■【人判】巣立ちの日■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 3月31日。
 この日、神魔人学園において卒業式が執り行われることとなった。初等部から大学部まであるこの学園ではあるが、やはり中には上の課程へ進まずに社会へ巣立つ者たちも居る。そういった者たちにとっては今日がこの学園で過ごす最後の日となる訳だ。
 そして、今年は少しおまけがついていた。いや、おまけと言ってしまうと語弊があるが、何とこの日に卒業式記念のフリーマーケットが開かれることとなっていた。有志による軽食喫茶も行われるとのことだから、卒業生たちにとっても、よい想い出になることだろう。
 本来、このフリーマーケットは昨年のうちに開かれる予定で話は進められていた。が、諸事情により延びに延びてしまい、生徒会長である道真神楽の強い希望もあって今回の卒業式に組み込まれたのであった。
 ともあれ、卒業生は最後の日を楽しく過ごし、在校生はそんな卒業生たちを気持ちよく送り出してあげてほしいものである。

 ところで――卒業式といえば少々妙なことがある。それは警察学校のことだ。昨年であればすでにもう、訓練生たちは警察学校を出て現場に配属されているはずなのだが……どういう訳だかパトモス公安警察からストップがかかっているのである。
 理由として『訓練不足』と言われているのだが、その理由は警察学校の者たちにしてみれば納得がゆかない。必要なだけの訓練は行ってきていたはずなのだから。しかし上からストップがかけられている以上、嫌でも従わざるを得ない。
 ところがここにきて、ある条件が満たされたら卒業を認めるということとなった。それは神魔人学園の卒業式(およびフリーマーケット)の警備を無事に務めるということ。大きな問題もなく無事に終了すれば、今の訓練生たちの卒業を認めるという話である。ちなみにその際、余計な心配をかけぬよう私服で警備を行えとのことだ。
 まあ警備を行うことについては、昨年のうちから水面下で打診もあって協議はされていたので特に問題はない。ただ……何故パトモス公安警察がそのような条件を出してきたのか、それが非常に不思議である。
 何にせよ、警察学校としては選択肢はない。かくして、訓練生たちを警備に送り出すこととなった。

 さて……卒業式が無事に終わればよいのだけれども。
シナリオ傾向 ほのぼの:3/戦闘:?/陰謀:6(5段階評価)
参加PC 美森・あやか
チリュウ・ミカ
音羽・千速
キョー・クール
礼野・明日夢
【人判】巣立ちの日
●事前チェック
「どうですかっ、このコスプレ☆」
 にこにこ笑顔のクリスクリスはそう言いながら、世界制服同好会の会長である高野真里(ちなみに在校生だ)の前でくるりと1回転してみせた。
「そうね……春らしくていいんじゃない。妖精さんでしょ?」
 ささっといくつかチェックして、真里が尋ね返す。今のクリスクリスの格好はといえば、月桂冠を模したと思われる冠を頭につけ、身体には薄絹仕立ての衣装をまとっている。なるほど、妖精と言っても差し支えない姿だ。
「当ったり〜……です☆ お料理クラブの同志の皆で、春の妖精さんになったんですよ♪」
 Vサインをし、クリスクリスはもう1度くるっと回ってみせた。ちなみにまだ肌寒いので、中にはしっかりインナーを着込んでいたりする。
 クリスクリスは、お料理クラブの同志で『春のお菓子屋さん』の店を出すのだ。もちろん並べるのは心を込めて作ったお菓子たちである。
 そして、遊びに来てくださいねと真里に言い残すと、クリスクリスはフリーマーケットの準備へと戻っていった。

