■世界制服同好会の七夕!■
商品名 アクスディアEX・トリニティカレッジ クリエーター名 高原恵
オープニング
 7月に入ってすぐのことだ。
「よい笹が手に入ることになりましたわ、真里様」
 と、にこにこ笑顔で話しているのは世界制服同好会の会計兼書記であるサナ・カスケード。相手は会長の高野真里で、そうなれば場所はもちろん部室だ。
「笹?」
 しかし真里はきょとんとした反応を返した。突然何を言い出すのかと、サナに対して思ったことだろう。するとそれを察知した副会長の白山亜美が、サナの言葉をフォローするようにこう言ったのである。
「高野会長。お忘れですか、もうすぐ七夕ですけれど」
「ああ」
 真里がぽむと手を打った。
「そうだわ、そうよ、七夕だったわね。ということは、笹飾り?」
「はい!」
 真里に尋ねられたサナは、笑顔で大きく頷いた。
「お願いした結果、学校に運んできてくださるそうですわ」
「じゃあ……皆で七夕をしようってこと?」
「はい!」
 再び大きく頷くサナ。
「なるほど、それは面白いかもしれないわねえ……」
 と、何やら思案する真里。少しして、真里は亜美に向かってこう指示を出した。
「せっかくだから、あちこちに声をかけてみたら? そうねえ……うちらしく、参加者はコスプレ必須ということで、ね?」
「分かりました、高野会長。ではそのように」
 かくして――世界制服同好会によるコスプレ七夕が決定したのであった。
 さて、どんな格好で参加したものか。それより何より、今年はどんな願い事をしたものか――。
シナリオ傾向 コスプレ:6/ほのぼの:5(5段階評価)
参加PC ヒール・アンドン
チリュウ・ミカ
ラディス・レイオール
ゼフィル・クラウフィード
佐嶋・真樹
世界制服同好会の七夕!
●絶望した!(ある3人の心境)
 七夕当日夕刻、美術準備室。何故だか茶を飲みつつ黄昏れている男2人の姿があった。
「七夕ですねえ」
「七夕だ……」
 互いにそうつぶやいてから茶を1口すすり、ふうと小さな溜息を吐く2人――ラディス・レイオールとヒール・アンドン。
「耳に入っていますか?」
 とラディスが前置きしてから、ヒールに言った。
「何かまた、制服同好会の人たちが何か動いているみたいですね」
「……聞いた」
 そう答えて遠い目になるヒール。
「まあ……今回は内輪のイベントだから私たちまではこないでしょうね……」
 などと言いつつも、ラディスもまた遠い目に。
「来たとしても、どうせ拒否権はないんだろうしな……ふぅ」
 溜息を吐き、さらに遠い目になってヒールは明後日の方を向いた。まるで現実逃避するかのごとく。
 そして――刺客が現れる。
「やっほー、お待たせーっ☆」
 美術準備室の扉が開かれ、でっかいバッグを肩から下げたヒールの逢魔・ヒカルが意気揚々と入ってきたのだ。ああ、何てよく見た光景。
 待ってない待ってない――ヒールとラディスが無言の突っ込みを入れるが、そんなのを気にするヒカルではない。
「はい、今回の衣装だよ〜♪」
 ごそごそと鞄の中を探り、ヒカルが今回用意した衣装をヒールへ手渡した。憮然とした表情でそれを受け取ったヒールは、衣装を広げて確かめてみたのだが――。
「……て、何だこれは!?」
「よく出来てるよねー」
 驚きの声を発したヒールに対し、ヒカルはさらっと答えた。
「出来てるとか出来てないの問題じゃない! こんなもの着れ……」
 その衣装の物凄さに、さすがにこれは拒絶しようと思ったヒールであったが、途中で言葉を飲み込まざるを得なかった。何故ならば、ヒカルが有無を言わさぬオーラを思いっきり出しつつ、ヒールのことを睨んでいたからだ。
「あー……はい、着させてもらいますよ、ええ……着ればいいんでしょ、着れば……」
 天井を見上げ、虚ろな目になるヒール。さてどんな衣装なのかは、また後で説明しよう。
(こっちに累が及ばないうちに……)
 ヒールとヒカルがそういったやりとりをしている隙に、ラディスはこっそりと美術準備室を出てゆこうとした。ところが、である。
「どこへ行くんですか〜?」
 扉の前、ラディスの前に立ち塞がる影が1つ。ラディスの逢魔にして妻のリフィーナがそこに立っていた。
「やっぱりあなたたちが居ないと面白くないですから〜」
 にっこりと微笑むリフィーナ。この時のラディスの心境を一言で表すなら、きっとこうであるだろう。『絶望した!』と。
 さて、時を同じくして高野真里と白山亜美に両腕をがっしりつかまれ廊下を連行されてゆく1人の青年の姿があった。ゼフィル・クラウフィードである。後方にはサナ・カスケードの姿もある。
「さ、悪いようにはしないから」
「ええ、高野会長の仰られる通りです。衣装はこちらで用意してありますので」
 左右から真里と亜美にそんなことを言われながら、ゼフィルは廊下を連行されてゆく。がっくりとうなだれた様子で。
(せっかく逃げたのに……逃げたのにっ……!)
