■我は要望す【黒珊瑚編】■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
「魔皇様方。年の瀬のお忙しい所、誠に申し訳ないのですが……お願いしたいことがあります」
 デビルズネットワークタワー・アスカロト。サーチャーの逢魔・明菜は集まっていた魔皇たちに向かってそう言った。
 明菜といえばここではある有名なサーチャーだ。何しろよく風変わりな依頼を持ってくるのだから。ゆえに、集まった者たちも『ああ、またか』といった様子であったことは否定しない。ところが、その明菜の口から驚くべき言葉が発せられた。
「台湾陸軍中佐・黒珊瑚様の警護をお願いいたしたいのです」
 ――空気が一変した。
 黒珊瑚といえば肩書きこそ台湾陸軍だが、実質ASEANからの派遣である。それを警備するとは、いったいどういう理由からなのか。もっとも、詳しく話を聞くと脱力してしまうことも明菜の依頼では多いのだが……今回はそんなことはなかった。
「この先は、申し訳ありませんが依頼を引き受けると確約された方でなければお話しすることは出来ません」
 固い表情のまま深々と頭を下げる明菜。明らかに、今までとは異なっていた。

 依頼を引き受けると確約した魔皇たちだけが残ったのを確認してから、明菜は話の続きを始めた。
「30日午後、ビルシャス某所の日本料理店にて会合が行われます。立派なお庭もあるお店だそうです。出席者はASEAN側から黒珊瑚様他、政治家や官僚といった方々など数名。パトモス側からは、パトモス政府とミチザネ機関各々の担当者が出席されます。魔皇様方には、その会合の警護をしていただきたいのです」
 明菜の話を聞いた魔皇たちの中で、鋭い者はピンときた。これはもしや、神魔技術製兵器輸入枠拡大についての会合ではないか?
「どうやらASEAN側からの要望を伝える場になるとのことです」
 明菜の言葉は推理を裏付けるものだった。となると、翌年にはもう少し本格的な交渉の場が設けられるのであろう。今回はそのための下準備の場だと考えられる。
 だが、そういう場であれば普通警察が警護を担当するのではないだろうか。黒珊瑚のプライベートな行動でないことは明らかだし。アスカロトに依頼としてくるのはちょっと妙な感じがある。
 魔皇たちがそんな疑問を抱いたことを察したか、明菜がこう言った。
「実は……これは黒珊瑚様よりの依頼なんです。パトモス側だけに警護をお願いするのは申し訳ないとのことで。ですので、魔皇様方はパトモス側の警護の方々と協調を取りつつ、ASEAN側……黒珊瑚様の指示に従っていただくことになります」
 なるほど、そういうことか。つまり自分たちは、ASEAN側が用意した警護担当者ということになる訳だ。
「それでは魔皇様方、よろしくお願いいたします」
 明菜は魔皇たちに向かって深々と頭を下げた。
シナリオ傾向 警護:4/政治:4(5段階評価)
参加PC 柊・日月
彩門・和意
我は要望す【黒珊瑚編】
●時間は少なくともなるべくのことを
 12月30日はすぐにやってきた。アスカロトに依頼があってから今日まで日にちはなかったが、それでも出来る限りの事前準備を魔皇たちは行っていた。
 主となってそれを担当したのは柊日月である。逢魔のぺトルーシュカにも手伝わせ、パトモス側警護担当の協力も受けてあれこれと調べている。具体的にはあれだ、会合場所となる日本料理店の間取りや構造といった資料、またそこまでの移動ルート案や周辺地図などといったものだ。
 間取りについては、例えば不審者が侵入したとしてどこに身を隠せる場所があるのかや、死角となるような場所を予め知っておくことが出来る。庭もある日本料理店だ、床下だ茂みだとそのような場所はいくつもあることだろう。
 移動ルート案については、移動中の襲撃の可能性を懸念してのことである。仮に開けて見通しがよく、かつそこそこ高いビルなどがあったなら、移動の車が通った瞬間に狙撃を試みることだって出来るはずだ。無論防弾ガラス仕様の車を使うことになるのだろうが、防弾ガラスとて万能ではない。狙撃者側にしてみればそれならそれで色々とやり様があるということだ。
