■【人判】あぶれる刑事 ―暗躍―■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 4月4日――その日は春の日差しが何とも心地よい日であった。
「つまらねぇよなあ」
「退屈だよな」
 しかしながら、ビルシャスをぷらぷらと歩いているとある2人にとってはそのような日であっても、あまり心地よくはないようで……。
「何でこう、オレたちが細かいヤマ追わなきゃなんねーんだ? タクもそう思うだろ?」
 GDHP刑事・ユーリこと木下有理は、相棒のタクこと拓山良樹に同意を求めようとしたのだが、
「事件に大小はないぜ、ユーリ」
 とタクにあえなく一蹴されてしまう。
「いやいやいや。オレは別にちっちゃいからおざなりにしてるってことはないぜ? たださ……何もオレたちが出る必要のないヤマが、ここんところ多くないかってことだ」
「……それは俺も同感だな」
 慌てて言葉を付け加えたユーリに対し、タクは小さく頷いた。確かにユーリが言うように、ここの所は大きな事件を追う機会がぐっと少なくなっている。まるで、他の大きな事件に首を突っ込ませないかのごとく……。
「1つだけ思い当たる節があるんだ、俺」
「奇遇だな、タク。オレも1つあるんだよな」
「せーので言うか?」
「ああ。せーの」
「「黒山三郎」」
 2人の言葉がはもった。黒山三郎といえばこの3日前に麻薬の使用容疑で逮捕拘束されている、パトモス国議会の人類派議員にして魔属に対する規制強化の強硬派代表格だ。
「……そういやあれ以来か、ユーリ?」
「だと思う」
 去年の8月のことだ。女性のタレコミを受けて逮捕した男の部屋から、黒山のサインの入ったクーデター計画の書類が見付かったのは。
 その直後からである。2人に、細かい事件がやたらと押し付けられるようになってきたのは。
「ま、オレたちゃ優秀だもんな」
「ああ。俺たちが出ると、他の連中の仕事がなくなるしな」
 そんなことを言い放つユーリとタク。
 その時である。2人の目の前を1人の女性が駆け抜けていったのは。背が高くスタイルもよい美人と言ってよい女性だったが、表情は強張ってどうも後ろを気にしているようであった。
「いい女だったな、タク」
「そうだな。怯えたような表情じゃなきゃなおいい女だ」
 などと2人が話していると、今度は3人組の男が前を走り抜けていった。周囲に脇目も振らず、ただ女性が消えていった方へ向かってゆく3人組。
「タク、どう思う今の」
「逃げる女を追う男たち……か」
 ユーリとタクは顔を見合わせると、ニヤッと笑った。
「「やっぱ味方すんのはいい女の方だよなあ」」
 ……そういう理由で動くのか、あんたらは。
「タク、手伝い呼ぶか?」
「デートの前に全員帰すんならいいぜ」
 ともあれ、『あぶれる刑事』の2人は動き出した。何が待ち受けているとも知らず――。
シナリオ傾向 捜査:5/陰謀:8(5段階評価)
参加PC マニワ・リュウノスケ
【人判】あぶれる刑事 ―暗躍―
●合流完了
「向こうに行ったよな、タク。ワープなんか使ってないよな?」
「ああ。俺たちの目が節穴じゃなけりゃ、それで合ってるはずだぜ、ユーリ」
 軽口を叩きながら、女性と男たちを追ってゆくユーリとタク。素早く動いたせいか、すぐに男たちの背中を見付けることが出来た。
 そのまま距離を置いて追いかけてゆく2人。やがてそこに、腰に木刀を差した羽織袴姿の青年が合流した。2人から連絡を受けたマニワ・リュウノスケである。
「お、早いな」
 ユーリがリュウノスケに声をかけた。リュウノスケは答える前にインカムをユーリに手渡した。先日サーチャーの逢魔である明菜に用意してもらったのを今日返しに行く約束だったのだが、その前にユーリとタクから連絡を受けたのである。偶然にもというか、かなり近い場所に居たので、こんなに早く合流出来た訳だ。
「女性を追っているというのが、少し気にかかったでござるからな……」
 そう答えるリュウノスケ。そう、気にかかったのだ。追われている女性というのに。
 先日……黒山三郎が逮捕された事件において、リュウノスケは秘書の平井の姿を探した。が、待っていたのは最悪の展開で、自ら生命を絶った平井の遺体であった。
 その時は落胆したリュウノスケであったが、交流ある知り合いより遺体の状況から平井が生きている可能性が指摘され、独自にあれこれと調べを続けていたのである。そんな中で、この呼び出しだ。
 ひょっとして、追われているというのは生きている平井かもしれない。リュウノスケはそう思ったのだ。
 だがしかし、タクとユーリの会話からそれは即座に否定されることとなる。
「しかし、いい女だったよなあ。なあユーリ?」
「ああ。背も高くて、スタイルなんかこうで」
 身振り手振りを交え説明しようとするユーリ。それを聞いて、リュウノスケの表情に戸惑いの色が浮かんだ。
「背が……高い、でござるか?」
「そうだぜ、背がこう高くてさ」
 またしても、ユーリが身振り手振りで説明しようとする。
(確か平井殿は……背は低い方でござったな)
 ユーリの説明だと、背丈170は越えていそうだ。一方の平井の背丈は150台だったはずで……。
(違ったでござるか)
 リュウノスケは自らに焦りがあることを自覚した。どうも何でも平井に結び付けようとしてしまっているようだ。
 しかし、違ったからといって追われている女性を放っておく訳にはゆかない。もしも男たちから危害を加えられようとしているのであれば、それは何としても阻止せねばならない。
 次第に3人は人気のない場所へとやってきていた。何か起こるのなら、もってこいの場所といえよう。そして――。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
 前方から、女性の悲鳴が聞こえてきたのである。突き当たりを曲がった所から。

