■警察学校の1日 ―新たな訓練生―■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 新東京、神魔人学園――トリニティカレッジとも言われるそこは、様々な学校が集約した巨大学園である。初等部・中等部・高等部・大学部など普通の学校があるのは当然のこと、他にも神魔技術工科大学やパトモス軍学校などといった少し特殊な学校もある。
 その特殊な学校の1つに、警察学校も含まれている。
 警察学校では法学や逮捕術、実際の勤務についてなど、警察官として必要な学習が行われており、入学には高卒以上に相当する学力が必要である。そして卒業後は、GDHPや通常の警察に勤務することになるのだ。
 もっともこれは警察官の卵たちについての話。中には警察官であっても、何らかの理由で再訓練を命じられてやってくる者も居るとか居ないとか。
 4月中旬、警察学校に警察官の卵たちがまた入学してきた。新たなる訓練生たちである。前期の訓練生たちが現場に出てそれなりの評価を受けているが、さて今期の訓練生たちもそれに続くことは出来るのだろうか。それは訓練生たちの頑張りと、教官たちの指導内容にかかっている。
 入学式翌日、さっそく最初の授業が行われた。初日ということもあり、基本的には心構えなど話主体になると思われるが……それはまあ担当教官次第である。
 これと並行して、今期の指導方針なども固まることであろう。とりあえず、夏には臨海学校が行われるという噂である――。
シナリオ傾向 授業風景:5/今期方針決定:5(5段階評価)
参加PC キョー・クール
ヤスノリ・ミドリカワ
警察学校の1日 ―新たな訓練生―
●新人の存在とは
 新入生、新入社員、新隊員、新人歌手……などというように頭に『新人』や『新』がつく者はどの世界でも存在する。存在しなければ、その世界は次第に衰退して消滅してゆくだけのことである。つまり新人が1人でも存在することは、その世界にとっては喜ばしいことなのだ。
 そのことは警察だって例外ではない。もし仮に、警察官を希望する者が一切居なくなれば、その先に待つのは治安の著しく悪化した未来の街だろう。まあそうなったら、軍が警察の機能と権限を肩代わりしている可能性もあり得るだろうが、それはそれとして。
 けれども、現実を見てみるとそれなりの警察官志望者が今年も存在している。人材確保のためなのか、去年より少し多めに採用しているようである(余談になるが、警察関係の予算は前年度より増額されている。なのでその関係もあると思われる)。
 そんな彼ら、新たなる訓練生たちは他の世界の新人同様に夢や希望を抱いて入ってきている。これから現実を知ってギャップに悩む者も間違いなく出てくることだろう。かつてにもあったことなのだから。
 さて、現実に触れる第1歩。教官たちは新たなる訓練生たちを前に、どのようなことを述べたのだろうか――今から見てみることにしよう。

●警察官の存在とは
(どうやら今年も来たようだね……僕の可愛い生徒たちが!)
 今年度も警察学校の教官を担当するキョー・クールは、教室への廊下を歩きながら内なるテンションを高めていた。すでに訓練生たちの名簿は確認済である。男女比として、少し女子訓練生の方が多いことも含めて!
(もちろん、僕の愛にあふれる授業を受けるために!)