●心構え
 準備といえば、警察学校の訓練生たちによる警備の方も気になる所だ。ちょっとミーティングの様子を見てみることにしよう。
「……と、今ここで再度説明したように、注意すべきポイントをしっかり頭に叩き込んでキミたちには行動してもらいたい」
「「「「「はいっ!!」」」」」
 警察学校で教官を務めているキョー・クールの言葉に対し、訓練生たちははっきりとした返事を返した。
 ミーティングが行われているのは警察学校の講義室だ。さすがに訓練生が一度に全員警備につくと目立つし外来者にも怪しまれるので、警備は数班の交替制で行われることとなっていた。
「他の一般人に疑われないように、イベントを楽しみつつ警戒する……学生たちの思い出作りであるとともに、近隣住民の楽しい一時を守るという、立派な行いさ。難しいが、キミたちなら出来る! 卒業うんぬんとは関係なく、警察官の一員として任務に当たって欲しい。僕からの説明は以上だよ」
「「「「「了解っ!!」」」」」
 今回の警備で難しいのは、キョーが今言ったように学生たちや一般外来者に疑われぬよう、イベントを楽しんでいる様子を見せながら警戒を怠らぬということだ。しかしながら何でも経験である、頑張ってもらうしかない。
「……ああ、そうだ。各班の班長は、この後でボクの所に来てほしい。警備の人員配置や、交替のタイミングなどの最終確認をするからね」
 キョーはそう言って講義室を出た。そして……口元にふっと笑みが浮かんだ。
「僕の理論は完璧さ」
 実は――各班の班長はキョーが指名していた。一応、実力などを考慮して決めたと説明してあるのだが……本当はそれらの条件を踏まえた上で、今回重点的にセクハラを行おうと考えている候補者の面々を主に班長として指名したのである。班長が女性ばかりになって怪しまれぬよう、1人男性も混ぜている所が巧妙だ。
(さ……いよいよ1人に決めないと。集中することで、より深いセクハラが出来るのだから……。何やら裏事情が見え隠れしていようとも、僕は僕のセクハラ道を貫くのみ!)
 相変わらずですね、キョーさん。

●卒業式
 卒業式が始まった。
 来賓が横から、保護者たちが後ろから見守る中、卒業生たちはさすがに緊張した面持ちである。中にはもう泣いている者もちらほら。
 そんな卒業生たちの中には高等部の風紀委員長であった御剣恋をはじめ、音羽千速や天河月華こと氷華たちの姿もあった。
(とうとう卒業かあ……)
 ぼんやりと感慨に耽る千速。卒業後の進路はとっくに決まっている。警察官になるために、警察学校へ進むことになったのだ。しかしながら4月から即入学かと思いきや、何やら5月にずれ込む様子だ。
(千速ちゃんのアイデア……最後の最後で実施されてよかった)
 一方の月華は、心の中で安堵していた。今回のフリーマーケットには、以前応募した千速のアイデアも組み込まれているのだ。それが月華には嬉しかった。
 そんな月華は4月から公務員だ。分類としてはいわゆる一般的な地方公務員となるだろうか。試験を受けて立派に合格したのである。なので、警察学校へ入ることとなった千速より一足早く社会人となる訳だ。
(確か、千速ちゃんと月華ちゃんが居るのはあの辺りで……)
 そして保護者席には、千速と月華の席がどの辺りかを首を少し伸ばしながら確かめている美森あやかの姿があった。ちょうどこの日の予定が空いていて、かつ何かしら事情がある訳でもなかったので、千速と月華の保護者としてこのように卒業式へ出席することになったのだ。それに、2人の写真も撮ってあげなければならないし。
 そんなあやかの隣には、礼野明日夢とエリこと緑が並んで座っていた。あやかが明日夢たちも連れてきたのである。
 それには少し事情がありまして。明日夢も緑も年齢に反して賢いということもあり、家族の間で小学校に通わせてもよいのでは……という話が持ち上がっていたのだ。しかしながら、こういうことは本人たちの意志の確認も必要。
 という訳で、学校の雰囲気を見せておいた方がよいだろうと、明日夢と緑をこうして連れてきたのだった。ちなみに神魔人学園は入学に際して年齢の制限はないので、問題ないと認められれば入学することは可能なのだ。
 さて、壇上ではよく分からない来賓の1人がつまらない話を繰り広げていた。
「……3つのふくろって、どういういみですか?」
 明日夢が小声で、分からないことをあやかに尋ねる。
 ……って、ちょっと待て来賓。『3つの袋』は普通、結婚式での定番話じゃないのか?
 明日夢の隣では、緑がこっくりこっくりと船を漕いでしまっている。……そりゃ眠くもなるはずだ。よくよく見れば、居眠りしてるの多いし。
 しかしそんな緑も、来賓などの話が終わって、学校の想い出といった映像が流される時には目を覚まして、じーっと画面に見入っていた。
「すごいすごーい♪ みんなたのしそうだよねあしゅ、だよね?」
 時折明日夢の服をくいくい引っ張りながらそう言うのだから、だいぶ楽しかったのであろう。