●正当防衛
 タクとユーリ、それにリュウノスケが急行するとそこでは1人の男が女性を背中から羽交い締めにし、残る2人の男が女性の前に立っている所であった。
「お主たち! そこで何をしているでござるか!!」
 腰の木刀を抜き、構えるリュウノスケ。すると男の1人がリュウノスケに向かってきた。
 それに反応し、リュウノスケは男に向かって木刀の一撃を打ち込んだ。身に覚えの念流で応戦しようというのだ。
 男はリュウノスケの木刀を避けようとしなかった。いや……むしろ自分から左腕を前に差し出した。そして、何と左腕でリュウノスケの一撃を受けたのである!
 木刀とはいえ、腕で受けようだなど無謀もいい所である。それなりのダメージを受けている……はずであった。ところが、である。男は痛がる素振りも見せず、そのまま右腕でリュウノスケに殴り掛かってきたのだ!
 男の攻撃をかわすリュウノスケ。そして間合いを取り、木刀を構え直して男を牽制する。
(……効いていないでござるか?)
 男は平然としている。まるで木刀を受けた痛みなどないかのように……。
 一方、タクとユーリの方にもまた別の男が向かっていた。こちらはポケットからナイフを取り出していた。
「よし、正当防衛だな」
「成立!」
 並んで銃を取り出し構えるタクとユーリ。だがしかし、男は銃など無視するかのごとく2人へ突っ込んでゆく。
 直後、銃声が2発聞こえた。
「うあっ……!!」
 ナイフを取り落とし、男は両肩を押さえてうずくまった。両肩から血が流れてくる。タクとユーリに、各々肩を撃たれてしまったのである。
「さあ、まだやるか?」
「相手してほしいんならするけど、痛いぜ?」
 銃を構えたまま、タクとユーリが男たちへ言い放つ。するとだ、女性を羽交い締めにしていた男が、女性を突き飛ばしてその場から逃げ出したのである。残された男たちも、相次いで逃げ出してゆく。
「どーする、タク?」
 追いかけるか、と尋ねるユーリ。
「女が先だろ」
 タクはしれっとそう答えた。2人が追いかけぬというのなら、リュウノスケもとりあえずそれに従うまでだ。女性の保護を優先させた結果であるのだから。
(どうして木刀の一撃が平気だったでござろうか……)
 しかし、リュウノスケにはその疑問が残っていた。