 ……それは実際の所どうだろうかと思うが、キョーの中ではそう確信していた。少なくともキョー自身は、『愛にあふれた』授業を今年も行ってゆくつもりなのだから。
 キョーは教室の扉の前で一旦足を止めると、軽く深呼吸をして前髪をささっと整えてから訓練生たちの待つ教室へ足を踏み入れた。
「起立! 教官殿へ敬礼!!」
 キョーが教室へ姿を見せると同時に号令がかかり、訓練生たちは一斉に立ち上がって敬礼をした。この時期の訓練生らしく、ぎこちなく初々しさあふれた敬礼であった。
 訓練生たち着席後、簡単に自己紹介を行うキョー。長々と挨拶をしてもしょうがないし、何よりそうすることによって肝心のセクハ……もとい、授業時間が減ってしまうではないか。
「最初の授業ということで、今回僕から教えようと思うのは『警察官の心構え』だよ。そこのキミ、警察官とは何か説明出来るかな?」
 そう言ってキョーは、目の前の席に居た女子訓練生を当てて質問に答えさせようとした。
「警察官とは……犯罪を取り締まる存在だと思います」
 少し思案しながら答える女子訓練生。キョーは小さく頷いてから、このように言った。
「うん、間違ってはいないかな。でもね、そういったことも引っ括めて、キミたちはこれから『法を護る』という特別な立場に立つんだ。そのことを、まず初めに理解してもらいたいんだよ」
 女子訓練生の答えは間違ってはいない。しかし、それはキョーが言ったように『法を護る』という観点からの仕事である。法に従い法に則って、法に違反する犯罪者を捕まえるという訳だ。
「ただまあ知識としてはもちろんだけれども、具体的にどういう仕事なのかを最初にきちんと知っておかなければね」
 と言って、キョーは訓練生たちの顔を見回した。多くの訓練生は、今のキョーの言葉がどのような意味なのか考えているようである。
「……あと5、6時間もすれば初等部の生徒たちは下校の時間かな」
 ぼそっとしたキョーのつぶやきに、勘のいい訓練生たちははっとした表情を見せた。何をさせられるのか、理解したのだろう。
「午後、さっそくだけど課外授業を行うから。内容は子供たち下校時の交通整理。集合は午後2時にグラウンド、もちろん全員制服着用のこと。いいね?」
 いきなりの、課外授業の宣言であった。

●警察官に必要とされるもの
 キョーの最初の授業は40分ほどで切り上げられた。そして、若干の休憩時間を挟んでから次なる教官の授業が行われるのだが……何故だか訓練生たちは、着替えてグラウンドに集合をさせられた。無論、制服ではない。グラウンドによく似合う格好……ジャージである。
 軽い準備体操の後に整列し、教官を待つ訓練生たち。そこへ現れたのは、眼鏡をかけた迷彩服の男だった。警察学校で迷彩服――教官のその格好に多くの訓練生は面喰らったことだろう。それは警察というより、軍の方で見られる格好なのだから。
 しかし、何人かは男が何者なのか知っていたり気付いたりしたようで、隣の訓練生に耳打ちをする光景も見られた。迷彩服の男――ヤスノリ・ミドリカワはそれを見逃さなかった。
(ふむ、居ることを知った上で入ってきた者たちも幾人か存在しているようだ……)
 ヤスノリの唇の端に小さく笑みが浮かんだ。何とはなしに『鍛え甲斐がありそうだ』とつぶやいているように見えなくもなかった。
「き、教官殿へ敬礼!!」
 キョーの時と同様に、ヤスノリへも号令とともに敬礼が行われる。ヤスノリも敬礼を返すが、こちらはもう年季も入ってびしっとした立派な敬礼である。
「諸君たちの教官となったヤスノリ・ミドリカワだ」
 ヤスノリもまた、今年度も警察学校の教官を務めていた。新たなる訓練生たちの顔を、ヤスノリは静かに見回す。緊張に顔を強張らせている者たちが多い中、数人は『やっぱりだ』といったような表情を浮かべていたりする。先程の、耳打ちをしていた者ばかりである。内心では『噂は本当だった』などとでも思っているのだろう。
「さて……今日から君たちの公的身分は警察官だ。経験がゼロで、法令も分からず、体力もない、そういうガキどもだが、警察官だ」
 初っ端から厳しいヤスノリの物言いだが、それは事実である。ないない尽くしだけれども、もう身分は警察官なのだ。
 この言葉に不安の色を浮かべる訓練生も当然居たが、ヤスノリはこう話を続けた。
