■道真神楽のお料理がんばるぞ!■ |
商品名 |
アクスディアEX・トリニティカレッジ |
クリエーター名 |
高原恵 |
オープニング |
高等部風紀委員長である御剣恋が生徒会長室を訪れていた時のことだった。
「そういえば」
恋からの報告が一段落した時に、生徒会長の道真神楽がふと思い出したように言った。
「この間のパフェ作りは楽しかったですわ」
「そうですか、それは何よりです」
微笑む恋。大変ではあったが、神楽が楽しかったのであれば喜ばしいことである。
「ええ、お料理って楽しいのですね!」
目を輝かせ神楽が言った。その瞬間、嫌な予感がした恋。そしてその予感は見事に的中することになったのである。
「ですから今度は、ぜひカレーを作ってみたいですわ!! もう調理実習室の使用許可は申請して取ってありますのよ」
「…………」
にっこり微笑んでそう報告する神楽に対し、恋は軽いめまいを覚えたという……。
かくして5月某日、神楽(と恋)を囲んで調理実習室でカレー作りが行われることになった。さて、出来映えはどんなものになるのだろうか。非常に楽しみである。
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シナリオ傾向 |
ほのぼの:5/コメディ:2/料理:5(5段階評価) |
参加PC |
チリュウ・ミカ
月村・心
音羽・千速
真田・音夢
佐嶋・真樹
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道真神楽のお料理がんばるぞ! |
●もはや国民食
カレーと一口に言うが、日本(今はパトモスだけれども)においてこれほど馴染みがあり簡単で、かつ奥の深い料理もそうそうないだろう。伝聞になるが、年の1/6はカレーを口にしているという話もある。ほぼ週に1度は食べていると言って差し支えはないだろう。
考えてみてほしい。料理初心者であっても、市販のカレールーを使ってレシピ通りに作ってゆけばそれなりの味の物が作れるということがどんなに凄いことかを。そしてこの味で物足りないというのなら、材料を工夫するなり、調味料・香辛料などを加えるなり、はたまたカレー粉を使って丹念にオリジナルのカレーを作ってゆくという選択肢もある訳だ。
……と、ここまではいい方向に傾くものとして話してきたが、それは逆に言えばやり方次第では破壊的な代物が完成するということでもある。
はてさて、今回道真神楽の作るカレーはどちらの方向へ歩いてゆくのやら……。
●どんなカレーを作ろうか?
で、調理実習室――すでに7人の姿があった。
「色々なスパイスを調合している様は、まるで7色の宝石を錬金釜で混ぜ合わせるサンジェルマン伯爵みたいでしたわ……」
目を輝かせてよく分からぬ比喩を口にしているのは、案の定神楽である。というか、サンジェルマン伯爵を見たことあるのか、あなたは。
「……それはつまり、本格的なカレー作りをテレビか何かでご覧になったんですね?」
さすがにこういう表現に何度となく触れている御剣恋は、神楽の言葉を解釈して確認した。神楽はこくんと頷いた。
「……最初ということですし、基本的なカレーを作りましょう。基本が出来てこそのアレンジです」
そう言ったのはお手伝い&アドバイザーとして招かれた真田音夢である。矢羽紋の着物の上に割烹着をつけた姿は、古来からの馴染みある格好であろう。
「ボクもそれがいいと思いますよ、会長? 何でも基本が重要で」
音夢の意見に即座に同調する恋。神楽が言っているようなカレーを作ると、まず間違いなくとんでもないカレーになると危険を察知したからである。
「はあ……改めて言われてみれば、確かにそうですわね。分かりました、今回は基本をしっかり学びますわ」
神楽は少し思案してからこう答え、にっこりと微笑んだ。よかった……これで最悪の事態だけは回避されそうだ。
「そうだね、基本は大切だもん♪ 月華も頑張るから、一緒に頑張ろ♪」
そんな神楽に、制服に身を包んだ少女――天河月華(これは人間としての名で、逢魔としての名は氷華である)が励ますように言う。月華は料理が得意だから、基本の大切さはよく分かっていた。
「ええ、頑張りましょう」
神楽が月華に向かって微笑んだ。
「えっと、ボクはどうしようかな。何か足りない道具があったら探してくるけど……」
と調理実習室をきょろきょろと見ながら言ったのは、月華と一緒に来ていた少年――音羽千速である。
「では……もう少し深めの鍋を」
音夢がすでに置かれていた鍋をちらりと見てから千速に言った。直径は十分だったが、深さが音夢にはちょっと不満だった模様である。
「分かった! 向こうの棚だっけ?」
「そうだよ千速ちゃん。頼りにしてるわ♪」
千速の質問に答える月華。
「よーし、頑張るぞ!」
月華に励まされ、千速は一目散に棚の方へ向かっていった。
こんな風に、あれこれと語っていた5人。……ん、5人? はて、残りの2人は何をしているのか?
