■暗躍する影 ―黄金の三角地帯―■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 黄金の三角地帯――東南アジアのタイ・ラオス・ミャンマーが接するメコン川、その山岳地帯を指しての呼び名だ。世界に名だたる麻薬原料の生産地であったがゆえに。
 その地に、2、3ヶ月前よりパトモスから僅かな魔皇たちが潜入を果たしていた。無論、デビルズネットワーク・アスカロトにて依頼を引き受けた魔皇たちである。
 それはGDHPからの極秘依頼だった。新東京に流れている麻薬について、この黄金の三角地帯が怪しいという意見が強くなったため、GDHPが表立って動く訳にはゆかない代わりに、アスカロトに出入りする魔皇たちに託されたのである。もちろん魔皇たちに何かあったとしてもGDHP、ひいてはパトモスも知らぬ存ぜぬを押し通すだろうが。
 かくして潜入調査が開始され、目星をつけたとある村にて見事なケシ畑を調査に当たった魔皇たちは目にすることとなった。サンプルとして入手したケシはGDHPへ送られ、その分析の結果、どうやら間違いないようだという答えが返ってきていた。
 だがしかし……何かが妙だった。村人たちは、このケシが治療薬として使用されると言われて栽培しているようなのだ。しかも買い手はパトモスを名乗っているというではないか。これはいったいどういうことなのだろう。
 そんな中、7月のある日になってこんな情報を手に入れることとなった。明日、その買い手がケシの実を村へ受け取りにやってくる……と。いつも通りなら、女性1人に男性2人の3人でやってくることだろうという話である。
 3人の正体がどうであれ、何らかの情報を握っているであろうことは想像に難くない。確保して事情を聞く、そのまま泳がせる、実力行使による排除……様々な選択肢が調査に当たる魔皇たちにはあることだろう。
 さて……調査に当たっている魔皇たちはどのような選択をするのか見物である。
シナリオ傾向 国外活動・潜入調査・戦闘・陰謀:6(5段階評価)
参加PC 瀬戸口・春香
月村・心
暗躍する影 ―黄金の三角地帯―
●気になる話
「そういや旦那、聞きやしたかい?」
 件の村へと向かう途中、ガイドを務める現地人の男が月村心に言った。ガイドは心が前回雇ったのと同じ男。金払いがよかったことをしっかり覚えていたのだろう、今回再びガイドを頼むと即座に引き受けてくれていた。
「……何を?」
 心は訝しむような視線を男に向けた。男の言葉のニュアンスからすると、あまりよろしくはない話かもしれない。
「先週、村が1つ壊滅したんでさぁ」
「壊滅!?」
 心の表情が少し険しくなった。これは詳細を聞いてみる必要があるだろう。
「詳しく聞かせてくれ」
「へい。実は……ちょっと離れた村ですがね。そこが襲われたんでさぁ。何でも村人は皆殺し、家には火を放つてぇありさまで……。きっと略奪の跡を消したんですぜ、旦那」
 溜息混じりに説明する男。
「犯人は分かっているのか?」
「それが皆目。ただ……」
「ただ?」
「似たような手口で襲われた村が、この1年以内にいくつもあるんでさぁ。何で、同じ奴らの仕業じゃねぇですかね」
「……今から行く村と、襲われた村々は何か関係はしているのか?」
 まさかと思い、心はそのことを男に問うた。が、男は力なく頭を振った。
「いや、ありやしませんぜ、旦那。あったらきっと、目標になってると思いやすぜ。俺の目から見ても、あの村は襲われた村と……いや若干それより裕福だ。そういう奴らなら、狙わねぇ手はねぇと思いやしやせんかい?」
「ふむ……」
 思案する心。男の言うことももっともだ。ケシの栽培で、件の村が裕福になっているのは事実。いつ、略奪のターゲットとなってもおかしくはない。
 けれども、件の村は襲われていない。襲われているのは、男曰く件の村より少し劣るが裕福であるらしい村ばかりだというのに。
 ひょっとして、襲われたのには他の理由が存在しているのだろうか。例えばその村々も、ケシを栽培していただとか……。
(……今は、目前の仕事に集中するか……)
 引っかかりを覚えはするが、今それについて調べている余裕はない。まずは取引の様子をしっかり押さえることだ。
 件の村はもう、近くに見えていた――。

