■ある議員を調査せよ■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 10月某日、GDHPの捜査官に対して『密かな指令』が下っていた。それは、とある議員についての身辺調査である。
 その議員の名は黒山三郎――パトモス国議会の人類派議員にして、魔属に対する規制強化の強硬派代表格だ。
 では何故にこのような事態になったのか、簡単に触れておこう。去る8月、タレコミの確認に向かい容疑者確保した際、その容疑者の部屋からとんでもない代物が発見されたのだ。『新東京におけるクーデター計画』なる書類の束である。
 だが、ここで一番の問題となったのは計画内容ではない。その中の1枚の書類に記されていたサインが問題だったのだ。そこにあったのは『黒山三郎』というサインであったから――。
 これを入手したGDHPは、非常に慎重に筆跡鑑定を実施した。他人が偽造したサインである、当初はそう思っていたからである。ところが、出た結果は洒落にはなっていなかった。『90%以上の確率で、黒山議員本人が記したものであると考えられる』という結果が出てしまったのだ!!
 現職議員がクーデターを画策していたことが知れ渡ったら、パトモスが大混乱に陥ること間違いない。対外的にも色々と影響が出てくるだろう。
 そのため、捜査も内密にかつ慎重にならざるを得ない。そこで冒頭で触れた『密かな指令』に戻る。
 GDHPは今回の黒山の調査の名目を、黒山が狙われているという情報が入ったため、ということにしたのだ。ゆえに今回の裏を知っている者は僅かにしか存在しない。少なくとも、書類を発見した者たちは知っていることだろう。
 さあ……調査の開始だ。結果次第では、パトモスを揺るがしかねない調査の……。
シナリオ傾向 調査:5/陰謀:6(5段階評価)
参加PC 瀬戸口・春香
タスク・ディル
ある議員を調査せよ
●小石の影響
 穏やかな池や湖に、小石を投げてみた経験はないだろうか。あるのならば、その時の様子を思い出してみてほしい。水しぶきを上げ、ドボンと音を立てた後のことをだ。
 小石が落ちた場所に大きな変化が起こるのは、すぐに思い出せることだろう。しかし、変化が起こるのは何も小石が落ちた場所だけではない。
 さて覚えていないだろうか……小石が落ちた後、周囲に波紋が広がってゆく光景を。ただ小石が落ちただけなのに、穏やかな水面にはさっと波紋が広がるのだ。それなりに、広い範囲で。
 穏やかな池や湖に小石を投げてみただけで、このようなことが起こるのだ。同じことは、この現実世界に当てはめて考えてみても成り立ってしまう。
 小石の落ちた場所――すなわちその出来事の当事者ではないにも関わらず、波紋……影響は広がってしまうということだ。
 その波紋とやらを、この数日感じ取っている者が居た――瀬戸口春香である。
(……またか)
 背中に微かな視線を感じ、春香は振り返ることなく心の中で溜息を吐いた。どうもこの何日か、自分のことを見ている者が居るのだ。
 別に接触してくる気配はない。春香のことを遠巻きに見ている……いや、監視していると言った方が正確な表現かもしれない。
(どう考えても1人……じゃないな。動いているのは)
 何故そんなことが春香に分かるのかというと、簡単なことである。春香は何も1ケ所に留まっている訳ではない。立ち寄る場所もそれなりにあるのだ。その時、それまでは背後から感じていた視線が、ある場所に立ち寄った瞬間に別の場所から視線を感じるようになったなら、明らかに自分のことを見ているのが複数人居ると自覚出来る訳で……。
(どうも組織的な動きに思えるんだ……)
 視線が1人や2人なら、春香もどこかで知ってか知らぬ間にか恨みでも買ったのだろうと考えていたかもしれない。けれども、ある程度分担がなされている様子から考えると、何らかの組織が動いている可能性があるように思えてしまうのだ。
 今のパトモスで組織的な行動を仕掛けられるような団体といえば……警察か軍か、それともミチザネかといった具合だろう。まあ自らの立場を鑑みてみれば、警察が動いている可能性が高いと考えるのが自然か。
「……ともかく、こうなった原因をつかんでおく必要があるな」
 ぼそっとつぶやく春香。このまま延々と付きまとわれるのは、色々な意味合いで非常に迷惑であるがゆえに。
 そして伝手を使って探りを入れてみた結果、パトモス国議会の人類派議員である黒山三郎が狙われているという情報が入ったためGDHPが動いているらしい、ということを春香は知るのである……。

●行動の矛盾
「あれについては分かってるのかい?」
 タスク・ディルは呼び出した顔馴染みのGDHPの捜査官2人――ユーリこと木下有理と、タクこと拓山良樹の通称『あぶれる刑事』だ――に向かって、ぼかすように尋ねた。