「味見役です」
「……俺には毒味役と聞こえた気がするんだが」
残りの2人、ギリアムと月村心は他の5人とテーブル2つ分(通路で言えば1つ分)離れた場所に座って、その様子を静かに見守っていた。この2人は今回の主たる味見役である。
まあ音夢の居る所なら例え火の中水の中カレーの中なギリアムはさておき、心が何故ここに居るのかは不思議なこと。しかし、もちろんそれにはちゃんと理由がある。
神楽は道真狂志郎の実妹であるがゆえに、テロリストなり何なりに狙われる対象となっている。実際それで以前も襲撃を受けている。
となれば、警備・護衛が増強されるのは自然の流れ。事実、ここ神魔人学園の警備は(傍目以上に)強化されてきている。警察学校その他諸々で警察と関わりが出来ている心が居るのも、その一環だ。例えば、特殊部隊が動く事態になった際に何が必要で何を切るのかを考える材料を得るなど――。
それがどうしたことか、味見役をするはめになったのは……ある意味謎だ。
(しかし何故にカレー作りなど……それもいきなり……)
難しい顔で思案する心。天才の考えることは突拍子もないとは聞いたことがあるが、神楽の場合もやはりそうなのだろうかと考えてしまう。
(ま、まぁ、彼女ともなると色々自分に関係ない所で策謀に巻き込まれることもあるだろうし……それはそれで不憫ではあるとは思うぞ……?)
とりあえず心はいいように解釈してみた。神楽自身知らず知らずのうちに、ストレスをこうして解消しているのかもしれないのだし。
(そう考えればこうやってお遊びに付き合ってやるのも悪くはないだろう……)
難しい顔がやや緩む心。……気のせいか、自分に何か言い聞かせているような。
「……マスターのカレー……」
ちなみに隣のギリアムは、よく目にするゴスロリ姿でうっとりとした表情を浮かべていた。いやいやギリアムさん、あくまで音夢は手伝うだけですから。
●面白いことに首を突っ込む
調理実習室にてカレー作りが始まり少しした頃。廊下をとっとっとと駆ける制服の少女の姿があった。胸元に紙袋を抱えたクリスクリスである。
(えっへっへ、みんな驚くかな〜)
にへらとクリスクリスの顔に笑みが浮かぶ。
神楽が調理実習室を予約していることを知り、あれこれ調べてみた所、どうやらカレーを作るようだと分かった。ならばクリスクリスとしては、乱入しない訳にはゆかない。だって面白いことやってるんだし(きっぱり)。
正直言えば、カレーと知って少しトラウマを刺激されてしまったけれど……まあ大丈夫だろうと踏んで乱入を決めたのである。
(今日は期待していいよね?)
脳裏に浮かんだ紫の湯気が漂う逸品や、胸開きミニスカ水兵姿などの映像を振り払いながら、クリスクリスはそんなことを考える。期待していいかは出来上がってみなけりゃ分からない。
と、何気なく窓の外に目をやったクリスクリス。外ではちょうど、佐嶋真樹が校舎に出来たつばめの巣を見上げている所であった。
「あ、真樹ちゃんだ☆」
足を止め、クリスクリスは真樹の方をしばし見る。声をかけようかとも思ったが、あんまり熱心に真樹がつばめたちを見ているものだから、ひとまずやめておいた。それに、今はつばめの雛たちがピイピイと口を開けて親つばめに餌をおねだりしている最中。急に大きな声を出して、驚かしてしまうのも何だかなとも感じたのである。
真樹は制服に身を包んでいた。先日無事に初等部へ入学出来たから当然といえば当然。だが、既成の制服ではなく特注なのは一目瞭然だった。何故なら……真っ赤だったから。
いつもの普段着である赤いゴシックドレスに比べるとあれだけど、目立つことには変わりがない。真樹の年齢と合わせて注目度も3倍だ。
(あとで呼んであげると喜ぶかな〜?)