 世界制服同好会が七夕にまた何かするとは聞いていた。だからゼフィルは、真里たちに出くわしてすぐ全力で逃走したのだ。それはもう、このままゆけば振り切れるだろうという具合に。だが……残念なことに、逃げた先が行き止まりだったのが運のつき。あえなく追い詰められ、このように捕まってしまったのである。
 かくして、またいつものようにコスプレをさせられるいつもの面々であった……。

●重要なことは先に言ってください
「七夕イベント……ですの?」
 ゼフィルが連行されていた頃、逢魔のエレシアは女生徒数人に取り囲まれ、七夕イベントの話を聞かされていた。
「そうなんです〜。先生も一緒に参加してくれませんか〜? 校内ですし〜」
「でも……」
 女生徒たちに参加を懇願されるも、難色を示すエレシア。けれども熱意に負けたかどうなのか、半ば強制的に参加させられることになってしまったのだった。
「あ、先生! 1つだけ言い忘れていたことがぁ……」
 エレシアの参加決定後、女生徒の1人がたった今思い出したように言った。後から思えば、それはわざと伏せていたのかもしれない。
「はい?」
 こうしてエレシアも、ゼフィル同様にコスプレをさせられることとなったのだった……。

●思った以上に集まって
 やがて辺りも暗くなり、世界制服同好会の部室及び窓の前辺りには人の姿が増えてきていた。あちこちに声をかけたことと、七夕であることとで微妙にカップルな姿が多く感じられるのは……たぶん気のせいじゃないのかもしれない。
 ただまあコスプレ縛りがあるため、格好は様々。普通に浴衣姿の者も居れば、ナースやらウェイトレスやらの職業系制服姿の者も居る。はたまたどこぞのロボットアニメのキャラクターの格好をした者も居たりするから、普段に比べると混沌としているのかもしれない。
「あ、笹飾りだいぶ少なくなったねぇ?」
 衣装に着替え終えたクリスクリスは室内に入るなり、テーブルの上を見て軽く驚いていた。日中にせっせと折り紙で作っておいた笹飾りが、気付いたら1/3以下にまで減っていたからである。
「そりゃあ、来た人にどんどん飾ってもらってるし」
 メイド服姿になっていた真里が、クリスクリスの方を見ずに答えた。
「でも短冊がなくなると困るから、さっき追加はしたけ……え?」
 そしてようやくクリスクリスの方に振り向き……真里の目が点になった。
「えっと、その格好……は?」
 真里がクリスクリスへ尋ねた。
「見て分かんない? 牽牛織女の仲立ちをする白鳥さんだよ☆」
 元気よく答える白鳥の着ぐるみ姿なクリスクリス。いったいどこでこんなのを調達してきたんだろう。
「……何で?」
 クリスクリスの言う意味が把握出来ないのか、真里は首を傾げ再度尋ねてきた。
「えっと、白鳥さんの羽根が天の川に架かる橋になるんだよね。だから、七夕の裏方さんナンバー1だと思うんだ♪ それでボク白鳥さん♪」
 クリスクリスが羽根をパタパタさせながら楽しげに答える。
「なるほどね……うーん、意表を突かれたかも」
 真里が感心した。でもそれは由来に対してではなく、着ぐるみ姿で現れたことに対してのものではないかと思われる。
 と、そこにひょっこり可愛らしい女の子が顔を出した。
「うにー、なにしてるのー?」
「あ、真樹ちゃん☆」
 クリスクリスが女の子――佐嶋真樹に声をかけた。真樹は制服ではなく、いつもの深紅のゴシックドレスに身を包んでいた。
「ん、七夕だけど?」
 真里が問いかけに答えると、真樹は何故かきょとんとした表情を浮かべる。そしてまた真樹から問いかけが来る。
「たなばたってなにー?」
 ああなるほど、真樹の年齢を考えてみれば七夕を知らないのもしょうがないのかもしれない。そこで真里が簡単に七夕の説明を真樹へしてあげた。
「……でね、この短冊に願い事を書いて笹に吊るすの」
 そう言って真里は真樹へ短冊を手渡した。
「そうなんだ〜? まきもかくー♪」
 目を輝かせる真樹。書くのなら、ということで真里が近くの椅子に真樹を座らせてあげた。
「あれ? でもどうして真樹ちゃんここに来たの?」
 ふと疑問に思ったクリスクリスが真樹へ尋ねた。七夕を今まで知らなかったのだから、七夕をすると聞いてやってきたとは考えにくい。かといって、今回誰かが連れてきた訳でもなく。だがその疑問は、非常に簡単に解けた。
「いろいろなおよーふくをおいかけたのー」
 ……コスプレ集団の後についてきたのか!