「あれってーと……」
「前田正一か」
 思案したユーリに対し、タクが察しよくタスクに答えた。前田正一というのは、先日タスクも協力して捕らえた男なのだが……。
「そうだよ。その前田が、どこから計画書を入手したのか……もちろん尋問してるんだよね?」
 確認するように2人へ尋ねるタスク。計画書とはもちろん、前田の部屋にあった黒山のサイン入りクーデターの計画書のことである。するとユーリとタクは顔を見合わせた。
「まさか尋問してないんじゃあ……」
「オレたちが取り調べしてる訳じゃないからな」
 懸念の言葉を発したタスクに対し、やれやれといった様子でユーリが言った。
「オレたちの出る幕じゃないだとさ。な、タク?」
「……上が俺たちを極力関わらせたくないんだろ。事が事だけに、な」
 ユーリの言葉に頷き、タクは若干呆れたように話を続けた。
「何しろ『黒山が狙われているという情報が入った』とか理由をでっち上げてまで、黒山の身辺調査を始めたくらいだ。相当な爆弾だったんだろ、あれは」
「……そんなことになってるんだ」
「上は、あれが本物だと考えてるってことだよな」
 タスクのつぶやきを聞いてユーリが言った。
「しかし、前田と黒山の間にどうも繋がりはないみたいだ」
「どうしてそう言えるのさ?」
 タクの言葉にタスクが反応した。
「取り調べしてる奴が知り合いでさぁ……ちょーっと『お願い』したら、俺に教えてくれたんだ。親切だろう?」
 少しおどけたように答えるタク。……『お願い』の内容がどんなものか、とりあえずここは聞かないことにしよう。
「前田はこう言い続けてるらしい。『あの封筒は、女が持ってきて置いてた物だ』ってな」
「それって、こないだの聞き込みの時にも出てきた小柄で金髪の女?」
「そう、その女だ。前田には『アケミ』とか言ってたらしいが……偽名かもしれないな」
「……あれ? でも、そうだとしたら何かおかしくない?」
 タクの話を聞いていて、タスクは何か引っかかるものを感じた。
「何がおかしいって?」
 ユーリがタスクの顔を覗き込んだ。
「だってほら、こないだタレコミ電話をかけてきたのがその女性かもしれないんだよね? それって……矛盾した行動だよ」
「あ!」
 タスクにそう言われ、ユーリがはっとする。
「前田のことをタレ込んだなら、銃だけじゃなく自分の置いてあった計画書も見付かるってことを考えてなかったのか……?」
「前田が嘘を吐いてるんじゃなかったら、明らかに矛盾してるよね、その行動って」
 ユーリの言葉に頷きタスクが言った。
「……発見させたかった、のか?」
 タクがぼそりと言った。『アケミ』とやらの行動を矛盾なく考えるのなら、そういうことになってしまう。しかし、何のために?
「やっぱり出所が気になるよね……計画書の」
 タスクは腕を組んで思案を始めた――。

●ナンバー2
 その翌日から、タスクはビルシャス某所にある黒山事務所の護衛に入っていた。立場はタクとユーリのカウボーイとして、だ。
 GDHPが動いていることは黒山も、女性秘書の平井も、その他事務所の者は知っている。当然、彼らにはでっち上げられた理由が知らされている。ゆえにタスクが護衛として入っても、特別怪しまれることはない。他にも何人か、GDHPの者が入り込んでいるのだから。
 さて、タスクによる黒山の護衛は事務所内にて行われることとなった。
「変わった方法だけど、これが僕のスタイルだから、なるべく信用してほしいな」
 そんなことを事務所の者に言って、タスクは事務所のパソコンを触って何やら調べ始めていた。
(黒山三郎と、武装組織とかとの関わりを調べないと……)
 タスクが調べていたのは、事務所のアクセス記録であった。クーデターは1人では出来ない。あのような計画書が存在しているのだから、誰かしら賛同者との繋がりがあるはずである。なので、アクセス記録からそれが分からないかと思ってタスクは調べていたのだ。
 もちろん、事務所の者に怪しまれた時のことを考えて言い訳も用意してある。
「外部からハッキングして情報を引き出して、殺す計画を練っている可能性があるため、どんなところからアクセスされているか調べているんだよ」
 などと言えば、事務所の者もそれ以上は追求してこないだろうから。
 しかしながら――別段怪しいアクセス記録は見当たらない。記録を改竄した様子も、だ。
 さらに詳しく調べてみようとタスクが奮闘していると、黒山の部屋の扉が開いて中から人が出てきた。
 出てきたのは黒山と平井、そして40代前半といった所だろうか、女性受けしそうな甘いマスクの男性の3人である。
「じゃあ田原くん、皆にもそのように伝えてくれたまえ」
「分かっています、黒山先生。次の議会こそ、我々の主張を通しましょう」
 田原と呼ばれた男は、そう言って黒山に頭を下げた。
(……誰?)
