■【人判】ある議員の逮捕■
商品名 アクスディアEX・セイクリッドカウボーイ クリエーター名 高原恵
オープニング
 4月1日。
 新東京……いや、パトモスの新年度は耳を疑うような事態で始まった。
 パトモス国議会の人類派議員にして、魔属に対する規制強化の強硬派代表格であるあの議員が逮捕されてしまったのである。そう、黒山三郎だ。
 逮捕容疑は麻薬の使用。女性の声でタレコミがあり、捜査令状を取って事務所を捜索した所、ものの見事に麻薬の現物が発見されてしまったのである。黒山が飲んでいた薬の中から……。
 事件を受けて、強硬派のナンバー2である田原雄一議員はこうコメントしている。『非常に残念だ』と。そしてまた、こうも述べている。『先生の信念は我々が継いでゆくが、事実であるのなら罪を償ってきてもらいたい』とも。
 ともあれ、黒山の逮捕は政治の舞台にも何やら影響を及ぼすようだ。

 さて――捜査当局は現在ある女性の行方を探すのに躍起になっている。それは黒山の女性秘書である平井だ。彼女の姿が、事務所の捜索が行われた日から見えなくなっているのである。タレコミの声が女性であったこともあり、捜査当局は平井を重要参考人として追いかけている。
 平井が見付かれば、この事件の詳しいことも分かってくると思われるのだが……?
シナリオ傾向 捜査:5/陰謀:7(5段階評価)
参加PC マニワ・リュウノスケ
瀬戸口・春香
【人判】ある議員の逮捕
●立場は違えども
 ビルシャス某所・榊進一郎事務所。パトモス国議会の人類派議員、魔属に対する規制緩和派の代表格である榊の事務所を、マニワ・リュウノスケは逢魔のソフィアを伴って訪れていた。
「やあ、マニワさんでしたか。アスカロトの方から、私に会いたいという方が居ると聞かされて、誰かと思っていたんですが……」
 微笑みを浮かべて2人を出迎える榊。実はリュウノスケ、アスカロトのサーチャーの逢魔である明菜に頼んで、面会のアポイントメントを取ってもらっていたのである。
「お久し振りでござる」
 リュウノスケが恭しく頭を下げると、傍らに控えていたソフィアも静かに頭を下げた。
「いや本当に。で、今回のご用件は? また何か、ご意見を――」
「いえ」
 リュウノスケは榊の言葉を制した。
「本日参ったのは、黒山殿逮捕の件でござる」
「ああ……あれは寝耳に水でしたよ。まさか黒山先生が、麻薬に手を出しておられたとは……」
 榊が顔をしかめながら言った。その表情には何やら悔しさのようなものが混じっていた。
「榊殿。率直にお尋ね申し上げる。黒山殿が、麻薬なぞに手を出されるお方だと思われておられたか?」
 リュウノスケのその質問に、榊は頭を振った。
「いいえ。立場こそ私とは対極にあるが、立派な政治家だと思っていますよ……今も尊敬している。だからこそ、今回の逮捕が私には悔しい」
 その言葉は間違いなく本心だろう。
「では何故、黒山殿が逮捕されたとお考えでござる?」
 ……リュウノスケも妙な質問をするものだ。麻薬の使用で逮捕されたのは、すでに報道されている通りではないか。
「それはあなたも言っておられた通り、麻薬に手を出して……」
 榊はそこまで言って、はたと考え込んだ。
「……黒山先生は本当に麻薬に手を出しておられたのか?」
 疑問が榊の口を突いて出た。
「麻薬の使用、それと所持。これは恐らく事実でござろう。しかしながら、自らの知らぬ間に摂取してしまう可能性は否定出来ぬでござる。黒山殿の服用しておられた薬の中より、麻薬が発見されたと聞き及んでござれば……」
「まさか……陥れられたとでも」
「それを完全に否定する材料はござらぬ。何より、事情を知っているであろう秘書の平井殿の行方が知れぬとのこと」
 そう尋ねるリュウノスケ。はっきりと言わずとも、暗に平井が怪しいと言っているようなものだ。思い返してみれば、所々で妙な素振りを見せていたようにも思えるし……。
「ああ、黒山先生の秘書の平井くんが行方不明とは私も聞いている。早く出てきてもらいたいが……」
 溜息を吐く榊。どうやら榊は平井の行き先に心当たりはないらしい。
「榊殿。もし、黒山殿が陥れられたのであれば、そのような仕業をする者に心当たりはござらぬか?」
「……正直言って黒山先生が邪魔な人は居るでしょう。いやいや、魔属や私たちといった立場の者と言うよりは……むしろ内側に」
「それは、規制強化派のことを指し示しておられるでござるか」
「政治の世界なんて、そんなものですよ」
 榊は自嘲するように答え、苦笑した。
「まあそういう意味で言うならば、今回の黒山先生の逮捕は、田原くんにとっては僥倖だったでしょうね」
 ナンバー2の立場から、弄せず代表格に躍り出たのだ。僥倖といえば僥倖だろう。
「榊先生」
 それまでじっと榊を見つめていたソフィアが、不意に口を開いた。
「何でしょうか」
「ぶしつけなお願いではありますが、平井さんがいつ現れないとも限りません。発見されたのであれば、即ご連絡いただけないでしょうか」
 と言って頭を下げるソフィア。榊はそれを快諾した。
「分かりました。もしあなた方に平井くんの立ち寄り先の心当たりがあるのなら、それを教えてもらえば手を回しておきましょう」
「……感謝いたす、榊殿」
「何、黒山先生のためですよ」
 頭を下げて礼を言うリュウノスケに、榊は笑って言った。