●村人に問う
 その頃、件の村にはすでに1人潜入を果たしていた――瀬戸口春香である。
(……相変わらず精を出しているのか……)
 春香は例のケシ畑の近くへ、身を隠して近付いていた。そこでは前回同様に、村人たちが汗水たらして働いていた。また、棍棒を手にした男たちの姿もある。前回潜入した時と、何ら変わってはいない。
(さて……)
 春香は身を隠したまま、村人たちの顔を見ていった。いったい何のためにだろうか?
(……やっぱり居たか)
 しばらくして、春香は1人の男の村人に狙いを定めた。それは前回、春香が会話に聞き耳を立てていた村人の中の1人であった。
(『パトモス』という国名を知っててもらった方がやりやすいからな……)
 そんなことを思う春香。これから春香は何をしようというのだろうか。
 ともあれ春香は、その男の動きに注視した。男はしばらくケシ畑で精を出していたが、やがて1人だけ先に引き上げていった。
(よし、行くか)
 春香は近くに居る他の村人たちに気付かれぬようにその場を離れ、先に引き上げた男を足早に追いかけていった。
 そして途中で追い抜き先回りをして――他に人気のない所でその男の前に現れたのである。
「こんにちは」
 男に警戒させぬよう、優しく声をかける春香。男は一瞬驚いたものの、挨拶を返してきてくれた。
「へえ、こんにちは。あんた誰だべ?」
 もっともな質問だ。それに対し、春香は男へこう答えた。
「僕はパトモスの調査員です」
 春香はそれと同時に懐から何やら身分証のような物を一瞬だけ出して、男にちらっと見せるとすぐに懐に仕舞った。予め用意してあった、それらしく見えるフェイクである。どうやらパトモスの役人なりを装って、情報を得ようとしているようだ。
「へ? パトモスつーと、確かおらたちの育ててる……」
「ええ。薬の原料を作ってもらい、国としても感謝しています。しかし今日は……」
 春香は辺りをきょろきょろ見回してから、男に近付いて声をひそめて言った。
「実は、村で生産されている薬が市場に出るまでのどこかで横領が行われている可能性があるという報告を受け、その調査に」
「はぁっ? おらたち、そんなたいそれたこと出来ねぇだよっ」
 春香の言葉を聞いて、男は慌てて頭を振った。
「いや、可能性があるというだけで、そうだと決まった訳じゃなく。それをはっきりさせるために、いくつか質問させてほしいんだ。……いいかな?」
 男に丁寧な口調でお願いする春香。男は少し考えていたが、やがてこくんと頷いた。
「分かっただ。おらでええのなら……」
「じゃあ決まりだ。ここだと人目につくから、こっちへ」
 春香は他の村人に発見されぬよう、木々の奥へ男を誘った――。

●取引場所はどこ?
 春香が男から話を聞き始めたのと時を同じくして、心もまた村に潜入していた。潜入後、まずすべきことは……。
(あの子を探さないとな)
 心は村人から姿を隠したまま、前回の潜入時に接触出来た少女の姿を探していった。あの少女を入口として、今回の目的を果たそうと考えているらしい。
 しばらく探した後、心はようやく少女の姿を見付けることが出来た。
(よし居た。……まずはこっちへ来てもらわないといけないか)
 心は身を隠したまま、少女が1人になるのを待った。そして1人になったのを見計らって、少女の足元に向かって小石を投げた。当然、そばで小石が跳ねるから、少女は辺りをきょろきょろと見回す。そこでちょこっと顔を出し、心は少女に向かって手招きをした。
 そんな心の姿に無事気付き、笑顔を浮かべて少女が駆けてきた。どうやら顔を覚えていてくれていたようだ。
「おにぃちゃんまた来たの?」
「ああ。いい子にしてたか見に来たんだ」
 心はそう答え、少女の姿を物陰に入れた。これで他の村人に見付かりにくくなる。
「はい、いい子にしてたご褒美だ」
 心は少女にキャンディを手渡した。そして少女の名前を聞いてから、肝心な質問をする。
「なあ。この前言ってた、村の外から来る人って、来たらどこへ行くか知ってるか?」
「んー……」
 少女はキャンディを舐めながら考え、やがて質問に答えた。
「村長さんのおうちー」
(なるほど。取引はそこで行われるって訳か……)
 これで取引が行われるであろう場所の見当をつけることが出来た。問題は、ここからだ。
(……どうやって盗聴器なりを仕掛けるか、だな)
 心は盗聴器やカメラを使って、取引にやってくる者たちの姿や会話などを収めようと考えていたのだ。まずは証拠を得ること。証拠があれば、帰国後に警察なりデビルズネットワークなりであれこれと調べることも可能であろうから。
(……それまでは、くれぐれも隠密行動を続けないと……)
 今、正体がばれるのは非常に不味い。特に、取引にやってくる者たちに知られることは。そうなれば、この村の運命はどうなることか――。

