■【人判】『汚い爆弾』対策会議■
商品名 アクスディアEX・デビルズネットワーク クリエーター名 高原恵
オープニング
 5月1日――ビルシャス某所・榊進一郎事務所。今日、ここには大勢の者たちが集まっていた。
 本人の事務所であるのだから榊が居るのはもちろんのこと、女性秘書の室町にその妹の沙織、それから榊の姪(兄の娘だ)である榊陽子、榊美弥子姉妹。さらには神魔人親睦推進団体・トリニティフレンズの会長である広重郁美、デビルズネットワークタワー・アスカロトのサーチャーの逢魔である明菜の姿もある。そして『あぶれる刑事』などと呼ばれるGDHPの刑事であるタクこと拓山良樹と、ユーリこと木下有理の姿まであった。
 そこに加えて、明菜が連絡を取った魔属たちだ。いったいこれは何の集まりだというのだろうか……。
「『汚い爆弾』の使用を、何としても阻止しなければならない」
 榊が皆の顔を見回してそう言い放った。
 衝撃の情報が榊の元にもたらされたのは先月4日のこと。沙織が自らの生命顧みず届けてくれた情報は、『北海道』がこの新東京で『汚い爆弾』を使用を企んでいるというものであった。そして、その混乱に乗じて侵攻してくるというのだ。
 『汚い爆弾』……『ダーティ・ボム』とも呼ばれるそれは、放射性廃棄物などの放射性物質を詰めた爆弾のことだ。そんなものが新東京で使用されてはたまったものではない。魔属や神属はまだしも、普通の人間も数多く暮らしているのだから……。
 しかし、そのような情報を入手したのであれば、速やかにパトモス政府に報告すればよいではないか――普通、誰しもそのように考えることだろう。けれども、それを許さない事情があったのだ。
 それは、この4月から津軽海峡の緊張度が著しく高まっていたことが大きい。何かきっかけさえあれば、すぐにでも交戦が開始されるほどに……。
 そんな中で、これこれこういう情報がありますなどと言った日には、議会における榊の特異な立場もあって、下手すれば『北海道』のスパイとして榊の身柄が拘束されてしまう危険性があった。だから言えないまま、独自の伝手で可能な限り調べようとしたのである。
 だがやはり限界はある。そこでこうして、自分よりも的確に動いてくれそうな者たちを一斉に集めたという訳だ。その判断は、ある意味正しい。
「出来れば、アスカロトで責任持ってお引き受けしたかったんですが……」
 申し訳なさそうに明菜が言った。明菜はアスカロトに打診はしてみたのだ。してみたのだが……事情と状況ゆえ、アスカロトが表に立つと様々な問題が出てくるとのことで見送られたのである。だからここでこうして明菜が居るのも、アスカロトの公式見解としては『勝手にやったこと』となる訳だ。
「敵が実行に移る前に、予め対策を立てておきたい。素早く対処するためにも……どうか、知恵をお借りしたい」
 榊が頭を下げて皆に頼む。
「私からもどうかお願いします、魔皇様方!!」
 明菜も慌てて頭を下げて魔皇たちにお願いする。
 形だけを見るのなら、榊個人からの依頼。けれども……影響するのは新東京、ひいてはパトモス全土の未来。そして、自分たちの未来。
 よし、じゃあ……皆でいい知恵を出し合おうじゃないか。
 全てが手遅れに、なる前に。
シナリオ傾向 捜査・推理:10/陰謀:10(5段階評価)
参加PC マニワ・リュウノスケ
瀬戸口・春香
【人判】『汚い爆弾』対策会議
●敵はどこに?
 マニワ・リュウノスケはその場に居る皆の顔をゆっくりと見回した。人数が多いゆえ、1人ずつ見ているとそれなりの時間かかかるというものだ。だがしかし、いずれも決意に満ちた顔付きである――そう、未来のためへの。それはリュウノスケも、また逢魔のソフィアも同様であるはずだ。
「失礼ながらお尋ね申す」
 リュウノスケはそう切り出して、まずは室町とその妹の沙織の方へと向き直った。
「何でしょう」
 表情を固くする室町。だが最初にリュウノスケが聞いたのは、姉妹が魔皇であるのか逢魔であるのか、そういったことであった。ちなみに2人とも逢魔であるという。
 それから本題へと入るリュウノスケ。室町や沙織が、敵についてどれほどの情報を得ているのか、それを知ろうというのだ。
「敵のアジトや人数、そして爆弾の数など分からぬでござるか」
「数はちょっと……」
 申し訳なさそうにつぶやく沙織。けれども、彼女は何も知らない訳ではない。
「ただ、工作員たちは主にデモンズゲートに分散して潜んでいるようです。魔人だけでなく……魔属も」
 その沙織の言葉に場が若干ざわついた。魔属も居るというのか。
「魔属については恐らく金品で動いているか、ただ破壊を楽しんでいるかのどちらかだと思いますけど……」
 つまり、魔属に関しては主義主張で動いているのではないということか。だがしかし、それは別の見方をすれば魔人たちは主義主張で動いているのだということではないのか?