●こいつもか
 リュウノスケたちが榊と面会している頃、田原雄一の事務所をある男が訪れていた。瀬戸口春香である。
「私は忙しいんだ。黒山先生が逮捕されたおかげで、すべきことが多々ある。本来アポイントメントを取っていない者に会う暇などないんだ」
 部屋に通された春香に向かって、田原はそのように言い放った。
「だが君が黒山先生に大変お世話になったと言うから、わざわざ5分空けてあげたんだ。まずそれに感謝してもらいたいものだね」
 恩を着せるような言い方をする田原。こういうタイプの政治家も別段珍しくはないけれども。
「ええ、それにつきましては田原先生に大変感謝しております」
 と言って春香は頭を下げた。こういうタイプにはあれこれ言わず、素直に頭を下げておくに限る。別の言い方をすれば、おだてておけばよいということだ。
 そして春香は自らの紹介を行う。無論、魔属であることも告げて……。
「魔属?」
 田原の目が鋭くなった。まるで嫌な物でも見るかのように。
「先生に隠し立てするのは愚かしいことですから」
 田原の視線を気にせず、さらりとそう返す春香。案の定、田原はニヤリと笑みを浮かべる。ある意味、分かりやすい人間だ。
「で、用件は何だね」
「はい。どうか気を悪くしないで聞いて頂きたいのですが……」
「うむ、分かった。聞かせてもらおうじゃないか」
 ニヤニヤ笑って頷く田原。
「私の知る限り、意志や信念、想いを受け継ぐと言った輩にろくな奴が居た例がありません」
「何っ!?」
 眉尾を上げた田原に対し、春香がまあまあと制する仕草を見せた。
「何も先生がそうだとは申しておりません。話を続けますが……そういった輩は、その者の尊厳を踏み躙り、自分の主張にすり替えて、陶酔する。そんな見るに堪えない連中ばかりでした。……1つお聞きしたいのですが」
 そこまで話すと、春香が田原の方へ向き直った。
「田原先生は黒山先生のお考えがどのようなものだとお思いですか? ああ……私が魔属だからと遠慮することはありません。ご本人にも言ったことはあるのですが、私は先生の仰ることは至極当然だと思っています。むしろ、我ら神魔があなた方人間に行っている仕打ちに比べれば寛大だとすら思えるくらいです」
「…………」
 田原が無言で春香の顔を見つめた。先程までのニヤニヤ笑いはどこかに消えてしまっていた。
「……いかがですか?」
 静かに、田原の回答を春香は促した。
「よし……ならば君に聞かせてやろう」
 田原はそう言い、軽く息を吸い込んだ。
「私は黒山先生の主張に共感し、それを実現すべく今まで動いてきたのだ。先生の後を受けた今も、それは変わらない。何としても実現するため、同志たちとともに議会に働きかけねばならない。君は先生のお考えを聞いたことがあるのだろう? ならば、これ以上くどくどと説明せずとも分かってもらえると思うが……」
 田原は春香をじろりと睨むと、壁にかかっている時計に目をやった。
「そろそろ5分だ。もういいかね?」
 田原の目は、早く出てゆけとばかりに春香を見ていた。
「本日はご無理申し上げすみませんでした。先生のご意見、ありがたく聞かせていただきました。では失礼いたします」
 春香は礼を言うと、そそくさとその場を辞した。
(……上手く誤魔化したみたいだが、どうやらこいつも同類のようだな)
 心の中で、そんなことを思いながら――。