●来るのは同じ3人
「では、確認しますけど」
 一通り質問を終えた春香は、男に向かって答えてもらった内容の確認を始めた。
「取引が始まったのはおおよそ2年前。その時から一貫して、やってくるのは女性1人に男性2人という同じ3人……」
 その他春香は、取引の際に村が受け取る金品の量と、逆に村が渡す麻薬原料の量も確認する。春香の感触として、村が受け取る金品は意外と多めだと感じられた。
「女性は銀髪の長髪、背丈は低く150センチほど……で、唇が真っ赤」
 取引にやってくる者たちの身体的特徴も春香は聞いていた。男の方は、1人は大柄でがっしりしていて、もう1人は細身ですらっとしているそうだ。
「……そして今日の夕方にまた、取引が行われると。それで合ってるかな?」
「んだんだ。夕方に村長さんの家に来るだよ」
 大きく頷く男。最後の情報は、春香にとって驚きであった。何故なら、春香は今日まさに取引が行われるということを知らずに村へ潜入していたからである。
「そうか……ありがとう」
「いやいや、おめさんも仕事大変だやな。んじゃ、もうおらはええだか?」
 そう言って立ち去ろうとする男を、春香は呼び止めた。
「ああ、ちょっと」
「へ? まだ何かあるだか?」
「このことは、他の村人たちには口外しないでくれないかな。書類の記載ミスという可能性もあるし、村への嫌疑や調査も形だけだから……あまり心配かけるのもどうかと思うしね」
 理由をでっち上げて男の口止めを行う春香。男はそれに納得したようであった。
「あと、取引に来る人たちにも疑いをかけているから彼らにも内密に。……関与していないと分かっていても調べなきゃいけない。仕事とはいえ、不愉快にさせてしまったかもしれないね。出来れば僕のことは忘れてくれると嬉しいな」
 少し困ったような表情を作ることを試み、春香は男に言った。
「分かっただ、おら誰にも言わねぇだ。その代わり、村の連中が何も悪さしてねぇこと、はっきりさせてくんろ」
「もちろん」
 男の願いを聞き、春香は頷いた。
「んだば、おら行くだ」
 そして先に立ち去る男。残されたのは春香1人だけ。
「村長の家か……」
 ぼそっとつぶやく春香。ともあれ、様子を見に行く必要はあるだろう。

●言葉少なに
 そして時刻は夕方になる。
 1人の銀髪の女性と、2人の男性が村へと現れた。3人ともサングラスをかけ、スーツに身を包んでいた。大柄の男性の手にアタッシュケースが握られている他は、特に武器や荷物らしき物は見当たらない。
「パトモス政府、厚生労働省の浅樹いろはです」
 女性は出迎えた村長に向かって、そう名乗っていた。
「いつもご苦労様ですじゃ。ささ、どうぞあちらへ」
 村長は3人を自宅へ誘う。すぐに取引を行うようだ。
 そして村長の家にて、取引が行われる。村からは袋いっぱいに詰められたケシの実が。そしていろはからは、代価となる金品の入った袋が。それは、大柄の男性が持っていたアタッシュケースの中に入っていた。
 細身の男が村長から手渡された袋の中身を確かめたのを見て、いろはは金品の入った袋を村長へ手渡した。
 それで取引は終了。無駄な会話はほとんど行われていなかった。
「それではまた次回……」
 いろははそう言い残すと、男性2人を伴ってそそくさと村長の家を出ていった。村長はそんな3人を見送るべく、自分も後に続いて出ていったのだった。
 静まり返る村長の家。と――窓が外から開かれ、入ってくる影が1つ。心の姿だ。
「時間との勝負だったな……」
 心は苦笑いしてそうつぶやくと、迷うことなく部屋の2ケ所に向かった。実は各々の場所に盗聴器と、カメラを仕掛けていたのだ。
 これは本当に時間との勝負だった。村長がなかなか家から出ようとしないので、仕掛ける暇がなかったのだ。で、例の3人を出迎えるためにようやく出ていったので、その隙に大急ぎで仕掛けたのであった。
「とにかくこれで、証拠は得られた」
 ニヤリと笑みを浮かべる心。そして村長が戻ってくる前に、窓から静かに家を出ていったのだった。
 さて、その心が侵入する様子を見ていた者が居た。春香である。様子を窺っていた春香は心の姿を見付け、その動向に注視していたのだが……心が実力行使に出る様子もなかったので、そのまま様子見に徹していたのだった。
「どうやら村に被害は及びそうにない……か」
 軽い安堵を覚える春香。春香もまた、村に被害が及ぶことを危惧して動いていたのである。心同様に。

●進展を待つ
 今回、心や春香が取った行動は非常に賢明であったと言えるだろう。もしここで迂闊な行動を取ってしまっていたのなら、件の村は世界から消え去っていた可能性もあるのだから……。
 こういった事件では、末端を潰しても意味はない。本体を探し、それを叩き潰すことが重要なのである。今回、心が盗聴器やカメラによって証拠の一端をつかんだことにより、本体へ繋がる何かを得たかもしれない。
 そして、得られた証拠はGDHPの手に渡って詳しい調査・分析が行われる。じきに新しい情報が出てくるかもしれない。
 ちなみに――パトモス政府の厚生労働省に、『浅樹いろは』なる女性は存在していないことが確認された。

【了】