 となれば厄介なのは魔人たちかもしれない。狂信的な者であればあるほど、どんなことでもやってのけるのだから……。
「タク殿、ユーリ殿」
 リュウノスケの次の質問は、タクとユーリに向けられた。
「以前見たというクーデター計画において、襲撃場所はどのようになっていたか覚えておられるでござるか?」
「ああ、それはあれだ、新東京の中枢施設ばっかだったな。な、タク?」
「公安警察本部、パトモス統合軍令部、ビルシャス防衛施設、議会に各省庁、マスコミ各社……模範的なクーデターって奴だな、あれは」
 ユーリの言葉にタクは頷きながら言った。
「榊殿」
 今度は榊に尋ねるリュウノスケ。
「ビルシャスにおける最重要施設は何でござろうか?」
「今挙がった施設はどれも重要だよ。ただどこに重きを置くかで変わってくるだろうが……」
 もっともな答えである。治安に重きを置くのなら公安警察本部やパトモス統合軍令部になるだろうし、政治に重きを置くのであれば議会や各省庁となってくるだろう。
「ただ、気になるのが1つ」
 タクが口を挟んできた。
「……模範的過ぎやしないか、あの計画は。確保すべき場所は挙がってるんだろうが、それに必要な人員はどこから出すんだ?」
 タクのこの意見に、あっという声があちこちから上がった。
「そうで……ござるな。その計画を完璧に遂行するのであらば、軍並みの規模が必要となってくるはずでござる。しかし『北海道』よりの工作員がそれだけ入ってくれば、目立たないはずが……」
 思案するリュウノスケ。そうするといったいあのクーデター計画書はどういう意味合いを持つというのだ?
「……はめられたんじゃないでしょうか」
 ぽつりと明菜がつぶやいた。
「どういう意味でござるか、明菜殿」
「あの……つまり、クーデターを実行することよりも、クーデター計画が作られて存在することに意味があるんじゃないかと……」
「そういやあの計画書、ご丁寧に誰かさんのサインが入ってたよなあ……」
 しらじらしくユーリが言った。
「……どうやら、どうしても事情を聞かねばならぬ方が居るでござるな」
 リュウノスケはふうと溜息を吐くと、陽子と美弥子の方へ向き直ってこう告げた。
「平井殿殺害の黒幕を誘き出したく存ずる。御協力、御願い申す」

●揺らぎ
 一方その頃――瀬戸口春香の姿は、魔属に対する規制強化の強硬派の実質代表格となった田原雄一の事務所にあった。
「今回も時間は5分だ。用件は手短に頼む」
 相変わらずの態度の田原であったが、春香は意に介さずすぐに用件へと入っていった。
「黒山先生の逮捕など、今回の一連の出来事ですが」
「それが何だというのかね」
「規制緩和派、もしくはそれに同調する者の陰謀ではないですかね」
「……何?」
 春香の言葉に大きく目を見開く田原。
「考えてみてください。規制派の混乱に乗じて、緩和派の勢力を拡大しようと画策しているの可能性はないとは言えないでしょう」
「む……ふむ」
 田原は春香の言葉に考え込む。思い当たることでもあるのだろうか?
「これは未確認の情報なのですが……」
 春香はそこで一旦言葉を切ると、若干勿体ぶった様子でこう告げた。
「田原先生を狙うテロ活動の情報が」
「な、何だと!?」
「……先生まで消えれば、誰が一番得をするのでしょうかねえ」
「それは……君も分かっているのではないのかね」
 顔を青くした田原が春香に言った。春香はただ田原の目を見て、何も答えなかった。
 実の所、田原を狙うテロ情報なんてのは全くのデタラメである。だがしかし、規制派の代表だった黒山がテロの標的となったことがあるのだ。ならば、実質代表格となった田原が狙われないという保証はどこにもない。それを多少なりとも自覚しているからこそ、田原は春香のデタラメをすんなり信じた訳で。
「我らは強すぎる力を持つゆえに、強硬手段を平然と選ぶ悪癖があります。今まで黒山先生が受けてこられた物理的脅威を、今度は貴方が受けるのです。どうか、お気を付けください」
 そう言ってソファからすくっと立ち上がる春香。
「あ……う、うん、分かった。よく覚えておこう」
 そう答える田原には明らかに動揺があった。
(三流の小悪党でも魔属への明確な敵意が有る分、榊や黒山よりはマシか……)
 そんな田原を横目に見ながら、春香はそんなことを思うのだった。
 と、そこに田原の秘書が入ってきた。
「先生。榊陽子という方からお電話が」
「何だ! 知らん相手の電話を取次ぐんじゃない!」
 秘書に当り散らす田原。ところが、秘書はこう言葉を続けたのである。
「そ、それが、亡くなられた平井さんから預かった情報があるとかどうとかで……」
「……よし、電話を回せ」
 春香は田原と秘書のやり取りを一通り聞いた後、静かに部屋から出ていった――。

●そして、事態は一気に動き出す
 その日の夜――黒山の秘書・平井が亡くなった場所に田原の姿があった。この場所はデモンズゲート……人間である田原がこんな時間に1人でここに来るだなんて、何とも奇妙な話である。