●わしはやっていない
 榊の事務所を後にしたリュウノスケとソフィアは、その足で黒山の勾留されている警察署へ赴いた。まだ起訴はされていないので、身柄はそこにあったのだ。
「お久し振りでござる」
 リュウノスケたちが黒山との面会を許されたのは取調室であった。やはりこれも明菜に手を回してもらったのだが、だいぶ難航したようで5分ほどの時間をもらえるのが精一杯だった。
 ゆえに世間話などしている暇はない。とっとと、すべき話をしてゆかねばならない。
「単刀直入にお尋ね申す。何故、斯様な仕儀となったのでござる?」
「……担当の刑事に聞いたよ。何でも、女の声でタレコミ電話があったそうだ。それを信じるとは……愚かな!」
 吐き捨てるに言い放つ黒山。逮捕されたとはいえ、意気消沈などしていない。リュウノスケの見た感じ、とことん戦うつもりであるのだろう。
「しかしながら、麻薬が発見されたと聞き及んでござるが……」
「わしは麻薬など使わん」
 黒山はきっぱりと言い切った。
「薬の中に入っておったと言うが、薬はいつも平井くんに用意してもらっていた。ならば、平井くんが事情を知っていると思うが……」
 そこまで言うと、黒山はリュウノスケを見てニヤッと笑った。
「気付いておるかもしれんが、平井くんはわしの秘書ではあるが……」
 無言で小指を立てて見せる黒山。
(やはりそうでござったか)
 リュウノスケが思っていた通り、平井は黒山と愛人関係にあったのだ。となると、そんな平井が黒山を裏切った可能性がある訳だが……。
「その平井殿でござるが、どのような経歴かお教えいただけないでござるか?」
「うむ。神奈川県出身で、両親は北海道出身だと言っておったな。学歴など優秀だったが、先の戦争で親類縁者は皆失ったそうだ。確か3年ほど前に事務所のスタッフを募集した際に応募してきて……ああ、行き先などの心当たりはない。そもそも平井くんは、過去の話はそれほどしなかったからな。嫌な想い出は思い出したくもないらしい」
「つまり、事務所スタッフに応募してきた平井殿を、秘書に抜擢した訳でござるな?」
「その通りだ。優秀だったのでな。事務仕事だけをさせておるより、遥かによいとわしが判断した」
 ……愛人にしたくらいだから、それだけが理由ではないのだろうけれども、あえてそこは突っ込まないことにしよう。
「……ところで、話は変わるでござるが」
「む、何かね」
「最近、黒山殿に働きかけをする外国はどこでござる?」
「働きかけ? そうだな……」
 リュウノスケの質問に少し思案してから黒山が答えた。
「中国か。わしは1度だけ張とかいう男と会っただけだが、田原くんとは何度か会っていたんじゃないかと思う」
「差し支えなければ、その内容をお教えいただく訳には……」
「なーに、『我が国と今以上に仲良くするよう、議会に働きかけてほしい』といったようなことだ」
 ……ぼかした答えだが、色々と深読み出来る内容ではある。
「しかしわしは好かんな、張とかいう男は」
「何故でござる?」
「奥底で何を考えておるか分からんからな。田原くんは、よくあんな男に何度も会う気になったものだ……」
 不思議そうな黒山の口振り。だが、すぐにこう結論付けた。
「もっとも田原くんが会ってくれているおかげで、わしが会わずに済んでいると考えれば感謝しなければいかんかな」