●君はいったい何者か?
 女性を保護した3人は、落ち着ける場所へ移動すると、さっそく事情聴取を始めた。すなわち、氏名に所属、3サイズにエトセトラエトセトラと。
 だが……女性は答えない。固く口を閉ざしてしまっている。その態度に、リュウノスケの口からこのような言葉が飛び出した。
「貴女は……何処の間諜でござる」
 その言葉に、女性の身体が一瞬びくっと反応した。タクとユーリが顔を見合わせる。
「……よもやマティアの手の者でござるまいな!」
 語気強くリュウノスケが言った。すると女性はふるふると頭を振った。怯えの表情が、そこには浮かんでいた。
「オーケー。喋りたくなけりゃ喋らなくてもいい。けれど、俺たちを信じてくれ。少なくとも、君に危害を加えようだなんてこれっぽっちも考えちゃいないさ」
 タクが女性へそう伝える。
「けどさ。せめて名前くらいは呼ばせてくれないか? オレたちに……ダメかな?」
 ユーリが困ったような笑顔を見せ、女性に言ってみた。ややあって、女性の口が開かれた。
「……沙織」
「沙織か。いい名だ」
 タクが1人頷いた。
「沙織殿。貴女を追いかけていたあの男たちは何者でござる?」
 リュウノスケは沙織のことではなく、今度は男たちのことについて尋ねてみることにした。少しして、沙織から答えが返ってくる。
「北……『北海道』の……工作員」
「え?」
 ユーリが耳を疑った。『北海道』の……工作員だと?
「……まさか?」
 『北海道』の工作員と聞いて、リュウノスケの脳裏にある存在が浮かび上がった。確か人間を魔人……デアボリカにする術が存在していたはずでは? もし、あの男たちにそれが施されていたとするならば……。
「沙織。どうして君がそんなことを知ってるんだ」
 タクが真顔で沙織に尋ねた。普通の女性がそんなことを知っているはずがない。となれば、沙織は何やら特殊な女性で――。
「私は……葛城首相の命を受けた者です。どうしても、仲間に伝えなければならないことが……」
「葛城……葛城辰巳長官でござるか!」
 はっとしてリュウノスケが叫んだ。葛城辰巳――神魔戦線時代、人類側としてマティア神帝軍に対して立ち上がった防衛庁長官である。だが今は、『北海道』日本国の総理大臣だ。しかしその命を受けたとは、いったい?
「……奴らは恐ろしいことを企んでいるんです。この新東京で……。お願いです、私を仲間の所に連れていってください!」
 沙織はすがるような目で3人を見た。
「分かった。それで、どこに連れてゆけばいいんだい」
 タクが優しく沙織に問いかける。すると沙織は驚くべき場所を告げた。
「榊……榊進一郎議員の事務所に」
 榊進一郎といえばパトモス国議会の人類派議員にして、魔属に対する規制緩和派の代表格だ。そして、リュウノスケとも縁のある人物……つい先日も事務所を訪れたばかりで。

●衝撃の情報
 ビルシャス某所・榊進一郎事務所。沙織を連れ、3人はここを訪れた。
「マニワさん? 何故あなたがここに……」
「……聞きたいのは拙者も同じでござる。榊殿、いったい沙織殿とどのような繋がりなのでござるか?」
 そのリュウノスケの質問に榊が答えるより早く、沙織が動いた。榊のそばに居た、確か室町という名の女性秘書の元へと。
「お姉ちゃん!!」
 沙織のその言葉に、タクとユーリ、そしてリュウノスケは驚いた。ひょっとして、室町は沙織の姉というのか?
「無事で……よかった」
 室町は沙織をぎゅうと抱き締める。その姿を横目に、榊は先程のリュウノスケの質問に答えた。
「もうお分かりでしょう。私には、『北海道』との繋がりがあったんです。ただし……葛城辰巳氏の命を受けた者たちとの。今の『北海道』を牛耳っている亡霊たちを、どうにか打破しようと考えている者たちですよ……」
「亡霊?」
 ユーリが眉をひそめた。それはいったいどういう意味なのか。
「ミチザネ機関に権力の座を追われた者たち……かつての権力の味を忘れられない者たちのことですよ。それを亡霊を呼ばずして、何と言いますか?」
「……しかし、何故榊殿と繋がるでござるか?」
 もっともなリュウノスケの疑問である。榊は、それにも静かに答える。
「偶然でした。この室町くんを……大怪我をしていた室町くんを保護したことから始まったのです」
 榊によると、3年ほど前に大怪我をしていた室町が家のベランダに潜んでいた所を発見したことから始まったのだという。
 大怪我している室町を放っておけず、家に匿い事情を聞いてみると、しばらくして自らの立場を語ってくれたのだそうだ。すなわち、葛城辰巳の命を受けて動いていたと。
 葛城曰く、フィルターのかかっていない情報を得るために、彼を慕う魔属や神属たちに密かに頼んで、情報を収集してもらっていたという。ところがその最中に、『北海道』の工作員にばれてしまい、大怪我を負いながらも室町はどうにか逃げのびたというのだ。
 榊はそんな室町に自らの秘書という立場を与えた。その時はただ、葛城とのパイプを確保するためであったことだろう。だがしかし、後に大きな役割を果たすこととなる。神魔人親睦推進団体・トリニティフレンズと、繋がることによって。
 榊がトリニティフレンズに接触後しばらくして、トリニティフレンズは葛城の命を受けて動いている者たちの受け皿となった。これは榊が表に出ないようにするためであった。ちなみにそうなったのは、リュウノスケがトリニティフレンズの代表者である広重郁美に質問をぶつけた数カ月後のことであったりする。
 そうやって、水面下であれこれ動いていた訳だが……この日、沙織がもたらした情報はそんな地道な動きをも一気に無駄にしてしまいそうな、最悪のものであった。
「……『北海道』はこの新東京で『汚い爆弾』を使おうとしているらしいんです。そしてその混乱に乗じて侵攻を……」

 この沙織の情報が事実であるならば……洒落にならない事態が新東京に、いやパトモスに迫っているといえよう……。

【了】