「…………」
 ゆっくりと周囲を見回す田原。すると、不意にゆらりと女性の姿が浮かび上がった。
「先生……」
 その女性は、明らかに田原に向けて呼びかけているようであった。
「何故……私を裏切ったのです?」
 こんな場所、こんな状況で、こんなことを言われたら普通は肝を潰して驚くなり何なりするはずである。だが……田原はニヤニヤと笑っていた。そして、こう言ってのけたのである。
「茶番は止めたまえ。その手は効かんよ」
 次の瞬間、田原の周囲を禍々しい雰囲気の闇が包み込んだ。
「な、何だ、これ……は……」
 10秒ほどして呆けてしまう田原。その様子を見て、1人の男が姿を現した――リュウノスケである。
「見事、忍び寄る闇が効いたようでござるな」
 女性に向かって話しかけるリュウノスケ。
「不思議です……何故笑っていたのでしょう」
 首を傾げる女性――実はこれは、飛来に扮したソフィアであったのだ。
「それについては尋問してみれば明らかになるでござろう。さて……」
 と言ってリュウノスケは田原に近付こうとしたのだが……。
「そこまでだテロリスト」
 静かな声が、辺りに響き渡った。
「何者でござる! 姿を見せよ!!」
「俺ならここに居る」
 リュウノスケとソフィアの前に1人の男が姿を現した――春香である。
「まさか貴様の思考回路が三年前と同じであることに感謝する日が来るとはな」
 春香は田原の事務所を出た後、田原の動きに気を払っていたのである。田原の護衛を秘密裏に行うために。
 春香が田原の事務所を辞す前にかかってきた電話。あの背後にリュウノスケが関わっているのではないかと思ったら、まさに案の定であった訳だ。
「……黒幕は榊進一郎辺りか? 人間相手に魔属の傷害現行犯。この場をGDHPが見たらどう思うだろうな?」
 春香が、じわりじわりとリュウノスケとの距離を詰めてゆく。と、そこに2つの人影が現れた。
「GDHPならここに居るぜ」
「呼ぶ手間が省けてよかったな」
 改めて言うまでもない……ユーリとタクだ。
「なら、すぐにこの2人を逮捕したらどうだ。見ていたのなら現行犯だろう?」
「ああ、捕まえてやるさ」
「……だがその前に、奴から聞かなきゃならないことがあるんだ。逮捕はその後だ」
 春香の言葉に対し、ユーリとタクが口々に答えた。面喰らったのは春香である。
「正気か?」
「正気さ。酒も飲んじゃいないね」
 ユーリが笑って言った。
「ついでに言っとくと、邪魔をするんならおたくを公務執行妨害で捕まえることも出来るんだ」
 タクが追い打ちをかけるように言った。これには春香も呆れるばかりであった。
「……酷い刑事だな」
 そりゃそうだ。この2人は『あぶれる刑事』などと呼ばれているのだから。
「さ、聞くことはとっとと聞いたらどうだ」
 タクがリュウノスケを促した。
「そうでござるな。榊殿!」
 リュウノスケが榊の名を呼んだ。そして物陰に隠れていた榊が、タクとユーリの後ろから現れたのである。
「ご丁寧に榊進一郎まで一緒とは……な」
 やれやれといった様子で春香がつぶやいた。
「では……話して頂きたく存ずる」
 呆けた状態の田原を確保し、尋問を開始するリュウノスケ。聞きたいことは多々あれど、優先順位の高いことから聞いてゆくことにした。
 まずは中国の官僚の張文昇との関係を問いただす。すると田原は、パトモスの実権を握った暁には中国へ支援を行うということを約束していたのだという。
 普通に考えればそんなことはまず不可能なはずなのだが……ここで恐るべき事実が判明する。何と田原は『北海道』と通じていたというのだ!
 そのための計画も出来上がっていた。『北海道』の青森侵攻、工作員による新東京の撹乱をまず行い、それらに伴う混乱に乗じパトモス国議会議長・道真狂志郎を拉致し、強要によって全権を田原に移動させる計画であったのだ。そしてパトモスの全権を得た田原たちが迅速に『北海道』との講和を行い、パトモスは『北海道』の支配下に入る……という流れが考えられていたのである。
 黒山をはめたのは、万一計画が失敗した時に、全ての責任を被せてしまうためであった。そのためにわざわざ黒山のサイン入りクーデター計画書などを用意したりして、事前工作を行っていたのである。……すでに捕まっている人間がいくら関係ないと主張した所で、どれだけの者がそれを信じるのかという話である。
 残念ながら工作員の人数や爆弾の数など、そういったことは田原には分からないが、爆弾発言は1つあった。
「何……平井殿は生きているというのでござるか?」
 驚きの声を上げるリュウノスケ。なるほど、だとしたらソフィアが扮した平井の姿を見ても、まるで驚かない訳だ。
 そうすると、件の遺体も全くの別人なのだろう。わざわざ歯科のカルテなども偽装して……。
「……いったい平井殿は何者でござるのか」
「『北海道』……工作員……」
 それはその場に居る者たちにとって衝撃の事実であった――。

【了】