そう思いつつ、再び廊下を駆けてゆくクリスクリス。立ち去る前、目にした真樹の表情がちょっと羨ましそうに見えたのは気のせいだったろうか。
●正しい包丁の使い方
(う……これは……)
心の表情が険しくなっていた。目の前では、音夢と月華が野菜の皮を剥く見本をやってみせて、神楽もにんじんを手に取って実際に挑戦している所であった。
「ええと、こうですわね?」
しょり。
「こうして」
じょり。
「このように」
ざく。
「こう……あっ」
包丁が神楽自身の方へ向かって空を切った。
(……危なっかしい手つきにもほどがあるだろ……)
見てていたたまれなくなってくる心。この手つきを見る限り、神楽は自宅でも危険なことは一切させられていないのだろうなということが窺い知れる。
「包丁はこのように持ってですね……」
見かねた音夢が手を取って神楽へアドバイスする。そのそばでは月華が何やら千速に耳打ちしている。千速はこくこく頷くと、また棚の方へ向かっていった。
「マスター直々に教えていただいて……羨ましい」
ぽつりとギリアム。視点はそこですかい。
「なるほど、こうですのね?」
音夢のアドバイスに笑顔で素直に従い、神楽皮剥き再挑戦。
しょり。じょり。ざく。ざっ。
「……難しいですわ」
首を傾げる神楽。やっぱり上手く皮が剥けない。
「……えぇい、もう我慢ならん!」
その時すくっと心が立ち上がり、つかつかと神楽たちの方へやってきた。
「貸せっ」
心は包丁とにんじんを受け取ると、しっかりと構えた。
「包丁の方を動かすからダメなんだ。右手は固定! そして左手を回転させる!!」
するするとにんじんの皮が剥かれてゆく。考えてみれば包丁も刃物の1つ、心に馴染みはあるのだろう。
「ああ……分かりましたわ!」
心の実演を見た神楽が目を輝かせて言った。そして神楽皮剥き再々挑戦。
すっ。すっ。すっ。
たどたどしくはあるが、それまでに比べると神楽の手つきは滑らかになっている。やっぱり天才少女だけのことはある、理屈が飲み込めれば先へ進めるのであろう。
と、そこに千速が何やら持って戻ってきた。
「月華ちゃんあったよ、ピーラー!」
……そういやそういう物がありましたね。不器用な方はこちらを使われた方が安全です、はい。
「こんにちは〜☆」
クリスクリスが調理実習室に現れたのは、そんな時であった。
●よくある光景
さて、調理実習室でカレー作りが行われている頃――ペンション【日向】。
「う〜ん……夜は何にするかなぁ」
チリュウ・ミカはパリッ、ポリッと海苔せんべいをかじりながら、『本日の料理』なる本を眺めていた。日々の食事という物は、なかなか考えるのが大変だ。
「冷蔵庫に中途半端に物が残ってるし……」
かじりかけの海苔せんべいを手にしたまま、思案するミカ。こういう時はもう、あれしかないだろう。
「よしっ。残り物全部入れて、カレーでも作るかぁ……処分処分っと」
危うしクリスクリス!