「コスプレの人たちを追いかけてきたんだ? じゃあ、うちに入会するとそういうお洋服いっぱい見られるわよー?」
 こらこら、何勧誘してますか真里さん。
「うんっ、まきにゅーかいするー!」
 ……そんなあっさり決めちゃっていいんですか、真樹さん。というか、『入会』の意味分かってないんじゃあ……?
「うん、決定ね! じゃあ、真樹ちゃんが入るような衣装も早めに用意しないとねえ」
 ……きっと次に何かイベントがある時には、真樹サイズのコスプレ衣装も用意されていることだろう。

●増えゆく被写体
 その後も、部室内外には少しずつ人は増えていった。すなわち、コスプレの種類も増えてゆくということだ。
「じゃん♪」
 カメラを手にしたヒカルが姿を見せた。その格好は実に七夕らしいと言える、織姫の姿であった。
「んふふ、どう? 似合うかな〜?」
 軽くその場で1回転してみるヒカル。周囲から『お〜』とか『へ〜』といった感嘆の声や、軽い拍手が聞こえた。なかなか受けがいいらしい。
「あ、ヤドりんも一緒だよ。ヤドりーん☆」
 ヒカルが部室の外に向かって名を呼んだ。すると開け放たれた扉の所から、おずおずとヤドりん……ヒールが顔だけを出した。
「……あ、あの……やっぱりこれはぁ……そのぉ……」
 何故だか瞳を潤ませながら、恥ずかしそうにヒカルに訴えるヒール。それを聞いたヒカルは扉の方へ向かい、無理矢理ヒールを中へ引っぱり込んだ。
「何言ってるの、見てもらわなくちゃ、ヤドりん♪」
 そしてヒールの全身が室内に入った瞬間――男性陣から大きな歓声が沸き上がった。何とヒールの格好は超ミニの浴衣! ちょっと間違えたら危ないだろうという際どさだ!
「……ちょっと丈が短過ぎませんか……?」
 あまりにも丈が短いからだろう、浴衣の裾を手で押さえながらヒールは顔を赤らめ、もじもじ恥ずかしげにしていた。
「大丈夫、似合ってるから〜」
 と言いながら、パシャパシャとヒールの写真を撮ってゆくヒカル。……あなた鬼ですね。
「ちょうど写真を撮ってますよ〜」
 そこに巫女装束姿となったリフィーナが入ってきた。紺色のシックな浴衣に身を包んだ大人の色香漂うお団子頭の女性の手を引っ張りながら、だ。その女性は花火の絵が描かれたうちわを持ち、やや物憂げな表情を浮かべていた。
「……やっぱりそういう運命なんですね……」
 浴衣の女性――ラディスはうちわの陰でぼそりとつぶやいた。するとリフィーナが振り返り、にっこりと微笑んだ。
「せっかくですから写真に撮ってもらいましょう〜」
 と言って、リフィーナはラディスをヒールの隣へ連れていった。……リフィーナさん、あなたも鬼ですね。
「はい、レイディアさんですよ〜」
 リフィーナはそう言ってラディスを残し、ヒカルのそばへ。
「うーん、やっぱり2人揃うと絵になるよね〜」
 うんうんと頷き、ヒカルはさらに写真を撮り続ける。気が付けば、ヒールとラディスを取り囲むカメラマンの数が増えてるし。
「……あぅ……そんな下から撮らないでください〜……」
 頭を振りながら、思わず身を屈めてしまうヒール。何か凄い角度から狙われたみたいです、はい。
(毎回、毎回何でこうなるんだろう……)
 ラディスは心の中で涙を流しながらも、ポーズを要求されるとついついそれに応えてしまっていた。物憂げな表情をしてるから、浴衣姿の写真がまた映えること映えること。
「よかったら混ぜてもらっても構いませんか?」
 そこへ今度は、笑顔のサナが現れた。サナの格好はといえば……何故か真っ赤なくノ一姿。当然露出度高めなので、これまた男性陣大喜びである。
