■【人判】裏切られた女■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 4月2日。
「悟られたか……」
 男はもぬけの殻となった室内をゆっくりと見回してつぶやいた。ここはビルシャス某所のホテルの一室である。
「……探さなくてはならないな」
 と言ってその男――張文昇は何処かに電話をかけ始めた。

 時を同じくして。
「魔皇様方、緊急にお願いいたしたい依頼があります」
 デビルズネットワークタワー・アスカロト。サーチャーの逢魔・魅阿は固い表情で言葉を発した。
「申し訳ありませんが、この時点で引き受けると確約された方以外にはこの先をお話することは出来ません。引き受けると仰られる方々のみ、どうかお残りください」
 以前にも聞いたこのフレーズ。また何か、訳ありの依頼なのか……。
 ともあれ、引き受ける意志を示した魔皇たちだけがその場に残ったことを確認し、魅阿は依頼の内容について話し始めた。
「魔皇様方にはこれよりある場所へ向かっていただき、そこに居られる方が指示される場所へともに向かっていただくことになります。なお、先方にはすでに話を通しておりますので……」
 これはまた、漠然とした依頼だ。どこかからどこかへ、誰かを連れてゆくという依頼であることは分かるが、詳細がよく分からない。突っ込んで尋ねてみても、
「それは……答えられません」
 と魅阿の口は固く。まあ引き受ける意志を示した以上、やるしかない訳だが……。
「それでは魔皇様方、くれぐれもお気を付けて……」
 出発する魔皇たちに向かって、魅阿は深々と頭を下げた。そして、頭を下げたままぽつりとつぶやく。
「この国の未来がかかっていますから」
 ……それはよほど意識していないと聞こえないほどに小さなつぶやきであった。

 アスカロトの近くで、出入口を見張っている怪しい影があった。
「――慌ただしく出てきたぞ」
「追ってくれ――」
 そして影たちは、魔皇たちに気付かれぬよう後を追い始めた……。
シナリオ傾向 逃走劇:5/陰謀:10(5段階評価)
参加PC 錦織・長郎
【人判】裏切られた女
●承知してもらわなくては
(ふむ、現状保護が必要でそれなりの人物といえば……)
 魅阿からの依頼内容を聞き終えたパトモス魔軍諜報部所属の錦織長郎は、その場で思案を始めた。周囲には長郎の他には誰も居ない。要するに、依頼を受ける意志を示したのが長郎の他に居なかったということだ。
(……1人しか心当たりはないな)
 まあその心当たりも、前提条件があった上でのそれではあるが……恐らく可能性はそれなりにあるだろうと長郎は考えた。
「魅阿」
 長郎は魅阿の名を呼んだ。自分1人しか居ないのであれば、それなりの伝手で行動させてもらおう――そう考えて。
「本件はこれより魔軍諜報部の管轄とする。不本意かもしれないが承知してもらうね」
「……不本意ではあります」
 魅阿が率直に心境を口にした。
「けれども、それも仕方のないことかもしれません。どうぞ、よろしくお願いいたします……魔皇様」
 そう言って魅阿は頭を下げる。ともあれ、了解は取り付けた。さて、ここからどう動くかだが……。
(この分だと、入口を見張られていると考えてもよさそうだね)
 謎多き依頼だ。用心に用心を重ねて無駄なことはない。長郎は、魔軍諜報部の部員たちに連絡を取ることにした――。

●策士
 アスカロトの中から、慌ただしく何人か出てきた。そしてまとまって一団となり、何処かへ向かってゆく。
 そして距離を置き、その一団を追いかけてゆく者たちの姿があった。それまで、アスカロトの近くで出入口を見張っていた何やら怪しげな者たちである。
 ――面白いことに、その怪しげな者たちを密かに追ってゆく者たちが居た。怪しげな者たちが、その尾行に気付く気配はない。
 それからややあって、アスカロトの中から長郎が1人で出てきた。出てきてすぐ周囲を見回してみるが、別段怪しげな気配などは感じない。
(上手くやってくれているようだな)
 部員たちの手際に満足しつつ、長郎はいざ魅阿に指示された場所へ向かうことにした。
 さて――ここで少し説明しておこう。見張られている可能性を考えた長郎は、こんな作戦を行ったのだ。
 まず数人の部員たちにバラバラにアスカロトに入るように言い、その後一斉にアスカロトから出したのだ。要するに、囮の役目をしてもらうために。これをまずA班としておこう。
 そして外に潜んで待機させていた部員たち――B班にはこう指示を与えたのである。『A班を追跡する者を見付けたら、間を置いて密かに追いかけろ』と。
 A班には時間稼ぎをした後に、追跡者を振り切るよう指示を与えている。振り切られた追跡者は黒幕の所に戻るか連絡を取る可能性が高い。B班にはその様子を観察して、裏を取ることも指示していたのだ。
 で、長郎――C班は単独で指示された場所へ向かう、という訳だ。
「さて、向かうとしようか。あまり待たせ過ぎてもいけないしね」
 長郎はアスカロトに背を向けて歩き出した。