●もうすぐ完成
再び調理実習室。皮剥きこそ手間取ったが、カレー作りは順調といってよかった。
炒った小麦粉や市販のカレー粉を使い、具はじゃがいも・にんじん・たまねぎとシンプル。
「あれ、お肉はっ?」
月華が手付かずになっていた豚肉を見て誰ともなく尋ねた。答えたのは音夢である。
「ご心配なく、後で加えます」
いやほんと、カレーの作り方は人それぞれである。
炒めた野菜をぐつぐつ煮込み、丹念にあくを取ってゆく。もちろん主にやるのは神楽。神楽や月華の指示を受け、おたまをせっせと動かしてゆく。
あくが取れて少ししたら、カレー粉や小麦粉を入れていよいよカレーらしくなってくる。
「ここで牛乳を入れます……」
そう言って音夢が牛乳を持ってきた。もちろん牛乳を入れない作り方もあるが、音夢の場合は入れるようだ。余談だが、牛乳ではなく豆乳を使ってもなかなか面白い。
くつくつ煮えるカレーからはいい匂いが立ち上ってくる。調味料で少しずつ味を整えるのも忘れない。
その時、調理実習室の外で女の子の元気よい声がした。
「おりょーりをつくるところー!」
次の瞬間扉が開き、入ってきたのは……真樹。どうやら美味しそうなカレーの匂いに誘われてやってきたようだ。
「あら、この間の……」
真樹の姿を見付け、神楽がにこっと微笑む。
「あ、真樹ちゃんだ☆」
クリスクリスが真樹に手を振った。
「え、何、急に……」
突然現れた真樹に驚きつつも、近寄ってゆく恋。ところが真樹はそれを察知すると、恋から離れるようにとっととっとと部屋の中を駆けていった。
「ふにっ、まきがっこーはいれたよー♪」
そして神楽のそばまでやってくると、嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねながら入学の報告をした。
「そうですの、それはよかったですわ!」
これを聞いて神楽も満面の笑みを浮かべる。
「どんなことを聞かれました?」
「まきのとくいなことだよー」
「得意なことですの。それで、何をしたんですの?」
「まーじゃんのとくてんけーさんとー、はんにゃしんぎょー!」
……3歳でそれは凄い。般若心経はともかく、麻雀の得点計算は符の計算が結構面倒なのだし。
やがてカレーは完成に近付く。
出来たルーを一旦冷凍し温め直す。音夢曰くこうすることにより、一晩寝かせるのと同等の効果があるそうだ。そしてそこに別に調理した豚肉を加えて少し馴染ませて……完成。
いよいよ待ちに待った試食である。
●試食です
試食はまず、味見役であるギリアムと心によって行われた。ごはんは当然として、クリスクリスが持ってきてくれたナンもある。福神漬もクリスクリスの差し入れの物だ。
先に口をつけたのはギリアムである。ルーだけをまず口へ運び――ギリアムはカッと目を見開いた。
「な……何だこれは……」
わなわなと震えるギリアムの身体。
「……じゃがいもやにんじんは冷凍すると細胞膜が壊れ、水分が流れ出てしまう。……だが逆にっ! そうすることで野菜の旨みをルーに染み込ませ、また、野菜にもルーの味が染み込みやすくなり、味の一体感が増すっ……!! 何て料理だ……ブラボーブラバーブラベストォ!!! うーーまーーいーーぞーーっ!!!!」
……何だか口から虹色の光を放って巨大化でもしそうな勢いですね、ギリアムさん。
「タマ。……そんな大袈裟なものじゃないですよ」
そんなギリアムを、音夢がしれっと嗜める。
「いや、何かそういうのを求められている気がして……」
「普通に旨いじゃないか。この味は、初心者が作ったとは思えないな……」
ギリアムが自分の世界に入っていた間に、心もカレーに手を付けていた。なかなか、スプーンを運ぶペースが早い。
それからようやく皆で試食。ルーだけ食べても美味しいし、ごはんやナンと一緒に食べてもなお美味しい。
「あ〜ん」
真樹はちゃっかり神楽のお膝元に潜り込み、つばめの雛みたくなっていた。そんな真樹に神楽が、カレーをつけたナンを食べさせてあげた。
「美味しいですか?」
「うに〜、おいし〜☆」
にぱーっと満面の笑みを浮かべる真樹。子供は正直だから、本当に美味しいのだろう。
「料理は愛情。食べてもらう人のことを想えば、自ずと上達しますよ」
音夢が珍しく少し微笑みながら、そう神楽へ伝えた。
「ええ、しっかり覚えておきますわ」
神楽は大きく頷いた。
●余談:ある家の夕食の模様
「え〜! 今日のおやつ、カレーだったんだよぉ〜!」
「やかましい。3度の食事をいただけることに感謝して黙って食う!」
どこの家かはあえて伏せる――。
【了】
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