 さて、その移動ルート案だがやはり餅は餅屋と言うべきか、パトモス側警護担当もちゃんと考えている。そのような場所は避け、それでいて早く到着出来るようなルートになっていた。途中でどこかに寄るというようなこともなく、目的地までまっすぐ向かっている。
 日月は予めルート案通りに自らの愛車であるフォルクスワーゲンの紺の旧型ビートルを走らせてみて、自分の目で確認を行った。
(年末だからか……少し混んでいるな)
 実際に走ってみることは大切だった。ルート案も交通量を折り込んで考えられているのだろうが、どうしてもランダムな要素が入り込んできてしまう。今回の場合は年末ゆえの交通量増減になるだろうか。
 こういったことを経て、日月は気付いたことや、自らの視点や経験などを踏まえた意見などをパトモス側警護担当に伝え、調整や検討を行ったのである。
 で、今日だ。日本料理店まで2台の車で移動する黒珊瑚をはじめとしたASEAN側一行。そのすぐ前方を走るのは彩門和意が調達してきた車で、逢魔の鈴も同乗していた。後方にはパトモス側警護担当の車がついている。そしてそれらの車の列からかなり先行しているのが、日月の愛車であった。当然ながら使用する車は事前に異常がないか調べられている。
 ASEAN側、黒珊瑚の乗った車にはぺトルーシュカが同乗していた。きっちりしたスーツにネクタイ姿やショートの銀髪などの容姿ゆえクールな青年のように見えるが、実は女性である。黒珊瑚も挨拶されるまでは勘違いしていたようだ。
 その黒珊瑚、車内できょろきょろと前後左右落ち着きなく見回していた。
「黒珊瑚様。ご退屈でございましょうか?」
 暇を持て余しているのだろうかと思えたぺトルーシュカは、そう黒珊瑚に声をかけた。しかし黒珊瑚はすぐにふるふると頭を振った。
「違うヨ! 何だか妙に物々しくなっタテ思ってタトコダヨ!」
 どうやらこの警備態勢についての感想らしい。とはいえ、目に見えて分かりやすい物々しさという訳ではない。分かりやすいのはこの4台連なった車くらいで、別に通りにずらりと警官が等間隔で並んでいることもない。もちろん警戒はしているのだけれども、誰が見てもすぐ分かるというものではなく。
「やはり何か起こってはいけませんので……」
 ぺトルーシュカは黒珊瑚にそう返した。自分が同乗しているのも同じ理由だ。万一何か起ころうものなら、身を挺して守る覚悟であった。けれども黒珊瑚の表情は少々複雑で。
「それは嬉しいケド……もう少し気楽でもよかっタとワタシ思う! 街歩いテもワタシ平気ダヨ? アナタたちは気楽にやっていいヨ?」
 ……そういえば黒珊瑚、暇を見付けてはふらりと外出して街の中を歩き回っているという話である。そういった経験からの言葉か。大らかというか、何というか……。
 そんな会話が行われていても、警護の方はきちんと進んでゆく。
「こちら柊。これまでの所、異状は見られず。どうぞ」
「彩門了解。こちらも異変ありません、どうぞ」
 先行する日月からの連絡が無線で和意に入ってくる。ちなみに今使用している無線機は、貸与される物とは別に日月が用意した物である。恐らくは予期せぬ事態に備えてのことであろう。
「……それにしても」
 無線を切ってからぼそりと和意はつぶやいた。鈴がそれに反応する。
「どうされましたか和意様?」
「依頼内容が要人警護でしたから、てっきり現場はビルシャス外だと思い込んでしまいましたね」
 苦笑する和意。依頼を引き受けた時のことを思い出しているのだろう。そんな和意の今日の格好はスーツにサングラス、黒スニーカーといったもの。パンツルックにヒールのない靴という姿の鈴と合わせ、いかにもSPぽいスタイルであった。何でも『見せる警護』を意識しているらしい。
「そうですわね……。人化解除出来ない状態ではわたくしたちも一般の方たちと変わりないのですけれど。……警護役が務まるのでしょうか?」
 鈴は思案顔、やや心配げに和意へ尋ねた。ビルシャスは知っての通り神機装置『ルチル』の影響下にある。魔の力は行使出来ないし、コアヴィークルだって呼び出すことは出来ない。それゆえにこうして車を調達する必要に迫られた訳で。
「ともあれ、確約した以上断る訳にはいきませんからね。今までの依頼で得た経験を活かして何とかしましょう」
「ええ」
 和意の言葉に鈴はこくんと頷いた。そう、何とかしなければならないのだ。無事、会合が終了するように――。