 残念ながらタスクに見覚えはなかったが、後にその男が田原雄一というパトモス国議会の人類派議員であることを知る。黒山と同じく魔属に対する規制強化の強硬派で、黒山の次に位置するらしい。
「平井くん、田原くんを見送ってあげたまえ」
「はい、先生」
「いえいえそれには及びません、黒山先生……」
 よくある光景がタスクの目の前で繰り広げられる。タスクは興味ないのか、再びモニタ画面の方に視線を向けた。
 そして平井が田原を外まで送ってゆく。ふと平井と田原の視線が合ったように思えたが、そのことに気付いた者は居なかった……。

●秘書との接触
 田原の乗った車を見送っていた平井は、車の姿が見えなくなったと同時に不意に声をかけられた。
「こんにちは」
「えっ?」
 驚き平井が振り返ると、そこには見覚えのある青年が立っていた。
「……あなたは確か」
「残念ながら今日は、指しに来たのではありませんが」
 将棋を指す仕草を見せながら青年……春香は言った。
「平井女史、今日はあなたに用があって参りました。質問に答えていただきたいのです。どう答えても、答えなくても、あなたに危害を加えないことをお約束します」
「は、はあ……」
 少し困惑した表情を浮かべながらも、平井は春香の申し出を受け入れた。そして2人は近くの路地へ入り、話を続ける。
「近頃……警備強化を図られましたか?」
 答えの分かり切った質問を春香は投げかけた。何故なら、黒山の事務所の警備が厳しくなっているのを、しばし外から観察していて春香は把握していたからだ。それでも平井に尋ねるのには、れっきとした理由があるからで。
「図ったと言いますか……詳しくは申せませんが、そういうことになってしまいまして」
 思案しつつ答える平井。
(なるほど、秘書も事情を知っている……か)
 この平井の様子から、GDHPが動いていることを平井も把握しているのだと春香は判断した。だとしたら、次に尋ねるのはこのことだ。
「……狙われる心当たりは?」
 もし心当たりがあるというのなら、そういう輩を『こっちで勝手に始末する』という選択肢も取れる。そうすれば、近頃の監視の目も消えることだろうから。
 しかし平井は無言で頭を振った。
「ないのか、あるいは……あり過ぎる、か」
「恐らくは……後者かと……」
 春香の言葉に対し、ぼそりと平井はつぶやいた。黒山の主張や立場からすれば、あちこちに敵が居て当然である。秘書の平井としても、これだという特定個人や勢力なりは思い浮かばないのだろう。
 それを聞いて、春香は溜息混じりに言った。
「警護強化の余波なのでしょうが……正直、煩わしくて仕方がないのです。自業自得とはいえ、出来れば私へのマークの強化は何とかしていただきたいものですね」
「す、すみません! そっちにも影響があったんですか……」
 申し訳なさそうに何度も春香に頭を下げる平井。まあ平井は以前黒山を襲ったのが春香であるとは未だ気付いていないので、このような態度になるのも当然であろう。が、襲った側である春香としては、こういう態度をされると多少調子が狂ってしまう。
「いや……話を聞くと、そちらがどうこうしたという訳ではないようですから。ともかく、しばらくは言動に細心の注意を払うべきかと」
 春香は平井に頭を上げるよう言うと、そのように警告した。
「はい、先生にもお伝えさせていただきます」
 平井はそう言って、今度は恭しく頭を下げた。
 そして春香は平井と別れてその場から立ち去ったのだが……。
「それにしても」
 春香には1つ気になることがあった。
(……雇い主が狙われているというのに、緊張した様子がなかったな……)
 平井から、そのような感じを春香は受けなかったのだ。もっとも黒山が何度も狙われて、平井もすっかり慣れてしまったという可能性も否定は出来ないけれども――やはり気になる。

【了】