●現れしは……
 デモンズゲート某所。そこは昨日、パトモス国議会の人類派議員である黒山三郎の秘書である女性、平井の遺体が発見された廃ビルにも近かった。飛び降り自殺していたのを発見されたのである。
「なるほど……ある意味、このデモンズゲートにおいて安全な場所かもしれませんね」
 長郎の逢魔、幾行は溜息混じりにつぶやいた。事件の影響で近辺には未だ警察がうろついている。昨日今日のデモンズゲートで、これほど安全な場所はないだろう。
 ここに居るのは何も幾行だけではない。魔軍諜報部の部員たち数人の姿もあった。
「しかし、妙な予感がするからと置いてきぼりにしたのはこういう訳ですか。どちらが貧乏くじなんですかね」
 半ば愚痴のようにも聞こえるが、それはさておき。どうして幾行たちがここに居るか、説明をしておかなければなるまい。
 実は幾行たち――D班は、長郎からの指示で直に合流場所へ向かっていたのだ。そして遠巻きに待機しながら、長郎が合流相手とこの場を離脱した後に、周辺に残っているであろう敵を捕縛するという手筈になっていた。
 今の所、周辺に妙な気配などは感じられない。やがて長郎がやってきて、合流場所である廃ビルの地下へと降りてゆく。
「合流場所はここで間違いないはずだが……」
 ぼそりつぶやき、周囲を見回す長郎。その時、視界の端で影が動くのが見えた。
「誰だ!」
 長郎の誰何の声に返ってきたのは……女性の声であった。
「……そっちこそ誰アル?」
 ……ん?
 長郎の頭上に『?』が浮かんだ。自分が思っている人物は、そのような喋り方をしていただろうか?
「『アスカロトよりの使者』ですよ」
 定められていた合言葉を口にする長郎。すると、女性が駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「あなたがそうアルか!!」
 その声はとても嬉しそうだった。しかしながら、長郎は目の前に現れた女性の姿を見て非常に驚かされることとなった。
「ふ……狐蓮大佐?」
 魔軍諜報部所属で、彼女のことを知らないはずがない。狐蓮といえば、中華人民共和国人民解放軍陸軍所属のパトモス派遣武官だ。だがしかし、そんな狐蓮が何故ここに?
 それに……合言葉に反応したということは、まさか彼女が合流相手なのか?
「お願いするアル! 私を、今から言う場所へ連れていってもらいたいアル!!」
 すがるような目を長郎に向ける狐蓮。
「依頼ですからそれはもちろんですが……」
 戸惑いをどうにか抑えている長郎。というのも、長郎の予想を大きく裏切った事態が起きていたからである。
 長郎は、合流相手は平井であると考えていたのだ。昨日遺体が発見されていたとはいえ、その遺体の状況からして100%信用するには早いと思っていたのである。つまり、平井が生きている可能性があると……。
 しかしながら現れたのは狐蓮である。いったい何が起きているのだ?
「行き先は――」
 狐蓮が口にしたその行き先に、長郎は耳を疑った。何故ならそこは、ASEANから派遣されている台湾陸軍中佐の黒珊瑚が宿泊しているホテルで――。

●そして、女は裏切られた
「亡命……ですか」
 そんな言葉が長郎の口を突いて出た。現状、狐蓮の言動からはそのように判断するしかなく。
 けれども狐蓮は大きく頭を振った。
「違うアル。……悔しいアルが、今一番信用出来るのは敵アルヨ」
「いったい何があったんです」
「裏切られたアル! 張文昇に!!」
 長郎の質問に、狐蓮は吐き捨てるように答える。張文昇といえば中華人民共和国の官僚で、パトモス派遣文官のはずだ。
「あの男……よりにもよって『北海道』に近付いていたアル!!!」
 衝撃の言葉が狐蓮から飛び出した。
「何……!?」
「以前、アスカロトで張のこと調べてもらったアルヨ。その時受け取った記録テープをきっかけにして、私はあれこれ調べたアル。あの男……パトモスと『北海道』を両天秤にかけてるアル!! どっちに転んでも、我が国の利益になるように……」
 忌々しげな表情を浮かべる狐蓮。
「私にはそれが許せないアル!! 私たちが交渉しているのはパトモスアル!! 私は祖国のためならそれなりに手段は厭わないつもりアル!! けれど……武人として、両天秤という卑怯な真似など私には出来ないアル!! 出来ないアルヨ!!」
「……ならば、本国に報告をすればよかったのでは」
 もっともな疑問を口にする長郎。だが、狐蓮は頭を振った。
「確信も得て、そうしようと思っていた矢先アルヨ……張の奴が、私を祖国に告発したアル。だから、私は逃げたアル。……祖国のためにも、捕まる訳にはゆかないアル!!」
 なるほど、それで黒珊瑚の所へ連れてゆけと言う訳か。ASEAN側に狐蓮の身柄があれば、おいそれと手を出せなくなってくるだろうから……。
(『北海道』が動いている……。ということは、近々何か仕掛けてくるかもしれない……)
 予想外の展開だったが、この事実は後でレポートにして総司令に提出しなければならないだろう。いや、提出するしかない。
 その前に、狐蓮を黒珊瑚の元へ送り届けなければ――。

●呉越同舟へ
 狐蓮とともに廃ビルを脱出した長郎は、その後も何者かに妨害されることもなく、無事黒珊瑚の宿泊しているホテルに送り届けることが出来た。どうやら長郎の立てた作戦が非常に上手くゆき、追跡者を完全に振り切っていたようである。
「事情わカタ。ワタシに任せるヨ!」
 ありのまま事情を狐蓮が話すと、黒珊瑚は自分の胸をどんと叩いてそう言った。どうやら何の問題もなく受け入れてもらえたようだ。
「念のため、警備体制を強化するよう申し入れておきます」
 長郎はそう告げて、ホテルを辞した。無事に狐蓮を送り届けたのだ、魅阿の依頼はこれで完了である。
 そしてホテルを出た長郎の元に、B班から連絡があった。
「……そのホテルか」
 報告を聞いて、やっぱりなといった表情を浮かべる長郎。追跡者たちは、狐蓮たち中国から派遣された者たちが泊まっているホテルへ戻っていったという。狐蓮の言葉が裏付けられる結果となった。
 『北海道』と中国が接触している――非常に衝撃的な事実であった。この影響は、いつどうやって出てくるのだろうか……。
 その日は、そう遠くないのかもしれない。

【了】