「だが安心しろ! やる気と努力を見せろ! ここできちんと能力を持った警察官に育ててやる」
 その通りだ。警察学校というのは、そのための機関なのだから。そもそも警察は彼らを即戦力として採用した訳ではない。将来の警察を担う人材として採用したのだ。やる気と努力(そして最低限求められる素養)があれば、卒業する時には警察官としてそれらしくはなるはずであるからして。
「さっそくだが、諸君たちに1つ聞こう。諸君たちは座学として法律なども学ぶ。無論それは大切なことだ。が、警察官に必要とされるものがある。それは何だ、答えてみろ!」
 手近な男子訓練生を指差し、質問に答えさせるヤスノリ。
「ス……スタミナです」
「声が小さい!! もう1度言ってみろ!!」
 返ってきた声の小ささに、喝を入れる意味合いでヤスノリは男子訓練生を怒鳴り付けた。
「スタミナです!!!」
 改めて、大きな声で答える男子訓練生。ヤスノリが満足そうに頷いた。
「よし! そうだ、スタミナ……要するに体力だな。犯人を追いかけてスタミナ切れで逃げられたとか、逮捕しようとしてつかんだはいいが逆に殴られたりとか。これらは十二分に想定出来ることだ」
 警察官の仕事というのは基本的に体力仕事である。今ヤスノリが言ったようなことをはじめ、とにかく体力が要求される場面は少なくないのだ。
「よって体力をつけるための訓練も行われる訳だが……」
 そこまで言って、ヤスノリはちらと訓練生たちの様子を見た。半数以上がこれから何をさせられるんだろうという、不安そうな表情を浮かべていた。
「しかし、いきなりきつい訓練では辛かろう。そこで軽くマラソンといこうか。このグラウンドを20……いや、25周だ」
 ニヤリと笑みを浮かべるヤスノリ。確かにきつい訓練は色々とある。が、マラソンも決してきつくない訳ではない。『軽く』などと言ってはいるけれども、他のもっときつい訓練などと比べたら相対的にましなだけだ。

●走ることの意味とは
「少し待っていろ」
 一旦その場を離れたヤスノリは、戻ってきた時には警察学校の校旗をその手に持っていた。そして1人の男子訓練生の元へ行く。確か入学試験での成績が、もっとも高かった者である。
「これを手に走ってもらう。いいか、落とすんじゃないぞ」
 そう言い含め、ヤスノリはその男子訓練生に校旗を手渡した。明らかに男子訓練生の表情が強張った。
「行くぞ! 総員駆け足!!」
 ヤスノリは訓練生たちの前へ戻ると、号令とともに先頭切って走り出した。訓練生たちもヤスノリの後を追って走り始める。
 まずは1周、速くも遅くもないスピードで走ってみせるヤスノリ。訓練生たちに対して、まずこのくらいの速さで走るよう目と体感で見せているのだ。
 そのまま2周目も同様で、そして3周目に入った辺りから、ヤスノリは先頭を退いて訓練生たちの様子に目を配り始めた。そろそろ徐々に遅れ始める訓練生が出始める頃合だったからだ。
 案の定、3周目を半分過ぎた辺りから1、2人遅れ始めていた。それでも最初のうちは2、3メートル程度遅れているだけだ。けれども周回を重ねてゆくうちに遅れる人数は増え、間隔も10メートルだとか20メートルといった風に大きく開き出した。
 先頭が11周目に差しかかる頃、ヤスノリは遅れている者たちの所へ向かい、遅れている者たちに向けて喝を入れ始めた。
「どうした! もう根を上げたのか!!」
「…………」
 声が返ってこない。が、ぶるぶると必死に頭を振っている。どうやら気力はまだ萎えていないが、体力の底が見え出したといった具合だろうか。
「格好いい警察官になりたいだろ! 犯人に負けたくないだろ! 好きな女の子が襲われるのを防ぎたいだろ! 守りたくないのか!!」
「……ま……守りたい……です!!」
「守りたいで……守りたいです!」
 ヤスノリの言葉に、遅れている訓練生たちが何とか声を出し口々に答える。
「ならガッツを見せろ! 守れるのはお前だけだ! 貴様らだけだぞ!!」
 ヤスノリがそう言うと、遅れている訓練生たちは奮起したか少し走るスピードを上げたようだった。確実に言えるのは、ややうつむきかけていた顔が再び前を見始めたということだ。