●ミカさんじゅうごさい
 卒業式がそろそろ終わろうとしていた頃、学内に足を踏み入れた女性が居た。クリスクリスの魔皇にして保護者であるチリュウ・ミカだ。
 ……おや? ミカさん、何だかいつもより念入りに化粧をして若作りな姿で……。
「ナレーション、こらっ!!」
 おおっと、怒られてしまいました。しかし何やってるんですか?
「クリスの様子を見に来たんだが……」
 きょろきょろと、クリスクリスに見付からぬよう敷地内を歩いてゆくミカ。
「夜遅くまで作業してたんだ。チューリップ1輪ごとにラッピングして……その成果、気になるじゃないか」
 なるほど、そういうことでしたか。
 ちなみにチューリップの花言葉は『愛情』。先輩に抱く淡い憧れも愛の1つの形であるといえ、よき出会いが人を育て、別れもまた人を強くする訳で……。
(これもクリスにとってよい経験……かな)
 そんなことを思いつつ歩いていたミカだったが、前から歩いてきた2人組の男性と擦れ違った直後、はっとしたように振り返った。
(今の……)
 ミカにはその顔に見覚えがあった。確かそれは去年の夏、海岸で走っていた警察学校の訓練生たちの中に居たはずで――。

●胸騒ぎ
 無事に卒業式も終わり、フリーマーケットが本格的に始まった。あちこちで呼び込みが始まり、卒業生に在校生、はたまた一般外来者たちが各店に集まってくる。
「いらっしゃいませー♪」
 そんな中、とある店の前に緑も立ち、笑顔で呼び込みを行っていた。隣にはもちろん明日夢も居る。
「きゃー、可愛いー!」
 女の子は可愛い物に弱い。女子生徒たちが相次いで店のそばにやってくる。そこには着替えを済ませたあやかの姿があった。
「どうぞ。よければジャムを味見されてゆきませんか? 手作りですわ」
 にこっと微笑み、客に促すあやか。ジャムだけではない、家で作った野菜や花なども並んでいる。いずれも普段は近所の朝市に出して評判のよろしい品々だ。
 この店の代表者の名義は一応千速になっているが、並んでいる内容を考えると実質あやかの店だと言っていいかもしれない。
 その千速はといえば、月華と一緒に店を見て回っていて、今はクリスクリスの居るお料理クラブの店に立ち寄っていた。顔見知りであるので、呼び止められたのだ。
「卒業おめでとうございます☆ どうですか、ホットココアとクッキー。蒸しパンと手作りチョコもありますよ〜」
「あ、はい、美味しいです。あとでちびたちにも教えてあげよっと……」
 クッキーをかじりながらつぶやく千速。その時、月華が誰かに気付いた。
「あれっ? あそこに居るのは……」
 月華の言葉に、千速とクリスクリスの視線が動いた。そこに居たのは――ミカだ。身を隠そうとしたがもう遅い。
「ミ、ミカ姉!?」
 クリスクリスの驚きの声に、ミカはあちゃーという表情を一瞬浮かべ、苦笑いしながらそばへとやってきた。
「あはは、見付かっちゃったかぁ……」
「あ、いつもちびたちがお世話になっています。でもチリュウさん、ここで何を……?」
 千速が尋ねると、ミカは素直にクリスクリスの様子を見に来たと説明した。そして、ふと思い出したように尋ね返す。
「あ、そうだ。何かちらほら警察学校の訓練生たちが居るみたいだけど……何でか知ってる?」
「「えっ?」」
 千速と月華の言葉がはもり、顔を見合わせた。ミカに言われるまで、まるで気付かなかった。
「……事情聞いてみようか、月華ちゃん」
 千速の言葉に月華がこくんと頷いた。そして2人は、見知った訓練生が居ないか探しに向かった……。

●保護対象:道真神楽
(うん、いいね。青春真っただ中の女生徒たちは素晴らしい)
 訓練生たちの様子をそれとなく見回っていた(と同時にセクハラも並行して行っていた)キョーは、喫茶を開いている店に立ち寄って小休止を行っていた。
(さて、これからどうしようか)
 女生徒たちに視線を向けながら思案していた時、ふとキョーの視界に1人で小走りで校舎の方へ向かう生徒会長の道真神楽の姿が入った。誰か、訓練生たちがついている気配もない。
「……危ないよね、1人というのは」
 今回の警備において、神楽も警備対象の1人となっている。見かけた以上、1人きりで放っておく訳にはゆかなかった。腰を上げるキョー。
(僕が保護してあげないと)
 そして公然とセクハラを行う訳ですね、分かりましたキョーさん。

