とかじゃあ……」
「違いますよ、決して趣味じゃありませんよ? これはですね、給仕の衣装を一新するかどうか判断するために必要なんです」
 さて、これは明菜と晶のちょっとしたやり取りである。いったい何のことかというと、いわゆる給仕さんの衣装に工夫をしてみるというのはどうだろうという晶の提案によるものである。
 が、そこで晶が用意してきた衣装が少しあれだった。簡単に言えばメイド服なのだが、その前にこんな修飾語がくっつく。『えっちぃ』……と。具体的には、胸元がもう限界ラバーズというくらいぎりぎりまで開いてて、スカートの方もいったい膝上何センチだよおいお前、というくらいの代物だったからである。
 で、そんなこんながありまして――。
「……これでいいでしょうか……」
「さすが明菜さん! ご立派ですねー。では、さっそく記録を」
 結局明菜はそれを着て、晶に記録用と称する写真を何枚も撮影されることになったのである。
 だが、明菜に一番衝撃を与えたのは撮影後の晶のこの一言であろう。
「あー……でもほら、よく考えたら大衆食堂でこういう衣装という訳にはいきませんねー」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
 確信犯だ、確信犯がここに居るぞーっ!!

●両親は偉大だ
「え、あの食堂に来なくなった訳かい?」
「ああ」
 乱夜は明菜からかつての常連客のことを聞いて、ちかくの商店街で彼らに接触を持っていた。店から足が遠のいた理由や現状への不満が分かれば、それを解消することによって再び足を運んでくれるようになってくれるかもしれないと考えたからである。
「そうだねえ……やっぱあれかな。何か、以前の味を超えてない感じがあってさぁ。物足りないんだよね」
「それは、不味くなったということなのか?」
「いやいや。不味くはないんだけどさ……やっぱ何か物足りない? 繰り返しになっちゃうけど」
 乱夜の質問にそう答えるかつての常連客。実はほとんどがこんな答えを返してきていた。『不味くはないけど、物足りない』……ここに何か、現状を打開する鍵があるのかもしれない。
(あやかに伝えておくか)

●何か忘れてはいませんか?
「これを食べてみていただけますか?」
 食堂にて、あやかは百合に対しある物を出していた。それは鯖の味噌煮。家で作って持ってきたのである。
「あ……はい。これを食べればよろしいんですね?」
 そう百合が確認すると、あやかはこくっと頷いた。そして、あやかの作った鯖の味噌煮を一口食べてみる。
「……え?」
 さらにもう一口食べる百合。はっとした表情であやかを見た。
「同じ作り方ですよ。お味噌も、その他の調味料も同じ物を使ってみました」
 静かに口を開くあやか。すると百合がぽつりとつぶやいた。
「美味しい……。どうして?」
「先日作業の様子を見させていただいて、基礎がきちんとされておられることは一目瞭然でした。普段から、食堂のお手伝いをされておられたんですよね?」
 あやかが尋ねると、百合はこくっと頷いた。
「ええ、そうです。父と母の隣で……作り方を覚えながら」
「ですが」
 あやかは軽く息を吸ってから、次のように続けた。
「教わった料理の手順、忙しくて抜かしている所とかありませんか? もしくは、雑になってしまっている所など……」
「…………」
 百合は答えない。自分では自覚していないが、もしかするとそういう部分があったのかもしれないなどと考えているのだろうか。
「常連の方々は、そういった所に気付いておられたのかもしれませんよ。現に『不味くはないけど、物足りない』という声を聞いていますから」
 あやかが乱夜から教えられたことを、百合へ伝える。
「……もう1度、教わった通り丁寧にやってみます。父と母の残してくれたこのお店、潰したくありませんから……」
「ご両親のお店ではなく、家族で切り盛りした大事なお店、でしょう?」
 うなだれる百合に対し、あやかは優しく微笑んで肩にぽむと手を置いた――。

●目は引くけれども……
「新メニューを考えてみました!」
 毎日のように宣伝チラシの配付・投函で歩き回っていた和意が、突如閃いて新しいメニューを百合に提案してみた。
「これが……ですか?」
 目をぱちくりさせ、きょとんとしている百合。それはそうだろう、目の前のテーブルには『フライパンからあふれるハンバーグ』や『バケツプリンならぬバケツ焼飯』がドカンと置かれていたのだから……。
「専用の食材を用意しなくて済みますから効率的ですし、何より目を引いて話題作りにもなります」
 そう答えた瞬間、和意のお腹の虫が鳴り響いた。
「和意様……」
 鈴が呆れたような視線を和意に投げかけていた。まあ和意も毎日歩き回ってお腹が空いていたからこそ、こういう閃きが出てきたのであろう。
「じゃあ、チャレンジしてみます」
 と言って、大盛り料理に挑戦する和意。最初のうちはぱくぱくと食べ進むけれども――。
「……ぎ……ぎぶあっ……ぷ……」
 ばたん、きゅう。
「和意様。胃薬はここに置いておきますわね」
 和意のそばに胃薬を置いた鈴の言葉が、呆れ返っていたように聞こえたのはたぶん気のせいではないだろう……。

●再び前へ歩き出す
 そして1週間が経過して、再び『大衆食堂かえで』が開く日が来た。
 和意が鈴と協力して作ったチラシのおかげか、はたまた晶が明菜をゴスロリチックな衣装に着替えさせて宣伝させた甲斐があったのか、なかなかの客足である。
 が、それにも増して威力を発揮したのは、店先でお祭り男な格好に身を包んでそばを打っているクロウリーの姿であろう。道すがらの店先で、筋骨隆々な青年が豪快な音を立てながらそばを打っていたら思わず足を止めるというものだ。
「よっ……はっ!!」
 打ち上がったそばを日本刀――クロウブレードで細く切ってゆく姿はちょっとした大道芸のごとく、目を釘付けとする。その傍らでは和服姿のカレンが、切り揃えられたそばの茹で上げを行っている立ち振る舞いも綺麗なもので、さらに人の目を集める。相乗効果である。
「……あ、いかん。まな板も切れた」
 ビシッ!!
 クロウリーがぼそっとつぶやいた瞬間、カレンの持っていた鉄扇『虞美人』がクロウリーの後頭部を直撃していた。そして、何事もなかったかのように周囲の客へ愛想を振りまくカレン。……女は怖いですな。
 とまあ、こういうそばも呼び水になっていたが、名物である鯖の味噌煮も多く出ていた。原点に戻り、きっちりと百合が作った鯖の味噌煮である。
 鯖の味噌煮のそばには、もやしを使って作った一品の小皿が添えられていた。両親を超えるためということで、百合が工夫して作った品である。もやしだから原価も安いし、味も上々だ。
 この分なら、減った客足もしっかりと回復してゆくことであろう――。

【了】