「あ、うん、いいよ、どうぞ〜☆」
 即座に許可を出すヒカル。するとサナは扉の方へ振り返ってこう言った。
「よいそうですわゼフィリア様、一緒に入りましょう」
 次の瞬間、おずおずと浴衣姿の女性が入ってきた。ゼフィリア……強制的に着替えさせられたゼフィルだった。無論胸元には、疑似胸をしっかりつけられていたりする。
「デジャヴ……じゃないですよね……」
 すでに何10枚も写真を撮られているヒールとラディスの姿を見て、ぽつりつぶやくゼフィリア。まあ何度もある光景ですから、デジャヴを感じても仕方のないことだが。
 そしてゼフィルはサナとともに加わり、写真を撮られてゆくのであった……。

●願い事は何ですか
 外に目を転じると、亜美が集まってくる者たちを誘導していた。そこにこんな声が聞こえてくる。
「先生! 恥ずかしくないですから!」
「そうですよー! 皆でやれば怖くないって言うじゃないですかー!!」
「で、ですけど……」
 どうやら恥ずかしいのか、物陰に隠れようとしていたエレシアを女生徒たちが無理矢理引っ張ってゆこうとしていたようである。見れば全員がお揃いの猫耳メイド姿。定番といえば定番の格好だ。
 ともあれ、結局は女生徒たちに連れてゆかれるエレシアであった。
 それが一段落したかと思えば、今度は怒った声が聞こえてきた。
「こらぁクリス!! せっかく浴衣姿が笹飾りに映えてたのに……何てことするんだ!!」
「うわーん、怪獣が怒って口から糸吐いているよぉ〜」
 声のした方に目をやれば、巨大な蚕が白鳥を追いかけ回している最中であった。
 何でも七夕イベントのことを聞き付け、『保護者が必要だろう』と何故かうきうきと嬉しそうに浴衣姿でクリスクリスの魔皇であるチリュウ・ミカがやってきたのだそうだ。ところが、そこにクリスクリスが蚕の着ぐるみを無理矢理着せてしまい……はい、この通り。ま、自業自得である。
 笹に目を向けると、数々の短冊が吊るされていた。願い事も千差万別、眺めているだけでも面白い。
 ヒールは妻と幸せに過ごせるよう願っていた。それに隠れるようにもう1つ、『今年はあまり変な女装をさせられませんように』とあったのがちょっと悲しい。
 ヒカルは『皆でずっと楽しく過ごせますように』と。そしてこれまたこっそり隠れるように『もっとラブラブしたいー』と。そういえば結婚してましたね、ヒカルさん。
 ミカが『クリスが無事に学校を卒業できますように』と書いていれば、クリスクリスは『お料理が上手になってミカ姉の役に立てますように』と書いていたりする。何だかんだ言って互いのことを考えているようだ。
 そして真樹は……今ちょうど、吊るされたばかりの自分の短冊2つを下から見上げていた。1つは『おとうさんにあえますように』、もう1つには『おかあさんがげんきでいますように』と記されていた。
「……アルタイルとベガは恒星。仮に互いが動けたとしても、その距離は約15光年。……永遠に交わることはないだろう。……『真樹』は。生死はおろか、顔も名前も分からない父に逢いたいという。……思えば思うほど、辛いだけなのに……」
 笹を見上げていた真樹が、不意にそんなことをつぶやいた。次の瞬間、近くでこんな声が聞こえてきた。
「花火やるよー♪」
 どうやら誰かが花火セットを持ってきたようだ。
「えー、はなびー? まきみたーい!」
 にぱーと笑顔を浮かべ、真樹は声のした方へ走っていった。
 こうして、楽しい七夕イベントは夜遅くまで続いたのだった――。

【了】