●妙な視線
 その少し前のこと。神楽はあやかの居た店でジャムを購入していた。だがしかし、うっかりジャムを忘れて立ち去ってしまったので、明日夢が慌てて神楽を追いかけていた。そして何とか追い付き、ジャムを無事渡したのだった。
「どうもありがとう」
 笑顔で礼を言う神楽。
「いいえ。こちらこそありがとうございました」
 明日夢ははきはきと答えると、ジャムを手に立ち去る神楽の姿を見送った。
「生徒会長室に置いてきましょうか」
 神楽のそんなつぶやきが聞こえたその時――誰かが見ていたような気がして、明日夢はそちらの方へ振り向いてみた。
 校舎の陰に、何やら目つきの鋭い男が2人居たのが見えた。2人はそのまま人気を避けるように校舎の陰へ消えていった。
「……あのひと、なにやってるんだ?」
「あれー? ボク夏に会った子でしょー? 何やってるのー?」
 明日夢が妙な男たちを見て首を傾げていると、2人組の女性が声をかけてきた。それは見覚えのある顔。確か、警察学校の訓練生で……。
「こんにちは。あのですね……」
 明日夢は、今あったことをそのまま喋った。すると女性たちの表情が強張ってゆき、またねと言い残してすぐに駆け出していったのである。
「どうしたんだろう……」
 さっきの男たちといい、今の2人といい、どっちも少し気になる明日夢であった。

●不審者
 神楽が校舎に入り、生徒会長室の近くまで戻ってきた時――男が1人、行手を遮った。
「……どなたですか?」
 嫌なものを感じ、軽く後ずさる神楽。するといつの間にやら、背後にも別の男が立っていた。背後の男が口を開く。
「我らと一緒に来てもらいたい」
 その言葉を合図に、男たちが神楽の前後から挟み込むように近付いてゆこうとしたのだが……。
「やれやれ、大の男が2人がかりでセクハラかい?」
 廊下にそんな声が響き渡り、キョーが姿を現す。男たちは舌打ちすると、神楽の腕に手を伸ばそうとした。だが――またしても声が響き渡った。
「そこで何してる、やめろ!!」
 キョーが居るのとは反対側から生徒が2人駆けてくる。千速と月華であった。
 2人は見知った訓練生を探していて、たまたまこの男たちを追いかけていた女子訓練生たちと出会ったのである。そして事情を聞いて、そこから一番近い場所に生徒会長室があったことを思い出し、様子を見に来てみたら……この状態だった、と。
「助けて!」
 一瞬の隙をついて神楽は身を翻すと、男たちから逃れてキョーの方へと上手く逃げていった。もちろんキョーは神楽を護るように、両腕でしっかりと受け止めてあげた。
 次の瞬間、男たちの動きは素早かった。1人は窓を破って飛び出し、もう1人は――月華の方へまっすぐに突っ込んでいったのである。
「月華ちゃん危ない!!」
 月華を護るべく、千速が男にぶつかっていった。千速の頭が男の鳩尾にまともに入り、そのまま2人は廊下を転がった。しかし男の方が一瞬早く立ち直り、千速から逃れこれまた窓を破って姿を消したのである。
「千速ちゃん大丈夫っ?」
 月華が駆け寄り千速を気遣うが、千速は座り込んだまま何やら考え込んでいる。
(どうしてなんだ? まともに鳩尾に入ったのに、あんなに素早く動けるなんて……)
 男は、何か特殊な訓練でも受けていたのだろうか?

●多くの者は知らぬまま……
 神楽が何者かに攫われかけた事件は、神楽自身の意向もあって表沙汰にはされなかった。せっかくの卒業式に水を差したくなかったのであろう。だから、この事件について知っているのはほんの一部である。そして、男たちの行方はつかめぬままだ。
 フリーマーケットも無事に終わり、あやかは明日夢と緑を連れて一足早く帰り道にあった。緑はといえば、明日夢に綺麗な指輪(子供のお小遣いで買えるほど安かった奴だ)をプレゼントしてもらって、とても嬉しそうである。
「学校に行ってみたい?」
 あやかが何気なく明日夢に尋ねた。明日夢は少し考えてから、ゆっくりと首を横に振った。
「まだいいです。もうすこしおおきくなってからで。べんきょうはかぞくみんなにおしえてもらいますから」
 そう言って、緑の方を見る明日夢。何故なら、緑が甘えん坊で保護者たち皆にべったりなのを知っていたから――。

【了】