●時間があるので
 会合場所となる日本料理店にはASEAN側が先に到着した。これは日月の提案で多少スケジュールに余裕を持たせたためである。黒珊瑚の突発的な行動の可能性を折り込み考慮したものだったのだが、何事もなければこうなるのも当然のこと。
 そこで時間があるのならと、黒珊瑚は庭を歩きたいと言い出した。結果的にはスケジュールに余裕を持たせたことが効を奏した形になる訳だが、そうでなかったらこういうこともない訳で……何だか卵が先か鶏が先かみたいな話だ。どちらがよいともどうだとも言い切れず。
 庭の散策の前には日月と和意、それからパトモス側警護担当によって不審物や不審者が居ないか調べられた。そして大丈夫だと判断されると、ようやく黒珊瑚は庭を歩くことが出来たのだった。そばにはぺトルーシュカと鈴が同行する。
「わぁ……凄いヨ! これがニポンのワサビだネ!」
 庭を見回し感嘆の言葉を発する黒珊瑚。鈴がやんわりと訂正した。
「ワサビではなくわびさびですわ」
「え、違っタ? 爺ちゃんが『ニポンのワサビはいい』テよく言ってタヨ? 涙が出るテ」
 きょとんとして黒珊瑚が聞き返してくる。……爺ちゃん、孫娘に何をどう教えたんだ。
 カコーン。
 その時、庭にししおどしの音色が響き渡った。
「今の音は何ダ?」
 目が合ったぺトルーシュカに黒珊瑚は尋ねた。
「黒珊瑚様、あれはししおどしでございます」
「ししおどし?」
 首を傾げる黒珊瑚。この様子からするとまだししおどしを見たことがないのかもしれない。
「百聞は一見にしかず、ですわ」
 と言って、鈴が黒珊瑚をししおどしのある方へ連れてゆく。
「これがししおどし……」
 実物を目にし、黒珊瑚はぽつりとつぶやいた。ししおどしの仕組みはこうだ。一端が開かれた竹筒に水が注ぎ込まれ、それが一杯になった時点で水を出すべく開かれた方が下へと下がる。そしてそれが元の傾きへ戻る時に、開かれていない方の一端が叩き台となる石に当たり、音が響き渡るのである。竹筒は空洞であるゆえに、音もカコーンと気持ちのいいものになる訳だ。これが水の流れる限り一定間隔で続いてゆく。
「……ワタシ欲しくなっタヨ」
 黒珊瑚さん、持って帰らないでください。
 ともあれこのように黒珊瑚たちが庭を散策している間も、日月や和意、その他パトモス側警護担当は店の中を調べていた。なお従業員や出入りする業者などは事前の調査の結果、問題ないと判明している。
 何事もなく時間は経ち、予定時間より数分遅れてパトモス政府とミチザネ機関各々の担当者が到着した所で、いよいよ会合の始まりとなった。

●必要ゆえに
 会合が始まり、警護する者たちは店の内外に点在、また巡回を行う。日月は単独で店の建物の中を、鈴はパトモス側警護担当の女性警官の1人と一緒に庭など店の建物の外を巡回している。その一方で和意は会合の行われている部屋の近くの廊下で待機、ぺトルーシュカに至っては会合の行われている部屋の隣室で息を潜めて静かに待機していた。不足の事態に備えているのだ。
 ふすま1枚隔てた隣室だからといって、会合の内容が筒抜けということはない。厚めのふすま紙でも使っているのか、普通の声かそれ以下で喋っている限りは声は漏れてこない。だが……声を荒げたり、大きな声になった時は別である。
「ペトラ。状況は?」
 巡回していた日月が様子を窺いに、ぺトルーシュカの居る隣室を訪れた時のことだった。会合の行われている部屋から大きな声が聞こえてきたのは。
「だからワタシたちにはさらなるゼカリアが必要ナノダ!」
 それは黒珊瑚の声だった。日月はぺトルーシュカのすぐそばへ寄り、耳元で小さく声を発した。
「……荒れているのか?」
「いいえ、日月様。荒れてはおりませんが……政府の方の感触がよくないようでございます」
 時折漏れてくる声から、ぺトルーシュカはそのように判断していた。ということは、今の黒珊瑚の言葉はパトモス政府の担当者に向けての説得の言葉なのであろうか。
「…………」
 無言でじっと隣室へ繋がるふすまを見つめる日月。新たな言葉は聞こえてこない。まあ襲撃などといった事態が起こっていないのであれば、それでよいのだけれども。

●感謝
 会合で具体的にどういった事柄が話し合われたのか、詳細は分からない。けれども終わった頃にはとっぷりと日が暮れていたのだから、どれほど熱の入ったものだったかは容易に想像がつく。
 心配された襲撃などといったこともなく、無事に会合は終了。行き同様に帰りも警戒を怠らなかったが、こちらもやはり何事もなく黒珊瑚たちが宿泊しているホテルへと到着した。いささか拍子抜けという感じもするが、何も起こらないのであればそれに越したことはない。
「今日は本当にありがト! ワビサビやししおどしも見れて嬉しかっタ!!」
 車から降りた黒珊瑚は、1人1人の手を両手でつかんでふるふる振りながら感謝の念を表していた。
「いえ、特に何かしたということもなく……」
 和意が正直な心境を口にすると、黒珊瑚は頭を振った。
「そんなことないヨ! 『何もせずともそこに居ることが大切なこともある』テ、爺ちゃんがニポンの人に教えてもらっタとよく言っテタ! ワタシもそう思うヨ!!」
「……はあ、ありがとうございます」
 和意は素直に礼を言うことにした。
「来年はみんないい年になるといいネ!!」
 黒珊瑚は皆に向かってにこりと微笑んで言った。本当にそう思う、来年はよい年であることを――。

【了】