 周回はさらに重ねられてゆく。20周を越えた頃からついに周回遅れになる訓練生が出始めた。先頭の方を走る者たちは、早くこのマラソンを終わらせたいと考えてスピードを速めているのかもしれない。
 そんな中、ヤスノリは校旗を持って走る件の男子訓練生の姿を目で追った。彼は集団の中程、周回遅れにもならず校旗をしっかり手にして走り続けていた。校旗に汚れは見られないから落としてもいないのだろう。よくよく見れば、そばを走る他の訓練生たちが、校旗が下がり始めて端が地面に近付きそうになると、男子訓練生の校旗を握っている手をぐいと引き上げているではないか。
(ほう。やるじゃないか)
 感心するヤスノリ。そこに責任感と連帯感の一端を感じ取ったのである。
 そうこうしているうちに先頭集団は25周を走り終えた。ゴールして荒い息を整える者、グラウンドに仰向けに転がる者など様々である。訓練生たちは次々にゴールする。まだ走っているのは周回遅れにされた数人ほどの訓練生のみだ。
 ヤスノリはゴールした訓練生たちの様子を窺っていた。彼らはゴールしたことでほっとしたのだろう、息を整えながらも口々にマラソンの感想を言い合っているようであった。その目は未だ走り続ける者へは、ほとんど向いていない。
(やれやれ……)
 よい所を見た途端にこれである。小さな溜息を吐くと、ヤスノリはつかつかとゴールした訓練生たちの元へ向かった。そして一喝。
「どうした! まだ訓練は終わってはいないぞ! 走り続けている仲間が居るだろう!!」
 ヤスノリの一喝に驚き、姿勢を正す訓練生たち。ヤスノリは彼らの顔を眺めながらさらに言った。
「貴様らは仲間を見捨てるクソ野郎か! そんな奴は警察官じゃない! 応援しろ! 仲間は見捨てるな!!」
 警察の仕事というのは、自分がノルマを終えたからそれで完了という物ばかりではない。いや、そうではない物の方が多いだろう。例えばVIPの警護などなら、全体が問題なく滞りなく終了して、それが確認された上でようやく完了となるのだから。連帯感、そして責任感に関わることだ。
「あ……あと少しだぞ!!」
「が、頑張って!」
「少しでも足を前に出すんだ!!」
 ヤスノリに言われ、ようやく遅れていた者たちを応援し始める訓練生たち。応援の甲斐もあってか、無事に全員がゴールを果たした。
「よしご苦労! 身をもって感じたと思うが、それが現時点での諸君たちの体力だ! この先の訓練を経て、少しずつでもよい! 確実に伸ばしていってほしい!」
 ヤスノリは訓練生たちにそう告げ、最初の授業を締めたのであった――。

●地味な仕事の意味とは
 そして午後2時、訓練生たちは疲労を抱えながらも制服姿で再びグラウンドに集合した。向かうは警察学校と同じくビルシャス……神魔人学園の周辺道路である。
 ここでこれから訓練生たちに交通整理を行ってもらうのだ。といってもここでの実際の仕事内容は、生徒たちの下校を見守るというもの。ビルシャス署に話を通しているので、向こうからも万一の時のために何人か出してもらっているので安心である。
「いいかい、子供と接する時の基本は笑顔と分かりやすい言葉だよ。やってごらん。うーん、ちょっと硬いかなあ。僕を生徒だと思ってもう1度。うん、今度はいいね。笑顔で魅力も増しているよ、子供たちも喜ぶんじゃないかな」
 などと、女子訓練生に対して熱心に表情の指導を行うキョー。さりげなく自分の欲求を満たしている所がさすがであった。
 訓練生たちは交差点ごとに分かれて、生徒たちの下校の様子を見守った。訓練生とはいえ多くの制服姿の者が居たからだろうか、無茶な走りをする車はこの間は皆無であった。
 そうして2時間ほどこれを行い、事故は1件も発生することなく無事課外授業は終了した。訓練生たちを引き連れて警察学校のグラウンドへ戻ったキョーは、1人1人の顔を見つめながら今日の授業の総括を口にした。
「キミたちのおかげで子供たちは何事もなく無事に帰ることが出来た。警察官というのは起きた事件を解決するのも仕事だが、何よりも大切なのは『事件を起さないこと』――事件のないありふれた日常を護ることこそ警官の本分だということを、常に忘れないでほしい」
 これにて本日の授業は終了である。
 なお……キョーが授業で目についた女子訓練生を数人リストアップして改めてチェックを行っていたのはいつものことである。

【了】