●矛盾あり
 榊事務所で榊、警察署で黒山と、相次いで訪ねたリュウノスケたちは今度は田原の事務所へ向かった。やはりここでも、明菜に手を回してもらってアポイントメントを取り付けていたのである。
「今日は何だというんだ。魔属が相次いで訪れるとは」
 部屋に通されると、2人を待っていたのは不機嫌な顔をした田原であった。無論リュウノスケたちは、すでに春香が訪れていたことなど知るよしもなく。
「お初にお目にかかり申す。拙者、元魔狼隊、マニワ・リュウノスケと申す」
 ともあれソフィアともども挨拶を済ませ、本題へと入ることにした。田原の様子からして、長居されるのを大変嫌がっているようなので。
「それで、私に何の用かね」
「貴殿は何故、規制強化を唱えるか。その真意を知りたく参り申した」
 田原の人柄を知るべく、まずはこういった質問を投げかけるリュウノスケ。
「何故だと? 私は黒山先生の主張に共感したのだ。魔属への規制強化なくして、パトモスの未来はない。そう思っていたからこそ、私は黒山先生を慕い、それを実現すべく動いてきたのだ」
 春香に語ったのと同じようなことを、田原はリュウノスケにも聞かせる。
(……自分の言葉で語っているとは思えぬでござるな)
 そんな田原の言葉は、リュウノスケにはとても薄っぺらく聞こえていた。先に『信念』を持った政治家2人に会ったせいもあり、余計にそう思えるのかもしれない。
「あい分かり申した。話は変わるでござるが、最近黒山殿や貴殿に対し、働きかけをする外国はどこでござる?」
 黒山にもした質問を、リュウノスケは田原に投げてみた。田原はすぐに答えた。
「黒山先生の所に、中国の役人がどなたか訪れていたと思うが。私は1度紹介されただけで、あいにく名を失念してしまったが……」
 ――おや?
 リュウノスケはソフィアと顔を見合わせた。今の言葉、黒山が語っていたのとかなり矛盾するのでは……。
「貴殿はお会いになられてはおられぬと」
「そうだ。今言ったように、黒山先生から1度紹介されただけだ。先生は何度か会っておられたかもしれないが、私には分からない」
 やれやれといった様子で肩を竦める田原。
 ソフィアがリュウノスケに目配せした。田原のこの言葉、どうも信用が出来ないらしい。それはリュウノスケも同感であった。
 最後に平井についても尋ねてみたが、黒井の愛人らしいといった話の他はこれといって何も得られるものはなかった。
 そして、田原の事務所を辞するリュウノスケとソフィア。外に出て少しして、電話がかかってきた。かけてきたのは――榊だ。
「もしもし、マニワさん。……最悪の結果です」
 榊の声はとても暗かった。訝しむリュウノスケ。
「どうしたでござるか、榊殿? 平井殿に何かあったのでござるか?」
「平井くんの遺体が発見されました。デモンズゲートで……廃ビルの屋上から、飛び降りたようです。遺書も見付かっています」
 ――冗談じゃない。冗談じゃないぞ!

●疑惑の死
 発見された平井の遺体は、飛び降りた場所が悪かったのか顔がぐちゃぐちゃになって誰だか判別出来ない状態であった。しかしながら、所持品や歯の治療跡などから平井であると確認されたのである。所持品についていた唯一の指紋も、遺体の指紋と同一であったのだから、これはもう疑いようもない。
 屋上に残された遺書からは、黒山に強制されて麻薬を用意していたが、もう良心の呵責に耐えられなくなり、警察に通報した後に自ら生命を絶つことにしたと自筆で記されていた。これまた筆跡鑑定で、平井のものだと確定された。
 ともあれ――平井からもう証言を得ることは出来ないものの、彼女が残した遺書は警察、ひいては検察にとっては重要証拠となることであろう。

 でも……あまりにもいいタイミングすぎやしないか?
 この事件、どうも裏がありすぎるような……。

【了】